悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission9 王都ルグニカ

 ロズワールの城の食堂で一人朝食を食べ終えたネロ。彼の右手には新しく用意してもらったグローブがはめられており、外から見ただけでは悪魔の右腕の事はわからない。

 その右手で紅茶が注がれたカップを手に取り口元に運ぶ途中、ふと食べ終えた食器を下げるレムと目があった。

 思わずカップを摘む手を止める。

 

「何か御用でもありましたか、ネロ様?」

 

「いや、今は普通なんだな。前みたいにキレて襲って来るんじゃないかって……」

 

「事情は姉様から聞きました。けれども全てを信じた訳ではありませんので」

 

「わかったよ。俺もここに長く居るつもりはない」

 

「そうですか。それとネロ様、キレるなんてわからない言葉を使わないで下さい。ちゃんとわかるように言って下さいね」

 

 言うとレムは食器を持って調理場に向かって歩いていってしまう。

 ネロは摘んだティーカップの紅茶をゴクゴクと音を鳴らして飲み干し、受け皿の上に乱暴に置いて椅子から立ち上がる。

 部屋から持って来たアタッシュケース、コートに入れた地図を片手に広い食堂を出る。

 誰もいない、必要以上に広いロビーを抜けて外に繋がる扉を開けると、正門前から出ていく巨大なトカゲと荷車の姿が見えた。そしてそれを見送るのは白いローブを身にまとうエミリア。

 振り返る彼女は笑みを浮かべてネロの元に駆け寄った。

 

「おはようネロ、早かったのね。体はもう大丈夫?」

 

「あぁ、これくらいなんともねぇよ。さっきのは客か?」

 

「えぇ、ちょっと大事な用があってそれで。ネロ、今日はどうするの?」

 

「どうするって……村に行っても何もなさそうだったからな。次は街にでも行ってみるさ。一時間もあればいけるか?」

 

「竜車を使えばそれくらいで行けるわ」

 

「ちょっと待て、竜車って言ったのか?」

 

「えぇ、竜車って言ったけれど……何かあった?」

 

 小さな顔を傾けるエミリアに対し、ネロは口から大きく息を吐いた。

 

「……あぁ……とりあえずそれ、用意してくれ」

 

「わかったわ。私も街に用事があるから一緒に行くわ。ちょっと待っててね」

 

 小走りで離れていくエミリア。残されたネロは呆然と空を見上げた。今日は雲ひとつない快晴だ。

 

「魔獣に、鬼に、竜か……本当にどこに来ちまったんだ?」

 

///

 

 元の世界では見た事のない生物。赤い鱗を全身に纏い、二本足で歩行し、手足には鋭い爪。長い尻尾と頭部にかぶせられた甲冑。爬虫類のように見えるがトカゲではない。手綱を握るラムと荷台に乗り込むエミリアもこの生物の事を地竜と呼ぶ。

 

「ネロ、どうしたの? 乗らないの?」

 

「わかってる。行くよ」

 

 アタッシュケースを片手に荷台に乗り込むネロはエミリアの向かいの席に座った。チラリと横目で様子を見るラム、二人が乗り込んだのを確認して手綱を引き、それに合わせて赤い鱗の地竜が歩き出す。

 荷台の車輪が回りゴトゴトと荷台が揺れる中、ネロは足を組んでずっと外の景色を眺めた。

 流れて行く木々、舗装されていない地面、見える建物は木やレンガで作られた物ばかり。

 重苦しい空気が漂い始める中で最初に口を開いたのはエミリアだった。

 

「ネロ……ちょっと聞いてもいい?」

 

「何だよ?」

 

「ずっと聞いてなかったけれど、ネロはどこから来たの? 何か用があってルグニカに来たんでしょ?」

 

「どこからって……フォルトゥナって言う小さな島だよ」

 

「フォル……トゥナ? 聞いたことないわね」

 

「だろうな、辺鄙な島だったし。物好きくらいしか知らねぇだろ」

 

 言いながらまた外を見るネロにエミリアは体を乗り出して質問を続ける。

 

「でもでも! いい所もあるんでしょ? 私はこの土地で生活してるから、ネロの話も聞いてみたいの」

 

「いい所ねぇ……特に思いつかねぇよ。特殊な宗教が流行ってたくらいだ」

 

「特殊な宗教……」

 

 辺境の島で信仰される特殊な宗教、その言葉に嫌でも彼女は想像してしまう。はるか昔、そして今も人々を怯えさせる魔女の存在。そしてそれを信仰する魔女教の事を。

 雑念を振り払おうと顔を左右に振る。

 

「それで、何でネロはフォルトゥナからルグニカに来たの? それだけの武術の腕もあるから、騎士として呼ばれたの?」

 

「騎士ってなんだよ、俺の柄じゃねぇ。それに来たくて来た訳でもない。気が付いたらここに居た」

 

「気が付いたら?」

 

「あぁ、地獄門……って言ってもわからねぇか。戻れるならさっさと戻りたい」

 

「転送する魔法だなんて聞いたことがないわ。さっき言ってた地獄門……それがあれば転送できるの?」

 

「名前の通り地獄の門、行けても魔界だろ。それに門は完全にぶっ壊れた。俺は地獄門の残骸の撤去作業をしてて、それで気が付いたらここに居た。少しはわかったか?」

 

 小さな顎に手を当てるエミリア、けれどのこの世界の常識や知識でこの問題を解く事はできないだろう。

 それはネロも同じだ。誰もまだ答えなど知りようがない。

 チラリとネロを見るエミリア、目につくのは自身と同じ銀色の髪の毛。

 

「さっきのような話は聞いたことがないわ。私にもわからない。でも、このことは無闇に他人には言わない方がいいわ」

 

「お前が聞いてきたんだろ?」

 

「そ、そうだけれど……誰かに何か聞かれても話しちゃダメよ」

 

 指摘されて恥ずかしがるエミリアに鼻で笑うネロ。街に到着するにはまだ時間が掛かる。

 深く座り込み背もたれに体重を預けるネロは両腕を組んでまぶたを閉じた。

 

「ちょっと寝る、付いたら起こしてくれ。寝心地は最悪だけどな」

 

「うん……わかった」

 

 グラグラ揺れる荷台の中で、聞こえてくるのは地面の上を車輪が走る音だけ。

 

///

 

 予定通りの時間に竜車は街に到着した。手綱を握るラムは地竜を詰所に運び、荷台から降りるネロとエミリアは先に街の中へと入った。

 以前に訪れた村とは人の数も賑わいも全然違う。様々な人間、亜人が闊歩し、荷物を運ぶ竜車がひっきりなしに出入りしている。

 地面には石畳が敷かれ、建造物は三階建てだ。縦に伸ばす事で収容人数も増える。そして奥に見えるのは巨大な門に守られた広大な敷地がある城。

 王都ルグニカ、世界のもっとも東に位置する大国。

 ネロはアタッシュケースを片手に、エミリアは白いローブを纏おうとする。

 

「そこまでするほど寒くないだろ?」

 

「私はハーフエルフだから……他の人に迷惑を掛けちゃうかもしれないし、今問題は起こしたくないの」

 

「ハーフエルフ?」

 

 ローブのフードを頭にまで被ろうとする。銀色の髪の毛の隙間から見えたのは普通の人と比べて尖っている耳。ネロはグローブで隠した右腕を見る。

 

「まぁ、俺も似たようなもんだ」

 

「似たような?」

 

「気にするなってことだよ。行くぞ」

 

 二人は横並びになって人通りの多い道を歩いて散策する。身長が高いのもあるが銀髪なのもあって、通り過ぎる人々はチラチラとネロを見ていく。けれども本人は気にする素振りすら見せない。

 

「で、エミリアはここで何をするんだ?」

 

「私は城に用事があるの。ネロは?」

 

「帰る方法が見つかるんじゃないかってとりあえず来たはいいけど、どう見てもただの街だしな。まぁ適当にやるさ」

 

「そう……ごめんね、手伝えなくて。頼れる人も紹介できないし」

 

 歩いていると大きな十字路にまで来た。右に曲がれば城にまで一直線のルート。ゆっくりネロの傍から離れるエミリアは彼に向き直る。

 

「じゃあ、私はここだから。帰る方法が見つかるように応援してるから。だから頑張ってね、ネロ」

 

「あぁ、簡単に見つかると嬉しいんだけどな」

 

「ネロなら大丈夫よ。夜までにはロズワールの城に戻りたいから、日が沈む前に詰所に集合ね」

 

 言うとエミリアは城に向かって歩を進め、ネロも彼女に背を向けて街の散策を続ける。

 けれども口にしたように当てがある訳でもなく、歩き続けるだけで時間が過ぎてしまう。人が多い大通りを進むネロ。

 去り際にエミリアに励まされたが以前として何も見つかってない。

 

「少しだけ金は持って来たけどよ、メシなんて城に帰れば食えるしな。帰る方法も見当が付かねぇと来たもんだ。さて、どうするかな」

 

 ここに来てから三日が経過しようとしていたがフォルトゥナに戻る手掛かりすら見つかってない。

 腸狩りのエルザ、魔獣、鬼化したレムと戦っただけ。頼れる人物すら居らず、客人としていつまでロズワールの城に居られるかもわからない。 

 街を歩きながら考えるネロだったが、そのせいで誰かと体がぶつかってしまう。

 

「あっと、悪い。ケガはないな?」

 

「あぁ、何ともないぞ。だが妾に狼藉を働くとは。貴様、名を名乗れ」

 

「なんだよ、何ともないならいいじゃねぇか」

 

「聞こえなかったか? 名を名乗れ」

 

 ネロがぶつかった相手は扇子を片手に高圧的に喋る。彼女は赤と黒を基調としたドレスを身に纏い、腰まで伸びる髪の毛はオレンジ色だ。そしてその瞳は赤く、確かなる凄味を感じさせる。けれどもネロは彼女がどんな人物なのかを知らない。

 

「わかった、言えばいいんだろ。名前はネロだよ。これでいいなら先に行くぜ」

 

 ぶっきらぼうに答えるネロは彼女の隣を通り過ぎて行く。だが彼女はその事が酷く不愉快だった。

 

「アルデバラン、あの男を斬れ」

 

 ドレスを身に纏う女が言うとアルデバランと呼ばれた人物が人混みの影から現れた。

 黒い鉄兜、その下には筋肉質な体。ヨレヨレの町人が着るような服を来て草履を穿いている。しかし、彼には左腕がなかった。

 

「おいおい、姫さん。本気かよ?」

 

「聞こえなかったのか? 妾はあの男を斬れと命じた。そうなれば、貴様は何をしなければならないか……わかっておるな?」

 

「はぁ……わかりましたよ」

 

「それでよい、妾に狼藉を働いた罰じゃ。それにあの男、汚らわしい銀髪をしておった。殺されても文句は言えん」

 

 女の命令にアルデバランと呼ばれた男は剣を片手にネロの後を追った。人混みをすり抜け、影に隠れて、足音を消しながら黒いコートを背後から追う。

 人が多いこの場ではまだ剣は抜けない。まだ先、もう少し先、人の密度が散漫になる噴水広場に出た瞬間。

 

「悪く思うなよ、兄ちゃん……」

 

 腰から片手剣を抜き、静かに背後から迫り切っ先を突き立てる。

 

「バレバレなんだよ」

 

 振り返るネロのアタッシュケースに刃が突き刺さる。鋼の刃をそのまま振り下ろす男。

 ケースは容易く切断され、中に収納されていた物が石畳の地面に落ちた。

 

「ほぅ……よく気づいたな」

 

「不意打ちなんてセコいやり方で死ぬかよ。それとな、ファッションセンスを疑うぜ。頭おかしいんじゃねえか?」

 

「見ず知らずの奴に言われる筋合いはねぇよ」

 

「で、どうする? やるなら相手になってやるぜ?」

 

「たいした自信だな。でも剣はどうする? 丸腰で戦うつもりか?」

 

「剣はすぐに使えねぇけど、銃ならある」

 

 言うとブルーローズを取り出しトリガーを引いた。激しいマズルフラッシュと銃声が響き渡り弾丸が飛び、アルデバランの握る片手剣の剣身にぶち当たり衝撃で地面に落ちる。

 

「ッ!? あの銃は……」

 

 鉄兜のせいで表情は伺えないが、驚いた様子の声を上げるアルデバラン。急いで手から離れた片手剣を拾うべく地面に飛びつく。その間にネロもアタッシュケースの残骸に埋もれた部品を手早く組み立てる。

 剣を拾うアルデバランは地面を駆け抜けしゃがみ込むネロ目掛けて大きく振り被った。

 

「正気か? 首を斬り落とされてぇか!」

 

「フンッ!」

 

 刃と刃がぶつかり合い激しい火花が飛んだ。アルデバランの一振りを防いだのはネロの愛剣、レッドクイーン。推進機構を備えた常識外れの剣で相手を押し返す。

 

「慌てんなって。遊びはこっから……だ!」

 

「チッ! 生意気な態度は見掛け倒しではねぇみたいだな。いいぜ、やろうじゃねぇか!」

 

 片腕だけでネロに挑むアルデバラン。向かって来る相手にネロはレッドクイーンを袈裟斬りし、アルデバランも真正面から片手剣を横一閃する。刃と刃がぶつかり合い衝撃が走り火花が飛ぶ。

 

「ハァァァッ!」

 

「でァァァッ!」

 

 互いに叫び、剣を振る。鋼同士がぶつかり合い火花が飛び、甲高い衝撃音が響き渡る。何度も、何度も、何度も。

 袈裟斬りし、振り払い、突きを繰り出し、また振り下ろす。

 卓越した剣技を見せる二人の戦いは拮抗しており、どちらも相手に一撃を与えられていない。

 そうして戦っている間に周囲にはいつの間にか大勢の人が二人を囲むようにして集まっていた。

 

「何だ、喧嘩か?」

 

「剣使って戦ってるぜ!」

 

「ってことは騎士か? 決闘か?」

 

「騎士様がこんな所でやるかよ」

 

 ネロがレッドクイーンを叩き付け、アルデバランがそれを片腕で受ける。刃がぶつかり合う音に観衆の声はかき消される。

 

「オイオイ、兄ちゃん。中年のオッサン相手にこんなもんかよ?」

 

「バカ言ってんじゃねぇ! 片腕だから手加減してやってるんだろうが」

 

「手加減? 俺も舐められたもんだ。虫の居所が悪かったら今ごろ兄ちゃんの頭と胴体はお別れしてるよ」

 

「右腕も失くしたいみてぇだな!」

 

 罵り合いながらもネロを押し返すアルデバラン。そして振り被ると力の限り片手剣を振り下ろした。だがネロの反応も早い。

 グリップのアクセルを握り、推進機構から炎を噴射させて斬り上げる。

 

「デァァァッ!」

 

「なッ!?」

 

 再び剣がぶつかると同時にアルデバランの体が打ち上がる。空中で無防備になる体にネロの右手が叩き込まれた。

 

「ぶっ飛びなッ!」

 

 筋肉と骨が軋み、飛ばされる体は噴水に激突してようやく止める。水の中で仰向けに倒れるアルデバランは意識を飛ばして起き上がらない。

 

「ハンッ! こんなもんか」

 

 レッドクイーンを背中に背負い、振り返るネロ。その先に居たのは観衆達を退けて前に出る一人の女。アルデバランに姫と呼ばれた女。

 真っ赤なドレスで一際目立つ彼女はほくそ笑みながら口を開く。

 

「貴様……面白い奴だな」




ご指摘くださる読者の皆様、ありがとうございます。
以前の感想でもありましたエミリアの口調など、細かな所は気が付き次第修正しております。
また何かありましたら感想で書いてくれると嬉しいです。
ご意見、ご感想お待ちしております。

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