東方project × ONE PIECE ~狂気の吸血鬼と鮮血の記憶~   作:すずひら

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前回のまとめ

・メイリンげきおこ
・月人と小悪魔、図書館で出会う




反攻の連合と幸運の素兎

「妹様のばか……」

 

海に向かって呟いた言葉はゆらゆらと波間に溶けて消えてしまいます。

しかし、私がしたことは消えてなくなってはくれません。

 

フラン様と喧嘩した。

 

言葉にしてしまえば簡単ですが、ことはそう単純ではありません。

 

 

私は、統一王国のやり方が許せなかった。

フラン様から説明されたことを、理性では分かっているのです。

力の強い国が他の地域を支配していく。

それはある意味で文化の伝播であり、人類が自ら発展していくために欠かせないプロセスだとも。

しかし、私はどうしても、支配した地域の住民を奴隷として扱う統一王国のやり方が許せなかった。

単に奴隷制そのものを批判しているのではありません。

自分たちこそが至高で、故に世界を発展させる義務がある、と考える傲慢にもほどがある彼らの思想そのものを私は嫌ったのです。

 

彼らは魚人や人魚たちに人権を認めません。

統一王国の法律ではそれらは魚類と同じであり、他の亜人種も似たようなものです。

確かに文明のレベルで考えれば彼らは統一王国のそれよりも随分劣っています。

でもそれはフラン様が必要以上の教育を行わなかったから。

人間とは異なる生態を持つ彼らに独自の文化を築いてほしいと願っての事だったのです。

少なくともミンク族と小人族、巨人族をつくり出したときはそうでした。

 

それに、私はかつて奴隷でした。

今はなき九龍(クーロン)という国で私は虐げられるためだけに生きていました。

だから私には彼らの気持ちが分かります。

むしろ扱いの悪さで言えば私の方が遥かに悪かったかもしれません。

 

フラン様ではこの気持ちを理解することはできないでしょう。

なんでもできるヒトではあるけれど、弱者の立場と気持ちについてだけは、分からない。

 

ある時、フラン様にここではない別の世界について聞いたことがあります。

それは私だけに話してくれた秘密の話でした。

その世界でのフラン様は覇気も使えない普通の人間で、言語や文学といった文化の研究をしていて、世界中を飛び回ることもあったそうです。

特別な力は何もなかったけど、その道では結構名も知れて権威があり何冊も本を出したことがあると、少し誇らしげに語っていました。

 

その話を聞いて、私はなるほどと納得しました。

吸血鬼であるフラン様が人間の心理を理解している理由はそこにあったのです。

そして長年人間と共に暮らしてきたことで、その感覚は磨かれていったのでしょう。

しかし同時に、そうであってもやはりあの人には“持たざる者”の気持ちは、真に理解することはできないのだろうということも思うのです。

 

今回の問題は、私が折れて納得するか我慢すれば済む話です。

ええ、全ては私の我儘なのですから。

でも、私にはそれができない。

そして、なぜできないのかをフラン様は分かってくれない。

 

だから、私たちは決定的に対立するしかありませんでした。

 

普段の生活態度に対する愚痴や食事に対する文句なんて蛇足です。

でもきっと、そうでもしないと二度と一緒に居れないほどの溝ができていたでしょう。

卑近で低俗な言い争いのレベルにまで落ちたからこそ、殺し合いをするほどの思想対立に発展することはありませんでした。

……まぁ、私が言ったことはすべて本音ではありますけど。

なんですか酢豚にパイナップルって。

ありえないでしょう。

私にだって料理人としての誇りがあるんですよ。

 

 

ただ、私も時間が経って少し頭が冷えました。

少々大人げなかったというか、やはり突き詰めて考えれば今回の一件は私の我儘なのです。

だって世界はすでに“そう”あるのです。

私が異を唱えさえしなければきっと世界はうまく回るのです。

だから世界にとっての邪魔者は私で、間違っているのは私なのでしょう。

私の心の半分は、たぶんいまならフラン様の言葉に素直に頷くことができる。

 

それでも……それでもやっぱり残りの半分は、私が紅美鈴(わたし)であるために、どうしても譲れないもので。

ならば一度戦おう、と私は結論を出しました。

ちゃんと戦って敗北したのならば、きっと折り合いもつけられるはず。

 

戦いは、私が統一王国を叩き潰すのではいけません。

フラン様が邪魔さえしなければその程度の事はたやすいとは思いますが、私個人が勝ったところでどうしようもない問題なのです。

思想の戦いであるなら、やはり群と群の戦いでなければならない。

そう考え私は統一王国に敵対している国々を巡り、それぞれの王家に対して話をしました。

彼らは統一王国のあまりにも強大な勢力に、そのままでは太刀打ちできないことを悟っていたのでしょう、すぐに私の話に頷いてくれるところもありました。

例えばネフェルタリやドンキホーテという王家がそうです。

 

また、恐らくは私が話を持ちかける前にも同盟の構想はあったのでしょう。

五家ほどが素早く同盟を締結したのちは次々と他の王家も参加し、いまだ侵略を受けていない東の海で大きな力を持つロズワード家や現在最前線となっている南の海のジャルマック家、グランドラインにあるミョスガルド家など、最終的には二十の王家が同盟に参加しました。

 

彼らは優秀でした。

同盟に参加した中で、南の海やグランドラインの国々は現在の統一王国の攻勢下でいまだ抗い続けられていたこと、東の海の国は情報が入りにくい中でも状況の判断を的確にし、すぐさま同盟に参加を決めたということも優秀さの証でしょう。

なにせ、私が声をかけ始めてから二週間もたたずに、二十もの国々が同盟を結ぶことができたのですから。

 

そして、同盟締結後はすぐさま全体での会議が開かれました。

この時代、まだ永琳さんとにとりが開発したテレビ電話だったりというものは存在せず、基本的には手紙を利用していました。

しかし、それぞれの国の間でまだしっかりとした通商ルートは確立されておらず、手紙のやり取りもそうそう上手くは行きません。

手紙を積んだ船自体が海賊や海獣に襲われて沈没したり、手紙が国の上層部までたどり着かなかったりと問題だらけです。

 

そこで、私の出番です。

私は龍の姿となり、彼ら王たちを背に乗せ世界中を飛び回りました。

そうすることでほんの数時間で実際に顔を合わせて会議をする場を作り出しました。

最初は護衛だの陰謀がどうのとうるさかったものですが、龍の姿でひと睨みもすればだいたい何も言わなくなります。

多少強引ではありますが何より時間がないのですから、そんな程度の低い争いをしている場合ではありませんしね。

 

会議ではまずそれぞれの国が持つ情報を交換し、状況の把握を行いました。

世界の半分を手に入れていた統一王国すらいまだ情報の伝達は苦慮している部分であり、これによる情報アドバンテージはかなりのものだと言えるでしょう。

実際、最前線の国々からもたらされる統一王国の戦闘に関する情報などは身に迫る危機感をより鮮明にしました。

 

会議には熱が入り活発な意見交換がなされ、今後の方針や協力体制などの話し合いは一昼夜に及びました。

正直、非協力的な国も出ることを予想しましたが、彼らはそれぞれの国の持つ力を全て投入することに全員が同意し、完全な協力体制を築きあげました。

良い意味で裏切られたと言えるでしょう。

 

会議の終わりには同盟のリーダーを決める話になりました。

そこでは全ての王から私がリーダーになって欲しいと請われましたが、私は、それだけはと固く拒否しました。

理由はいくつかあります。

彼らの様子を見て私が率いなければ戦えないヒヨコではないと確信したこと、この世界の趨勢はあくまで彼ら自身の力によって決めてほしかったこと、そしてこれが一番の理由ですが……私が先頭に立つことでフラン様が出てくるのを恐れたこと、です。

特に最後のは重要です。

 

正直、フラン様が本気を出せばいかに私が抗おうと全ては無意味です。

私はこれでもこの世界有数の戦闘能力と豊富な知識を持っていると自負しています。

しかし、それだけです。

単騎で国を滅ぼし、天候を操ることで地域一帯を支配することはできますが、それがなんだというのでしょう。

そんなものはフラン様が出てくれば簡単に抑え込まれる程度のものでしかありません。

 

フラン様は魔法を使うことで瞬時に世界中を移動してそのすべてを焼き払うことができるでしょう。

しかも、フォーオブアカインドを使用されればその手数も四倍。

到底私一人で対処できるものではありません。

もし仮に……正面から一対一で誰の邪魔も入らない状況ならば……私はフラン様を倒すことができる可能性があります。

しかし、そんな状況は起こり得ないでしょうし、追い詰めたとて転移魔法で魚人島あたりにでも逃げ込まれれば私に追うすべはありません。

 

つまり、私達が勝利を収めるには彼女を少しでも表舞台に出してはいけないのです。

そして彼女の性格上、私が指導者として正面から敵対したり前線で大暴れしたりしない限りは何があろうと出てこないはずです。

ですから私はこの同盟のトップに立つことと実際に戦闘に出ることはできないのです。

 

 

結局、リーダーは決まらず方針などは全体での多数決にて決めることになりました。

また、二十の王家が参加しているので奇数票にするため必然的に私も一票を持つことになりました。

まあ、こればかりは仕方がないでしょう。

 

そして、ついでに同盟の名前も決めることになりました。

案として出たのは「天竜連合」。

龍である私が発足に強く関わっているからということですが……。

龍ではなく竜なのは私と同じでは畏れ多いとのこと。

 

正直撤回したくもありましたが、先にリーダーの件を断っていたことと、アマゾンリリーの経験で慣れていたことからこれについては了承しました。

多数決をやっても二十対一になったでしょうしね。

 

同時にこの同盟、天竜連合のシンボルについても決まりました。

私は天に昇る龍を模した図案を提案しましたが、却下されました。

これまた名前同様畏れ多いとのこと。

そこまでのものは背負えないと満場一致で言われてしまいました。

みんな龍をちょっと怖がり過ぎじゃありません?

 

決まったのは私の龍形態時の(ひづめ)をデフォルメした図案です。

〇の上に△を三つ、下に▽を一つ。

このシンボルマークは「天駆ける竜の蹄」という名を付けられました。

会議場に来るまでに私の背に乗って空を飛んだのがそんなに印象的だったのでしょうか。

 

こうして私たち天竜連合は発足しました。

一応連名で統一王国に対して即時の停戦を求める文書を送りましたが、一考の余地もなしに断られました。

まぁ、宣戦布告もなしに世界征服に乗り出していた相手ですから最初からこうなることは予想されていて、だからこそ会議でも対策が話し合われていたのですが。

 

 

私とフラン様の争いは、統一王国と天竜連合の代理戦争の形となって――ここに開戦したのです。

 

 

 

 

「また随分と大事になったわね」

 

月の姫の呟きに本を読みながら月の頭脳が応えを返す。

机の上にはテレビが置かれ、龍人の女性を映していた。

 

「まあ彼女も引くに引けないのでしょうね。ただまあ、この時点で彼女の勝ちの目は消えましたが」

 

「え、なんで? フランが出てこないなら天竜連合にもまだチャンスはありそうだけど」

 

「ええ、天竜連合には勝ち目はあると思いますよ。ただメイリン自身の勝ちの目はありません」

 

「うーん、永琳が何を言いたいのかよく分からないわ。シロは分かる?」

 

「わ、分かりません」

 

姫様が私に問いかけてきたけど分かるわけがない。

姫様の膝の上に乗って抱かれながら、世界の危機らしきことについて話されている今の状況だってよく分かっていない。

 

私の名前は、シロウサギ。

ミンクの里で暮らしていたウサギのミンクで当年七歳。

ある時ミンクの里を山よりも大きい生き物(ゾウというらしい)が襲ってきた。

私が住んでいたのは海のそばで、真っ先に被害を受けた。

 

妹たちと弟たちは津波に流されてしまった。

まだ幼かったから、多分生きてはいない。

私はなんとか生き延びて父さんと母さん、親戚の叔父さんたちとともにゾウに立ち向かった。

ウサギのミンクには戦闘能力自体はあまりない。

だけどその分素早いし脚力はすごい、それに数が多いから集団で敵に立ち向かえる。

 

でも、そんなものはあのゾウにはなんの役にも立たなかった。

アイツは私達のことなんか気づいてすらいなかった。

父さんは鼻で払われて赤い塵になったし、母さんは手足が取れてよく分からない肉の塊になってしまった。

叔父さんたちや他のミンク族はまとめて踏み潰されてぺしゃんこになってしまった。

 

私は直接攻撃されてもいないのに衝撃波だけで皮膚をズタズタに裂かれて吹っ飛ばされて海に落ちた。

泳ぎは苦手じゃなかったけど、傷口に海水が染みて激痛で動けなくて溺れた。

そのまま意識を失って……気づいたら陸に打ち上げられていた。

何日経ったのかわからなかったけど、体のどこにも力が入らなくて、どこもかしこも痛すぎて、這いずることもままならなかった。

服もボロボロで地面に擦れた肌は赤く爛れていて、風が染みて涙が出た。

 

視界には見覚えのある、でも見たことのない景色があった。

私が住んでいたはずの里はまっさらになって何もなくなっていた。

家も、森も、山もなくなっている。

地面に落ちていたアクセサリーを力の入らない震える手で拾った。

その大好物の人参を模したアクセサリーは母さんが父さんから貰ったものだとよく自慢していたものだった。

それは――半分から折れて、ボロボロになっていた。

もう私には何も残っていない。

泣きたかったけど、涙を流す元気も残っていなかった。

 

このまま死ぬんだろうなあと、地面に倒れ伏しながらぼんやり考えていた。

そこに人の足音が聞こえた、二人分だ。

靴を履いてるからミンクじゃない。

二足歩行だし話に聞いたことがあるニンゲンというやつかもしれない。

ウサギのミンクは耳がいいのだ。

 

足音は周囲をウロウロしてからこっちに近づいてきた。

体が動かないから逃げることもできない。

やってきたのはおばあちゃんのお話に出てくる天使様みたいな人だった。

ミンク族じゃないみたいだけど、とても綺麗なヒトだった。

そしてその天使様は汚れてゴミみたいになっていた私を拾い上げた。

 

それからは何が起こったのかよく分からない。

天使様は私を何回か撫でてから液体のようなものをかけた。

すると全身の痛みはたちまち消え、真っ赤に爛れていた肌もくすんでいた毛並みも元に戻り、靄がかかったみたいだった頭もはっきりした。

動かなかった手足も動く。

私は驚き過ぎて、何をしたらいいのか分からなくて――ただただ固まっていた。

 

その後また何か液体をかけられて、一瞬胸が苦しくなって目眩がしたけどすぐに収まった。

そしていつの間にか私はもう一人のニンゲンに背負われていた。

声を掛けても良いのだろうか。

でも、何を言えばいいのだろう。

そんなことを悩んでいるうちに、不思議な感覚がして周囲の景色が突然変わった。

再び混乱していると、また新しいニンゲンが現れた。

そして新しいニンゲンと天使様のお連れ様からとても怖い気配がして、体が震えた。

漏らさなかったことを自分でも褒めてあげたかった。

私たちは大きな木の根本にある家につれていかれた。

 

不思議な光景だった。

空中に浮かんでいたり天井から逆さまに生えている本棚や、ひとりでに動く本、見たこともないような色々なものがあった。

ああ、やっぱりこのヒトたちはニンゲンじゃなくて天使様だったんだと思った。

 

別の部屋に通されて、ふかふかした横長の大きな椅子に座らされた。

私は床とか部屋の隅っことか、座ったままでも良かったのになぜか二人の天使様の間に座らされた。

そして、自己紹介が行われた。

天使様は、ホウライサンカグヤ様とヤゴコロエイリン様と言うらしい。

この家の主はこぁさん、お茶を持ってきてくれたのはパチュリーさん。

私はどうしていいか分からなくて、何も言えなかった。

そうしたら何故か名前を付けてもらえた。

ウサギのミンクが名前を貰えるのは一人前に認められた証。

その人が好きなものだったり、特徴だったりをそのままつけることが多い。

なにせ数が多いから変な名前の人も結構いる。

 

私の名前はシロウサギ。

シロウサギのシロ。

ウサギのミンクはだいたいみんな白いから私だけの特徴ではないけれど、それでもなんだか嬉しかった。

 

私はどうやら死にかけていたところを助けられて、カグヤ様のペットになったみたい。

ミンク族の中にもワニとかを飼ってる人たちがいるって聞いていたからどういう意味かは分かった。

天使様からしたら普通のことなんだと思った。

それに私にはもう居場所もないしやることもない。

そう思って姫様のおもちゃとして言われるがままにしていたんだけど、ある日エイリン様に学ぶことを命じられた。

内容はいろいろ。

カグヤ様と接するにあたっての注意とか、言葉遣いとか、他にも最低限の学問とかも。

 

そうして私は世界の広さを知った。

 

ミンクの里のウサギの集落しか知らなかった私が、初めて世界というものを認識した。

カグヤ様たちも天使様じゃなくて蓬莱人という月のニンゲンだった。

お月様!

私達ウサギのミンクにはお月様がまん丸くなった日にお餅をつく習わしがある。

お月様には私達とは違うウサギがいて、いつもお餅をついてるんだってお婆ちゃんが言っていた。

もしかしたら輝夜様と永琳様は月のウサギと知り合いかもしれない。

 

私は永琳様のことをお師匠様と呼ぶようになり、輝夜様のことを姫様と呼ぶようになった。

最近は生徒仲間のパチュリーさんとも仲良くなったし、図書館の主のこぁさんはいつも優しくて美味しい食べ物をたくさんくれるいい人だ。

 

そんなこんながあって、今日もいつもと同じように姫様のお戯れに身を任せていると、テレビというもので遠くの映像を見ることになった。

そこに映し出されたのは緑色の服を着た赤い髪の女性。

お師匠様によると、この人が紅美鈴という人でこの世界で二番目に強い人だそうだ。

一番はフランドール・スカーレット様、この世界を創った吸血鬼。

お師匠様と姫様の名付け親で、こぁさんの生みの親で、私達ミンク族を生み出した人でもあり、とにかくやってないことを探すほうが難しい人だそう。

 

そして今この二人は大喧嘩中で、世界を真っ二つに戦争をしようとしているらしい。

ミンクの里でも争いはあったけどせいぜいが氏族間の喧嘩くらいだったから正直どのくらいの規模かはわかっていないけど、とにかく大変なことはわかる。

 

そんな状況だけど、既にメイリンさんの敗北は決まっているらしい。

でも彼女の所属する天竜連合はどうなるか分からないという。

姫様もわからないようで私に尋ねてきたけど、私もわからない。

 

「あなたはだめねえ。パチュリーはどうかしら」

 

うう、お師匠様に駄目って言われた。

一緒に映像を見ていたパチュリーさんは少し考え込む。

隣ではこぁさんがニコニコと様子を見守っている。

 

「天竜連合の勝利条件とメイリンさんの勝利条件が違うから、そしてメイリンさんの条件は天竜連合が成立した時点で達成できなくなった……連合がフラン様を攻撃しようとする、とかでしょうか」

 

「いい線ね。でも少し違うわ。まあ、うちのに比べたら上出来よ」

 

うちのって私のことだ……。

出会ってからまだ一ヶ月もたっていないけど、ずっと一緒にいるからかお師匠様のひととなりはそれなりにわかってきた。

これは私をからかっているとかじゃなくて純粋な批評だから余計に心に刺さる。

 

「ま、メイリンさんも人間気分が抜けませんねえ、ってことですね。正直あまりにも愚策過ぎて呆れるくらいです」

 

こぁさんが嘆息とともにそう言う。

昔からの知り合いらしいから色々思うことがあるのかな。

 

「まあそういうことよね。フランと長く二人でい過ぎたせいじゃないかしら」

 

「結局よくわからないわ、永琳」

 

「ならこの先を楽しみにしましょう。答え合わせは彼女自身の未来で見せてくれるわ」

 

「ふうん、じゃあそういうことにしておいてあげるわ。急ぎすぎてもつまらないものね」

 

そう言って姫様はメイリンさんが映っていたテレビを消す。

そして、今の今までずっと本に視線を落としながら喋っていたお師匠様に問いかけた。

 

「ところで永琳、あなたずっと何読んでるの?」

 

「そこの駄目弟子に名前を付けてみようかなと。参考に色々と」

 

「シロに?」

 

え、私?

 

「シロウサギというのも便宜的な名前でしょう? あまりにも適当すぎるしもう少し凝った名前を付けたいわ」

 

「あら、意外ね。永琳がシロにそこまで入れ込んでるなんて思ってもみなかったわ」

 

「ただのペットならシロでもいいんでしょうけど、曲がりなりにも弟子にしてしまいましたからね」

 

「あらそう、弟子ね。でも別に名前なんてわかればいいじゃない」

 

「名前は大事ですよ、姫様」

 

え、え?

なんか知らない間に私のことで険悪なムードになってる!?

 

「少なくとも私はフランから貰ったこの名前が好きですし、あなたの名前だって」

 

「私だって好きよ。でもそれとこれとは話が別じゃない?」

 

「羨ましいですねえ、私もフラン様に名付けて欲しかったものです。ココアという名前もまあ愛着はあるんですけどねえ」

 

「あら、そうなの。いつも小悪魔と名乗るから好いていないのだと思っていたわ」

 

「いえいえそんなことないですよ。ウフフ」

 

なんでこぁさんまで話に入ってややこしくしてるの!?

パ、パチュリー助け……露骨に目を逸らされた!?

いや、私だってお師匠様たちのこんな会話に割って入りたくないけど!

 

「あらじゃあ永琳は私のネーミングセンスが気に入らないってことなのね」

 

「シロウサギではあまりにも、ねえ。こぁはどう思う?」

 

「シンプルイズザベスト、あるいは何も考えていないか。真っシロな名前ですよねえ。何色にも染まる無垢な魂が小悪魔的にはそそりますけどねえ」

 

「あなたシロに変なこと教え込もうってんじゃないでしょうね。そういうのはあの陰気な紫にしてなさいよ」

 

「あらあらまあまあ。そんなこと言われてしまうと俄然私好みに悪戯してしまいたくなりますねえ。なんせ私、小悪魔ですから」

 

「やりすぎたら私も怒るわよ」

 

「うふふ、本人も周囲も気づかないくらいゆっくりと時間をかけて、毒がじわじわと染み込むように染め上げて作り変えますよ、ねえ、気づいたときにはもう手遅れなくらいがちょうどいい」

 

「あんた性格悪いわね、知ってたけど」

 

「私も昔は善良でしたよ。フラン様の眷属でしたから」

 

「ああ、フランが言ってたわ。自分の色を獲得し始めているって。方向性間違っていないかしら」

 

「いえいえそんなことは」

 

みんな笑顔なのに恐ろしい空間を前にして私が涙目でガクガク震えていると、言い争う姫様とこぁさんを尻目にお師匠様が近づいてきた。

 

「それで、あなたはその名前気に入っているの? ああ、アレのことは気にしないでいいわよ。今はこっちのこと気づいていないわ」

 

そういえばお師匠様は私のことを名前で呼んだことがない。

私はちょっと嫌われてるのかなと思ってお師匠様とは少し距離を置いていたんだけど、まさか姫様のネーミングセンスが気に入らなかったからなの……?

 

って、お師匠様が姫様のことをアレ呼ばわりした!?

初めて聞いたんだけど!

 

「ほら、素直に言ってご覧なさい。あなたはどう思っているのかしら」

 

お師匠様は私の顎に白魚のような指を当て、クイッと顔を上に向けた。

ななな、なにこれ、どういう状況なの!?

ち、近いよお師匠様!

 

「わ、私は……」

 

私はどう思っているんだろう。

名前をもらうことは、生まれたばかりの大勢の内の一人じゃなくて、自分が一人のミンクとして認められる証だから嬉しい。

でも、シロウサギという名前を気に入っているかと言われれば……。

姫様は気に入ってるみたいだけど……。

 

「あの……あんまりすきじゃないけど、でも、姫様からもらった大事な名前だから、その……」

 

どう言っていいかわからなくて、あわあわ手を振りながらしどろもどろに答えてしまう。

 

「ふふ、まぁそう言うと思ったから色々と調べていたのだけどね」

 

「え?」

 

「この本に面白い話が載っていたわ。幸運を振りまく兎の話」

 

お師匠様が手に持っている本のタイトルは……『日本神話大全』。

さらっと片手で持ってるけど滅茶苦茶分厚くてしっかりとした装丁の本だ。

 

「日本神話って……」

 

「こことは違う世界の創世神話ね。まあちょっとした小説みたいなものよ」

 

本を手渡され、開かれたページを見るとそこには、『因幡(イナバ)素兎(シロウサギ)』というタイトルがついた話が載っていた。

挿絵にはワニの背を飛び跳ねるウサギや、皮をはがされて泣いているウサギの絵なんかが……なんかすごく可愛いタッチの絵だ。

 

「お師匠様、シロウサギってこれ……」

 

「ええ、アレのつけた名前と偶然にも一致したものだから」

 

 

 

そうしてその日、私はウサギの神様の名前の一部をもらって、因幡のシロウサギになった。

ちなみに下の名前は天為。

天の為すこと、あるいは思いがけない幸運。

私はきっと、世界で一番幸運なウサギだから。

字面がいかめしいからひらがなだけど。

 

私の名前は因幡てゐ。

因幡の素兎。

色々なことがあったけど、お師匠様と姫様と今日も楽しく暮らしている。

 

 

 

 

 

……しばらくのあいだ、拗ねた姫様からは名前を呼んでもらえなかったけど。

 

 

 




ロズワード、ジャルマック、ミョスガルド
原作では〜聖とされていて、ジャルマックやミョスガルドの家の名前は不明。
ただ、ロズワード家の家長ロズワード聖、その息子のチャルロス聖、娘のシャルリア宮を考えると家長は家名で、他は個人の名前で呼ばれるのかなと。
ちなみに原作ではロズワードはシャボンディの人身売買絡み、チャルロスはハチを撃った奴、シャルリアはケイミーを撃ち殺そうとした奴、ジャルマックはサボの船を沈めた奴、ミョスガルドは魚人島に流れ着いてオトヒメに助けられたあと渋々サインした奴。
ろくなの居ない。

天使様
月からやってきた人たちなのであながち間違いでもない。

輝夜とてゐ
二人の微妙な関係好き。
月のイナバと〜もいいけど永夜のtxtとか。

永琳とてゐ
本当は師弟より共犯者みたいな関係のほうが好き。
ここのお師匠様は実は可愛いものが好き。

因幡てゐ
好き。
こんな純粋な子がどうしてあんな悪戯好きに……おのれ小悪魔。

天為
天は「て」の、為は「ゐ」の、それぞれ字母。
ちなみに対義語の人為は偽に通じるからエンシェントデューパーのてゐとは正反対の名前、なあたりもいかにも悪戯好きの詐欺師っぽい。


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