落第騎士の英雄譚  兇刃の抱く野望   作:てんびん座

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新年、あけましておめでとうございます!
毎度ながら、感想や誤字脱字報告ありがとうございます。
感想欄が「王馬が主人公じゃね?」というもので溢れ返り、誰一人としてヒロインを心配しないという……


大鎌は滅びぬ! 何度だって蘇るさ!

 ――東京都・夕方。

 

 東京都でも有数の広大さを持つとある公園。

 その公園は都市化の進む現代日本において珍しいほどに多くの木々を残す、いわゆる“森”としての形を残す場所。

 もちろんそれらは人の手が入った『管理された森』であり、過去に存在した人を迷わせる天然の迷路を思わせる魔力は残っていない。

 しかし時刻は日没が始まる逢魔が時。

 それほどの時間ともなれば人の気配も減少の一途を辿り、枝葉によって光すらも拒絶する公園は小さな魔界へと姿を変える。

 

 

 そして漆黒の大鎌は、その魔界に紛れるようにして在った。

 

 

 夜の闇と同化するかのように黒く、その中で三日月のように鈍色の刃が不気味に光る。

 それは先の戦闘で主人を喪い、《月輪割り断つ天龍の大爪》によって遥か彼方へと吹き飛ばされた《三日月》であった。

 これを見れば誰もが自身の目を疑うことだろう。

 霊装とは伐刀者の魔力によって存在を維持されている以上、術者が死ねば当然ながらその存在は魔力に還る。つまり先の王馬との決戦で祝が死亡したため、この大鎌はこの世界に存在しているはずがないのだ。

 だが現実として《三日月》は未だここに在る。

 ならばそれが意味することとは……

 

 変化が起こったのは日が沈み切り、昼が夜へと転じたその瞬間だった。

 

 ジワリと《三日月》の曲刃から墨汁のような黒い何かが滲み出る。

 鈍色の刃を塗り潰すように発生した“それ”は、やがて刃を呑み込むと重力に逆らうように長い柄まで這い上がっていった。

 

 その正体は“炎”だ。

 

 上へ上へと昇っていくその姿は炎の性質に相違ない。

 しかし異様に過ぎるのはその色だった。

 ――黒い(・・)

 あまりにも黒すぎる。その炎は闇夜にあって尚、黒すぎるが故に視認できるほどに黒い。最早、その炎の輪郭や立体感を掴むことは愚か、遠近感を掴むことすらできない。

 月明かりや遠くに灯る外灯の光により、闇夜といえども決して世界は漆黒ではない。しかしその炎はブラックホールのように全ての光を吸い込み、まるでその部分のみ世界が欠けているとさえ錯覚させる。

 やがて炎は大鎌を包み込み、その姿が完全なる漆黒によって塗り潰された。

 

『……自分に《既死回生(カルペ・ディエム)》を使わされることになったのは久しぶりか』

 

 小さく声が響き、漆黒の炎がその形を変える。

 大鎌を呑み込んだ炎は大きく膨張し、やがて音もなく弾け飛んだ。

 そして炎の中心点に残されたのは《三日月》と、それを握る一人の少女――《月輪割り断つ天龍の大爪》による負傷など()()()()()()()()()()()()()()()()佇む疼木祝の姿だった。

 

「今まで何度となく屈辱を呑み込み、自分の弱さに泣く日々を過ごしてきたけれど……」

 

 祝が獣のように全身を大きく震わせ、長い髪や服の裾などに残っていた黒炎を振り払う。

 花びらのように舞い散った炎ははらはらと地面へと落ちていき――その炎が触れた雑草は一瞬で枯れ果て、朽ち落ち、塵となってその生命を終わらせた。

 いや、その草だけではない。

 最初に弾け飛んだ黒炎に触れた木々も等しく灰へと変わり、元々存在していた小さな森は少女を中心に塵の山へと変貌している。

 しかしそんなことは彼女の眼中にない。

 祝の心中にあるもの。

 それは――

 

「ここまで自分のことを情けなく思ったのは初めてだよ」

 

 ――“怒り”だ。

 その瞬間、祝は思わず自身の奥歯を全て噛み潰し、勢い余って犬歯や切歯すらも数本圧し折っていた。当然ながら激痛が祝を襲うものの、今の彼女にとって痛みなどどうでもいい。

 

「赦せない」

 

 その声はまさに地の底から響く怨嗟だった。

 そしてその怨嗟に混じり、口の端から物語の中の龍のように黒炎が漏れ出る。それだけで炎は空気を汚染し、それに触れた大気中の微生物を殺し尽くした。

 

「暁学園を利用して大鎌を盛り立てる絶好の機会だったのに……よりにもよって成果ゼロだと? 無能にも程がある……!」

 

 祝が再び口を開くと、そこには砕け散ったはずの白い歯が欠けることなく姿を覗かせている。

 しかしその異様な事態を指摘する者は一人としておらず、そして祝自身もそれを気にすることはない。なぜなら、そもそもこれこそが祝の持つ()()()伐刀絶技の一つなのだから。

 尤も、彼女がこの能力を人前で使うことは()()皆無に等しいが。ましてや戦闘中に使ったことなど、祝の両手の指で数えられるほどしかない。

 

「大鎌の武術家として私は本気で敵を()りにいった、それなのに結果は相討ち、あり得ない、無能過ぎる、どこで何を誤った、エーデルワイスの時のは致命的、他にもきっとどこかで……」

 

 《三日月》を魔力に散らすと、祝は口元を手で覆いながら当て所なくその場を歩き去る。

 深夜の公園をブツブツと小声で呟きながら徘徊するその姿は変人としか思えないが、しかし祝にとって幸運なことに彼女の姿を見咎める者は時間が時間であるだけに一人としていない。

 もちろん、例え他人の視線があったところで今の祝が気にすることはないだろうことは想像に難くない。

 

「クソが」

 

 祝が小さく吐き捨てた。

 最後に王馬が《覚醒》を迎えたことは祝にとって完全に予想外のことだったが、それを敗因とするかどうかは全く話が違う。

 《覚醒》とは即ち、自身に与えられた運命(さいのう)の限界値へと至り、それでも尚強い意志の下で更なる高みを求めた伐刀者に発現する現象である。

 この現象により限界突破を果たした伐刀者は《魔人(デスペラード)》と呼ばれ、星を巡る運命の外側へと身を置く超越的な存在へと変貌するのだ。そして《魔人》は運命を超えたが故に先天的に決定される魔力量すらも上昇させ、運命に対する強い主体性すら持つという。

 つまりそれは後付で因果干渉系の能力を付与されるのと同等の意味を持ち、例を挙げるとすれば最後の王馬が行った『予知の超越』がそれに当たる。

 祝の《既危感》も所詮は因果干渉系の一能力。

 そして因果干渉系の伐刀者は同じ因果干渉系の能力をある程度対抗(レジスト)できるという特性がある。ならば《魔人》も天然の因果干渉系の能力者と同じく、その能力に対抗できるのも道理だ。

 

 だが祝から言わせてもらえば、《覚醒》直後の伐刀者などレベル100のキャラクターがその上限を超えて101になったという以上の意味はない。

 

 つまり限界点の伐刀者と《覚醒》したばかりの《魔人》など微々たる差しかないのだ。

 よって圧倒的な地力の差があれば、理論上は未覚醒の伐刀者であろうと《魔人》を打倒することなど容易。

 故にあれは決して無敵の怪物などではない。

 ならばなぜ祝は王馬に敗れたのか。

 

 決まっている。――それは祝が未熟だったためだ。

 

 祝の魔力量は王馬よりも多い。

 つまり限界値も比例して王馬より高い。

 よって大鎌を以ってしても埋められないほどに自分の潜在能力(ポテンシャル)が低かった……などという言い訳は通用しないのだ。

 だからこそ此度の闘いの敗因は“祝自身の未熟さ”にあるとしか考えられなかった。

 

「大鎌の名声を気にするあまり、肝心要の修行が疎かになっていた……? 冗談にしても笑えないぞ」

 

 しかし祝にはそれ以外の敗因が思い当たらない。

 現に――非常に認めたくないことではあるが――王馬は学生騎士の身でありながら修行の旅に人生を捧げることで、こうして祝に相討つことができるほどの力を手にしている。

 一方、自分は《七星剣王》という名誉のために学業に甘んじてしまった。

 なるべく学校に顔を出さずに修行をするように努めてこそいたが……

 

「……“努める”程度では不足だった? でもそうすると大鎌の活躍の場が……いや、それで修行が妨げられたらどうしようも……」

 

 もちろん、祝のこの自己問答を一発で解決する答えはある。

 王馬の健闘を「天晴見事」と讃えてしまえばいい。

 祝自身も研鑽を怠らなかったが、王馬もそれは同じだった。だから彼は自分と相討つほどの猛者となり得たのだと、そう認めてしまえば全ての片がつく。

 最後の最後、まさに祝に交叉を挑む瞬間に《覚醒》に至った戦運も素晴らしかった。あのタイミングでなければ祝も対処の仕様があったが、それを許さずに《魔人》となった王馬は得難い才能を持っていると評価できる。

 しかしそんな甘えを自分に許す祝ではない。

 

 ――敵の健闘や努力を褒め称えるのは自分の弱さから目を逸らす愚行である。

 

 それが祝のモットーだった。

 圧倒的な実力差があり、こちらが上位者として世辞を使っただけならばそれも良いだろう。

 だが実力伯仲、あるいは自身を上回る敵を褒めそやすことだけは許されない。生き残ってしまった敗者がすべきことは悔恨と反省であり、真に敗北に胸を痛めているのならば敵を讃えている余裕などないはずだからだ。

 だからこそ祝は己を責める。

 徹底的に過去の自分を洗い直し、僅かな欠点すらも残さず悔い改めることだけに思考を回転させる。

 

「差し当たっての問題は七星剣武祭だよね」

 

 公園を抜け出し、人気の少ない住宅街の路地を歩く。

 そう、今考えるべきことは今後の方針ではない。

 最大の問題は「七星剣武祭の優勝が難しくなってしまった」ということだ。正確には思いも依らぬ障害が立ち塞がってしまったと言うべきか。

 

「今までの“普通の大鎌使いの闘い方”では王馬くんに敗北する可能性が結構高いことがわかってしまった」

 

 ならばどうするか。

 ――普通に考えるのならば“普通でない闘い方”をすればいい。

 そして当然ながら、祝の手札の中には常識を超えた大鎌使いとしての戦法も当然ながら――ある。

 

「でもこれ邪道というか奇抜というか……大鎌使いの間違ったイメージが世に伝わっちゃいそうで……」

 

 そもそもの話として、王道の大鎌使いの戦法でも王馬に対する勝ち目は充分にあるのだ。

 ならば下手に奇策に走るよりも、その勝ちの目に全力で賭けるべきではないだろうか。

 

「……いや、選り好みはしていられない。圧倒的に勝てない以上、邪道も外道も何だって利用して然るべき。一応、選択肢としては入れておこう」

 

 全ては大鎌の更なる地位向上のために。

 七星剣武祭まで残り一週間。

 祝ほどの練度になれば、その程度の短期間では最早大幅な戦力強化は望めない。ならば祝にできることは、切らずに封印していた手札を手元に忍ばせることだけだ。

 そして祝が自身の脳細胞と思考能力の全てを費やし、時間すら忘れて今後について考え続けた結果。

 

「…………あっ……もしかして学園に連絡するの忘れてた……?」

 

 夜闇は薄暗闇へと色を変え、東の空が赤く滲み始めている。

 それほどの時間が経ってようやく、祝は自分が置かれているであろう状況に考えが及んだのだった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「………………」

 

 静まり返った早朝の理事長室で、黒乃は一人深く息を吐いた。

 その息吹に乗り、紫煙が薄く広がる。すっかり短くなった煙草を灰皿に押し付けた黒乃は、半ば呆然とした面持ちで新たにもう一本の煙草へと火を着けた。

 表情には疲労の色が濃く滲み出ており、目元には淡い隈が浮かんでいる。

 事実、黒乃は言葉の通り疲労困憊だった。

 昨日の破軍学園襲撃事件の後から彼女はこの瞬間まで僅かな休息もなく働き続けている。

 そして先程、残された体力と魔力でこの校舎だけでもと能力で修復した黒乃は、ようやく理事長室にある自分のデスクでこうして一息つく時間を得ることができたのだった。

 

「…………どうして……どうしてこうなったんだ」

 

 黒乃の頭に浮かぶのはその言葉ばかりだった。

 間違いなく黒乃の人生の中でも五指に入るほどには怒涛の一日であり、未だにその現実に頭が追い付いていない。

 愛すべき母校であり自分が治める学園が壊滅し、現首相であり同時に()()()()()である月影が連盟に叛意を翻し、そして栄光の舞台であるはずの七星剣武祭が日本と連盟の代理戦争の場となった。

 そしてそれだけに留まらない。

 未だに最も信じられず、しかし同時に最も黒乃の胸を締め付ける残酷な事実。

 

「……疼木、本当にすまない…………チクショウがッ……!」

 

 黒乃は能力による過去を投影する魔術により、その光景をハッキリと見てしまった。共に傷だらけの王馬と祝が激突し、最後に刺し違えてしまったその瞬間を目撃してしまったのだ。

 今でも黒乃の脳裏にはそれが焼き付いている。

 

 ――螺旋の暴風が、祝の右半身を削り飛ばした。

 ――鈍色の曲刃が、王馬の右脇腹に突き立てられた。

 

 ――瞬く間に祝の総身が血霧となって消え失せた。

 ――刃から伝う衝撃が体内で暴れ狂い、傷口を含む王馬のあらゆる穴から鮮血が噴出した。

 

 ――そして祝がこの世に存在した痕跡すら残さず、《月輪割り断つ天龍の大爪》はその全てを破壊し尽くした。

 ――全ての臓器が血と肉の破片を混ぜた柔らかい何かに変じ、王馬の肉体は人体としての機能を完全に停止させた。

 

 その全てが一瞬だった。

 交錯した次の瞬間に祝は消し飛び、王馬は血の池に沈んでいた。

 その後、王馬は仲間の治療により九死に一生を得たようであるが、恐らく……いや、間違いなく祝は……

 

「私がもっと早く学園に戻れていれば、あいつは死ぬことなどなかった……!」

 

 たった数分違うだけで全てが変わっていた。

 自分と寧音の二人ならば、暁学園の連中を取り押さえることは間違いなくできただろう。一人たりとも逃がすことはなかったはずだ。

 いや、仮に王馬と祝の相討ちに間に合わなかったとしても、その直後ならば自分の能力で祝を蘇生させることもできた。

 迅速さに欠けた己の行動によって、一人の若く尊い命を散らせてしまったのだ。

 確かに祝は間違っても良い生徒ではなかっただろう。しかし彼女には誰よりも強い志があった。そして若く、未来があったのだ。

 それは人から褒められるような夢ではなかったかもしれない。しかしその善悪に関係なく、大人の汚い事情で潰えさせてしまうことだけはあってはならなかった。

 否、その修羅の道にありながら、それでも世界で生きていけるような生き方を模索させることこそがこの学園の役割であり、そして自分が成すべき責務だったはずだ。それを自分は何一つ遂げられないまま祝の命を散らせてしまった。

 

「……ぐ…………っ」

 

 握り締めた拳が鬱血し、血が滲む。

 情けない自分にも、全ての元凶である月影たち暁学園にも怒りが溢れてくる。

 しかし恩師である月影を未だ信じ、何かの間違いであるか、さもなくばそうせざるを得なかった尋常ではない事情があったのだと縋るような気持ちも黒乃の中にはあった。

 憤怒と信頼の板挟みは、容赦なく彼女の心を苛む。

 そしてそれから逃げるように、黒乃は紫煙を吐き続けていくのだった。

 

 だが、このままこうして立ち止まり続けることは許されない。

 

 黒乃は日本に七つしかない騎士学校の一つ――破軍学園の理事長だ。次代の伐刀者を育成する教育機関の長なのだ。

 だからこそ月影の叛意を叩き潰し、連盟が維持する現在の秩序を維持する義務がある。

 故に連盟が決定した代理戦争に備え、すぐにでも準備を始めなければならない。それが彼女の理事長としての職務なのだから。

 

(……まずは代表選手を選抜し直さなければ。事態が事態だ、恐らく参加を拒否する選手も現れるだろう)

 

 憔悴しながらも時計を見上げれば、時刻はまだ七時にもなっていない。

 恐らく代表選手たちはまだ疲労と傷を癒やすために眠りに落ちているだろう。

 ならば他の仕事を先に片付けて……

 

 

 ――理事長室に備え付けられた電話がけたたましく鳴ったのは、黒乃がそう思い立ったまさにその瞬間だった。

 

 

 甲高い着信音は疲労する黒乃の耳には些か以上に響き、その音量は静寂さも相まって頭痛と吐き気すら催す。

 今は非常時であるため早朝の電話があっても仕方ないということはわかっているが、それでも苛々することには変わりない。しかも電話にあるパネルを見れば、登録した先ではなく見慣れぬ電話番号。加えて携帯電話だ。

 理事長室への直通回線を用いているとはいえ、このような電話は普通に考えれば無視するのが常識だろう。

 しかし彼女は嘗てないほど苛立っていた。それはもう、額に青筋を浮かべ、引き攣り笑いで表情が固まるほどに。

 故に黒乃は「ゴシップ雑誌の下らない取材依頼だったら社員を一人残さず殺す。本社支社を問わず次元の狭間に引き摺り込んでやる」と本気で考えながら、勢い良く受話器を取った

 

「…………破軍学園、理事長室です」

 

 さあ、私は名乗ったぞ。

 さっさと貴様も名乗るんだ。

 どこのマスゴミだ。正直に言えば電話主を社会的に殺すだけで……いや、やはり許さん。マジで殺す。

 そして気が早すぎることはわかっていたが殺意を抑えられなかった黒乃は、思わず空いた手に霊装の拳銃を顕現させ――

 

 

『もしもし? 疼木です、今○○駅で通りすがりの人から借りた携帯電話でかけているんですが』

 

 

「…………………………」

『いや〜、本当は自分の生徒手帳から電話できれば良かったんですけどね。戦闘中に壊れてもあれだったので、実はバスの中に置きっ放しで……先生、聞いていますか?』

「………………疲れてるな、私」

『……え? ちょ、せんせ』

 

 どこかで聞いたような声を耳にした瞬間、黒乃は静かに受話器を置いた。

 そして再び鳴り始めた電話を無視してデスクチェアへと身を沈めると、ゆっくりと瞼を落としたのだった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 その日、各新聞の夕刊に驚くべき記事が掲載される。

 即ち――『《七星剣王》の無事を確認』と。

 その事実にある者は生存を喜び、ある者は只々驚いた。ある者は「マスコミの早とちりか」と落胆し、またある者は「《月輪割り断つ天龍の大爪》からどうやって生き残ったのか」と冷静に訝しむ。

 暁の面々などは、疲労から未だ意識が戻らぬ王馬がこれを知った時に何と言うか想像し渋面を浮かべ、同時に相討ちの現場を見ていないが故に内心では「仕損じているではないか」と嘲った。

 

 

 そんな中、この世界の極僅かな者たちだけが「知ってた」と呟いた。

 

 

 大阪に鎮座する武曲学園の訓練施設。

 そこで熱心に槍を振るう一人の青年がいる。

 バンダナと180センチはあろうかという背丈が特徴的な彼は、滝のような汗を流しながらも緩めることなく虚空へと穂先を突き出す。

 小刻みに位置を変えながらも鋭い刺突を繰り出すその姿は、ただの素振りにしては鬼気迫るものを感じさせられた。まるで目の前に不可視の敵が存在し、それと死闘を繰り広げているかのようだ。

 

 そして事実、青年の目にはハッキリと敵である“怪物”の姿が映っていた。

 

 方々に跳ねる黒い長髪。薄く浮かべた笑み。靡く制服。――そしてそれらを塗り潰すかのような威圧感を放つ黒い大鎌。

 その怪物の名を、人は《七星剣王》と呼ぶ。

 

「――ぜェアッッ!」

 

 刹那、男の槍がブレる。

 そして一瞬の静寂が場を支配し――次の瞬間、空気を裂く幾重もの炸裂音が訓練場に響き渡った。

 あまりに鋭すぎる突きに、空気の流動すらも追い付かなかったのだ。

 まさに絶技や神槍と呼ぶに相応しいその技。

 だが彼が槍を握る手を緩めることはない。

 

「……かァ~、キッチリ防ぎよるなぁ!」

 

 誰もいない虚空へと、青年が悔しさと喜びが入り混じった笑みを浮かべる。

 しかしその瞳に一切の油断はなく、声を漏らしつつもジリジリと敵との間合いを図っていた。

 そして張り詰めた空気は時間を置かず臨界点へと達し――

 

「ホッシー、一大事やッ!」

 

 訓練場に大声で乱入してきた少女――浅木椛に気を逸らしてしまったことで男の敗北が決定した。

 

「ギャーッ!?」

 

 イメージトレーニングで仮想敵として用いていた祝が青年――諸星雄大の首を一斬で落とす。

 それを明確すぎるほどにイメージしていた諸星は、悲鳴を上げながら地面を転げ回った。

 

「浅木ィ! お前このアホ! お前のせいで今ワイ死んだ! 首チョンパされて死んだで!?」

「あっ、ゴメン……ってそうやなくて!」

 

 一瞬だけシュンとした椛だったが、すぐにそれどころではないと言わんばかりに持ち込んだ新聞を諸星に突き出した。

 そこには堂々と祝の生存が確認されたことの記事が載っている。

 

「これ! 祝ちゃん生きとったって! これコンビニで見かけてな、早くホッシーに教えなって思って!」

「…………」

 

 椛から新聞を受け取った諸星は、槍の霊装《虎王》を消すと無言で記事に目を走らせる。

 そこには今朝になり祝から生存の連絡が学園に来たこと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などが書かれている。

 詳細な情報はまだないのか憶測なども混じった記事ではあるが、ともかく祝が無事だということは確かなようだった。

 そして一分ほどで全ての文面を読み終えた諸星。

 諸星が人情に熱く、加えて身内しか知らないであろう去年の七星剣武祭において二人の間で起こった“とある騒動”を間近で見ていた椛はこの報道に彼が大層喜ぶかと思ったが――

 

「いやいや、これガセネタやん」

 

 椛の予想を裏切り、諸星の第一声はそれだった。

 唖然とする椛へ、諸星は「しょーもな」と溜息混じりに新聞を返す。

 

「……えっ、ガセって……それって祝ちゃんが七星剣武祭に出られへんってこと!?」

「ん? ああ、ちゃうちゃう! ガセっちゅうのはそっちやない。……まぁ、気にせんでええわ! 昨日の時点で死んどらんのは薄々わかっとったし」

「ここに来て秘密って、それはないやろ!」

「本人に聞け! あいつの大鎌教に入信すれば教えてくれるかもしれへんで~」

 

 椛をあしらいながら、諸星は踵を返す。

 そう、全てはわかっていたことだ。

 昨日の報道や月影総理の会見で、そのどれもが『襲撃に巻き込まれ祝が死んだ』としか発表しなかった。

 

 

 ――襲撃者によって()()()()()()()()()、ならばともかく“死んだ”だけは彼女の能力的にあり得ないのにも関わらず。

 

 

「《既死回生(あのチート)》がある時点で王馬が祝を殺すのは“不可能”や。それでも死亡説が出たっちゅうことは――王馬の奴、ホンマに祝の大鎌に勝ったんか」

 

 それは諸星が考える限り、恐らくは彼しか知らないであろう祝の真の能力。

 過去、とある事情によってこの能力を知った諸星は、この能力について生涯口外しないと堅く祝に誓った。同時に祝がこの能力を他人に明かさないようにしていることも知っている。

 故に諸星は、文字通り死んでも祝の真実を誰かに話すことはないだろう。

 それこそ、彼女が自発的に口外することがない限り。

 

「チッ、よりによって王馬に先を越されるたぁな」

 

 椛と別れた諸星は、沈みゆく夕日を眺めながら拳を握り込んだ。

 全身に武者震いが走り、自然と口角が吊り上がる。

 祝に限らず、それを打倒した王馬に彼を筆頭とした暁学園。そしてAランクの《紅蓮の皇女》、新進気鋭の《無冠の剣王(アナザーワン)》。

 今年は去年よりも更に厳しい七星剣武祭となるだろうことは想像に難くない。

 だが、それがわかっていても諸星の笑みが陰りを見せることはなかった。

 

「……祝、今年の優勝こそワイが貰うで」

 

 彼の名前は諸星雄大。

 人は彼を《浪速の星》と呼ぶ。

 武曲学園三年生にして、昨年の七星剣武祭において祝に敗れ、惜しくも二位の座に甘んじた男。

 そしてその舞台において、()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 

 




これにて『前夜祭編』は終了です!
次回から『七星剣武祭編』が始まります!
皆様、良いお年を!

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