落第騎士の英雄譚  兇刃の抱く野望   作:てんびん座

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申し訳ありませんが、この投稿は『前回の投稿し直し』です!
途中までは前回の投稿と同じ内容ですが、最後に5000字ほど追加されています。
活動報告では読者さんに伝えきることができないと考えたため、あえて投稿し直すことでお知らせしました。ややこしくて申し訳ないです。
念の為、追加分があることは次回の前書きでもお知らせする予定です。


激しい喜びはいらない、その代わり深い絶望もない

 黒鉄一輝にとって父である黒鉄厳がどのような人間なのかと問われれば、その名の通り厳格な人間だと答えるだろう。

 

 《鉄血》――それが厳が持つ騎士としての二つ名だ。

 騎士連盟の日本支部において最も高い地位を持つ彼は、その地位に代々黒鉄の人間が就いているという歴史に従ってその地位を任されている。そもそも古くから侍――日本の騎士制度の維持に貢献してきた黒鉄家は、日本の国政にも同じように古くから関わってきた。

 よって黒鉄の人間は常に厳格であり、国のために滅私奉公する人間でなければならないというのが家の性質だ。

 そして厳はまさにその性質の体現者であると言える。

 

 だが、それ以上のことは一輝には何一つわからない人間でもあった。

 

 一輝は生まれながらにして伐刀者としての才能に欠けている。ほぼ一般人と変わらない、つまり存在しないも同然の魔力量しか持たない伐刀者だ。

 よって黒鉄の『侍として国に仕える』という方針の前では役立たず同然。いや、もはや役目を果たせない時点で恥でしかない。故に一輝は伐刀者としての訓練に加わることを許されず、同時に黒鉄家の一員として家の行事に参加することも許されなかった。

 そんな一輝は、本家にコンプレックスを持つ分家の人間や黒鉄家に仕える他の人間にとっては格好の餌だった。彼にどのような仕打ちをしようと基本的に厳はそれを看過する。なぜなら一輝は黒鉄の人間などではないも同然なのだから。

 

『何も出来ないお前は、何もするな』

 

 5歳の時に厳から告げられたこの言葉は、今でも一輝の心を縛り続けている。

 お前は一族の恥だ、期待外れだ、だから家のために何もするな――実の父親から告げられたその言葉に一輝がどれほど絶望したことか。他の人間からの嘲笑や罵倒ならば耐えられた。しかし父親の宣告にだけは耐えられない。

 なぜだ。

 そう思わない日はなかった。あれが父親が息子にかける言葉だというのか。息子に望んだ才能がなければ、それだけで失敗作の烙印を押してしまうのが父親なのか。臭い物に蓋をするように、恥部でしかない自分など視界に入れることすら汚らわしいというのか。

 一輝が絶望を教えられたその日から、彼には父親のことが理解できなくなった。

 

 そうして一輝が絶望の少年時代を歩む中、その道に光を照らしたのが曾祖父の龍馬だった。

 彼によって無才にとっての分相応な人生を歩むよりも、それに抗ってやろうという道を一輝は教えられた。そしてその道を走り続け、ついには《無冠の剣王(アナザーワン)》と呼ばれるまでに一輝は強くなった。

 もう学園の誰も自分のことをFランクの無能だと侮りはしない。手品や八百長だと騒ぐ者は、一輝のその戦績によって黙らされた。

 一輝が才能の壁を越え、強敵を打ち倒すだけの努力を重ねてきた立派な伐刀者だということはもはや誰もが認めることだ。

 

 

 そんな伐刀者に成長した一輝は、何の因果かその父親と面と向かって話す機会を得ていたのだった。

 

 

「…………」

「…………」

 

 表情に困惑を浮かべ、何を語るべきかを探る一輝。

 その一方、厳に表情はない。瞑目したまま黙り込み、室内の空気を圧迫し続けている。

 

 このような状況に陥ったのは数分前のことだ。

 早朝の6時から夜中の11時まで査問会は続く。一輝はその間に一切の着席を許されず、それどころか休憩すらも許されない。一方の倫理委員会は日に4回のローテーションで交代をしているため実質的に体力は無限。

 査問会の内容も酷いもので、同じ内容を繰り返し尋ねてくるだけだ。その度に一輝の態度が悪い、受け答えが遅いなどと文句を付けるばかりで、一輝の意見は一切聞いてもらえなかった。

 この問答の中で彼らは一輝が失言を漏らすのを虎視眈々と狙っていることは一輝にもわかっているため、言葉を選びながら慎重に受け答えをしている。

 しかしそれを今日まで1週間も続けていれば心身ともに疲労してしまうのが人間というもの。まだまだ一輝は抵抗の気力を持ち合わせていたが、流石に疲れを感じ始めていた。

 しかし一輝も何の考えもなしに耐え忍んでいるわけではない。これはあくまで時間稼ぎ(・・・・)であって、逆転の一手は他にある。

 

(きっともうすぐ、この事件を聞きつけてヴァーミリオン国王が動くはず)

 

 早ければ今週から来週、遅くとも1ヶ月以内に彼は何らかのアクションを起こす。

 その時、間違いなく一輝は国王と面会する機会があるはずだ。そこで自分の身の潔白を彼が認めれば、そこでこの騒動は終了だ。親が公認した男女の交際という極めてプライベートな関係に、連盟などが口出しなどできるはずもない。

 そうなれば一輝の勝ちだ。

 

(それまでの辛抱だ。この程度の苦難、今までだって乗り越えてきた……!)

 

 そうして己の意思と目標を明確にして戦意を滾らせていた一輝だったが、そうしていると本当に何の前触れもなく厳が一輝を拘束する独房に訪ねてきたのだ。

 まさに寝耳に水なその事態。一輝は動揺を隠すことができなかった。

 

(一体この人は何をしに来たんだ……?)

 

 まさか激励をしに来たということはあるまい。しかし記憶にあるこの父親が独房までしぶとい我が子を直々に痛めつけに馳せ参じたのか、と考えるがそれこそ一輝の知る厳の行動ではなかった。

 では、彼は何の用があって自分に会いに来たのだろう。

 

「……一輝」

「ッ、……はい」

 

 厳がゆっくりと目を開く。

 自分と同じ漆黒の眼光。

 その視線に晒された一輝は思わず息を呑んだ。自分を名前で呼んだのも数年ぶりだろうというこの父親は、一体何を言うのだろう。全く想像できない。

 固唾を飲んで続きを待つ一輝。

 しかし厳が続けた言葉は、ある意味一輝のどんな予想も裏切るものだった。

 

「選抜戦だが、勝ち進んでいるらしいな」

「えっ? ……あ、うん」

「関西の武曲学園が取っていた選抜方式だったが、今年から破軍にも導入されたらしいな。今のところ全勝だったか?」

「う、うん」

「戦績を聞いたが、《狩人》といい弱い相手ばかりではなかったらしいな。……大したものだ」

「…………えっ」

 

 完全に予想外だった。まさか父親が普通の親子のような会話をしてくるとは。

 いや、そんなことよりもだ。何だ、最後の厳の言葉は。今の話の流れでは、まるで自分が褒められたようではないか。

 それを理解した瞬間、一輝の胸が疼く。ザワザワと胸の内が騒めき平静でいられない。それをどこか客観的に認識した一輝は湧き上がるその感情を知った。

 

 ――嬉しい。

 

 ただそれだけだった。

 互いの関係を考えれば一輝は厳を罵倒し、憎み、殴りかかってもよい立場のはず。だというのに一輝の胸の内には喜びしかない。

 父親に褒めてもらって嬉しい――子供として当たり前のそんな感情。

 いや、それだけではない。褒められたから嬉しいというだけでなく、一輝はこの父親と会い、そして話をしているというだけでも喜びを感じてしまっている。憎むべきこの男を、一輝の心と本能は愛すべき父親として認識してしまっているのだ。

 厳の言葉と自分の心。予想外に過ぎるその二つに挟まれ、一輝は困惑を深めると同時になぜか涙が溢れそうになっていた。

 

(そうだ。例えどんな酷い過去があっても、僕たちは家族なんだ……)

 

 一輝は確信した。自分とこの父親の間には、まだ確かに絆という繋がりがある。

 ならば、だ。今ならば過去の過ちを清算できるかもしれない。

 少なくとも自分は変わった。父が愛想を尽かした無能な息子はもういない。自分は日本最強の学生騎士を決める七星剣武祭を目前にできるほど成長した。今ならば父親に家族として認めてもらうことができるかもしれない。

 査問会による疲労など一輝はまるで感じなくなっていた。

 闇に差した一筋の希望の光。それに魅せられた一輝にとってもはや赤座の悪意など恐れるに足らない。ただ目の前の父親が自分を認めてくれるかもしれないという希望だけで、一輝は身体から生きる気力が湧いてくるのを感じているのだから。

 

「あの、父さん……!」

「何だ?」

 

 そのやり取りだけで一輝の心は幸福が満ちる。

 だがこれで終わりではない。

 言えッ、言うんだ一輝ッ――己を奮い立たせ、一輝は言葉を紡ぎ続ける。

 

「僕は、頑張っていますっ……。もう少しで、選抜戦も、終わります……」

「そうだな」

「っ、だ、だから……だからもしも僕が七星剣武祭の本戦に進めたらっ、……ううん、もしも優勝することができたら…………僕を、家族として認めてもらえませんか……」

「…………?」

 

 厳の眉根に力が入る。

 僅かに鋭くなった眼光に、しかし一輝は怯むことなく溢れ出さんばかりの思いを喘ぐように吐き出した。

 

「僕はまだFランクで、一回は落第にもなってしまったけど、……でも昔とは違うんだ……! ちゃんと強くなったし、これからだって人の何倍も何十倍も修行しますっ……。黒鉄の恥だって誰にも言われないくらい、これからも強くなり続けますっ! だから僕のことを、家族として認めてくださいッ……」

 

 言葉にすることで一輝は改めて自分を理解した。

 自分が求めていたものはこれなのだ。

 『才能がなくとも夢を諦める必要はない』と龍馬は言った。では、一輝の夢とは何か。

 

 それは家族だ。

 

 才能がなくとも強くなれると証明し、曾祖父の言葉に嘘はなかったと証明する。そしてその証明を以って自分と同じ境遇の人の助けになりたいという一輝の願い。

 曾祖父の言葉によってとっくに自分は救われた立場の人間だと思っていた。しかしこの心の疼きは何だ。湧き上がる喜びは何だ。その根底にあるのは、それを証明したことで得られる周囲の人々からの賞賛と承認だったのではないだろうか。

 

 そしてその“人々”の筆頭が、きっと一輝にとってこの父親だったのだ。

 

 強さを手にし、厳に息子として認められることで一輝の求道は完成する。

 一輝にとって武術(つよさ)とは誰かに認められるための手段。

 だからこそ一輝は祝という“修羅”に最後の一歩で共感することができなかった。強さに溺れて父を忘れ去ることなど一輝にはできなかった。修羅の道に他者の賞賛と承認は本質的に必要ない。しかし一輝が求めるものは父親からの承認と賞賛であったが故に一輝は修羅に堕ちることはなかった。

 

「……なるほど」

 

 一輝の魂の奔流。

 それを聞いた厳は蟀谷を数度叩くと、沈めていた視線を再び一輝に向ける。

 

「お前が黒鉄の家を出たと聞き、私は不可解でならなかった。しかし今、ようやくその理由がわかった。……一輝、お前は『自分が弱いから息子として認められていない』と思っていたのだな。魔力が弱々しいが故にお前に失望していたと、そういうことなのだな?」

「……うん」

「そうか。――ならばそれはお前の勘違いだ。私はお前のことを家族ではないと思ったことなど一度もない」

「………………は?」

 

 厳から告げられた理解不能の言葉に、一輝の思考は完全に停止した。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 私にとって黒鉄厳という人がどのような人間かと言われれば、たぶん“面白い人”と答えるだろう。

 

 

 空を見上げれば本日は生憎の曇り空。予報によれば今晩は雨になるという。

 そんな真夜中に私が何をしているのかというと、言われるまでもなく日課の素振りだった。

 既に寮の門限は過ぎているため門は鍵が閉められているが、窓から出入りすることなど伐刀者にとっては造作もない。なので私はよく夜中に部屋を抜け出し、そのまま深夜のランニングやトレーニングをすることが多かった。終わった後は深夜アニメを観つつ夢の世界へフェードアウトだ。

 幸いにも私は新宮寺先生からビップ待遇を受けておりルームメイトはいない。なので深夜アニメを観るために誰かに気を遣う必要もないのだ。ふふふ、世の寮住まいの学生騎士どもよ、羨ましかろう?

 

 そういえば黒鉄が笑ゥせぇるすまんみたいなオジサンに連れ去られて今日で1週間か。

 相変わらずステラさんはモーセだし、珠雫さんは目つき悪いし、そしてアリスさんはイケメンだ。

 選抜戦も二試合ほどが既に消化されており、その盛り上がりは陰りが見えない。……まぁ、私はずっと不戦勝ですけどね。誰か死にたい奴はいないのかよッ!

 

 その黒鉄で思い出したが、原作ではそろそろ彼と父親の黒鉄厳が数年ぶりの再会をする頃だったか。

 その黒鉄厳であるが、意外かもしれないが実は私も会ったことがある。

 あれは私の除名騒動が収束してすぐのことだった。日本の秩序を預かる長官として私に釘を刺すためなのか、一度だけ呼び出しがあったのだ。私は出会い頭にコーヒーをぶっかけられた前世の就職活動における内定辞退のトラウマを思い出し、内心では戦々恐々としながら彼と顔を合わせることとなる。

 当初、私は原作における彼の人物像をほぼ忘れ去っていたために当然ながら黒鉄長官の人物像がどのようなものだったか全く思い出せなかった。しかしあのお人好しで知られる黒鉄と原作で絶縁状態になるくらいの人なのだから、相当あくどい性格をしているのではないかと当たりを付けていたのだ。

 しかし会ってみると意外や意外、結構面白い人だった。もちろん冗談やギャグなどの意味で面白いという意味ではなく、人種として興味深いという意味で。

 

 彼の人物像を一言で表すのなら……そう、『逆の意味で公私混同』だろう。

 

 彼と言う人間を構成する根幹の部分。それは“公”に当たる『秩序(ルール)』なのだ。

 黒鉄家は昔から日本の伐刀者を統括する地位にあり、そこに私情を挟むことは許されないと聞く。これが過度に行き過ぎた結果、彼は私情よりも秩序を優先する人格に仕上がってしまったのだろう。いや、むしろその厳格な人格は秩序を重んじるあまり、私生活(プライベート)すらも黒鉄家の秩序で構成されている人間と言うべきだろう。

 故に『逆の意味で公私混同』。彼にとっては“私”すらも“公”の一部でしかない。

 

 それが息子である黒鉄に言い放ったあの言葉――『何も出来ないお前は、何もするな』に繋がる。

 

 要は長官は黒鉄に息子としての情を抱く以前に、彼の持つ総魔力量から黒鉄家の秩序下におけるその役割を前提に存在を計っていたのだ。

 騎士のランク制とは即ち騎士たちの階級だ。生まれ持った資質(さいのう)で定められたその階級に従って騎士たちは役目が変わり、高ランクの騎士はより危険な任務を回される。これを正しく守る組織を運営し、それを騎士たちに周知し、徹底することで騎士たちの犠牲を削り、成果を最大限に引き出すのが日本の騎士の長である黒鉄家の役割だ。

 それに従うのなら黒鉄は間違いなく騎士の役目を果たすための存在として相応しくない。乏しい資質の黒鉄に高ランク(てんさい)の役目を押し付けるのは、それこそ黒鉄家の秩序に逆らう無駄な犠牲となってしまうからだ。

 

 だから長官はその秩序に従い、騎士としての黒鉄に期待することをやめた(・・・)のである。

 

 失望したのではない。あくまで総魔力量という基準に従って正しく黒鉄の才能を評価し、騎士としての生き方は不可能な人間だと判断したに過ぎない。そこに息子がどうという要素が入り込む余地はないのだ。騎士として生きるのが不可能なのだから、そこに期待も何もあるはずがない。

 故に『何も出来ないお前は、何もするな』と――騎士として生きることができないのならば、騎士として生きようとするなと言った。彼が黒鉄に騎士としての教育を一切許さなかったのはそのためだ。騎士の家系である黒鉄家の行事に参加することを許さなかったのはそのためだ。

 長官が思い浮かべた黒鉄の理想の将来は、きっと伐刀者としての才能の無さを悟って一般人として生きていくことだったのだろう。己の才能を知り、分相応な人生を生きる一つの例という役割を黒鉄は求められていた。現実はどこまでも非情で、例え伝統のある良家に生まれようとも才能がなければ相応に挫折してしまうという“当たり前”こそが秩序が示す黒鉄の進むべき道だったのだ。

 

 だが、黒鉄はそれに納得しなかった。

 純粋に不屈の精神を持っていたのか、彼の曾祖父の言葉に影響されたのかはわからない。あるいは黒鉄家という名家に生まれたというプライドもあったのかもしれない。

 何にせよ黒鉄は長官が絶対視する秩序を犯してしまい、それが原因で今回のような妨害に晒されている。

 

 よって黒鉄家が守り続けてきた秩序を《鉄血》の名の下に長官が守り続ける限り、どれだけ強くなろうと黒鉄が長官に騎士として認められることはない。

 彼にとって黒鉄は家族である前に“低ランクの伐刀者”なのだから。例え血を分けた息子であろうとも、その秩序に反する者――ランクの差を覆し、他の低ランクの伐刀者を増長させる可能性を持つ異端分子の存在を彼は許さない。

 

 しかし親の心子知らずとはよく言ったもので、その辺の意思伝達が失敗していたからこそ彼は黒鉄(次男)珠雫さん(長女)の反発を招いてしまった。そこが黒鉄長官の最大にして致命的な失敗だろう。この前の珠雫さんなんて長官のことを「理解不能理解不能!」とバッサリ言い切っていたし。

 長男? ああ、あの人はそもそも長官とは別のルールで動く“同類”だから、そもそも歯車が噛み合うはずもない。視点も視界も違うのにその方向しか見ない彼らは、お互いに相手の意思を知ってはいても理解などできないままだろう。

 

 しかし個人的な話をさせてもらうと、実は『自分の中に譲れない基準がある』というのは嫌いではなかったりする。

 自分の中に絶対のルールがあり、それを守るためならば手段は選ばないし家族だって切り捨てるというその徹底的な姿勢は共感するところがある。それが一族による刷り込みや洗脳であったとしてもだ。あまりに機械的すぎて全然楽しそうでないところが少し難点だが。

 

 まぁ、黒鉄にはとっては災難だったね。

 そもそも長官は黒鉄に期待なんて微塵もしていなかったわけだし、そして長官がこれから彼に騎士として期待することなんて未来永劫ないのだから。

 私的に言うのなら、『転生したら日常系アニメの世界だった』という並みのどんでん返しだろう。だって大鎌を活躍させる機会なんてないんだもの。そうなったら漫画家にでもなって主人公を大鎌使いにするくらいしか方法がなくなってしまう……いや、割と悪くない? ジャンプで大御所級になれるくらいのヒット作を作ればあるいは行ける? よし、今度転生する機会があったら漫画家になってみよう。

 

 新たな目標を見つけて上機嫌になった私は、空気を裂いて《三日月》を唸らせながら鼻歌混じりに今日も修行する。

 そんなことをしている内に黒鉄と長官について考えていたことなどすっかり忘れ、記憶の片隅へと追いやってしまうのだった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 ――相変わらずよくわからん奴だ。

 

 それが一輝との会話を終えた厳の感想だった。

 不肖の息子が何やら誤解をしているようだったのでそれを訂正してやれば、なぜか彼は呆然としたまま泣き出してしまった。その後は声をかけても返事すらしない。

 故にこれ以上は時間の無駄だと厳は悟り、こうして地下深くの独房から退散してきた次第だ。執務室(オフィス)のある日本支部の最上階と独房のある地下はエレベーターに一度乗るだけで来られる距離。だからこそ様子見と説得のために足を運んでみたのだが……

 

「時間の無駄だったか」

 

 厳には一輝の思考回路が理解できなかった。

 もちろん、人間の思想は多種多様だ。一輝と自分の間に多少の考えの相違があることにまで口出しするつもりはない。

 しかし秩序を絶対とするこの考え方は黒鉄に生きる者が共有すべき最低限の常識であり、厳としてはそれを理解していなかった一輝の方が異常だとしか思えない。

 

 秩序は絶対――それが黒鉄の掟。

 

 それは血の繋がりだとか、恩義や仁義などに左右されるものではない。

 だからこそ厳は一輝を『伐刀者として無能』と判断し、その判断の通りにこれまで扱ってきた。それによって分家の連中から嫌がらせや迫害を受けてきたことは知っているが、それは“低ランク伐刀者”としては()()()()()()()だろう。

 騎士の家の人間としては決して褒められることではないが、弱者が強者に侮られるのは自然なことだ。その上下の関係を乱すことは秩序の示す序列に反する。騎士の精神性とそれは別の話だ。それくらいのことは一輝もわかっていると思っていたが、どうやらあれはそんなことも理解できていなかったらしい。

 長男といい次男といい、どうやら自分は育児というものに失敗したようだ。前時代的と指摘されることもあるが、思えば自分は基本的に家の方針を決めるだけであって細かいことは妻などに任せきりの男だったと厳は回顧する。唯一、珠雫だけは高ランク騎士として相応しい振る舞いと成果を見せているものの、彼女も年齢のせいか最近は自分に反抗的だ。

 

「儘ならんものだな」

「んっふっふ、ご子息とお会いになって何か御座いましたかぁ? ご当主様」

 

 執務室の扉を開けようとすると、背後から聞き慣れた声がする。

 振り返れば相変わらずの肥満体質。背は自分よりも低いというのに横幅ばかりが大きい中年の男性。即ち此度の一件を取り仕切る心理委員長の赤座がそこにいた。

 

「いいや、些細なことだ。しかし、どうも私は子育てというものに失敗したようでな。あれにも黒鉄の理念というものを徹底的に教え込んでおくべきだったと痛感している」

「んっふっふ、心中お察ししますぅ。しかし今回の件ももうじき決着がつきますのでぇ、そう心配なさることもないかとぉ」

「何か手を打っているのか?」

「えぇ。きっと一輝クンはヴァーミリオン国王が日本に乗り込んでくることで事態の決着がつくと耐え忍んでいるのでしょうがぁ、そんな浅知恵はこちらとしてもお見通しですぅ。なのでこちらも早急かつ決定的な一手を準備していますぅ」

 

 笑みを深める赤座。この手のことにおいて、日本支部で赤座は最も手慣れている存在だ。

 彼の所属する倫理委員会という部署は、憲兵時代の秘密警察としての役割を色濃く継いでいる。時代が移り変わろうとも脈々と受け継がれる汚れ役としての性質は変わらず、今回のような尋問や監禁などの手際は他の部署の追随を許さない。

 秘密裏にされた報告によれば、既に一輝の食事に毒を盛ることで査問会を有利に進めるための手筈すらも整えているという。

 全くもって大した連中だ。

 

「この件はお前に一任している故に私が口出しすることはない。好きにやるといい。――だがやるなら徹底的にやれ。失敗することは許さん」

「んっふっふ、仰せの通りに」

 

 一礼すると、赤座は長い廊下の先へと消えていった。

 それを見送ることもなく厳は執務室に入り、ふと壁にかけられている歴代長官の写真を眺めやった。

 ここに飾られた彼らの半数以上は厳と同じく黒鉄の名を持つ者たちであり、彼と同じく日本の秩序を守るために身命を賭してきた影の英雄たちだ。自分もその一人であるという事実を厳は誇らしく思い、同時に自らも彼らに恥じぬ“黒鉄”でなければならないと考えている。

 だからこそ厳は一輝の意思を許さない。

 人は分相応に生きることことが最良の幸福であり、それを乱すことは博打のようなものだ。なるほど、確かに分不相応に夢に邁進することで道が開けることもあるだろう。しかしそれに失敗してしまった人間はどうすればいい。勝手に夢を与えた成功者は、夢に破れて絶望した失敗者に何をしてくれるというのだ。

 一輝は今やランク差や才能の無さという逆境を乗り越えつつあり、それを知った多くの才無き伐刀者たちは彼に希望を抱くだろう。自分にも何かできるのではないか、自分でももっと高みに登れるのではないかと。しかし現実は非情で、残るのはいつもごく少数の成功者と圧倒的多数の失敗者だ。そしてその生き残った成功者が魅せる光に誘われ、再び蛾のように非才が(たか)ってくる。

 こんな無駄なサイクルを人間は何度繰り返した。同じ不幸を人類は何度繰り返した。なぜ自分なら大丈夫という楽観的で根拠のない愚かな選択をする。身の丈(ランク)に見合った道を進めば、少なくとも絶望の未来が訪れる可能性を極力排除できるというのに。

 

(全ての人間が身の丈に合った正しい役割をこなすことでこそ世界は穏やかに回る。その平穏こそが大多数の人々が願う幸福。それを乱そうというのならば誰であろうと容赦はしない)

 

 外道だと罵ればいい。

 秩序の奴隷と嗤えばいい。

 息子の夢を挫く人でなしと見下すがいい。

 その結果として黒鉄家が守り続けてきた秩序を自分も守れるのならば望むところだ。自分はそれ以上のことなど望まぬし、しかしだからこそ自分も歴代長官のように身命を賭してその秩序を守るだろう。

 それこそが《鉄血》の二つ名を与えられ、黒鉄家の規範としての在り様を体現してきた自分の誇りであり覚悟なのだから。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 一輝が倫理委員会に囚われて一週間と数日が経った。

 世間では未だにステラと一輝の交際が取り沙汰されており、連日の報道はもはや(くど)いと言えるほどに加熱している。学園の敷地内まで報道関係者が入ってくることは理事長の黒乃が阻止しているためないが、しかし学園の表門と裏門は彼らによって休むことなく見張られていた。そのためステラはここ数日、学園の外に出ることすら出来ていない。

 よってステラの機嫌は日に日に悪化していくばかりで、ついに空白地帯は食堂の席三つ分から五つ分にまで広がっていた。

 

「……はぁ」

 

 疲労を滲ませるステラは力なく昼食を胃に収めていく。一輝が連れ去られる前には彼と共にここで美味しく食事を楽しんでいたというのに、今ではまともに味もわからない。少し前までは一輝が心配なあまり食事も喉を通らなかったということを考えると回復傾向にあることは間違いないが、それでも心の傷はそう簡単に癒えるものではなかった。

 一輝は大丈夫だろうか。故郷の父は一輝のことを認めてくれるだろうか。そもそもこの騒動はいつまで続くのだろう。もしや一生このまま晒し者にされてしまうのだろうか。

 そんな益体もないことばかりが思い付き、ますますステラの気分は重くなる。許されるのならこの場で頭を抱えて大声で唸りたい気分だ。珠雫の激励や有栖院たちの甲斐甲斐しい慰めがあるからこそこうして学生生活を維持できているが、もしも彼女たちがいなければステラは本当に押し潰されていたかもしれない。

 しかしそんな弱々しいステラの状態を無視し、いつもの態度を貫く少女が一人。

 

「ふっふっふ……ステラさん。今日が何の日かご存知ですか?」

 

 ステラの背後に気配もなく姿を現すなり怪しげに笑ってみせたのは、いつもニコニコ貴方の隣に這いよる混沌こと祝だった。ご機嫌だということを隠すこともなく、むしろ見せつけるかのように弾んだ声色で祝は沈み込むステラに纏わりつく。

 その地雷原でタップダンスを踊るかのような行為に周囲の生徒たちは戦慄し、ほぼ一斉に席から腰を浮かせた。

 しかし当のステラは気だるげにそれを一瞥するばかりで爆発の気配は見せない。それに安心した生徒たちは再び席に着くが、油断すれば自分たちに灼熱の飛び火が来ることは彼らも理解しているため常に目と耳は凝らされている。一部の生徒は食事のペースを早め、それを終えると足早に食堂を去っていった。

 この異様な光景こそが学園から一輝が姿を消した後に見られるようになった日常風景だ。あの一件から食堂に寄り付くようになった祝には生徒一同が迷惑していたが、しかし下手にそれを指摘すれば大鎌の錆か挽肉にされかねないので誰も彼女を注意しない。

 むしろ祝への対応を積極的にステラへ押し付けている節すらあり、それを敏感に感じ取ったステラはますます憂鬱な気持ちになった。

 

「……何の日って、そんなの知らないわよ。ハフリさんの誕生日なの?」

「残念ながらまだまだ当分先です。全くステラさんったら鈍いですね~。ほらぁ、あれですよあれ!」

「この国の建国記念日とか?」

「違いますってば!」

「じゃあ学園の創立記念日?」

「……はぁ。ステラさん、貴女のおめでたい頭にはガッカリです」

 

 お前は馬鹿か、と言わんばかりに祝は大袈裟に肩を竦める。

 これには流石のステラの額にも青筋が浮かび、持っていた箸がミシミシと軋み上がった。しかしステラは常識人。ここで怒声をぶち撒けるのは簡単だが、そんなことは王室育ちの淑女(レディ)として許されることではないということをキチンと弁えている。

 よって彼女は喉元まで昇ってきた怒りを懸命に抑え込み、それによって襲い来る頭痛に耐えながらやや上擦った声で問いかけた。

 

「へっ、へェェエ……? 知らなくってごめんなさいねェ? なら是非とも至らぬ(わたくし)に聞かせてもらおうかしらァ、今日が一体何の日なのかをねェ?」

「ふふ~んっ、そこまでお願いされては仕方ないですねぇ~。――な、な、な、なんとッ、今日は私が選抜戦で約一ヵ月ぶりに試合ができる日なのですッッ!」

 

 まるで謳い上げるかのように高らかに。

 祝は得意満面だった。これほど嬉しそうに、それでいて自慢気に言葉を紡げる機会が人の一生にどれほどあるだろうか。きっと大国で大統領選挙に勝った時ですらこれほどご機嫌な声音は出せまい。

 しかし祝の言葉に感動するはずのステラはポカンとしたまま黙り込んだままだった。それを見た祝は言葉が足りなかったと判断したのか、舞台上の役者のように再び朗々と語り続ける。

 

「これまで私は試合でその実力を殆ど見せることなく、こうして不戦勝の連続で勝ち残ってしまいました。しかしそれも昨日までの話! 今日こそは試合の中で私の大鎌(ちから)を披露できると、つまりはっ、そういうっ、ことなんですっ!」

「…………は?」

 

 両手を広げ、胸を張り、その姿勢で眩い笑みを振り撒く祝。

 それと同時にステラの表情が抜け落ち、箸が音を立てて燃え尽きた。まるで煙草のように端から灰となっていったそれに目をくれることもなく、ステラは口元を引き攣らせる。

 

「……そんな……こと? あれだけ散々人を小馬鹿にしておいて、言いたかったことはそんなことなの……?」

「あっ、そんなことって何ですか! 私にとっては重要なことなんですよ? このまま殆ど試合をしないで本戦に出場しても面白みの欠片もないですからね、この辺りでいい加減におおが――」

 

 

 

「どぉぉぉでもッッ、いいわぁぁぁあああああ!!!」

 

 

 

 淑女の仮面が剥がれ落ち、その下から火炎を撒き散らす龍が姿を現した。

 紅蓮の火の粉が舞い上がり、ステラの白い手の中に《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》が顕現。

 伐刀絶技《妃竜の息吹(ドラゴンブレス)》によって摂氏3000度の炎熱を纏った斬撃が空気ごと祝を焼き尽くす。

 しかし相手は腐っても七星剣王。怒りに任せて繰り出された単調な剣など食らうはずもない。座っていた席を吹き飛ばして振るわれた霊装を「危なッ!?」と屈んで躱すと、間合いを離すこともなくその場で再び立ち上がった。

 

「い、いきなりどうしたんですか!? こんなところで暴れ出すなんて、非常識だと思わないんですか!」

「こっちからしたらハフリさんの方がよっぽど非常識よ! こっちは毎日毎日、新聞とかテレビとかで吊し上げられて憂鬱なのにアンタは一人でどうでもいいことで嬉しそうにしてッ! ちょっとは気遣いってものを見せなさいよ! それでも慎み深い日本人なわけ!?」

「現実の日本人なんて実際はこんなものですよ。現代にまでSAMURAIとかNINJAが残っている、というのと同じように空想の産物です。前から思っていましたけど、外国人ってアニメ大国の日本人以上にファンタジーに生きていますよねぇ」

「慎み深さまでファンタジー扱いするんじゃないわよ!」

 

 再び斬撃。

 しかし上段からの斬撃を祝は半身になって躱し、そこから弧を描いて剣が振り上げられれば一歩下がるだけで剣の間合いから外れてみせた。しかしそれも一息の間のことで、剣の軌跡を追う火の粉を弱々しい魔力放出で散らすと同時に再び間合いに入り込んでくる。

 遊ばれている――常人が相手ならば三度とも斬り伏せられる自信があったというのに、まるで祝の前では他愛のない戯れ合いであるかのようだ。幻想形態を用いているため流石に死ぬことはないが、剣が当たればもちろん痛みは走るし炎で炙れば熱を感じる。だというのに目の前の少女の目には恐怖の色が全く含まれていない。

 

「こんのォ!」

 

 一撃だ。その舐めた態度ごと次の一撃で頭蓋を両断してやる。

 咆哮と共にステラが踏み込む。その脚力は食堂という建物そのものを揺るがし、まるで地震のように学園に響き渡った。余波だけで文字通り大地を揺るがしたその一撃は、天高く剣が振り上げられたことでその圧力をより一層強くする。

 踏み込み、間合い、力の配分。全てにおいて文句のない斬撃だ。その恐ろしく速い一連の動作から繰り出される斬撃は、並大抵の伐刀者では躱すことも防ぐことも叶わない必殺の概念を有することとなるだろう。

 だが、七星剣王の中でも特に異才を放つ目の前の修羅の前では、些か以上に迂闊だったと言わざるを得ない。

 

 それは祝にとって充分な隙だった。

 

 剣を振り上げ、そして斬撃を叩き込むという一連の動作。

 それは確かにAランク騎士の名に恥じない卓越した技量だ。しかしこの間合いで祝に勝負を挑むということは、即ち人間が素手で水中の巨大鮫に挑むも同然。祝の目からすれば未来を知るまでもなく「どうぞ攻撃してください」と無防備になるようなもの。

 事実、ステラが剣を上げる動作を見せたその瞬間には祝は動き出していた。滑るようにステラの懐に潜り込み、剣の切っ先が天に向けられた時点で素手の間合いに戦場を移す。そこは敵に近すぎるあまり剣を当てることができない超接近戦(インファイト)の領域。

 しまった、とステラが後悔しようとも既に遅い。接近と同時に祝の右腕は既に霞むような速さで加速し――その紅い双眸に人差し指と中指を突き込んでいた。

 

目潰し(バルス)っ!」

「ぎゃああああああッ!? 目が、目があああああッ!?」

 

 人体の急所の一つである眼球を攻撃され、流石の《紅蓮の皇女》も剣を取り落とす。右腕の加速はステラの纏う魔力防御を貫通しながらも決して眼球を潰す程の威力ではないという絶妙な加減がされていた。

 しかし眼球に指を突き込まれることによる痛みは耐え難く、ステラはポロポロと真珠のような涙を落とす。そんな彼女を見下ろした祝は、ニンマリと口元に笑みを浮かべて勝ち誇った。

 

「何だかよくわかりませんけど、勝ったぞガハハ!」

「ぐあああムカつくううう! なんでこんなのが七星剣王なのよぉぉぉおおお!」

 

 祝の完勝だった。それを認めざるを得ないため、誇張なしで地面を割れんばかりに叩いて悔しがるステラ。その慟哭と祝の高笑いは、既に生徒たちが逃げ去ってガランとする食堂に大きく響き渡っていた。

 しかしその騒ぎも数分のこと。少し経てばステラの気分も落ち着きを見せ、再び二人で寂しい食堂の中で昼食を再開させる。注文してきたペペロンチーノを掃除機のような速度で吸い込んでいく祝を脇目に、ステラは本日何度目になるかわからない溜息をついた。

 

「……で? ハフリさんの試合が何なのよ?」

 

 一息を入れたことでかなりの冷静さを取り戻したステラは、より深い疲労を滲ませながら祝に問いかける。

 話題が戻ったことで祝の目は輝きを復活させ、良くぞ聞いてくれたとばかりに再び胸を張った。

 

「ふっふっふ。先程も言いましたが、今日は私の試合なんですよ。なのでこの後、ステラさんたちには是非とも試合を観にきてもらいたいと、そういうわけなんです。本当はアリスさんたちにも声をかけようかと思って来たのですが……今日はまだ来ていないみたいですね」

「試合ィ~? 自分でも言っていたけどハフリさんって今まで十五試合くらいあって殆ど不戦勝でしょ? 今日も試合前になってドタキャンされるんじゃないの?」

 

 胡乱に思っていることを隠しもしないステラだが、祝は「チッチッチ」とわざとらしく指を振ってみせた。いちいち腹が立つが、自信が一入(ひとしお)だということだけはわかる。

 それとどうでもいいことだが、言うまでもなく祝はステラよりも一歳だけとはいえ年上だ。そして背格好も自分とそう大差ない。だというのに、こうして話していると年下のクソガキにしか見えないのはなぜだろう。人生を気が狂うくらい全力で生きていると精神が幼くなるのだろうか。

 そんなステラの疑問を余所に、祝はまるでありがたい印籠を見せびらかすお供のように高らかに電子生徒手帳を翳してみせた。

 

「ふふん、今日の相手は今までの有象無象と一味違いますよ? この対戦通知をご覧あれっ!」

 

 渋々とステラは生徒手帳へ視線を向ける。

 正直、ステラはそれほど対戦相手の名前に期待などしていなかった。元々ステラは闘う選手の情報を集めないタイプであるが故、学園内の強い生徒についての情報にも非常に疎い。よってその名前を見せられたところで「誰?」と首を傾げることになるだろうと思っていたのだ。

 しかし祝がそれほどの確信を抱く生徒とは一体何者なのか、と少しばかりの好奇心から目を通してみると……

 

「……へぇ」

 

 そこに表示された祝ともう一人の生徒の名前を見て、ステラは納得したように目を細めた。

 なるほど、これは確かに祝が確信を持つのもわかる。確かにステラの知る“彼女”ならば祝から尻尾を巻いて逃げるような真似はしないだろう。それだけの実力がある騎士だということは、既にステラもその片鱗から理解していた。

 

(これは荒れる試合になるわね)

 

 内心でそう思いながら、ステラは祝の誘いに了承した。

 本当ならばここにいない一輝と観たかった試合ではあるが、しかしそれを理由にみすみす見逃して良い試合でもない。ここは寂しさをグッと堪え、直接会場に足を運ぶべきだろう。

 それをステラに決断させるほどに、この試合は興味深いものだった。

 

 

 

 この、疼木祝と貴徳原カナタの試合というものは。

 

 

 




厳「覚悟はいいか? 俺は出来てる(一方的)」
一輝「あァァァんまりだァァアァ!?」

書けば書くほど面倒臭い黒鉄パパ。
原作で一番わかりにくい精神構造をしている御仁です。小熊じゃないですけど、マジで「言ってくれなきゃ、何も分からないじゃないか!」な人。

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