総武高校に入学してから、一ヶ月が経過した、ある日の放課後のこと。
「♪♪」
私は音楽室にて一人でピアノを弾いていた。
昔から言葉をしゃべることができない私は、音楽や絵を描いたりといった一人でできる遊びを多くしていた。
中でも、すきなのは、気に入った音楽をプレーヤーで聞き、その曲の楽譜をネットで探し、そしてそれを記したものをピアノで演奏するといったものだ。
(演奏中は余計なことを考えなくてすむ。自分の短所を気にすることがない唯一の時間)
総武高校に入学して一ヶ月がたった。はじめのうちはしゃべれないことでクラスからはぶられると思っていたが、クラスメイトは私のことをはぶることなく、むしろ私に話しかけてくれたり、いろんなことを手伝ってくれている。
いつか言葉が話せるようになったら、皆には感謝しなければいけないなと思いながら、ピアノを弾いていると、音楽室の扉が開いた。
「失礼。君が山中 美波だな?」
入ってきたのは白衣を着た女性教師だった。
(はい。私が山中です)
ポケットからペンとメモを取り出して、私が山中ですと書き記して、渡した。
「私は二年の生活指導をしている平塚だ。一年の君は知らないだろう」
生徒指導の先生が私に何のようだろう?生活態度に問題はないと思うけど……
「君の演奏はとてもいいな。遠くからでも、心を引き寄せられるそんな感覚だったよ」
(あ、ありがとうございます……)
無意識で演奏しているときが多いので、他人にそう思われていることは知らなかったので、今の演奏をほめられたことに、私は素直にうれしかった。
「いっそのこと、演奏部にでも入ったらどうだ?」
(人前で演奏するのが苦手なので、無理です……)
私の場合はただ演奏をするのがすきというだけで、それを部活でやろうとは思わないし、人前で演奏するのはどうも苦手だ。
「そうか。ひとつの才能を磨くのもいいことだと私は思うけどな」
(無理なものは無理なので)
それにしても、さっきから感じるこの匂いは……もしかして、タバコかな?
(先生、もしかしてタバコすってきました?)
「確かにすってきたが、そんなににおいするか?」
(します)
教師って仕事に喫煙してもいいものなのだろうか。
「こ、こほん。演奏のことはいいとして、山中は部活を始める気はないのか?」
(私が入れる部活なんてたがが知れてます。入りたくても入れませんよ)
しゃべることができない私はどんな部活でも厄介者扱いされる。
会話ができないから、意思疎通ができない。他人からは、かわいそうな子という視線を送られる。私だって、普通の子なのに……。そう思うと、今の自分に嫌気がさす。
「奉仕部ならお前を受け入れてくれると思うぞ」
(奉仕部?)
「名前くらいは聞いたことあるだろ。生徒の依頼をかなえることを目的としている部活だ」
それなら聞いたことがある。でも、こんな私をあっさりと受け入れてくれるのだろうか……それが不安に感じる。
(それなら聞いたことあります。でも、私なんかが入っても大丈夫ですかね……)
「問題ない。私は奉仕部の顧問だからな」
ええ!?この人が奉仕部の顧問なの!?これって、顧問自ら、私を勧誘しているってことになるよね。
(それって勧誘ですよね?)
「ああ。そうなんだが、強制はしないさ。君に関しては、強引なやり方は禁じられているからな」
(私だけ特別扱いみたいでなんかいやですね……)
きっと先生たちにも私のことは広まってる。私だけは気を使え、壊れないように扱えっていう命令が出てるのだろうと思うと少しいやな気分になる。
「そんなことないさ。私は山中を普通の生徒と同じように扱いたいと思ってる」
(普通……)
「ああ。声が出せない。しゃべれないから、特別待遇って言うのはあまりに変だし、山中は普通の生徒と同じように、この学校に来ることを望み、そして同じ授業を受け、同じ生活している。そんな山中を私は誇りに思うし、だからこそ、病気を抱えた生徒ではなく、普通の生徒として扱いたい」
今までそんなこと言ってくれる人はいなかった。皆が私を哀れんで、同情する。
でも、私だってこれ以外は普通の子なんだ。特別扱いするのではなく、普通の子と同じように扱ってほしいと思ってきた。
この先生は私を普通のことして見てくれてる。病気で声が出せないかわいそうな生徒ではなく、あくまで一般生徒と同じ視点で接してくれる。一人の先生がそう見てくれるだけで私としてはすごくうれしかった。
(わかりました。考えてみます)
「ああ。念のためにいうが、あくまで強制はしない。山中がきたいとおもったらきたまえ」
今まで部活なんてしたことなかったけど、この機会にはじめてみるのもいいかもしれない。先生の表情を見ながら、私はそんなことを思った。