イリヤ兄と美遊兄が合わさり最強(のお兄ちゃん)に見える   作:作者B

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遅れてしまい、非常に申し訳ない!

スランプだったり、他作品に手を出したり、ついこの間まで休みと言える休みがなかったりetc...



シロウ・ジョーンズ~『魔法の宝石』を追え~

「わぁ~すごーい!見てみてミユ!見渡す限り海だよ、海!」

「今どの辺?まだ着かないの?」

「まだ、出発したばかりなんだけど」

 

窓の外を眺めて目を輝かせているイリヤと、目的地に到着するのが我慢できない様子のクロに、二人を窘める美遊。そう、俺たちは今、小型の飛行機に乗って南の島に向かっている。

 

「大空の旅は楽しんでいただけてるかしら?」

「快適よ~快適~」

「さ、流石はルヴィアさん。まさか、こんな自家用ジェットを持ち出してくるなんて」

 

何を隠そう、というかこんなことができるのは限られているが、俺達を今回のバカンスに誘ってくれたのはルヴィアだ。彼女の提案で、とある島に1泊2日の小旅行(お嬢様基準)に行くことになった。

だが、何故こんなタイミングで行くことにしたんだろう。

 

「あら?飲み物がまだ来てませんわね。給仕係!何をしているのかしら、早く用意いたしなさい!」

 

ルヴィアが手を2回叩くと、奥から長い黒髪をツーサイドアップにまとめたやや釣り目気味のメイドが、むすっとした表情で給仕用のカートを押しながらやってきた。

 

「あらあらあらあら、嫌ですわ!メイドともあろう者がそんな無愛想な顔をして。ほら、私に仕えることに最大限の栄誉と喜びを感じ、心の底から溢れ出る笑顔を見せてみなさいな」

「……こう、です、かぁッ?」

 

ルヴィアの煽り文句に引き攣った笑顔と心の底から溢れ出る殺気で応待する、やたらと赤が似合いそうなメイド。とまあ、暈すまでもなくこのメイドは遠坂その人なわけだが。

今まで度々出てきたが、何故遠坂が宿敵であるルヴィアの家でメイドをやってるのかというと、宝石魔術の使い過ぎで財政難に陥ったところを上手いことルヴィアに騙されたらしい。ルヴィアの目的は遠坂を使用人として扱き使うことのようなので、給料は出ているものの日々精神的ストレスに悩まされているとは本人の談。

まあ、俺から言わせれば、遠坂もルヴィアにちょくちょく反撃しているらしいので、お互い様な気がする。

 

「うぅ……見ないで衛宮君。そんな同情的な目で……」

 

俺が回想しながら遠坂を見ていると、遠坂は憐れんでいると勘違いしたようで、顔を両手で覆い隠しながら俯いてしまった。

 

「そ、そんな悲観することないって!それに、不躾かもしれないけど、遠坂のメイド姿は似合ってるし自信を持っていいぞ」

「……本当?」

「ああ!昨今の日本に広まっているミニスカタイプではなく、伝統にして王道のヴィクトリア様式のメイド服。安易にジャパニズムに染まらないその姿勢は実にグッドだ」

 

俺がサムズアップすると、遠坂は頬を若干染めながら、照れくさそうに視線をそらした。

 

(なんか、メイドについて語ってるお兄ちゃん、やたらとテンション高くない?)

『恐らく、あれは俗にいう"フェチ"と呼ばれるものではないでしょうか?』

(……特に意味はないけど、今度イリヤの家に遊びに行くときは、メイド服(仕事着)を着て行くね。特に意味はないけど)

(止めて!私の言えた義理じゃないけど!)

『イリヤさん、前にメイド姿の美遊さんを見て暴走してましたしねぇ』

 

イリヤたちの方を見ると、三人(+α)で仲良く話しているようだ。

 

「くっ!(わたくし)としたことが!この溢れ出るお金持ちオーラのせいでメイド服を着れず、遠坂凛に遅れを取るなんて!」

「ほう……つまり、何?私は庶民顔だとでも言いたいのかしら?」

 

その一方では、ルヴィアと遠坂がいつものように火花を散らしている。ああ、もはや見慣れた光景だ。

なんにせよ、皆思い思いに楽しんでるようでよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、これで何事もなく終わっていれば苦労がないわけで。

 

「うわぁ~、綺麗な海!」

「ホントねー」

 

目の前に見渡す限り一面の海に、白々と広がる砂浜。それを前にして、イリヤとクロが遠い目で見つめている。

 

「よーし!時間も勿体ないし、早く水着に着替えちゃおう!クロ!向こうまで競争しよ!」

「ふっふーん。私に勝てると思ってるの?その伸びた鼻、へし折ってあげるわー」

 

こんな和気藹々な様子を見ていると微笑ましくなるな。

――――――砂浜の上にいる飛行機の胴体に穴が開いていなければ。

 

「イリヤ、現実逃避はそれくらいに……」

「な、何のことかなミユ?私は、飛行機が胴体着陸してるとこなんて全然見えないから!」

「そうそう!着陸する前に変な音が機内に響き渡った気がしたけど、気のせい気のせい!」

 

イリヤとクロが、あまりの出来事に現実から目を背けている。

そうだよな。ただの不時着ならともかく、その原因が遠坂とルヴィアの二人だって言うんだから目も当てられない。

まさか、あの二人の喧嘩のせいで、そのまま不時着することになるなんて。

 

「ふう、ようやく終わった―――って、4人とも、こんなところで何騒いでるのよ」

 

2人が乾いた笑いを浮かべていると、向こうから探索を終えたと思われる遠坂がやってきた。

 

「……何騒いでるのよ、じゃないよ!どうするのこれ!?旅行と聞いて期待して来てみたら数時間足らずで遭難とか、意味わかんないんですけど!」

 

すると、さっきまで必死に現実逃避していたイリヤの不満が一気に爆発した。

 

「し、しょうがないじゃない!ルヴィアの奴が、飛行機ぶち抜くようなガンドを打つんだから、避けるしかないでしょ!?」

「……なんで、ガンドを打ち合うことが前提みたいに言ってるの?」

「す、すまん、イリヤ。俺も、あまりにも学校でよく見る光景だったから、つい止めるのが遅れて……」

「学校でもこうなの!?」

「大丈夫、お兄ちゃんは悪くないから」

 

場の空気を感じ取って、流石にバツの悪そうな顔をする遠坂。

あっ、そういえば、一つ聞きたいことがあったんだ。

 

「なあ、遠坂。今回の旅行の目的って、結局何なんだ?この間海で会ったときのは、カード回収のための工事だったんだろ?」

 

イリヤの付き添い兼保護者役として海に行ったとき、浜辺で工事をしていた遠坂たちと偶然出会ったのだが、曰く地下深くに眠るカードの場所まで穴を掘っていたとのこと。

工事が終わらないとカード回収に取り掛かれないとはいえ、二人が今の時期に何の目的もなく、短期間とはいえ遠出するようなことがあるだろうか。

 

「……特に隠しておくことでもないし、別にいいか」

 

そう言うと、遠坂は懐から一枚の紙を取り出した。

 

「これは……地図?」

「そう。遠坂家(ウチ)が今まで管理してきた遺産、それが隠された地図よ」

「へぇ、なんだか宝の地図みたい」

『随分と胡散臭そうですね』

「うっさい!これでも代々引き継がれてきた由緒あるものなんだからね!」

 

クロとルビーが俺の肩から地図を覗き込み、好き放題言っている。

まあ、ルビーの言うこともわからんでもない。今時、宝の地図と言われてもなぁ。まあ、遠坂のことだからちゃんとした代物なんだろうけど。

 

「ほら、工事も順調でカード回収ももうすぐじゃない?今のままじゃ戦力も心許ないから、ここらで戦力増強しようと思ってね」

 

なるほど、確かに筋は通ってる。

 

「じゃあ何?結局私たちは、その手伝いに呼ばれたってわけ?うわ~テンション下がる~」

「流石にそんな騙すような真似は致しませんわ」

 

クロの言葉が聞こえたのか、今度は遠坂と反対方向を探索していたルヴィアが帰ってきた。

どういうことだ?今の話を聞く限り、少なくとも遠坂の目的はその地図みたいだけど。

 

(わたくし)は単に、無料で飛行機を貸すのが癪でしたので、遠坂凛が遺産の発掘に四苦八苦しているところをシェロたちと共に浜辺で傍観しようと思っていただけですもの」

「最低だ!この人、最低な発想だよ!」

『お二方の喧嘩に他人を巻き込まないで欲しいのですが』

 

まったくもって、その通りだ。

だが、今は文句を言ってる場合じゃない。とにかく、助けを呼ぶなり何なりしてここから脱出しないと。

 

「それで、そっちはどうだった?」

「貴女の目測通りでしたわ」

「成程ね。じゃあ、多分今起きてる問題も……」

「何か分かったんですか?」

 

二人が情報交換しているところを美遊が訪ねる。何かしら、脱出の手掛かりが分かればいいんだが……

 

「ええ。とりあえず、幸か不幸か、ここが目的地だったってことがね」

 

目的地、って此処が遠坂の遺産がある島ってことか?そいつはまあ……現在位置が分かっただけよかったと思うべきだな。

 

「今いる場所が分かるなら、助けを呼べば!」

「残念だけど、そうはいかないみたいなのよ」

「このあたり一帯、恐らくこの島全域に結界が張られていますの。そのせいで、外部との通信はすべて遮断されていますわ」

 

何だって!?た、確かに、この島が遠坂家(魔術師)のものなら、外敵用の結界が張ってあってもおかしくない。

それじゃあ一体どうすれば……

 

「ここが件の島ってことは、この結界も遠坂の人間が張ったはず。それなら、結界の起点を見つければ解除できるはずよ」

「最悪、起点を破壊すればいいですし」

 

ああ、成程。詰まる所、当面の目的は結界の起点探しになるわけか。

 

「でも、起点っていってもどうやって探すんだ?この島結構広いぞ?」

「まあ、これだけの規模だから、セオリー通りに考えれば島の中心部ね」

 

そう言って、遠坂は再び地図を皆に見せる。するとそこには、地図に描かれている島のちょうど真ん中に×印が書かれていた。

 

「凛さん。この"ばってん"は何なの?」

「遠坂家の遺産の在処よ。ここに行けば、たとえ結界の起点はなくともそれに付随する資料はあるはず」

 

えーっとそれはつまり――

 

「そういうわけだから皆、遺産探しに出発よ!」

「えー!結局手伝わされるのー!?」

 

……なんだか、体よく利用されている気がしてならない。

今回の一件は偶発的……なものだろうけど、すべて遠坂の手の上で踊らされていたと言われても納得してしまうような展開だ。

クロじゃないが、これから起こるであろうことを想像すると溜息しか出ない。

 

「まったく……オーギュスト!」

「こちらに」

「うわッ!?」

 

ルヴィアが指を鳴らした直後、背後から突然老執事が現れた。

びっくりしたー…もしかして、この人が飛行機を操縦してたのか?機内では見かけなかったけど。

 

「貴方は飛行機の傍で退路を確保しつつ、救難信号を送り続けなさい。(わたくし)たちは結界の解除に向かいます」

「御意」

 

オーギュストさんがルヴィアに一礼して、こちらの方へ歩いてきた。

どうしたんだ?飛行機は逆方向のはずだけど―――

 

「士郎殿。くれぐれも、お嬢様の身に怪我が無きよう、よろしくお願い致しますぞ」

「は、はい!」

 

それだけ言って、オーギュストさんは飛行機の方へ歩いて行った。

……あの威圧感、逆らったらタダじゃ済まなそうだ。

 

「ちょっと衛宮君ー!何やってるの?さっさと行くわよ!」

「あ、ああ!」

 

この先の出来事に一抹の不安を覚えながらも、俺は遠坂たちの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここね」

 

意気込んで歩き始めたはいいものの、特に何が起こるわけでもなく、あっさりと目的地へと続く洞窟の入口へとやってきた。

 

「なんか拍子抜けね。何にも起こんなかったし」

「こらそこ、油断しない。むしろ、ここからが本番なんだから」

 

確かに、何かしらの罠を仕掛けるなら、こういった狭い空間の方が有効だ。中は暗いし、一層気を引き締めないと。

 

「さあ、行くわよ!」

 

懐中電灯を持つ遠坂を先頭に、俺たちは先の見えない洞窟へと入っていった。

 

「随分と大きな洞窟ね」

「今のところ、特に変わった様子はないけど……」

 

クロとイリヤが辺りをキョロキョロと見まわす。確かに、光が届かない以外は至って普通の洞窟だ。この先に、お宝か何かがあるようには到底思えないが。

 

「気をつけなさいよ。仮にも此処は魔術師の塒なんだから、罠の一つや二つあるに決まってるわ。皆、足元には気を付け―――」

 

遠坂が注意を促そうとしたその瞬間、遠坂の足元からポチッと変な音がした。

 

「ん?何か踏んだような―――あべしッ!」

 

そして、遠坂の頭上から金盥(かなだらい)が落ちてきた。突然のことに反応出来なかった遠坂は、その脳天に見事直撃し、そのまま地面に倒れてしまった。

 

「だ、大丈夫か!?遠坂!」

「うっわー…、綺麗に入ったわね」

 

倒れる遠坂の姿を見て、クロが感心したように呟く。

な、なんだって急にタライが?

 

「……お兄ちゃん。これ、錆びないように魔術が施されてる」

「マジか!?」

『なんという才能の無駄遣い。ルビーちゃん、そういうの嫌いじゃないですよ?』

 

となると、あれか?遠坂の先祖はこの罠のために態々錆びないタライを用意したってのか?どんだけ意地が悪いんだよ!

 

「り、凛さん?」

「……」

 

イリヤが心配そうに遠坂に近づく。

すると、遠坂はその声に応えるようにむくりと立ち上がった。

 

「……気をつけなさいよ。仮にも此処は魔術師の塒なんだから、罠の一つや二つあるに決まってるわ!」

「仕切り直した!?」

 

もしかしなくても、さっきの出来事をなかったことにするつもりだ!

そうして、再び歩き出す遠坂。口調や声のトーンこそさっきと同じだが、その目から放たれる無言の圧力に、俺たちは黙って遠坂の後ろについて行くしかなかった。

 

「皆、足元には気を―――」

 

しかし、奇しくも先程と同じセリフの途中で、遠坂の足元からスイッチが押された音が聞こえた。

だが―――

 

「甘い!」

 

遠坂は咄嗟に足元のスイッチから右に離れる。

成程!さっきと同じトラップなら、落下地点から離れればどうってことはない。

さっきの余程悔しかったんだろうなぁ、と思いながら遠坂を見ていた、次の瞬間―――

 

「ひでぶッ!」

 

避けた方向(・・・・・)の頭上から、再び金盥が落ちてきた。

 

「と、遠坂!?」

 

膝から崩れ落ちた遠坂を見て、慌てて駆け寄る。

こ、これは流石に、なんと声を掛けたらいいものか……。

 

『タライの射出口から見て、凛様を追尾したのではなく、元から(・・・)この位置に仕掛けてあったようです』

 

サファイアがタライの落ちてきた穴を見ながら、そんなことを言ってきた。

つまり、なんだ。このトラップを仕掛けた人間は、遠坂がこっちに避けることを読んだ上で仕掛けたってことか?なんて無駄な洞察力……

 

「……」

 

あっ。遠坂の奴、今度はすんなりと立ち上がった。

 

「…………気をつけなさいよ。仮にも此処は魔術師の塒なんだから、罠の一つや二つあるに決まってるわ」

 

……またやり直すのか。いや、もはや何も言うまい。

三度歩き出す遠坂の背中を追いかけるように俺たちは黙って後に続いた。

 

「皆、足元―――」

 

しかし、いや、やはりともいうべきか、さっきのセリフを言い終える前に遠坂が足元のスイッチを踏んだ。

 

「舐めるなぁ!」

 

だが、こっちだって予想していたと言わんばかりに、遠坂は気合の入った声をあげて、両腕を頭上でクロスした。

成程!例え何処から落ちてこようと、上から降ってくる以上、頭をガードすれば防げる!

冷静に考えれば、なんでこんなことに熱くなってるのか意味不明だったが、俺はこのとき遠坂の勝利(?)を確信していた。

 

「たわらばッ!」

 

真横(・・)から金盥が飛んでくるまでは。

 

「と、遠坂!?」

 

力なく横たわる彼女の元へ駆け寄る。

タライ自体は錆びないようにしてある以外は至って普通のタライだった。威力も大したことはない。ただし、精神的ダメージはその限りではないだろうが。

 

「……さ、流石にこれは笑えませんわね」

 

あのルヴィアでさえ、遠坂を同情的な目で見ている。いや、ここまで遠坂の思考を読んでいる相手に畏怖の念を抱いているのかもしれない。

 

「……ふ」

「ふ?」

「ふっざけんなぁぁぁぁぁッ!」

 

あ、とうとう遠坂がキレた。

 

「何!?何なのよこの陰湿な罠!それも狙いすましたかのように私だけ狙ってくるし!」

 

完膚なきまでに手の内を読まれ、だけど被害はただの悪戯レベル。ここまでおちょくられた遠坂は流石に限界だったようだ。

 

「行くわよ、衛宮君!相手の顔を拝んでやろうじゃない!」

「いや、罠を仕掛けた奴は遠坂の先祖ぉぉぉぁぁぁあああッ!」

「お、お兄ちゃん!?」

 

遠坂は俺の首根っこを掴むと、そのまま洞窟の奥底へとダッシュしていった。

やる気を出すのはいいけれど、できれば俺を巻き込まないで欲しい―――って早速後ろからお約束の大岩がぁーッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時には床から矢が飛び出し、時には天井が落ちてきたり。

そんな苦難を乗り越えて、俺たちはようやく目的地と思しき扉の前までやってきた。

 

「ここまで長かったね」

『ええ。凛さんも本当ならここに……凛さん!私は貴女の勇姿を忘れません!』

「勝手に殺すな!」

 

いやー冗談ですよー、と悪びれる様子のないルビーを、遠坂は壁に手をついて肩で息をしながら睨みつける。ちなみに俺は、未だに襟の後ろを掴まれたままだ。

ここまでのトラップ、8割ぐらいは遠坂が引っかかってたもんな。因みに残りの2割は遠坂に連れまわされたせいで俺が巻き添えを食らった分だ。

お陰で俺も遠坂も服がボロボロだ。

 

「とにかく!ここまで来たらこっちのもんよ!オラァッ!」

 

遠坂が恨みを込めたヤクザキックで扉を蹴り開ける。

その部屋の奥にあったのは、硝子のショーケースに入った宝石ひとつだけだった。

 

「何?これだけ苦労して、宝石一個だけ?」

 

それを見たクロがあからさまにテンションを下げる。

俺からしても、遠坂にあれだけ巻き込まれておいてその成果がこれだと、流石にため息を吐かざるを得ない。

だが、俺たちの中でもルヴィアと遠坂の二人だけは違う反応を見せていた。

 

「ん?遠坂、どうし―――おわッ!」

 

その場で立ち尽くしていた遠坂は、俺を掴んだままショーケースの元へ駆け寄った。

 

「痛たたた……どうしたんだよ、急に?」

「……なんてこと。これ、アレキサンドライトじゃない!それもキャッツアイがダブルで!こんなの見たことない!」

 

遠坂が興奮した様子でショーケースに顔を近づけた。

な、なんだ?そんなに貴重な宝石なのか?

俺も気になって中をのぞくと、そこには拳大ほどの、赤と緑に輝く綺麗な宝石が鎮座していた。

 

「ルヴィアさん。アレキサンドライトとかキャッツアイって何なの?」

「そ、そうですわね。アレキサンドライトは環境光によって赤から緑へ色を変える宝石で、キャッツアイは宝石に猫の目のような光の筋が出る宝石。どちらも非常に希少なのに、その性質を両方持つアレキサンドライトキャッツアイの価値は、言うまでもないですわ」

『しかも、あれほどの大きさの上、キャッツアイの線が2本。金銭的な意味はもちろん、魔術の面からも非常に大きな意味を持つかと』

『あれほどのものならば、一度に2属性を同時に貯めるくらいのことは出来そうですねぇ』

 

まだ部屋の外に居るイリヤの疑問に、ルヴィアが答え、サファイアとルビーが補足する。

宝石魔術のことはよくわからないが、話を聞く限り相当な代物みたいだな。遠坂も未だに興奮しながら宝石を食い入るように見てるし。

 

「そういうわけで、ふんッ!」

 

すると、遠坂はまるでジュースを買うような気軽さで、ショーケースをぶち破った。

 

「ちょッ!遠坂!?」

「何よ?ご先祖様のものは私のもの、私のものは私のものでしょ?そういうわけで、お宝頂きよ!アッハッハッハ!」

 

駄目だ……遠坂のやつ、まだテンションが可笑しいままだ。

だけど、さっきまでの罠のことを考えると―――

 

 

 

【宝石の盗難を感知。自爆装置を起動】

 

 

 

突然聞こえてきた妙な音声と共に、俺と遠坂が入ってきた入り口の扉に鉄格子が出現し、出口が塞がれてしまった。

 

「し、しまったぁぁぁぁぁッ!」

「『しまった』じゃないだろぉぉぉぉぉッ!」

 

あんな強盗紛いのことをすれば、こうなることぐらい分かるじゃないか!

 

【危険ですので、直ちにこの場から500メートル以上離れて下さい。20,19,18……】

『美遊様!』

「うんッ!―――シュート!」

 

まだ檻の外側に居た美遊は、サファイアの言葉を聞き咄嗟に転身。鉄格子へ向かって魔力弾を放った。

だが―――

 

「ッ!?弾かれた!?」

 

鉄格子に触れた魔力弾はかき消えるようにその場で霧散した。

 

「まさか抗魔力結界!?」

「だったら、私の宝具で!」

「お待ちなさい、クロ!洞窟の中でそんな火力のものを使えば、たちまち崩れてしまいます!」

「そんなこと言ったって、後20秒で何とかしないとお兄ちゃんが!」

 

どうやら、あの鉄格子にも細工がしてあるらしい。

今までの罠と違って殺意高すぎないかコレ!?

 

「ど、どうすんだよ!閉じ込められたら避難も何も!」

「いえ、それ以前に、20秒足らずで500メートル離れろとか無茶にもほどがあるわよ!」

 

【遠坂たるもの、常に優雅たれ】

 

「うっさいわね!今それどころじゃないっての!」

「と、遠坂。これ、お前ん()の家訓……」

 

どこからか聞こえてきた自分の家訓にまで文句を言い出す遠坂。

まずいまずいまずい!イリヤたちはカレイドステッキの力で何とかなるにしても、俺たちは打つ手がない!

 

「……おかしい」

「おかしいって、あんなショーケースを叩き割ったらこうもなるって!」

「違うわよ!いや、違わないけど……こんなやり方じゃ、コソ泥だろうと後継者だろうとお構いなしに吹き飛んじゃうじゃない!」

 

【……11,10,9……】

 

残り10秒!

イリヤたちは必死に入り口を破壊しようとしてるけど、あれじゃあ間に合いそうにない!

 

「お兄ちゃん!」

 

イリヤの悲惨な声が俺の耳に届く。もう、駄目なのか……?

すると、遠坂が握りしめていたアレキサンドライトが淡く輝きだした。

 

「ッ!?遠坂!これって!」

「え……?なッ!この宝石、既に魔力が―――」

 

 

 

遠坂(・・)たるもの、常に優雅たれ】

 

 

 

「―――そういうこと、ね」

 

さっきまで慌てふためいていた遠坂の顔に、不敵な笑みが浮かんだ。

 

「イリヤ!あんたは美遊と一緒に全方位型の多重防壁を展開して!とにかく自分達の身を守りなさい!」

「で、でも、それだと凛さんとお兄ちゃんが!」

「大丈夫!衛宮君はもっと私の近くに!」

「あ、ああ!」

 

遠坂の指示通り、俺は遠坂に近づき、イリヤたちは戸惑いながらも自らの周囲に防壁を展開する。

 

「なるべく姿勢を低く、目を開けちゃダメ!呼吸も止めて!」

「な、何をする気なんだ!?」

「何って、決まってるでしょう?」

【……6,5,4】

 

遠坂は、手に持つアレキサンドライトを地面へ翳す。

 

「私は遠坂の魔術師。だったら、使うのは当然―――」

 

【……3,2,1】

 

「宝石魔術よ!」

 

【0】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ~。あ゙~づ~い゙~」

 

夏の暑さにダウンしているクロが、ソファの上で力なく寝っ転がっている。

 

「もう、クロってば。この間はあんなに遊びに行きたーいとか騒いでたのに」

「暫くは遠出なんて懲り懲りよ。やっぱり夏休みは、休んでこその夏よね~」

「休むのもいいけど、宿題も早めにやらないと。言っとくけど、私は絶対に写させないからね!」

「何よ、ケチ~」

 

イリヤとクロの会話を聞き、俺は日常の有難さを噛み締めながら昼食の準備を始めた。

 

 

 

あの自爆の一件、結局俺達は遠坂の機転で何とか生き残ることができた。

と言うのも、あのアレキサンドライトには火と風の自然霊が既に宿っており、その魔力を開放することで爆風を起こして、自爆装置の爆破の衝撃を外側へ押し返したらしい。

遠坂曰く『宝石魔術を扱える人間でなければ、宝石諸共吹っ飛ばす』仕掛けだったようだ。他人の手に渡るくらいなら、というのは分からなくもないけど、巻き込まれる身にもなってほしい。

 

因みに、本来は1度使用すると使用した宝石が風化してしまう宝石魔術だが、衝撃を押し返すほどの魔力を開放してもアレキサンドライトは風化せずに残ったそうだ。遠坂の遺産の名にふさわしいスペックはあったようで、あれだけ苦労した甲斐はあったってもんだ。

 

そして、結界の維持も担っていた宝石を手に入れたことで通信も回復し、無事こうして帰還出来たってわけだ。

 

 

そんなこんなで、俺がつい前日のことに思い耽っていると、インターホンからチャイムの音が聞こえてきた。

 

「誰だろ。はーい、今出まーす」

 

昼食の支度を一旦中断し、居間を抜けて玄関の扉を開けた。

 

「やっほー、衛宮君」

「あれ、遠坂?どうしたんだ?」

 

噂をすればなんとやら、件の遠坂が訪ねてきた。

急にどうしたんだろう。確か、いつもなら今の時間はルヴィアのところで働いてると思ったけど。

 

「さあ、衛宮君。出かけるわよ!」

「出かけるって、何処に?」

「決まってるじゃない!次の遺産(・・・・)の在処よ!」

 

……は?

 

「ルヴィアの奴、今度は飛行機を出し渋ったんで、さっき気絶させてきたから。あいつが目覚める前に自家用機をかっぱらうわよ」

「ちょ、ちょっと待て!いろいろと突っ込みどころはあるんだが……とりあえず!遺産探しはこの間やっただろ!」

「何言ってるの。遺産が一つだなんて誰も言ってないじゃない」

 

ま、マジで……?

 

「ほら、さっさと行くわよ!」

「え?なッ、ちょッ―――イヤァァァッ!」

 

そうして俺は遠坂に連行され、3日ぶりに空の旅をする羽目になるのだった。

 

なお、この後、追いかけてきたルヴィアと壮絶なドッグファイトを繰り広げたり、俺の不在に気付いたイリヤとクロがハイライトを失った美遊を引き連れてきたりしたが、それはまた別の御話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イリヤたちは影薄かったですね。
まあ、いつも出番は多いので、今回くらいは大目に見ていただけるとありがたいです。


今回も懲りることなく某氏リスペクト回でした。ただ、此度はリスペクトの範疇を超えていそうで不安ですが……

本当は夏に投稿する予定が、あれよあれよという間にすっかり秋も深まり、気が付けば投稿1周年を迎えて未だに本編では夏休みが終わっていない件。どうしてこうなった。


最後にお知らせですが、一旦日常回を終えて本編を進めたいと思います。なので、次回からシリアス・バトル成分が増え、ほのぼの成分が減ると思いますが、ご了承ください。

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