六道の果実   作:たいそん

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物事に偶然はある。だが、必然で嵐を起こす者こそが、最後に生き残る強者である。



第三話 自由の翼

少年はフィッシャー・タイガーと共にシャボンディ諸島を脱出し、魚人島へ向かった。

前世でも経験したことのない海中遊泳を体験し、少しばかりテンションが上がったのはいい思い出だ。

 

「……こう見てみると、お前も歳相応のガキなんだな」

 

少年がはしゃぐ姿を見て、タイガーは呟いた。無理もない。彼はこの少年を化け物か何かだと思っていたのだ。

14歳ぐらいの年齢であるにも関わらず、天竜人やその周りの大人達を欺く演技力を持っていて、虐待に耐え抜き脱出するその日まで虎視眈々と機を伺っていたのだ。

尋常の子供ではない。天才など生温い。まさしく化け物と形容するに相応しいガキである。

 

「……意外か?傷つくぞ、少し。これでも並みの人間だと思ってるんだが」

「お前が並みの人間なら、他の奴らは虫ケラか何かだ。まあ、はしゃいでる姿を見ると歳相応のガキだとは思うが」

「ははは。演技かもしれないぞ?お前を油断させるための」

「怖いこと言うな。お前の場合は洒落にならん」

 

冷や汗を流しながら、タイガーは思う。敵にしたら悪魔の様に恐ろしく、味方にしたら頼もしい奴は探せばどこにでもいるものだ。

だが、敵にしても味方にしても毒にしかならない奴。こいつの場合はそれかもしれない。本気でそう思っている。

 

「そう警戒するな。俺は自分の安寧を脅かされない限り、何もしない。魚人島に行けば嫌でも契約は終了する。それまで耐えろ。俺が言うのもおかしな話だが」

「………お前を魚人島に送っていいのか、分からなくなった」

「安心しろ。一週間もすれば出て行く」

 

タイガーは今この場で少年を殺すことが出来る。海の中だ。いくら凶悪な能力者でも、一捻りで殺せる自信がある。

だが、それを察していない少年ではない。彼はタイガーの人格面も考慮した上で取引きを持ちかけたのだから。

 

「律儀な人だな、やっぱ。俺を殺さないなんて」

「おれを人扱いか。おかしな人間だ」

 

少年は約束を守った。タイガーを逃すという約束。不可能だと思っていたそれを成し遂げたのだから、その恩には報いなければならない。

恩を仇で返すような事をすればそれこそ、タイガーは天竜人のクズ共と同じ存在に成り下がってしまう。彼の誇りが、それを許さなかった。

 

「さて、着いたぞ。ここが魚人島だ」

「うおお。すげぇ。生で見ると凄さがよくわかる」

 

シャボンの中に浮かぶ島。魚人島。海底一万メートル。しかしながら、地上の光が降り注ぐそれは、物語の中の威容を放っていた。

少年は魚人島へ上陸すると、フィッシャー・タイガーの背中から降りた。

 

「これで契約は終了。中々いい取り引きだった」

「ああ。後は勝手にしろ。人間のお前が他の魚人達に殺されようが、おれは関与しない」

「結構結構。自分の身は自分で守るさ」

 

そう言うと少年はいきなり姿を消した。煙が辺りに充満する。影分身の術だ。タイガーの人格面を考慮していようとも、万が一ということもある。

ならば殺されても問題はない分身体に同行させるのは必須。海の中では魚人の方が強いからだ。

 

「飛雷神の術」

 

そして本体は分身がマーキングしていた場所に飛ぶ。タイガーの背後である。

ずっとシャボンディ諸島で変化の術を使い、姿を隠していたが、影分身が消えたことで経験が本体に還元された。

先ほどまで見ていた海底の景色ももれなく記憶に残った。タイガーもある程度信用の出来る人物であると確証を得ることに成功した。目的の魚人島に上陸することも達成した。一石二鳥である。

 

「……………。警戒心が薄いとは思ったが、そう言うことか。食えないガキだ」

「はははは。悪いね、タイガー。海の中じゃ俺は無力だからね。試させて貰っていた。やっぱいい奴だわ、お前」

「お前は最悪のガキだ。まあ、自分の身ぐらいは自分で守れるようだがな」

 

だがいつの間に。タイガーは少年から離れたことはなかった。そんな隙はなかったはずなのだ。

 

「まさか、お前」

「最初に会った時から、あれは影分身だった。分身が飛んだ後、俺もシャボンディへ飛んだ。それだけの話だ」

「デタラメな能力だ。分身に瞬間移動に土を操る力だと?ふざけてる」

 

タイガーは戦慄した。あの時もし、自分が彼に攻撃していたら。影分身を殺してしまっていたら。きっと魚人島へ着いた瞬間、自分は奴に消されてしまっていたのだろう。

 

「それじゃ、俺はこれで」

「ああ。もう二度と会うことはないだろう」

 

奴は毒にしかならん。タイガーは改めて確信した。

 

 

 

 

 

魚人島に来てから一週間が経過した。木遁で造った船。魚人島で集めた武器にマーキングを仕込み終えた。

いずれこの島にも海軍の大将が来るはずだ。さて逃げようか。少年がそう思っていた矢先、見た顔が彼の元を訪ねてきた。

 

「ん?タイガーか。二度と会わないんじゃなかったか?」

「そのつもりだったんだがな。力を貸せ。マリージョアを襲撃する」

「………は?」

 

マリージョアを襲撃する?襲撃する?襲撃するだァ!?少年は驚愕を通り越して呆れ果てた。

まさかここまでお人好しだったのか。それともただのキチガイか。どっちもだろう。

少年自身、あの奴隷達を哀れに思う。哀れに思うのは本当だが、自分が死ぬ危険を冒してまで助けたいとは思わなかった。

この世に生まれ落ちる前の話。彼は同胞達を殺してまで生き返る事を選んだ。その時の償いはもう、あの十数年間の苦しみで十分果たしたはずだ。

 

だからこそ、今度は自分だけの自由な人生を楽しむために。多くは望まない。平凡な日常を取り戻すために歩いていく。そのはずだったし、そのための準備をしていたのだ。

 

「いやいやいや。は?手伝うメリットがない!俺はこれから人生を自由に生きる!なのに、そんな事したら、それこそ世界全体に指名手配される!」

「天竜人のお気に入りであったお前が、本当に自由に暮らせるとでも?末端の奴隷であったおれの耳にも入る話だ。それだけ、奴はお前を寵愛していたのだッ!」

「そんな事は知っている!」

 

そうだ。だから追っ手から逃げるために。

 

「お前はなんの後ろ盾もない人間だ。奴らはカスだが奴らの権力は脅威だ。お前は強い。そして賢い。だが、それだけで世界最高の権力から本当に、逃れる事が出来るとでも?」

「…………。メリットは?」

「名を上げろ。お前という存在の価値を天竜人の愛人から、王下七武海へとッ!そうすればお前の後ろ盾は他ならぬ世界政府になる。七武海は海賊だ。政府の干渉は必要以上には受けない」

 

少年は思考する。タイガーの言っている事に嘘はない。だが、本当に七武海になった程度で、奴が諦めるのか。ありえない事だった。

 

「おれがお前の元主人をぶち殺してやる。天竜人を殺せば七武海にはなれんが、おれはそれに興味はない。その代わり、お前はおれの手引きをして名を上げろ」

 

損はない。むしろ、互いに利益さえ産む取り引きだった。だがその分だけリスクが高い。

思い出せ!14年の日々を!リスク?少しでもしくじれば殺されるような綱渡りを、少年はして来た。

天竜人の愛人。聞こえはいいが、バレれば脆く崩れ去る立場だった。実際、奴隷達には腰巾着として知れ渡っていた。天竜人の護衛達にも少年が天竜人の愛人であることは気付かれていた。

だが辛うじて奴の旦那にバレることだけはしなかった。チクリそうな者もいた。現に少しでも脱出が遅れれば、少年は殺されていた。

その賭けに勝って、今彼はここにいる。

 

少年は深呼吸をした。そうだとも。自分はあの地獄から、牙を磨き自由の翼を手に入れた。他ならぬ、彼自身の力で!

 

「俺のメリットは理解した。七武海になるのは俺の安寧を手にするには最適な地位だ。だが、お前のメリットは本当に、他人を助ける事だけなのか?」

「…………。おれは魚人だ。おれは自分と同じ目にあっている同胞達を助けてやりたい。それに、それにおれは!天竜人が!奴らが憎い!復讐してやりたいのだ!

そのためにはお前の力が必要だ。力を貸せ!名を上げろ!損はさせない」

 

フィッシャー・タイガーは復讐のために。少年は七武海になり、安寧を手に入れるために。彼らは再度、同盟を結んだ。

 

 

 




ちょいと少なめ。
きりが良かったんで、いったんここで切ります。
次はマリージョア襲撃編です。サクサク進んでいきます。早くオリジナル展開を書きたい!

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