六道の果実 作:たいそん
けれど、英雄でも狂人でもない普通の人間に、戦うための力など与えてはならなかったのだ。
第一話 メアリー・スー
紅い目をした黒髪の男。誰が最初に名付けたのか、それは定かではない。だが、『閃光』と形容するには最も相応しい人間である。
新世界のとある島。銃弾が飛び交い、大砲が火を吹く。巨人の拳は大地を砕く。その様はまるで雷の如し。
強力な個と没個性の大群、それらが徒党を組み『閃光』を捉えようと四方八方から攻撃を飽和させる。
何せ『閃光』は5億6千万ベリーの賞金首だ。普通なら過剰とも言える火力で圧殺しにかかっても殺せた気がしない。彼らの経験が囁くのだ。
新世界は甘くない。この程度で、新世界を根城にする億超えは倒せないと。
『閃光』はクナイを投げる。巨人は目を潰す軌道で放たれたそれを余裕を以って回避する。一体、何の意図があって当たりもしない攻撃を……。
「飛雷神の術ーー」
姿が消える。『閃光』を捉えるはずだった攻撃は標的を失い、同士討ちを暴発させる。驚愕を露にする海賊。巨人自身も目を見開き、躱したクナイから注意を逸らす。
「ーーー二の段、大玉螺旋丸」
「ごがッ!?」
10メートル超の巨人は圧縮された螺旋状に回転する球体を後頭部にくらい、倒れ伏した。空中に投げ出された『閃光』の身体を狙い、下にいる海賊たちは銃弾を浴びせる。
しかし彼はそれを迎撃するでもなく、まったく見当違いの方向にクナイを投げた。
「忍法・手裏剣多重影分身の術」
一つだったクナイは数千にも数を増やして戦場に降り注いだ。一本では殺傷能力の劣る刃物であっても、雨となって降り注げば相手を傷つけるにたる力を得る。
「ぎゃぁァァァァ!」
「痛えよぉ!」
何人かの海賊たちが犠牲になる。それでも先ほど放った弾丸はもう、回避不能な所まで迫っていた。勝利を確信して勝鬨を上げる者も現れる。
「よっしゃぁ!5億6千万の首、討ち取ったりぃ!」
『閃光』は目の前まで迫ったそれを呆然と眺め、次の瞬間にはまた姿が消える。
「何!、?」
「ま、また消えた!?ごっ……!?」
「ひぎぃ!?」
「あぺっ?」
「ぷが!?」
離れたところにいる同胞たちは一瞬にして首筋を掻き切られた。姿が現れたと思えば、何十メートルと離れた場所に移動している。
音もなく、気配も遮断され、同胞たちの断末魔で混乱した戦場で『閃光』を捉えるのは不可能になっていた。
「こ、これが5億6千万の首。海軍大将を差し置いて『閃光』とまで呼ばれた海賊の力………ッ!」
ここに来て一人の海賊は理解する。
ーー自分達は喧嘩を売ってはならない相手に、喧嘩を売ってしまったのだと。
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昔の話だ。俺がまだ、日本と呼ばれる国に住んでいた時の話。没個性な己だったが、なんだかんだで充実していた毎日を送っていた。
朝起きては惰眠を貪り、ゲームをしたりアニメを見て1日を過ごす。
無為な数日間を過ごせば、次の日には満員電車に揺られていた。何処にでもいる人間。自分が死んでも親族や友人が悲しむだけで、社会になんの影響も与えない、小さな小さな歯車の一つ。
壊れたとしても、次の日には替わりが現れる程度の駒でしかない。
別に自分に嫌気がさしたとか、そんなものではない。俺は自分なりに平和に楽しく生きていた。飯も食えて、ちょっとした贅沢を嗜む余裕があり、命の尊厳を奪われる心配もない。
これ以上を望むなど、烏滸がましく、厚かましいとまで考えていた人間だった。
ある日の事。あの日の事はよく覚えている。
自分の尊厳が失われた感覚は、忘れようにも忘れられるものではない。
誰が悪い訳でもない。強いて言うなれば、運が悪かった。それだけの事。
死の感覚を思い出す。俺は即死ではなかった。地震で崩れた建物に埋もれ、一週間の間、俺の心臓は鼓動を刻んでいたのだ。
無念に涙を流し、己の死を悟り、そして死を受け入れた。暗く閉じられる視界は開かれる事はなく、全てが無に帰すのだと無神論者の自分は信じていた。
【(^O^)。ボクは■■■■■。君達人間に理解できる言語で言うなら「神」とも「真理」とも呼ばれる存在さ】
そんな時だ。俺は神に出会った。真っ白な空間に浮かんでいた、異様な気配を纏うモザイク。
不安になって周りを見渡すと、日本人と思しき人達が戸惑いを露に、同じように顔を見合わせていた。
【君達は死んだ。死因は様々だ。窒息、圧迫、失血、飢餓。
ここでの時間経過はないからみんな同じ時間に転送されたけど、一番遅かった人は瓦礫の中で餓死したんだ。
原因となったのは地震。ここにいる人間達は皆、死因こそ違えど、同じ震災で命を失った者達だ】
動揺する者、何かを悟った表情になる者。俺は後者だった。自分が死んだ事は、この身をもってよく理解していたから。
だから行き着く先は死後の世界。まさか本当にあるとは思わなかったが、ここは天国とか地獄とか、そういう所に送るための前段階なのではなかろうか。
【君達は今、大半の者がここを死後の世界だと思っているだろう。だが、厳密に言えばそれは違う。ここは生と死の狭間。理不尽な死を遂げた君達人間に最後のチャンスを与えてあげようではないか】
一体どういう事だ。その疑問を解消してくれたのも、神と名乗るモザイク自身だ。
【ゲームをしてもらう。あ、勘違いしないでね。テレビゲームとか、携帯ゲームとは種別が異なる物だ。
んー、すでに死んでる君達にこういうのはちょっと違うんだけど。うん。殺し合いをしてもらう。デスゲームだね】
流石に焦った。天国か地獄に送られるのではないのか。殺し合い?冗談じゃない。
もう死ぬ感覚を味わうのは嫌だ。あんなに苦しい思いはしたくない。それに、誰かを自分と同じ目に合わせたくもない。
【天国とか地獄とか、それは死後の世界にはないんだ。じゃあ輪廻の輪?残念、それもない。
死ねば無になるだけだ。どんな生物だろうと例外はない。他ならぬ、ボクがそう作ったんだから】
ならば何故、殺し合いなどをしなければならないのか。俺は死を覚悟したし、受け入れたのだ。今更消滅してしまう事に未練はない。
【んー。困ったな。みんなモチベーションが低すぎだよ。言ってるだろ?これはゲーム。本来だったら死んで無になるはずだった君達に、再び生き返るチャンスをくれてやるって言ってるのさ】
突如、場の空気が変わった。戸惑っていた者達は相変わらずだが、何かを悟っていた者達の大半が目をギラつかせたのだ。
当然だ。生き返ると言われたのだ。そんなチャンスがあるなんて言われたんだ。希望ぐらい持つのは当たり前だ。
【………いいね、その目。欲望に濡れた人間の瞳。やっと、君達を好きになれそうだ】
御託はいい。誰を殺せばいい。そんな言葉が耳に入った。これが人の性か。見たくはない。聞きたくはなかった。
【小説とかでよく見かけるだろ?俗に言う異世界転生さ!ここではONE PIECEの世界に特典付きで転生させてあげよう。
ただし、タダとはいかない。この恩恵を受ける事が出来るのは一人だけ。今から君達一人一人に戦う力を上げよう。それで、殺し合いの始まりだ】
何人かの若者は声を上げて喜んだ。小さい子は身を強張らせ、恐怖に震えている。老人達は意にも介していない。壮年の人達もあまり生に執着はないらしい。
俺は………。俺は、生きたい。チャンスがあるなら生き返りたい。まだ高校生だった事もあるのかもしれない。
死を覚悟して受け入れたけれど、それでもチャンスがあるなら生き返りたい。だがその為には人を殺さなくてはならない。それは嫌だった。
【殺したくない人、殺されたくない人は棄権も出来るよ。棄権者が出ても、このゲームに参加する者は必ず、一定数はいるものさ。だから嫌なら棄権して無に帰って結構。
これはチャンスだ。棒に振るのも活かすのも全部、君達次第だ。時の経過はない。じっくり、考えるといい】
どれぐらい考えていたのか。正直、わからない。ただ、ずっと同じ事を堂々巡りで考えていたはずだ。生き返りたい。けど殺したくない。そんな事を、無意味にずっとだ。
【じゃ、決を採ろう。何、焦らなくていいよ。まだ決まっていないなんて思っているのは嘘だ。本当はもう、心の底では決意してるのさ、全員ね。………さて。参加しない者は手を挙げてね】
ちらほらと手が上がる。涙を流しながら手を挙げる者。悩むまでもなく、すんなり挙げる者。逆に、凄惨な笑みを浮かべて腕を組む者もいる。
俺は、俺は………。
【周りを見てごらん。この場には君達しか残っていない。……良かったね。これで生き返るチャンスが貰える。
さあ殺せ。欲の為に殺して殺して殺しまくれ!手段はすでに与えられている……ッ!どうかボクを楽しませておくれ!報酬は弾もうじゃないか!!】
俺は残った。殺したくない気持ちより、生き返りたい気持ちが勝った。
あんな感覚を味わうのは御免だし、他人に味わせるのも御免だが、それでも俺は自分を選んだ。特典だかチートだか異世界だか知らないが、俺はもう一度、もう一度だけでいい。生きたいのだ!
【フフフ………ッ。生き返った所で、他人を殺し続けなくてはならないのは変わらないのにねぇ。メアリー・スーとはそういう生き物なのに。チート特典とは富と惨劇を産み出す兵器。
これはメアリー・スーを。誰よりも自分自身が大切な人間を選ぶ試験なのさ】
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【お疲れ様。おめでとう。ああ、おめでとうッ!君が生き残ると思っていたよ。レートの通りになった。なるべくしてなった結果だ。誇ってくれ給え】
殺しても殺しても、死体は残らない。あれだけ殺して、何百人もの屍の上に立っているというのに俺は驚くほど綺麗な姿をしていた。
返り血などない。気持ちは晴れない。肉を斬り骨を断つ感覚が未だに残っていて気持ちが悪い。
それなのに、俺はとても安堵していた。自分が死ななくて良かったって安心していたんだ。
【まったくもって自己中心的な人間だよ君は。殺したくないのに人を殺して、ついには生き返るという望みを叶えた。偽善者が。聞いて呆れるね。
まあいい。それが人間だ。ほら、命をあげよう。美しい肉体をあげよう。そしてーー】
自我は残り知識も残ったが、生前、大切にしていた何かは跡形もなく消え去っていた。それは記憶。俺という人間が生きた軌跡。人を人足らしめる重要なピース。それが欠けたのだ。
故にこそ、この
【メアリー・スーはチートが好きだ。時期が来ればボク直々に、君に力を授けよう。聞いたことあるんじゃないかな?六道仙人という言葉を、さ】
その言葉を最後に、俺は意識を失った。
暗い話です。
ONE PIECEの世界に似つかぬ冒険譚。ルフィたちが明るい冒険をしてくれるので、名無し君には苦悩して貰いましょう。