【悲報】知らない間に幼馴染がジムリーダーになっていた件について【まさかの裏切り】   作:海と鐘と

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第八話

 雑魚とバトルするより、強い奴とバトルした方が楽しい。

 

 そんな風に思い始めたのは、いつからだったろうか。

 

 わりと最近のことだったかもしれないし、そうではなく最初からだったのかもしれない。

 

 トレーナーズスクールで負けたことは、一度もなかった。

 あのツクシですら、教師の前での、お行儀のいいバトルでは俺を負かしたことがない。

 平らなバトルフィールドで、一対一でのポケモンバトル。

 楽しいバトルを求めて小さい頃からヒワダジムに入り浸っていたが、一度戦ったジムトレーナーには二度と負けなかったし、前任のジムリーダーも同様だった。

 

 ヒワダタウンという狭い街の中では、すぐに相手はいなくなった。

 どうにもつまらなくなって、面白くなくなって、ポケモンバトルなんてこんなものかと達観しそうだったとき、再戦を申し込んできたツクシと、スクールのバトルフィールドではなく、ウバメの森でバトルをした。

 

 本来、正規のバトルフィールドではないところでトレーナー同士バトルするのは、試験に受かってトレーナーズカードを取得してからではないと協会規約違反なのだが、その時はもう、バトルはこれっきりにしようかとも思っていたので、そこら辺はどうでもよかった。

 

 

 森でポケモンバトルをした。

 

 平らなフィールドではなく、木々が生い茂り視界が狭く、死角が多い。

 ツクシはそう言った死角に、むしポケモンの出す糸で罠を仕掛けていた。

 相手のトレーナー、つまり俺が立っているところからは全く何の変哲もないただの森に見えていたが、そこはツクシにとっての狩場になっていた。

 

 指示を出してポケモンが移動すると、いつの間にか糸に絡められて動きが鈍っていた。

 逆にツクシのポケモンは、自身が張った糸を足場に三次元的な軌道を繰り返し、まるで動きがとてつもなく速い飛行タイプのポケモンのような挙動をした。

 

 

 同年代とのバトルで初めて完全な負けを喫した。

 

 

 

 

 

 そのとき察したのだ。

 ポケモンバトルがつまらないのではない。

 弱い奴とバトルするからつまらなくなるのだと。

 

 

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

 

 

 どうにも笑顔が抑えきれなかった。

 端から見れば、会議室からバトルフィールドまで、終始ニヤニヤしながら移動する気持ちの悪い子供だったことだろう。

 授業が終わった子供たちが遠巻きにしてこちらを見ていたのは、はたして四天王のカリンさんがいたからなのか、それとも俺が気持ち悪かったからなのか、判別がつかなかった。

 

 移動中、先生が俺とカリンさんに向かってなにやらしきりに話していたようにも感じたが、どうでもよかったので聞き流した。

 

 そんなことより、カリンさんとのバトルの魅力の方が大きかった。

 

 移動していた数分の間に、俺の持っているカリンさんの情報を洗い直し、手持ちのポケモンを推測し、それぞれについての特徴と対抗策を考えるのに忙しかったのである。

 適当に予想しただけの対抗策だったので、むしろ外れることの方をこそ期待していたと言ってもいい。

 

 なにせ四天王である。

 

 カント―・ジョウト地方における公式で最強のトレーナー集団。その一人。

 

 予想が当たることの方が拍子抜けでつまらない。

 予想が全て当たっているのなら、過不足なく十全に俺が勝つ。

 そんなことになったら全く面白くない。四天王とバトルする意味がない。

 

 四天王はメディアへの露出が最も多いポケモントレーナーの一つだ。

 チャンピオンへ挑戦するトレーナーの前に立ちはだかる壁として、あるいはポケモンリーグ戦の常連、上位リーガーとして、テレビにも新聞にも雑誌にも情報が載る。

 

 つまり、手の内が見えやすい。見え透いていると言ってもいい。

 

 容易に勝利への道筋が建てられる。

 どうなるかなと、実に楽しみだった。

 

 

 

 

「ルールの設定をしましょうか。私からバトルを誘った形だから、あなたが好きにルールを決めていいわよ?」

 

「手持ち6体全てが戦闘不能になるまでやりましょう。殲滅戦で。意図的にトレーナーを狙ったと見做された場合はその時点で反則、手持ちポケモンの枠が一体ずつ減るルールで」

 

「……それはつまり、トレーナーへの攻撃を推奨するルールってことでいいのかしらね」

 

 

 競技バトルでは、トレーナーは比較的安全な場所から指示を出す。

 普通の野良バトルでも、トレーナーを狙うことは禁忌であり、わざわざルールにはしない。

 

 

「たまたまトレーナーに攻撃が向かってバトル中止じゃ、面白くないじゃないですか」

 

「クヌギ君!俺はもう何も言うまいと思っていたが、あえて危険なバトルをするつもりなら止めさせてもらうぞ!本当なら四天王のカリンさんとバトルすることすらも……」

 

「うるさいっす。先生とは話していない。カリンさんから誘ってきたバトルだってことは、四天王としてではなく、いちトレーナーとしてここに立っているってことだ。何の問題もない」

 

「クヌギ君……」

 

 

 バトルフィールドの向こう側に立つカリンさんに目を向ける。

 彼女は額に手を当ててため息を吐いた。

 

 

「なんて、問題児……。まるで昔の自分を見ているよう。いいでしょう、そのルールでやりましょう」

 

 

 ルールを受け入れてもらった。嬉しくなって笑顔が深まった。

 しばらく俺とカリンさんを交互に見ていた先生だったが、やがて諦めたように項垂れると、フィールドの外に歩いて行った。どうやら審判をするつもりらしかった。

 

 いつの間にか、フィールドの周りはスクール帰りの生徒で囲まれていた。人ごみの中には、スクールの生徒や、たまたま通りかかった街の人もいるらしかった。

 

 どうでもいい。

 

 早くバトルをしたい。

 

 

「ではこれより、ポケモンバトルを始める!手持ち制限は上限6体。殲滅戦。お互いに礼を!」

 

 

 先生が大きな声で審判の定型文を言う。みんなの前だからか、ご丁寧に礼をさせる。

 四天王に礼をさせるスクール教師ってのも凄いもんだと思いながら頭を下げた。

 

 

「どちらも準備完了か?それでは、試合開始!」

 

 

 

「いけ、フォレトス!」

 

「マニューラ、ゴー!」

 

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

 フォレトスか!

 相性が悪い。防御力が高いフォレトス相手に、マニューラでは大きなダメージを与えられない。完全に仕事をさせてしまう。ポケモンを変えようかとカリンが瞬時に判断した瞬間だった。

 少年が声をあげて笑い始めた。

 

 

「あっははははははは、マニューラか!はは、いきなり予想外だ!いいぞ、そうこなくちゃ面白くねぇ!」

 

 

 バトル前から浮かべていた攻撃的な笑顔が爆発したような笑い声だった。

 驚きながらも、カリンは淀みなくポケモンを入れ替える。

 長年強敵と戦ってきて身に染み着いた動きである。

 ホルスターを見ることなくマニューラと交代するポケモンのモンスターボールを取りだし、交代しようとした。

 その時、少年の指示が飛んだ。

 

 

「フォレトス!ボルトチェンジだ!」

 

 

 フォレトスの鋼鉄の体に、似つかわしくない電流が流れる。

 カリンは交代する行動を止められない。もうマニューラを戻してしまったのだ。次のポケモンを出さなければならない。

 

 

「……いって、ヘルガー!」

 

 

 角を生やしたオオカミのようなポケモンが場に現れると同時に、フォレトスの攻撃がヘルガーに命中した。

 重量のある鋼鉄の塊が、電気を纏ってヘルガーにぶち当たる。

 

 フォレトスの攻撃力の低さとスピードの遅さもあってかヘルガーに大きなダメージはなかったが、『ボルトチェンジ』という技はこれで終わりではない。

 

 攻撃し終わったフォレトスが即座に赤い光となって少年の元へ戻った。

 そして、カリンが指示を出す間もなく次のポケモンが場に現れた。

 

 ほっそりとした長い体は、美しいという気持ちを抱かせはすれど、その巨躯に弱弱しさは微塵もない。

 

 ミロカロス。

 

 水タイプのポケモンだった。

 またしても、カリンのポケモンには相性の悪いタイプ。

 カリンのポケモンは体力が削られていて、少年のポケモンは無傷。タイプ相性は悪い。

 

 序盤戦、カリンは明確に不利だった。

 戦闘の流れを読むことにおいて、少年の方が上手だった。

 

 少年は楽しそうに指示を出した。

 

「『ねっとう』、ぶっかけてやれ!」

 

「ヘルガー!相手が攻撃する直前にヘドロばくだん!」

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 素早さで優っているヘルガーが、口を開けたミロカロスの、その口の中にヘドロばくだんを叩き込んだ。

 ヘルガーは戦闘不能になったが、ミロカロスもまた、攻撃が急所に当たった上に毒状態での戦闘を強いられる。

 

 とっさに最善手を叩きだすあたり、さすがに四天王である。

 しかし、それでもまだクヌギが有利だと、教師は冷静に見ていた。

 

 

「ミロカロス、じこさいせいだ!終わったらねっとうでブラッキーを弱らせろ!」

 

「ブラッキー、のろいで準備して!そのあとしっぺがえし!」

 

 

 二人のトレーナーの声がフィールドに響き渡る。

 周りを見渡すと、観客が増えていた。

 同僚がどこからか持ってきたカメラでバトルの動画を撮っているのを見て、教師は苦笑した。

 この動画を使ってスクールの宣伝をすれば、間違いなく子供を通わせようとする人が増えるだろう。

 年端もいかない幼い10歳の子供が四天王相手にここまでのバトルをしているのを見れば、我も我もと集まってくるのは目に見えていた。

 

 

 スクールの生徒だった少年が、四天王を押している。

 事実は事実。

 

 

 しかし、彼のほかにこれと同じことが出来るものなど、教師の中にもいやしない。

 悪徳商法極まる、詐欺一歩手前の商売をやらかそうとしている同僚には、あとで注意しとかなあかん、と思いながらも、審判を続けた。

 

 と、試合が動いた。

 

 

「ミロカロス!れいとうビームだ!」

 

 

 少年がなにかのジェスチャーをしながらミロカロスに指示を出す。

 少年を見たミロカロスは、こくりと従順に頷くと、エネルギーをためてビームを放った。

 

 カリンにほど近い地面に向けて。

 

 

 あのガキ、やりおったわ、と思った。

 冷気と土煙でカリンの姿が見えなくなった。

 

 

「よし、今!ミロカロス、もっかいねっとう!」

 

 

 戦況が見えなくなったカリンにかまわず、少年はブラッキーに向けた攻撃の指示をした。

 これを、最初から考えていたのだろうか。

 

 カリンの手持ちで、ブラッキーは有名なポケモンである。

 小さい体に見合わない高い防御性能と、回復技。

 『のろい』、という素早さを代償に攻撃力と防御力を高める技を駆使して、耐えて耐えて耐えた後、一気に相手を倒しにかかる、カリンパーティーの軸の一つであった。

 

 早く倒しておくに越したことはない。

 

 が、こんなやり方をするとは。

 

 

「クヌギ君!反則!意図的な攻撃とみなし、6体の枠を一つ減らします!」

 

「最初っから俺の手持ちは5体だ!関係ねぇ!」

 

 

 分かりやすくクソガキだった。

 手持ちの総数を6体にしたのも、あんなルールにしたのも、デメリットなく確実にこの隙を作り出すための布石だったわけだ。

 

 

 ミロカロスが力を貯める。

 茹った熱湯を作り出し、ブラッキーに放とうとした。

 

 

 

 

 

「……ブラッキー、ふいうち」

 

 

 冷静な声が飛んだ。

 

 途端に、狙われていたブラッキーが動き出した。

 雷速で駆け抜けたブラッキーは、ミロカロスに攻撃される前に、先制で強烈な打撃を打ち込んだ。

 あくタイプのブラッキーが放つ不意打ち。『のろい』を積んでいた上に、ヘルガーに食らった毒状態もあって、ミロカロスは倒れ伏した。

 

 戦闘不能。見事なカウンターだった。

 

 冷気と土煙が晴れる。

 視界がない状態で少年の行動を読んだ上で、最適な判断を下す。四天王にふさわしい、素晴らしいプレイングだった。

 

 

「……は、はははははは!すげぇ!返されるとは思わなかった。最高だぜカリンさん!」

 

 

 少年は笑いながら、ミロカロスを戻し、新しいポケモンを出そうとする。

 

 

 

 

 

 

「黙りなさい」

 

 

 と、冷え切った声が聞こえた。

 思わず教師の背筋に、悪寒が走る。

 

 声の主であるカリンを見た。

 視界が遮られていた状態が終わると、はっきりとその姿が確認できた。

 

 砂まみれ。氷まみれ。

 

 (みぞれ)状になった砂と氷の塊を、頭から被っていた。

 笑顔だった。

 背筋が凍るような美貌に、満面の笑顔。

 

 

「……うわっ、怖っ……。雪女や……。雪女のご降臨や……」

 

 

 思わず小声で、コガネ弁が出てしまった。

 

 笑ったまま、カリンは言った。

 

 

「幾らも生きていない小童の分際でよくもやってくれたわね。あなたには女性の扱い方というものを学ばせた方がこの世のためになるのでしょう。身を持って思い知らせてくれるわ」

 

 

 ガチ切れだった。

 

 同僚の教師が、うぉおおう、なんか目覚めちゃうぅぅ、とか言っているのが聞こえた。無視した。

 

 さすがの少年も、まずかったと思ったのだろうか。ポケモンを出す前に話し出した。

 

 

「あ、いや、えっとですねカリンさん。これは不幸な事故でして。戦術的な動きのために必要な代償と言いますか。ブラッキー攻略のための秘策だったといいますか。い、いやー、残念だなー。ホントはこんなことしたくなかったんだよなー、俺もなー。ブラッキーが強すぎたからなー。いやー、しょうがないなー。お、カリンさん、氷が解けて、すごい色気が出てますよ!氷も滴るいい女、みたいな。ド田舎のヒワダに現れた季節外れの雪女、みたいな。い、いやー、美人だなー。でも、バトル中のことだから、ノーカン、ですよね……?」

 

 

 

 

 

 

 

カリンは爽やかに笑った。 

 

 

「ぶっ殺すわ」

 

 

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

 引き攣った笑顔をしながら、少年がポケモンを繰り出した。

 触覚や目を覆う大きな膜、虫のような特徴的な容貌をした、砂漠の精霊フライゴンである。

 

 先ほどのミロカロスもそうだったが、ホウエン地方に生息するポケモンがパーティーに組み込まれている。カリンもトレーナーのトップであるので、その存在を知らないということはなかったが、交戦経験は少ない。油断しないように、と冷えた頭で考える。

 

 

「さぁ、いくぞフライゴン!」

 

 

 少年が言った。

 フライゴンは少年を見て、相手のブラッキーを見ると、こくこく、と二回頷いた。

 そして、指示もなく動き出した。

 

 すさまじく速いフライゴンだった。

 前にカリンが見たことのある個体より二回りほども大きい巨躯を持ちながら、フィールド内を縦横無尽に飛び回っていた。

 カリンは先制を取るのは無理だと判断した。物理攻撃が中心のブラッキーでは、攻撃を当てること自体容易ではないだろう。機を伺う。

 

 

「ブラッキー、つきのひかり!」

 

 

 ブラッキーの光輪が輝きだす。隙は生じるが、防御力が増した今は体力回復の恩恵が大きいはずだった。

 

 が。

 

 ブラッキーが回復を始めた瞬間、フライゴンが強襲した。少年の指示は一切ない。

 高速でブラッキーにぶつかった後、赤い光となって少年の元に戻った。

 

 

 攻撃を食らったブラッキーは、吹き飛ばされて意識が刈り取られていた。戦闘不能だった。

 

 

 とんぼがえり!

 カリンは驚きながらも納得し、次のポケモンを繰り出した。

 

 アブソル。鎌のように反った角を持ったポケモンだった。ジョウト地方にはいないポケモンである。

 

 

「アブソルか!ますますもって面白い!ロマン対決だ、いけ、アブソル!」

 

 

 相手側のフィールドに、カリンのポケモンと瓜二つのポケモンが現れる。

 同じ種族のアブソルだった。

 

 

「同じポケモンを出すの?言っておくけど、私のアブソルは経験豊富よ?」

 

「俺のアブソルはその分若々しいから大丈夫です」

 

 

 びきり、と頭の中で音がした気がした。

 私のアブソルは老けているとでも言いたいのだろうか。

 

 

 二体のアブソルが、お互いに唸りながら距離を測る。相手の挙動を観察するように円を描いていた。

 

 

「「アブソル!つるぎのまい!」」

 

 

 同時に指示が飛んだ。『つるぎのまい』。攻撃力を大きく上げる技だ。

 どちらも、一発で勝負を決めようという魂胆だった。

 

 アブソル達が気合を入れて吠える。準備はできていた。

 

 

 

 

「アブソル!つじきりよ!」

 

 

 カリンのアブソルが飛び出した。反った角にエネルギーが込められていく。

 少年は指示を出さなかった。笑ったまま、戦況を見つめていた。

 

 

 アブソル同士が交差する。

 お互いの角がぶつかり合い、派手に吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 カリンのアブソルは、立てなかった。

 少年のアブソルは、かろうじて立ち上がった。

 

 

「カリンさんのアブソル、戦闘不能!クヌギ君のアブソルの勝利!」

 

 

 言いづらそうな審判の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

  ◇

 

 

 

 

 

 

 

「超楽しかった」

 

「知ってる。見てたし」

 

 

 ツクシの家でWiiしながら、バトルの感想を言っていた。

 カリンさんとのバトルの件である。

 あの後謎のパワーアップを果たしたカリンさんに冷や汗流しながらも、強敵との実に楽しいバトルをさせてもらった。

 

 試合後、アブソル同士の戦いの中で何をしたのか、問い質された。

 自分のアブソルが一撃でやられたのが疑問だったのだろう。

 

 

『若さっすよ。力強さと体力が違いました。いやー、残念残念』

 

『それは私たちが年増だと言ってるの?ぶっ殺すわ』

 

『メガホーンです』

 

 

 くっそ怖かったので白状した。

 メガホーン。むしタイプの大火力の技である。

 火力が高い代わりに命中率が低いのだが、角同士をぶつけ合わせたあの戦いにおいて、そんなものは関係なかった。

 アブソルの体の中で最も硬い部分があの角である。

 うまく受け切れれば、こちらはなんとか戦闘不能にならずに済むと思っていた。

 むしタイプの技は、あくタイプのアブソルに相性がいい。向こうは戦闘不能になる。

 結果、勝った。

 

 というより、それ以外に勝つ方法がなかったと言った方がいい。

 カリンさんのアブソルは自己申告してくれたように経験豊富で、戦闘技術的に俺のアブソルの格上だった。奇を衒うことでしか勝てないと思った。

 

 そもそもあくタイプメインのカリンさんと、手持ちの多くにむしタイプの技を覚えさせている俺とでは、のっけから相性の有利不利が明確だったのだが。

 

 

 観客の中に動画を撮っていた連中がいるらしく、一部はネット上に流れ出していた。

 

 霙まみれの妖艶なカリンさんは大人気を博していた。

 

 バトルの一部を切り取ってつなぎ合わせた動画を、スクールの教師陣が作成中らしい。

 宣伝に使っていいかと聞かれて笑顔で承諾するカリンさんは大人の女性でした。

 

 ギャラが出るなら使っていいですよ、と言ったところ、唐突にカリンさんに頭を押さえられて、強制的に頷かされた。とてもいい笑顔だったが、頭の上に怒りマークを幻視した。いらいらしていたようだった。

 

 

 なんでイラついてたのかなー。大人って不思議だなー。

 

 

「そりゃあ、怒るよ。誰だって怒る。ぼくだって怒る」

 

「怒るかぁ?お前の場合は、バトル中やり返してきて終わりのような気がするが」

 

「そりゃね。バトル中のことはバトルの中で返したいじゃない。でも、怒った気持ちが綺麗さっぱり無くなるわけではないよ、普通」

 

「さいで」

 

 

 マリカで対戦しつつ、俺の愚痴も聞きつつ、自分の意見も言いつつ。

 ツクシは器用な奴だった。

 

 

「ほら、前に君が似たようなことをしてきたことがあったじゃない。ウバメの森で。無駄に精巧なピタゴラスイッチ作って丸太で攻撃してきた奴」

 

「あったなぁ。その後、バトル中に偶然(・・)ポケモンの糸が俺に絡まってどろどろで身動き取れなくなったっけ」

 

「あれはわざと」

 

「知ってた」

 

「それでバトルの後、何か変だなぁ、って思わなかった?」

 

「んん?その後?お前がにこにこしながら手ぇ握ってきたから、そのまま帰った覚えしかない」

 

「白い糸でどろどろした君を見て、街の人はどう思ったと思う?」

 

「元気に遊んできたんだなぁ、って思ったと思う。1000ペリカかけてもいいぞ」

 

「じゃあ1000ペリカちょうだい」

 

 

 笑って手を差し出してきたツクシを前に、俺は首を傾げた。

 どうやら俺が思っていることは間違っているらしい。

 一体街の人はどう思ったというのだろうか。分からなかった。

 

 

 

 

 

 




黒杜 響様、誤字報告ありがとうございました。

読了ありがとうございます。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでいただけると嬉しいです。

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