【悲報】知らない間に幼馴染がジムリーダーになっていた件について【まさかの裏切り】 作:海と鐘と
一度負けた相手と会うのは精神的になかなか辛いものがある。
バトルに敗れた経験というのは概ね負の記憶になる。
人間は楽しさや嬉しさといった正の記憶よりも、恥ずかしさや辛さなどの負の記憶の方が脳に残りやすい動物である。
一度負けると、脳の奥底に苦手意識が植えつけられる。嫌な体験をさせた者として、体が相手を記憶してしまうのである。
自分やツクシのように、お互い何度もバトルして、同じくらい勝ったり負けたりして、優越感と苦手意識が順繰りに記憶されてごちゃ混ぜになるような関係でもない限りは、負けた相手と会うのはそれ自体が嫌な体験になってしまうものだ。
そして、嫌な体験を覆すために勝利を求める。
ポケモントレーナーなんて生き物は大体がそんな生き物であり、敗北よりも勝利に価値を求める。
負けず嫌いのバトル厨であり、バトル中は対戦相手より優位になることしか考えない。
そうじゃない奴は、そもそもトレーナーにならない。
そういう意味では、ジムリーダーは異質なトレーナーである。
最高峰のポケモントレーナーであり、多くのトレーナーの羨望の的でありながら、彼らの仕事の実質は負けることである。
相手に合わせて手加減した強さのポケモンを操り、負けることで相手の強さを、価値を証明するための装置である。
勝った挑戦者はジムバッジで己とポケモンの強さを確認し、また奮い立って次の高みへと進んでいく。
つまりは、勝った、楽しい、達成感がある。そういった正の感情を挑戦者に植えつけてポケモントレーナー全体の力の底上げを目指すのが、ポケモンジムの実態である。
ジムリーダーに求められるのは、相手の力量を見極めること。適切な強さのポケモンを選ぶこと。相手に全力を出させたうえで負けること、の三つである。
そういった意味では、フエンタウンのあの人は一個も仕事が出来ていなかったわけだが。
その辺は、バッジの数である程度ポケモンの強さが限定される制度の限界なのだろう。
しかし、あいつは何が楽しくて負けるための仕事をしているんだろう。
ツクシを見ながら、そう思った。
『トランセル、戦闘不能!ゴースの勝利!』
審判員が旗を挙げた。
ジムのバトルフィールドでは、ツクシの出したトランセルが力なく倒れていた。
これでツクシの手持ちはストライク一体。しかし、ほぼ無傷の状態である。
「おお、やるね君!でも、むしポケモンは最後の一匹になってもしぶといよ!」
「…………」
挑戦者は無言で次を催促した。
なんかあいつ、印象変わったな、と思った。
先日ぼこぼこにした赤い髪の少年が、今日のツクシの挑戦者だった。
赤髪の手持ちは残り二体。
先発で出したズバットは、ストライクの先攻『とんぼがえり』で重傷を負い、出てきたコクーンに倒されていた。
コクーンは、赤髪のもう一体の手持ちによって倒され、そしてトランセルはゴースによって倒されていた。
手加減したツクシのトランセルは、ノーマルタイプの『たいあたり』しか使えない。相手はゴーストタイプのゴースであり、相性は最悪だった。
「いけ、ストライク!とんぼがえりだよ!」
「……っ!耐えろ、ゴースぅ!」
飛び出した瞬間にストライクがとんぼがえりを繰り出す。
俺とバトルをした時の赤髪のゴースでは、一発だって耐え切れない威力があるはずだった。
しかし、ゴースは耐えた。
「……おお、この短期間で随分強くなっとる」
思わず声が出た。何日か前に、ぼこぼこにしてやったばかりの赤髪くんである。彼の強さは大体わかっていると思っていたが、どうやら並々ならぬ努力をしたらしかった。ふらふらになりつつも、気丈にツクシのストライクを睨みつけるゴースがその証左だった。
「よしっ!ゴース、のろい攻撃だぁっ!」
ストライクの一発を耐えたゴースに指示が飛ぶ。
あまりいい指示だとは思わなかった。
ゴーストタイプの『のろい』は、自分の命を削って相手を弱らせる技である。『とんぼがえり』をまともに食らったゴースでは、確実に瀕死になる技だった。どんなポケモンでも、わざわざ自分から瀕死になる技を打つのは嫌がるに決まっていた。
しかし、ゴースはためらわず『のろい』をした。
そして、戦闘不能になった。
『ゴース、戦闘不能!ストライクの勝利!』
「……強くなっただけじゃないみたいだな」
強くなっただけではない。ポケモンとの信頼関係もまた、強まっているようだった。
少なくとも俺とバトルをした時の赤髪のポケモンなら、自分自身を捨てるような指示にはためらいを覚える程度の信頼しかなかったはずだった。
「最後だ!決めろ、マグマラシ!」
マグマラシが出てきた時点で、勝負は決まったなと思った。
「……マグマラシか、面白い!ストライク、今度はでんこうせっかだ!」
「マグマラシ!ひのこだ!」
ツクシのストライク。特性はテクニシャンである。先行は取れるが威力は低いはずの『でんこうせっか』が、痛烈な威力を持った一撃となってマグマラシに襲い掛かった。
鋭い一撃を食らったマグマラシは、しかし怯むことなく指示通りに『ひのこ』を放った。ほのおタイプの技である。むしタイプのストライクに大きなダメージが残る。
さらに、ゴースの残した『のろい』でストライクの体力が大きく削られる。
「我慢比べだね!ストライク、もう一度でんこうせっか!」
「マグマラシィ!耐えろよ!ひのこだ!」
先ほどの場面の焼き直しである。
同じ技の応酬。稚拙なバトル展開に見えたが、迫力は本物だった。
ゴースの『のろい』で、ストライクの体力が削られる。
そして。
「最後だよ!ストライク、でんこうせっかだ!」
「マグマラシ!『まもる』だぁ!」
ストライクの『でんこうせっか』を、マグマラシが完璧な形で受けた。ダメージは入っていない。
ゴースの『のろい』で、ストライクの体力が削り切られた。
マグマラシと競り合っていたツクシのストライクが、がくりと倒れる。立ち上がる様子はなかった。
『ストライク、戦闘不能!マグマラシの勝利!よって、この勝負、挑戦者の勝利とする!』
強くなったな、と、赤髪の少年を見て思った。
とりあえずツクシに声をかけようと、観客席を歩いてツクシに近いところまで移動した。
「へい、ツクシ。バトル見てたぜ」
「知ってた。入ってくるの見えてたもん」
「そっか。で、いまどんな気持ち?俺にぼこぼこにされたトレーナーに負けて、どんな気持ち?」
「とりあえずバッジ渡し終わったら君をぼこぼこにしたいなぁ、って気持ち」
「はっはっは、お前の悔しいという気持ちが伝わってきて実に心地よいぞ!」
「……ライチュウとデンリュウが放電中の間に割って入って感電すればいいのに」
「……え、ツクシさん?それって、遠回しに死ねって言ってます?」
「まさか!ぼくが君に向かって、死ねなんていうはずないじゃないか!」
「お、そうだよな。まさか10年来の幼馴染に向かってそんなこと……」
「死ぬような目にあえばいいのに」
「ストレート過ぎぃ!?」
ちょっとでも気持ちを解きほぐそうと努力した幼馴染に対して、なんという言い草だろうか。
ジムリーダーに就任して、調子乗っ取るんとちゃいますか?
俺もホウエンでそれなりに強くなって帰ってきたのである。ここら辺で一度本気でバトルしてもいいかもしれないと思った。
「っていうか、あの挑戦者の子、君が前に言ってた子なの?」
「そうそう。初っ端『のろい』打ってきた奴。なんか強くなってて驚いたよ」
「ふーん。じゃあ、やっぱり君に負けたのが良かったのかなぁ。彼はいいトレーナーになると思うよ」
「俺もそう思う」
赤い髪の少年について話す。
ツクシは彼に会うのが初めてだったのだろう、第一印象はそんなに悪くはなさそうだった。
俺としては、最初の声のかけられ方からして、あまり好きになれそうにないタイプだったが。
「……おい、なにくっちゃべってんだよ」
不満そうな声が聞こえた。
声が聞こえた方を向くと、赤い髪の少年だった。
バトルフィールドの向こう側から声をかけてきたようである。
俺がツクシに話しかけたことで、バッジの授与が遅れている。そのことで怒っているんだなと思った。
ツクシから離れて、授与式を待とうとした。
が。
ツクシから離れた俺の方に、赤い髪の少年の視線が向いているように見えるんだが……?
「……なんでジムリーダーと喋ってんだって言ってんだよ」
「……え?俺に言ってんの?」
自分を指差して答えた。
なぜに俺に話しかけるのか、訳が分からなかった。
「……なんで勝者の俺じゃなくて、負けたそいつに話しかけんだよ……」
「……うん?なんて?」
小さい声だったので、よく聞こえなかった。
なので、聞き返したら。
「……俺を見ろよ!!」
大きな声で怒鳴られた。
ツクシが、わぁ、と言って交互に奴と俺を見ているのが見えた。
心なしか、目がキラキラしているようだった。
他の観客も、異例の事態にざわついているようである。
何が何やら分からなかった。
バトルフィールドの向こう側にいた赤髪が、こっちにずんずん歩いてきた。
「数日前にお前に負けてから、俺は死に物狂いで鍛えたんだ!今のバトル見てたんだろうが!俺はどうだったんだよ!」
「……え。えーと、良かった、と思う、よ……?」
「世辞はいらないんだ!今の俺でもお前に手も足も出ないってことは分かってる!俺はこっからどうしたら強くなれるんだ!」
「……えっと。とりあえず、今の方針で行けば、ズバットが良い感じに進化するんじゃない、でしょうか……?」
「今のやり方でいいのか!?今のやり方でやれば、お前みたいになれるのか!?」
「……え、いや、えっと。今のままだと、ゴースの進化が頭打ちになるから、ゴーストになった後誰かと通信交換してもらえばええんちゃうか……?」
「ならお前がしてくれ!!」
「ひぇえっ……!?」
なにこれ……?なんでこんなに執着されてんの……?コワい!
「んっ!うんんっ!とりあえずバッジを渡すから、こっちに来てくれるかな?」
「……ちっ」
ツクシが赤髪の注意を引き付けてくれたおかげで、一旦視線が俺から外れた。
ツクシの方を向いた赤髪の顔がエライことになっていた気がしたが、底知れない恐怖が俺を襲っていたので、ただの見間違いかもしれなかった。
たった一回バトルで負かしただけである。この数日の間に、いったい彼に何があったというのか。
とにかく怖いので、ジムから逃げた。
◇
「あっははは!『俺を見ろよ!』だって!随分好かれちゃったねぇ!」
「笑い事じゃねぇよ……。たった一回バトルしただけだよ……。怖ぇよ怖ぇよ……」
「トレーナー名は、『シルバー』君って言うんだって。二週間くらい前にキキョウジムのバッジを取ったらしいよ」
「奴のパーソナリティーなんて教えなくていいから!噂をすれば影っていうだろ!幽霊とか悪霊とか悪いものはその話をすると寄ってきちゃうんだっての!」
「ふ、っふふふ!悪霊扱いは酷いよ。言ってたほど悪い子でもなさそうじゃない。君のアドバイスも真摯になって聞いてたよ」
「咄嗟に答えちゃったんだよ……。言わなきゃよかったよ……」
高層ビルが立ち並ぶ都会の道で、赤い髪の奴について話していた。
ビルや地面からの照り返しがきつくて、実際の気温以上に熱く感じた。
肌がじりじりと焼け焦げていく感覚。暗いウバメの森を抜けた時と比べて、俺の肌は明らかに焼けて浅黒くなっていた。
隣を見ると、半袖短パンにも関わらず、全く変わらない白い肌のままのツクシが歩いていた。
なんだろう、こいつの分まで俺が焼けているとでもいうのだろうか。
そんなことを思うくらいに、対照的な焼け方だった。
ここはコガネシティ。
ジョウト地方随一の大都会である。
ド田舎のヒワダタウンと大都会のコガネシティ、実は近い場所にある。
コガネシティの自然公園で定期的に虫取り大会が開かれることもあり、それなりに頻繁にこの都会へ来ている俺とツクシだった。
「あー、暑い。うー、暑い。どっかで涼んで、夕方になったら帰ろうぜ。もう、このくそ暑い中家までとんぼがえりする気力は俺にはない」
「あははは……。じゃあ、カフェオレでも飲みに行こうか」
「そうしよう」
そういうことになったので大通りから横道に入った路地を抜けて、大きな建物が立ち並んでいる、その裏側を通るようにして歩いて行った。
途中、花屋やら自転車屋やらがある道を進んでいくと、一軒家が多いエリアに出る。
家々が並ぶ中に混ざるようにして、目当てのカフェがあった。
木張りの壁が目に優しく、古ぼけた扉が良い雰囲気だった。
「こんにちは!おじさん、カフェオレ2つお願いします!」
「こんちゃーす。相変わらずガラガラっすけど、今日は座っちゃダメな席とかあります?予約席とか」
扉を開けると、まず目に入ったのはカウンターの奥にいるおじさんである。
細身だが背が高くガタイがあり、子供の目には少々迫力がありすぎる。
しかし怖い印象が無いのは、顔にかけた丸メガネとチョビヒゲがいかにも優しそうな雰囲気を出しているからだろう。
「ツクシ君いらっしゃい。カフェオレ2つ承りました。クヌギ君もいらっしゃい。どこでも好きなところへどうぞ」
笑いながらさっそく準備を始めてくれるおじさんである。
俺みたいなクソガキの憎まれ口も笑って流すあたり、渋い男のダンディズムがあふれ出ていた。
入口からは見えないような店の奥に座ると、テーブルの上に突っ伏した。
焼けるような暑さから解放されて、一転して心地よいクーラーの冷たさが体を包み込んでいた。
「あー、涼しい。やっぱり都会の夏はないわ。ユキワラシとか抱っこしながら移動しなきゃ」
「ふー、涼しい。そんなことしたら、ユキワラシが溶けちゃうよ。とけわらしになっちゃうよ」
正面に座ったツクシを見ると、同じようにテーブルに突っ伏していた。
やっぱりこいつも暑かったのだろうか、汗をかいた頬は赤く染まっていた。
熱を持った頬を冷たいテーブルに押し付けて、ぐでぐでほやほや笑っていた。とけツクシである。
「……ツクシ―。目線こっちに向けて―」
「……うん?あっ」
パシャリと、一枚写真を撮った。
ポケギアに内蔵されたポケモンを認識する機能に改良を加えて、写真を撮れるようにしたのだった。
確認すると、なかなかよく取れていた。
ぐったりうつ伏せになって視線だけこっちを向いている。赤くなった顔が程よくエロい。
「……売れるで、これは!」
「売るな、ばか!肖像権侵犯だよ!ポケギアに入れとくだけにして!」
釘を刺されてしまったので、ポケギアをポケットの中にしまった。
背中のリュックを下して、空いている椅子の上に置いた。
リュックの中をごそごそ漁って、目当ての物を取り出した。
技マシンである。
今日コガネに来たのは、この技マシンを買いにデパートに行くためだったのである。
せっかく手に入れた技マシン。出来ればすぐに使いたい。
「おじさーん!ポケモン出していいー?」
聞くと、店を壊さない程度の大きさのポケモンなら出していいと言ってくれた。
一個のモンスターボールを出して、スイッチを押した。
出てきたのは、四足歩行の白い体毛を持ったポケモン。
ホウエンで捕まえたアブソルである。
じゃあぼくも、といってツクシが出したのは、プカマルだった。
「おお、二人とも珍しいポケモンを持ってるね」
カフェオレを持ってきてくれたおじさんが、二体のポケモンを見ながらそういった。どっちも見たことがないよ、とコップをテーブルの上に置いた。
「今日はこいつに技を教えるためにきたんすよ。じゃなかったらこのくそ暑い中、ヒワダから出て来やしませんて」
「なんの技マシンを買ったんだい?」
「『だいもんじ』。ツクシに刺さりまくる技っす」
「ええっ!?『だいもんじ』だったの?その子『だいもんじ』覚えるの?」
「おうツクシ、帰ったらバトルしよーぜ」
「このタイミングで!?」
いや、もちろん否とは言わないけど、と拗ねたようにいうツクシ。
アブソルに覚えさせる『だいもんじ』は、ほのおタイプでも高い威力をもつ技だった。むしタイプには効果抜群である。今回の勝負はもらったな。
「はっはっは!仲がいいねぇ、君たちは!」
そういったおじさんに、ツクシは照れたように笑っていた。
自分がどんな表情をしているかは分からなかった。
◇
夕方になって、暑さも和らぎ、長い時間置いてくれたおじさんに礼を言って帰りの道を歩いた。
大通りには出ずに、路地をそのまま突っ切ってウバメの森まで進んでいた。人がいないので迷惑にはならないだろうと、アブソルとプカマルはモンスターボールから出したままだった。
「……ん?」
ふと、ツクシが立ち止った。
どうしたのか聞いてみると、
「なんか、頭から靴まで全身真っ黒の人がいて」
といった。ツクシが見ていた方を見ても、誰もいなかった。
「都会には変な趣味の大人がいるもんだなぁ」
「田舎には変な趣味の子供がいるけどね」
「……うん?それって誰のことを言ってるのかね?」
「言わなくても分かるでしょ?」
「ははは、こやつめ」
はしゃぎながら、ヒワダへの帰り道を歩いた。
やはりツクシの魅力が大きかったのでしょうか、それともランキング効果でしょうか。
たくさんの人に読んでもらっているようでとても嬉しいです。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでもらえるとさらに嬉しいです。