【悲報】知らない間に幼馴染がジムリーダーになっていた件について【まさかの裏切り】 作:海と鐘と
◆
朽ちた円形劇場。
周りには、ボロボロになった客席が所狭しと並んでいる。
天井は既に崩壊し、大きな柱が支える物は何もない。
天井が無いにもかかわらず、空から射す光はない。
月は輝かず、星々がここを照らすこともない。
舞台を照らすスポットライトの他は、明かり一つない。
もうずっと昔から、ここは真っ暗な夜だった。
床はひび割れ、そこかしこから雑草が生い茂っていた。
暗い色をした植物は、光もないのに伸び伸びと大きくなる。
柱は既に黒い蔦に覆われ、残った壁さえも、少しずつ少しずつ、枝葉に浸食されていくようだった。
床板は朽ち果て、少し動くたびにぎぃぎぃと音が鳴った。
ぎぃぎぃ、ぎぃぎぃ、と音を立てながら、私は回り続ける。
劇場の真ん中で、止まることなく、ぐるぐると、ぐるぐると。
少し離れたところで、相棒が私を見ていた。
もう止めろという心配そうな視線だろうか、それとも、もっと回り続けろという激励だろうか。
鋼鉄の角膜に、金属光沢のある表面。私とは違って、柔らかく動かすことが出来ない顔なので、彼の感情がよく分からないことがあるのだった。
六本の足を器用に折りたたんで、彼はじっと座っていた。
いつまで回り続ければいいのか、私には分からない。
見る人はいないこの朽ちた劇場の中、私は回り続ける。
いつか、もういいよ、と、誰かが言ってくれるまで。
でも、誰がそう言ってくれるというのだろう。
私の相棒には、喋るための舌はなかった。
◆
目を覚ました時、そこは暗い劇場だった。
円形に並んだ客席の、その真ん中。
舞台の上で、大の字に横になっていた。
あれ、とミカンは考える。
最後に覚えているのは、白い雪のようなものが雪崩となって押し寄せてくる景色である。
アンノーン達が作り出したのだろう白い雪は、観測機器も、その場にいた六人も、全部押し流して行った。
そして、今。
なぜか、全く違う場所に、ミカン一人だけがいるのだった。
とにかく腰のホルダーを探った。
モンスターボール、全部ある。
よし、それなら大丈夫。
いつもの癖でそのままハガネールを出してしまいそうになったが、一歩踏み出した瞬間にぎぃぎぃと音を立てた床を見て思いとどまった。
私の体重でも壊れそうなこの場所にハガネールを出したら、間違いなく床が抜けちゃう。
いや、決して私が重いとかそういうことではなく。
最近ちょっと運動はしてなかったけど、いくら食べても太らない私だから、大丈夫、大丈夫。
この明らかな異常事態の中、太ったかもしれない、などという私事極まることに冷や汗を流すミカンは、はたしてただの天然なのか、それとも大物なのか。
ハガネールを出すのをやめ、代わりに別のモンスターボールを開けた。
中から出てきたのは、常に浮遊して移動するポケモン、レアコイル。
レアコイルも、ミカンと苦楽を共にしてきた仲間だった。
最近、レアコイルの新しい進化先のポケモンが発見されたという話も聞いた。
特定の場所から発せられる強力な磁場が、レアコイルに変化を促すというのである。
この子も、進化したいのかな。もしそうなら、ちょっと旅行で訪ねてみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、暗い劇場の中を見渡すミカンである。
思考があちらこちらに迷子になる女の子であった。
劇場の周りをぐるっと囲むように置かれた客席は、ボロボロに崩れていた。
そこかしこから雑草が生え、いかにも廃墟、といった雰囲気の劇場である。
パッと見、出口は無いようだった。
天井は抜けていて、上には真っ暗な空が見える。
「……皆さんはどうなったんでしょう」
ぽつりと呟く声に反応するのは、困ったように体を震わせるレアコイルだけである。
まぁ、皆それぞれ自分で対処できる人たちばかりだろう。ちょっと心配なのは、クヌギ君がまたぞろ変なことをやらかさないか、ということだけだった。午前中に彼の人間性は嫌というほど見たのである。彼より年上の人間は、彼の傍若無人さに冷や汗を流すか眉をひそめるか、どっちかだろうな、と。
ミカンはそんな風に思っていた。
現状、消えてしまったアイン博士を取り戻す手がかりはない。
なんとかアンノーンを見つけ出して、なんとかバリアをぶち抜いて、なんとかして取り戻す。
うん、これだ。
ピンチの中にチャンスは生まれる物である。
ピンチでもなんでもない現状、ミカンにやれることはあまりない。
事態が動けば、自ずと自分がやることも見えてくるだろう。
周りを見渡す。
古ぼけているとはいえ、劇場だった。雰囲気はある。
「……この際ですから、ジムの挑戦者さんの前でやるキメポーズの練習でもしましょうか!」
両手を胸の前でぐっと握った。
ジムの人にさんざん言われていたキメポーズ。ここで作っておくのも悪くないだろうと。
彼女はどこまでも自由人だった。
◆
見渡す限りいっぱいに緑が広がっている。
目がくらむような、新緑に染まる大地が眼下に見える。
上には雲一つない快晴の青空。
どこまでも青い蒼穹が頭上に広がり、見ているとふっと吸い込まれそうになるほどだ。
風が爽やかに吹きつけ、太陽はさんさんと輝いていた。
緑の真ん中に、大きな川がゆったりと優雅に流れ、その周りには草木が色とりどりの花をつけていた。
この美しい世界で一人、私は浮遊し続ける。
美しい大地の上でもなく、無限の空を飛び立つでもなく。
宙に浮いた岩の上に、一人で立っている。
いや、一人ではない。
相棒が、隣で同じように佇んでいる。
この美しい世界で、逞しい大地に立つでもなく、空の中を飛ぶでもなく、でこぼこした灰色の岩の上でひたすらに立ち尽くしている。
ここからの光景を見て、相棒は一体、どう思っているのだろうか。
私たちが決して中に入れない、あの景色への羨望か。
それとも、私たちを弾きだした、あの世界への怨嗟か。
相棒は私と違って、どこへでも歩いていける強靭な脚と、鋼の心。
人間のような軟弱な体を持っているわけではないので、彼の感情がよく分からないことがあるのだった。
彼から視線を外して、私は目の前の絶景を眺め続ける。
延々と、他にすることもなく。
追い出されたこの美しい世界を、灰色の岩の上から眺め続けるのだ。
◆
目を覚ましたら、そこは空の上だった。
うーん、と唸って、ツクシは岩の上から身を乗り出すのを止めた。
下には美しい草原が。
上には無限の蒼穹が。
宙に浮いた大きな岩の上で、ツクシは一人で立ち尽くしていた。
スノードン邸の玄関ホール。
頭上から降ってきた雪崩に飲まれて、目が覚めたら空の上である。
浮遊する大きな岩の上で、一人寝ているというこの状況。どう考えてもアンノーンの仕業だった。
恐らくここはアンノーン達が作り出した幻の世界なのだろうと辺りをつけて、ツクシは頭を掻いた。
一瞬のことだったし、アンノーン達の観察に気をとられていたしで、隣にいた幼馴染の手を握る暇もなかった。
ストッパーがいない状況で彼が一体何をしでかすのか、ちょっと不安だった。
とりあえず下に降りてみよう。
ツクシはモンスターボールを取り出した。
出したのは、カブトプスのような体形に、鋭い爪、背中から砲塔が一本生えた、幼馴染からもらったポケモン。
愛称『プカマル』である。
プカマルはちょっと周りを見渡すと、ツクシの方を振り向いた。
控えめに、ちょいちょい、と爪でツクシをつっつく。
自分の鋭い爪でトレーナーを傷つけてしまわないように。だけど、出してくれて嬉しいという気持ちが伝わるように。
自分より大きくゴツく力のある存在の可愛い仕草に、ツクシは思わず笑顔を見せて抱き着いた。
「プカマル、下まで連れて行ってほしいんだ」
ツクシの言葉にうなずくと、プカマルは体を変形させた。
カブトプスのような体を折りたたんで、頭蓋と一体化させる。
まるで平たいボードのような形になったプカマルは、その状態で
宙に浮いているのである。
『……なぜだ……!?意味が分からん!なんでこいつは浮いてるんだ!?どういう力学が働いてる?……ちょっと解剖したい』
『だめだよ!?』
『うぉっ!?冗談冗談、冗談だって、はは……。ちょっと体削るくらいだ』
『だめだって!』
若干本気の声だった幼馴染を思い出して変な笑いが出た。
妙な迫力を出してプカマルに迫る彼を必死で止めたのだった。
そのときプカマルは、ツクシの後ろでぷるぷる震えていた。
浮いたプカマルの上に座って、移動してもらう。
とにかく解決策を探すために、地に足をつけてこの空間を調べようと思っていた。
岩から降りて、下に向かおうとした。
大地が見えるところまで空中を移動して、降下しようとした瞬間。
岩が動いた。
宙に浮いた岩が、まるで下には行かせないとでも言うかのように水平に移動したのである。
「……わー、ファンタジーだ……」
げんなりしたような顔でツクシは言った。
何度か試したが、そのたびに通せん坊をするかのように移動する岩。
イラッ。
「プカマル、テクノバスター!」
発射された砲撃が、空間を震わせた。
◆
暗い海の底で一人、膝を抱えていた。
相棒が、私と向かい合うようにちょこんと座っている。
まとわりつくように重い青い水と、足をとろうとするかのようにずぶずぶと沈み込んでいく砂。
時折、ふわりと湧きあがるように大きな水泡が上へ浮き上がっていく。
ふわりふわりと上に向かう水泡を、何度も何度も見送った。
この海底に落ちてくるのは板切れや何かの残骸ばかり。
そういうものは、朽ちる間もなく砂の中に潜り込んで、見えなくなってしまうのだった。
生きているものが落ちてくることは、一度もなかった。
ここで生きているものは私と相棒だけである。もう長いこと、他の何かや誰かは見たことが無かった。
『ああ、そういうことか。この空間は』
下から上に向かう唯一の物は、ふわりふわりと漂う大きな水泡である。
なかにたっぷりの空気を入れて、空気以外の物を受け入れない空虚な泡だけは、ぷかぷかと上に漂っていけるのだった。
『僕でもなく、シュリー博士でもなく、ミカンちゃんでもなく、ツクシ君やクヌギ君でもなく』
相棒が、私の目の前で、ずっと私を見続けている。
いつになったら上に上がっていくのかと問いかけているようでもあるし、もう砂の中に潜ってしまえと勧めているようでもあった。
重い体に、空虚な心。
私と違って中途半端なもののない相棒なので、彼の感情がよく分からないことがあるのだった。
浮けもせず、沈みもせず。
私はここにいる。
『この世界にはいないはずの、貴女の心象風景』
◆
「ってことはつまりシュリー博士の実験は失敗だったということなのか」
マツバは目を見開いてそう言った。
座禅を組んで目を閉じて。
精神統一した状態から復帰した後の第一声がそれだった。
大きく伸びをして、さらさらと足をとる砂地の上に立つ。
アイン博士をアンノーン達に連れ去られてしまった時から、護衛としての役割を果たせていなかったわけだが。
せっかく頼ってもらったんだし、ちゃんとお仕事をしようかなと。
マツバにしては珍しく、そんなことを思っていた。
それは
なんにせよ、ロマンを追い求める男であるところのマツバをして、仕事をしようと思い立たせるような何かが、この空間にはあったということだろう。
驚いた様子もなく周りを見渡す。
暗い海の底である。
青い水がまとわりつくように重い海底であるのにもかかわらず、それが当然とでも言わんばかりに、マツバは呼吸をしていた。
ずぶずぶと沈み込み、放っておけば全身が取り込まれてしまうであろう砂からその両足を引き抜いて、マツバは歩き始めた。
「クヌギ君は大爆笑だし、ミカンちゃんは天然だし、ツクシ君は怒らせると怖いし。いやいや、このチームはなかなかに面白い。現状が
そう言って、暗い海底の中を、まるで目印が見えているかのように明確な足取りで。
千里眼を持つ男は、悠々と歩き続ける。
◆
「……すぅー、……はぁー……」
大きく深呼吸をして、ミカンは心を整えた。
最大の敵は羞恥心である。
そもそも人前でしゃべることがあまり得意ではないミカンに、あまりにも高いハードルを押し付けてきたジムトレーナー曰く、『キメポーズはジムリーダーの個性を表す必須の要素。皆一つは持っている物』
恥はかき捨てるんだ、私。
皆練習してるんだから、私だけやらないのは無しだよ。
カッと目を見開いて。
「この世に蔓延る軟弱な悪を!
叩いて伸ばして金属光沢!
鋼の体とキュートな心!
持ってる人に打ち直す!
ジムリーダー!ミカン!参☆上!」
シュバ、シュバ、シュバババ!
シャキーン!
「……うーん、あまりよくありません。かっこいいですけど、私らしさがないというか……」
どうしよう。ジムトレーナーの皆が考えてくれたキメポーズ、私には使いこなせません。
いっそのことシンプルにポーズと擬音だけ、とか……?
とりあえずもう少しやってみよう。えーと、後あるのは、魔法少女風と、退魔忍風と……。
朽ちた円形劇場の中で、レアコイルとともに、あーでもない、こーでもないと試行錯誤を続ける。
明らかにジムトレーナーの連中に遊ばれていることに気が付かない辺り、ミカンは純朴ないい子であった。
こんな子であるからこそ、周りの人間は支えようと思うわけであるのだが。
「よし、次はこれ!
風は空に、
星は天に、
輝く光はこのボールに、
鋼の心はこの胸に!
バトルフィールド、セーットアーップ!」
「お、やってるねぇ、ミカンちゃん」
「はぇ……?」
人の声が聞こえた気がして、ミカンはポーズをとったままきょろきょろと周りを見渡した。
ここには自分以外の人間はいなかったはずだが、低い男性の声が聞こえた。
見ていると、劇場の床が波打った。
海面に波紋が広がるようにして、空間が歪んだのである。
驚いて声も出せずにいると、床からにゅっと人の頭が出てきた。
にやにやと笑いながら、まるで階段を上っているように、一歩一歩進むごとに体を床から生やしていくその男。
「ま、マツバさん……!?」
「やっと合流出来たよ。全く、海の中を歩くのは楽じゃないねぇ」
「も、もしかして、見てました……?聞いてました……!?」
「個人的には是非とも退魔忍風が見てみたいところなんだけど」
「は、はうぅぅっ……!」
顔を真っ赤にして恥ずかしがるミカン。彼女を労わるようにして、レアコイルがミカンとマツバの間に割って入った。
ばちばちと紫電を迸らせるレアコイルには目もくれず、マツバはにやにやと笑い続けた。
轟音。
どおん、という音とともに、巨大な鋼の玉が、にやにやと笑い続けていたマツバのすぐ横を通って、後ろの壁にめり込んだ。ごろん、ごろんと自分で回転して壁から外れた鋼の玉。フォレトスである。
笑顔を引き攣らせて、マツバはフォレトスが飛んできた方を見る。
空間に大きな穴が開いていた。
無理矢理引きちぎった後のようなグニャグニャとした断面。
拳を振り切った後の状態で、ハッサムが佇んでいた。
「うおっ!フォレトス吹っ飛んだ!?やっと抜けたかこんちくしょー。そんで次は……なんだここ?夜?劇場?」
向こう側から歩いてきたのは、白い雪のようなものを体中にくっつけた少年。
進んでくる間に雪のようなものはぼうっと燃え上がり、消えていった。
「あぶ、危ないなぁ、クヌギ君!向こう側にいる人のことも考えてくれ!」
マツバが叫ぶと、周りを見渡していたクヌギはひょいと見て言った。
「当たらなかったからモーマンタイ、ってことで。マツバさんとミカンさん、みっけ。あと二人でコンプリートっすね」
「なにをやってたんですか……?」
「雪の壁がどーしても抜けれなかったんで、フォレトスを楔に、ハッサムのパンチで掘り進む、って感じでぇ……」
「どういう状況……?」
閃光。
真っ暗な空に穴を開けて突き抜けてきた閃光は、ボロボロになった客席を吹き飛ばし、黒い蔦が絡まった壁を打ち抜いて行った。
三人で空を見上げる。
UFOにも見えるボード状になったポケモンに座って、ツクシが空から降りてきた。
「あれぇ?岩を壊そうと思ったらなんだか色んなものが壊れちゃったみたいだね」
ぎぎゅう、と、申し訳なさそうにツクシが座っているポケモン、『プカマル』が鳴いた。
「いやいや、問題ないよ。むしろ大手柄だよ!ありがとね、プカマル」
硬い茶褐色の甲殻を撫でながら、地面に降り立つ。
朽ちた劇場の真ん中に着地したツクシに向かって、三人で歩いて行った。
「へいへい、ツクシ遅いぞ」
「ん。もしかしてぼく、四番目?うわぁ、なんてこったい」
「あっはは、年少組は登場が派手だねぇ。ジムリーダーとしては、見習うべきなのかどうなのか」
「見習っちゃだめだと思うんですけど……」
これで四人、揃った。
あとはシュリー博士を見つけて、アイン博士を取り戻すだけである。
キメポーズの練習してた私はやっぱり正しかったと思いながら、ミカンは胸を撫で下ろした。
ざわざわと、何かが蠢くような音がする。
見ると、プカマルのビームが打ち抜いていった壁の周辺で、黒い蔦が動いているようだった。
崩れた壁を補強しているようであった。だんだんと塞がっていく穴の先を見ると、光が見えた。
「……そんじゃあ、行きますか」
行く先を阻もうとする蔦を踏みつけて、四人は壁の先に足を踏み入れて行った。
読了ありがとうございます。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでくれると嬉しいです。