【悲報】知らない間に幼馴染がジムリーダーになっていた件について【まさかの裏切り】 作:海と鐘と
「ちょっと待ってください。エンテイは関係ない?どういうことです、シュリー博士?」
真顔になって質問するマツバさん。
エンテイを追って他の仕事を放り出してきたんだ、と気恥ずかしそうに話していたマツバさんである。
それが、始めの話し合いから関係がない、となったら、この反応も当然のことだった。
「ああ、まずは、今回の事件の顛末と、それに関わるアンノーンの能力について話した方がいいだろうな」
そう言って、シュリー博士は話し始めた。
◆
事件の顛末と言っても、これは私自身がその目で見たわけではない。
巻き込まれた人たちに話を聞いて、それを統合した結果だ。私はその時、これまた妙なことに巻き込まれていたようだから、その時のことは分からないんだ。
始まりは、アルフの遺跡だった。
遺跡の調査を委託していたチームから、新しい石室と石板が見つかったと連絡があったんだ。
私はすぐに現場に行き、調査を始めた。
この辺に、その場所の写真があったはずなんだが……。ああ、これだ。
小さい石室だった。幅も奥行きもそんなに大きくはない場所だったが、壁一面に、アンノーン文字が彫られていたんだ。今もまだ解読中だが、どうやら、その時代の生活や文化について記述されているらしい。
私は、その石室の奥で、一際大きく刻まれた文字を見つけた。
その場で解読したその言葉は、こうだ。
『わたしたち、一族、言葉、ここに刻む』
私達、というのが誰を指しているのかは現在調査中だが、はっきりしているのは、彼らがアンノーン文字を日常的に使っていたということ。そして恐らく、その時代に、アンノーンは人の前に姿を現していたのだろうということだ。つまり、その時代の人間は、アンノーンについて詳しく知っていたんじゃないかと考えている。それを示唆するような文面も、いくつか見つかっているんだ。
石室の中を調べている最中に、小さい正方形の板が床に落ちているのを見つけた。
その板の表面には、たった一文字の、アンノーン文字が彫られていた。
板を拾った瞬間、妙なことに、後ろから視線を感じたんだ。
一緒に来ていた研究員がこっちを見ているのかとも思って振り向いたが、彼は一心不乱に壁の写真を撮っていて、こっちを見ていた様子はなかった。
そして見つけたんだ。
小さな箱を。
今もそこにある……そう。その箱だ。
中を開いてみれば分かると思うが、箱の中には私が見つけたのと同じような、アンノーン文字が刻まれた板が大量に入っていた。まるでジグソーパズルのピースのように。まるで、置き忘れたおもちゃ箱のように。
何枚かを手に取った時、文字が光ったような気がした。
驚いて立ち上がった瞬間、そう、信じられないかもしれないが。
手に取ったピースと同じ文字の形をしたアンノーンが、私の周囲を取り巻いたんだ。
そして、連れ去られたのだと思う。
目を見開いたとき、そこは既に、石室ではなくなっていた。
立っていた地面さえ無くなっていた。
その空間には、数えきれないほどのアンノーンがいて、歌っていた。踊っているようでもあった。
そして、その後から、助け出されるまでの間、記憶が途切れている。
……ああ、いや、そんなに驚いて板を投げ出さなくても大丈夫だよ、ミカンちゃん。
その後何度か弄っているが、一枚や二枚じゃ全く反応はない。
このあとは、私の体験ではなく、聞いた話だが。
私が消えた後、私の家、つまりここまで、研究員のジョンがこの箱を持ってきた。
私が消えたことの、手掛かりになると思ったらしい。
そして、その日の夜。
私の娘、ミーというんだが、彼女がピースで遊んでいたらしい。
寂しかったのだろう。いかにもおもちゃ箱といった見た目の箱に、こんな板切れが入っているのを見たら、あのくらいの年の子ならだれでも触ってしまうものだろう?
娘?ああ、五歳だよ。
君たちの、丁度半分の歳になるのか。可愛い盛りでね。それにあの子はとても賢くて……。
ああ、すまない。話を続けよう。
丁度、妻が病気で入院している時だった。寂しい中で私まで消えてしまったあの子は、強く強く、両親を求めたのだろうね。
どうも、その強い気持ちがアンノーン達に強力に作用したらしい。
ここにいらしていたオーキド博士も、同じような見解を持っていた。
◆
「オーキド博士がここに来てたって!?ツクシ、なぜ俺をすぐに呼ばなかったんだっ!?」
「ぼくが着いた時にはもういなかったんだよっ!ぼくだって会いたかったよ!」
「あ、あの、今はお話を聞きましょう……?」
◆
……いいかな?
話を続けると、だ。
アンノーンは、人の精神を敏感に読み取る力があるらしい。現物で実験したわけではないのでまだ仮説の段階だが、ほぼほぼ、間違いはないだろう。
しかも、それだけではない。
アンノーンが複数体集まった時、彼らの力は反響し、共鳴し、増幅する。
そして、人の思いを形にする能力を得るんだ。
それはあたかも、文字によって世界に形を与えた神話の神のように、文字の姿をした彼らが集まり、そう、まるで文章のように並びを変え、ぐるぐると回りだすとき、その文章の通りに世界が改変される。
……と、考えられている。
アンノーン達が集まって回転しているところを見たという少年たちはいるんだが、彼らにそれを読み取る技術はなかったし、映像も取っていなかったらしい。それどころではない危険の中にいたとか。
アンノーン達が暴走していたらしい。
つまり、形にする元の精神を持つ人がいなくなった後も、世界を改変し続けようと動き続けていた、ということだ。あるいは暴走ではなく、アンノーン達が動き出すためのトリガーが、人間の強い意志なのだ、という説も立ててみたのだが、どちらも実証することは出来なさそうだ。
そこで、護衛チームである君たちを呼んだんだ。
今から、あの時の現象を再現する実験を行う。
何が出てくるか分からない。
私の娘の時は、エンテイが出てきたが、それは、前日に読み聞かせていたおとぎ話の本が原因だろう。エンテイが出てくる話だったんだ。
エンテイが関係ない、と言ったのはそれが理由だ。
すべては、アンノーン達が改変した世界の中のことであり、あの結晶の塔も、結晶に覆われたグリーンフィールドも、そしてエンテイすらも、アンノーン達の創造物だったということなのだ。
アンノーン達に反応する人の精神によって、出来る世界も出てくるものも変わるというのは当然考えられることだろうし、何が出てくるか分からない以上、ある程度以上の力を持ったポケモンと、そのトレーナーが居てくれた方が安心できる、というわけで、君たちに護衛を頼んだ次第だ。
◆
「……質問なんですけど、その、シュリー博士の娘さんである、ミーちゃん?彼女がアンノーン達に作用したというその時、具体的に彼女は、何をしたんですか?」
聞いてみた。
アンノーン達が実際に動いた以上、その時と同じ状況を作り出せれば再現できるはずなのだ。
「ああ、この石板を、並び替えて遊んでいたらしい。石板の文字が光ったその時の並びも教えてくれたよ」
そういって、誇らしそうな顔をした。
取り出したのは、厚紙を石板のピースと同じ形に切って、それぞれに同じだけの文字を当てた偽物のピース。
シュリー博士は、紙で出来たそれを並び替えていった。
丁度、こんな並びである。
-----M
--P A P A
-----M E
-----A
「……ああ、パパ、ママ、ミー、だね。シュリー博士の娘さん、五歳でしたっけ?アンノーン文字、理解しているようですね。すごいな……」
ツクシが感心したように言った。
「……へぇ。これだけの、たった八文字の石板で、あんな規模の現象を引き起こせるのか。村一つ飲み込むデカさの災害じみた現象を。ってことは、より強い意志を持った人間が、正確にアンノーン文字を理解して、正しい文脈で石板を並べたら、どうなっちまうんでしょうね……?」
シュリー博士を見ると、引き締まった表情で頷いた。
「君の言うとおり、私もそれを危惧している。もし、アンノーンを操る技術が完成してしまった場合、そして、それを邪な目的で使おうとする人間がいた場合、恐ろしいことになるだろう」
「でもですよ!?」
シュリー博士の言葉を遮って身を乗り出したのは、アイン博士だった。
丸い眼鏡の奥の瞳が輝いていた。勢いよく跳ねた瞬間、マツバさんが、おお、揺れた……、と感嘆の声を上げた。あんた一体何を見てるんだ。
「もし完全にアンノーンを操ることが出来れば、例えば、医療!目が見えない人、耳が聞こえない人、体が不自由な人、植物状態の人……。考えつくありとあらゆる症状が、アンノーンの力で治すことが出来るかもしれません!他にも、そうですね、一瞬で建物を建てたり、災害から身を守ったり、森や湖を再生したり!あるいは……」
「……死者の、蘇生なんてことも……」
「……できちゃうかもしれないんですよ!?それって、すごいことだと思いませんか!?うわぁ、なんだかテンションが上がってきましたよ!?携帯獣事象力学を専攻してきて、これほどまでに心躍ることはなかったってくらいにやる気が出てきました!先生!はやく実験の準備、はじめましょー!」
はじめましょー!と言って部屋を出て行ってしまった。
歩きながら考え事をしているのか、ぶつぶつと呟くような声も聞こえてきたが、やがて小さくなって聞こえなくなった。
その場にいた全員が顔を見合わせる。
ミカンさんが、困ったように笑いながら言った。
「えぇっと……。あはは、随分と、個性的な方ですね……?」
やっぱり学者は変人だらけだと思った。
◇
目下のところの最大の問題は、アンノーン達が人の精神に反応して世界を作り出す現象の、再現性。
次いで、再現したものの維持、残留、ということだった。
つまり、そもそもアンノーンを使った世界の改変現象を任意に発動させるための条件も分かっていないうえに、一度だけ発動したミーちゃんの時も、生み出された結晶やエンテイはアンノーン達の活動が停止するやいなや、幻のように消えてしまい、その場には何も残らなかった。
まだまだ始まったばかりの研究なので、まずはこの二つの問題を軸に考えていくということらしい。
今は、実験を始める前の準備期間だということだった。
事象を記録するためのカメラやレコーダー、そして何が起こっているのかを解明するための機材一式。
それらをかき集めてきて、動作確認をしているところだった。
今日の昼には準備が整う見込みだということで、それまでは護衛チームは自由時間のようなものだった。
マツバさんは、本物のエンテイに会うという目的が果たせなくなったので、やけになったようにスノードン邸にある伝説のポケモンに関する文献を漁っていた。
ミカンさんは、グリーンフィールドを散策したいとのことだった。
俺はどうするかな、と思っていた時、シュリー博士に声をかけられた。
「クヌギ君、これは護衛としての君にではなく、10歳児としての君にお願いなんだが」
「客観的に見て一般的な10歳児とは言い難いと思うんですけど、俺は」
「外見はちゃんと子供だから問題ない。私の娘、ミ―なんだがね。ちょっと構ってやってくれないか」
「……えぇ……?」
「研究続きでなかなかミーと接する時間がとれなくてね。塞ぎ込んでいやしないかと心配なんだ。頼んだよ」
「……えぇー……」
言うだけ言ってきびきびと歩いて行ってしまった。
ある程度の強引さがあった方がチームリーダーとしては優秀なのだろうが、ここでその資質を発揮しなくてもいいんじゃないかな。
だって、子守りだよ?俺に向いているわけがない!
「ミーちゃん、どんな子なんでしょうね?気になるなぁ。そうだ、良かったら、ミーちゃんも連れて一緒にお散歩に行きませんか?」
と、ミカンさんが誘ってくれたので、俺一人で子守りをしなくてもよさそうだった。
いざとなったらミカンさんに全部お任せしてしまえばいいや、と気楽に構えていたわけである。
巨大なスノードン邸の、二階に上がった。
長すぎる階段を上りきって突き当りの部屋がミーちゃんの部屋のようだった。
中に入って、小さい女の子と目があった。
あぁ、だめだこりゃあ、と。
好き勝手に遊ばせてもらっているクソガキ的な視点で思った。
なまじ他の子より賢い上に優しくて素直で聞き分けがいいから、大人の迷惑にならないように立ち回って、寂しさや悲しさを押し込んでいるような、そんな女の子なんだろうな、と。
俺たちが入って行った途端、沈んだ表情を笑顔に作り変えた彼女を見て思った。
そして決意したのである。
シュリー博士には悪いが、この子を聞き分けが悪くてわがままで自分勝手で。
自分のやりたいことが出来るようなクソガキに変えてやろうと。
なにせ、俺やツクシに匹敵しそうなほどの知性、才能の塊。
自分勝手に生きなきゃ、俺たちは死んでしまうんだぜ、ミーちゃん?
「あなたがミーちゃん?わぁ、可愛い!私、ミカンって言います。お父さんのお仕事の、お手伝いさんをやってます」
「……ミカン?ジムリーダーの、ミカンさん?」
「知ってるの?そうそう!アサギジムのジムリーダーをやってます」
「そっちのお兄ちゃんは?」
ミーちゃんが聞いてきた。
幼い顔に向けて、印象に残るように、記憶に焼きつくように。
好き勝手に生きれば、もっと世の中楽しくなるんだと教えてやるように。
あくどい笑顔を向けて言った。
「初めまして、ミーちゃん。俺のことは、そうだな。魔法使いさんとでも呼んでくれ」
「……魔法使いさん?」
「そう、ミーちゃんのお願いを何でも叶える魔法使いさんだ。出血大サービス、今ならどんなお願いでも叶えてあげよう!」
「……私の、お願い?」
「うわっ、クヌギ君、悪そうな顔してるっ!私でもわかりますよ!なんか無茶やらかす気ですねっ!」
「どうも、悪そうなことを企んでるクヌギです。ミカンさん、共犯ですからね?裏切っちゃ嫌ですよ?」
「ううっ……。一人でお散歩行けばよかったよぅ……」
ミーちゃんのそばに歩いて行って、彼女を抱き上げる。
ミカンさんを指差して、耳元で囁いた。
「ほーらミーちゃん、分かる?人の言うことをほいほい聞いてると、ミカンさんみたいに貧乏くじ引くことになっちゃうんだよ?」
「聞こえてますよクヌギ君っ!?やめてください、
「……あははは、くすぐったいよ、魔法使いさん」
耳元で喋ったのがこそばゆかったのか、けたけたと笑うミーちゃん。
驚くことに、初対面の男にここまでされて笑うという大きな器を持っていた。
この子……出来る……!
このまま移動しようとも思ったが、さすがに重かったので、抱っこからおんぶに切り替えた。小さい子特有の甘いにおいや、高い体温が感じられる。
歩いていく中でミーちゃんに聞いてみる。
「さぁミーちゃん、なんでも言ってくれ。なんでも叶えてやろう。お父さんに構ってほしいか?お母さんに会いたいか?ジムリーダーになりたいか?エンテイをゲットしたいか?なんでも叶えてやる」
「……なんでも?」
「なぁんでも」
なんでも、とか言っておいて本当にエンテイが欲しいとか言われたらアウトだったんだが、予想通り、ミーちゃんは別のことを欲した。
「……えっとね、じゃあね、アイスが食べたいな、魔法使いさん?」
「……オーケーオーケー。アイスね。叶えてやろうじゃんか」
「……クヌギ君、アイスとか持って来てましたっけ?」
「こんなくそデカい屋敷なんですから、キッチンに行けばアイスくらい常備されてるでしょう」
「……やっぱりそういう感じ……」
一階のキッチンには予想通り期待通り、大きなパックのアイスクリームがあった。
器によそって、三人で食べる。
「ちゃっかり自分も食べる辺りクヌギ君ですよね」
「そんなこと言って、ミカンさんもなんだかんだで食べてるじゃないですか。あーあ、これで完全に共犯ですね。言い逃れは出来ないっすよ?」
「……?おいしーよね、魔法使いさん?」
「おいしいねー。自分の気持ちも認められないミカンさんには分からないおいしさなのかなー」
「……っ!おいしいですよっ!おいしいです!食べ物に関しては一家言あるんですからっ!なめないでくださいっ!」
「次は、何したい?」
「……えっと、次は……」
さっき話し合いをした本棚のたくさんある部屋に来ていた。
折よくマツバさんが本を集めておいてくれたので、利用させてもらおう。
「えぇっと、彼は何をしてるのかな、ミカンちゃん」
「ドミノ倒しですね。世界記録に挑戦、だそうです」
「スノードン邸の貴重な書籍で!?しかも、僕が後で読もうと思って置いておいた文献、全部使ってるし!」
「いいよー、ミーちゃん押してー」
「はーい!」
「待って待って、待っつぁあおおおい!まじでやりやがりましたよ!?」
「マツバさん、諦めてください……」
「目が死んでるよミカンちゃん……」
「次は、何したい?」
「……えっと、次は……」
パパがお仕事をしているところがみたい、と。
小さな声で言った。
にやっと笑って見せた。
「お安い御用だ」
まず用意するのは、天才の幼馴染一人。
「……準備中なんだけどなぁ……」
「迷惑はかけんから、ほれほれ、動く動く」
「わぁ、おっきい段ボール!」
次に、ドジな学者。
「あ、あれ……?私、ここに、こんな大きな段ボール置いたっけ……?」
「あ、あははは、何言ってるんですか、アイン博士。さっきご自分で置いていたじゃないですか。でも、邪魔ならぼくがどかしておきますよ」
「あ、ありがとう、ツクシちゃん」
「…………」
暗い段ボールの中、覗き穴からシュリー博士を見つめる小さい瞳。
ミーちゃんは真剣な表情で、働く博士を見ていた。
普段ミーちゃんに見せる顔とは全く違うだろう。鬼気迫る、という言葉が似合うような働きぶりである。
そんな父親を、ずっと目で追っていた。
「さぁ、そろそろ時間だし、最後は俺のお願いを聞いてくれ」
「……魔法使いさんのお願い……?」
フライゴンにまたがって、一緒に空を飛んだ。
子供二人分の体重など軽々と持ち上げるフライゴンである。
ゆっくりと空を飛んでグリーンフィールドの上空にいると、普通に地面を歩いているのとは全く違う、格別の光景を見ることが出来る。
下には、視界いっぱいの花畑である。
キャンパスに思いっきり絵具をぶちまけて、奇跡的に美しい絵が出来上がったような、そんな絶景だった。
色とりどりの花が美しく咲き誇る全体像を、一目で見ることが出来る。
はしゃいでいるミーちゃんに話しかけた。
「どう?楽しいか?」
「うん!こんなの、初めて!すっごくすっごくすっごいよ!」
「そっかそっか。そりゃあ、良かった。でもな、ミーちゃん。よく聞けよ?」
「……うん?なぁに?」
この小さな女の子に、少しでも多くを伝えられるように。
こんな短い時間のなかで、それでも心に残るように。
話しかける。
「今日は、楽しかっただろ?いろいろやって、いろいろ遊んだ。だけどそれは、ミーちゃんがやりたいと思ったからやれたことなんだ」
「わたしが……?」
「部屋にこもって、一人で遊んでいても、こんなことはやれなかったはずだ。わがまま言って、やりたいことやって、自分勝手に動かなければ、こんな景色も見られないんだ」
「……見られない」
「好きにやろーぜ!自分勝手に生きようぜ!ミーちゃんには、それをやるだけの頭も、能力も、きっとあるはずなんだからさ」
「……でもね」
フライゴンの上をゆっくり振り向いて、ミーちゃんは言うのだ。
「わたしがいい子にしてると、パパは、いい子だね、て頭を撫でてくれるんだよ。いい子にしてると、夜、本を読んでくれて、エンテイになって、背中に乗っけてくれるんだよ。それが無くなっちゃうのは、いやだよ……」
そう言って俯く。
いい子にしていないと、父親に嫌われると思って、嘆くのだ。
やはりまだ五歳。分かってないなぁと首を振った。
「ミーちゃん。お父さんに頭撫でてもらうのも、本を読んでもらうのも、エンテイになってもらうのも、ミーちゃんのやりたいことなんだ。でも、アイス食べるのも、本でドミノやるのも、お父さんの仕事場覗くのも、おんなじようにやりたいことだ。そうだろ?」
「……うん」
「ならさ、全部やればいいんだよ!」
「……全部」
「やりたいこと全部出来るように頑張るんだ!そんなことは無理だって言う人は、たぶんいるだろう。選ばなきゃいけない。なにかを捨てなきゃいけない。そうしなきゃ、何も出来なくなるんだと、そういう人もいるだろう。でも、そういう人には、こう言ってやればいいんだよ」
伝わるように、心を込めて。
「『お前の尺度で、俺を測るな』ってさ」
「……やりたいこと、全部……」
そうすれば、きっと、もっと楽しくなるはずなんだ。
小さい子が自分のやりたいこともやれないような状況など、どう考えてもおかしいじゃないか。
そんな間違ってる状況なんて、ぶち壊してやればいい。
もしも、この短い間の、短い短いふれあいの中の、薄っぺらい俺の言葉でも。
ちょっとでもミーちゃんが自分勝手になれたなら。
それはとてもいいことのはずだった。
◇
シュリー博士が言った。
「準備が整った。昼食後、実験を開始する」
読了ありがとうございます。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでくれると嬉しいです。