【悲報】知らない間に幼馴染がジムリーダーになっていた件について【まさかの裏切り】   作:海と鐘と

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第十話

 この世とあの世をつなぐ時があるという。

 

 黄昏、逢魔ヶ時なんてのは有名だし、夜明け、払暁とか暁闇とか呼ばれる時間にだって不思議なものに遭遇する。

 昼と夜が混ざり合って、時間が曖昧になった時は、此岸が彼岸とつながるのだと、昔から言うのである。

 

 そういう時は、向こう側の住人がこっちに出てきたり、あるいは逆に、こっちにいた人間が向こう側に姿を消してしまうというようなことがあったとか、なかったとか。

 

 それだけではない。

 

 丑三つ時というのもある。

 黄昏時と払暁の間の時間。

 草木も眠る丑三つ時には、幽世の住人が目を覚ますのである。

 

 

「……だから、いいかツクシ。今は丑三つ時に近いから、より本格的に向こうの住人と会う可能性が高いんだ。やばいだろ?帰りたくなってきただろ?我慢しなくていいんだ、さぁ帰ろう、すぐ帰ろう」

 

「君、怖がりのくせにそういうの調べるからもっと怖くなるんじゃないの?」

 

「ばかおめー、今そこにある脅威を克服するには情報が必要だろうが。必然調べるだろうが」

 

「変なとこで真面目なんだからなぁ……」

 

 

 何とも言えない顔で見てくるツクシである。

 このロリショタは一体何を言っているのか。

 ポケモンバトルでも、相手を知って、自分のできることを把握して、戦闘を構築していくではないか。

 つまり、戦うためには情報があった方が明確に有利なのである。

 ジムリーダーになって手加減したポケモンで戦うようになってから、そんなことは忘れてしまったとでも言うつもりなのだろうか。

 

 

「……そーたろー、お化けとか幽霊とか、信じてないんだよね?」

 

「信じてない。見たこともないし、今後その予定もない。ツクシ、知ってるか?二十歳までそういうもんに関わらなかったら、その後の人生において、やつらと接触する確率が激減するらしいぞ。だから信じてない」

 

「……なにが、だから(・・・)?思いっきり信じてるじゃない……」

 

 

 重い足を引き摺り引き摺り、ツクシについて行った。

 

 周りにははしゃいで走っていく子供や、彼らを微笑ましそうに眺めながら後を追いかける大人たちがいた。

 大人たちの中には、大きな荷物を持っている人がいた。

 おそらくは、森の中で子供たちを驚かす役兼迷わないように見守る役を遂行するための、お化けツールだろう。

 

 大きい荷物を持っている大人を記憶しておく。

 森で会ったときに誰か分かっていれば、ビビらずに済むからである。

 

 正体が分かっていれば、怖くない。問題なのは、偽物の中に混じって出てくるマジモンである。

 

 おどろおどろしい雰囲気を作り出して人を驚かせようというのである。出て来やすい環境をわざわざ作ってやるのだから出てこない方がおかしい。

 

 

 集合場所は、ウバメの森へのゲートの中だった。

 街中のほとんどの子供たちが集まってきているためか、結構な人数がいた。ぎゅうぎゅう詰めである。

 

 大勢の子供が祭りの後で、興奮したまま狭い場所に入れられるのだから、ざわざわという騒音がすごかった。

 一人一人は大した声量を出していなくても、重なり合えばものすごい大きな音になるのである。

 

 スクールの知り合いに手をあげて挨拶しながら、空いたスペースに転がり込む。

 

 

「……うそだろ、まじかよ」

 

「……?どしたの?」

 

「こいつら全員、肝試し大会参加するの?なんなの?ヒワダタウンの子供は皆心臓に毛が生えてるの?」

 

「君くらい強心臓な子もいないと思うけど……。君の心臓は毛皮被って常に吠えまくってるくらいに思ってたけど、こういうの(肝試し)の時は丸裸になるみたいだね」

 

「誰の心臓が毛皮被ったヤドンみたいだって?いや、そんなことはどうでもいいんだけど……」

 

「それにほら、度胸試しだけが目的じゃないみたいだよ」

 

 

 ツクシが指差した方を見る。

 

 周りでは、一緒にウバメの森で肝試しをしようと男の子が女の子を誘っていたり、女の子が男の子を誘っていたりした。ほんわかする光景だが、この後の恐怖体験を想像すると喜劇にしか見えない。

 

 

「……あれが何だって?」

 

「だから、肝試しの目的。よく言うじゃない、吊り橋効果、って。一緒に怖い体験をすると仲良しになるんだって。気になる子と仲良しになるために参加するって人もいっぱいいるんじゃない?」

 

「……色ボケは恐怖を凌駕するのか。なんてこったい。幽霊さんも、自分がこんな風に使われるって知ったら何とも言えない感じになるんじゃなかろうか」

 

「えー?そうかなぁ。ほら、緊張しながらも勇気を出して誘ってるところを見ると、なんだか微笑ましい気分にならない?」

 

「ビビッて怖がるのが女の子ならいいけどな。男がビビってたら幻滅されんだろうが。ああ、価値観が固定された悲しきこの世の定めだ」

 

「あっはは!普段強気な人が怖がってたらなんだか可愛いよ。この人にも怖いものがあるんだなぁって。苦手なものが何もない完璧な人より、ちょっとした弱点がある方が人として魅力が出るものだし」

 

「そういうのをギャップ萌えって言うんだろ?人の弱点をあげつらうようで俺はあんまり好きじゃないね。出来るもんなら長所を好きになってもらいたいもんだ」

 

「長所も好きだよ?」

 

「ん?まぁ、そりゃあ長所は普通に好きだろうが……」

 

「でも、短所も好きでもいいじゃない」

 

「……いや、別にお前の好悪に口を出す気はないけども」

 

 

 にこにこしながら見てくるので、よっぽど人の弱点を探すのが好きなんだなぁと思いながら、ツクシの若干の腹黒さに少し心配になった。

 

 

 そんなことを話しているうちに肝試し大会の準備が整ったようで、だんだんと子供たちが列を作って並び始めた。ウバメの森側のゲートに吸い込まれるように、数人ずつが森に足を踏み入れていく。

 

 恐怖心をあおるためか、ご丁寧にもゲートが飾り付けられている。

 

 黒い枠の門である。木の枠におぼろげに彫られた人間の輪郭をした何かや、恐怖の表情を浮かべた何かが実に雰囲気を出している。

 扉の前には石碑のようなものが置いてあり、最前列はそこで止まるようになっていた。

 石碑には、おどろおどろしいタッチで赤い文字が書かれている。

 

『この門をくぐるもの、一切の希望を捨てよ』

 

 参加者は、石碑の前でじっくりとこの文字を見せつけられてから、自分の手で門を開いて、真っ暗な森の中に進んでいくのである。

 

 

「……地獄の門かよ」

 

 

 ヒワダタウンに、こんな才能の持ち主がいたのか。

 明らかに、急ごしらえの間に合わせとは格が違った。

 先生、いったいどれだけこのイベントにやる気を出していたのだろうか。力の入れどころが間違っているような気がしてならなかった。

 

 

「お、ツクシ君久しぶり。クヌギ君はちょっとぶり。君たちは二人で一組かな?」

 

 

 列を進むと、先生に声をかけられた。

 質問に頷くと、小さな懐中電灯を一つだけ渡された。

 スイッチを入れると、か細い光が出る。

 

 

「……え?これ一個だけっすか?もっとこう、ごつい軍用懐中電灯とか、いっそのこと松明とか」

 

「明かりが少ない方が、怖いだろ?」

 

「こんなちゃちいのじゃ、殴りかかれないじゃないっすか」

 

「何と戦おうとしてるんだ君は……」

 

「ソウタロウ、肝試し怖いみたいで、お昼からいつもより三割増しで変なんです」

 

「……え?怖い?クヌギ君が?」

 

「いや、怖くないっすよ。ただ、自分の身は自分で守るのが基本っすよね?」

 

「どこの戦場にいるんだ君は」

 

 

 先生が半笑いしながらこっちを見てくる。

 ちくしょう、鬼の首を獲ったようににやにやしやがって。

 

 ちょっとの間話していると、いつの間にか列の先頭になっていた。

 前の組が森に入ってから5分経過。俺たちの番である。

 

 

「よしツクシ、俺が懐中電灯持ってるから、お前が門を開く係りな」

 

「よしきた!」

 

 

 役割決めてからノータイムで門に手をかざすツクシである。こいつのこのくそ度胸は一体どこから来るのだろうか、実に不思議だった。

 

 ぎいっ、と音を立てて門が開いた。目の前には真っ暗い森が口を開けていた。

 行くしかない、とツクシの後に続いて足を踏み出した。

 

 俺が完全に森側に入ると、後ろで門が音を立てて閉まっていく。恐らく先生が閉めているのだろう。

 

 懐中電灯の明かりはか細い。ほとんど意味をなさないような明かりでも、真っ暗な森の中では随分頼りになるように見えた。

 

 

「おーい、そーたろー!行くよー!」

 

 

 既に10m程先を進んでいるツクシである。ため息を吐いて歩き始めた。

 

 後ろで完全に門が閉まる音が聞こえた。

 その瞬間。

 

 

 ぽんぽん、と軽く肩を叩かれた。

 

 

 後ろを振り返っても、閉まった門しかなかった。誰もいなかった。

 くすくす、と、笑うような声がどこかから聞こえた。

 

 

「……ちくしょー、のっけからかよ」

 

 

 小さく呟いた。

 恐らく、どこかに大人が隠れていて、ビビってる子供を最初から脅かしておく作戦だと思われた。

 それでも怖かったので、小走りでツクシの元まで走っていった。

 

 

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだかなぁ。慣れてるからなのか、あんまり肝試しって感じがしないねぇ」

 

 

 歩きながらツクシが言った。歩き慣れた自分の庭、といったような様子で、リラックスしたように後ろ手に両手の指を組んでいた。

 対する俺は、ツクシの後ろを歩きながら懐中電灯を前に向けていた。木々の間にできた道をしっかり確認しておかないと、いつの間にか迷い込んでいた、なんてことになりかねなかった。

 

 先生の話では、ポイントポイントで、順路、と書かれた立札があるとのことだったが、まだ一度も見ていなかった。恐怖を煽るために必要最小限にしているようだった。

 

 

「そーたろーだって、夜のウバメの森を通るのは一度や二度じゃないでしょ?なんだか、拍子抜けって感じがしない?そんなに怖がるような仕掛けも、全然ないしさぁ」

 

「仕掛けがないって、おま、俺が全部引っかかってるからだろうが!」

 

「えー?じゃあ、そーたろー、前歩く?」

 

「遠慮します!」

 

 

 後ろを歩いている人を狙い撃つものばかりなのだろうか。

 さっきから、肩をぽんぽん、と叩かれて、振り向くと誰もいない。小さな笑い声が聞こえる。

 そんな仕掛けばかりなのである。

 

 歩いてから10分くらいは経っただろうか、都合5回も仕掛けに引っかかっている俺である。

 さすがの俺も三回目くらいから慣れてきて、肩を叩かれても振り返らなくなった。

 後ろからつまらなそうな、不満げな声が聞こえてくる。いい気味だった。人を驚かせるなんてあくどいことをしてるからそうなるのである。

 

 それにしても、後ろから聞こえる声がまるで幼い子供の声のようで驚きである。

 街の大人の中でも、声が幼い女性が担当しているのだろうか。そんな人いただろうか。

 

 首を傾げながらも、暗い森の中を行く。

 ツクシの言うとおり、夜のウバメの森自体は何度も歩いている。勝手知ったる広い庭のようなものだ。

 祠への道順も分かるし、暗い中迷わないための方法も知っている。

 

 ただ、肝試しというこのイベント、この環境が怖いのだ。……怖いって言っちゃったよ。

 

 

「……あっ!そーたろー、タマタマがいるよ!」

 

「あん?どこ?木の上?……あぁ、見えた」

 

「タマタマが急に目の前に降ってきたら、ちょっとホラーだよね」

 

「あー、丸い体に目ぇついてるしな。生首がまとまって落ちてきた、みたいな感じ?」

 

「そうそう!こんど森に来たとき、そーたろーにやってみよっかなー」

 

「ネタバレしてる仕掛けに俺が怖がるとでも……?それに、普段の森は別に怖くない」

 

 

 だんだんと怖さが薄れてきて、普通に夜のウバメの森を散歩している気分になってきた俺である。

 ツクシはどうも最初からそんな気分だったようで、暗い森の木々に暮らしているポケモンを見つける遊びをし始めた。

 

 キャタピー、ビードル、トランセル、コクーン。バタフリー、クヌギダマ、へラクロス。

 

 ツクシの場合、ただポケモンを探そうとするだけじゃなく、彼らの生態を考えて、この時間帯何をしているかを想像し、そしてポケモンたちが居そうな場所を重点的に探すのである。面白いように次々と見つかった。

 

 

「……おー、いい角のへラクロスだ!モンスターボール持って来れば良かったなー」

 

「まー、肝試し中だしなー。また今度捕まえに来れば?」

 

「うん、そうだね。また今度一緒に虫取りに行こう」

 

 

 もはや肝試しなんてそっちのけでポケモンを探すことに専念しているツクシである。

 俺もなんだか余裕が出てきて、こんなもんか、と思い始めた時。

 

 

 ぽんぽん、と、肩を叩かれた。

 

 

 またかい、と思った。どうにもワンパターンで、面白みに欠けるとすら思う。スタート地点、あれだけ気合を入れて作っていた先生が、道中の仕掛けをこんなつまらないものにするだろうか。ゲート前と森の中とで担当が違うのかもしれない。

 ふぅ、とため息を吐いて、振り返らずにそのまま歩き出そうとした。

 

 

 

 ばぁっ!と、上から何かが落ちてきた。

 

 

 

「うおぁああっ!?」

 

「……っ!?なにっ!?どしたの!?」

 

 

 思わず驚きの声が出ていた。

 目の前を通って地面に落ちたもの。おそるおそる見てみると、連なった丸い生首のようなもの。

 

 タマタマだった。

 

 どこかから、くすくす、と笑い声がした。

 

 

「……なーんだ。タマタマじゃない。大きい声出すからびっくりしたよ」

 

「……なぁ、なんかおかしいぞ、ツクシ」

 

「タマタマが目の前に落ちてくるホラー!さっき言った通りだね!ネタバレしてる仕掛けには驚かないんじゃなかったの?」

 

「いいから聞けって!さっきからどうもワンパターンな仕掛けばかりで、つまらないと思ってた瞬間に、その前に言ってた怖い仕掛けが出てくるんだぞ。変じゃないか?」

 

「……えぇ?でも、偶然じゃないの?これくらい、誰だって思いつくよ」

 

「後ろから肩をぽんぽん叩いてくる仕掛けばかりだったのに、急にそんな仕掛けになるか?俺たちがさっき話していたばかりの仕掛けに?それに、入口であれだけ気合を入れた門を作ってた先生が主催だろ?あの人は、最初だけ形を整えておけばいい、なんていう適当なことは、たとえ遊びだとしてもやらない人だろ?あの人が作った肝試し会場なら、今頃俺が阿鼻叫喚の渦に巻き込まれてても不思議じゃない。けど、全然そんなことはない」

 

「……でも、だってそれは、仕掛けをやる人と担当が違ったんだよ、きっと」

 

「一番変なのは、もう何分も歩いているのに、一向に順路の立札が無いことだ。慣れてない奴なら迷っててもおかしくないくらいには、もう森の深部だぞ。あの先生が、万一にも子供が森に迷い込むような形にするか?」

 

「…………」

 

 

 くすくす、と笑い声がする。子供のような笑い声が。

 

 

「……くそ、うるせぇな」

 

「……え?な、なにが?」

 

「笑い声だよ。スタート地点で肩を叩かれてからずっと誰かがついてきてるんだ」

 

「……笑い声?」

 

「おう、結構大きな声だろ?子供みたいな高い声……」

 

 

 周りを見渡しても誰もいない。

 ツクシを見ると、引き攣ったような笑い方をしていた。

 

 

「……え?い、いやだなぁ、そーたろー。やめてよ、そういうこと言うの……」

 

「……は?そういうことって……?」

 

「そりゃあ、ぼくだってつまらないなぁと思ってたよ?肝試し大会で、なんにも仕掛けがないんだもん。もうほとんど、ただ君と散歩しているような感じになってて、こんなもんかぁ、と思ってたけど……」

 

「……いや、だから、お前が引っかかってないだけで、仕掛けはあったぞ?肩を叩かれて、振り向くと誰もいなくて、笑い声がする、って……」

 

「……笑い声なんて、聞こえなかったよ……?」

 

 

 え、と思った。

 ツクシを見ると、青ざめた表情で俺を見ていた。

 嘘ではないようだった。

 

 こいつには、子供のような笑い声は、聞こえていないらしかった。

 

 

「……え、だって、こんなにはっきり……」

 

「……一度も、聞こえなかった、よ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『きゃは『きゃははは『きゃはははは!『きゃはははははは!!『きゃははははははは!『きゃはははは『きゃはははははは『きゃはははははははは!きゃははははははは『きゃはははははははは!『きゃはは『きゃはははは『きゃははははは『きゃはははははははは!!『きゃははははははは『きゃははは『きゃははははははは『きゃはははは『きゃははははははは『きゃははははははははは!『きゃははははははは『きゃはは!『きゃははははははははははははは!!』『きゃははははは!『きゃははははははははは!きゃは『きゃははははは『きゃははははは『きゃはははは!』

 

 

 

 

 

 

 

 森が爆発した。

 そう錯覚するような、笑い声の渦だった。 

 

 甲高い子供の声である。

 何人も、何人も、何人もいるように聞こえるようで、その実たった一人しかいないようにも聞こえる、不思議な笑い声だった。

 不思議な爆音だった。

 

 

 あまりのことに呆けていると、ツクシが急に抱き着いてきた。

 反射的に受け止める。

 ツクシの体は震えていた。

 

 

「……き、聞こえた。笑い声……」

 

「……だろ?あるだろ、笑い声……」

 

「……君、ずっと、こんな、狂ったような笑い声を……?」

 

「……いや、今急にこんな笑い方になった……」

 

 

 笑い声は続く。

 声の渦の中に閉じ込められるような錯覚を覚える。

 腕の中のツクシの震えが大きくなった。

 

 

「……よし、戻ろう」

 

「……え……?」

 

「明らかになんかヤバいことに巻き込まれてる気がする。来た道を戻ってゲートに向かおう。リタイアだ、こんなもん」

 

「……う、うん、そうだね……」

 

 

 ツクシは青ざめた顔で頷いた。

 大きな丸い目はうるうると濡れていた。

 俺もこんな顔になっているのかな、と思った。

 

 振り返って、来た道を戻って歩く。

 相変わらず、振り返っても誰もいない。ただ真っ暗な森が広がっているだけだった。

 頼りになるのは、か細い懐中電灯の明かりだけ。

 

 笑い声は続く。

 

 ツクシと腕を組みながら歩いた。

 ツクシは、少しでも笑い声を耳から押し出そうとしているかのように、両手で耳をふさいでいた。

 

 

 歩いていると、懐中電灯の光がとぎれとぎれになって、弱まっていった。

 もともと小さい電池式の懐中電灯で、しかもスクールの備品である。電池が無くなるのも当たり前だということで、替えの新品の電池を渡されていた。

 

 電池を代えようと、ポケットから新品を取り出した。

 一旦光を消して、ツクシに抱きしめられた腕を抜いて、交換しようとした。

 

 

「……ちょ、ちょ、なんで手ぇ放すのっ!?」

 

 

 手探りで電池交換をしようとしたときに、ぐいっと手を引っ張られて抱きしめられた。

 その拍子に、電池も懐中電灯も、手をすっぽ抜けて真っ暗闇の森の中に飛んで行ってしまった。

 

 

「……お、お前、ツクシ、急に引っ張るなよ!」

 

「……だって怖いもん!手つないでてよ……!」

 

 

 ぎゅう、と手を握りしめながら、涙声で呟いた。

 可愛かった。ギャップ萌えである。

 

 

「……あー、もう!行こう!」

 

 

 闇の中を懐中電灯を探して彷徨うのも怖かったので、木々が開けて夜空がかすかにでも見えるところを選んで歩いた。

 

 笑い声は続く。

 

 どれだけ歩いただろうか。恐怖で時間間隔が狂っていて、分からなかった。

 一時間くらいかもしれないし、五分くらいかもしれなかった。

 

 とにかく歩き続けていると、ふっ、と開けた場所に出た。

 見覚えがあった。

 それもそのはずで、目の前にあったのは、ウバメの森の奥にあるはずの、古びた祠である。

 

 

「……おいおい、うそだろ……」

 

 

 来た道を戻っていたはずだった。

 なのになぜ、目の前に祠がある?

 これでは方向があべこべだ。

 

 

「……あれ、そーたろー、変だよ……」

 

 

 ツクシが言った。

 祠を指差している。

 何が変なのか、最初は分からなかったが、はっと気付いた。

 

 肝試しの中間地点の祠には、ここまで来たという印のために、スタンプが置かれているはずだった。

 しかし、なにもなかった。

 

 あるはずのものがない。

 

 恐る恐る、祠に近づいて確認する。

 やはりない。

 

 祠に触った瞬間、ずっと続いていた笑い声がやんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 足音が聞こえた。

 二人分。

 音の感覚が広い。

 足幅が広い。

 大人の足音だった。

 

 

 二人。

 暗い中でも、なぜかはっきりとその姿が見えた。

 しかし、顔はうすぼんやりと暗くて分からなかった。

 

 

 一人は背の低い、男だか女だか分からないような中性的な服装をしていた。

 もう一人は背が高い、白いズボンにシャツとジャケット。男だった。

 

 

 男が言った。

 

 

「ハッ!ばかなガキだねぇ。普段ポケモンに頼るってことをしないからこんなことになる。てめぇの能力だけで全部終わらせようとするクソガキの限界だな」

 

 

 中性的な方が言った。

 

 

「あっははは!すっごいブーメランだね!それにしても、そっかぁ、そうだよね。思い出したよ。この時怖かったけど、君が隣にいて安心してた覚えがあるよ」

 

 

 男の方が近づいてきて、何かを投げ渡してきた。紅い、燃えたぎるマグマのような色をした玉だった。

 そのまま、頭をぐわっと掴んで、がしがしと乱暴に撫でられた。

 

 

「いいか、クソガキ。そいつを後生大事に抱えとけ。絶対なくすな。壊すな。盗られるな。いつか必ず必要になる。それが世界を救うんだ、ぐらいの気持ちで扱えよ」

 

 

 中性的な方がツクシに近づいて、両肩に手を置いた。

 そのまま、何かを手渡した。蒼い、深い海のような色をした玉だった。

 

 

「怖かったよね。分かるよ。かなりやり過ぎだよねぇ、神様も。悪戯好きなんだからなぁ、もう。それはそれとして、君も、これを持っているんだ。なくさないでよ?」

 

 

 渡し終わると、どちらもすっと立ち上がって、背を向けて歩き出した。

 

 

「じゃあな。お前らのこの先はいろいろ前途多難だが、才覚生かして生き残れよ。自分でダメなら人に頼れ。それが正しい人間の生き方ってもんだろ?」

 

「ばいばい。大変なことはいっぱいあるけど、楽しいことも、嬉しいことも、この先いっぱいあるんだよ。君たちの行く先は、綺麗に素敵に輝いてるよ」

 

 

 元から顔は見えなかった。

 彼らが歩いていくうちに、体全体も、顔と同じようにうすぼんやりと消えていった。

 

 彼らについていくようにして、薄緑色の小さな妖精が飛んでいくのが見えた。

 

 

 子供みたいに、くすくすと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

 

 

 ふと気が付くと、そこは祠の前だった。

 隣にはツクシがいて、不思議そうな顔で辺りを見渡していた。

 祠の方を見ると、前に机が置いてあって、スタンプを押せるようになっていた。

 ツクシと顔を見合わせた。

 お互いに、両手には綺麗な玉を持っていた。

 

 夢見心地で、手の甲にスタンプを押した。

 

 

 




檻@102768様、トウセツ様、誤字報告ありがとうございました。

読了ありがとうございます。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでくれると嬉しいです。

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