ゴリョウショウクダサイ。
魔王は、違和感を覚えていた。
それは現実の生活に影響を及ぼすものではない。そして、真昼間には一切現れる事も無く、夜間にしか現れない奇妙な特性を持った魔物。それ以上でもそれ以下でもない、奇妙且つ、凶悪な魔物。
何故か、自分の体内にそいつが居る気がするのだ。もう、正しくは夢魔と言った方が正しいのかもしれない。自分の精神が狂っているのだろうか。いやそんなこともどうでもいい。とりあえず、誰か我を助けてくれ。
◆
「………ブルブルッ。」
「大丈夫なのか魔王?」
最近、悪寒がする。どうやら数日前から風邪を患っていたらしい。フウマはつきっきりで看病をしてくれて、嬉しいことこの上ない。
そういえば、風邪って英語でなんて言うんだろう…。うーん、ウィンド…サターン…?まあいいか。
フウマは我の寝ている布団の横にあるお盆から袋を取り出し、銀紙から何かを取り出して我にこう言う。
「ほら、薬のめ。」
「やだ。」
「ならば実力行使!」
「や、やめろー!!」
最近新たに知ったことは、薬はクソ不味いという事。お陰で、我は薬が大っ嫌いになった。薬が不味いのは何でだろう。体調の管理を怠った戒めなのだろうか?どう考えても、薬を甘くすることは出来る筈。敢えて不味くさせるのは薬を作ったところの故意にしか思えない。
フウマに無理矢理口を開けられ薬を飲まされ水を飲む。薬の不味さに吐き気がしたが、何とか耐えて水も飲み干し、耐える。
「…うー。やっぱり薬の味には全く慣れないなぁ…。」
「背も子供、性格も子供だけじゃなく、味覚も子供なんだな。」
「…ゲホッゴホッ!子供子供と言うと、父から天罰が下るぞ…。」
魔王と言う生き物は、人間とは種族が違うからなのか吸血鬼の様にとんでもなく長寿。短い人でも最低1000年は生きられる。それに対し人間は、平均でも精々85歳までしか生きられないらしい。短命なこった。
……ということは、我は後60余年でフウマとお別れを告げなければならないのか…?いや、あまり想像はしないでおこう。
「じゃあ、俺は会社に行っているから、お前はゆっくり休んでろ。そうだ、テレビつけるか?」
「……いや、この前テレビつけっぱだと電気代がかさむって…。」
「いいんだよこの際。ま、傍にリモコン置いとくから眠くなった時は消せよ?」
「…分かった。」
フウマはドアを閉めて会社を出る。我はリモコンに手を伸ばし、右上の赤いボタン…もとい、電源ボタンを押す。そして、見たい番組を探し、チャンネルボタンをピッピッと切り替える。
さすがに朝なので、見たい番組は子供向けの教育番組とかニュースしか入ってなかった。子供向けの教育番組を見る。つまらん。ニュースを見る。飽きた。じゃあ、今この時間を潰す方法は?寝る。おやすみなさい。
◆
ガチャッ…
「…?」
寝ていたら、不意にドアの鍵が開けられる音が鳴った。その音はあまり大きくはないのだが、偶然我の眠りが浅い時に開けられたので、目が覚めてしまった。時間を確認してみるが、まだ3時ごろ。こんな時間にフウマが帰ってくるはずがない。いったい何が…。
「お帰りフウマ…ゴホッ。こんな早い時間に…何があった?」
「ん?まあね。ちょっと生活費の出費を抑える方法を思いついたからさ。」
「ほう?それはどんな方法なんだ?言ってみろ。」
「まあそう焦らずに。ちょっと待てって。」
フウマは着ているスーツを脱いでそこらへんに投げ捨て、そして台所へと向かった。
「手洗いはいいのか?」
「そんなもん面倒臭い。とりあえず先にその方法をやらせろ。」
「…お、おう。」
フウマは台所で何かを探しているのか、ガチャガチャとした音を鳴らせる。そして何かを取り出し台所から出てきた。手に持っていたのは、包丁。
この時点で、何か嫌な予感がした。
「……その包丁で何をするんだ?」
「生活費の出費を抑える方法は、至って単純。お前を殺せばいい。」
「…は!?」
不運ながらも、予想が的中した。
「何でこんな事に気付かなかったんだろうな。最近マジで出費がきついから、毎晩毎晩出費を抑える方法を考えてたわけだが…これが一番簡単で、手っ取り早い。」
「ま、待て!?正気になれフウマ!!分かったよ!我がこの家から出ればいいんだろう?それでもいいんだろう!?」
「ははは、何を言ってやがる。お前のやろうとしていることは、すべてお見通しさ。その後、警察にでも通報するに決まっている。」
フウマはいつもとは全く違う邪悪な笑みを浮かべて風邪をひいて動けない我にじりじりと近づいていく。
「やっ、やめ…!!警察に通報はしないから!お願いだから我を見逃してくれ、頼む!!」
「"しない"ってことは、しようとはしたんだな。はい、この時点でお前は処刑決定。刑罰は、斬首となります。」
「やっ…!!」
我は布団から起き上がって逃げようとしたが、足首をフウマの足に潰され、動けなくされた。足の痛みで悶えている我の首を掴んで、包丁を首元にゆっくり刺しこむ。もっとも、逃げたとしても風邪で体力が消耗されている今、直ぐ捕まっただろう。
「いっ…嫌だ!!死にたくない!!死にたくない!!」
「その三、常に俺に感謝する事ッ!!!」
「いやあああああああああああああああああああああ!!!!」
◆
…また、目が覚めた。だが今度は、フウマが隣で寝ている。
「ひッ!?」
一瞬頭の中が真っ白になったが、直ぐに状況を把握し、ここまでのあらすじを思い出そうと試みる。
確か、我はあの時悪夢を見た。あの何処か分からない場所でフウマに無理矢理降ろされ、力尽きるあの夢だ。もうあんな夢は見たくない。吐き気がする。更に起きた後、現実のフウマまでも疑ってしまい…。
えーと…その後フウマはあんなことする人じゃないという確信と共にちらと疑ったことによる罪悪感…いや、背徳感?みたいなのが溢れ、結果的にそのやり場のない感情を涙という形で放出して…。
その後は、フウマのベッドと一緒に寝たんだったな…。これ以上、あんな夢を見ない様にって…。
「……うぅぅ…。」
さっきのは夢だと安堵した瞬間、さっきの酔いによる頭痛よりもさらに激しい頭痛が襲い掛かってくる。まるで、何かを訴えかけてきているかのように。
さっき見た悪夢と言い、今見た悪夢と言い、どれもフウマが我を殺すか見捨てる悪夢しかない…。別にトラウマとか悪いイメージなどは一切持っていないのに、何故かフウマが全部酷い性格へと化している…。一体、どういう事なんだ。
………決めつけるにはまだ早い。次、フウマがまた我を殺そうとしたら………。
◆
目が覚めた。どうやら朝みたいだ。太陽の光が差し込んで眩しい。
まず確認するべき事。ここは、我がさっき寝てた場所かどうかだ。起き上がって周囲を確認してみたが、どうやらフウマの部屋のようだ。
「……。」
どうやらフウマは先に起きてリビングにいるようなので、階段を下りてそちらへと向かう。リビングにはフウマの姿はない。先に台所に行って朝ごはんを作っていたようだ。
「お、魔王、起きたか?」
「…うん。」
「どうした?やけに元気が無いぞ?」
「いや、何でもない…。ちょっと眠いだけだ…。」
本当は嘘なのだが。もしこれが現実だった場合、フウマは絶対に我を殺そうとはしない。その筈…。
「昨日、あんな悪夢を見ちゃったから疲れてるのか?」
「…ん、まあな…。二度とあんな夢は見たくないし、実はあの後も一回悪夢を見たんだ…。」
「んなっ、それはどんな夢なんだ!?」
ここまで我に気を遣うってことは、このフウマは現実のフウマだろう。いや、そうであってほしい。
「…簡潔に言うと、お前が生活費の出費を抑えるために我を殺そうとしている夢だ…。」
「……!?嘘…だろ…?」
そりゃあ、信じられないのも当然だ。これは我の勝手な妄想に過ぎないが、フウマにとって我の存在は自分の子供のようなものに変化しつつあると思う。その人が自分が惨いことをする夢を何回も見るっていうのだから、まあ常識的に考えてショックを受けるのも当然だろう。
「…う、ううう……。」
「……そう落ち込むなって…。」
フウマは頭を両手で抱え、その場にうずくまる。よほどショックだったのだろう。
「…………ちょっと、トイレ行ってくる。」
「分かった。」
フウマは力ないフラフラとした足取りでトイレへと向かう。
…。
……。
………。
…………。
……………。
遅い。
かれこれ5分待ったが、まだ出てこない。
全く、大便でも捻り出しているのだろか?だとしても、そこまで時間はかからないと思うのになぁ…。
ちょっと、ノックでもして様子を見るか。
トントントン
ノックをしてみたが、返事が無い。ただのトイレのようだ。―――いやそう言う事ではない。フウマは今トイレの中に居る筈なのだ。なのにノックをして一つも返事が無いのはおかしい。
……こうなったら仕方ない。失礼千万だが、トイレの中を覗かせていただこう。
ガチャリ
「…!?」
そこには、フウマが縄で首を―――。