我が家に先日から棲み着いている、魔王(♀)。彼女がここに住んでゆくために、あることをさせなければと思った。
「魔王。」
「何だ。」
「就職しろ。」
「は?」
多分、それは魔王にとっても聞きなれない言葉だったとは思う。だが、言葉の意味は知っている筈だ。
魔王は体を少し震わせながら、
「…わ、我に働けと…?」
と言った。正直言ってこいつに働かせるとヤバいことになるのは予想つくが…。
「このままでは俺らの家計が火の車になってしまう事は火を見るよりも明らかだ。そこでだ。お前は場所問わないからどこかで働いてくれ。」
…ただでさえ俺一人でも出費がきついのに、そこにもう一人付け足してしまったら確実に貧乏暮らしになってしまう。だから、ここに居る以上働かねばならんのだ。
「…分かった。善処しよう。…だが、我はこの世界の事をよく知らん。何か、おすすめの職業は有ったりしないのか?」
「…まあ、な…。ちょっと考えさせてくれ。」
まあ、一番困るところだよな…。彼女は普通のタイプじゃないから、就職できるところは大分限られてくると思う。
「…最初はアルバイトから始めれば大分無理もないと思うが…。」
接客業をやらせたところを予想してみる。
「いらっしゃいニンゲン共。とりあえず席に座って飯食って帰れ。」
とか言いそうで即リストラ確定。これは…駄目だな。いや、練習させれば大丈夫か?だが、アイツは人間の事が嫌いっぽいからなー…。もしクレームが来ようものならアイツがどんな反応をするか、想像もしたくない。
「…お前、接客業とか大丈夫か?」
まあ、さっきのは飽く迄妄想だ。もしかしたらちゃんと仕事もこなしてくれるんじゃないだろうか?
「へ?いや、無理無理。何故に魔王である我が人間の支配下に置かれなければ駄目なのだ。」
…無理だなこりゃあ。さっきの予想がほぼ100パー当たりそうで今の予想は無理だ。
「…じゃあ、自分では何が出来ると思うんだ?」
「…えー?まずこの世界にどんな職業があるか分からんし。」
「いや、もしかしたらお前が生きてる頃にあった職業が今もあるかもしれないぞ?」
「じゃあ拷問師とかあるのか?」
「怖っ!!お前の時代怖っ!!」
…考えてみれば無理もないか。昔は今の人達みたいに人権を尊重せず、イメージだけで魔王とかを倒しちゃうような人たちなんだもんな。今も死刑執行人とかいるけど、死刑囚には最後にやりたいことをやらせてくれるから、アイツらはまだ良い方だ。拷問師って…。
「…んー、他には、殺し屋とか当たり前のように居た記憶が…。」
「お前の時代残酷すぎるだろ!?なんかさ、もうちょっと平和的な職業は無かった訳!?」
「…えー?そうだなあ…。まあ唯一平和だったのは、旅人だな…。」
「…!?」
唯一平和なので旅人…。世紀末だ。世紀末の極みだ。接客業とかその時代にはなかったのかよ!?
あと、こんな感じじゃあ現在に馴染めるのは気が遠くなるほどの時間がかかりそうだ…。
「…分かった。俺がお前に会う職業見つけてくるから。ついでに会社にも行く。」
「カイシャ?それも仕事か?」
「まあな。お前には多分無理な職業だろうよ…。」
俺はそう吐き捨てて、家から出て行った。
◆
「よぉ…。」
「お、おう。レン。」
会社の入り口でネガティブ先生に出会ってしまった。レンとかいう名前なのに、この性格ではどうも不釣り合いだな。こいつは名前で相手を判断するなという教訓の鑑のような人間だな。
「今日はどんな仕事をくれるのか…ちゃんと働かなきゃいけないな…。」
「そ、そうだな。まあでも、俺は昨晩最後の一人になるまで働いたし今日の分の仕事は少なめに抑えてくれるといいんだけどな…。上司にもきっと心があるって…。」
「そうだな…。ちゃんと働いてくれるのをいいことにお前に大量に仕事を出さなければいいんだけどな…。」
……魔王のことか。
一方その頃、家に一人残されたヘルはというと…。
「…何をすればいい…。」
あのフウマの馬鹿め~…。まともなこと何も教えずに私が何が仕掛けてあるかわからないこの家でどうやって過ごせばいいのか、一言も教えてくれなかったじゃないか~~…。
とりあえず、現代になったとはいえ殺人や犯罪などは相変わらず存在しているだろう。この家に何か罠が無いかどうか、調べる必要があるな。改造は禁止と言われているから、位置だけ覚えておくだけで取らないでおこう。
「……無いのか?」
家中探してみたが、特にトラップっぽいのは何もなかった。カップラーメンの容器といい、目覚めた時に手足をヘビで縛られていたといい、現在になってもトラップってあるもんなんだな。偶然、この家には常に設置されている物はなかったという解釈で正しいだろう。
…ん?何だこの薄く長い棒は。なんかいっぱいボタンがついてあるぞ…?試しに、一番右上にある赤いボタンを押してみるか。
ポチッ
「……。」
何も起こらないじゃないか。この家が何か動いたりするものではないのか?
と、そんなことを考えていた時、横から声が聞こえてきた。
「どーもー!!ミヤネ屋でーす。」
「…?」
その声のした方へ向いてみると、そこには薄長ーい長方形の物体の表面から人間が映し出されていたのだ。
我は驚いた。この薄長い物体にどうやって人間が入り込んでいるのか。表面を触って確認しようとしたが、人間に触れることは出来なかった。
…観賞用のモノか?ちょっと暫く見てみよう…。
「さて、最近は"就職難"がより一層目立ち始めています。『働きたいのに働けない』『面接に落ちてしまった』などのツイートや発言が最近になって急増しており、諦めて無職になる若者も急増―—―」
「無駄な足掻きを…どうせみんな死ぬっていうのに…。」
「―――そして、就職難について一部の小規模な街では町中の人々が一部暴徒と化し、デモを実行しています―—―」
その画面っぽいのに映し出された光景は、数人かの人々が"我々に就職権を与えろ"と大きく書かれていた看板を掲げ進行している光景だった。
「…成程、皆生きる為に必死になっているんだな…。」
「―――続いてのニュースです。」
今まで壺の中で暮らしていた時、次々と人の手に渡り、次々と捨てられては拾われて、捨てられては拾われて…の繰り返しだった。理由は、それは災厄の壺と言われ続けてきたから。
別に人間に対しては何もしようと思っていなかったし、何もしなかった。なのに、災厄の壺。今まではその理由が解せなかったが、今理解できた。皆、命を存続させることに必死なのだ。それが例え、フウマであれ。そして、我であれも。普段どれだけの功績を成し遂げても、死んでは全部水の泡。皆、そんな感じにならないように気をつけているのだ。
人間が過去にあのような事をしたのは生涯恨むつもりだが、それのせいでやってない人間までも攻撃しないように、気をつけなければいけないな…。
……眠い。少し眠るか…。
◆
「ただいまー……。おい魔王、居るのかー?」
予想通り、今日かいつもより仕事が少なめに済み、早めに帰ってこれた。一時間も。お陰で、今日は少し気分がいい。
「…魔王?」
「…。」
「あ、何だ、寝てるのか。…ん?テレビつけっぱだ。電気代がかさむ…。」
魔王、リモコンの電源ボタンでも付けたのかな?それで見ている途中に眠くなってしまったのか…。まあ、ありがちなことだな。
「……ん?ぁ、フウマ。」
「目が覚めたか、魔王。ソファで寝ちゃってたりとかすると、体悪くするぞ。」
「…分かってるっつの。所で、少し話したいことがあるんだが…。」
「何だ?就職先の話か?」
「いや、違くてだな…。」
魔王は、ニンゲンは普段何をしているのか、という事を聞いてきた。俺は答えに少し悩んだが…。
「呼吸をしていr「いや、これは真剣な話なんだが…。」俺だって何をしているか分からないよ?」
そう答えたら、魔王は顔をしかめた。
「は?何でだ?」
「だって、人間が全員同じ生き方をしているとは限らないし…。人それぞれの生き方をしているからなあ…。だから、答えることは出来ないな。」
…魔王は相槌をする素振りを見せたが、そのまままたテレビを見始めた。クイズ番組が入っている。たぶん、特に意味はないだろう。
「腹減ってるだろ?弁当買ってきたから食え。」
「何!?ベントーという生物を狩ってきたのか!?それはどんな味なんだ!?」
「狩ったんじゃねえよ!弁当というのを買ってきたんだ。ほら食え。」
俺は帰りの際に買ったビニール袋から某弁当屋さんの弁当を買い、それを魔王に見せた。今回買ってきたのは、牛カルビ弁当。肉には脂がたっぷり乗っており、俺も大好きな奴だ。
「…おお、これは美味しいトラップ容器より美味そうな…。魔王に貢献してくれること、お礼を言うぞ。」
「美味しいトラップ容器って…カップラーメンの事か?」
あと貢献したつもりはない。何故なら、お前がそのままの格好で出ると確実に変な目で見られるので外に出れない→飯食えない→餓死するからだ。もう家にある食料もないしなぁ…。
「頂きます。はむ、ん…。」
クソッ、何だコイツは。生意気なことに肉を口に入れるたび子供みたいな声を出しやがる。背丈も十分小柄だが、まさか動作までそうなってしまうとは思わなかった…。やべえ、萌える。
「うまっ!!カップラーメンよりおいしいじゃん!!すっご、箸が止まらないッ…!」
「喜んでくれて何よりだ。それニンゲンが作った奴だし、安いけどな。」
「……ム…。まーだ我が人間を憎んでると申すか?」
「違うのか?」
「今はもう思っとらん。昔の人間憎んで今の人間憎まずだ。」
「…成長したな、お前も…。ブッ!?」
オーノー。調子に乗って頭撫でようとしたら左手で強いアッパー喰らっちゃったよ。かなり顎がヒリヒリする。凄い痛い。これが魔王の力か。
「我をからかうでない!!しもべの分際で…。」
「…でもさー。アレだよ?お前って子供みたいだからつい…。」
「子供じゃない!!我はもう500歳だ!!」
「…ロ、ロリババaゲボアアァッ!?」
…マジで、腹部にパンチはアカンって…。というか今一瞬物凄い禍々しい視線が見えたんだけど…。コワイヨォ…。
「力が戻ったら末代まで呪ってやろうか?」
「勘弁して…くれ…。」
「分かればよろしい。今度から下賤な発言は自重しろ、良いな?」
「…分かった…。」
…今夜は完全に魔王の勝利だな…。俺の事を敵じゃないと分かった瞬間こんな感じになるんだろうか…。もし暴力でも振るわれたら逆に襲われるかもしれないと思っていて…とか…。
「我はもう寝る。オイ、貴様のベッドで寝かせろ。」
「……。」
「オイ!魔王に対して無視は最低の行為だぞ!?…まあいい。寝させてもらうからな。」
…舐められてるなあ、俺…。まあアイツの中で勝手に主従関係が成立しちゃってるから仕方がないか…。だが、俺も男だ。魔王に負けられないって所、見せてやるか。
「オイ魔王!競争しようじゃないか!」
「…は?」
「ここから、ベッドに向かう。先に着いた方が、そのベッドで寝ることが出来る。どうだ?」
「バカバカしい。お前はソファにでも寝てろ。」
「よーい、スタート!!」
腹立つこと言われてるが、そんなの気にしないし、する必要が無い。
二回へ向かう階段の途中にいた魔王はリビングから走り出した俺にとってハンデだったが、俺はそれでも勝てる自信がある。何故なら…。
「…フン、どうせ我が勝t―――」
ブンッッ!!
「!?」
普通の人間ならまず一瞬しか見えないだろう。俺にはある能力がある。一瞬だけ走るのが劇的に早くなるのだ。ただし、10メートルで効果は切れる。だが、廊下を走り階段を登り部屋に着くまで10メートルは余裕で足りる。だから、相手がもしウサイン・ボルトでも俺はこの距離は一瞬で到着するのだ。
「…き、きーさーまー…。」
「どうだ?俺の勝ちだぞ?なんか文句あるか?」
俺は自慢げな顔でまだ階段を上る途中だった魔王に向かっておちょくるようなニュアンスで話しかける。
「文句しかないわ!!神速を使うとは、卑怯極まりないぞ!!」
「あーごめんな?お前がその位置に居ると確実に俺勝てないんだわ。だから、ちょっと使わせてもらった。ゴメンネ☆」
「…なまいきだ…まるで勇者みたいだ…。」
まあ、気持ちいいベッドで寝れることには代えられないのでね。それに、後から入ってきたお前に俺のベッドで寝かせるかってんだ。
「さあ、魔王なら潔く負けを認めろ。お前はソファで寝るんだ、いいな?」
「…くっ!!」
魔王は屈辱的な目でこちらを見た。そりゃあな。昔は魔法で人間を一掃していた奴が、いまは力を封じられてそのうえしもべと思っている俺に負けたんだからな。認めたくないというのも事実だ。
魔王はその屈辱の表情を一切変えず、廊下を渋々と降りて行った。
「…次は、絶対勝つからな。フウマ。」
「オッケー。また神速使わせてもらうわ。」
俺はベッドに入って深ーい眠りに落ちた。この状態でこれを言うのも我ながら気が引けるが今日はなんだか気分がいい!!