「…ほう、ここが貴様の家か…。随分とみずぼらしいな。」
「…チッ、居候の分際でよくそんなこと言えるな。」
俺は今日から、コイツと一緒に過ごさなければいけないのだろうか?暫くならいいが、ずっとなら俺は絶対に嫌だ。俺は一人で過ごしたい。人間と一緒に過ごしてもただ五月蝿いだけなんだ。
「我が腹が減っている。飯出せ、飯。」
「それくらい自分で出せよ。」
「…無理だ。しもべに散々飯を準備させてもらったせいで、自分では世界を滅ぼすぐらいしかできんのだ。」
「…ハァァ…。現代にはそんな人でも簡単に準備できる飯があるっつーの。ホラ、適当にお湯を準備して注げ。」
そう言って俺が投げ渡したのはカップラーメン。栄養価には問題があるが、お湯を注ぐだけで用意できるこれでも十分美味い。
だが、魔王はその蓋を開けてみたが、その中に入っているものをそのまま食べようとした。
「おい!?」
俺は慌てて奪い、もう一度、ちゃんと説明する。
「…え、いやだって、これ……そのまま食うもんじゃないのか?」
「違えよ。というか今さっき言ったばっかりだろ。これは、お湯を注いで食べる奴なんだ。」
「…な、それはまことか?お湯を注ぐだけで食べられるようになる食料など、数百年前には存在しなかったぞ…。」
「そりゃそうだ。ほら、お湯注いでやったから蓋閉じて三分待てよ。」
俺はお湯を注いで容器が熱くなっているカップラーメンを取り、魔王に容器の部分を持たせるように渡す。容器に触れた魔王は一瞬驚いて火傷しそうになっていたが、直ぐに俺をにらみつけた。あとさっき一瞬素に戻ってた。
「…何だ、このトラップは…。」
「え?俺仕掛けたつもりなんかないよ?ほら食いな食いな。」
「…こんの~~、魔王をおちょくってからに~~…。覚えとれよ!!」
魔王に恨まれる分際はない。今のは確実に自業自得だ。というかコイツ魔王の形も無いとか言われていたけど、実際そうなんじゃないかって思う。
…三分後。
「おお、これは久々に美味しそうな飯にありつけたわい。いただきm―――うあちっ!!」
馬鹿なのかこいつは。何でカップラーメンのつゆから飲もうとしてるの?食べ方わかってないの?俺は一から説明しなきゃいけないの?
「おい!!何か食えるようになるもんだせ!!」
「そんなん自分で探せよ…。ホラ、箸だ。」
「…え?」
俺はそう言って、再び台所に向かい箸を投げて渡す。だが、それは魔王にとって二本の棒にしか見えなくてだな…。
「…からかうな!!オイ貴様!!フォークとか無いのか!?」
「カップラーメンはそれで食べるのが暗黙の了解なんだよ。」
「なっ…この棒二本でか!?我の時代にはそんなの無かったぞ!?」
「時代の変化だろうよ。」
…まあ誰だって最初は、箸を使って飯を食うのは難しいよな。
「ほうほう、こうやって持つのか…。我の知らないことをよく知っているな。少し見直したぞ。」
「まず現代においてお前の知識じゃ多分知らないことだらけだ。あと、俺寝るから。お前も適当に寝床作って寝とけ。」
「は!?ちょ、ちょっと待て…!寝床はないのか!?」
「この家、一人暮らし用だし、俺は一人が好きなんだ。ベッドももちろん一人用。」
「…そのベッドに寝かせろ!!」
クソ…鬱陶しい…。そうだ、寝る代わりにコイツを遠回しにいじってあげるか。それでも十分楽しいし、何より俺はサディストタイプなんでね。
「んー、じゃあ…。カップラーメン食い切れたらいいよ。」
「魔王に条件を掲示するでない!!さっさと寝かせろ!!」
「アレ?腹減ってるんじゃないの?」
「そんなんどうでもいい!!我は眠いんだ!!」
「カップラーメン食い切れたらいいよ。」
「…くっ!!食いきれたら二度とこんな命令しないと誓うか!?」
「三分間で食い切れたらいいよ。」
「なっ!?無理だろそんなん!!」
普通、ハンバーガーでも食べるのに5分はかかる。それで熱々のカップラーメンと来たら、それは普通の人間では無理に近いだろう。
だが、これを理由にされて諦める俺ではない。
「あれれー?まさかあの魔王がカップラーメンを3分で食えないのか?情けない情けない。」
「…!!じゃ、じゃあ、お前は食えるのかよ!!」
「だって俺普通の人間だもん。3分で食えるわけないじゃん。」
「…クソッ、我は魔王だ!我でもカップラーメンが食えるってところ見せてやる!!」
「はい、よーいスタート。」
「…フッ、我の高速食い、見るがよい…うあっつ!?」
…こりゃ無理臭がするな。
3分後
「…ハァ…ハァ……。」
「おまっ、まだ半分も食えてないじゃん。もう結構冷めてると思うがな。」
「何だと…?この熱さは洒落にならんぞ、お前食ってみろ。」
カップラーメンをよく知っている人によくそんなこと言えたもんですね。予想通り、結構食いやすい温度になっていたようで、俺はカップラーメンをあっという間に平らげた。
「…な…。」
「結構冷めてるのに食えないとか、もしかして、魔王のくせに猫舌「だーーーっ!!!言うなっ!!」
あ、やっぱり図星か。随分と見掛け倒しな魔王がこの世に居たもんだ。というか、コイツは本当に魔王なんだろうか?
「というわけで、俺寝ます。お前はソファにでも寝てればいいじゃん。床で寝るよりまだ良いぞ?」
「…クソーッ!!この魔王を侮辱しおってー!!いつか仕返ししてやるー!!」
というわけで、俺は寝ました。魔王の事を考えると可哀想にも思えてくるが、大体ああいうのはイジリ甲斐があるってもんだ。…まあ、後にバチが当たると怖いけど。
◆ 次の日
「……。」
目が覚めた。太陽の柔らかな光が、部屋の中に射し込んでいる。これは気持ちのいい目覚めだな。久々に経験した。
…そしてベッドから出ようとして気付く。何故か、アイツが俺のベッドで添い寝していたことに。
「…すー…すー…。」
まだ熟睡しているようだ。というか、コイツ俺のベッドでは寝ない約束だったがな。魔王なのに、約束も守れんのかね。
…よし、ちょっといたずらするか。
…完成。まだ深い眠りに落ちてるのか、全然起きる素振りを見せなかったな。
という訳で、俺は下に降りて朝飯をつくる。ここで一人前とか言うとさすがに可哀想なので、魔王の分も作る。
「ギャーーーーーーーーッ!!助けてーーーーーーーーーーーーッ!!」
お、気付いたみたいだな。何をしたのかというと、魔王の手と足を縄で拘束しておいたのだ。俺は気づかない振りをして、その後の魔王の行動を観察する。
「…う、うわわ…!何だこの…ヘビは!?」
「ぶふっ…。」
しめ縄で縛って正解だった。二つの紐がうねってうねって一つの紐になっているから、多分細いヘビが二匹いると勘違いしたんだろうな。…というか、面白え…。失笑しちゃったじゃないか。
「…ふ、フウマーーーーーーー!!ちょっとーーーーー!?」
「あー、わるーい!!まだ朝飯が出来てないからちょっと待っててーー!」
「ちっがあああああああうう!!このヘビを解いてくれーーー!!」
「は?ヘビなんか居るわけないだろ!?魔王のくせして、幻覚かーー!?」
しらばっくれていると、遂には魔王の叫び声に少し泣き声が混じる。
「幻覚じゃなーーーーい!!おのれーー、フウマ!!お前がやったんだろう!!」
「きこえなーーーーい!」
「嘘つけー!!いいからとりあえず助けろー!!」
「ちょっと待っててな!朝飯の準備をすr「そんなん後でいいからとりあえず来ーーーーい!!!」
「ゼー…ハー…ゼー…ハー…。」
このまま叫ばれて近所迷惑になるのも困るので、仕方なしに解いてあげた。魔王はさっきから叫びまくったことで疲労がたまっていて、床に四つん這いになって呼吸を繰り返している。
「おい、大丈夫か?」
「五月蝿い!!犯人に心配される筋合いはないわ!!」
「おーおー、これが魔王か。俺が心配してるのにそれを払うって、ある意味凄いな。」
「…は?今のは揶揄いの意味を含めてるんじゃないのか?」
「ねえよ。流石に俺もそこまで酷くはないしな。」
「…そ、そうか…。」
単純な奴だな。今まで扱いを悪くされてちょっとでも優しさを見せたら照れてやがる。こいつには悪いが、俺はそういう奴が嫌いだ。
「さっさとリビングに来い。朝飯が冷えるぞ。」
「…む、むぅ…。」
魔王は頬を膨らまして、おずおずとリビングへと向かった。
魔王は箸が持てないので、仕方なくフォークで十分食える奴を用意してやった。常に相手の心を遣ってやらねばならない。二人暮らしになると、そこら辺が面倒になるから嫌いなんだ。
「…これは何だ?」
魔王は、茶色い色の茶碗に入っている汁物を見つめている。味噌汁の事か。
「それは、味噌汁と言ってだな。ミソという調味料を溶かして作った奴だ。結構うまいぞ。」
「そうなのか?じゃあ…あちッ!!」
猫舌だなあこいつ。魔王の面目丸つぶれだわ。
「まさか、お前と戦う事になったら熱々のおでん大根食わせれば一発なんじゃないか?」
「んなわけなかろう。猫舌なだけで倒されるとか、魔王の面汚しだ。」
「じゃあどうやって倒されたんだ?正々堂々と剣でか?それとも魔法か?」
「……。」
「…あ。」
マズい。これは地雷を踏んでしまったかもしれない。封印から放たれたっていう事は、一回倒されたという事でもある。倒されたときの記憶が、彼女―—―もとい、魔王の黒歴史だったのかもしれない。
魔王は真剣な顔でこちらを向いて、こう言った。
「…笑わないと約束するか?」
「…お前が話したくないなら別に話さなくていいけどな。」
「お前にも、我の苦労だけは知ってもらいたいのだ。」
「分かった分かった。聞き流してやるから言えよ。」
魔王は一つ、咳払いをして、こう話した―—―。
◆
…我が魔王としてこの地に君臨していた頃、ニンゲンと我とのせめぎ合いが絶え間なく続いた。ニンゲンは知恵を振り絞って、我を斃そうとしたが、我の魔法の前では人間なんて塵に等しい。
だがある日、ニンゲンは最低の方法で我を斃そうとしたのだ。
「…あーあ。まーた死者が増えてく増えてく。これじゃあ負け戦に等しいな。なぜニンゲンは我に対抗しようと―—―あれ?」
今日も今日とてニンゲンを土に還していた時、あることに気付く。
「…勢力が、増している…?」
明らかに、攻めてくるニンゲンの数が多くなってきているのだ。流石に今までの力では無理なので、我も魔法の威力を増して対抗した。今まではそれほど苦労しなかったが、魔法の威力を増した時は僅かに疲労を感じた。
それから、日に日に人間の勢力が増していることが分かった。どんどん増加してゆく。まるで、我の魔法を糧に繁殖し続けるかのように。増えてくる人間のたいして我も魔法の威力を上げたが、遂に疲れが溜まりに溜まり、魔法が放てなくなった。幸い、人間の勢力も消えた。
「…もう大丈夫、だろ…。」
そう思っていたのだが、フラグというか絶望的な出来事が起こった。
「…!?」
窓の外を見てみれば、また人間が攻めてくる攻めてくる。それは一向に留まることを知らずに。我は体力を使いはたし、何も攻撃することが出来なかった。そこで、あの異様に強い若者が現れたのだ…。
…そして、我は斃された。
◆
「…それは…。」
「どうだ?酷い話だろう?」
「…人間の本能なんじゃないかな…?」
あまりにも今の現代社会とも言えるその話にいつの間にか夢中になっていて、頭の中で様々な記憶が交錯し、唯一出てきた感想がこれだった。
「…!?じゃあ、我…いや、魔王が倒されるのは何とも思わないのか!?」
「ニンゲンは味方には優しくするけど、敵ならどんな外道な方法を使ってでも倒そうとする。そんな生き物だよ。自分も同じ種族なんだが、まことに自分勝手な奴らだな。」
「…そうか…。」
「でも、倒される理由があるからお前は斃されたんだよな?それは別にこの世界の摂理じゃ―—―」
「我は何にもしていないのだ!!」
…え?
その言葉すらも一切口から出なかった。
「…我が倒された理由は、『"魔王"だから』……。」
「…え…?つまり、お前がその後何か悪いことを仕出かすから倒したんじゃないのか?」
「何もする気はなかったよ!?ただただ、住処確保して人間と一緒に暮らしたかっただけなのに!?名前が禍々しいってだけで襲撃を受けるってどういうことなの!?説明してよフウマ!!」
「……!?」
やってしまった…。地雷を踏んでしまったらそれ以上は詮索しない筈だったのに、さらに深くまでその話題にのめり込んでしまった…。魔王は態度が情緒不安定になり、俺の肩を高速で揺さぶってそう叫ぶ。
「ニンゲンは、どうして私を倒しちゃったの!?ねえ、どうして!?」
「知るわけねえっつーの!!」
…ああ、こういうのはもっと嫌いだ。今ここで泣きじゃかれても、俺はどうすればいいのか見当もつかん。なんか一人称まで変わってるし…。
「嘘だ!!同じ種族同じ先祖同じ系統なのに!?分からないの!?」
「知らねーよ!!そんなんその時の代表者にでも聞いて調べて来いよ!!」
「聞けるわけあるかァ!!ねえ、もう私どうすればいいの!?死ねばいいの!?名前が悪いってだけでその後もずーっとずーっと襲われる位なら死んだ方が全然マシじゃないか!?お前もそう思うだろう!?」
「俺は、少なくともそうは思わない!!今のニンゲン共は先入観に動かされて罪のない奴らを無差別に殺すような野蛮な奴らではないからな!?」
「……本当にそうか?」
「…この俺が保証する…。」
…やっと落ち着いた。こいつにはこいつなりの苦労があっただなんて、考えたことも無かった。今度から弄るのは自粛しとこうか…。
「…なあ、朝飯…冷めちゃうんだが。」
「………。」
「お願いだから…離れてくれないか…。」
魔王は、しばらく俺を抱き着いては離してくれなかった。これは…当分一緒に居なきゃいけないようなフラグが建ってしまったな…。