兄妹
―――事の始まりは、今から約30分前。
我とレンは無事恋人同士となり、喫茶店で談笑していた。
「……あ、そーそー。そういえば一つ聞くことがあったんだけど。」
「ん?」
レンから『身長差があってしかも敬語だとこっちも話しかけ辛くなって微妙な仲になっちまうからタメ口で話しかけてもいいよ』と言われたので、今現在レンに対してため口を使用中です。
我はあることを思い出し、質問する。
「フウって女性、いなかった?」
「フウ?あああいつか。いつも会社で弁当くれるやつ。」
「…えーと、どういう関係なの?恋人関係じゃないんだよね?」
「アイツ、フウマの妹だぜ?」
「…!?」
……はぁ!?
いやだってあの時フウマははっきりと赤の他人って……。えー嘘でしょ!?フウマに妹居たの!?我全然知らなかったし、聞いてもいなかったし!?
ちょっと待てよなんでフウマ我に嘘ついてんだよ!?妹の性格に難があるとか、いやよく考えてみればフウマの家族とか見たことないし、いや、それはフウマが一人暮らししているからって言う可能性もあるかもしれないけど…。
でも、一人暮らしといってもそこまで遠くではないだろう。父母には紹介しないにしても、妹ぐらいなら我を紹介してもいいのではないか?よし、とりあえず我に対して嘘をついたフウマをまず平手打ちしてから、交渉に移ろう。
…あ、もう一つ聞いとかなければ。
「弁当貰ってたって…何で?」
「実はアイツはある能力を身に着けていてな。」
「能力?」
「体に不足している栄養素、あるいは過剰に摂取した栄養素、まあつまりは体の健康を、知りたい奴の体を見るだけで見極めることができるんだ。」
……まあ、効果としては違うが、大体フウマが使える神速と似た感じの能力なのだろうか?
なるほど。だから弁当をあげる時に、やけにレンの体調について詳しいなと思ったのか。
「それで栄養不足になりがちな俺に、フウは兄に頼まれて毎日弁当を作るようになったんだ。」
「…え、それってつまり?」
「ああ、パシリだ。」
言い方にも物が寄ると思うが、まあつまりはフウマに頼まれて弁当を作るようになったんだな。ふむ、そこから推測するに、かなりの面倒見がいい人物と言える。…あれ?でも働いていたってことは、フウマとそこまで年が変わらないのか?…まあ、そこらへんは後でフウマに聞くとしよう。
「でもさぁ、アイツ色々と噂が多いんだよなぁ…。」
「え?噂?」
「うん。残業で夜中まで会社にいた奴が、何かしら刃物を持っているフウらしき女性を見かけたとかなんとか。」
「…本人に会ったことがないから説得力ないけど、それはないでしょー。」
「だよな。」
少なくとも、兄に頼まれてそこまで仲良くないような人物に弁当を作る善良な人間に、刃物を持っているというイメージが湧かなかった。
「ま、じゃあちょっとフウマに聞いてみるとしますかね。私はもう帰ろうと思うんだけど、どうする?なんか行きたいところあったら言ってもいいよ。」
「トイザらス行きたい。」
「何故にその場所をチョイスしたんだ…。」
「ごめんごめん冗談冗談ジャスキディン。もう丁度いい時間だし、俺らはもう帰るとしますかね。」
と言って、レンは店員を呼ぶ。
「お会計お願いします。」
カフェオレ二人分の値段だからそんなに高くはないのだけれど、レンはそれでも全部おごってくれた。
…うーむ、こいつ、何というか、ネガティヴさが微塵も感じ取れなくなったな。あ、そうか。自殺する理由が消えたから、心の重荷も消えて、性格が明るくなったのか。納得。
そういえば、途中でキャラの性格が著しく変化したのって、『化物語』に出てくる『戦場ヶ原ひたぎ』しか見たことがないな。あれ、『千石撫子』も変わってたっけ?
まあいいか。
我とレンは喫茶店を出た。
「……というわけなのだが。フウとやらに我を会わせてくれ。」
我はこれまでのいきさつを話し、改めて、お願いをする。
「うーむ。紹介してやってもいいのだがな。あいつ面倒見良いし。…アイツ何かと噂したがる性格だからもしかしたら両親にお前のこと話して面倒事になるかもしれないし、なるべくそれは避けたいから誤魔化しただけだしな。」
「なら交渉成立だな。フウはどこに住んでいるんだ?」
「両親のいる所…ああそうか、魔王知らないか。えーっと、隣の市だな。」
「へえ、隣の市か…。なら、我はそいつと交流を深めようと考えている。どうかフウをこの家に泊まらせ、一晩中我とガールズトークをさせるようネゴシエーターしてくれ。」
「ああ、いいぜ。」
フウマは携帯を取り出し、フウに電話を掛けた。
「…よ、フウ。久しぶりだな。」
「あっ、お兄ちゃーん!久しぶりだね!仕事は順調かな?」
「ああ、まあそれなりには。それで、少し用があるのだが。」
「はにゃ?」
「今夜、俺んちに泊まってくれ。いいもん見せてやる。」
「えー?何々、いい年して妹の体求めてんの?」
「お前の体に興奮する奴がどこにいる?このまな板。」
「むー、違います!私はちゃんとBあります!」
「Bか。微妙だな。Bだけに。」
「そんな寒いダジャレを言うなんて、兄も見ないうちに変わったなぁ…。」
「お前の性格もちょっと辛辣になってきたな。」
……これで辛辣?
何?過去のフウはもっと性格良かったの?それってもはや仏レベルだよね?イエスキリスト位の域に達してるよね?ひょっとしたら水をワインに変えれるんじゃないの?
「ま、じゃあちょっと両親に伝えておくね。ばいばーい!」
「別にこれから会うのにバイバイとか言われてもな…。じゃあな。」
ピッ、と。
フウマは携帯電話を切った。
「物凄く性格のいい奴だったな…。年齢は何歳なんだ、あいつ?」
「えーと、俺が今25歳だから……あいつは22歳だな。」
「へー、昔は結構仲良かったの?」
「まあな。俺とフウが力を合わせれば隕石を砕くことすらできたと思うぜ。」
「そこまで!?」
さすがにその例えは非現実すぎて信じる気はないが、そこまで例えるほどに仲が良い兄妹なんだってことはよく分かった。
そして、そこから30分後、インターフォンが鳴った。
「お、来たみたいだな。」
「フウね……ああ、何か緊張するなー。」
フウマは玄関に向かい、フウを出迎える。
「あれ?なんか内装キレイになったんじゃない?」
「フフフ、そうだ。そうなんだよ。」
「ところでさ、良いものって何?」
「その質問を待っていたんだ!」
フウマはリビングのドアを勢いよく開ける。
「じゃーん!」
「………おー、誰?」
「レイだよ。零。諸事情あって俺の家に居候してるんだ。」
「へえ…。」
「ま、そういうわけでね。実はコイツ、友達とか全然いなくてさ…。だから、お前とレイとで友達関係になって欲しいんだ!何なら、今夜一緒に寝かせてあげるよ?」
「……ふうむ。」
我とフウは目が合った。フウは我のことを舐めまわすように見つめていて、いやもう瞳孔すら開いているのが見えるので少し怖気ついてしまったが、やがて笑顔になって我に抱き着いてきた。
「よろしくーレイちゃーん!!」
……うん。
これは…あの噂は絶対的な確率ででたらめだろう。
我は、そう思っていた。
―――彼女の、《《裏の顔》》を見てしまうまでは。
◆
時刻は一気に飛んで、深夜である。
あれから、我はフウと一緒にゲーム(どうやらPS3なるものがフウマの家にあったらしく、一緒にゲームをした。テレビの液晶画面からコントローラーなるものでキャラクターを好き勝手に動かせたりできて楽しかった。何故フウマはこの娯楽を言わなかったのだ)をした。
「んじゃあ、私達は今から深夜のガールズトークに華を咲かせるとしよう。フウマは残念ながらボーイなので、二階の自分の部屋で好きに私たちの声で自慰でもしていてね!」
「お前さぁ、何時まで俺の事を欲求不満人間だと思い込んでるのかよ?」
「え?欲求不満じゃないの?」
「
「えー?ほんとにー?試しに一回ジッパー降ろしていい?」
「では問題です。今俺のジッパーを下ろすことによって発生する利益を百文字丁度で答えなさい。」
「ジッパーを下ろすことによりフウマの性器の勃起具合を確かめることができる。それによって私の能力によりお兄ちゃんの変態度を確かめることが出来、そこからさらに、今夜私かレイを襲うかの確率を求めることが出来る。」
「惜しい、101文字だ。やり直し。」
「これでいいじゃん!?」
最近、この漫才が回を重ねるたびにつまらなくなっている気がする。というメタ発言は自重しておいて、フウマは自分の部屋へ行き、リビングに我とフウだけ取り残されたのであった。
「でさでさ。」
フウが興味津々げに我に質問をしてくる。
「まず、お互いとっても仲が良くなるように、過去とか話し合ってみたらどうかな?何なら、お兄ちゃんの悪口でも、ふふふw」
最早語尾にwを付けてしまうほどに、フウは不敵な笑みを浮かべていた。wを付けるな。単芝を生やすな。
そしてそのすぐあと、問題が発生した。
お互いの過去とは、フウにどれを話せばいい?正直に正体を誤魔化していることを伝え、本当は魔王だという事を伝えるか、それとも即興で偽の過去を作り上げるか。
―――いや、ここは正直に伝えておく方がいいだろう。もし適当に過去を捜索して矛盾点でも発見されたら後に面倒臭いことになりかねない。
「じゃあ、まずフウからドウゾ。」
「あ、そう?じゃあ話すよ。」
最初に言うとフウの過去が聞けなくなってしまうかもしれないから、先手を促す。
「…そう、私が生まれたのは、1987年の午前11時34分51秒の時であった―――。」
「ちょっと待って、え?そこから話すの?この夜はどんだけ長い夜になるの?」
しかも自分の生まれた時間を秒単位まで記憶してるとは…。凄い無駄な努力だ。
ちなみに我の生まれた年は分からない。しかし、大体1500年ぐらいではないだろうか?
「最低でも3時間はかかるよ。」
「ごめん私その時間には寝るつもりだった。」
「え、そう?」
「まず過去という定義を間違えていたみたいだ。」
「え、うそ?」
「ついでにいうと私は魔王だ。」
「え、そ―――えーーーーーーーー!?」
ついでにで上手く流そうかと思っていたが、失敗した。
どうやら察しのいい女みたいだ。
「え?嘘!?ま、魔王!?ちょっと待って…体の構造が人間と何ら変わらないよ!?」
「え、あの能力か?まあな。究極的に言えば我は人間と同じだから、見分けは付かないだろうな。」
「…えー、と、何で…お兄ちゃんの家に住んでるの?」
「拾われた。」
「え!?あ、あの…この世界に害を及ぼそうとか…してないよね?」
「まさか。」
それだったら、まずフウマに拾われたところで何らかの方法で首を絞め殺している。
「………へえ。でもさ—――」
「…でも、何?」
フウは何か言いかけたところで、口をつぐんだ。
「…いや、何でもない。」
そして、横に首を振った。
……。
うーむ、これは意外にも空気が重くなってしまったようだなあ。それほどに魔王っていう存在は今の人間にとっても忌まわしき存在なのだろうか?だとすればショックだな。ショック死しそうだ。
「あのさぁ。」
フウが口を開いた。
「じゃあ魔王であるレイの過去、聞かせてくれない?」
「ああ、いいよ。」
我は、フウに自分の過去を話した。内容については第2話とほとんど同じなので、そちらを参照してほしい。
「…ふうん。壮絶な過去があったもんだね。」
「でしょ?昔の人間は酷かったもんだよ。我は何もする気なかったのに。」
「じゃあ何で魔王を名乗ってるの?」
「…うーん、何て言えばいいんだろう、肩書みたいなもんだし、両親はまだ魔王としての役目を果たすことに熱心だったから我に何回も魔王と名乗れと言われたもんだから、自然と定着していったんだよね…。」
「良かったね、フウマが種族で差別をしない優しい人で。」
「フウはする?」
「まあ…しないとは思うけど。」
答えが曖昧だった。
二重否定だった。
「……あ、もうこんな時間だ。寝なきゃ。」
フウが時計を見て、そう言う。我の時間を確認してみると、もう時刻は2時をとっくに過ぎていた。さすがにこんな夜遅くまでガールズトークをしているわけにはいかない。フウはフウマの部屋で、我はリビングのソファでそれぞれ寝た。
◆
……トッ……トッ……。
「?」
ソファは寝心地が悪い。
寝ようとしてから一時間ぐらい経った今、ようやく眠れるかと思ったら何かの物音で勝手に目が覚めてしまった。
しかも、この音―――。
トッ…トッ…トッ…。
「……。」
どんどん近づいてくる。何だろう、こっちに向かってきているってことは、リビングに向かっていているのか?トイレに行くなら足音は遠ざかっていくはずだし。
……隠れておこう。何か、殺気じみたものを感じる。
「………?」
ソファの陰に隠れていると、誰かがリビングのドアからにゅっと出てきた。暗くてよく見えないが、そのわずかに見える仕草からして、誰なのかがわかった。
フウだろう。
こんな夜中に何の用だろうか?起きてほしいならそう言えばいいのに。そう思って我は物陰から観察を続けていると、一瞬だけ彼女の右手が鈍く光った。
「……いない。」
あ、あれは…ナイフ!?しかも切れ味の鋭い果物ナイフだ…。怖い。フウが一瞬こっちに近づいてきたので我は急いでフウの死角に逃げ込む。どうやら我を探しているようだった。ということは、こいつ、我を殺しに…?
「…チッ。」
フウは腹立たしそうに舌打ちをした。とても最初会った時の人物を同一とは思えないほどの仕草だった。
「……今度にするか。」
そう独り言を言って、フウはリビングから立ち去ろうとした。
「…………。」
まさか、フウがあんな奴だったなんて。
これはちょっと放っておくと殺されてしまうかもしれない。急いでこちら側から対処しておくのが適切だろう。
「てやっ!」
「…!?」
一応、魔王ではあるので人一倍、いやそれ以上の身体能力を持っている。まあ、これもあのトレーニングの賜物だろう。あの時から、我は体が妙に軽いのだ。ちなみに、魔法少女は何も関係していない。
我はフウの右手に持っている刃物を蹴り、フウを無力化させることに成功した。
刃物は鋭い刃を下に向けて地面に突き刺さる。
「……あっ、テメェ!!」
フウは一瞬状況を理解していなかったが、やがて状況を把握すると、突如激昂して我に襲い掛かる。
その素早い動きに我はギリギリ対応できず、フウに押し倒されてしまった。
「……フフフ、やっと見つけたよ。魔王。」
フウはすべての体重を利用して我の動きを封じ、そして我の右手の足を持ち上げた。
そして、…折った。
いともあっさりと。
ポキッ、という、かなり生々しい音を立てながら。
「いっ……!?」
一瞬悲鳴をあげそうになったが、何とか堪える。こんな痛み、今まで味わってきたものに比べれば大したことない。
「へえ、強いじゃん。さすがだねぇ。じゃあ、もう一回♪」
そういって、今度は我の左足を持ち上げて—――折った。いや、今度は折ったではない。
「うっ……あああああああああああ!?」
これにはさすがに我も耐え切れず、悲鳴を上げてしまった。駄目だ、体が思うように動かない。しかしこの怪我だと、
「あはは。思いのほか細かったね、君の足。言っておくけど、カルシウムって、摂るだけじゃダメなんだよ?ビタミンDも同時に摂取しないと、本当は骨は丈夫にならないんだ。」
言って、フウは何処からともなくガムテープを取り出して我の口を塞いだ。
そして、本当は我を完全に行動不能にするためだろうが、ついでのように我の右足左足をぼきっ、ぼきっと折っていく。
「でもびっくりしたなあ。まさかお兄ちゃんと魔王が付き合ってるだなんて。」
「……!!」
「でもダメだよ?お兄ちゃんは私だけのもの。あの体、肉付き、声、毛髪、眼球、筋肉、血液、皮膚、心臓、―――そして脳ミソ。」
狂っている。
そして、誤解している。
世間一般ではこういうのをヤンデレとか、病愛とかそういう風に言うんだろうが。
こいつは違う。
サイコパスだ。
病愛じゃない。狂愛だ。
フウは床に突き刺さっているナイフを取り出そうとしたが―――思いのほか、時間がかかっている。
―――よし。
「ごめんね?でも、仕方ないよね?私に殺されるんなら本望でしょ?」
「ん、んんっ…!」
「じゃあね。」
ナイフを取り出したフウが、我にナイフを振り下ろした。
ガシッ!!
その瞬間、我は
「……っ!?」
「よいしょっ!」
フウが怯んだ隙に骨が元通りになった右足でフウの腹部を蹴り、吹き飛ばす。
形勢逆転と言いたいところだが、生憎我の足には千切られたまままだ元通りになっていない足があるので立つことができない。しかし、この時間を利用して我は自分の左足を拾い、接着させるように自分の胴体にまだついている左足の断面部分にくっ付ける。数秒後、完全に骨まで元通りになったとまではいかないが、なんとかくっついたので、あとは時間をかければすぐに治るだろう。
閑話休題。
実は、ここ最近、魔王としての力が戻りつつある。たぶん、封印されていた後遺症が徐々に薄れてきたのだろう。それが最も表面的に表れているのが、自然治癒力だ。
魔王という種族と人間の違いについて、多分最も分かりやすいものがある。バースト力が強いのと、自然治癒力が人間と比べて異常に高いのだ。さすがに致命傷を食らったらそのまま死ぬかもしれないが、軽傷でも重症でも時間さえかければ簡単に治ってしまう。
タイムスリップの時に足を酷く怪我させたが、しばらくしたら治っていたのはそのためだろう。あの時安静にしていれば、もっと早く治っていたかもしれないのだが。
休題終了。
フウはいつの間にか我の腕と右足が元通りになっていて、左足が接着されていたことに驚きを隠せずにいた。
「え…!?何故…!?普通の生物なら、骨折や肉体損傷では自然治癒は働かないはずだけど…!?」
「そう。」
我は何とか立ち上がり、フウにこう言う。
「
どうも三倍です。
今回はヤンデレというものに挑戦しようかと思いましたが、出来上がったのはただのサイコパスでしたとさ、ちゃんちゃん。