テーブルの上に、バタートーストが並べられた。
「ホラ、朝飯だぞ。」
「………。」
「そう落ち込むなって…なんだって?俺が自殺をした夢だったっけ?そりゃあ怖いよなぁ…。」
と、精一杯励ましてみる。
俺が起きた時、魔王は凄く苦しそうな顔で唸っていた。苦悶の表情。まるで、地獄から這い上がろうとしてもがいているみたいな、そんな顔で。俺が起こした時、一瞬安心した表情を見せたが、今はこの有様。まだこれが悪夢かどうかの区別がついてないらしく、俺がまた殺すんじゃないかって疑っているようだ。
…一応言っておくが、これは魔王の悪夢じゃないぞ?俺は嘘つかないよ?
「まあ、じゃあ一応言っておくけど、俺がもし包丁やら刃物やらを手にしてお前に向かってきた瞬間、殺していいからな?どんな方法でも。刃物を奪って殺すとか、首の骨を折るとか。」
正直言って今これを言っている俺も気分が悪い事だが、どっかの心理学で同じ人物が自分を殺して来たら、そいつを殺してしまえばもう出て来なくなるという話を聞いたような気がする。ユングとかフロイトとか、そう言う代表的な心理学者じゃないが、誰かがそう言っていた。気がする。これ重要。
「…わかった。」
魔王が今にも消えかかりそうなか細い声でそう言った。可哀想に…。
さて、これからどうするべきか。魔王がこんな状態の今、会社に行っている余裕などない。有休をとって休むとして…。魔王の悪夢を消す方法をサーチするか、それとも自力で解決するのを待つか。
本人は後者の方を選んでいるようなのだが、一応魔王は背丈が小さい。小柄だ。いくら精神が屈強だとはいえ、悪夢のせいで肉体の方に問題が出てきたらマズい。
ということは、俺は……本格的にどうすればいい!?精神の方はカウンセリング擬きでもやって回復させることは可能だが、肉体ならば話は別だぞ!?
「……あ、ああ。」
魔王が不意に呻きだした。
「あ?ど…どうした?」
「…お父……さん…。」
「…え?」
"お父さん"。
何故コイツは急にお父さんなどを言ったのかは不明だが、たしかコイツのお父さんって、ロキ…っていう名前だったよな?魔王って長寿(とかそんなレベルじゃない)らしいから、まだ生きていてもおかしくはない…。あ、そうだ。こうなったら思い切って魔王の父親に相談……。
「なあ魔王。」
「……?」
「お父さんに相談してもいいか?」
「……え?」
うーん……微妙な返事だなあ……。朝からこいつの顔は基より、ずっと椅子に座っていて全然動いてないからな…。この返事は上手く聞き取れなかったからなのか人間風情が魔王の父親に連絡を取るという命知らずな行動をもう一度問いただしてるのか……。
「いやだから、お父さんに連らk―――」
ドンッ!!
突如、魔王が倒れた。
椅子から転げ落ちて、顔面を思いっきり床に叩きつけた。
「お、おい!?」
慌てて声をかけてみたが、返事が無い。ピクリともしない。脈拍があるようなのだが…。顔を見ていると、そこには寝顔があった。
「……あ、寝てるのか…?でもなぜ急に…。」
もしかしたら、悪夢の続きを見てしまうのかもしれない。彼女曰く、あの夢は途中で目が覚めてしまったのだそうだ。なぜ今急に倒れたのかは別として、この後魔王は、もうしばらくの間苦しみを味わうことになりそうだな……。
……あくまで推測だからな?
◆ 語り部:???
意識のハッキングに成功。
これより、ソーシャル《ナイトメア》を展開。フィールドは《家》。タイプは、《自分》が《殺される》。そして、《殺す》対象は《ヘル》。《殺す》役は《フウマ》。もう何回もやっている手法だが、今度こそ、確実にこの世界にへと召還できるはずだ。
「……?」
ヘルが現れた。おお、私の愛しき娘よ。なぜこんなことになってしまったのだろう。人間の姑息な手段に敗れるのは仕方ないが、その数百年後にただの人間の支配下に付いているとは何事だ。これまで何回も監視を続けてきたが、手に焼き印を押されようとするわ目覚めた瞬間拘束させられるわ…。もうさすがに私も堪忍袋の緒が切れたと言うものだ。今助けるからな。
「……また、悪夢か?」
助ける方法は、現実で精神崩壊を起こし
「…お、魔王。起きたか?」
「なんだフウマ…。我は何故ベッドで寝ていた。確かさっきまで朝食を食べてなかったか?」
「いやいや、お前が急に倒れるからベッドで寝かせといてあげたんでしょうが。忘れたのか?」
「残念ながら記憶にございません。」
このフウマは当然のことながら偽物だ。夢の中のフウマは現世に居るフウマとはちがう。
「まあとりあえず、もう昼だし、料理作るか。お前も手を貸してくれよ。」
「昼まで寝てたのか!?…全然記憶にないぞ…?」
よしよし、順調だな。たしかコイツの料理の才能はほぼ皆無だったはず。今回はそれを利用して…
「というか、手を貸せと今言ったか?」
「そうそう。あんまり俺ばっか料理作ってると過労死しちゃうからな。」
「ふーん……。」
ん?一瞬、ヘルがフウマに対して怪訝な目で見たぞ?もしかして、もう既にばれかけているのか?……いや気のせいだろう、このまま実行だ。
「まぁまぁ、そんな目をするなって?包丁の使い方教えてやるからさ?」
「分かったよ。で?これどうすればいいの?」
「じゃあちょっと、使い方教えるぞ。」
ヘルは背が低い為、私は態々フィールド上に台を設置しておいた。なくてもどっかから持ってくるだろうが、私としては早く連れ帰りたいものだからな。
ヘルは台の上に乗り、フウマはその後ろに回って魔王の手を掴む。
「……フウマ?何で手を掴んでいるんだ?」
「え?俺今言ったじゃん、手を貸せって。」
「…そうか…。」
もうすぐだな。可哀想な方法ではあるが、それ以外に仕方がないのだ。わが娘よ、許してくれ。
「さてと、じゃあ行くよー。」
「……。」
……ん?今回は妙に落ち着いているな?いつもならここで必死の抵抗を始めるところだが……。それともこの方法に少し欠陥が?何処に?
「3…2…1…―――」
「……ッ!!」
「―――ゼrグハッ!?」
……ああ、これも予想通りの展開だ。一応プランの一つとして入れてある。よし、今からプランβを実行だ。今のはプランαで、βの方は常にフウマがヘルを殺さんと追いかけてくると言うもの。流石にいくら状況が状況だとはいえ、ヘルは主人を殺そうとはしないだろ―――
パキャッ!
―――!?
ヘルが、フウマの首の骨を折った…?そんなバカな…。
「……許してくれ、フウマ。いや、似非フウマ。現世のフウマから、お前が我を殺そうとしたら殺せとの伝言をもらった。今我はその通り、実行しただけだ。許せ。」
……有り得ない……。もう少しだったのに…?私の計画は全て水の泡という訳なのか?
………こうなったら、最終手段だ。ソーシャル《ナイトメア》削除。
魔王の視点では、フィールドが一瞬で何もなくなったことで目をパチクリさせている所だろう。
「……ん?どうなっているんだ?」
「……久々だな、我が娘よ。」
「…え!?お父さん!?いったいこれはどういう…?」
最終手段。口説く。今まででのやり方は失敗した。だから、今度は物理で訴えるのではなく言葉で精神に訴える。ことにする。
「単刀直入に言おう。私と実家へ戻るんだ。」
「…え?」
「すまん、ちょっと話が急すぎたな。まず、あのお前が見た悪夢は、すべて私の手によるものだ。お前を私と共にこれから過ごすために、人間の支配から解放するために。まさに一石二鳥だな。今までは強引にやろうとしたが、それは謝る。すまない。だが、私としてはお前と一緒に暮らすことが何よりの幸せなのだ。だから、それらの事を踏まえてお前に聞こう。私と一緒に帰ろう。そして生涯円満な暮らしを共に臨もうではないか。」
「……。」
「どうした?答えに迷う事ではないぞ?ひょっとしてお前、RPGの選択肢でいいえをはじめに選ぶ性格か?その気持ちも分かる。だが、この選択肢にはお前のこれからの未来も係っている。それに、いいえをわざわざ選んでデメリット等一つもない。さあ、私と一緒に帰るんだ。」
「……。」
魔王は迷わず屍となっているフウマの包丁を手に取り、私の腕を切り落とした。
「ッギャアアアアアアア!?血迷ったかああああああぁぁぁ!?」
「ロキ。お前はもう、死ねばいい。」
「…ッ!?」
次に驚くべき一言までもが帰ってきた。
「そんな邪道且つ外道な方法で自分の娘に精神崩壊を起こさせようとするなど、お前しかいない。我は今、お前よりずっと優しいフウマの方が好きだな。」
そう言うと、次にもう片方の腕を切り落とす。
「どうする?次はどれがいい?両足か、心臓か、脳味噌か。十秒以内に答えろ。」
「……そんなの、選べるわけないだろう……!?」
「10…9…8…7…6…5…4…3…2…1……。」
◆ 語り部:フウマ
……あれから、一時間後。
魔王は、目を覚ました。
「……おー!やっと目が覚めたかー!」
「…あれ?……フウマ…。……ベッド?いや床硬い…。はっ!?何で我をフローリングで寝かした!?」
「いやだってさ…。あのー、すごい寝顔が可愛くて……。」
可愛いという言葉に反応したのか、魔王は頬を少し赤らめて照れ隠すように首を横にぶんぶん振る。
「そんなお世辞は要らん!」
「ところで、悪夢はどうなった?」
「ぇあ、悪夢?」
魔王はまだまだ言おうとしていたのかどうかわからないが、俺が質問をしたら不意を突かれたように変な声を上げて、少し考えるしぐさを見せた。次の瞬間、魔王はショックを受けたようにその場にうずくまり、体を小刻みに震えさせる。
「……そうか、そうか我が……。」
「ど、どう…した?」
「……ふふっ、ふふふっ、はーっはっはっはっは!!!」
不思議な呼称を何回か言った後、まるで精神が壊れたように、吹っ切れたように大声で笑いだした。無論、その目には笑いや喜びと同時に懺悔も混ざっている気がする。
俺は魔王が急に笑い出したことに少し怯え、一歩後ずさる。
「やった!やったよ私!!悪夢から解放されたんだ!!いぇーい!!わ・た・し・は・じ・ゆ・うーっ♪わ・た・し・は・じっ・ゆっ・うーーーっっ!!!いやっっっほーーーーーーーーうぅ!!!」
「………。」
「わたしはじゆう♪わたしはじゆう♪悪夢にうなされないで済む♪」
魔王は滅茶苦茶なフレーズで即興の歌を歌い出した。そして訳の分からない踊りを俺に見せつける。俺は戦慄した。これが、人の
「わたしはじゆう♪わたしはじゆう…♪わ……たしは……。」
時間が経つにつれ、踊りの動きは徐々に控えめになり、歌声も小さく、途切れ途切れになってくる。
「……わ……たし……が……じ…?」
「うわあああああああああああああああ!!!!フウマああああああああああああああっっ!!!!!!」
その虚ろな目から思いっきり涙があふれ出す。
そのポカンと開けられている口からは涎が垂れてくる。
その肉体はリミッターを解除したかのように、俺の元へ抱き着いてくる。激しく、強い力で。
その喉は思いっきり金切声を上げて、声帯や鼓膜が破れんばかりの大声を叫ぶ。
その姿は、まるで建前の自分と本性の自分がせめぎ合っているような……。
自分と、もう一人の自分が戦っているような……。
なんでだろう。不思議とその姿が、滑稽に思えてきた。夢の中で、何をしたかは分からないが、この泣き叫ぶ表情から、俺は一生この質問はしないと心に誓った。
「あああああああああああっっ!!!あああああああああああああああああっっ!!!」
最早近所迷惑だなんて現実的な事は言ってられない。今は、この魔王を慰めることが一番重要である。どうやら魔王は、悪夢から解放されたと同時に、今度は精神が崩壊してしまったようだ……。今度から、それを世話しなければいけない。…どうなることやら。
◆ 次の日
テーブルの上に、バタートーストが並べられた。
「ホラ、朝飯だぞ。」
「わーい。いただきまーす。」
「……。」
寝て目が覚めて魔王の様子を見に行った翌日、魔王は元の状態に戻っていた。昨日精神崩壊なんて大袈裟な事言っていた自分が少し恥ずかしい。だとすれば、昨日のあれは何だったんだろう?
「うん。バタートーストは美味しいな。このサクサク食感にバターのまろやかな味が絶妙にマッチして、朝飯で舌を唸らせたい奴には満足させられる一品だな。」
…なにはともあれ、本当に、元の魔王に戻ってくれてよかったよ。