「三人ともそこまでにするんだ」
「……先……生」
観客席にレベル4の遮断シールドが下ろされたアリーナ。ラウラ、セシリア、鈴音の三名による模擬戦の終了を告げる兼一は、己の見込みの甘さを悔やむ。生徒たちの話を耳にし、取る物を取ることすらせずにアリーナに向かった兼一は、目の前の状況に自身を殴りたい衝動に駆られる。だが今はそれをしている時間がない。故に、一先ずは最悪の事態を回避することができただけでもよしとすべきであろうと判断する。
ラウラ、セシリア、鈴音、その三人による模擬戦は既にその体をなしていない。
「ボーデヴィッヒさん、君は何がしたいんだ。聞こえなかったのかい、ボクは止めるように言ったんだよ」
すぐ傍に来てもなお二人をワイヤーから離そうとしないラウラに、いつも以上に静かな声で再度、模擬戦の終了を告げる。
「またお前か。では言わせてもらうが、私も以前、邪魔をするなと言ったはずだ」
兼一の言葉など聞く気がないのか、ラウラはレールカノンの砲身を兼一に向ける。
力を求めるラウラにとって、ただの男でしかない兼一の存在は、枕元で聞こえる羽虫の羽音よりも鬱陶しいものだ。だから、教員であろうとも必要であれば攻撃を加える。
そもそもラウラが指導者として敬意を表し教えを乞うのは、千冬唯一人である。
「ボクは争い事が嫌いなんだよ。でも、そんなことが、道を違えようとしている人を見て手を差し伸べなくていい理由にはならない。それに今はボクの生徒なんだから」
言って、兼一は懐から取り出したハサミで、セシリアと鈴音を捕らえるワイヤーブレードを切断する。二人はそのまま重力に従い地面に落ちる。いともたやすく切断するこのハサミはもしもの時のために師の一人、香坂しぐれより渡された業物である。
ワイヤーが切れると同時に二人のISが強制解除される。それほどまでに消耗しきっていたのだった。
「おっと」
けれど、地面にぶつかる前に兼一が受け止める。そして、そのまま離れた所へ気を失った二人を寝かせると、ハサミを片付け、あらためてラウラと向かい合う。
「さて……君が望むのなら相手をしてあげるよ。いわゆる生活指導ってところかな」
「あまり調子に乗るなよ」
轟音とともに兼一の元にレールカノンが放たれる。
発射された弾体は兼一から右に五十センチほど離れた場所に着弾する。けれど兼一はピクリとも動かない。舞い上がる砂煙を物ともせず、泰然と立つ。
「次は当てる」
「当てれないよ」
ラウラにとってこの一発は警告であった。これで引くならば良し、引かないならば実力を持って排除するだけだ。だが、その一発の警告が兼一にとってどれだけ大きな情報をもたらしたのか理解できていない。
発射のタイミング、動作、弾速、威力等々、それら諸々のことを体感した上で今のラウラの技量では当てれないと断言した。当然、万が一初撃から狙ってきていたとしても避ける自信はあった。
兼一としては煽るつもりも馬鹿にするつもりもなく、ただ単純に事実を指摘しただけだったのだが、その言葉がラウラの癇に障ったのは言うまでもない。
男、しかも丸腰の相手にそんなこと言われて冷静さを保てるほどにラウラの精神は成熟しきっていなかった。
「舐めるな」
再びレールカノンを発射する。今度は当てるために。
けれど、それが兼一の影を捉えることはできなかった。
「どこに行った」
砂煙が舞う中、姿を見失ったラウラが辺りを見回すも、その姿をすぐには見つけることができない。
その姿を見つけたのは全てが終わった時だった。
意思に関係のない浮遊感。次の瞬間には背中を土で汚し空を仰ぎ見ていた。
顔を起こし見やると、兼一が埃を払うかのように服を叩いていた。
何が起きたのか理解が追い付かない。
「どうする? まだ続けるかい」
柔らかな微笑みとは裏腹に、息をするのも苦しくなるほど強烈な気当たりをぶつける兼一。そのためなのか、ラウラは蛇に睨まれた蛙のように指一つ動かせなかった。
その様子から、敵意を失ったと判断した兼一は手を差し伸べる。
直後、シールドを破壊して、ISを装着した一夏が登場する。
「先生、大丈夫です……か」
兼一が一人で向かったのを見て慌ててやって来た一夏だったが、立っているのが兼一だけというこの状況を見て言葉を失う。
生身でISと渡り合える存在が自身の姉以外にいるとは思っていないのだから当然である。しかもそれが兼一のように強さとは無縁な人物なのだから。
それから遅れてやって来た千冬は、その場にいる多くの者たちの理解不能といった表情を見て、何が起きたのかを悟った。
「色々思うところはあるだろうが、解散しろ」
説明するには時間がかかり過ぎるし何より面倒だと感じた千冬は、誤魔化すようにそう命じるのだった。
放課後の保健室には、ラウラとの模擬戦によってケガをしたセシリアと鈴音、そして兼一の姿があった。
「まあ、何が原因かは聞かないけどさ。今回の件はお互い様だよね」
慣れた手つきで二人の治療をしながら、兼一としては至極当然の結論を言い聞かせる。
「そんなワケないじゃない」
「そうですわ。失礼ながら言わせてもらいますけど、先生の目は節穴ですの」
しかし、一方的にやられた二人はそうではない。まあ確かにあの状況を見てお互いさまと言う結論を出す人間は希少な人間だろう。
しかし兼一は二人の反応を気にも留めず事実だけを切り返す。
「でも、二対一だったし、お互い頭に血が上ってるみたいだったよね。だったらちょっとやり過ぎたくらいは大目に見てあげなきゃ」
「それは」
「そうですけど」
二人に関してはそう断言できるが、ラウラに関しては分からない。しかし、兼一は勢いで押し切ることに決めた。いや、そもそもあれは世間一般でいう所のちょっとやり過ぎたというレベルではないはずだ。下手をすれば命に危険が及ぶような状況である。しかし、兼一からしてみれば、大体この数か月後辺りから命の危険など日常茶飯事になっているのだから、やはりちょっとやり過ぎた程度と感じるのだろう。
ちなみに兼一にとってのやり過ぎは臨死状態にするである。
痛い所を突かれたのか、二人は視線を逸らすとそれ以上は何も語らなくなった。
「よし、この話はこれでお終い」
黙っている二人の背中を軽くたたき、そう告げる。
そして、治療を始める。
「先生、なんでこんなに手慣れてんの? その辺の校医よりうまいんじゃない」
「ハハハ、昔、色々あってね」
その手さばきの見事さに感心し、それ以上に疑問を感じた鈴音は疑問を投げる。隣のベッドにいるセシリアも同じことを思ったのか頷いている。
二人の疑問に、かつての修業時代に受けた数々の治療行為に思いを馳せながら答える。そんな兼一の声は心なしか棒読みのように聞こえた。
余談ではあるが兼一は師匠たちの持つ技術の全てを詰め込み、もといい継承している。そこには武術以外のものも含まれている。医学的技術は勿論のこと芸術、博打、サバイバルなどなど様々なことを教え込まれたのだった。
「それにしても……あの後どうなったのでしょう? 不覚にもわたくし記憶がないのです」
「そう言えば……あたしも覚えてないわね」
「それじゃ、ボクは戻るから」
二人が事のあらましを追及してくる前に、兼一はそそくさと保健室を去る。
二人の記憶が一部欠落しているのは、気を失っていたことも一因にあるがその原因の大半は兼一にある。
無敵超人と呼ばれ、兼一にとって師のような存在である風林寺隼人の持つ超技一〇八。その中に『忘心波衝撃』と呼ばれる技がある。この技は、ある程度任意に記憶を抹消させることが出来る魔法のような技だ。兼一はこれを使い説得に都合の悪い部分(具体的には生命維持警告域超過してもなお攻撃を続けられたこと)を消したのだ。
なお兼一は、この技を使う際に何か大事なことを忘れているような気になる。
保健室を出た兼一はその足で職員室に向かう。
「すみません、もう終わりましたよね」
入室しながらそう尋ねる兼一に近くにいた教員は首肯すると、一枚の資料を渡す。一礼しそれに目を通した兼一は、
「タッグ戦か。なんだか大変なことになりそうだな」
と呟くのだった。
そのしばらく後、校舎が揺れた理由は当然予想がついた。
なんかしばらくアンチヘイトと足られそうなのが続きそう。
無論そんなつもりはないです!