仮面ライダー 虚栄のプラナリア   作:ホシボシ

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最終話 本郷達、五代達、翔太郎達なんかよりもウンコマンの方がカッコいい

この世には、真実がある。

この世には、答えがある。

 

『ねえパパ、1+1ってなに?』

 

『ハハッ、決まっているじゃないか。2だよ』

 

 

誰もがそう言うだろう。

しかし答えにくい話もある。全ての質問に統一された答えがあるわけではない。

 

 

『ねえパパ、赤ちゃんはどこからくるの?』

 

『そ、それはね、コウノトリさんが――』

 

『本当?』

 

『嘘に決まってんだろバーッカ! 本当はパパの○○○をママの●●●に○○して、それで前後に動いて●●し、●●すれば赤ちゃんがママの●●●から生まれてくるんだぜーッ!』

 

 

などと言ったら保護者失格と言われるのだろうか。

いつかは知る答えなのに、人は時におかしなフィルターを使う。

 

 

『ねえ、愛って何?』

 

『そ、それは……』

 

 

そして、答えが無いのが答えの例もある。

では、これは?

 

 

『仮面ライダーって何?』

 

『特撮作品だよ』

 

 

本当に?

それで全てが説明つくのか?

 

 

『正義ってなに?』

 

 

なんだろう?

 

 

『お前の人生は、お前じゃないといけないのか?』

 

 

分からない。

 

 

『お前がロボットになった時、お前の帰還を望む人はいるのか? お前が帰る意味はあるのか?』

 

 

どうだろう。

 

 

『生きている意味は、生きていく意味はあるのか』

 

 

それはまるで数学のテストが全く解けず、癇癪を起こした子供のようだった。

手足をジタバタと動かし、少しでも心に溜まる苦痛を発散させようとする。

しかし無駄だった。動けば動くほど、もがけばもがくほど、苦痛は膨れ上がっていく。

 

絞るような声を上げ、岳葉は頭を抑えて地面を転がる。

あまりにも悔しい。あまりにも惨め。自分が壊れていく感覚が手に取るように分かった。

 

 

「泣くのは早いんじゃないか、岳葉」

 

「ッ!!」

 

 

声が聞こえた。

岳葉が体を起こし背後を振り返ると、レッドランバスに跨る隼世が見えた。

 

 

「ルミちゃんは?」

 

「サイドバッシャーのサイドカーで僕を待ってる」

 

 

数分後、岳葉と隼世は肩を並べ、ベンチに座っていた。

二人の会話に注目する前に、ルミの様子を見てみよう。

ペガサス撃破後、隼世とルミは岳葉と合流する事にした。サイドバッシャーに乗り込む二人、そこで隼世が口を開く。

 

 

「ごめんルミ、ちょっとココで待ってて」

 

「うん、いいよ」

 

 

一分後、隼世は帰ってこない。

 

 

(トイレかな?)

 

 

三分後、隼世は帰ってこない。

 

 

(混んでるのかな?)

 

 

六分後、隼世は帰ってこない。

 

 

(ウンコかな?)

 

 

十分後、隼世は帰ってこない。

 

 

(コンビニにでも行ったのかな? 電話にも出ないし)

 

 

十五分後。

 

 

(ZZZZZZZ……)

 

 

ルミはまだ気づいていない。

 

隼世はルミを置いて別のバイクを召喚。

岳葉に電話をしたが出なかったので、サポートツールをフル活用して岳葉を探したのだ。

するとディスクアニマルが戦闘中の岳葉を発見、隼世はそこへ駆けつけたという訳だ。

 

 

「どうしてルミちゃんを置いてきたんだ」

 

「大切だから。僕はルミを愛してる。だから僕は、エゴを通した」

 

「――ッ」

 

「そっちこそ、どうした岳葉? なんで泣いてたんだい?」

 

 

迷った結果、岳葉は全てを吐露した。

何故死んだのか、何をしようとしたのか。その結果今に至った事。全てを話せば岳葉は隼世に殴られると思っていた。むしろそれを期待していた。

だが隼世は何もしなかった。小さく笑って頷くだけだった。それがやはりとても虚しくて、岳葉は頭を抱える。

 

 

「俺は結局、何もできなかったんだ! なにも無い! ライダーになっても、死ぬ前と同じだ! これだけ時間をかけても何も残せない、何もなせない! ああぁあぐぁッ!!」

 

「苦しいのかい?」

 

「ああ、苦しい。辛い。なにもないんだ、俺には、やりなおしもきっとできたのに」

 

「何をやりなおすべきだったと思う?」

 

「それすらも分からない……! 俺の人生は、なんだったんだ?」

 

 

涙が溢れぬように、歯を食いしばり、唇を震わせる。

小学生のときに父親が死んだ。特別悲しくは無かった。でも周りは過剰に心配する。

だから自分は可哀想だから、同情されるべきだから、多少は世界が甘くなるだろう。

そう、甘え、結果として、何も無かった。

何も無かったのは、何もしなかったからだ。

 

 

「いや違う。別に、転生なんてしないでよかったッ!」

 

 

転生した事で、本当に何もなくなってしまった。

確かにニートのクズだけど、人は殺してなかった。だから生きてさえいればきっといつか、残した母親に親孝行も出来たかもしれないのに。

 

そうだ、もう、母親は母親じゃない。たった一人の家族、今頃どうしているんだろうか?

トラックに轢かれて死んだ自分を、悲しんでくれただろうか? それとも肩の荷が下りたとホッとしているんだろうか。

それともあの浮浪者を生んでしまった事に責任を感じているんだろうか。

会いたいが、会えない。会う資格がない。

 

 

「あぁぁ、やっちゃったなぁ……! なんでこんな事になるのかなぁ」

 

「岳葉――」

 

「しんどい。しんどいなぁ……ッ!」

 

 

顔を上げる。それでもダメだった。涙が零れ来る。

なんにもできないで、ああ、ああ。

 

 

「また食べたかったなぁ。母さんのカレーと肉じゃが。好きだった、美味しかったんだよぉ」

 

 

ボロボロと涙が零れてきた。

無職の息子にも、母はご飯を作ってくれた。

喧嘩をしても、温かくて美味しいご飯を作ってくれたんだ。

きっと愛されていたと信じたい。無償の愛がそこにあったのだと、信じたかった。

 

 

「普通で良かったんだ。普通で、良かったんだよ……!」

 

 

就職して、愛する人と結婚して、たまに友達と遊びに行って、可愛い子供をつくって、長期休暇には孫を母親に見せに帰る。

それで良かった。それで幸せだったじゃないか。それが分かっているなら、それを目指せば良かったじゃないか。

皆そうしているんだ、そうすれば良かったんだよ。

 

 

「でも、できなかったんだよなぁ俺。なれなかった。普通にもなれなかったんだよ……っ!」

 

 

涙は拭っても拭っても溢れてきた。

体中の水分が消えるかと思うほど、悲しみは体を満たしていた。

途中まではうまくいってたんだ。休みには父親と遊んで、母親だっていつも笑顔だった。でもいつからか、全てが上手く行かなくなった。

 

 

「父親が死んで言い訳をして、母親を泣かせる。こんな人生を歩みたかったわけじゃないんだ」

 

 

人の人生をメチャクチャにして、人を傷つけたかったわけじゃないんだ。

 

 

「……じゃあ、どんな道を行きたかったんだい?」

 

「本当は、主人公になりたかったんだ俺は」

 

 

正直、仮面ライダーの主人公が気に入らなかった。

少し調べたが全員と言っても過言ではない。本郷達も、五代達も、翔太郎達も行動に理解ができないと批難した。

 

 

「でも――ッ、それは、そうなりたかったからなんだ。きっと……!」

 

 

でも、なれなかった。

主人公みたいに綺麗には生きられなかった。醜いものが心の中で渦巻く。そんな自分が嫌いだったんだ。

 

 

「なれなかったから。既に一度目指した道だったから――ッ」

 

 

嫉妬である。弦太朗のような人生を歩みたかったんだ。本当はきっと。

 

 

「だからこそ否定しなければならない。肯定しては一生その道にたどり着かないから」

 

「ああ、そうだよ……」

 

 

隼世は岳葉から視線を外し、正面を見た。

そして小さくため息を漏らす。

 

 

「僕の父は、母に暴力を振るう人だった」

 

「えっ?」

 

「酒を飲むと人格が変わるんだ。面倒な人だったよ、僕はあの人があまり好きじゃなかった」

 

 

酒グセが非常に悪い人は珍しくは無い。

それまでは優しく気のいい人物でも、酒が入ると言動や行動が乱暴で暴力的になる。

しかしアルコールの依存度は高い、なかなか改善されぬ毎日が続き、母も耐える時間が続いた。

離婚も考えただろうが、隼世はまだ幼い、子供の為を思って耐える道を選んだようだ。

 

 

「ある日、父はまた飲み歩いて帰ってきてね」

 

 

その時は上機嫌だった。すると父は乱暴ながらも、隼世に一つの箱を手渡した。

 

 

「どこで買ってきたのやら。中古で安く売っていた仮面ライダーのベルトだった」

 

 

昭和ライダーのもので、相当古いのか作りも荒い品である。

しかし、隼世は嬉しかったのだ。

 

 

「母親に頼んでライダーのDVDを借りて、見た」

 

「それで、ハマッたのか」

 

「ああ。僕にとって、ライダーは優しい父親の象徴だった」

 

 

その日から隼世も母親と共に父に酒を控えるように言った。

 

 

「当然人はそう変われない、僕は初めて父さんに殴られたよ」

 

「離婚、したのか……?」

 

「いや、母は僕に暴力を振るった事が許せなく、しきりにそう言っていたけど僕が止めた」

 

「な、なんで?」

 

「諦めたくなかったさ。僕はその時、父親は本気でショッカーの怪人に操られてるって思っていたから」

 

 

だから助ける為に買ってもらったライダーベルトを巻いて、説得した。

諦めそうになった事もある。しかし画面の中のライダーは諦めなかった。だから隼世も諦めなかった。

 

 

「今なら思う。僕はあの時、ライダーに――」

 

「……ッ」

 

 

最後まで言葉を言うことはなかった。

 

 

「するとね、面白い事に、その内に暴力が少なくなっていったんだ」

 

「へ、へぇ、凄いじゃないか。説得が通じたんだ……!」

 

「それもあるだろうけど、酒のやり過ぎで肝臓を悪くしてね。癌だよ癌、まったく医者から止められていたのに困った人さ」

 

「あ……」

 

「キミのところも確か癌でお父さんが? まあ今の時代、二人に一人は癌で死ぬらしいから、なにもおかしな事じゃあない」

 

 

父が死ぬ事は悲しかったが、少し嬉しくもあった。

 

 

「ある日、入院している父のところに行くと、母ととても楽しそうに話をしていたんだ」

 

「死期を悟る事で、冷静になるのはウチのところも同じだった。思い出話をしたり……」

 

「そう。そうだよ、あの時の笑顔は離婚しなかったから生まれたものさ」

 

 

もしも離婚していたら、二人はああやって笑い合う事無く夫婦を終えていただろう。

 

 

「キミも、同じだよな、岳葉」

 

「え? それは、どういう……」

 

「笑ってただろ、瑠姫さんは」

 

 

思い出す。アマダムについた瑠姫は、そういえば確かに笑っていた。

 

 

『じゃあ、採石場で待ってるね』

 

 

あの時の声は、確かに笑っていた。

瑠姫は楽しみにしているんだ。世界を支配し、苦痛の元を根絶する瞬間を。

 

 

「笑顔にも種類がある」

 

「―――」

 

 

再び、岳葉の脳に、全身に電流が走った。

そうか、そうだ、そうに決まっている。ああ、また気づかなかった。岳葉は再び目から涙を零し、呻き始める。

 

 

「瑠姫はいつ、救われるんだ」

 

 

笑えば楽しい。笑えば全部オッケー。

悲しい事があっても笑えているなら乗り越えられたね。なんて――、そんな訳ないだろ。

ああ、ああ、また間違えたのか。

 

 

「お、お、俺はっ、瑠姫が笑っていてくれたから、それでいいって。俺は正しいって――ッ!」

 

 

彼女を苦しめる義父や性犯罪者を殺したとき、瑠姫は確かに笑い、お礼を言って岳葉の存在を肯定してくれた。

それでいいと思っていた。なんて、馬鹿野郎。

 

 

「違う! 彼女はあんな風に笑うべきじゃなかったんだ!」

 

 

取り返しのつかない事をしてしまったと、再び罪悪感の牙は心を噛み砕こうとする。

笑顔ならば、他にも見た。からかう時、ソフトクリームを食べるとき、そして、そして。

キスを、したとき。

 

 

「一緒に遊園地にいったり、美術館にいったり、そういう幸せを与えるべきだった……!」

 

 

何が犯罪者に裁きをだ。

何がやるべき正義だ。何が、何が――。

 

岳葉は、全ての過ちに気づいた。

醜い化け物に変わっていく瑠姫。違う、あんな姿にさせたい訳じゃない。

させたい訳じゃなかったんだ。笑っていてほしかったのは本当なんだ、だって彼女は自分を求めてくれたから。

 

 

(だって彼女は――、一人ぼっちの俺の傍にいてくれたから)

 

 

全てを理解した。

 

 

「そうか、そうだ、俺は瑠姫が好きだったんだ。愛していたんだ)

 

 

なのに苦しめていた。全てを忘れさせるピエロになればよかったんだ。

格好つけて闇の断罪者になんてならなくて良かったんだ。辛いならば世界の果てまで逃げればいい。

地獄の底まで彼女の手を繋いで、励ましてやればよかった。

殺せば永遠になってしまう。血を見れば脳裏に焼きついてしまう。

あの時、せめて義父との関係にケリをつけたところで彼女を解放してあげれば――。

 

 

「俺はどこまでクズなんだ――ッ!」

 

「だったらそのまま……、クズのまま終わるのか?」

 

「!」

 

 

真横を見れば、隼世は立ちあがっていた。

虚空を激しく睨みつけ、悔しげに歯を食いしばる。彼もまた答えの途中でしかない。まだ何にもなれていない蛹なのだ。

 

 

「僕は、嫌だ」

 

「俺もっ! 俺も嫌だ! こんなのは嫌なんだ! このまま終わるのは嫌なんだ!!」

 

「そうだな、嫌だよ僕も。岳葉、覚えているかい?」

 

 

アマダムはこんな事を言っていた。仮面ライダーは『怪人になりそこなった者』に過ぎない、と。

 

 

「だったら僕らはどうする? 怪人になるか? それとも――」

 

 

隼世は岳葉の目を見た。

その瞳にある激しい炎を見て、岳葉の目にも僅かに光が灯った。

 

 

「まだ、終わらないで済むのか」

 

「ああ、だが勝ち目は無いぞ。もしも前に進むならばそれは死への道を進む事になる」

 

 

そうだ、僕達は自殺をしにいくんだ。

 

 

「それでも、進めば――ッ、なれるのか!? 仮面ライダーに!」

 

 

縋るように言った。

即答が返ってくる。

 

 

「なれるわけないだろ。僕達なんかが。特にキミは絶対無理だ。ライダーの力を強姦に使うとしたクズなんかは無理無理」

 

「う゛ッ! な、なんだよ! それは触れないでくれよ」

 

「最低な行為だ。死ぬまで反省しろ。ただ――」

 

 

未遂で終わったことだけは、喜ぶべきなのかもしれない。

怪人へのラインはまだ踏み越えていない。だとすれば、わざわざ踏み越える事はしなくていい。

 

 

「それに。たとえ仮面ライダーになれなくても――、なろうとする事はできる」

 

「!!」

 

「そうだろう?」

 

 

隼世は笑って、岳葉の肩を優しく叩いた。

 

 

「僕はルミを愛している。彼女が住む世界を。何よりも僕のプライドを守るために、僕は戦う」

 

「隼世……!」

 

「ましてや力で人を支配しようとするなんて間違っている。アマダムの野望は、必ず潰す」

 

 

世界支配を画策しようとするアマダムを許すわけにはいかないのだ。

 

 

「分かるな、アマダムを倒せるのは、この広い世界で僕達だけだ」

 

「!」

 

「僕は信じてる。ライダーになれなくても、力がなくても、正義を思い、尊び、彼らが守ったものを信じるなら――」

 

 

隼世は笑った。

それは今から死にに行く男の笑みとは思えなかった。

 

 

「そうしたらいつか、ほんの少しでも、仮面ライダーになれるのかもしれない」

 

「俺は――、俺も、瑠姫が好きだ。愛してる。だから――」

 

 

これ以上もう、瑠姫には苦しんでほしくない。

柔らかな笑みだけを浮かべていてほしかった。悲しみや苦しみに歪む彼女の顔は、もう見たくないんだ。

 

あの時そう言うべきだった。

キミが綺麗と思って無くても良い、過去に何があっても良い。

今この瞬間、そして未来を俺と一緒に、俺の傍で過ごしてほしいと。

 

 

「もう遅いか? いやッ、まだ遅くないよな」

 

 

ボロボロと涙を流しながら、どこに向けるわけでもないが、手を伸ばす。

 

 

「俺はまだ遅くないんだと。俺はまだ終わっていないんだと、信じたいんだ――ッ!」

 

 

感触と衝撃があった。

見ると、情けなく伸ばした手を、がっしりと隼世が掴んでいる。

腕を組み合い、隼世は笑みを浮かべた。だから釣られて岳葉も笑みを浮かべた。

 

 

「なら、今日は僕とお前でダブルライダーだな」

 

「ははッ、ああ、そうだな!」

 

 

涙を拭い、岳葉は隼世に本当の笑顔を返した。

それはスイッチだった。感情や思考じゃない。本能が二人の体を動かす。

なにも打ち合わせたわけじゃない。けれども二人の横には同時にバイクが出現し、けたたましいエンジン音を鳴らした。

そして岳葉と隼世は並び立ち、まもなく沈みいく西日の向こうに視線を向ける。

 

右には岳葉、左には隼世。アクションもまた同時だった。

岳葉は右腕を左斜め上方向へ、強く、強く、精一杯突き出した。

そして隼世は右方向へ、両腕を真っ直ぐに伸ばす。

 

 

「ライッダァアア!」「ライダーッッ!」

 

 

岳葉は右腕を円を描くように移動させ、右斜め上で停止させた。

隼世も両腕でゆっくりと円を描くようにして真上で止める。

 

 

「変身ッ!!」

 

「変ッ身!」

 

 

岳葉は右腕を腰の位置へ移動させると、左腕を右斜め上へ突き伸ばした。

隼世は両腕を一気に左へ落とす。左腕を曲げ、拳は天に向けられた。

そしてその言葉。そうだ、変わるんだ。変わりたいんだ。

俺達は、変身したいんだ。

 

 

「俺は、変わる」

 

 

マフラーが風になびいた。ライダーベルトが激しい光を放つ。

岳葉は仮面ライダー1号に。隼世は仮面ライダー2号に変身すると、お互いを見つめ、笑う。

 

 

「さあ行くぜ隼世。未体験ゾーンだ。振り落とされんなよ」

 

「キミこそ、僕に置いていかれるなよ」

 

 

二人はサイクロンに跨ると、未来を見つめてアクセルグリップを捻った。

 

 

一方、ルミを見てみよう。

あれからさらに二十分がたった。鼻ちょうちんを割って目が覚めたルミは周囲を見る。そこに隼世の姿は無い。

 

 

「食べ放題にでも行ったのかな?」

 

 

そして二分後。

 

 

「お寿司に行ったのかな? お土産買ってきてくれるかな?」

 

 

三分後。

 

 

「おっせーな! ゲーセンかあんにゃろー! アタシも久しぶりにポッ拳でも触りにいくかなー! ハハハ!」

 

 

五分後。

 

 

「……馬鹿」

 

 

ルミは涙を一粒、手の甲に落とした。

 

 

 

 

 

 

遠くに輝く西日を光を全身に受けて、ダブルライダーは宿命の道を走っていた。

格好良くはない。これは、ひねくれた自殺だ。

クロスオブファイアの一部を与えられた馬鹿二人が、クロスオブファイアの元であるアマダムに喧嘩を売りに行く。

あまりにも分かりきった敗北に向かう、狂った自殺志願者なのだ。

 

 

「お前の方が緑色が濃いな。黒みたいだ」

 

「2号はいろんなバージョンがあってね。まあ1号もあるんだけど――、まあいいや!」

 

 

全身に風が吹き付ける。

ビュウビュウと煩く耳を貫く音は、次第に声に聞こえて来た。死ぬよ、無理だよ、勝てないよ、引き返すなら今だよ。

そんな声を二人は聞いた。しかし無視を決め込んだ。

 

 

「ハハ……、悪いな、俺はあんまり興味なくて」

 

「でもキミは、そんな中で1号を選んだ。理由があるのかい?」

 

「仮面ライダー、そんなに知らない俺でも知ってる。コイツは特別だろう?」

 

「……ああ」

 

「きっと、他の奴らも知ってる。仮面ライダーに全く興味が無いヤツだって知ってる」

 

「全ての始まり、だからね」

 

「そう。だけど、1号を知っていても、人は仮面ライダーを知らない」

 

 

口にはできない。

分からないからだ。仮面ライダーとは何だ? 正義とは何だ?

答えは出ない。しかしだとすれば自らが答えを作れば良い。それで納得できれば、少しは救われる。

 

二人は仮面の奥でニヤリと笑って見せた。

馬鹿な事をする。しかし不思議と、悪い気分ではなかった。

死ぬのに。愛する人を置いていくのに、その身勝手さが心地よかった。

 

 

「俺ッ、父親と映画に行った事がある。パンフレットを買ってもらった!」

 

「そうか」

 

 

前に並ぶ車体をかろやかにすり抜けていきながら、二人は太陽を目指した。

 

 

「お祖父ちゃんと銭湯に行ったことがある! コーヒー牛乳を買ってくれた!」

 

「そうか! 良かったな!」

 

「ああ、美味しかった。おいしかったんだ!!」

 

 

危ない。あとほんの少し体が横にズレればサイドミラーにぶつかる。

それでも二人はアクセルをゆるめない。目の前を見れば信号が赤に変わった。

それでも尚、二人はアクセルを吹かした。

 

 

「おばあちゃんのおはぎ、今でも覚えてる! あれほど美味しいおはぎは無かった!」

 

「僕も食べたいな!」

 

「悪い、もう無理だ! もう死んだ。もう会えない! もう笑わせる事もッ、できないんだ!」

 

 

ブレーキをかけずに突っ込んだ。

だが安心してくれ。もう間違えない。二人は前輪を浮かせると、そのまま車体は跳ねた。

空中を疾走するサイクロン。爆音を轟かせ、二人は尚前に進む。横断歩道で母親と男の子がコチラをあんぐりと口をあけてみているのが見える。

 

軽い優越感だ。でも、虚しさが心に宿る。

男の子は笑みを浮かべていた。だが、やめておけ。憧れは憧れのままでいいんだ。

こんなの、なるもんじゃない。お前は力を手に入れず、お前のままで大切な人を幸せにしてやれ。

 

せめて、母親には楽をさせてやれ。

俺は馬鹿だったからできなかった。でも、お前はきっと。

 

 

「隼世、そういえば俺も母さんと手を繋いで歩いたよ!」

 

「ああ、僕もだ!」

 

「父さんと手を繋いで歩いた事もあるんだ!」

 

「僕もだよ、岳葉!」

 

 

煌びやかな繁華街を抜けると、徐々に緑が増えてきた。

等間隔で並ぶ街灯も、徐々に減っていき、二人をさえぎる障害物もゼロになっていく。

ダブルライダーはただひたすらにスピードをあげ、前を目指す。

 

 

「誕生日にゲームを買ってもらった! 焼肉に連れてってもらった!」

 

「ああ」

 

「似顔絵を描いたんだ。へたくそだったけど、笑ってくれた!」

 

「ああ!」

 

「父さんが死んだ時はきっと、悲しかったんだ!!」

 

「ああ! ああッ!」

 

「生きてたんだ!」

 

 

エンジン音にかき消されぬよう、叫ぶ。

 

 

「俺は、生きていたんだ!!」

 

「ああ! からっぽじゃなかったんだ、きっと! 僕も、キミも! みんな!!」

 

「もっと早く気づけば――、いや、今だからこそ見えるのか、コレは!」

 

「なあ岳葉! 知ってるか、RXのEDのタイトル!」

 

「悪い! 全然分からん!!」

 

「誰かがキミを、愛してるって言うんだ!」

 

「ッ、そうか。そうだよな!」

 

 

良かった。

これで理由が出来た。大義名分ができた。

救っていいんだ、守っていいんだ、愛していいんだ。待っててくれ、もう少しだけ待っていてくれ瑠姫。

岳葉はさらにスピードを上げる。そこで少し遠くに大きなカーブが見えた。

 

 

「どうする! このままだと曲がれないぞきっと!」

 

「サイクロンは小回りがきく――、筈だ!」

 

「筈!? 分からないのか! どうするよ! このままガードレール突き破るぜ!」

 

 

ちょいと想像してみた。

ライダー姿のまま遺影を並べられて、お花供えられて、ドリンクとかゼリーとか供えられたら間抜けにも程がある。

夕方のニュースはこう言いました。ライダー姿のコスプレクソ野郎が事故って死にましたって。

 

 

「間抜けだな!」

 

「死なないさ、この体なら!」

 

「まあそうか、でもスピードは落ちるよな流石に。減速してもそうだろ」

 

「ダメかい?」

 

「ああ。たぶん少しでもスピードが落ちれば、俺はそのまま止まるぜ!」

 

 

たぶん、きっと。

だって止まりたいじゃないか。進みたくなんて無いじゃないか。

出来る事ならこのまま踵を返してお家に帰ってゲーム実況でも見ながらプリンを食べたいじゃないか。

 

考えてもみてくれ、このまま前に進めば死ぬんだぞ。

死に近づいているんだぞ。怖いじゃないか、辛いじゃないか、逃げたいじゃないか。

面倒な事は忘れてお布団に入りたいじゃないか。

 

 

「でも、とまっちゃいけないんだよな、これが!!」

 

 

瑠姫さえいなければ。クソ、あの女、やってくれたぜチクショウ。

でも、可愛いんだよな。優しいんだよな。辛いんだよな。怖いんだよな。

待ってろよ瑠姫。終わらせようぜ、全部。

 

 

「僕もだ、岳葉! 今すぐルミのところに帰りたい。終わりが来るまで彼女と一緒に笑い合いたい!」

 

「そうか、奇遇だな隼世!」

 

「でもな、くそったれな事に僕が死ななきゃルミは笑ってくれないんだ!」

 

「じゃあこのまま突っ込もう!」

 

「サイクロンの旋回能力ならこのスピードでもアウトインアウトで行けるぞ!」

 

「あうっ? ニートでも分かるように説明してくれ!」

 

「文字通りだ! アウトからインに入るようにしてそのままアウトに抜ける!」

 

「あー……あ? それだと対向車線に突っ込まないか!」

 

「ああ。だがもうそれしかない!」

 

「車が来たらどうする!」

 

「吹き飛ばす事になるだろうな! 僕らが負ける事はない!」

 

「い、いいのかよ! 人をぶち殺すことになるんだぞ!」

 

「――ッ、いいんじゃないか!」

 

 

それがラインだ。

それが審判だ。資格があるのか、この先にこの姿で進む権利があるのかを神に問いたい。

もしも家族連れでもひき殺そうものならば、その時はそれが答えになる。哀れで愚かで最低の殺人者。それでエンディングだ。

 

 

「ハハ! お前も結構クズだな!」

 

「ああ、クズだよ僕も! だから行こう。それで答えが出る」

 

 

ひき殺すクズか。それとも資格を手にする英雄か。

ダブルライダーはそのままカーブに突っ込んだ。

対向車は――、来ない。

 

 

「神様が言ってくれてる! 死ねってね!!」

 

「ああ、コレで心置きなく死ねるな!!」

 

 

それで良かった。

それが価値だ。それが意味だ。むろん、諦めることはない。

だから死にに行くんだ。

 

 

「岳葉、正直、僕も人を殺そうと思った事がある」

 

「え?」

 

 

ポツリと、2号が呟く。

 

 

「バイトで、怒られたんだ。ねちっこい言い方で、酷い人だった」

 

 

たったそれだけ、それだけでライダーの力を使って殺しに行こうと思った事もある。

 

 

「でもお前はそれをしなかった。そうだろ?」

 

「ああ」

 

「なんでだ! 俺には分からない!」

 

「――、過去があったから。そしてルミがいたからさ」

 

「!」

 

「キミは助けるんだ、瑠姫さんを。そうすればきっと――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか!」

 

 

採石場にいたアマダムは大きな舌打ちと共に怪人体へ変身。

さらに手の甲に埋め込まれていた魔法石から無数の怪人が出現した。

ショッカー戦闘員、ワームサナギ体、シアゴースト、マスカレイドドーパント、ダスタード。それは各ライダー達にやられた雑魚たちだった。

 

もちろんダブルライダーがスピードを緩める事はない。

迷わず突っ込み、雑魚敵達を空中へぶっ飛ばしてく。そのまま尚、ひき殺しながら前に進んでいった。

 

 

「岳葉くん? なんであんなに――」

 

「分からないか、奴らは我々には協力しない。そう言っているのだ!!」

 

 

怒りに拳を震わせ飛び出したのはドラゴン。

水で構成させたロッドを手に、ダブルライダーめがけつっこんでいく。

しかし二人はもちろん止まらない。そのまま雑魚の群れを吹き飛ばしながら、ドラゴンの眼前に迫った。

 

 

「ムンッッ!!」

 

 

ドラゴンはロッドを振るい、なんと猛スピードで迫るサイクロンを真正面から受け止めて見せた。

衝撃波で周囲にいた戦闘員達が空に打ち上げられていく。そこでドラゴンは気づいた。二台のサイクロンの上に、岳葉達がいない。

 

 

「トォオオ!」「タァアア!!」

 

 

二人はシートを蹴って空中に飛び上がっていた。

そして同時に足を突き出した。

 

 

「ライダーダブルキィイイイッック!!」

 

「アイェエエエエエエエエエエエンッッ!!」

 

 

飛び蹴りは呆気に取られていたドラゴンの胴体に抉り刺さると、直後ドラゴンを存分に吹き飛ばす。

ドラゴンは空中で回転、手足をばたつかせながらお腹の方から地面にうつ伏せに倒れる。

 

 

「あ、アマダム様に、ばんざぁぁぁぁいッッ!!」

 

 

そしてヨロヨロと立ち上がると、両手を上げて仰向けに倒れ、直後爆散した。

まさに一撃。アマダムは思わずうめき声を上げて、一歩後ろに下がった。

 

 

(ドラゴンよわっ! 一撃で死ぬとか流石は元人間のクズだ。駒にもならない!)

 

 

ふと、違和感。

 

 

(しかしおかしい。与えられたクロスオブファイアで出せる力の量を遥かに超越している! まさか、岳葉と隼世のクロスオブファイアが共鳴しているのか……!)

 

 

前を見る。今まさにダブルライダー達が一騎当千の道に足を踏み入れていた。

 

 

「かち上がれェエエ!! ライダーパンチッ!!」

 

 

すくい上げるようなアッパーは風を纏い、赤い衝撃波を発生させる。

 

 

「僕は正義! 仮面ライダー2号!!」

 

 

地面を蹴った2号は足を突き出し高速回転。

ドリルの様にして戦闘員達を破壊していく。

 

 

「ライダー卍キィイイック!!」

 

 

一方で1号ライダーチョップで敵をなぎ倒し、戦闘員を掴むと回転しながら空中へ放る。

 

 

「きりもみシュート!」

 

 

そして跳躍。

すると風が足に収束し、激しいスパークを放った。

 

 

「電光ライダーキィイイイイックァッッ!!」

 

 

脚が戦闘員に直撃すると激しい稲妻が周囲に拡散し、次々に戦闘員達を爆散させていく。

一瞬だった。あれだけいた戦闘員達があっと言う間に全て破壊されたのだ。

 

 

「グッ! グゥウウ!」

 

 

アマダムの脳裏に苦い敗北の記憶が蘇る。

ウィザード、鎧武――、ダメだ、考えただけで頭が痛くなる。

しかし今回は必ず勝てる自信があった。これは世界征服における第一歩、こんな所で邪魔をされるわけにはいかないのだ。

そしてそれはアフロディーテも同じだった。自分の理想が壊されようとしている。思わず苦悩に叫び、走りだす。

 

 

「どうして私の世界を壊すのよ! 岳葉ァアッッ!!」

 

 

苦しげな叫びだった。

肩を並べるダブルライダーは顔を合わせ、頷きあう。

 

 

「岳葉、キミがルミを止めろ。これは世界中でたった一人、キミにしかできない事だ」

 

「ああ。分かってる。だからお前は、アマダムを頼む」

 

「任せろ。ライダージャンプ!!」

 

 

流石はバッタの改造人間と言ったところか。

2号はアフロディーテを飛び越えるとアマダムの眼前に着地する。

瞬間、突き出される拳と拳、二人のパンチが重なり合い、激しい衝撃波を発生させた。

 

 

「馬鹿なヤツだ隼世! この私が力の差を教えてやろう!」

 

「望むところだ! お前の野望は、この拳が砕いて見せる!」

 

「口だけは大きい! だが恐怖しているな」

 

「ッ!」

 

「私には分かる! お前の中の中にクロスオブファイアの勢いが弱まっている!」

 

 

アマダムは2号の拳を簡単に弾くと、その胴体に掌底を打ち込んで見せる。

すると2号の体はいとも簡単に吹き飛び、地面を擦りながら遥か向こうへ移動していく。

 

 

「ぐッ! がはッッ!!」

 

 

クラッシャーから鮮血が吹き出した。

しかし2号は倒れない。ファイティングポーズを構え、再びアマダムへと向かっていく。

一方で同じく距離を詰めていく1号。その先には茨の蔓を振り回しているアフロディーテが。

 

 

「どうして邪魔をするのよ、岳葉ッ!!」

 

「邪魔じゃない! 迎えに来たんだ! 俺と一緒に帰ろう、瑠姫!」

 

「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だッッ! 帰っても、辛い事ばかりじゃない!!」

 

「違う! だから、それを見つけるんだ! 楽しい事ばかりして生きる道もあるって!」

 

「なんでッ! そんな――ッ!!」

 

 

迫る茨を1号は拳で粉砕し、蹴りで吹き飛ばし、そして距離を詰める。

肩に手を乗せた。全身を覆う茨は当然肩も覆っている。

無数の鋭利な棘が1号の腕を突き刺し、仮面の奥で表情を歪ませる。

だが、それで良かった。

 

 

「瑠姫、キミが好きなんだ!!」

 

 

告白に、歪む表情は見せたくない。

 

 

「愛してるんだ!!」

 

「ッ」

 

 

アフロディーテは一瞬、戸惑ったように口を閉じた。

しかしすぐに1号の腹部を蹴ると、距離をあけて茨の蔓を伸ばす。

 

 

「嘘つけよォオオ!!」

 

 

蔓は1号の体に巻きつくと、一瞬でその全身を覆うように縛り上げる。

もちろんこれはただの蔓ではない、茨なのだ。無数の棘が1号を容赦なく引き裂こうと牙をむく。

 

 

「変身!」

 

 

が、しかし、バイオライダーの前では拘束など無意味だ。

再びアフロディーテの前に立ったバイオライダーは、先程と同じ事を口にする。

恋であった。そしてそれは愛になった。岳葉はこの世界でたった一人しかいない、赤川瑠姫を愛していると言うのだ。

 

 

「そんな訳あるか! 私のどこが良いって言うんだよッッ!!」

 

 

アフロディーテは掠れる声で叫んだ。それはあまりにも悲痛な叫びだった。

怯えているのだ、恐れているのだ、理解しているのだ、愛されるわけが無いという事を。

しかしそれでもバイオライダーが口にするのは瑠姫へのひたむきな愛であった。

 

 

「過去なんてどうでも良い! 未来だ、この俺と未来を生きてくれ瑠姫!」

 

「どうでも良くない! 過去は過去! 絶対の歴史なのッ!」

 

「それでも忘れるんだ! じゃなきゃ、俺が塗りつぶしてやる!!」

 

「信用できるかァアア!!」

 

 

どこからともなく無数の薔薇の花びらが現れ、バイオライダーに飛来していく。

どうやら花びらは一つ一つが鋭利なカッターになっているようだが、当然それらは液状化の力を持つバイオライダーには効かない。

 

 

「本当だ! 俺は本当にキミが好きなんだ!」

 

「じゃあどこ! こんな私のどこが好きなの!」

 

「全部だ!」

 

「死ねッッ!!」

 

 

ビュォンビュオンと煩くしなる薔薇の蔓。

それらを全て無効化し、それでも尚、バイオライダーは叫んだ。

 

 

「分からないんだ! 俺は人を愛した事がないから! 愛された事がないから!」

 

 

だって怖いじゃないか。愛されれば、愛すれば、いつか傷つく。

もう嫌なんだ、これ以上怖いのは、これ以上傷つくのは。

けれどもそれを超えてまで瑠姫を求めるのは、果てしない欲望があるからだ。

 

 

「分からない。分からないけれど、俺はキミとキスがしたい!!」

 

「ッ!」

 

「一緒にご飯が食べたいんだ!」

 

 

いや、それだけじゃあない。

一緒に歯を磨きたい。一緒に眠りたい。一緒にお風呂に入りたい。一緒に出かけたい。

 

 

「一緒にいろんな景色が見たいんだ! 瑠姫と一緒にだ! 俺一人で見てもつまらない!」

 

 

一緒にお茶したい。

一緒に着替えたい。一緒に遊びたい。

一緒に手を繋ぎたい。一緒に歩きたい。一緒に買い物がしたい。

 

 

「まだあるぜ、まだまだあるんだぜ! 一緒に本を見たい、映画を見たい、美術館とか行きたい。一緒に、一緒に……ッッ!!」

 

 

同じはずだ。誰も、みんな。愛を求めるものならば。これはおかしな話では無いと信じたい。

 

 

「キミと一緒にセックスがし、し、したいんだ!!」

 

「せ――ッ!?」

 

「気持ち悪いか、気持ち悪いよな! 分かる、分かるよ! でも本心なんだぜ!! これが愛じゃないのか! これが愛じゃないなら、一体全体何が好きって事なんだよ!」

 

 

確かに岳葉は処女厨だ。

独占欲が強く、恋人が欲しいというよりは自分を全て肯定してくれる『人形』が欲しいだけに他ならない。

しかしそれを自覚したとしても、瑠姫が欲しい、瑠姫がいてほしい。そう思ってしまうのだ。

 

はじめて求めてくれた人。意味を与えてくれた人。きっと初めて助けたはずの人。

それだけの価値が、岳葉に愛を齎した。傷つくほど近づかず、曖昧なスタイルを決め込みたかったが、そういう訳にもいかないのだ。

だって、好きだから。

 

 

「でも時間が足りない。キミと一緒にいなきゃ、愛も育めない」

 

「離して! 離してよッッ!!」

 

「いや、俺はキミを助ける」

 

「!」

 

「俺はそうしたら――、きっと」

 

 

声を震わせながら、再び肩に手を置く。

そして変身。瑠姫の前にいた男の名は、仮面ライダーストロンガー。

 

言葉はデジタルデータだ。

例えばおいしいご飯を食べた後に、『美味しかったです』と言えば褒め言葉として相手に伝わる。

しかしその後、『嘘です』とたった一言付け加えれば、それは悪口になる。

 

どうとでもなる。嘘をつける。

だから今からストロンガーは嘘を言う。放つのはただの電撃だ。

 

 

「超電子――ッ! ウルトラサイクロン!!」

 

 

しかしそれでも、そう口にしなければならない。

知っているからだ。教えられたからだ。これは、大切な者を守るための技であると。

 

 

「が――ッッ!!」

 

 

肉体を覆っていた薔薇の蔓がすべて吹き飛び、ストロンガーの前に瑠姫がさらけ出される。

刹那、ストロンガーは瑠姫の左腕を掴み、引き寄せた。

 

 

「変身!」

 

 

岳葉は変わった。間違えない。ココで間違える事だけはできない。

キミがどうとか、どう思っているのかとか、きっとそれは大切な事なんだろうけど、それでも俺は、キミが好きだから――。

 

 

「瑠姫ッ!!」

 

 

乾くほど泣いたはずなのに、まだ涙がこみ上げてきた。

 

 

「たとえどんな姿でも、俺はキミを愛してるんだ!!」『エンゲージ!』

 

 

仮面ライダーウィザードに変身した岳葉は、エンゲージリングを瑠姫の左薬指に嵌めると、そのまま魔法を発動させる。

瑠姫の動きが止まった。魔法陣が出現し、ウィザードはその中へと飛び込んでいった。

 

 

『ウィザードの力を使えば、可能性があるかもしれない』

 

 

そう持ちかけたのは隼世だった。

サイクロンで採石場を目指す途中、瑠姫を救う方法として提示したのがウィザードリングの力を使うという事だ。

エンゲージにおけるアンダーワールドへの突入は、ファントムによって絶望した人を救う手段として使用されてきた。

しかし全てのライダーが交じり合い、同時に存在していない世界ならば、それはまた応用が利くのではないか――、と。

 

 

『きっと彼女のアンダーワールドには、全ての負が詰まっている筈だ。それを破壊すれば、もしかしたら彼女は――』

 

 

まばゆい光が視界を覆う。

次に景色が鮮明になった時、そこは見た事の無い空間だった。

遊園地だ。そして見つけた。幼い瑠姫とルミが手を繋いでおり、それを見守るのは二人の両親だろう。

 

離婚する前にあった思い出が、彼女の心を支えてきたのだろう。

そこへ降り立ったウィザードはすぐに周囲を確認する。すると少し遠くに、へたり込む成長した瑠姫の姿を発見する。

そして息を呑む。その周りにはおぞましい化け物達がいたからだ。

 

大柄な男――、だろう。顔はモザイクが掛かっているため判断はできない。

皮膚は紫色に染まっており、服は纏っていない。股間の部分にはいつか殺した義父の仮面がついていた。それが瑠姫を囲み、ゲラゲラと笑っている。

 

 

「どッッけえぇぇええええぇ!!」『フレイム・ドラゴン!』『ボー! ボー! ボーボーボーッ!!』

 

 

空中からウィザードラゴンが飛来し、ウィザードと合体。

フレイムドラゴンとなった岳葉は、既に腕に装備されていたツールを発動させる。

 

 

『ドラゴタイム』『セットアップ』

 

「殺す!」『スタート!』

 

 

カチカチカチカチとタイマーの音が響く中、瑠姫を囲んでいた男の一人を切り裂いた。激しい炎が広がり、男はすぐに消し炭になる。

 

 

『ウォータードラゴン!』

 

 

ウィザードの分身が出現、青き閃光は一瞬で男の首を切断し、爆散させた。

 

 

『ハリケーンドラゴン!』

 

 

突風が男を切り刻む。細切れになった男は言うまでもなく爆散する。

 

 

『ランドドラゴン!』

 

 

地中からドリルで突き上がっていくランドドラゴン。

それは男の体を貫くと、簡単に爆散させて見せる。

 

 

「瑠姫! 大丈夫か!!」

 

 

岳葉は変身を解除すると、へたり込んで泣いている瑠姫へと駆け寄った。

可哀想に。顔を覆ってシクシクと泣き声を上げている。怖かっただろう。あれがきっと瑠姫に巣食っていた闇なのだ。

 

 

「もう大丈夫だぜ! 俺がぶっ飛ばしてやったから、もう大丈夫だ」

 

 

あれ?

待てよ。

 

 

「……ッ」

 

 

ふと、背後を振り返る岳葉。

遥か向こうで瑠姫とルミが手を繋いだまま停止している。これは瑠姫のアンダーワールド。そして瑠姫は向こうに確かにいる。

はて、では目の前にいるのは――。

 

 

「来てくれたんだね、岳葉くん!」

 

「―――」

 

 

呼吸が止まった。

顔を上げた瑠姫は確かに瑠姫であった。しかし目の部分が存在していない。変わりにあるのは二輪の薔薇。

 

 

「ゴガァァアアッッ!!」

 

 

背に衝撃が走る。焼けるような痛みだ。

振り返ると、岳葉の背に茨の蔓が刺さっているのが見える。

しまった、そうか、やられた。岳葉は叫び声をあげて目の前にいる瑠姫――、の、形をした化け物から後退していく。

そうか、そうなんだ、コイツこそが瑠姫の闇の集合体。

 

言うなれば、復讐や憎悪の集合体。

さらにそれがアマダムが与えた怪人の力と融合し、最強の『負』へと昇華された。

神の名をとり、彼女の名はカーリーとしよう。

 

カーリーは不意打ちの後、その真の姿を現す。

皮膚は闇のように真っ黒に染まり、美しい髪は刺々しい茨の蔓となる。

瞳は薔薇の花になっており、歯はサメのように鋭利に尖っていた。

魔女、とでも言おうか。そしてもっとも目につくのはその杖である。

 

見るだけで寒気がした。

その杖は間違いなく男の性器を模しているものだ。

長いそれは武器であり、彼女の苦痛や憎悪の象徴とも言えるものだった。

 

 

「グオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

竜の咆哮が聞こえた。

ココはアンダーワールド。

岳葉がいかなるライダーに変身しようともあくまでもエンゲージ発動下と言う事になるのか、ウィザードラゴンは常に味方をしてくれるようだ。

しかしカーリーは早速とその杖を振るって攻撃を行った。突進してくるウィザードラゴンをいとも簡単に跳躍で交わすと、魔法を発動する。

 

それもまたおぞましく、見方によってはギャグともいえる狂気的なものだった。

ウィザードラゴンの周りに魔法陣が次々に出現したかと思うと、なんとそこから細く長い男性器が次々に伸びてきた。

そうペニス。それらは一勢にウィザードラゴンに突き刺さると、なんとその肉体を貫通してみせる。

 

悲鳴をあげ、体中から血液や魔力を放出しながらウィザードラゴンは墜落。そのまま動かなくなった。

死んではいないようだが、全身に穴が開いたのだ、瀕死である事には変わりなかった。

 

 

「ヒハハハハハ! ウエハハハハハハ!」

 

「グッ!」

 

 

そのままカーリーは前のめりで岳葉の下へ走る。

怖い。圧倒的な恐怖が岳葉の身を押しつぶそうと試みる。

しかし引けない、絶対に守らなければ、助けなければならないのだ。

岳葉はバイオライダーに変身すると、液状化で攻撃を仕掛けようと――。

 

 

「!?」

 

 

液状化が、できない!

しようと試みたとき、バイオライダーの背に薔薇の花が咲き、直後爆発。背を吹き飛ばさんとの痛みと衝撃が走った。

 

 

「がは――ッ!」

 

 

痛い。ヤバイ。ダメだ、次は防御力のあるロボライダーに――。

 

 

「がアアアア!!」

 

 

ロボライダーになる前に再び薔薇が咲き、爆発。

あまりの衝撃に岳葉の変身は解除され、地面に倒れた。

なんだ? 何が起こったんだ? 戸惑いの中で何とか働く防御機構。

なにもしなければ死ぬ、とりあえず何でもいいから変身しなければ、そう思ったとき、岳葉の体は龍騎になっていた。

一方で倒れている龍騎を見下すカーリー。ここまで来てくれた王子様のために、説明をしてあげることに。

 

 

「クロスオブファイアに種を埋め込んだの。たくさんたくさん埋め込んだの。あなたがフォームチェンジとか変な技を使ったときにお花が咲いて、それが爆発したらあなたは何もできないの」

 

 

早口で何の感情もこもっていない声だ。

カーリーはそのまま片手で龍騎の首を掴んで持ち上げると、茨の毛を伸ばして彼をがんじがらめに縛り上げる。

 

全身に突き刺さる茨の棘に龍騎は苦痛の声を漏らす。

そしてふと、カーリーは龍騎の左手を持ち、自分の顔の前に引き寄せる。

 

 

「指輪は幸せの象徴なの。でも瑠姫は幸せが怖いの、悲しいの、辛いの」

 

「お、おい! 何をして――ッ!」

 

「あーむっ!」

 

 

ボギュリュ!

そんな音がした。

 

 

「え?」

 

 

ゴギッ! ゴリュ! ガリッ!

耳を貫く租借音。龍騎は見た。自分の左手、その薬指が無くなっているのを。

 

 

「ギュぇァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

気づけば絶叫。悲鳴は自然に腹の中から搾り出された。

直後激痛。焼けるような感覚に、恐怖が重なる。指が無い。

指が食われた。そう、目の前ではカーリーが口をあけてグチャグチャ指を租借しているのが見える。

 

 

「お、俺の指ッ! ヒハッ! ぁあぁああぁあ! いでぇええぁああああ!!」

 

 

痛すぎて、怖すぎて、思わず笑みがこぼれた。

しかしパニック、そして恐怖、龍騎は仮面の奥で表情を醜く変えながらカーリーに懇願する。

 

 

「か、返して! 俺の指を返してくれよぉお! いがっ! ビガァアッ! い、いでぇえああああ!!」

 

「無理。食べちゃった。もっと食べる!」

 

「嫌だ! やめてくれ! 頼むッ、何でもするからッッ!!」

 

「じゃあココから出てって。消えて。いなくなって。もう姿を見せないで。関わらないで」

 

「わ、分かった! 俺はもう瑠姫には関わらない! だからもう痛いのはやめてくれ! 苦しいのはやめてくれ!!」

 

 

折れた。陥落。岳葉は瑠姫を見捨てる事をカーリーに誓った。

ほら、今も口にしている。

 

 

「キミは瑠姫の事なんてどうでもいいんだよね」

 

「あ、ああッ! もういい! もう嫌だ! 瑠姫と関わると俺の体が壊れる!!」

 

「瑠姫なんてほっとくんだよね?」

 

「そ、そうだよ! 無理だ、俺にはもう瑠姫は助けられない。自分に余裕があってこそだろ、人にやさしくできるのは」

 

「じゃあ言って、瑠姫なんて知らない、あんなクソ女死ねばいいって!」

 

「言う! 言うから俺は助けてくれ! 瑠姫なんて知らないんだ! あんなクソ女なんて、ひッ、ひはは! 死ねばいいんだよ!」

 

 

カーリーはそれを聞くと満足そうに微笑んだ。

そしてアンダーワールドから出て行くようにジェスチャーを取る。

一方の龍騎は地面を這い蹲りながらカーリーから逃げようと、前進していく。しかしふと、動きを止めて振り返った。

 

 

「い、い、今のは、う、うううう嘘だ」

 

「は?」

 

「は、ハハッ! びっくりしたか瑠姫。俺がそんな事言うわけないだろ。さあ、帰ろう。早く帰ろうぜ」

 

 

違う、カーリーは瑠姫ではないのだ。

カーリーは瑠姫の負の集合体。つまり絶望の化身。

そうか、そうだ、倒さなければならない敵なのだ。龍騎は立ち上がると、拳を構えてカーリーに突進していった。

 

刹那、龍騎の体が宙に舞う。

カーリーの裏拳が龍騎にヒットしたのだ。龍騎はきりもみ状に回転しながら地面に墜落、

そこへカーリーは馬乗りになって顔面を激しく殴りつけた。

 

 

「ごべぅ!」

 

 

龍騎から情けない声が漏れる。鉄仮面が叩き割れ、複眼も割れる。

 

 

「おしおきしよーっと」

 

「や、やめっ! う、嘘だよ。これが嘘! もう本当に帰るから許して!!」

 

「えーっと」

 

「お、おい! 聞けよ! おい、おいってッッ!!」

 

 

カーリーは龍騎の右手を掴みあげると、掌の一部にキスをした。

直後、牙をむき出しにし、掌の一部を噛み千切った。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

龍騎の――、岳葉の絶叫がアンダーワールドに響き渡る。

あまりの恐怖と苦痛で龍騎は子供の様に泣き出し、スーツの上からは分からないが、スーツの下で龍騎は失禁していた。

ジワリジワリ下腹部に広がっていく温かさと不快感。しかしそんな事はどうでも良かった。

むしろ考えられない。カーリーの拳が再び龍騎を捉えたのである。

 

 

「これからもっと絶望させてあげるからね」

 

「や、止めろ! やめてッ! お願いだから許して下さい!」

 

「嘘つきは嫌い」

 

「これは本当だ! 靴も舐める! 土下座もする! 瑠姫なんてもう放っておくから! 頼むから許してくれ!!」

 

「じゃあ瑠姫の悪口言って」

 

「る、瑠姫はクソだ! 死ね、シネシネシネッ! こ、これで許して下さい!!」

 

「ワンパターンでつまらない」

 

 

ペキョっと音がした。龍騎の指がおかしな方向に曲がっていた。

 

 

「イギャァアアアアァァァァアア! ヒィィイイッッ!! 助けてぇッ! 誰か助けてぇええぇええぇええッッ!!」

 

 

苦痛は、絶望は、まだ続いていく。

カーリーの笑みを見て、龍騎は究極の絶望を思い知った。

 

 

 

 

一方でコチラは隼世。

残念ながら彼もまた同じような状況である。

血まみれで地面に落ちた2号、体はボロボロになっており、クラッシャーからは血が漏れ出ている。

咳き込み、尚溢れる血液、ダメージが高いのか、変身は解除されて傷だらけの隼世が姿を見せた。

そしてその前には、余裕の笑みを浮かべて両手を広げるアマダムが。

 

 

「威勢だけだったな、所詮お前はその程度と言う事だ」

 

「黙れッ! まだ……、負けてない!」『ALTAIR・FORM』

 

 

ゼロノスに変身した隼世は大剣を構えて突進していく。

全力を刃に乗せ、上から下に思い切り振り下ろす。しかしアマダムはそれを避けるでもなく、なんと片手で受け止めて見せた。

掌に思い切り刃が食い込んでいるが、どうやらダメージは少ないようだ。

 

 

「まだ理解していないのかお前は!」

 

「ぐガッ!」

 

 

アマダムが力をこめると、ゼロガッシャーがゼロノスの腕からすっぽ抜け、アマダムのものに変わる。

そのまま自分の武器で切りつけられていくゼロノス、地面を転がり、体からは火花が噴出していく。

 

 

「今、お前の体を構成する鎧は全て私のクロスオブファイアが作り出したものにしかすぎない!」

 

「ゴハッッ!」

 

「そう、お前は私の劣化品だ! さらに言えば、ライダーの模造品でしかない!」

 

「グァアアアァッ!」

 

「以前、私はクソッタレなライダーどもに負けたが、あれはあいつ等があくまでも本物だったからに過ぎない!」

 

「ゴォオオッ!!」

 

 

鎧がバラバラになり、再び隼世は地面に叩きつけられる。

息ができない。臓器が異常をきたしている。先程から体が危険シグナルを発しているが、隼世はその全てを無視して立ち上がった。

無理やりに息を吸って肺に空気を送ると、メテオに変身し、そのまま必殺技を繰り出す。

 

 

「オォォォォォオッッ!!」『リミッッブレイッッ!!』

 

「一方で仮面ライダーでもない完全なるレプリカのお前が! この私に勝てるわけがあるかよ!!」

 

 

アマダムはメテオの足を裏拳で弾くと、必殺技を無効化する。

さらにステップを踏むとアマダムは超加速。クロックアップか、メテオはガタックに変身するとマスクドフォームの防御力で攻撃を受け止めようと試みる。

 

 

「さらに私はあの時、ライダーの数に負けたのだ! そもそもウィザードと一対一ならば絶対に負けていなかった!!」

 

 

アマダムはアクセルトライアルの様に連続蹴りをガタックの全身に打ち込む。

大丈夫、なんとか耐えられる。ガタックはうめき声を上げながらもカウンターを仕掛けるためにゼクターの角に手をかけた。

 

 

「キャストオフ!」『Cast Off』

 

「無駄だ!」

 

 

それは一瞬だった。

ガタックから装甲が離れた瞬間、それらは次々に爆発を起こしてガタックの爆煙の中へ飲み込んでいく。

ガタックの悲鳴とアマダムの笑い声。アマダムは鎧を蹴るさい、フォーゼのスタンパーと同じ力を使った。

蹴りを撃ちこんだ部分に魔法陣を張りつけ、それを任意で爆発させる。つまりあの蹴りの嵐は攻撃の意味もあるが、一番の狙いは魔法陣(スタンプ)を貼りつける事だったのだ。

 

 

「ガハァアッ! ぐあぁぁ……ッッ!!」

 

 

変身が解除され、隼世は呼吸を荒げる。

ゼヒュゼヒュと息が漏れ、焦点が定まらない。

ダメだ、気を抜けばすぐに気絶してしまいそうになる。そうなれば終わりだ。ダメだ、死ぬ。

 

意識が朦朧とする中、隼世はオーディンに変身、すぐに瞬間移動をおこなった。

さらにソードベントを発動。アマダムの背後に出現すると、存分に二刀流で切り裂いていく。

 

 

「うぉッ!?」

 

 

背後を振り返るアマダム。しかしそこにオーディンの姿は無い。

するとさらに剣が肩を切り裂いた。飛び散る火花、アマダムがうめき声をあげて真横を振りむくと、そこにオーディンの姿は無い。

 

 

「チッ! 忌々しい! 流石は最強ライダーの一角か!」

 

 

が、しかし。

 

 

「やはり、所詮はニセモノよ!!」

 

「!!」

 

 

アマダムの体から紫色の光が拡散する。

するとまるで世界がスローになったかの様な感覚に陥る。ゆっくりと出現していくオーディンの姿を、アマダムは笑いながら見ていた。

 

 

「私の重加速の中では、お前の瞬間移動も意味をなさない!」

 

 

飛び上がるアマダム、丁度瞬間移動を完了させたオーディンに向けて放つ必殺キック。

 

 

「アマダームッ、キィイック!」

 

「―――」

 

 

言い方はコミカルだが、威力は洒落になるものではない。

オーディンの鎧がバラバラに砕け、隼世は遥か後方へ吹き飛んでいった。そして倒れ、地面を滑る。

確信。確定。勝てない、勝てる訳がない。そうだ、はじめから分かっていた事だ。

 

元々アマダムのクロスオブファイアを貰っているのだ。

むこうとてライダーが反抗する事を考えていたはず。だから裏切られても問題の無い量しか与えていないのは当たり前なのだ。

実を言えば既にギルスやカリスなど、多くのライダーの力が打ち破られていた。

 

そして今も、切り札だと思っていたオーディンが簡単に負けた。

勝てない。勝てる訳がない。隼世は咳き込み、多くの血を流した。

 

 

「良い事を教えてやろう隼世。私はライダーのパワーを防御できる結界を張っている!」

 

「っ!」

 

「ライダーに倒された怪人達の魂を魔力とし、自身に纏わせているのだ」

 

「………」

 

「私はこれらの怪人の魂を通してライダーを研究した。つまりお前の力を全て、私は知り尽くしているのだよ!!」

 

「………」

 

「フハハハハ! 全てはクロスオブファイアの力! 私の力だ!!」

 

「――よ」

 

「あ?」

 

「怪人が喋りすぎるのはよくないよ。負けフラグだ……!」

 

 

体を起こし隼世はニヤリと笑みを浮かべる。

しかし顔は青ざめ、全身には傷、そして血が白いシャツを真っ赤に染めていた。

あまりの強がりは愚かさを生み出す。アマダムは呆れた様に首を振り、ため息を漏らした。

 

 

「惜しいな。本当に惜しい。お前はもう少し利口かと思っていたが……」

 

「買いかぶり過ぎさ。利口なら――、あぁ、ましてや正常な思考ならココには来ない」

 

「その通りだ。そこまで分かっているならどうだ、再び仲間になれ。お前ならすぐに幹部にしてやろう」

 

「フフッ、お決まりの台詞だ。教科書どおりだよアマダム」

 

「なに……?」

 

「キミは何故僕がココに来たのか、それが分かっていないんだね」

 

「では聞こう。何故死ぬと分かってココにきた、市原隼世」

 

 

決まっているだろう?

そう口にした隼世の服が変わっていた。

思わず息を呑むアマダム。まさに一瞬で隼世の体にはバトルスーツの様なものが。

 

 

「勝つためさ」

 

 

そして仮面を被る。そしてクラッシャーをたたき上げるようにして装着。

隼世が変身を完了させたのは、仮面ライダー2号に似ているライダーであった。

 

 

「ッ、それは!」

 

「アマダム! キミはライダーの力を倒された怪人のデータから分析したと言う!」

 

 

つまりライダーが倒した怪人が多ければ多いほど詳細なデータから、より高度な防御結界が張れるだろうと睨んだ。

それは個なのか、全なのかは分からない。おそらくは『全』だろう。つまりライダーの種類は個別ではなく、作品によって統合される。

そう言われてみれば2号では歯が立たなかったのも頷ける。

 

 

「では、これはどうかな!」

 

「何ッ!」

 

「お見せしよう!」

 

 

跳躍。

一瞬でアマダムの眼前に距離が詰まる。

当然だ、変わったのはバッタの改造人間なのだから。そして風を切り裂く蹴りがアマダムの脳を揺らす。

 

後退していく敵を睨みつけながら隼世は着地。

そして体制を低くするとローキックで足払いを狙う。

面白いのは隼世は通常ならば不可能な動きで蹴りを繰り出している。今はまるで自身が駒になったかのように高速で回転しているではないか。

 

 

「ぐあぁあ!」

 

 

アマダムのバランスが崩れ地面に倒れる。

しかし倒れた場所は地面ではなく隼世の脚の上。咄嗟に脚を伸ばした隼世は、自身の脚でアマダムを受け止めたのだ。

そして蹴るようにしてアマダムを浮かすと、その真下にもぐりこみ、両足蹴りで空に打ち上げた。

 

 

「ォオオオオ!!」

 

 

そして自身も腕をバネにして空に跳ね上がると、足を伸ばしながら高速回転。まるでドリルの様にしてアマダムの背を削る。

抉り込む足。そして散っていく火花。アマダムが苦痛にもだえる声が聞こえた。

着地する隼世と墜落するアマダム。信じられないと地面を殴りつけ、怒りの咆哮を上げる。

 

 

「クソッ! そのライダーは!!」

 

「仮面ライダー、ホッパー2」

 

 

隼世がアマダムの対策に選んだのはマイナーなライダーをぶつける事であった。

ライダーを対策するバリアが怪人達の魂で構成されているのなら、その数が少ないほうが有利なのではないかと。

 

 

「ファースト、ネクストシリーズはオールライダーの映画やゲームに一度も出ていないからね……、キミもデータが足りなかったんじゃないかな――ッ!」

 

「グッ!」

 

「しかし彼らも確かにライダー。クロスオブファイアを持つ者にはかわりないッ!」

 

 

再び跳躍でアマダムの背に回るホッパー2。力の2号とは違う、技の2号だ。

激しい蹴りと変則的な動きでアマダムを翻弄し、蹴りは肩を打ち、わき腹を捉える。

ペースが飲まれている。それを察したアマダムは一旦バックステップで大きく距離をとった。

 

 

「なるほど、馬鹿な人間にしては考えている……!」

 

 

煙を上げるわき腹を押さえたアマダム。

いけるか? 一瞬、ホッパー2の脳裏に浮かんだ希望。しかし残念ながらそれはすぐに絶望に変わる。

確かに狙いは良かった。思ったとおり攻撃はアマダムに通用し、それは大きな脅威にはなっただろう。しかしそれはゴールではない、スタートなのだ。

 

 

「打ち負かせるか? そのライダーだけで、お前が知っている全てを」

 

「!!」

 

 

前方で話していたアマダムの声が突如後ろから聞こえた。

ホッパー2が振り返ると、そこにはアマダムのアッパーが。

 

 

「ガハッ!!」

 

 

空へ打ち上げられるホッパー2、そこへさらにアマダムのアームハンマーが待っていた。

地面に叩き落される中、さらにアマダムの脚が伸びてくる。

そう、アマダムが使ったのはオーディンの瞬間移動である。

 

 

「分かるな! 紛れも無くクロスオブファイアが生み出したライダーの力だ!」

 

「黙れッッ!!」

 

 

ホッパー2はすぐに立ち上がり、目の前に迫るアマダムへハイキックを繰り出した。

 

 

「!?」

 

 

しかし脚は僅かに抵抗感を感じただけでアマダムの体をすり抜けた。

これは一体――? しかし隼世だからこそ、その答えは一瞬で導き出される。

アマダムが今使ったのは紛れもない、バイオライダーやシャウタコンボ、ウィザードウォーターが使う液状化ではないか。

 

 

「力は全てだ。そこに正義や悪などと言う曖昧な幻想は存在しない」

 

「グァあぁあぁあああぁああぁッッ!!」

 

 

アマダムはホッパー2の首を掴むと、激しいスパークを発生させる。

ストロンガーやブレイドが使う電撃がホッパー2の体中を駆け巡る。

アマダムはそのままホッパー2を投げ飛ばすと、激しいエネルギー弾をそこへ打ち込んでいった。

 

 

「夢を見るな。現実を直視しろ。幻想の中では、前を歩くことも出来ない」

 

「―――」

 

 

爆煙の中から隼世が姿を見せる。

そう、変身が解除され、へたり込んでいた。脳が揺れて自分が今立っているのか倒れているのか座っているのかも分からない。

吐き気を感じ、隼世は嘔吐した。しかし口からでたのは赤黒い血液である。

崩れ落ちる隼世。出血が酷い。体中の至る所から血が流れ、一部の臓器が正常に機能していない感覚がする。

ダメだ、もう、手が無い。隼世はもう眼を閉じているのか、前を見ているのかも分からなかった。

 

 

(すまない。岳葉、ルミ――、瑠姫さん……)

 

 

やはり、ダメだった。

しかしそれでも、今、死ぬまでの僅かな時間、きっと一秒だけでも自分はライダーになれたのだと信じたい。

 

 

「終わりだ、消えろ、市原隼世」

 

 

アマダムは止めを刺すべく、右手にエネルギーを纏わせて隼世の頭を砕こうと――

 

 

「どッッけどけどけぇえぇえええいッッ!!」

 

「!」

 

 

声が聞こえた。爆音も耳に入る。

現れたその機械、アマダムには見覚えがあった。

 

 

「カイザが乗るバイク、サイドバッシャーか!」

 

 

それがバトルモードとなりアマダムに突っ込んでくるではないか。

新たなる敵か!? そう思いアマダムはサイドバッシャーの軌道からずれる様に横へ跳んだ。

しかしサイドバッシャーは急旋回、アマダムをピッタリ追いかけると、大きなアームを払い、アマダムを弾き飛ばす。

 

 

「ぶち抜く!!」

 

 

さらにサイドバッシャーはミサイルを発射。

無数の爆炎がアマダムの姿を隠す。そしてサイドバッシャーに乗っていたルミは飛び降りると、隼世の前に駆寄り、その体を抱き起こす。

 

 

「ルミ……! どうしてッ」

 

「へへん、どんなもんだい。うまいでしょ? サイドバッシャーの操縦方法ちゃんと勉強したの。中卒でもできましたぜ!」

 

「そういう事じゃなくて――」

 

 

言葉が止まる。もう喋る気力も出ない。

そうするとルミは悪戯な笑みを浮かべ隼世の唇にキスを落とした。

 

 

「――ッ!?」

 

「王子様のキスで目覚めるの。ね? イッチー」

 

 

ぐっと、ルミは隼世を抱き寄せる。

 

 

「まだ終わってないよね、だって貴方は、仮面ライダーでしょ?」

 

「……た」

 

「え?」

 

「僕は――……なれなかった、たぶんきっと、なりたかった。なれたのかもしれないけど、やっぱり、うん、なれなかったんだ」

 

 

未練も後悔も、無くならない。

考えれば考えるほどに分からなくなる。

戦う意味、生きてきた意味、価値、そしてなして来た事。あれをすれば、これをすれば、もうたくさんだ。

 

 

「馬鹿」

 

「え……?」

 

「なに言ってんのさイッチー」

 

 

ルミは、あたり前の様に言う。

 

 

「イッチーはもう、仮面ライダーでしょ?」

 

「!!」

 

 

隼世の目が大きく見開かれた。

そしてそれは一瞬の判断だった。隼世はカリスに変身すると、リカバーキャメルを発動。

使用者の体力を回復させるカードを使い、隼世は傷を治療する。

そうだ、こんなカードがあったのだ。忘れていた。冷静になれば思い出せるのに。

いや、いや、違うのか。これはきっとまだ終わりたくないという願いからか。

 

 

「ルミ、今の言葉は本当なのかい?」

 

「当然っしょ。イッチーは、アタシの仮面ライダーだよ」

 

 

つまり、市原隼世は仮面ライダーだったのだ。

 

そう言う事である。

 

 

「―――」

 

 

カリスの変身を解除した隼世はただジッとルミを見ていた。

しかしそこで殺気。ルミの前に煙を上げたアマダムが転移してくる。

爆煙の中で瞬間移動を使ったのだろう。当然自身に纏わせている魔力の結果によりダメージは最小限に抑えているが、不意打ちで機嫌を悪くしているようだ。

 

 

「ゴミが。今すぐに消えろ!!」

 

 

アマダムはその爪を思い切り突き出した。狙うはルミの喉。

だが違和感、そして止まる腕。見れば隼世がアマダムの腕をしっかりと掴んでいた。

 

 

「なにッ!」

 

 

腕が一瞬でホッパー2に変わる。

仮面を付けている暇は無かった。隼世はそのままアマダムを思い切り殴りつける。

頬に抉り込む拳、アマダムは悲鳴を上げて後退していく。

そしてゆっくりと隼世はその後を追った。

 

 

「チリになれぇえ!!」

 

 

アマダムはエネルギー弾を発射。それは隼世の肩に直撃すると小規模の爆発を起こした。

しかし、隼世は少しだけ目を細めただけで足を止めない。ゆっくりと、ただゆっくりと前進していく。

 

 

「なにっ! ならばもう一発!!」

 

 

再び光弾が隼世のわき腹に直撃した。

 

 

「ハハッ! 命中だぁ!」

 

「………」

 

「!?」

 

 

隼世は、止まらなかった。

いくらリカバーによる回復があったとて、あれだけのダメージを受けていたのだから普通ならばまともに歩く事すら難しいはず。

ましてやアマダムが魔力を込めたエネルギー弾を真正面から受けているのに……。

 

 

「な、何故だ!!」

 

 

光弾の着弾により、隼世の体からは出血が見られる。

そう、彼は確かにダメージを受けているのだ。身が引き裂かれそうな苦痛を味わっているのだ。

にも関わらず隼世は倒れなかった。ただジッと、一直線にアマダムを睨みつけて前進していくのみ。

 

 

「なぜ倒れない! 何をした!」

 

 

明らかに先程までとは比べ物にならない雰囲気を放つ隼世に、アマダムははじめて『恐れ』の感情を抱く。

無理もない、そして強烈な不快感。これはデジャブか。

そうか、そうなのか、アマダムの肩に、背に、確かにつめたい物が駆けた。あの日、あの時、最後に感じた『終わり』と同じだ。

 

 

「来るなッ! 来るな来るな来るなァア!」

 

「………」

 

 

隼世は歩いた。フラッシュバックしていく光景は走馬灯なのか、それとも……。

思う。屑、人、価値、正義。つまらない事で怒られ、下らない事で苦しみ、けれども人はそれを理解してくれない。不快感を撒き散らし続ける。

ある日、ある時、スーパーの店員に不快な暴言を投げている老人を見た。

ある時、無礼で不快なレストランの店員を見た。

ある日、ある時、家族連れが乗った車を煽っている車を見た。

 

人は、屑。

 

不快感ばかりを撒き散らし、他者を思おうとしない。

僕がこんなに頑張っているのに、少しでも世界を良くしようと優しくしているのに、みんな勝手に生きて人を苦しめて。

 

正義ってなんだ。

 

仮面ライダーの映画を見に行ったときに煩く騒ぐ子供達。

いいんだ、キミ達はいいんだきっと。たぶんでも親はそれを注意しないとダメなんじゃないのか。

いや、僕らが耐えれば貴重な親子の時間を満喫させてあげ――。そうだ、それが正義だ。

いや、でも周りの人間もいるわけで、度が過ぎた叫び声や物音は集中力を欠き、ましてやマナートモアレバ――、耐エル事ガ、セイギ、モクニンスルコトガセイギ。

 

ああ、ああ、間違っているのか。

僕は馬鹿なのか。苦しい、怖い、助けて、誰か。

これは一つだけじゃない。世界にはコレが、沢山あって、怖いんだ。

 

世界を前に、僕はどうすれば良かったんだ。

怒りの呪詛を編むべきだったのか。それとも路傍の石ころになって全てを黙認していれば良かったのか。

黙って苦しみ、迷い続ければ僕は人になれたのか、何かになれるのか。

ああ、分からない。分からない。誰か――、誰か。

 

 

こんなに頑張っているのに、どうして僕を誰も褒めてくれないんだ。

 

 

『イッチーは、アタシの――』

 

「なぜ倒れないか? 決まっているだろ、アマダム」

 

 

見えるか? 見えないよな、仮面を被っているもんな。

良かった。男の涙を敵に見られる事ほど、惨めなものはない。

 

 

「わ、私に近づくんじゃねぇえええええッッ!!」

 

 

むき出しになった隼世の顔面には大量の血が流れていた。大量の傷があった。

そしてその目からは、熱い涙が流れていた。

 

 

「それは僕が、仮面ライダーだからだ」

 

 

ありがとう。ルミ。ありがとう、本当に。

 

 

「はぁあ!? 違う! お前はライダーではない!」

 

「いや、僕は仮面ライダーだ」

 

「違うッて言ってんだろォオ!」

 

 

一発、二発、光弾がホッパーの鎧を消し剥がす。

飛び散る破片が地に落ちる中、血まみれの隼世は確かに地面に立っていた。

倒れない、倒れるわけが無い、倒れてはいけない。

 

少なくとも、そういう姿を見てきたからだ。

立ち向かう事から逃げてはいけない、苦しくとも辛くとも、その先にある、かけがえの無い物を守るために戦い続ける。

足は震えるが立ち止まってはいけない、踏ん張ることは逃げでもなければ直視しないことでもない、前に進もうとする意思を示すことなのだ。

たとえその先に死が待っているとしても、後ろには絶対に傷つけてはいけない人がいるかぎり、隼世は前に進み続ける。

ありがとう、ルミ。キミが教えてくれたんだ。

 

 

「僕は、仮面ライダーに……」

 

「何がライダーだ! 貴様は私のクロスオブファイアを与えられたレプリカもレプリカ! 偉そうに吼えるな!!」

 

「………」

 

「怖いだろ! 震えてるだろ! 恐怖してるだろ! 涙してるだろ! それでも前に進むのはネジが外れただけだ、脳がぶっ壊れただけだ。決意とか覚悟とかカッコいい雰囲気出してるんじゃねぇえよォおっ!」

 

「確かに怖い。怖くて怖くて堪らない。だが、それでも僕は進む」

 

「あぁ!?」

 

「だから、僕は――ッ! 仮面ライダーになれたんだ!!」

 

 

仮面ライダー=市原隼世は改造人間である。

彼を改造したショッカーは、世界征服を企む悪の秘密結社である。

仮面ライダーは人間の自由のために、ショッカーと闘うのだ!

 

 

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!! だったらそのまま死ね!!」

 

 

地面を蹴って飛び上がるアマダム。

必殺キックを隼世に向けて放ち、全てを終わらせる一手を繰り出した。

 

当然、それを受ければ隼世は死ぬ。

そもそもライダーの力に抗体があり、クロスオブファイアを内蔵しているアマダムには勝てる訳がなかった。

隼世は死んだ。そしてコチラも。

 

 

「ねえ岳葉くぅん。ごめんなさいは?」

 

「ご――……ごべんにゃぶぁい」

 

 

まもなく死ぬ。

 

 

「よく言えましたッ!」

 

「びぼっ!」

 

 

見るも無残な姿であった。龍騎の顔面は粉々に崩壊しており、岳葉の顔がむき出しになっている。

しかしそれを岳葉と判断する事は難しい。なぜならば今現在、岳葉の顔はカーリーによってボコボコにされ、別人のように変わり果てていたからだ。

顔面は変形し、唇は腫れあがり、髪に関しては一部が毟られる様に消失していた。

 

今も殴られた。

口内に違和感を感じ、岳葉は舌で歯をなぞる。するとバラバラと歯が歯茎から分離し、はがれていく。

幸いなのは傷みを感じない事だ。既に体のいたる所が機能を停止しているようで、痛覚もとっくに消えている。

 

 

「じゃあさっさと消えろ。帰りなよゴミ屑」

 

 

カーリーが岳葉の胴体を蹴る。

転がり脳が揺れると不快感、うつぶせになった岳葉はそのまま胃の中の物をぶちまけていく。

 

 

「お゛ぇえッ! ぼがぁッ! ゲェエ!!」

 

 

血液が混じった吐しゃ物の上をハイハイで移動する岳葉。

なんとまあ、惨めな姿か。しかし岳葉がハイハイで移動する先は、アンダーワールドの出口ではなく、カーリーの前だった。

 

 

「は?」

 

「まっへほ、ふひ」『待ってろ、瑠姫』

 

「おい」

 

「ひば、こいふを、たおしゅからな……」『今、コイツを倒すからな』

 

「あぁぁあぁッ! ウッゼェエエエッッ!!」

 

 

ペニス型の杖を思い切り岳葉の背に叩きつけ、強制的にダウンさせる。

顔は生身の岳葉だが、まだ体は龍騎の鎧を纏っているため、岳葉のダメージは少ない。

しかしこれよりカーリーによる逆鱗の攻撃が始まる。

そう、これを彼は繰り返していた。

 

 

「しつけぇえなッ! テメェは本当にヨォォ!!」

 

「ごば! べば! ぼべぼばッッ!!」

 

 

杖で殴られ、岳葉の心は簡単に折れる。

 

 

「ごめんなざいッ! ぼうじないがら! ゆるじでッッ!!」

 

 

懇願する。

許して欲しい。なんでもする。靴も舐める。裸になって三周回ってワンともいえる。

母親を殺せと言われればそうする。瑠姫を諦めろと言われたらそうする。

アマダムの駒になれと言われたら喜んでなる。次々にそんな言葉を口にしていく。

 

おお、なんて情けない男であろうか。

あれだけ瑠姫を救う、瑠姫を守るといっていたのに、今はもう瑠姫の人格を否定し始めた。

全ては自らが助かるためにだ。瑠姫は酷い人間だ、生きている価値がないから犯され、性欲を発散させる道具にでもならなければならないと。

 

お前は、屑だ、岳葉。

それだけは言ってはいけないのに、お前は保身の為に守るべき人を否定して、本当になんて愚かな。

結局と岳葉は全身を杖で滅多打ちにされ、その後解放された。

 

 

「さあ、お帰りはあちらです」

 

 

魔法陣を指し示すカーリー。あそこに入れば岳葉は元の世界に帰り、解放されるのだ。

おお、カーリーはなんと慈悲深いのだろうか。彼女は岳葉を簡単に殺す事ができる。

しかれども慈悲を与え、命を助けようというのだ。

ありがたい。さあ受け入れなさい本間岳葉。そして感謝しなさい。カーリーに。

 

 

「………」

 

 

岳葉は生まれたての小鹿の様に体を震わせながら、長時間をかけて立ち上がった。

そして、踵を向ける。さあ帰りなさい。ほら早く。

 

 

「さっきぇのごとば、全ブッ、嘘だ……!」『さっきの言葉、全部嘘だ』

 

「は?」

 

 

もう一度踵を返し、岳葉はその勢いを拳に乗せてカーリーの頬を殴った。

ありえるか? もう一度言う、岳葉はカーリーを殴ったのだ。助けてくれると言った優しい優しいカーリー様を殴ったのだ!

なんて――ッ、罰当たりな!!

 

 

「アアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

カーリーは、キレる。

岳葉を押し倒し、腹部に蹴りを入れる。

 

 

「ごッ!!」

 

「お前はさっきからぁああ!!」

 

 

そう、そうだ、岳葉は先程からずっとこうだった。

攻撃をされている時は必死に助けを求める。どんな事をしても助かろうと惨めな姿を晒してみせる。

しかしいざ許しがでると、簡単に掌を返してカーリーを攻撃するのだ、この屑は。

カーリーは怒り狂った。そして嘘つきにバツを与える。

岳葉をうつ伏せにすると、尻の部分に杖を押し当てる。

 

 

「お、おひっ!」

 

「おしおき。瑠姫ちゃんと同じ目に合ってみようか……!」

 

「おい! うそだぼ!? やべっ! うあべろぉおおおぉぉぉぉお!」

 

 

人間には『穴』がある。

カーリーは岳葉の穴に杖先を押し当て、深く、深く、押し込むように杖を突く。

 

 

「オラァアァアッ!」

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

岳葉は白目を剥いて絶叫。

しかし幸いだったのは龍騎の(スーツ)があった事だ。

尻の部分であろうとも等しく防御力は発揮され、杖がスーツを貫通する事はない。

 

 

「ちぇ、つまんない」

 

「―――」

 

 

しかし終わりではない。

岳葉は先程腹部に衝撃を貰っていた。そして今は尻に衝撃。

筋肉もまた一部は活動を止めている。先程と嘔吐したとは言え、体の中にはまだ存在しているものがあた。

分かるだろうか? 答えは、岳葉から発せられる音が証明していた。

 

 

ブチッ! バッチ! ボリュリュリュリュリュ! バリュッ! ブリュッ!

 

 

「ひゃは……!」

 

「―――」

 

「ヒャハハハハハハハハハハ!! こ、コイツ! う、ウンコ漏らしやがった!!」

 

 

ああ、なんて事だ。

これほど間抜けで格好悪い話があるだろうか。

意気揚々と敵陣に乗り込み、大切な少女を守り、救うはずだった白馬の王子は歯が抜け、顔は変形し。

 

いやいや、それだけじゃあない。

髪は引き剥がされてハゲになり、スーツの下じゃ失禁、先程は嘔吐し。

そして遂に今、倒さなければならない敵の前で、救わなければならない少女の精神世界で、事もあろうに脱糞したのだ。

 

お下劣極まりない。なんて下品な男。

ご存知だろうか? 皆様もきっと経験はあるだろうが、高校生くらいまでは便を行う行為は極端に『恥』とされ、まるで罪人の様に扱われた。

もしもトイレで大をしているのがバレれば、ましてや今のように漏らすなどと言う事があれば批難や嘲笑からは逃げられない。

そしてこんなあだ名をつけられるのだろう。

 

 

『ウンコマン』

 

 

――と。

ああ、なんて屑、なんて恥さらし。

お前のような醜い男がかつて存在していただろうか。

なにもなせず、誰も救えず、ここまでの醜態を晒した人間の屑が存在していいのだろうか。

いけないに決まっている。そもそも申し訳ないと思わないのか。今現在お前が使っている龍騎に、真司に、そしてなにより。

仮面ライダーに。

 

 

「ギャハハハ! ヒャーッハハハ! ああ、最高! マジ笑えた」

 

 

岳葉、お前は人として下の下だ。

あまりにも滑稽なその姿をカーリーは存分に笑い、気分を良くしたのか全てを許すようだ。

 

 

「許してあげる」

 

「――ィ」

 

「お礼は」

 

「あ、ありがとうごびゃいまふ……!」

 

「土下座は?」

 

 

岳葉は言われるがままにカーリーに土下座をし、ありったけの感謝を述べる。

カーリーはそのまま踵を返すと岳葉から去ろうと歩き出す。

 

 

「………」

 

 

抵抗を感じた。

カーリーが下を見ると、岳葉が足を掴んでいた。

 

 

「………」

 

 

岳葉の目から一筋、涙が零れる。

なぜだろう? フラッシュバックしていく記憶。

ああ、きっとコレは走馬灯と言うヤツなのか。幼いとき、いつか、入院中の父親と話をした事がある。

少し、いつもとは違う雰囲気で――。きっと父はまもなく病に自分が殺される事を理解していたのだろう。

だからせめて、しっかりと自我を持って話せるときに言いたい事を言っておきたかったのだ。

 

 

『岳葉、両親(おかあさん)を守りなさい』

 

 

無理だ。結局ニートになって泣かせてるぜ。

 

 

『人が嫌がる事をするのは止めなさい』

 

 

無理に決まってるだろ。生きるって事は誰かを蹴落とす事なんだ。

 

 

『誰とでも仲良くなりなさい。悪いところじゃなく、良いところを探せば、きっと大丈夫』

 

 

無理でした。友達いません。

 

 

『人として恥ずかしい事、格好悪い事はしちゃダメだ』

 

 

ウンコ漏らしました。女の子襲いました。人を殺しました。

 

 

『正しい事をしなさい』

 

 

って、なんだ?

クソの約にも立たない事を父は満足げに語っていた。

無理だ、無理に決まっている。幼い岳葉でも理解できた。

でも、あの時、幼い岳葉は首を縦に振った。

 

 

『お父さんとの約束だ』

 

『うん、約束』

 

 

守れなかったな。

守れなかったよ。

守りたかったよ。

守ったほうが、良かったんだろ?

岳葉はボロボロと涙を零していた。

 

 

『あぁ、あと最後に二つ』

 

『?』

 

『まず、今の岳葉じゃ分からないと思うけど、きっといつか、好きな女の人ができる』

 

 

それはお母さんじゃないし、お母さんよりも好きになる人だ。

あぁ、もしかしたら男の人かもしれない。

まあいろいろあると思うが、お父さんはお前が好きになった人ならなんでもいいや。でもまあ、たぶん女の人だ。

 

 

『友達の好きじゃないぞ。もっと好きな人だ』

 

『うん』

 

『その人を絶対に守りなさい。絶対に悲しませるな。絶対に――、愛し抜きなさい』

 

『どうして?』

 

『いつか、きっと、分かる』

 

 

そして、最後に一つ。

 

 

『岳葉、これからお前の人生にはきっと沢山辛い事や大変な事がある』

 

 

それを踏まえ、一言。

 

 

『生きなさい』

 

 

辛くても、悲しくても、惨めでも、哀れでも、愚かでも。

きっと、生きていれば幸せになれる。幸せになれないかもしれないけど、少なくとも生きていれば可能性はある。

 

 

『そしてその時は、絶対に愛した人と一緒にいなさい』

 

 

そうすれば、きっと。

 

 

『お前は、世界で一番強いヒーローになれるぞ』

 

「………」

 

 

岳葉は掴んでいた。しっかりと、確かに、カーリーの足を掴んでいたのだ。

なぜか? 決まっている。逃がさないためだ。殺すためだ。カーリーをぶっ倒して瑠姫の苦しみを終わらせることだ。

たとえ苦しんでも、痛めつけられても、心を何度折られようとも、どれだけ惨めで情けなくて格好悪い姿を見せようとも岳葉はこの足を掴み続けるだろう。

なぜだろう? 決まっている。決まっているのだ。

 

 

「あいひで……ッ、いるんだ」『愛しているんだ』

 

「あぁああ?」

 

「瑠姫を――ッッ!!」

 

 

岳葉は涙を流しながらカーリーを睨んだ。

怖い、震える。だが奮えなければならないんだろう!

 

 

「そんなに死にてぇのか、お前ぇえ」

 

「生きたいさ――、でもッッ!!」

 

 

瑠姫の笑顔が、そこにはあった。

 

 

「たった一人も守れないで――ッ! 生きていく甲斐がないッッ!!」

 

「あぁそう! だったらマジで死ねよッッ!!」

 

 

カーリーが杖を振るうと岳葉の周囲に魔法陣が出現する。

それはウィザードラゴンを瀕死に追いやったあのおぞましい攻撃と同じである。

そう、これより本間岳葉は無数の性器に貫かれ、絶命するのだ。

 

 

「全身を犯してやるよ岳葉! 頭蓋骨も心臓も、全部私のチ●ポで貫いてやるからなぁ! ひゃはははは!!」

 

 

岳葉はそれでも手を離さなかった。

だがダメだ、もう終わりなのか。もうどうしようもないのか。

 

嫌だ、そんなのは嫌なんだ――ッ! このまま終われば、瑠姫は、自分は。

いやッ、違う。岳葉は切に願う。頼む。思う。俺はどうなってもいい。俺はこのまま終わっても良い。

それでも、それでも――ッ、瑠姫だけは助けてやってくれ。瑠姫だけは救ってやってくれ。

もういいだろ、瑠姫はもう良いじゃないか。これ以上苦しむ意味がない、辛い目に合わなくてもいいんだ。

 

俺はいいから。たとえ死んでも――、いいんだ。

でもこのままは嫌なんだ。せめて瑠姫を救い、守り、助け、それで――

 

 

「頼むッ! だずげでッッ!!」

 

「ヤダよバァアアカッ! 絶望して死ねッッ!!」

 

 

違う。テメェになんて言ってねぇ!

俺が求めるのは――、ただ一つ。『お前』にだ。

 

 

「だずげでぐれよッッ! 仮面ライダー!!」

 

 

いつか、誰かがこう言った。

 

 

【ライダーは、いつも君たちのそばにいる】

 

 

「!」

 

 

【何があっても君たちと一緒だ】

 

 

「なんだ! なんだよコレ!!」

 

 

【生きて】

 

 

「なんだこの炎は!! わ、私の魔法陣がかき消されッ!?」

 

 

【生きて】

 

 

「あ、熱いッ! あづいッッ!! あぁっ! あぁああ!!」

 

 

【生き抜け】

 

 

『サバイブ』

 

 

【ライダーは君たちとともにいる】

 

 

歯が抜け落ちようが、髪が剥がれようが、顔がボコボコだろうが関係ない。

尿を漏らそうが、便を漏らそうが、嘔吐しようが関係ない。

悲しもうが、苦しもうが、泣きじゃくろうとも関係は無い。

全て――、この仮面が隠してくれるから。

 

 

「な、なにが起こった!!」

 

 

カーリーは燃え盛る炎を見ていた。

そしてその中央には、確かに、二本の脚で立っている龍騎サバイブが見えた。

 

 

「ぐあぁぁあぁああぁッッ!!」

 

 

アマダムの体から虹色の血が噴出していく。

否、これは血ではなく魂の炎。紛れも無くクロスオブファイアであった。

ダメージの量で排出量が決まるのか、漏れでたのは一部でしかない。

しかし確かに、クロスオブファイアの『カード』と言う部分がごっそりと外に漏れ、それは隼世と、倒れている瑠姫の中へ吸い込まれていった。

 

 

「ば、馬鹿な!! 何故私がッッ!!」

 

 

信じられないとアマダムは、目の前にいる隼世を睨んだ。

 

 

「お前はライダーをデータ化し、僕らに移植した」

 

 

しかしそこに穴があった。

 

 

「お前がにわかで助かった。お前はたった一人、ライダーじゃない者をライダーとして僕らに移植していたんだ。だからバリアを容易に貫く事ができた」

 

 

その通りだ。アマダムキックをエネルギー波で防ぎ、直後真紅のサーベルでアマダムの肉体を深く傷つけ、クロスオブファイアを引きずり出した。

しかしアマダムが彼をライダーと認識するのも無理はない。なぜならば彼は限りなくライダーに近いクロスオブファイアを持っているだろうから。

 

 

「それに、時に彼はライダーと表記される事もあるからね」

 

「意味分かんねぇ事をゴチャゴチャとォオ!」

 

 

走り出すアマダム。一方で隼世は飛び上がり、両足を突き出す。

 

 

「シャドーキックッ!!」

 

「ぐあぁああ!!」

 

 

そう、隼世が変身したのは、変身できたのはシャドームーン。

人は時にシャドームーンをライダーと呼び、時にライダーではないと言う者もいる。

真相は隼世にも分からない。しかしそれは世界も同じなのか、シャドームーンの力はアマダムの対ライダーバリアを打ち破る力を見せたのだ。

さらに緑色のエネルギー波には液状化を防ぐ力もあるらしい。おかげでアマダムに不意を撃つチャンスをくれた。

 

 

「そしてお前から消えた力はカード!」『サバイブ』

 

 

隼世はナイトサバイブに変身。

怯んでいるアマダムに一瞬で距離を詰めると、ダークバイザーツバイを存分に振るった。

青い閃光がアマダムの身を切り裂き、激しい火花を散らす。反撃にと伸びた腕を切り払い、ナイトは思い切り剣を突き出す。

 

 

「ぐぉおッッ!!」

 

 

ヤバイ! アマダムは地面を転がりながら本当の恐怖を覚える。

 

 

「な、なぜだ! なんであのナリでシャドームーンはライダーじゃないんだよ!!」

 

「僕にも――ッ! 分からない!!」

 

「なんだよソレはぁああ!!」

 

『ブラストベント』

 

「うあああああああ!!」

 

 

空中に巻きあがるアマダム。

ナイトは背後を振り向き、倒れている瑠姫を見つめた。

 

 

(まだ終わってないよな、岳葉!)

 

 

そう、終わってなどいない。

龍騎サバイブは炎の中でカーリーを睨みつけている。

カードのクロスオブファイアが完全に体内に宿った事で最強フォームへの変身が可能となったのだ。

メタリックレッドと金色の装飾に身を包む龍騎。仮面も復活しており、カーリーは思わず一歩後ろに下がった。

 

埋め込んだ種は機能し、花は咲いた。しかし焼き千切れた。

これが、サバイブの――、『生き残る』力なのか。

 

しかしすぐに殺意に表情をゆがめると、杖を振るい龍騎の周囲に魔法陣を展開してみせる。

カーリーは瑠姫の絶望、負の集合体、こんな所で死ぬわけにはいかない。永遠に瑠姫を狂わせ、苦しめる事が使命なのだから。

 

 

『ソードベント』

 

 

しかし一瞬だった。龍騎がツバイを振るうと、炎を纏った刃が出現した性器達を全て切り裂く。

バーニングセイバー、燃え盛る剣を構え、龍騎は再びカーリーを睨む。

 

 

『ストレンジベント』

 

 

思い出してくれ。隣にいたのは、俺なんだ。

キミの隣にいて、一緒に笑ったのは俺なんだ。

 

 

『ユナイトベント』

 

 

かけっこで一番になれなかった。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

テストで一番になれなかった。

 

 

(ドラグランザー)と、(ウィザードラゴン)よ!! 一つに交じり合え!!」

 

 

喧嘩で一番になれなかった。

 

 

「完成! 魔炎竜王ウィザードランザー!!」

 

 

なにもかも下から数えた方が早かった。

 

 

「覚悟しろ、カーリー!!」『ファイナルベント』

 

「ひ、ひっぃいッッ!」

 

 

それでいいと割り切っていた。

 

 

「フッ! ハァアアアア……!!」

 

 

でも、キミを守る事だけは誰にも負けたくない。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ぎゅあぁああぁあえぇあぁあぁあああああッッ!!」

 

 

変形したウィザードランザーが足の形に変形。

それを自らの足として放つライダーキック、『ドラゴンエンド』によりカーリーは踏み潰され、爆散。

大量の負のエネルギーは、炎に抱かれて消えていった。

 

 

 

 

 

 

「――ァ」

 

 

目を覚ます。

なんだろう? いつもならば嫌な感覚なのに今日は体が、心がとても軽かった。

しかしすぐに気づく。今までの事、自分の事、瑠姫はハッとし、体を跳ね上がらせる。

するとそこには、自分を見下ろす龍騎サバイブが立っていた。

 

 

「――……良かった」

 

 

そう言い、龍騎は変身を解除する。

 

 

「――ぁ」

 

 

さらけ出された姿は、醜悪の一言。愚かさの極致であった。

見よ。頭は剥げ落ち、皮膚ははがれている。体は変形し、頬からは骨の一部が皮膚を突き破っていた。

腫れ傷、血や膿が混じりあい、悪臭も漂う。指も一部が無いし、一部は変な方向に折れ曲がっている。

ああ、おぞましい! 下半身は便と尿でグチャグチャになっているではないか。

 

 

「岳葉くん――?」

 

 

だが、事もあろうに。

事もあろうにだ! この女、この赤川瑠姫と言う人間は――ッ!

 

 

「岳葉くんッッ!!」

 

 

本間岳葉を、カッコいいと思った。

 

 

「アァアァァ!!」

 

 

涙が溢れる。

だがちょっと待って欲しい。意味が分からない。今この瞬間、瑠姫は岳葉を世界中の誰よりもカッコいいと思ったのだ。

ありえない。ありえるわけが無い。世界一だ、つまり他の誰よりも岳葉がカッコいいと言うのだこのアホは。

 

いかれている。脳みそがおかしいのか。きっとそうに違いない。

だってそうだろう? 格好イイ男なんて子供にだって分かる超絶簡単な問題なのだ。

昨日の晩御飯を思い出すよりも遥かに楽に思い浮かぶものなのだ。

 

だが、この女は、この馬鹿は本気で、本心で、岳葉を格好良いと。

ましてや『愛しい』と思ってしまった。

 

ありえるか? 信じられるか?

こんな下の下、人間とも言えぬ――、そう、まさに怪人の様な、異形のような醜い男をカッコいいと言うのだ。

つまりこうとも言える。この瑠姫と言うヤツは。

 

 

『本郷達、五代達、翔太郎達なんかよりもウンコマンの方がカッコいい』

 

 

そう言うのだ。

この無様に便を漏らした男を一番のヒーローと言うのだ。

狂っているとしか、思えない。

 

 

「―――」

 

 

瑠姫は見た。見てしまった。

岳葉の腹部ど真ん中、そこからおびただしい量の血液が見えた。

いや、そもそも、岳葉の『腹部からは向こうの景色が僅かに見えた』。

 

 

「岳葉くんッッ!!」

 

 

そう、少しだけ遅かった。

カードのクロスオブファイアが届く前に、一本だけカーリーが放った性器型の槍が岳葉に届いていたのだ。

それは腹部を貫き、岳葉の体を貫通した。

 

が、しかし、クロスオブファイアが戻った瞬間、岳葉は立ち上がった。

そう、諦めることなく龍騎サバイブに変身してカーリーを倒したのだ。

なぜ? それは岳葉だけが知っている。その岳葉はゆっくりと、後ろに倒れていった。

 

 

「―――」

 

 

涙が溢れてきた。

叫び、瑠姫は岳葉を抱きしめる。

血がつこうが、尿がつこうが、便がつこうが関係ない。瑠姫はただ一人、たった一人の英雄を抱きしめた。

 

 

「どうしてッ? どうして私なんかを――ッッ!!」

 

「――て、る」

 

「ッ?」

 

『愛してるんだ』

 

 

歯が無いんだ。唇が腫れているんだ。うまく喋れなかった。だがその言葉だけは届いてくれたと信じたい。

愛しているんだ。必死に伝える。瑠姫は分からないかもしれない。けれど、岳葉は瑠姫を愛したのだ。

 

 

「どうして、私なんか、愛される資格なんて――ッ!」

 

「いっひょに、わらっだ……、じゃないか」

 

 

一緒に、笑ったじゃないか。

一緒にいろんなところに行ったじゃないか。そんな女の子、瑠姫だけだ。

別に瑠姫じゃなくても行けるだろう。行けただろう。けれどもそれは結果論でしかない。その過程には確かに瑠姫がいた。

 

岳葉と言う人間は、瑠姫と出会い、瑠姫と笑い、瑠姫のそばにいた。

ずっとそれが良いと思った。瑠姫と言う人間がどんな過去を持っていたとしても構わない。

瑠姫だけなんだ、瑠姫じゃなければダメなんだ。

 

 

「だか……ら……た…す、け――」

 

「ねえ! 待ってよッ! 行かないでよ岳葉くんッ!!」

 

 

いや、無理だ。ごめん。

既に限界だったんだ。腹に風穴が開いて、臓器が零れていった。

普通すぐに死ぬ。けれども立ち上がり、戦い、勝ったのは。

 

 

「キミを――、愛して……いた、から――ッ」

 

 

今にも消え入りそうな儚い声だった。

 

 

「私もッッ!!」

 

 

反射的だった。

瑠姫はこんなにも醜い男の唇にキスをした。

いや、もう既に唇がどこなのかも分からない。それでも瑠姫は『愛の証明』を行ったのだ。

 

 

「私もぉ、貴方が、好きッ!!」

 

 

これだけは言わなければならない。

瑠姫は本能で悟った。

 

 

「………」

 

「岳葉くん?」

 

「―――」

 

「岳葉くん!? 待ってよ、ねえ! 待ってってば!!」

 

「   」

 

「あ、あぁああッッ!」

 

 

岳葉は死んだ。

しかし不思議な事に、この男の死に顔はなんとも楽しそうで、嬉しそうだった。

分かるか? 理解できるか? 血に塗れ、激痛に塗れ、苦痛に溢れ、恐怖に溺れ、惨めさに覆われ、それでも、それでもこの男は笑みを浮かべて死んだのだ。

瑠姫を助けたのに、そこから先はない。それでも岳葉は満足だったのだ。こんなになっても嬉しそうだったのだ。

なぜならこの瞬間、この男はロボットではなく『本間岳葉』になれたのだ。

 

 

「岳葉ッ!!」

 

「本間くん!!」

 

 

想像を絶する最期に隼世とルミも声を上げる。

一方で地面にはいつくばっていたアマダムは手の甲にある魔法石を光らせた。

すると次の瞬間、瑠姫の周りに無数の怪人が出現し、あたりを埋め尽くす。

 

 

「なッッ!!」

 

「フハッ! ふははは! 全ての力を使って、私は最後の邪魔をしてやる!!」

 

 

またもライダーに計画を邪魔された。

そんな想いがアマダムの怒りを頂点に向かわせる。

ウィザードに敗北してからと言うもの、なんとか魂の一部を逃がして助かり、そこからさらに復讐と野望達成の計画を練りに練ったのに――。

 

 

「せめて瑠姫だけは殺す! 岳葉、お前の願いは認めない!!」

 

「お姉ちゃん!!」

 

 

これは最悪の状況であった。隼世(ナイト)と瑠姫の間には視界を覆いつくすほどの戦闘員達が見える。

いくら雑魚であろうともこれだけの数を蹴散らしつつ瑠姫を助けにいくのはかなりの時間が掛かる。

その間に生身の瑠姫は簡単に殺されてしまうだろう。ましてや後ろにはアマダム、そちらを無視する事は絶対にできない。

ならばと動いたのはルミだ。サイドバッシャーを使い瑠姫を救出しようと言うのだろう。

 

 

「あ」

 

 

しかしサイドバッシャーは爆散する。

見れば、アマダムが手を伸ばしていた。

 

 

「ハハハハ! 終わりだ!」

 

「グッ!!」

 

 

アマダムは地面を蹴ると跳躍。ナイトの前に立ちふさがる。

こうしている間にも戦闘員達は三百六十度、全ての方向から瑠姫を殺そうと走っていく。

しかし瑠姫に恐怖はなかった。彼女は岳葉を抱きしめ、目を閉じる。

良いんだ、別に、大好きな彼がいなくなった世界で生きる意味なんて――。

 

ない、のだろうか?

 

嘘、嘘だ。

ある。あるに決まっている。

 

 

「ッ!」

 

 

瑠姫は恐怖していた。

だってそうだろう? 美味しい物を食べたい。楽しい映画を見たい。

面白い物を見て笑いたい。ルミと一緒に旅行に行きたい。お母さんにまた会いたい。

ある、まだある。考えれば考えるほど希望は悲しいほどに湧き上がってきた。

その心にあるのは純粋な願い。

 

 

(岳葉くんッ、私――、私まだ死にたくないよ!!)

 

 

だが無理だ。

もう岳葉は死に、隼世とルミは戦闘員の壁の向こう。

諦めるしかない。それでもいいのかも。瑠姫はただギュッと、強く、強く、岳葉を抱きしめた。

 

そして謝る。

ごめんなさい、私がアマダムの話しに乗らなければ貴方は――。

人が怖かった。人が嫌いだった。もっと早くに貴方と出会っていれば。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。

 

 

「クソッ! 諦められるか!!」

 

 

声が掠れるほどにナイトは叫ぶ。

 

 

「岳葉が命を賭けて守ろうとした人を、絶対に死なせられるかよッッ!!」

 

 

走るナイト。しかしその肩をアマダムが掴む。

 

 

「行かせるかァア! 絶対に邪魔をしてやるッッ!!」

 

「お前ェエ!!」

 

「それにもう遅い! 戦闘員達は既に瑠姫の下に到着している筈だアァァ!」

 

「ッ!」

 

「ショッカー戦闘員に、ワームに、モールイマジンにズタズタにされてるだろうよ! ヒャハハハハハ!!」

 

 

ダメか。ダメなのか。

ココまで来て、守れないのか!

 

 

「お姉ぢゃんッッ!!」

 

 

ルミが涙と鼻水で顔をグシャグシャにして叫んでいるのが見えた。

たった一人――、守れないで――ッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アーイッッ!!』

 

「!!」「!」「!?」

 

 

音が。

刹那、戦闘員達が空に吹き飛ぶのが見えた。

 

 

「え……?」

 

 

瑠姫は覚悟していた。

痛みに、恐怖に。しかしいつまで経ってもそれらは自分には降りかからない。なぜ? どうなっているの?

すると音が、声が聞こえたような気がした。

 

 

『生きるんだ』

 

「……っ」

 

 

戦闘員達は、瑠姫を殺そうと走る。

しかし――。

 

 

『ゥェバッチリミナー!』『ァバッチリミナー!』『バッチリミナー!!』

 

「な、なんだ?」

 

『バッチリミナー! バッチリミナー! バッチリミナー!』

 

 

電子音と共に戦闘員達は、瑠姫から弾き飛ばされるようにして離れていく。

アマダムの声が震えていた。

それは、知らない音だったから。

 

 

「なんだコレは!!」

 

 

恐れ、恐怖、これはまさか。

 

 

「わ、私の知らない! これは、まさか!!」

 

「……そうか、そういう事か」

 

 

隼世はなんだかとても分からない感情を覚える。

思わず、笑みがこぼれてしまった。

そうか、あるな、あるよな、一個だけ、死んでもまだ、手はあるんだよな岳葉。今やってる番組だからな、見た事があったんだなキミは。

 

 

『カイガン!』

 

「岳葉。キミは死んでも、まだ、瑠姫さんを――」

 

『オレ!』

 

「アマダム、見てごらん、あれが愛だよ」

 

『レッツゴー! カクゴ! ゴ・ゴッ・ゴッッ! ゴーストッッッ!!』

 

 

見えるだろうか。いや、見えているのは隼世だけだ。

アマダムにも、戦闘員達にも、ルミにも、ましてや瑠姫にもその姿は見えない。

だが隼世には見えた。瑠姫の前に確かに立っている――、仮面ライダーゴーストの姿を。

 

 

「なぜだ! 私の知らない力が何故存在できる!!」

 

 

ライダーのデータはアマダムが作り岳葉たちに移植した。

にも関わらずアマダムはゴーストを知らない。彼が知っているのはドライブまで。

PCで言うなればカットしペーストしたデータに全く知らないデータが入っているようなもの。普通に考えればそれはありえない事だった。

しかし隼世には分かっていた。その理由、答えが。

 

 

『なあ、隼世、アマダムは任せてもいいか?』

 

 

それは採石場に向かう途中の事だった。バイクを並べ走る二人。

その中で岳葉は隼世に声をかける。内容はアマダムを倒す事は隼世に一任したいとの事だった。

 

 

『その代わり、瑠姫は俺に任せてくれ。絶対に、絶対に助けてみせる』

 

 

ラスボスを任せる事は無責任な事にも感じる。

しかし隼世はそう思わない。それだけの意思を岳葉から感じたからだ。

 

 

『俺はダメなんだ。俺はアイツを倒しちゃいけない、世界の平和を守るようなたいそうな事をする資格は無いんだ』

 

 

それはヒーローのやる事だ。

自分みたいな屑がやっちゃいけない。多くの人間を傷つけて苦しめた岳葉にはアマダムを倒す資格が無いのだと。

 

 

『でも、それでも彼女だけは……、瑠姫だけは守りたいんだ』

 

 

そのエゴだけは、その我侭だけは通したい。

岳葉は切に思う。ごめん、紫ちゃん。紫ちゃんのお父さん。トラックの運転手さん。母さん。

傷つけてしまった人たちよ。俺は、オレにもやっと本当に叶えたい願いが出来たんだ。だから、お願いだ、それだけは叶えたいんだ。

 

 

『それに、俺は――』

 

「岳葉、お前は――ッッ!」

 

 

隼世の声が震えていた。

見えたんだ。戦闘員達が吹き飛ぶ中で、その遥か向こうにいた男の姿を。

 

 

『彼女を守っているときなら、本当の仮面ライダーになれる気がするんだ』

 

(なれたんだな、岳葉)

 

 

見える、見えるよ、僕にはお前の姿が。

 

 

『アーイッ!』

 

 

仮面ライダーの姿が。

 

 

『カイガン! ムサシ!』

 

 

隼世は何百もの戦闘員の中で、たった一人で剣を振るっている男が見えた。

赤いパーカーを着た、仮面ライダーゴーストの姿を。

 

 

「―――」

 

 

瑠姫には見えない。

しかし、見えた気がした。彼女は目を見開き、呆気に取られた表情を浮かべて涙を一筋零す。

 

ゴーストは左手にもつ剣でワームを切り裂くとそのままマスカレイドを睨みつつ体の向きを変更。

左の剣でなぎ払うようにマスカレイドやショッカーを蹴散らすと、右腕に持っていた剣を振り上げて瑠姫の背後に迫っていたアントロードを一刀両断にする。

スローになる世界。左の剣を思い切りふるってゴーストは旋回。回転しつつその周囲にいたダスタードやイマジン達を切り払う。

 

さらに右の剣も合わせて、そのまま二刀流による渾身の回転切りを行った。

シアゴースト達の胴体が真っ二つになり、上半身と下半身に別れて爆散していく。

 

まだ終わらない。

一回転のフィニッシュに左の剣を斜めに振り下ろし、クモ怪人を切りつけた。

怯み、動きが止まった所で右の剣も斜めに振り下ろし、クロスの残痕を刻み付ける。

クモ怪人はすぐに爆散。周囲にいる怪人達も誘爆を起こして消滅していく。

 

それだけじゃ物足りないのかさらにゴーストは剣をふるって存分に戦闘員を蹴散らしていった。

斜めに連続切り、爆発していく敵。おっと危ない、瑠姫に向かってチャップがバトンを振り下ろした。

させない、させるわけが無い。絶対に傷つけさせるものか。ゴーストは二刀の刃でバトンを受け止めると、思い切り刃をクロスに振るい攻撃を弾いた。

 

弾かれ、後退していくチャップ。

何かいる。確実に何かが潜んでいる。チャップに連動するようにして瑠姫から距離をとる戦闘員達。

その中で見えるだろうか? 二つに分離したガンガンセイバーを構えたゴーストの姿が。

 

借りる魂は宮本武蔵。

佐々木小次郎との決闘で一対一の約束を守らず、弟子を連れていき、結局は弟子が小次郎に止めを刺す形になった。

別の話によれば弟子達を連れて小次郎をリンチしたとも言われている英雄である。

 

 

『カイガン! エジソン!!』

 

 

逃げたチャップに迫る電撃。

銃に変わったガンガンセイバーから放たれるは、黄色い電流。

それらは着弾すると周囲に拡散していき、次々に戦闘員達を爆発させていく。

 

それを放つのはエジソンの魂。

ライバルが製作した電力同源を電気椅子に使用し、囚人を処刑。

その処刑ショーの最期に、『この恐ろしい処刑器具をライバルが発明した』と説明し、評価を地に落としたと言われている英雄である。

 

 

『カイガン! ニュートン!』

 

 

瑠姫に近づく戦闘員達が引力によってゴーストの手に集中し、直後斥力で吹き飛ばされる。

ゴーストに力を貸すのはニュートンの魂。他人の提出した論文を自分のものとして発表し、科学会のトップに立つと、始めにライバル科学者の業績を抹消したとされている英雄である。

 

 

「イーッ!」

 

 

やられてばかりではないと、ショッカー戦闘員達はどこから持ってきたのはバズーカーを一勢に構え、直後引き金を引いた。

ダメだ、砲弾を見て瑠姫は目を閉じて腕で顔を覆う。

轟音が聞こえた。終わった。死んだ。そうは思えど、やはり瑠姫の身には痛みなど欠片もやってこない。

 

 

「岳葉くん――?」

 

『アーイ!』

 

 

何故? 分からない。

 

 

「そこにいるのッ?」

 

『カイガン! ベンケイ!!』

 

 

両手を広げ、瑠姫を守った戦士の姿は見えないだろうな。

だが、ゴーストはそれでも良いのだ。ハンマーモードに変えたガンガンセイバーを振り下ろし、力強く地面を叩く。

地面が振動し、ショッカー達はバランスを崩してへたり込む。

 

それを成したのは道行く人を襲い、通りかかった帯刀の武者と決闘して999本もの刀を集めたとされている。

――が、しかし一説では悪徒浪人を集めて悪行を働くというので、お尋ね者になっていた僧侶の偶像化とされている弁慶の魂であった。

 

 

『カイガン! ビリーザキッド!』

 

 

二丁拳銃が火を噴き、動きを止めていた戦闘員達の眉間を打ち抜いていく。

それは百発百中。死してなお愛する女を守りたいと言う願いに呼応して力を貸すのは、牛泥棒や強盗や殺人を重ね、ある時は刑務所を脱走し、12歳から21歳までの間に21人は殺したとされている英雄だった。

 

 

『カイガン! ベートーベン!』

 

 

聞くがいい、運命の音色を。

激しい音楽は戦闘員達の耳にのみ届き、激しい轟音は脳を狂わせ、戦闘員達は音撃に次々と爆散していく。

たった一人で戦おうとする少年に味方をしてくれたのは、親しくなった人間には度がすぎた無礼な事を言ったり、癇癪を起こして女性に物を投げつけていた英雄だった。

 

 

『カイガン! ロビンフッド!』

 

『ダイカイガン! ロビンフッド・オメガドライブ!』

 

 

様々な言い伝えがあれど、実際は存在していない虚構の存在であるとされる英雄がゴーストに力を貸す。

瑠姫を囲むように分身すると、一勢に光の矢を放ち、近づく戦闘員を爆散させていった。

 

しかし戦闘員はまだまだうじゃうじゃと瑠姫に向かってくる。殺そうと、奪おうと走って来る。

かつてない程の大群だった。気を抜けば恐怖が、絶望が、苦痛が心を蝕もうと容赦なく牙を向いてくる。

 

しかし、ゴーストは、岳葉は怖くなかった。

瑠姫が見てくれているから、瑠姫がそこにいるから、きっと勝てば、瑠姫は笑ってくれるから、幸せになってくれるだろうから。

まあ、とは言え、力を使えば疲れてしまう。ふとバランスを崩して倒れそうになった。

しかし倒れない。なぜならば、支えてくれた『魂』があったからだ。

そうだ、そうだよな、こんなところじゃまだ倒れちゃいけないよな。ゴーストはその魂を掴むと、涙を流しながら咆哮をあげる。

 

 

「ォオオオオオオオオ!」『イッパツ! トウサンッ!』

 

 

ずっと見守ってくれてたんだな。

ごめんな、こんな息子で。

 

 

『トウサン! カイガン! ブースト!』

 

 

俺は母さんを残して死ぬ。

ソレは息子として最低の事だ。でも分かってくれ。

 

 

『オレガブースト! フルイタツゴースト!』

 

 

それでも、守りたい物があったんだ。

 

 

『ゴー! ファイ! ゴーファイッ! ゴーファイッ! ゴーファイッ!』

 

 

聞いてよ父さん。オレにも守りたい人ができたんだ。守りたい物ができたんだ。

 

 

『アーイ!』

 

 

母さんより好きな人ができたんだ。

だから死んだんだ。命を賭けても愛したい人ができたんだよ。

 

 

『カイガン!』

 

 

オレは、ヒーローになれたんだ――!

 

 

『ヒミコ!』

 

 

お父さんと一緒になれたんだよ――ッ!

 

 

『オメガシャイン!!』

 

 

円形状のエネルギーカッターが戦闘員を蹴散らす。

なんの罪も無い人を奴隷とし、時に海外に売り、自らが死んだ際は100人もの奴隷を生き埋めにしたと『言われる事もある』英雄の力であった。

 

 

『カイガン! ゴエモン!』

 

 

ヒミコ時に解放されたエネルギーが桜の様に舞い落ちている。

その中でサングラスラッシャーを逆手に持って、まるで舞うようにゴーストは戦闘員達を切りつけていった。

カン、カン、カンカンカンカンカン。斬撃音に混じる拍子木。そして爆散していく戦闘員達の中で、ゴーストは大きく見得を切った。

 

(ブースト)の頼みで駆けつけたのは、同じく(おや)であった英雄。

ゴーストに協力するのは、自らの行いのせいで母親が熱湯をかけられて苦しんで死に、息子もまた釜茹でにされて死んだからだろうか。

 

 

「瑠姫、生きるんだ」『アーイ!』

 

「……!」

 

「生きて生きて、それでも生きれば、きっといつか、全てを忘れられる」『カイガン!』

 

 

この声は届いていない。

それでも良い。これは自分に向けた言葉でもあった。

 

 

「忘れられずとも、受け入れられるかもしれない。お前には味方が、仲間がたくさんいるんだ!」『リョウマ!』

 

 

今は見つけられずとも、いつか、必ず現れる。

正義を、仮面ライダーになろうとすれば、きっと、孤独じゃない。

 

 

「誰かが、キミを愛しているんだ!!」『メザメヨニッポン! ヨアケゼヨッ!』

 

 

少なくとも、自分がそうだ。

人を思いやる心があれば、いつか、きっと。

 

 

『闘魂ダイカイガン!』『リョウマ! オメガドライブ!!』

 

 

銃に変わったサングラスラッシャーから超強力な弾丸が無数に発射され戦闘員達を吹き飛ばしていく。

そして最後の一発はうろたえているアマダムに直撃する。

 

英雄の力は偉大だ。

たとえ、それが船で当たり屋じみた事をしたり、道を塞ぐものは少女だろうと怒鳴って蹴ったり、手段を選ばない利己的な男と称された者でも。

 

 

「がぁうあぁぁあぁあ!!」

 

 

アマダムは地面を転がり、大きく血を吐いた。

 

『サンキュートーサン!』「俺の魂が、運命を切り開く!!」『グレイトフル!』

 

 

無数の魂が空に漂う。

 

 

『ガッチリミィナー! コッチニキナーッ!』

 

 

多くの英雄が罪を犯した。多くの英雄が血に塗れた。多くの英雄が惨めさを纏った。

しかしそれでも、人は彼らを英雄と言う。憧れ、ヒーローと謳うのだ。

多くの人を苦しめても、殺めても、彼らは『な』した。

 

それに、伝えている言葉が真実なのかは誰も知らない。

たとえ同じ時代に生きようとも、何を思い、何に苦しみ、何の為に戦ったのかは『本人』だけが知っていることだ。

 

 

存在(いのち)、燃やすぜッ!!」『ゼンカイガン!』

 

 

現われた戦士の名は。

 

 

『ケンゴウハッケンキョショウニオウサマサムライボウズニスナイパー! ダーイヘンゲ~~ッッ!!』

 

 

仮面ライダーゴースト、グレイトフル魂。

そして瑠姫を守る様にして円形に並び立つ英雄達。黒も白も抱えた英雄達は、間違いなく人間だった。

 

 

『メガオメガフォーメーション!』

 

 

英雄達は一勢に周囲の戦闘員達を攻撃。

激しい爆発が巻き起こり、戦闘員達はすべて爆炎に消える。

 

 

「―――」

 

 

中央にいた瑠姫には傷一つ無い。

それがどういう意味なのか、彼女自身が分かっているのか、ただ呆然と空を見つめ、涙を流していた。

 

 

「ば、ば、馬鹿なッ!! なぜだぁあ……!」

 

 

焦り、危険信号、本能が告げる死への予感。

アマダムが素早く立ち上がると、前には隼世が立っていた。あんなものを見せられたのだ、隼世にも意地があろうて。

 

 

「終わりにしよう。アマダム!」『ターン・アップ』

 

「な、なぜお前達が私を押している! 仮面ライダーでもない、お前達が!!」

 

「なれたからさ、たとえ一瞬でも、一秒だけだったかもしれないけど、僕達はきっと」『アブソーブクイーン』『エボリューションキング』

 

 

13体のアンデッドの力が隼世に収束していく。

ギャレン、キングフォームはかつてイレギュラーといわれたブレイドのキングフォーム同様、その鎧にアンデッドのクレストを刻んでいる。

 

アマダムが設定していなかったゴーストに岳葉がなれたのも。

隼世が13体のアンデッドを融合させたキングフォームになれたのも。

全ては彼らの中にあるクロスオブファイアが『アマダムの一部』から、『岳葉』の物、『隼世』の物になったからに他ならない。

 

 

「あ――ッ! あぁああ!」

 

 

アンデッドの力が一つ、ロックが発動される。

下半身が石化するアマダム。高速移動も液状化もできない。一方で独りでにキングラウザーに収束していくカードたち。

 

 

「な、なぜだ! どうせアレ(ゴースト)も、お前のソレ(キングフォーム)も、お前達の力じゃないのに!!」

 

「同じだからさ、流れているものが!」『ダイヤ10』『J』『Q』『K』『A』

 

「なにっ!!」

 

「気づいたんだ。僕達は、この命を賭けて戦う理由に!」

 

 

それは、『彼ら』と同じはずだ。

 

 

「一体なんだって言うんだよォオ!!」

 

「分からないかアマダム! 愛だ! 僕達は遥かなる愛の為に命を燃やし、戦うんだ!!」『ロイヤルストレートフラッシュ!』

 

 

赤いマントをなびかせ、ギャレンから特大のレーザーが放たれた。

金色の奔流はアマダムを飲み込み、遥か後方へ吹き飛ばす。

 

 

「ごがぁぁああ!!」

 

 

アマダムは悲鳴を上げて地面を滑る。

しかしまだ息はある。流石は無数のライダーキックを受けた耐久力である。

ギャレンはふと、背後を見る。ゴーストと目が合った。

 

 

「行こう、岳葉」

 

「でも……、オレは」

 

「いい加減、そろそろ始めようぜ仮面ライダー」

 

「!」

 

「言っただろ。今日は、僕とお前だけのダブルライダーだって。僕らは今日限りの主役なんだ」

 

「ッ! ああ、ああ!!」

 

 

一歩、ゴーストは前に踏み出した。

 

 

「岳葉くん!!」

 

 

瑠姫は立ち上がり、叫んだ。

愛する人がそこにいるんだ。見えずとも、叫ぶ。

しかし岳葉は止まらない。瑠姫には目もくれず進み続ける。

 

 

「ライダー!!」

 

 

だが、ふと、その言葉に反応して振り返った。

 

 

「ありがとう瑠姫、キミがいたから、俺は変身できたんだ……!」

 

 

跳躍。ゴーストはギャレンの隣に並び立つと変身を解除する。

岳葉と隼世の視線を受けてアマダムは感情を爆発させる。怒り、悔しさ、そしてなにより理解不能による混沌。

皮肉にも、その時、アマダムの目に岳葉の姿が映った。

 

 

「分かっているのか隼世、岳葉!」

 

「!」

 

「いくらクロスオブファイアがお前達の中で増幅し、お前達の色に染まろうが、真の持ち主が私にある事は絶対にかわりない!」

 

 

いわばアマダムが概念。この岳葉達の世界に降り立ち、魔法を掛けた。

クロスオブファイアの存在、ライダーの存在、それら全てのファンタジーはアマダムが死ねば取り払われる。

簡単に言えば、アマダムが倒されれば、隼世と岳葉の中からライダーの力は消える。

二度と変身できなくなるのだ。問題は、ゴーストと言う概念もまた、あくまでもライダーの力として考えられる事だ。

アマダムが死ねばクロスオブファイア自体が消え去る。そういう話である。

 

 

「岳葉! 私が死ねば、お前も死ぬ!!」

 

「分かってるさ。死んでも動けるなんて、ライダーの力ってのは便利だな」

 

「私を殺せばお前は消える! そうと分かっていて何故ッッ!!」

 

「それは――」

 

「キミを人を殺していた。怪人と何が違う? そして気づいたんだろう? 人は虫けらと同じだ!!」

 

「もう、それは過去さ」

 

「なにッ!」

 

「オレはもう間違えない。愛してるから、瑠姫を」

 

「!?」

 

「彼女は虫けらなんかじゃない。彼女がこれから歩む幸せに、支配も、怪人も、恐怖はいらない」

 

「だから死んでも良いってか!? もう会えないんだぞ! 悲しくないのか!!」

 

「悲しいさ。でも決めたんだ。たとえ悲しくても、オレはそれを噛み締めて戦う。たった一人でも、瑠姫を守るために!!」

 

「!??!??!?!?!」

 

 

アマダムはすぐに隼世を見る。

すると隼世は首を振った。彼もまた、岳葉と同じ気持ちのようだ。

 

 

「言っただろ、お前の野望は僕が砕くと。世界を支配するなんて事は許されない」

 

「ぐぅぅうッ!」

 

「決めたんだ。独りでも。一人でも多くの人を護ると」

 

「岳葉ッ、隼世、お前は―ッ、お前達はァア!!」

 

 

両手に激しいエネルギーを纏わせて走り出すアマダム。

一方で岳葉と隼世は新たなる変身アイテムを構えた。もう一つあった。死んでいても変身できるライダーが。

 

 

「いこうぜ隼世、これが最後のダブルライダーだ!」『カメンライド!』

 

「ああ、全ての因果と、全てのファンタジーに終わりを告げる!」『カメンライド!』

 

 

二人はカードを構え、アマダムに向かって走り出す。

 

 

「変身ッ!!」『ディケイド!!』

 

「変ッ身!!」『ディッエーンッッ!!』

 

 

仮面ライダーディケイドと、仮面ライダーディエンドは並び、走る。

全てを破壊し、全てを繋ぐ。それが二人の、望んだ事だ。

その思いに呼応するように気づけば姿が変わっていた。

ディケイドコンプリートと、ディエンドコンプリートはアマダムに距離を詰めていく。

 

 

「決着をつけるぞ、仮面ライダー!」

 

 

アマダムは叫んだ。

勝機はある。以前なんてそりゃあ激しい攻撃を最後の最期まで耐え抜いたのだ。

鎧武とインフィニティーの攻撃でギリギリ限界がきただけ。まだあの二人の攻撃を耐えるだけの余裕は。

 

 

『テレビクゥンッ!』『ゲキジョウバン!』

 

「は?」

 

 

あれ、おかしいな。さっきまで二人だけだったのに、なんか、いっぱい走ってくるんだけど。

 

 

「本当に良いんだな、岳葉!」『ファイナルアタックライド』

 

「当たり前だ! いくぜ! 隼世!」『ファイナルアタックライド』

 

 

一瞬だった。

ディメンションシュートをアマダムに命中させたディエンドは高速移動でアマダムに急接近、ゼロ距離射撃の形を取る。

 

 

「終わりだ、アマダム!!」

 

「あ」

 

 

沢山のキックが見えた。

 

 

「ヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

光がアマダムを多い尽くす。

 

 

「なんだよ、またかよ、本当……、何が違うって言うんだよ」

 

 

同じ力だろ、悪の力だろ?

異形の血が流れてるんだろ?

なのに、なんで。

なんで。

なん――。

 

 

「決まってるだろ」

 

 

爆発し、塵になったアマダムを背に、ディケイドとディエンドは同時に口にした。

 

 

「瑠姫がいるからだ」「ルミがいるからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「岳葉くん!!」

 

 

変身を解除した岳葉の姿は、瑠姫とルミも肉眼で確認できた。

ディケイドの力がいろいろと面倒なものを吹き飛ばしてくれたようだ。

しかしそれでも、世界のルールには逆らえなかったのか、岳葉の体が透け始め、光の粒子となって空に消えていく。

瑠姫は居ても立ってもいられず、岳葉を抱きしめる。しかしその腕は虚しく空を切り、何の感触もなかった。

 

 

「ッ!」

 

「あはは、オレさ、今、幽霊だから」

 

 

しかし特典は消える。この世界からクロスオブファイアの存在は消える。

さようなら、仮面ライダー。

 

 

「ルミちゃん」

 

「ッ、なぁに?」

 

 

意味を理解したのか、ルミもまた泣いていた。

 

 

「瑠姫をよろしく。ずっと一緒にいてあげてね。隼世とも仲良くね」

 

「うん。任せてよ! アタシがバッチシ二人を護ってあげるんだから!!」

 

 

ルミは親指を立てて、泣きながらも笑ってくれた。

だから岳葉も迷う事無くサムズアップを返すことができた。

古代ローマで満足、納得できる行動をした者にだけ与えられる仕草。それに相応しい男に岳葉はなったのだ。

 

 

「嫌だ!」

 

「瑠姫?」

 

「ヤダ! 嫌だ嫌だ嫌だッッ!! 岳葉くんと別れたくないッッ!!」

 

 

子供の様に駄々をこねる瑠姫。

彼女には悪いが、その仕草がどこか可愛らしく見えて、岳葉は笑ってしまった。

なにより、嬉しかった。分かるだろうか? 自分と別れたくないと、自分の死をこんなにも悲しんでくれる人が親以外に居たのだ。

これほど嬉しい事はないだろ。

 

 

「楽しかったよ瑠姫」

 

「ッ」

 

 

はじめて女の子とキスをした、手を繋いだ、一緒に笑った。

忘れない。たとえ死んだとしても、絶対に忘れるものじゃあない。

 

 

「はじめて家族以外に、必要とされた」

 

「岳葉くん……!」

 

「オレの一生の財産だ」

 

 

瑠姫は崩れ落ち、泣きじゃくる。

申し訳ないが、もう時間は無かった。既に手は完全に消え、まもなく全てが消える。

岳葉は最後に隼世を見た。隼世の目に涙は無い。酷いやつだ。

 

 

「もし――、時間があればさ、オレ達って友達になれたのかな?」

 

「何言ってるんだよ、キミは」

 

 

まあ無理か。岳葉は笑っ――

 

 

「僕はもう、友達だと思ってるよ」

 

「……はは」

 

「共に命を賭けたんだ。親友だろ、普通に考えて」

 

「お前って、やっぱり良い奴なんだな。ちょっと悔しいわ」

 

 

ゆっくりと、岳葉は深呼吸を行う。

 

 

「はじめてできたかもしれないな、友達」

 

 

もしかしたら過去にもいたんだろうか? いや、やめよう。今だ、今。

 

 

「恋人もできた」

 

 

どうか悲しまないで。

どうか、苦しまないでくれ。

 

 

「生きてて、良かったな……」

 

 

岳葉は満足げに笑い、目を閉じた。

 

そこにはもう、誰も居なかった。

 

 

「―――」

 

 

瑠姫は声を上げて泣いた。

普通の、あまりに普通の幸せでよかったんだ。

なのに、こんな。

 

 

「会いたいよぉ、岳葉くぅん――ッ!!」

 

 

どうすればいいんだ、これから、どうすれば。

 

 

「生きろ。生きるんだ、瑠姫さん」

 

「!」

 

 

顔を上げる瑠姫。

隼世は試しにライダーベルトを出現させようと力を込める。

しかしどのライダーも呼び出せない。隼世の腰にベルトが巻かれる事は無かった。

しかし、それでも隼世がココに立って息をしている事は確かだった。

その隼世は瑠姫に生きろと言う。

 

 

「死んだ僕が生きているんだ。きっとまた、世界の常識を覆す事が起きるかもしれない」

 

「……!」

 

「生きていれば、必ずまた会える。だから戻って来た彼に胸を張れるように生きろ」

 

「それは――」

 

 

岳葉が戻ってきて、瑠姫が死んでましたなんて、冗談でも笑えない。

 

 

「あとは、うん。仮面ライダーを見る事をオススメするよ」

 

 

しかし見るだけじゃダメだ、学べ。理不尽な世界で正義を突き通せ。

世界に流されるな。ネットやSNSに、テレビに惑わされるな。

たとえ傷ついても、苦しんでも、生きろ、生きて、生きて、待ち続けるんだ。

 

 

「たった一人でも戦い続けろ、それが、仮面ライダーだろ……」

 

 

なんてね、隼世は大きく息を吐いて疲れたように笑った。

 

 

「帰ろう。お姉ちゃん」

 

「……!」

 

「これからはずっと一緒だからね」

 

 

ルミは瑠姫に手を差し伸べる。

再び、瑠姫は大きく泣いた。しかし先程とは違うのは、笑みを浮かべてルミの手を取った事だ。

 

 

「ねえ、一つだけ聞いて良い?」

 

 

帰り際、瑠姫は隼世に問うた。

 

 

「仮面ライダーって何? 正義ってなに?」

 

 

即答だった。

 

 

「キミが見たものさ」

 

 

瑠姫が見た中にライダーはいただろうか。

 

 

「僕はライダーを一度も見ていないよ。僕が見てきたのは、全て人間だった」

 

 

正義も同じだ。なにもなかった全てはグレーなだけ。

 

 

「それでも僕は、仮面ライダーを見たと、正義を見たと口に出来る」

 

「そういう……事なの?」

 

「簡単だよ。瑠姫さん、あなたはライダーを見たかい? 正義を見たかい?」

 

 

瑠姫は、ルミの手をギュッと握り、確かに笑った。

 

 

「見たよ、見た見た。絶対に……、見た」

 

「そうか。いたんだね、仮面ライダーは」

 

「うん。いたよ。世界一カッコイイ仮面ライダーが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダー虚栄のプラナリア END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未来。

 

 

「それで、どうだったの? 旅行」

 

「最ッ高に楽しかった! ね、ルミ!」

 

「そ! もぅマジで最高だったよ! 料理めちゃ美味しかったし!」

 

「お風呂もすっごく広かったよね」

 

「そうそう! アタシ、バタフライしたの!」

 

「だ、ダメだよルミちゃん。温泉でそんな……」

 

「周りに誰もいなかったしいいの!」

 

 

プラナリアと言う生き物がいる。

一本のウネウネした生き物だが、なんとコイツは切ったら分離した部分が独立した生命体になるのだ。

つまり一体のプラナリアを五等分したならば、五体のプラナリアが生まれる事になる。

 

 

「バイクで行ったんでしょ?」

 

「そう、アタシとお姉ちゃんはね。お父さんとお母さんとタマサブローは車」

 

「ペット可でよかったね」

 

「うん! あ、あとね、お姉ちゃんまた運転上手くなってる! 免許取ったのアタシよりもずっと後なのに!」

 

「当然ッ、私は優秀ですから!」

 

「ぎぃい! 馬鹿にしおってからに!!」

 

「あはは!」

 

 

人間で言うなれば腕を切ったらその腕が自分になるのだ。ものすごい生き物である。

 

 

「でも酷いじゃないか。お土産忘れるなんて」

 

「そ、その話はゴメンってイッチー! だって楽しすぎて忘れちゃったんだもん!」

 

「いや、隼世くん。実は違うのよ」

 

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!」

 

「ほほう、ぜひ聞かせてもらいたいね」

 

 

しかし考えてみれば、仮面ライダーもまた、プラナリアのような物ではないだろうか。1号から分離し、2号、3号、V3。

みな、正義から生まれた。

 

 

「ルミってば、温泉饅頭気に入って、隼世のくんの分、全部食べたんだから」

 

「そ、その話は秘密の約束じゃろがい!!」

 

「はぁ、ルミ、キミってヤツは……」

 

 

そして今も画面の中では新しいライダーが戦っている。言うなればこれは正義のプラナリア。

 

「でも隼世くん。お土産なら私が用意してあげたのに」

 

「?」

 

「机の上においてあげたでしょ?」

 

「ぶほっ!」「ごぼぉ!」

 

「なにっ、ルミも隼世くんも汚い!」

 

 

我々もまた、そうといえるかもしれない。

自分が誰かのプラナリアだと考えた事はないか? だとすればせめて、オリジナルになりたいとは思わないか。

 

 

「あれお姉ちゃんだったの!!」

 

「勝手に人の部屋に入るのは勘弁してくれよ!!」

 

「えー、いいじゃん。ルミの部屋の窓から隼世くんの部屋に入れるって滅茶苦茶、便利。あ! たまに漫画借りてます」

 

 

自分だけの価値がなければ、ああ、虚栄のプラナリア。

 

 

「ってか、アンタ等ゴム減るの超早くない? お姉ちゃんのお土産無かったらどうしてたの? ダメだよ、避妊はちゃんとしないと」

 

「お姉ちゃんに言われる事じゃないよ!!」

 

「も、もうこの話はや、止めに!!」

 

 

こうしよう。

増えて欲しい人間に自分がなればいい。この世界が自分と同じような人間に溢れる事を想像してほしい。

 

 

「そ、それに。もしも仮にそういう事があったとして、僕はちゃんと責任は取るつもりだよ」

 

「え?」

 

「へ?」

 

「い、イッチー、それってつまり」

 

「あ? これお姉ちゃん退場した方がいい? えへへ、それともまたゴムとってくる?」

 

「いいよ! ココにいても!!」「そ、そう! べ、別に変な話じゃないんだから!」

 

 

どうだろう? それは良い世界だろうか?

それとも、悪い世界だろうか? 悪い世界なら、良い世界になるように、キミが変われば良い。

いつかキミのプラナリアが生まれるはずだから。

 

 

「あ、インターホン鳴った」

 

「誰だろ? おじさんもおばさんも今日はいないんだよね」

 

「うん。アタシのゲームかな? コンビニ払いじゃなくて代引きなんだよね」

 

「仕方ない。お姉ちゃんが行ってきてあげるわよ」

 

「え、悪いね! げへへ、おねえたま、だいちゅき」

 

「調子いいわねコイツ。ま、今はお姉ちゃん邪魔みたいだから」

 

「だ、だからもう! 違うって、ねえイッチー」

 

「う、うん……!」

 

 

瑠姫は笑いながらルミの財布を奪って下に降りる。

そしてリビングのモニタで来客者を確認した。

どうせ宅急便のお兄さんだろうと思っていたのだが――

 

 

「     」

 

 

瑠姫は走った。

そしてドアを開けると、来客者を迎える。

 

 

「――おかえり。遅かったね」

 

 

瑠姫は間違いなく、世界で一番幸せそうで、本当の笑みを見せた。

 




ゴーストの先行動画で流れてたBGMめちゃくちゃかっこよかったですよね。
武蔵のシーン。

まあいいや。
とにかく結局のところ、この作品で伝えたかった事は父親との会話にある部分だけです。
なのにこんなにもナンセンスな要素を詰め込んでしまい、クセの強い作品になりました

でも思うのです。
仮面ライダーを見ている人は沢山いるけれど、その全てができた人間にはならない。 
なぜでしょう? ライダーが教えてくれる事は理解しているはずなのに。
そんな事を言う私も随分とひねくれた人間です。まあ、今まで見てくれた人ならばごらんの通りです( ́・ω・ )

分からない。正義とは何でしょう。正しい事とはなんでしょう。
仮面ライダーはただのエンタメ作品なのでしょうか。それとも……。

最後の部分はあなたが決めるマルチエンディングです。
もしも岳葉が仮面ライダーになれたと思った人は、最後に帰ってきた人物は岳葉になります。
しかし岳葉は仮面ライダーになれなかったと思った人は、最後に帰ってきた人物は瑠姫が悲しみを乗り越え、新たに出会った人になるでしょう。

正義は、難しい。
ライダーもまた、難しい。まあでもそれでもいいのです。
ここまで読んでくれてどうもありがとうございます。
僕はこれからも、『正義』とは何かを求めて何かを書いていきます。
たぶん( ́・ω・ )

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