仮面ライダー 虚栄のプラナリア   作:ホシボシ

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第9話 おててを繋いで帰った日

 

 

『人は何かに縋らなければ生きていけない。弱い生き物なんだよ』

 

 

祖父の友人が、変わり果てた祖母を見てそういった。

その人はもう亡くなったが、祖母からしてみればクイガミ様を信じなかった罰らしい。

偶然の積み重ねだったと思う。懐疑的だった両親が事故で死んでからはますます。あるいは本当に存在しているのだろうか?

 

目を覚ました珠菜は、そう思う。

志亞が心配そうな表情を浮かべていたので、珠菜は優しく微笑んだ。

以前運ばれたとき、祖母は知り合いの病院に珠菜を預けると言って入院手続きを行わなかった。

まだそのときは早期発見の段階らしいので、適切な処置を行っていれば延命はできたかもしれない。

 

しかし祖母はそれを信じなかった。珠菜を救うのはクイガミ様であると信じていた。

癌はクイガミ様が全て喰らいつくしてくれる。だから信仰があれば、あとは何もいらない。

クイガミ様を無下にすれば亡くなった後の世界で、罰を受ける。だから現世ではとにかくクイガミ様を信じ、敬う。それだけでいいのだと。

珠菜は優しい子であった。なるべく祖母を尊重してあげたいと思ったが、ふと全てがイヤになって家を出た。

そして志亞と知り合ったのだ。

 

 

「ごめんなさい。志亞さん。わたし、ずっとワガママ言ってた」

 

「そんなことない! オレがなんとかしてみせるから!」

 

「どうやって……?」

 

「それは――ッ!」

 

 

ノープランだった。

V3のことを調べたが、珠菜の病を殺せる力は見当たらなかった。

 

 

「迎えに来たよ」

 

「!」

 

 

声がした。振り返ると、入り口に誰かが立っていた。

判断ができないのは、マスクを被っているからだ。ドラゴンのような、トカゲのような、よくできた被り物だった。

格好も普通じゃない。黒のレザー生地のスーツには、アーマーがいくつか装着されており、膝当てや肘当ては甲羅のようなデザインになっていた。

 

背中には細長いプレートのようなものがいくつも装備されている。

背中の動きに合わせて曲がるため、動きを制限することはないようだ。

板の両端には、なにやら持ち手のようなものが見える。

腕や脚にはいくつもベルトが巻かれていて、やはり持ち手と、カバーが見える。

ナイフが装備されているようだ。

 

 

「誰だ?」

 

「んー、ブレードアルマジロ。私なら珠菜ちゃんを生かすことができる」

 

「……信じていいのか?」

 

「もちろん。私たちは彼女を必要としている。珠菜ちゃんは選ばれたんだ。だからここで死なせたくはない。ただ、まあ――……」

 

 

アルマジロはベルトのホルダーから一本ナイフを引き抜く。

 

 

「キミは、死んでほしいな。仮面ライダーV3」

 

「――変身」

 

 

病室を飛び出したV3とアルマジロ。

アルマジロは迫る打撃を手で払い、ハイキックでV3のみぞおちを打つ。

 

 

「くっ! ハァアア!」

 

 

レッドボーンパワーを発動。強化された右ストレートを放つ。

しかしその瞬間、アルマジロが跳んだ。

それはまさに一瞬だった。V3の足に飛び掛ったかと思えば、視界が反転する。

気づけばV3は地面に倒れていた。アルマジロは両脚でV3の右腕を絡め取っている。腕挫(うでひしぎ)の型だ。次の瞬間、ゴギリと音が聞こえた。

 

 

「うがぁあううッッ!!」

 

 

激しい痛みが走る。右腕が上がらなくなった。

一方で立ち上がったアルマジロはフットベルトにグルリと装備されていたナイフを抜くと次々に投擲していく。

V3の背中に刺さっていくナイフ。

 

 

「うがぁああ!」

 

 

V3は気合で立ち上がると、ハイキックでアルマジロを狙う。

するとアルマジロは素早く後ろを向いた。背中にあったプレートに蹴りが当たったが、これがまあ硬い。

しかもどうやら衝撃を吸収しているようだ。

アルマジロにダメージが通っている気がしない。まさに甲羅のようだ。

おまけに電流を流せるらしい。V3の体がしびれ、動きが鈍る。すると膝が入り、つづけて掌底が顔面に入った。気づけばまた地面に転がっていた。

どうやらコマンドサンボを中心にした動きを行うらしい。再び関節技が入り、V3の左足に激痛が走る。

 

 

「クソォオ!」

 

 

触覚から冷凍光線を発射するが、触覚が光った瞬間に察したのだろう。

アルマジロは後ろをむいて、プレートを盾にして光線を無効化した。

だがまだV3には技がある。その一つ、V3サンダーを行使した。文字通りV3から激しい放電が行われ、アルマジロを襲う。

凄まじいエネルギーだ。ただの電撃ではないのか、まずは背中に刺さっていたナイフが全て蒸発するように消し飛んだ。

 

だがアルマジロは動じない。

どうやらスーツに耐える力が施されているようだ。

電撃の中、アルマジロはプレート端にあるグリップを掴んで抜く。するとシャキンと音がしてグリップに刃が出現した。

アルマジロはV3を蹴り飛ばすと、電撃を止める。

さらに仰向けになった彼の手首に、思い切りナイフを突き立てる。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

絶叫が聞こえた。

V3のスーツを簡単に切り裂き、ナイフは腕を貫通、地面に突き刺さる。

 

 

「超音波ナイフ。振動によって切れ味はさらに強力になる」

 

「うぐぅぅうぁぁああ!」

 

「いくら叫んでも助けは来ない。周りの部屋に入院患者はいないし、近くのナースや医者は全て私が始末した」

 

「ぐぅぅうあぁあッ! づうぅぅうう!」

 

「後はお前だけだ。V3」

 

 

アルマジロがベルトからナイフを抜いて、V3に見せ付ける。

 

 

「やめてっっ!」

 

 

声が聞こえた。

珠菜がベッドから出ていた。

 

 

「ダメだよ。大人しくしていないと」

 

「珠菜ちゃん! 来ちゃダメだ!」

 

 

珠菜は首を振る。

 

 

「わたしをむかえに来たって言いましたよね? アルマジロさん、わたしはどこへでもついて行くから、志亞さんをたすけてあげてください……!」

 

「フム……。参ったなぁ。子供にお願いをされると弱いんだ」

 

 

アルマジロはナイフをしまう。

 

 

「いいよ。その代わり、すぐに出発しよう」

 

「待ってくれ珠菜ちゃん!」

 

 

V3は嫌な胸騒ぎを感じた。ここで珠菜を行かせては、もう二度と会えない。そんな気がしていたのだ。

 

 

「行かないでくれ! まだ、やってないことッ、あるだろ!?」

 

「もうっ、じゅうぶんだよ。今までありがとうございました」

 

「おまんこ!」

 

 

は!? アルマジロは思わず声を出す。

 

 

「お、おま? おまって……、あの? え!?」

 

「まだオレはおまんこしてないよ! 珠菜ちゃんと!」

 

 

珠菜は何も言わなかった。パジャマの上にカーディガンを羽織り、スリッパから靴に履き替える。

 

 

「おまんこぉおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

V3の魂の叫び、それを聞いてアルマジロは呆れたように首を振る。

V3の手首に刺さったナイフを引き抜くと、吹き出る血を見ながら呟く。

 

 

「こんなヤツがライダーになれるなんて……。世の中って不公平だよね」

 

 

アルマジロがV3を越えて廊下を歩く。珠菜もついていこうとV3の傍を通り過ぎた。

 

 

「待って! 珠菜ちゃん! 珠菜たんッッ!!」

 

「もうおわりにしよう? おわかれするの、志亞さんとわたしは」

 

 

珠菜も何となく、これが最期だと分かった。

まあとはいえ、いずれにせよあと一ヶ月たらずの命だ。今更である。

 

 

「やだあああああああああああ!」

 

 

V3が叫ぶ。

 

 

「オレは珠菜ちゃんじゃないとダメなんだ! 珠菜ちゃんだけがいいんだ! 珠菜ちゃんだけがいればいいんだよ!」

 

 

珠菜はグッと唇を噛んだ。

その発言が、なぜか凄くムカついた。

 

 

「――しょ」

 

「え?」

 

「したに見れる相手がほしかっただけでしょ! 志亞さんは、ずっと!」

 

 

五年生だって、今はネットで調べられる。

それに珠菜は読書が好きだった。大人が読む本だって何冊も読んだ。

分からない言葉があれば、調べて理解した。

それは最近だって同じだ。分からない単語は、全部調べて理解した。

 

 

「なにが女はよ! なにが女のくせによ! 志亞さんは男女も関係ない、ひととしてクズなのよ!!」

 

 

V3の目の前が真っ白になった。

 

 

「ほへ!?」

 

「人間以下のゴミ虫が、えらそうに人間様のフリですか? ばか! あほ! まぬけ!!」

 

「ち、違う! やめてくれ! まんこみたいなことを言うのはよしてくれよ! 珠菜ちゃんのお口が腐る前に早く!!」

 

 

二つ意味があった。

一つは純粋な気遣い。もう会えないと思えば、未練も残る。

感謝もあるし、愛情だって少なからず。だから変に引きずってほしくないから、せめて嫌いになってくれればと。

もう一つは純粋な想い。夢丘珠菜の本音だった。

 

 

「それがおかしいの! わたしだって女だよ! あなたの嫌いな『女の人』になっていくの!」

 

 

V3の呼吸が止まった。

 

 

「志亞さんは、わたしが大人になっても愛してくれてたの?」

 

「ッ! そ、それは……!」

 

「あなたも結局、お祖母ちゃんといっしょ。見えないものを信じたいだけ……!」

 

 

純粋な存在は、絶対に裏切らない。無垢を無知な捉えた。

 

 

「進んでないんだよ……。志亞さんの時間は。ずっと」

 

 

妹に裏切られたと言っていた。だから妹が裏切る前の、あの輝かしい日々をずっと生きていたいと思ってた。だから小さい子を好きになる。

 

 

「ううん。ちがうよ。同じ歳の子を好きになってるだけなんだ」

 

 

珠菜は分かった。志亞はロリコンではない。

ずっと過去を生きている人間だ。体だけ時間と共に大きくなっているだけ。

 

 

「いいかげん、ちゃんとした大人になってください。しっかりしたおとなの人は、きっとおまんこなんて絶対にいいませんっ!」

 

 

ぼそりと、呟く。

 

 

「わたしはもう大人になれないから……」

 

「なれるよ。ただまあ、ちょっと他とは違うけど」

 

 

アルマジロの言葉を受けて、珠菜は頷く。

最後に、V3を見て微笑んだ。

 

 

「さようなら。ばいばい……」

 

 

二人は歩き去った。

しばらくするとV3の血が止まった。骨も治った。

変身を解除した。志亞はトボトボと歩き、病院を出て行った。たくさんの死体を放置してハリケーンを走らせた。

水野町を出て、自分の住んでいた家に帰っていった。家についたら小学生のヒロインとイチャラブできる同人音声作品を買おうと胸に決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「敬喜ちゃん。元気ないわね」

 

「まーね。ボクもいろいろあるんだヨ」

 

 

プリコは顔色が悪かった。

 

 

「辛いの?」

 

「今日はちょっとね」

 

「そっか。果物でも食べて元気だしてね」

 

「イヤよ。要らないわ」

 

「どぉして? 盛り合わせだよ? 今日はメロンもあるよ」

 

「人様のフルーツを頂くほど、あたしも落ちちゃいないわよ?」

 

 

敬喜は口を閉じる。

 

 

「誰にあげるの? しかも二つも」

 

 

二つあった。敬喜は唸る。

 

 

「友達が、入院してて」

 

「重いの?」

 

「かなり」

 

「そう。ま! 敬喜ちゃんの可愛い笑顔を見せてあげれば、きっと元気いっぱいになるわよ!」

 

「そうかなぁ」

 

「そうよ。美人が笑えば、だいたいのことは上手くいくのよ。もういい? あたしちょっと横になるわ」

 

「う、うん」

 

 

敬喜は父と別れ、別のフロアに行く。

連絡があった。チョコちゃんたちの容態が安定したという。特にチョコちゃんは驚異的な回復力を見せたのだとか。

本音を言えば会いたくなかったが、会いたいところもあった。全てを捨てるにせよ一度は会っておかねばならない。

敬喜はフルーツの盛り合わせを二つ持って、病室の前に立つ。

 

ため息が漏れる。足が進まない。

しかしいつまでもこうしている訳にはいかない。そもそも二人部屋で、意識がある時点でそんなに重くないのかも。

そうだ。意識があって、会話もできるらしい。考えすぎなのかもしれない。敬喜は頷くと扉を勢いよく開く。

 

 

「二人とも久しぶりー! フルーツ持ってきたよー!」

 

 

カーテンが閉まっていた。左奥と、右手前のベッド。

敬喜はとりあえず左奥に進み、窓際のベッドのカーテンを開いた。

 

 

「こんにち――ッ!」

 

 

ベッドの上にチョコちゃんがいた。

両腕と両脚が無くなっていた。顔には深い傷痕がいくつも残っていた。ジグザグで、右目もダメだった。

左目は開いていて、視線がぶつかった。

何を言っていいのか分からず、敬喜は立っていることしかできなかった。

そうしていると、チョコちゃんの唇が震える。

 

 

「――で」

 

「え?」

 

「お願いだから……、見ないで」

 

 

消えそうな声だった。チョコちゃんはボロボロ泣いていた。

 

 

「出て行って。もう、来なくていいから」

 

「でもっ、あの……! ボク!」

 

「出てってよ! いいから! 二度と来ないで! 早くッッ!!」

 

「そんな、あのッ、ボク……」

 

 

敬喜は後退していく。すると人の気配を感じた。

振り返ると、マッコリ姉さんが立っていた。

 

 

「あ」

 

 

ノーメイクのマッコリ姉さんは口が裂けていた。

首にまで達していた傷は、もしかしたら大切な神経を傷つけてしまったのかもしれない。

よく分からないが、マッコリ姉さんも泣いていた。両手を敬喜に見せた。

 

 

「へぇいひおえがぃ! おえがいはははッ、ころひへ」

 

「え……?」

 

「ころひへ、わはひを、ころひへぇえええ」

 

 

マッコリ姉さんは目を見開いた。

左手は親指と中指しかなかった。右手はひとさし指と中指と薬指が残っていた。

頭も一部皮膚が引き剥がされる形になっていたため、バランスを考えて髪の毛は全て取り除かれていた。

マッコリ姉さんは頭の薄いお客さんをハゲと呼んでケラケラ笑っていた。

マッコリ姉さんは泣いていた。

 

 

「ころひへ――ッ! へはっ! へへははははいひひ!」

 

 

おかしくないのに笑っていた。悲しくて笑っていた。

敬喜は病室を飛び出した。果物を廊下に捨てて、トイレで吐いた。

敬喜はそこでしばらくブルブル震えていた。

涼霧の女になろうと、心から決めた。

 

 

「なんで、こんなことに……」

 

 

心が張り裂けそうだ。こんなことは初めてだった。

苦しい。苦しくて、どうにかなりそうだ。敬喜は病院の展望台にやってきていた。中庭になっているタイプで、海が見える。

涼霧についていこう。ここから離れよう。改めて考える。

そうしたら、そうしたら……。

そうしたら?

 

 

「どうなるの?」

 

 

誰も答えてくれない。

 

 

「ラッキーだな。二人も病院にいるなんて」

 

 

振り返ると、ブレードアルマジロが手を振っていた。

 

 

「……誰?」

 

 

マスクにはボイスチェンジャーがあるのか、特定の人間の声が重なってきこえた。

女、男、老人、老婆。ブレードアルマジロは名前を告げて、その後目的を告げる。

敬喜は仮面ライダーだ。だから死んでもらいたい。

 

 

「女の子を待たせてるんだ。手短に始末するよ」

 

「悪いけどボク今さ、とっても不機嫌なんだ。手加減できないよ」

 

 

敬喜はベルトを出現させて叫ぶ。

 

 

「セタァップ!」

 

 

カラフルに発光する光のベール。

レッドアイが顔を覆い、そしてパーフェクターを装着して変身が完了。早速ライドルを引き抜いた。

エックスはもちろん感じている。このブレードアルマジロは今まで戦ってきた者たちよりももっと強い存在であること。

そうなってくると、おのずと正体は絞られる。

 

 

「波佐見さん。覚えてる?」

 

「覚えてるよ。彼、とっても冴えないね。ちょっと変わっても何も変わらなかった」

 

「あの人、ボクの人生めちゃくちゃにしたんだけど」

 

「それは残念。刻まれていった子には同情するよ」

 

「ごめん無理、アンタ殺す」

 

 

走り出すエックス。アルマジロもプレートからナイフを二本抜いて走り出す。

エックスはライドルをスティックに変えて突撃。ナイフとライドルがぶつかり合い、激しい火花が散る。エックスはライドルを振り回し、けん制しながら突きで一気に攻撃を仕掛けていく。

しかしそのいずれもがナイフによって防がれ、武器がぶつかる音だけが聞こえてきた。

とはいえエックスには狙いがあった。相手がライドルの形状になれてきた頃を見計らい、一気にモードをチェンジする。

 

 

「ライドルホイップ!」

 

「うわ!」

 

 

スティックの動きを読もうとしていたアルマジロにとって、これは予想外のルートであった。

既に鋭利なレイピアの一突きが迫っている。

しかしそこでアルマジロは急ターン。背中を向けると、刃をしっかりと背中のプレートで受け止めてみせる。

 

 

「見てから余裕、ってね」

 

「うがぁああ!」

 

 

プレートから電流が流れ、ライドルを伝ってエックスに流れていく。

そこでアルマジロは再びターン。勢いをつけた回し蹴りで、前を向きつつエックスの腕からライドルを弾き飛ばしてみせる。

 

 

「やばっ!」

 

 

エックスはすぐに武器を拾いに走るが、それよりも速くアルマジロが前に出てきた。

 

 

「どいてよ!」

 

 

エックスが殴りかかるが、それよりも早く裏拳が飛んできた。

アルマジロの手の甲がエックスの顔面を叩き、脳を揺らす。

さらに踏み込み、思い切り振るった右手のナイフを、エックスの左肩に突き入れた。

 

 

「あぐぁああ!」

 

 

エックスから悲鳴が上がる。

そうしているとアルマジロはエックスの胸を蹴って、さらに腹を蹴る。

二度蹴りだ。エックスがよろけると、左手に持っていたナイフを投げて、エックスの胸に刺す。

高速で振動する刃は、エックスの装甲を簡単に貫き、肉深くに進入していく。

 

さらにアルマジロは腿に巻かれているフットベルトからもナイフを三本抜き取り、それを投げた。

一つはエックスの首に命中、もう一つは肩に、もう一つは足に。

これらは貫通とまではいかなかったが、装甲には傷がついたようで火花が散った。

だがエックスは踏みとどまっていた。複眼が光ると、どこからともなくクルーザーが飛来、猛スピードでやってきたバイクには気づかなかったか、アルマジロを轢き飛ばす。

 

 

「うわぁっと!」

 

 

アルマジロは地面を転がり、すぐに立ち上がる。

しかし既にエックスはライドルを拾い上げていた。

 

 

「………」

 

 

ロープモードにして――。

いや、ナイフが刺さっていることから血が流れている。長期戦は避けたい。

ならばここで一気にダメージを与えるのが正しいか。

エックスはライドルをスティックにするとエネルギーを連射していく。

 

飛んでくるX状の光を見ると、アルマジロはターン。背中を盾にして攻撃を防いでいく。

ならばとエックスはライドルを投げて、自分も飛んでいく。

空中に浮遊するライドルで大車輪を行っていると、アルマジロはターンで前を向く。

 

 

「エックス!」

 

 

エックスがライドルから手を離した。

同時にアルマジロも地面を蹴って飛び上がった。

 

 

「キック!」

 

 

突き出した右足の裏にエックスの文字が重なり、高速回転を行う。

一方、飛び上がったアルマジロは体を丸めると、前宙を開始。

そのスピードは驚異的だった。高速で回転するアルマジロ、背中のプレートが光り輝く。

エックスキックと光球がぶつかり合った。僅かな競り合いの後、爆発が起きる。

地面に墜落したのはエックスだった。アルマジロは華麗に着地し、笑ってみせる。

 

 

「そんな――ッ! がはっ! エックスキックが負けた!?」

 

 

ダメージからか、変身が解除される。

敬喜は意味が分からなかった。ハッキリ言って、今のキックは全力で打ち込んだ。

もう一度言うが、仮面ライダーとして、必殺技キックを全力で放ったのだ。

にもかかわらず負けた。一体何者なんだ? 敬喜は恐怖に震え、ブレードアルマジロを見る。

 

 

「ダメダメ。仮面ライダーの力に甘えてちゃ。全然弱い弱い」

 

 

アルマジロは背中に手を伸ばし、ナイフを一本引き抜く。

 

 

「さてと、お別れかな」

 

 

アルマジロはナイフを構え、へたり込む敬喜に向かって足を進める。

 

 

「何してんだゴラァアアア!!」

 

「ん?」

 

 

すると声が聞こえた。

アルマジロが振り返ると、プリコが全速力で走ってくるのが見えた。

 

 

「お父さん!!」

 

「え? そうなの? って、うぉ!」

 

 

プリコはアルマジロの腰に掴みかかると、激しく睨みつける。

 

 

「敬喜ちゃん! 早く逃げて!」

 

「で、でもッ!」

 

「いいから逃げろつってんだよゴラァ! ブチのめされてぇか!!」

 

「怖いなぁ」

 

 

アルマジロは片手で簡単にプリコを吹き飛ばしてみせる。

 

 

「大人しくしててください。邪魔すると死にますよ」

 

「オカマをナメてんじゃねーぞ。覚えておけよカス!」

 

 

プリコは迷わず、再びアルマジロに掴みかかった。

 

 

「親ってのはな、子供のためなら命なんてこれっぽっちも惜しくねーんだよ!!」

 

 

敬喜は打ちのめされたように固まる。

一方でアルマジロは深い唸り声をあげた。

 

 

「まいったなぁ、だから私ッ、こういうのに弱いんだってば」

 

 

唸る。唸る。唸る。

 

 

「分かった。分かりました。見逃そう! うん! 決めた!」

 

 

アルマジロはプレートから新しいナイフを抜いて、それをプリコの背中に刺した。

 

 

「アンタの命に免じてな」

 

 

もう一本、別の所を刺した。すぐに抜いた。血が噴き出た。

プリコが倒れた。敬喜は叫びながら立ち上がる。

敬喜が走る。走る。アルマジロに裏拳で吹き飛ばされる。

アルマジロは歩き出した。おまけに、腰にあったホルダーから一本ナイフを抜いて、それを倒れているプリコに向かって投げた。

ナイフは見事に刺さった。最後にアルマジロは敬喜を指差して、重い口調で言った。

 

 

「二度と関わるな。次はないぞ。仮面ライダーは今すぐに捨てるんだな」

 

 

そして、アルマジロは歩き去っていった。

 

 

「お父さんッッ!!」

 

 

敬喜は立ち上がると、すぐにプリコへ駆け寄る。

上半身を抱きかかえると、プリコは安心したように笑った。

 

 

「よかった……、無事ね敬喜ちゃん……」

 

「あぁあぁあぁ! やだッ、やだよ! 死なないでお父さんッッ!」

 

 

敬喜は泣いていた。鼻をすすり、しゃっくりをあげて周りを見る。

 

 

「だいじょうぶだがらね! ごごは病院だから、ずぐにお医者さん呼んでぐるッ!」

 

 

立ち上がろうとする敬喜の腕をプリコは掴んだ。

 

 

「ここにいてちょうだい敬喜ちゃん。あたしはもうダメ、もうすぐ……。だからここにいて」

 

「やだ! やだ! パパじなないでッッ!!」

 

 

プリコは首を振った。なんだか感覚が遠のいていく。

少し寒い。痛くは――、なくなった。

 

 

「パパがいなぐなっだらボグっ! ひどりぼっぢになっぢゃうよぉおぉお!!」

 

 

敬喜が泣く姿を見て、プリコもまた涙を流した。

そう思っていたのか。そう思わせてしまっていたのか。プリコはとても申し訳なくなった。これは少し早いお別れにしかすぎない。もっと前から、きっと敬喜は――。

 

 

「大丈夫。敬喜ちゃんはとっても可愛いから……、みんなから可愛がられるわ。それよりエイズのオカマの血は汚いわ。早く離れなさい」

 

 

敬喜は泣きながら首をブンブンと振った。そしてギュッとプリコを抱きしめた。

プリコはおうおうと泣き始めた。そして敬喜をギュッと抱きしめる。

 

 

「敬喜ちゃん。ああ、あたしの可愛い敬喜ちゃん。これだけは忘れないで」

 

 

プリコは掌についていた血を服でぬぐうと、敬喜の頭を優しく撫でた。

 

 

「あたしは、あなたを心の底から愛していたわ」

 

 

それは世界で一番残酷な言葉だった。だから敬喜はすぐに言う。

 

 

「ウソだ!」

 

「ッ?」

 

「ウソだ! ウソだ! ぞんなのうぞだぁあ!」

 

 

今日まで生きてきて、ずっと溜め込んできた想いを敬喜は今、吐き出す。

 

 

「だって、パパはボグをえらんでぐれなかったじゃんッッ!!」

 

 

過去があった。いつも、いつでも思い出せる過去があった。

小学生の時、敬喜はお店の人たちといつも遊んでいた。かくれんぼ、鬼ごっこ、ゲーム、などなど。

敬喜は家が、店が大好きだった。

だって一人でお外にいると、石が飛んでくる。

 

 

『アイツはオカマ菌だらけだから、近くにいると移る。オカマになる』

 

 

ある日の遠足。

敬喜はお弁当が楽しみだった。プリコは器用だったので、キャラ弁を作ってくれた。可愛らしいクマさんのキャラクターだった。

女の子は可愛いと褒めてくれたが、男の子たちはその弁当を掴んで中身を放り投げた。

 

オカマが作った弁当を食べるとオカマになる。

オカマ菌だらけだから臭くて不味くて汚い。そう言って、お弁当は草や土の上に落ちた。

敬喜は、それを拾って口に入れ始めた。みんなが汚い汚いと笑い、引いているなかで、敬喜はおにぎりを掴み、ウインナーを掴み、土ごと、草ごと口に入れた。

敬喜は泣いていた。悔しくて、悲しくて。でもだからこそ食べ続けた。

 

 

『パパかあちゃんがせっかく作ってくれたんだ。汚くなんかないっ、不味くなんてないっ!』

 

 

ボクのために一生懸命作ってくれたんだ。

がんばって働いたお金で作ってくれたとっても大切なごはんなんだ――ッ! だからボクは食べるんだ。

パパかあちゃんは、ボクの、ために――!

 

 

「ボクを選んでよ! ボクを見てよ!!」

 

 

小学生6年生のときの運動会。プリコは来なかった。

初めて来てくれなかった。店の人が言うには、海外からの観光客がプリコのお店に来たらしい。

とてもマッチョでイケメンだそうで、プリコはどうしても抱かれたかったらしい。

 

 

『プリコいけるかしら?』

 

『うーん、でも今、昼間だしねぇ』

 

 

お店の人が抱かれる、抱かれないで賭けをしているとき、敬喜はモソモソとサンドイッチを食べた。

お店の人は午後の準備があるからと先に帰った。

運動会が終わり、他の子が両親やお母さんと帰っていくなか、敬喜は一人で家に帰った。

たった、独りで。

 

 

「ボクはずっとゴゴにいだのにッ! パパはみでぐれながった! 選んでぐれながった! だから病気になったんでしょ!? ボグがいるのにッ! うぅぅうう゛ッッ!」

 

 

プリコは打ちのめされた。

 

 

「ごめんなさい敬喜ちゃん――ッ!」

 

「謝るくらいなら、どうじてボクを視てぐれなかっだの! 申し訳ないと思ってたんなら゛ッ、もっどボクを見でよ!」

 

 

とんでもない間違いに、間際の時に気づいてしまった。

 

 

「快楽より! ボクを選んでよ!!」

 

 

こんなことを言わせるために――、ああ、ああ。

 

 

「あぁ、ごめんなさい。ごめんなさい敬喜ちゃん」

 

 

このプリコ、一生の不覚。一生の後悔。

世界で一番の宝物を手に入れておきながら――、それに気づくのが遅すぎた。

なんと、愚かな――……!

 

 

「でも信じてちょうだい。あなたを愛していたのは本当の本当に本当なのよ――ッ!」

 

 

地獄に行こうが、天国に行こうが、必ず敬喜を見守る。必ず敬喜を助ける。

 

 

「だから貴方は――ッ! 生きて……!!」

 

 

プリコは全ての力を振り絞り、敬喜を抱きしめた。

強く、強く、強く。既に敬喜が少し動くだけで、振りほどけるほど弱い力だったかもしれないが、それでもプリコは敬喜を強く抱きしめた。

少しでも自分の想いが、本気が、愛が伝わるようにと。

この血潮がなくなる前に、少しでも熱が伝わればいいと。

 

 

「!!」

 

 

敬喜は気づいた。その熱が、その火が消え去るときを。

 

 

「うぅぅぅぅううううう゛ッッ!」

 

 

父を抱きしめる。ボクも愛してると、たった一言、まだ伝えられていないのに。

 

 

「おいでいがないでぇ、パパかあちゃん……ッッ!!」

 

 

貴方の子供でよかったと、伝えられていないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハイ! 出前オマチ! ペペロンチーノです!」

 

「うっしゃあ!」

 

 

マリリンはビディから皿を受け取ると、パスタをガツガツとむさぼり始める。

立木も割り箸でズルズルとパスタを啜り始めた。ビディはバルドに与えられた部屋を見回し、ふぅんと唸る。

 

 

「セマイんですね」

 

「俺たちは所詮、警察の癌だからな」

 

「ガン? ピストルですか?」

 

 

ビディはキョロキョロと辺りを見回す。

 

 

「ところで隼世さんは?」

 

「おいビディ、お前が知りたいのは響也だろ?」

 

「ちッ、チガイますぅ!」

 

「違う? 本当かぁ? じゃあ教えてやらね」

 

 

立木は、もう空になった皿を返しながら笑った。

マリリンもメガネを整いながらニヤリと笑う。

 

 

「バカね立木さん。教えたほうが面白いのよ。滝黒くんは水野町よ」

 

「ミズノマチ?」

 

「ここからそう離れていないわ。ググれば一発なんだから」

 

 

それを聞くとビディは携帯を取り出して、マップアプリを起動する。

 

 

「ミズノマチ、ミズノマチ……」

 

「あらー、いいわねー立木さん。アタシ達がとうの昔に失ったものが見えるわー。っていうかマジでおっぱいデカいわねビディちゃん。カップは?」

 

「フツーです。Gです」

 

「アタシAなんですけどー! お願いだからちょっと切らせてー! お礼に乳首一個あげるからー!」

 

「セクハラが猟奇的すぎてついていけません。あ、あった! ミズノマチ!」

 

 

ビディはそそくさと食器を片付けはじめる。マリリンなんてまだ食べてるのに食器を奪われた。

 

 

「なんでー!?」

 

「帰ってオベントウを作らなきゃ」

 

「弁当? なぜ?」

 

「滝黒さんに届けなきゃ。あのヒト、ダメダメでヘボヘボだから、まともにゴハンを食べれてないに決まってます」

 

 

ビディはそう言って部屋を出て行く。

マリリンはやれやれとため息をつく。

 

 

「よく分からないわ。さっさとセックスすればいいのに」

 

「オメーとは違うんだよアイツ等は」

 

「羨ましいわぁ。アタシなんてマッチングアプリで六回連続でフラれてるのにぃ」

 

「どいつもこいつもお盛んなこった。俺はぁもう楽しみが酒しかなくてな」

 

「あら、風俗でもいけばいいのに」

 

「EDなんだよ。ずっとな。っていうかもう、そういう行為自体が嫌悪感いっぱいで気持ちわるい」

 

「げっ! なんで!?」

 

「ライブアダルトで娘より若い女の子に『こいつエチエチの実の能力者! 全身エッチ人間かよ! エッち! エッチすぎて火傷しそうだわ! まいった! 俺の負けだ!』ってコメントしているのを客観視してドン引きしてからうんともすんとも言わなくなった」

 

「………」

 

 

マリリンはメガネのレンズを光らせ、額に汗を浮かべる。

 

 

「今年一番泣ける話ね」

 

 

そこで立木が呼ばれた。

気だるそうに歩くこと数分、地下の取調室にやってくる。バルド専用に与えられた場所で、壁やドアの耐久値が高く設計されていた。

椅子に座る立木、向かい側には一人の男性が座っていた。

2号に襲われた男性であった。立木が座ったのを見ると、早速と机を叩く。

 

 

「あの化け物は!?」

 

「ええ、ええ、いやちょっとまだ……」

 

「何をやってんだよ警察はッッ!」

 

「苛立つ気持ち、お察しします。でも、あれですね、前にもお話しましたが、ここは穏便に済ませるというのは」

 

「できるわけがない! いいですか刑事さん。俺は殺されかけたんだ! しかもわけの分からない化け物に! アイツをどうにかしないと夜も眠れないんだ!」

 

「ですが――」

 

「でもじゃない! とにかくアイツを殺してくれよ! もしくは捕まえて閉じ込めるとか!」

 

「いや、こちらとしても実は彼にはいろいろと……、ねえ」

 

「意味が分からない! とにかく――」

 

 

そこで銃声が聞こえ、男性の眉間に銃弾がめり込んだ。

男性は倒れ、しばらくして完全に動かなくなる。

 

 

「かぁー! またやっちまった!」

 

『立木さーん。またなのぉ? もう今月で五人目よ?』

 

 

マリリンの声が聞こえてきた。立木は頭を掻き毟りながら立ち上がる。

 

 

「仕方ねーだろ! マジでコイツめんどくせぇんだよ! もういちいち話なんて聞いていられねーって!」

 

『処理するこっちの身にもなってよ!』

 

「好きに刻んでいいからよ!」

 

『よっしゃー! よろこんで処理しまーす!!』

 

「隼世と響也には絶対に言うなよ! あいつ等に知られたらもっと面倒なことになる」

 

 

立木は椅子に座りなおすと、タバコに火をつける。

 

 

「まあ、どうせアレだろ? コンビニで客にキレてたんだっけ? んな小せぇ野郎なんて死んだってどうでもいいだろ? 子供いるんだっけ? 絶対せいせいするぜ?」

 

 

一時間後。

男性の家族はベッドの上においてある『右腕』にしがみついて、わんわん泣いていた。

 

 

「あー、すいません。見つかったのは右腕だけで。他はおそらく最近話題になってる、ガイジとかいう奴等にやられたのかなーって」

 

 

まさか悲しむ家族がいるとは。

立木は汗を浮かべながら死んだ男性の妻と娘を見ている。適当に頭を下げ、時間が過ぎるのを待った。

押収した麻薬に手を出したときは終わりかと思ったが、警視総監のイケナイ秘密を知っていたのが幸いだった。

バルドは悪くない。普段は暇だし、危なくても隼世や滝黒が率先して危険に飛び込んでいくから、まだ生存確率は高い。

しかし聞いたところによると隼世が変身できなくなったとか。

さてどうしたものか。立木は天井を見つめながらボウっと考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツキました!」

 

 

一方のビディは大きな荷物を持って駅を出る。

あれからたくさんゴハンを作って持ってきた。作り置きのタッパーも沢山あるし、これを滝黒に渡せはしばらくは大丈夫だろう。

 

 

「マッタク! 今まで何を食べてたんでしょうね!」

 

 

怒りに頬を膨らませる。

あれだけ食堂で食べるように言ったのに。せめて一言、水野町に行くまえに声をかけてくれればいいのに。

 

 

「いいのに、いいのに! イイノニ!」

 

 

イライラしながら歩いていると、声をかけられた。

 

 

「失礼、お嬢さん」

 

「はい?」

 

 

振り返ると、パンツを被った男性が立っていた。

頭頂部はハゲているが、左右の髪は残っており、ヘアスプレーで思い切り立たせてある。

 

 

「私はアポロキチガイスト。ガイストで結構」

 

 

お嬢さん、お胸がとっても大きいですね。

しかし私の興味をそそるのはいつだって美しい女人が身に纏うパンテェーなのです。

いいですか? パンティではなく、パンテェーと呼ぶのが最近の拘りでしてね。

早速なのですが、お嬢さんのパンテェーを頂こうと思います。

私の最も譲れないポイントは女性が『最後に穿いた』パンテェーでなければならないということ。それを可能にするには、最期にすればいい。

なのでお嬢さん。申し訳ないが、死んでくれ。

大丈夫。貴女の意思は、私が被り続ける。

 

 

「!!」

 

 

ガイストは銃を取り出すと引き金をひいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ! ハァ!」

 

 

ビディは青ざめ、走っていた。

一発目の弾丸は『なぜか』外れたからよかったものの、すぐ後ろには再び銃で狙いを定めているガイストが見えた。

もうダメだ。ビディはギュッと目を瞑る。

 

 

(助けて――ッ!)

 

 

心の中で、彼の名を叫ぶ。

銃声が聞こえた。ビディは地面に倒れた。

 

 

「ムッ!」

 

 

ガイストは目を見開く。

ビディが倒れたのは撃たれたからじゃない、押し倒されたからだ。

滝黒はビディを抱きしめ、ガイストを睨みつける。

 

 

「貴様――ッ! 私のパンテェーだぞ!」

 

「ふざけんな。お前のじゃない、オレのだ!」

 

 

ビンタが飛んできた。

 

 

「アナタのでもありません! ワタシのです!」

 

「す、すいません。つい買い言葉で……」

 

 

滝黒は既に頭部以外はライダースーツを着込んでいた。

 

 

「藤島さん。目を閉じて!」

 

「え? あ、ハイ!」

 

 

滝黒はベルトにある閃光弾を投げる。

激しいフラッシュが巻き起こり、ガイストの悲鳴が聞こえる。その隙に滝黒はビディを連れて走る。

 

 

「滝黒さんッ、どうしてココに!?」

 

「マリリンさんから連絡があって。藤島さんが来るって」

 

「えッ? 確かにミズノマチに行くって言ったけど、ジカンとかは……」

 

「さっき着いて、後はずっと待ってるつもりでした。貴女が来るまで……」

 

「キモッ! っていうかそのカッコウは!?」

 

「今、ちょっとバルド関係で使ってるスーツです。かっこいいから見てほしくて」

 

「キモッッ!!」

 

 

とは言いつつ、ビディは頬を桜色に染めて、どこか嬉しそうだ。

ギュッと、滝黒を掴む。そうしていると二人は滝黒のバイクの前にやってくる。

専用のバイクだ。各装備が装着されており、パスワードを打ち込むことで取り外せる。

滝黒は早速正面にあるドクロのマスクを取り外し、身につける。

 

 

「変身」

 

 

音声認識が完了。ヘルメットのドクロが一瞬、発光を行う。

 

 

「聞こえますかマリリンさん」

 

『ばっちり。でも何でスーツを?』

 

 

マスクには通信機能がある。会話を行いながら、滝黒は他の装備も装着していく。

 

 

「アポロキチガイストを水野町駅前で発見。これより確保を狙います」

 

『了解。でも気をつけてねーん。ソイツたぶんガイジたちのボスだから、ちょっと強いかも』

 

「はい。藤島さんは逃げて」

 

 

ビディはそこで複雑な表情を浮かべる。

一瞬、何かに迷い。やがてハッとすると前のめりになる。

 

 

「でも、周りにナカマがいるかも!」

 

「なるほど。確かに……」

 

「………」

 

「………」

 

「「………」」

 

 

ビディは滝黒をビンタする。

 

 

「あのね! 『オレのソバにいろ』くらい言えないんですかーッ!?」

 

「え? え……? あ、じゃあそれで」

 

「だからコミュ障陰キャはキライなんです!」

 

 

そこで銃声。滝黒は素早くビディをかばい、背中で弾丸を受ける。

なんともない。これならいける。滝黒は振り返り、やって来たガイストを睨んだ。

 

 

「お前を逮捕する」

 

「パンテェー!」

 

 

滝黒が走り出したときだった。

ガイストの左手に盾が生まれた。日輪型で、揺らめく炎がカッターになっている。

 

 

(どこから出した!?)

 

 

さらに銃の形状も変わっている。先ほどのハンドガンとは違い、銃身が伸びて赤い追加パーツが見える。

いつのまに? いやそれよりも、問題はそこから発射された光弾である。

高速で飛んできた光球は滝黒に直撃、爆発を起こして吹き飛ばす。

 

 

「ぐあぁあ!」

 

 

痛い。衝撃が凄い。

マスクからも警告音が流れた。『耐久値』を超えるダメージを受けました、危険です。などなど。

滝黒は立ち上がると、背中に装備していたライフルを抜いて、容赦なく発砲する。

しかしガイストは盾を構えると、弾丸を受け止め、無効化。さらに反撃の弾丸を滝ライダーへ撃ち込んでいく。

 

このままではダメだ。勝てない。

滝黒は歯を食いしばり、強引に前に出て行く。

マリリンが戻れだの無茶だの言っているが、衝撃が強すぎてよく聞こえない。

その間も容赦なく命中していく弾丸。骨が軋む、全身が痛い。だがもうガイストはすぐそこだ。滝黒は電磁ナイフを取り出すと、一気に懐へ入ろうと試みた。

 

 

「ガイジハリケーン!」

 

「なにッ!?」

 

 

ガイストがその場で回転を始めると、凄まじい風が巻き起こり、赤い竜巻が生まれる。

その風圧に押し負け、滝黒は地面を滑って後退。さらに銃弾を撃ち込まれる。ある程度距離があくと、ガイストは盾を投げる。

 

 

「ガイストカッター!」

 

 

日輪の盾はまさにチャクラム。高速回転しながら飛んでいき、刃で滝黒のわき腹を切り裂いた。

その切れ味は強化スーツを簡単に切り裂いてみせる。滝黒から漏れる苦痛の声、思わず膝をついてしまう。

焼けるような痛みは嘘ではない。血はドクドクと流れ、その間にも弾丸が撃ちこまれていく。

マリリンの声はもう聞こえない。通信機能が破壊されたようだ。

しばらくして、滝黒の動きが完全に止まった。

煙をあげて、倒れたまま動かなくなる。

 

 

「終わりだな。男のパンテェーなど不要。すぐに終わりにしてやるッ!」

 

 

またも一瞬だった。どこから取り出したのか分からない赤い剣を持って、ガイストは歩き出す。

ふざけた格好ではあるが強い。強すぎる。

滝黒は意識こそあれど、痛みで全く体が動かない。

まさかここまでなのか? 目を細めると、気配を感じた。

顔をあげると、そこにはビディの背中があった。ガイストも立ち止まり首を傾げる。

 

 

「何のマネかな、お嬢さん」

 

「アナタの狙いはワタシなんでしょう? ワタシのパンツでも命でも何でもあげますから、このヒトは助けてください」

 

「!!」

 

 

その時、不思議と痛む体が跳ね上がった。

滝黒はすぐにビディの前に回りこみ、庇い返す。

 

 

「何を言ってるんです藤島さん……! やめてくださぃ」

 

「ボロボロのくせに立たないでください。そういうトコロ、凄いッ、キライ……!」

 

 

いつまでも『藤島』って呼んでくるのが本当にむかつく。

いつもビディって呼べって言ってるのにどこに、何に、誰に気を遣っているのかも分からない藤島呼びを貫くところが本当に嫌いだった。

 

 

「フム。泣ける話だが、その瀕死の男を殺してからお嬢さんを殺せばいいだけの話だとは思わんか?」

 

 

確かにそうだ。だからこそ滝黒は必死に死んでいない機能を探す。

バイクの自動運転機能は既に故障している。しかし一つだけまともに動くものがあった。

ベルトについている緑色のボタンを押すと、バイクからドローンが分離、すぐにガイストのもとへ飛んでいく。

 

 

「ムッ!」

 

 

ガイストが銃を撃った。

しかし不規則な動きのドローンを捉えられない。どうやら銃弾の威力は凄まじいが、腕のほうは一般以下のようだ。

そうしているとドローンから強力な催涙ガスが噴射。ガイストが悲鳴と共に煙幕のなかに消えていく。

 

 

「今だ藤原さん。貴女は逃げて!」

 

「……滝黒さんは?」

 

「足がまともに動きません。ココに残ります。そもそもオレはヤツを捕まえるために動いていました。逃げるなんてありえない」

 

「バカなんですか? 死にますよ」

 

「はい。なんでもいいです。だから早く逃げて!」

 

「イヤです」

 

「いい加減にしてください!」

 

「それでもイヤです。ワタシも残ります」

 

「足手まといだ!」

 

「ワタシがいなくなってもアナタは死ぬでしょ?」

 

 

ビディは下を見た。血溜まりができている。

どうやら滝黒のわき腹の傷は思ったよりも深いらしい。

今もドクドクと血が流れている。ビディにも分かる、これは人間が流していい血の量をとっくに超えている。

 

 

「残ります」

 

「なんで! なんでだよ! 早く逃げろって言って――」

 

「アナタが好きだからです」

 

 

滝黒は固まる。ドクロの目の奥に、悲しい光があった。

 

 

「オレも好きでした。ずっと前から……」

 

「リョウオモイ、ですね」

 

「違う。貴女はオレが嫌い。それでいい。それで上手くやってきた」

 

「全然ッ! やっぱりアナタって本当にバカ! 最低ッ!」

 

 

ビディからボロボロと涙が溢れてくる。

まさかこんなお別れになるなんて思っていなかった。あまりにも滑稽で、哀れで、情けなくて笑えてくる。

 

 

「ずっとスキですよ! はじめからスキだった! でも――ッ、スキだからッ! 分からなくて苦しんです!」

 

 

滝黒のことを恨みたくない。でもじゃあこの苦しみはどこにぶつければいいの?

 

 

「コレッ、どうすれば終わるんですか? この苦しいのはどうすればいいんですか!?」

 

 

父のことも、同じくらい好きだった。

ビディも滝黒もずっと分かってた。だからこそ今までこんな関係が続いたのだ。

 

改めて、もう一度言おうか?

滝黒はビディの父を殺した。あれは正当防衛などではなかった。自分の意思で、殺意を持って殺したのだ。

 

ナイフを刺したとき、一度目は本当にたまたまだった。

なんだったら致命傷はその一撃だった。純粋なる防衛と偶然の一撃だったことは事実であったと約束しよう。

しかしそのナイフを引き抜いたらば、滝黒の目の前には過去が広がってしまった。

幼いときの滝黒は何をやらせてもダメだった。勉強も運動もダメ、シャイでネガティブで弱虫。だから幼いとき、母親に泣きながら言われた。

お前はどこか頭がおかしいのかもしれない。お前はママの子供じゃないのかもしれない。お前なんて生まなければよかった。またあいつらにバカにされる。

 

 

『どうして貴方はこんなに出来損ないなの!?』

 

 

本気で言われた。本気で泣いた。

だから滝黒は無心で努力した。少しでも優秀になろうともがき続けた。

今にして思えば、子供には子供の、親には親の事情があるのだろう。しかし子供にとっては見える親が全てだった。

だから滝黒は、ビディの父をナイフで刺した。

 

お前のその醜い姿を、ビディに見せるべきではない。

ビディを裏切ったお前は、死するべき罪人なのだ。

何よりもこのオレを裏切ったことは許されるべきではない大罪としりたまえ。

などと、このようなエゴが確かに存在していたのである。

 

たとえ一瞬だったとしても。

たとえ全てでなかったかもしれないにせよ。

たとえ正当防衛の延長線であったとしても。滝黒は確かにビディの父を殺したくて、殺したのだ。

 

 

『自分があまり好きじゃなくて』

 

 

初めて藤島食堂に行ったとき、滝黒はそう言った。

 

 

『ネガティブなところがあって、本質が暗いんですよオレは』

 

『確かに! 初対面のワタシにそんなことを言う時点でオワってます!』

 

『う゛ッ!』

 

 

しかし、ビディは満面の笑みを浮かべた。

 

 

『でもそれがアナタの長所だと思いますよ!』

 

『えッ?』

 

『だって世界中のヒトがポジティブだったら、それはそれで疲れるでしょ?』

 

『それは、まあ』

 

『それにシンチョウとも言えますよ? ワタシはポジティブだから何の問題もないですね! ワタシつい暴走しちゃうんで、アナタが抑えてください。そのお礼に、ワタシが料理でアナタを笑顔にしますから!』

 

 

ただの接客、ただのリップサービス。

でも、滝黒にとっては太陽だった。

 

 

「許されないんだ……! オレのやったことは」

 

 

ビディを愛してるから、ビディの大切なものを奪った自分が許せない。

 

 

「そうですね。でもワタシは許したかった……」

 

 

ワタシがはじめて一人で作った料理を、アナタは美味しいと笑顔で食べてくれましたね。

呆れますか? でも、ワタシはその時、アナタのためにゴハンを作りたいと思ったんです。今まで他のオトコノコとあまり関わったこともなくて、ラッキーでした。

アナタみたいなヘボヘボなヒト、最初に出会って無かったら見向きもしてません。

 

 

「でもアナタは罰されることを望んでいるから、ワタシは好きなヒトの想いを尊重したかった」

 

 

それに都合がよかった。ビディとて、気にしないでなんて絶対にいえない。

苦しみ続けろと思ったのは本心だった。愛していたのも本心だった。

狂った時間のなかで、何度バカらしいと思ったことか。

こんなことは止めて、遊園地に行きましょう。映画に行きましょう。イルミネーションを見に行きましょう。家で一緒にマンガを見ましょう。

それで良かったのに……。

 

そして滝黒は拒んだだろう。だが彼もビディを愛していたから、中途半端に姿を見せた。

愚かな二人だ。でももう今日でおしまい。

ビディは滝黒を抱きしめる。

 

 

「一緒に、シにましょう」

 

 

ガイストがドローンを破壊した。

その爆音に混じる、滝黒響也の叫びが聞こえるだろうか。

彼は今、自分を恥じている。こんな哀れな話があるかと泣いているのだ。

 

言わせてはいけないことだった。だが言わせた。全ては自分のせいだ。

もっと強ければ、もっと正しければ、彼女を苦しませることは無かった。

神に祈る。いやもはや全てに叫んでいた。

二人助けてくれなんて傲慢なことは言わない。けれどもせめて、せめて彼女だけは赦してくれないか?

彼女は何にも悪くない。このまま死ぬなんて理不尽にもほどがある。

 

 

『世の中はえてして、理不尽なものだ』

 

 

どこからか声が聞こえたような気がした。

だから滝黒は叫ぶ。泣きながら叫んだ。

ならばせめて、籠を出る力だけ貸してはくれないだろうか――?

彼女は言った。いつ終わるのか? ならばせめてその答えだけは用意させてくれ。そうすればせめて心おきなく。

 

 

「オレが終わらせるよ」

 

 

心を縛る檻の群れは、全て今、破壊して見せよう。

キミを解き放つことができれば、オレは――……。

 

 

「キモイです」

 

 

ギュッと、抱きしめる。

反射的にギュッと抱きしめた。

 

 

「また変なこと考えてるんでしょ? もうヤメテ」

 

 

ただ一言、たった一言だけ聞ければそれでいいから。

彼女はそう言った。するとどうだ、強張っていた滝黒がゆるゆると緩んでいく。

そうか。そうだな。それでいいんだ。最期は彼女の望みを叶えてあげよう。オレはもういいんだ。だから、それでいいんだ。

 

 

「あいしてる」

 

 

ビディは微笑んだ。それが聞ければよかった。満足だった。

 

 

「!」

 

 

だが皮肉も、それが『着火』になった。

 

 

「なんだアレは!」

 

 

のけぞるガイスト。

黒い羽が舞っていた。それは鳥かごが壊れた証明である。

視線の先には滝黒が立っていた。その腰には、紛れもない、先ほどまでは無かったベルトが見える。

 

 

「――ッ!」

 

 

起動方法は炎が教えてくれる。

滝黒は左腕を右斜め上に伸ばした。同時に右手でベルト右についているジェット噴射装置・ロケットを押す。

するとベルトに稲妻が走り、スイッチが入る。

滝黒は両腕を大きく旋回させ、右腕の肘を曲げた状態で左前にかざす。そして左手はベルト左にあるロケットに乗せ、強く押した。

するとベルトのシャッターが開いて、風車がむき出しになる。

 

 

「変身ッ!」

 

 

飛び上がると、ベルト左右にあるロケットからスチームが噴射されて急上昇。

その勢いから生まれる風が風車を回転させ、赤や黄色や水色の光を撒き散らす。

滝黒の体が黒い光に覆われると、その姿が変化。

着地をしたときには、まったく別のものに変わっていた。

 

 

「何者だ!」

 

 

ガイストが銃を撃つ。

その光弾を、『滝黒だったもの』は片手で弾いた。

 

 

「3号」

 

「なにっ!?」

 

「オレは、仮面ライダー3号だ」

 

 

黄色いマフラーが風に靡き、複眼が光り輝いた。

さらに鳴り響くクラクションの音、風を切り裂き駆けつけるのは3号のライダーマシン、トライサイクロン。

その巨体で容赦なくガイストをはね飛ばす。

 

 

「うぉぉおお!」

 

 

空中を舞い、地面に倒れたターゲット。

3号が前に出るとボンネットトランクが開いて武器が排出される。

スピリッツウェポン。まずは銀色の槍がついたランチャー砲・『ゴードンバスター』だ。

構え、発射すると先端の槍が高速で発射される。ガイストはすぐに盾を構えて、それを受け止めたが、すぐに足裏が地面を離れた。

 

 

「おおおおおお!?」

 

 

槍に押され、地面を滑る。

ついには転倒。さらに日輪型の盾が槍によって破壊され、粉々に砕け散る。

 

 

「おのれッ!」

 

 

地面に倒れていたガイストは銃を構えて3号を狙った。

だがしかし既に3号もまた別の武器を手にしているところだ。

アルベールシューター。スナイパーライフルで、3号はガイストよりも早く引き金をひいている。

放たれた弾丸は、ガイストが使用している銃口に入ると、そこで炸裂。

銃が爆発を起こし、ガイストは思わず手を離す。

 

 

「私の銃がッ!」

 

 

バラバラになった武器を見て、ガイストは怒りに震えた。

立ち上がると、どこからともなく赤い剣を取り出してみせる。

 

 

「ガイジブレード!」

 

 

走り出すガイスト。3号も武器を持って、地面を蹴る。

ヒューリィブレードは日本刀をモチーフにした武器だ。鞘から刃を抜き、3号はガイストと斬りつけあう。

 

 

「不自由はいつもついてまわる!」

 

 

心の声が漏れた。ガイストはいっそ叫んだ。

 

 

「私もパンツを被るという趣味を否定され! 迫害され! 地獄を見た!!」

 

 

3号の刀が、ガイストの剣の刃をへし折る。

ガイストは一瞬怯んだように立ち止まったが、すぐに剣を投げ捨てると、3号へ殴りかかって行った。

 

 

「私は自由を選んだのだ! それはガイジたちもみな同じ!」

 

 

トライサイクロンから新たなスピリッツウェポンが発射され、3号の手に装備される。

ベイカークロウ。ナイフが装備された、メリケンサックだ。3号は襲い掛かるガイストと拳を交差させる。

 

 

「理性で夢はッ、縛れない!」

 

 

裂かれる音がした。3号のナイフによってガイストのマントが、そして被っていたパンツがバラバラになる。

 

 

「うぉおおおおおおお!」

 

 

ガイストは素顔を晒し、泣いた。

パンテェーを被らずに、極上の快楽をむさぼれる人種が同じ地球にいるかと思うと非常に可哀想で――、羨ましい。

そうしていると肩に撃ち込まれる棒先。スピリッツウェポン、『ウェイロッド』を持った3号がそこにはいた。

 

 

「ガイジハリケーンッ!」

 

 

ガイストは高速回転で風を発生させるが、3号は確かに踏みとどまっていた。

そして嵐の中、まっすぐに伸びた棒、ロッドの先端がガイストの額を打つ。

 

 

「んぉぉおおッッ!」

 

 

ガイストは手をバタつかせて、後ろのめりで下がっていく。

3号はそこでロッドを投げ捨てた。一瞬、トライサイクロンの影に隠れているビディと目が合う。

彼女は頷いた。3号も頷き、空へ舞い上がる。

 

 

「ライダー!」

 

「!!」

 

「キック!」

 

「ぐあぁああああああ!」

 

 

足裏が胸に直撃し、ガイストは二回転ほどして地面を滑っていった。

しかしガイストは笑みを浮かべた。なるほど、殺すことを怯えたか。

 

 

「ふ、フハッ! ハハハ! 手を抜きすぎたな。痛みと衝撃はそれほどだ!」

 

 

すぐに立ち上がる。が、しかし、そこでピタリと動きが止まった。

いや、正しくは『動けなかった』のだ。

 

 

「な、なにをした……?」

 

 

ガイストはプルプルと震えて、やがて地面に倒れる。

力が全く入らない。そうしていると、3号は地面に落ちているウェイロッドを見る。

 

 

「あの棒の先端には針が装備され、攻撃と共に撃ち込まれる。お前の体内に侵入した針はツボを突き、脱力感を促したんだ」

 

「つ、ツボだと――ッ!」

 

「オレの勝ちだ。お前を逮捕する」

 

 

3号は歩き、ガイストのもとへ歩く。

ガイストは諦めたようで、遠い目をして空を見ていた。

 

 

「青年。この哀れな男を笑いたければ笑うがいい」

 

「笑えない。オレもまともじゃない」

 

「まともさ。全員、どこかイカれてる」

 

 

ガイストは深いため息を吐いた。そして改めてビディを見る。

 

 

「最期のお願いだ。お嬢さん、キミのまだぬくもりが残っているパンテェーを、私に与えてはくれまいだろうか?」

 

 

ビディは3号の後ろに隠れ、首を振った。

 

 

「コレは、このヒトの」

 

 

ビディは3号を見た。ガイストは完全な敗北を察し、空に向かって手を伸ばす。

誰かが掴んでくれるような気がした。そうだろ? アポロン。

 

 

「これが本当のアオハルってね! 以上、アポロキチガイストでした! んぱぁああ!」

 

 

んぱぁと言ったあたりで、ガイストの頭部や胸から鋭利な刃が伸びてきた。

思わず悲鳴を上げるビディと、のけぞる3号。すぐに駆け寄るが、心臓と脳を破壊されたガイストは既に息絶えていた。

自殺――? 3号は訳も分からず、しばらく呆然としていた。

 

 

「ダイジョウブですか?」

 

 

我に返る。

3号は曖昧に頷いた。

 

 

「あ、はい! とにかくコレでオレも仮面ライダーですッ! 隼世さん達の助けになれるし、藤島さんを守れるッ!」

 

 

ビディは少し悲しげに頷き、3号へ近寄ろうと――

 

 

「残念だがそれは無理だ」

 

「え?」

 

 

足音が聞こえる。誰かが歩いてくる。

だが3号が周りを確認しても誰もいない。

誰もいない? そういえば、いくら水野町が田舎だといえ、あれだけ激しく戦って通行人ひとりいないものだろうか?

あるいは隠れていたとしても通報があってもおかしくないと思うのだが――……。

 

 

「きゃああ!」

 

 

そこでビディの悲鳴が聞こえた。彼女は見たのだ。

家の屋根を飛び移る化け物の姿を。道の向こうで目を光らせる化け物を。

どうやら、この場所に人が近づかなかったのは、あれらの化け物の仕業らしい。

 

3号もその化け物を確認した。

一瞬しか見えなかったが、虚栄のプラナリアがあったために、彼もライダーのことを調べたから、心当たりがあった。

 

 

「あれは――ッ!」

 

 

化け物はカードに変わり空を舞う。

一方で空に出現する灰色のオーロラ。

 

 

「あれは! アンデッド!」

 

 

オーロラから男が出てきた。

黒いスーツ、黒い手袋、そして黒いサングラス。

男は3号を見ても怯むことなく前を行く。それだけではない、何かバックルのようなものと、カードを一枚持っていた。

 

 

「だ、誰だ!?」

 

「俺か? 俺は剣崎(けんざき)一真(かずま)

 

 

ブレイバックルを腰に持っていくと、自動的に装着が完了する。

 

 

「またの名を、仮面ライダーブレイド」『ターン・アップ』

 

 

ハンドルを引くとベルト中央の装飾が回転。オリハルコンエレメンが射出される。

それは自動的に移動を開始し、剣崎を通過。するとその姿が一瞬で別の形態へと変化していた。

 

間違いない。

平成ライダーが一人、仮面ライダーブレイドである。

シャキンと刃が擦れる音が聞こえ、ブレイラウザーが姿を見せる。

すると先ほどから空中を舞っていたカードが自動的に飛んできたではないか。ブレイドは素早くそれをキャッチすると、ブレイラウザーへと読み込ませる。

 

 

『サンダー』

 

 

落雷がトライサイクロンに直撃すると、爆発が巻き起こり、一瞬で大破してしまった。

3号は爆風からビディを守るために、抱きしめ、背中をむく。

思わず足が震えた。剣崎一真のことは知っていたが、見えた顔は『知らない人』であった。

 

これはつまりどういうことか?

そこに知ってはいけないものを感じ取る。

アマダムは自分のことを異世界からやってきたと言っていたらしい。

ではまさか、あの剣崎は――?

 

 

(本物の――ッ、仮面ライダー!?)

 

 

3号の前で、ブレイドは隠すことのない敵意を――。『殺意』を放出する。

 

 

「遊びは終わりだ。これより、クロスオブファイアを回収する」

 

 

 

 


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