バイオハザード インクリボンがゴミと化した世界で   作:エネボル
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06 壷毒の巣窟へ 前篇

 あちこちで亡者の呻き声と無数の足音がした。その中には骨を砕き、肉を噛み締め、血を啜る音もある。
 その音が鳴り止む気配など未だ微塵も無く。
 悪夢は今も尚、更なる広がりを見せている。

「――今なら光に集まる蛾の気持ちが良く判るぜ」

 銃砲店を出発したジョーにとって幸いだったのは、街の送電設備がまだ(・・)生きている事だ。
 夜の闇を払いきるには余りに小さな灯りだが、それでも光の零れる場所に辿り着く度に、自然と安堵の吐息が腹の底から漏れた。

 ジョーはコレまでの間に幾つもの憂鬱になる光景を目の当たりにした。
 近くに生存者の気配が無いと知ると、ゾンビは自然と共食いを始めた。恐らく、そうまでしないと連中は身体が維持できないのだろう。
 損壊が激しく動けない同胞を壊すように捕食するゾンビの群れが、ジョーの視界の先にある一角に集まり始めていた。おかげでやり過ごせる隙が出来たが、とてもじゃないが喜ぶ気にはなれない。アレが元は人間だったとは思いたくもないし、ましてや自分もその中に参加するなど、真っ平ごめんだ。

 ジョーは街灯の下で力強く葉を広げたハーブの鉢植えから数枚を乱雑に千切り取り、その葉を噛みタバコのように無理やり口に押し込んで噛み潰した。
 強烈なハッカのフレーバーと辛さ苦さという不愉快さが舌の上で爆発した。
 かつて日本人であった記憶が、『良薬、口に苦し』という言葉を思い起こさせる。赤、緑、青。これらのハーブが体内に入り込んだTウィルスを抑制するという設定(・・)も、良く頷けるというひどい味に、思わず舌打ちがこぼれそうになる。
 だが“気付け”には丁度良かった。
 再び気合を入れなおしてジョーは歩みを再開し、その傍ら、生き残る為に独自にゾンビの習性を観察した。
 確信が持てたのは、ゾンビが物音に反応するという点であった。
 そもそもゾンビの進化の先がリッカーという盲目の怪物なのだから、その可能性は十分にあったが、フラッシュライトを駆使しての調査により、遂に確信が持てた。
 得物の先に取り付けたフラッシュライトで闇を照らしながら、遂に辿り着いた市庁舎の扉。
 それを前にしたジョーは、その特徴的な扉の飾り石が、ゲームと同じように二つ程、欠けている事を知った。
 それを見て、ジョーはまだ“希望”はあるという風に思えた。
 ジョーは次第に熱っぽさが増してくる身体を叱咤しながら、恐怖を押し殺すように無理やり顔に笑みを浮かべた。

 ゲーム『バイオハザード3』における主人公ジル・バレンタインの足跡。
 それを探る為に市庁舎の周囲を注意深く探ったジョーは、途中、路地の一角で大柄な体躯のゾンビが小柄なゾンビを捕食している場面に遭遇した。
 呻き声を上げながらゆらりと振り向く巨躯のゾンビに対し、ジョーは無言で散弾銃モスバーグM500を向けた。
 銃身の先にはロバートの改造によって、銃剣とフラッシュライトの両方が取り付けられていた。それは希望を探しに行くというジョーの意に答えたロバートが、見事に用意してのけた得物であった。
 ショットガンを構えたジョーは、まず緩慢な動きで手を伸ばし迫る巨躯のゾンビの太腿を銃剣で刺して止め、次に薬室にショットシェルを送り込み、引き金を引いた。
 銃声と共に巨躯のゾンビの膝から下が千切れ飛んだ。
 その瞬間、ジョーの脳裏には出発の際に交わしたロバートとの会話が過ぎった。

『――フルオートのショットガンって奴が80年代頃に米軍で少し話題に上がったんだ。だがそれっきりで、結局使い物にならないって軍は判断したそうだ。俺もその内の一人でな。だが、こんな事態になるって予想できたなら、仕入れとけばよかったぜ』
あの(・・)クソ重くて、射程も無くて、装弾数も少ないっていう噂のアレか? 要らねぇよ。それと多分、この事件が終息する頃には何処の国も真面目にフルオートショットガンってのを考えるだろう。仕入れるならその時のほうが絶対に良いと思うぜ?』
『――ま、その時まで御互いに生きてりゃあ、な』
『――生きてるさ。必ず生きてやる。店長もだ。インスリンも見つけてやるから、絶対に死ぬなんて言うなよ?』
『わかった。わかった。じゃあ、生きる為に知恵をひとつ授けてやる』
『ぁん?』
『俺たち小柄な日系人が、身体のデカいアメリカ人と喧嘩して負けない為の作法さ――――』

 印象として、アメリカの銃には貫通力よりも大口径と低弾速による、高い停止能力が求められる事が多かった。理由は様々だが、思うにアメリカとは肥満が社会問題になるほどの国であったが故――
 彼らは時に、銃弾すらもその筋肉と脂肪で阻むことがあるからだ。
 そして、『だから――』と、ロバートは続けた。

『――喧嘩にしろ何にしろ。デカイ奴はまず膝を狙え、だ。そして転がしたらコッチのもんだ』

 右足の膝から下をショットガンで吹き飛ばされた巨躯のゾンビは、崩れるように地面に倒れた。同時に捕食されていた小柄なゾンビの頭部も吹き飛んだ。
 ジョーは倒れた巨躯のゾンビの襟足にナイフを突き下し、更にナイフの柄をブーツの靴底で踏みつけて、入念に止めを刺した。
 ホッと一息つく。
 ――が、安堵するよりも先に済ませることがあると、直ぐにその場からの移動を開始した。
 銃声によって周囲にゾンビが集まるよりも早くに路地を抜けたジョーは、その先の路面電車の停留所へと辿り着いた。

「とりあえず此処で――」

 ジョーの脳裏には“路面電車”というキーワードがあった。そのキーワードの更に先にあるモノこそが、ジョーが探し求めるウィルス感染を抑制するワクチンに繋がっていた。
 しかし辿り着いた停留所には路面電車の姿は無く、代わりに存在するのは食い荒らされて損壊した無数の死体のみ。電車自体はどこかの路面で緊急停止しているのだろう。ゲームの中での描写も、路上に緊急停止した車両を無理やり動かしていたという記憶がある。
 重要なのはそこから先の記憶であり、そこから先の記憶こそが、ジョーの求める希望に繋がる唯一の光明。ケンドの銃砲店を出発し、無数のゾンビを時に排除し、時にやり過ごしてようやく一先ずの目的地に辿り着いたジョーは、灯りを頼りに停留所の路面図を見た。
 図に描かれた路線図によると、予想通り、ラクーンシティーの路面電車のラインは、市の東西南北を縦横に走っていた。
 
「――どれだ?」

 ゲームの中のジルは路面電車を動かしてそれに乗ったのは確実。だがそれが、どの路線のどの車両かまでは流石に判らなかった。
 路線図に書かれた各停留所の名称は、この『市庁舎前』の他、『ラクーン大学前』や『動物園前』というゲーム時代の記憶を頼りにすると、どれも怪しく見える名前ばかり。

「――っ!?」

 と、その時、ふいにジョーの耳がヘリのローター音を捕らえた。
 顔を上げて上空を睨むと、かなり高度を上げて飛んでいる一機のヘリの姿があった。自然と、その行く先へと視線が誘導された。
 ジョーはその先に、紅蓮に燃える街の夜景と、巨大な時計台(・・・)を見た。

「――(セント)ミカエル時計台?」

 ヘリと時計塔。その二つの要素が、薄れ、欠けていたジョーの中にあるゲームの記憶を呼び覚ました。
 バイオ3の中でジルは、かの時計台で救助のヘリを呼んだ。だがそこで物語りの幕は下りず、その直後に追跡者ネメシスとの戦闘になり、ウィルスに感染する。そしてジルと同行していた傭兵が、その治療のワクチンを探して単身で病院に赴き、脱出を再開するのだ。
 ジョーはそれを思い出した。
 そしてゲームの展開から推察して、確実と言えるだろう病院(希望)の答えについに辿り着いた。
 街全体を見ても、最も時計台から近い位置にある病院といえば一つしかない。
 即ち――

「――ラクーン総合病院か!」

 ジョーは確信を持って、その場所の名を口にした。





 ラクーン総合病院 医院長の手記

 今日もまた発病者が運ばれてきた。まだ症状は軽いようだが、恐らくは――
 幾日も睡眠をとっていないが、辛いとは口が裂けても言う気にはなれない。患者が恐ろしい怪物になるのをこれ以上見過ごす訳にはいかないからだ。
 私は傍観者ではない。人を治す医者なのだ。
 ――だが、そうは言い聞かせてても、そろそろ自分の限界が近い事が判ってしまうのは皮肉だ。

 私が倒れても、私の残したカルテがきっと役に立つ筈。そう信じたい。
 この病気の核心が必ず見つかると。
  私には、力も時間も足りなかった。
  
 職員や医師 の大半を発病した患者との戦いで失い、この病院を 維持することは すでに不可能だ。

 私にはちから 足りなか た。
  ウィルスに 原因あるとわかってから 対処が後手 なって し ま た。

 そ ろそれ辛い わたしの意しき も もたな い


  か るて み る

 たの 

    む  


 《血で汚れていて読めない》





 病院という単語から連想される候補には、もう一つあった。
 ジョーが子供の頃に通ったアークレイ山地近郊に立てられた病院がそれだ。だが件の病院はもう五年も前に閉鎖されている上に、病人を単独で放置してわざわざ遠い病院で薬を探すという非効率なマネをするとも思えない。
 名前を忘れてしまったバイオ3に登場する傭兵の判断を信じ、ジョーは紅蓮の先に見える聖ミカエル時計台と、その先にあるラクーン総合病院を目指して移動を開始した。

 だが希望が見えたと同時に、ジョーの脳裏にはこの状況では決して思い出したくもない屈強なB.O.W.(生物兵器)の存在が過ぎった。そしてまた、それを証明するかのようにラクーン総合病院の近辺には、不気味な静寂が満ちていた。

「――なんだこりゃ?」

 ラクーン総合病院の建物を目の当たりにして最初に気づいた異常は、ゾンビの少なさであった。
 市庁舎前の停留所からコレまでの道中には大量のゾンビがいた。だがその存在を表す呻き声が、不思議と病院の方からは聞えては来なかったのだ。それが先ず感じた第一の異常である。 
 次に感じたのは周囲に散乱する大きく損壊した死骸にある。まるで尋常でない剛力を駆使してねじり切り破壊された様な、奇怪なゾンビの成れの果てが幾つも転がっていたのだ。
 ジョーの脳裏にある怪物の姿が過ぎった。一説によると“皮を剥いだゴリラ”。もしくは“屈強なカエル”と称された狩人の存在だ。

「――――――」

 ジョーは自然とショットガンを構え直し、また同時にケンドの銃砲店から持ち寄った3種ものサイドアームの位置を確認した。
 オルガに託した愛用のベレッタと同じ92Fを右足に。父からの遺品となった44マグナムは左足に。そしてロバート・ケンドのとっておきである単発式のピストル型グレネードランチャー。通称モスカート・ブルーバーは腰に。
 それぞれの位置と装弾数を確認した後、防弾チョッキと手を覆おうグローブの具合を確かめたジョーは、ついに意を決して病院内へと足を踏み入れた。

 予備電源が生きているのか院内は妙に明るかった。しかしその反面、不気味な程に静か過ぎた。
 響くのは砕かれたガラス片の散乱するタイルを歩む、ジョーのコツコツとした足音のみ――

「一体、何があったんだよ、此処は――」

 ジョーは囁くように、院内の異状を目の当たりにして吐息を漏らした。
 院内に転がる死体も外と同様に異様だった。
 首をねじ切られた死体が幾つもあった。
 しかしその反面、床や壁に飛び散った血痕が異常なほど少なく、良く見れば死体の多くが干からびて(・・・・・)いた。
 院内の案内を確認し、一階の待合を抜けてナースステーションへ。更にその奥にある院長室へと、ジョーは足を進めた。
 院長室の机には、壮年の白衣を纏った医師の死体が転がっていた。良く見れば死体のこめかみには小さな銃創があった。恐らく彼は自決したのだろう。と、ジョーは確信した。
 が、しかしその死体も奇妙であった。
 ――血が、無いのだ。

「――――――」

 ふと、院長室の奥にはエレベータがそこにはあった。電源は生きている様子だったが、音声入力式のロックが掛かっていた。
 表記を見るに、エレベータは四階、そして地下三階へと通じていた。
 その事に、ふと、ジョーは首をかしげた。

「構造的に四階は屋上か? なら地下三階は――」

 入り口付近にあった案内板には、病院の地下施設に関する表記は無かった。
 そしてこの局面で重要なバイオの知識にしても、流石に病院内での細かな事までは覚えていなかった。

「――メタ的に考えれば重要なアイテムは大抵、地下深く」

 この世界の事をジョーだけがバイオハザードであると知っている。それ故の御約束とも呼べる暴論からの推測だった。しかし他に頼る情報もなく、故にジョーは目的地を自然と地下へと決めた。

 ――――その時、背後に気配を感じた。静寂に包まれた院内に、蛇が威嚇をするような独特な呼吸音(・・・)が響いたのだ。

「――っ!?」

 鼓膜を叩いた音の正体を確かめるよりも早くに、ジョーはショットガンを構えた。
 そこには全身の皮を剥がされた醜悪な赤い獣がいた。
 それはゲームの中で、ハンターと呼ばれていた怪物であった。
 砕かれた廊下の窓から侵入し、ナースステーションを飛び越えたハンターは、不測の事態に備えてあえて開け放っていた院長室の扉を外から潜り部屋の内部に侵入。尋常でない脚力を持って、一目散にジョーへと迫った。

「――――っ!?」

 目が合ったのは一瞬だった。
 その刹那の瞬間。ジョーは声にならない悲鳴を上げた。
 ジョーは殆ど反射的にショットガンの引き金を引く事になった。
 それが偶然。奇襲に対してのカウンターという形になり、扇状に飛び散ったショットシェルが飛び掛ろうとしたハンターを空中で吹き飛ばした。
 その一撃がハンターの胸の肉を大きく剥がした。その肉片の一部が天井、壁、床と言った部屋の四方に飛び散り、濃密な血の臭いが室内に満ちた。しかし鼻を貫く不快な臭いなど関係ないと、ジョーは咄嗟に退路を確保する為にハンターとその脇にある唯一の出入り口を見据えた。
 ハンターは身を起してから再度、ジョーに対して強襲をかける為に姿勢を低くした。
 ゴリラのような体躯に詰まった高密度の筋肉が大きくたわみ、サルともカエルとも似つかぬ巨大な顎が開かれる。その剛力を駆使する強靭な腕には無数の血と肉片。そして髪の毛が纏わりついていた。
 恐らくだが、狩人の名に相応しくゾンビも生存者も関係ないと、()は狩りと称して幾人も遊び殺したのだろう。
 ハンターという怪物を目の当たりにしたジョーは、直感でそれを悟った。

「――くっ!」

 二度目の銃撃は直撃とはならず、寸前で回避された。
 扇状に広がるショットシェルは再びハンターの身を貫き傷を負わせたが、それもまだ致命傷にはならなかった。
 間髪入れずにハンターによる三度目の強襲がジョーに迫ると、ジョーは飛び込むように地を転がって回避し、銃身にシェルを装填した。
 自然とジョーとハンターの立ち位置が入れ替わった。
 しかし次の瞬間。リロードの甲斐なく、銃口を向ける隙さえ与えられず――。ジョーは壁を蹴って放たれた四度目の飛び掛り攻撃を受けた。その一撃は咄嗟に振り上げたショットガンの銃身で致命傷は避けたが、その一撃がジョーの身体に齎す圧力は尋常なモノでなかった。
 剛腕を受け止めたショットガンの砲身は大きく“く”の字に曲がった。そしてジョー自身は院長室から大きく吹き飛ばされ、その先のナースステーションの机に背中から叩きつけられた。
 衝撃によってジョーは呼吸を強制的に止められた。

 図らずも院長室という小さな部屋から外にはじき出された形になったが、ジョーはその状況を好転したとはとても呼べなかった。
 止まったら死ぬ。
 呼吸もまだ整っていない状況でジョーが思ったのは、唯一、それのみ――

「っぐぅぁ――!!」

 声にならない叫びを上げ、ジョーは失ったショットガンの代わりにマグナムを抜き、両手で構えて撃った。
 しかしその一撃もまた跳躍を伴う回避行動によって直撃を外された。
 続けざまの二発目は腕の厚い表皮を弾くに終った。
 大きく穴の開いたハンターの腕から四方に血が飛び散った。

 ――――しかし図らずも、その結果が第三勢力の“呼び水”となった。
  
「っ!?」

 ぞわり――と、いう音がした。
 その音を聞きつけたのはジョーと、他ならぬ対峙したハンターであった。
 続いてべたり――と、いう音がした。ダクトからコブシほどの巨大なぬめり(・・・)のあるナニカが湧き出たのだ。
 それは一目散にハンターの流した血痕に飛び掛った。
 ――――直後、である。
 天井に張り巡らされたダクトから濁流のようにそれは現れた。
 コブシほどもある巨大なヒルであった。
 その数、およそ数百匹――

「な―――っ!?」
 
 ジョーは声にならない悲鳴を上げた。
 ヒルは院長室に飛び散った大量の血と肉片を求めていた。
 そして図らずも、そうした餌を提供する形となった手負いのハンターに対し、彼らは群れを成して飛び掛った。



ピストルグレネードのモスカートはバイオ的なゲーム銃扱いでお願いします。