ナイトレイド隠れアジト、食堂。
タツミは朝食の準備をしていた。
「あら、タツミが朝食をつくってるの?」
声のした方を向くと、タツミは驚く。
そこには幽香がいた。
「あれ、幽香さん、珍しいですね。食事をしに来るなんて」
突然の幽香の来訪。それも食事にだ。
幽香は珍しいどころか、これまで一回も食事に現れたことがなかったのである。
故に驚きが大きくなるのは当然であった。
「気晴らしにきただけよ。体質的に別に食事をとる必要はないのだけれどね」
幽香はにべもなくそう返す。
食事を必要としない。
その言葉に、タツミはさらに驚く。
危険種でも栄養をとるために餌はたべるのだ。
故に彼女の言ってることは普通はありえない。
「…か、変わってますね」
彼は苦笑して答える。
彼女がそう言うならそうなのだろう。
これまでの付き合いから彼女が意味のない嘘を言う人ではないと知っていた。
故に、自然と彼女の言葉を信用した。
朝食を頂こうと他のメンバーも集まってくる。
そして、皆一様に幽香の存在に驚きのリアクションをとった。
「アンタ、一体どういう風の吹き回しなわけ?いきなり食事に来られても迷惑よ!」
特にマインは過敏に反応した。
幽香を良く思ってない故である。しかし、
「そう。大変ね」
彼女はマインに視線も向けず、淡々と返し、そのまま箸をとって食事をとり始める。
まるで興味がないと言った感じ。
無視と言ってもいい態度であった。
故に、彼女の様子にマインはさらに怒鳴り散らすが、
「お、落ち着けって!マイン!」
と、タツミがどうどうと宥める。
「私に指図すんじゃないわよ!アンタは黙って食事の準備をしてなさい!」
しかし、彼女の怒りはおさまる様子はなく、むしろボルテージが上がる一方だ。
レオーネも加わり、何とかマインの怒りが静まるが、彼女は歯を剥いて唸りだす。狂暴犬のごとき唸り声である。
その一連の光景に、ナジェンダは顔を左手でおさえて、ハァとため息を漏らした。
「…やれやれ」
うんざりとした様子だ。
ナジェンダはマインが怒り狂って、また愛銃に手をかけないか心配なのであった。
そして彼女は無事何事もなく食事が終わることを祈ったのであった。
食事をしてる中、幽香は突如話を切り出した。
「それにしても貴女達、案外しっかり仕事してるわね。感心したわ」
その言葉を聞いて、その場の空気が固まる。
幽香の上から目線とも言える言い草。
平然とした態度がなおさらそれを際立たせた。
全員、戸惑いを隠せない様子だが、誰もが会話を中断して彼女に顔を向けた。
マインは席を立って真っ先に噛み付く。
「は?アンタいきなり何なわけ?ていうか何様のつもりよ」
彼女は苛立ちを隠さず、キッと幽香を睨み付ける。
しかし、幽香は全く気にした様子もなく、言葉を続ける。
「腐った帝国を変えるなんて言って、貴族を殺して金品を奪ってるだけなのかと思ってたけど、中々どうしてがんばるじゃない」
相変わらずの抑揚のない言葉だ。
そして侮辱ともいえる言葉であった。
その彼女の言葉に、ナジェンダはピクリと眉を動かす。
「ほう、我々はそんなに信用がなかったのか?」
ナジェンダは声を低くして返した。
その口調は静かな怒気を孕んでいた。ナジェンダもあまり寛容ではないのだ。
幽香が来て2ヶ月経つ。
幾つかの仕事を仲間と共に遂行して、彼女への信用も出来てきていた。
多少問題はあれど、仕事は真面目にこなしているのだ。ナジェンダは内心、彼女を評価していた。
なのに、この言葉。
ナジェンダは突き放された感覚を覚えたのであった。
「あら、当然のことを聞かないで頂戴。所詮ただの人殺しなんだから。貴女達がタツミにそう言ってたじゃない」
─タツミ、何と言おうと、やってることは殺しなんだ。
─そこに正義なんてある訳がない。
─全員、いつ報いを受けて死んでもおかしくない。
タツミの入団当初時に、ナイトレイド全員が浮かれた彼に対して言った言葉が思い返された。
「正義なんてないのでしょう?てっきりタツミにも人殺しの仕事をさせて、使い勝手のいい駒にでもするのかと思ってたわ」
実力があって騙しやすい。
タツミはまさに打ってつけであった。
片棒をかつがせたら仲間にならざるを得ない。
幽香は端的にそう言った。
「え?」
タツミは彼女が何をいいたいのか、すぐには理解できなかった。
使い勝手のいい駒。
皆が自身を騙す。
その言葉に彼は唖然とする。
しかし、
「おいアンタ!アタシらを何だと思ってやがる!!舐めるのも大概にしろよ!!」
バンッと机を叩いて立ち上がり、レオーネは殺気だった。
マインもたまらず怒鳴り返す。
「そうよ!ほんっとにいい加減にしなさいよね!!」
幽香の話を聞いてる他のメンバーも、険のある空気を醸し出した。
しかし、幽香はそんな空気を気にした様子もなく、抑揚のない口調で続ける。
「何って、殺し屋集団ナイトレイドでしょ?信用する方が難しいわ」
「当然でしょ?」と言いたげな顔だ。
「そもそもあんな程度の低い詐欺を働く、貴女のどこを信用したらいいのかしら?それに所詮正義はないだなんて言ってるんだもの。尚更じゃない」
詐欺という言葉を聞いて、「何?」と、ナジェンダはレオーネをじとりと睨み付けた。
レオーネは「うっ」と唸る。
バツが悪いのか、彼女はナジェンダから目をそらした。
「私達はタツミを使い勝手のいい駒になんてするつもりはない。仲間だ」
アカメが突如割って入った。
ナジェンダとレオーネは目を丸くする。
幽香も彼女の方へと顔を向けるが、顔は変わらず平静だ。
アカメは厳しくいい放つ。
「これからだって騙すつもりはない。仲間を侮辱するのはやめろ」
その目は静かな怒りを宿していた。
幽香はナイトレイドを信用できないと言った。
これは構わなかった。
ナイトレイドは正義の殺し屋ではないのだから。
しかし、同時に、仲間がタツミを無下に扱うのでは、と幽香に勘繰りされたのであった。
幽香は一応仲間だ。
しかし、アカメはそんな仲間である彼女が、仲間に対して侮辱にあたる言葉を口にしたことが許せなかった。
故に、落ち着いた様子を保つも、その言葉には怒気を孕んでいた。
「あらタツミ。良かったわね、仲間ですって。いい言葉じゃない」
幽香は突如タツミに話を振った。
励ましの言葉であるが、彼女の顔は無表情のままである。
タツミは話についていけず、
「え、ええ…」
と返すが、
「仲間を裏切れなくする、とてもいい言葉よ」
「え──」
彼女は極々薄い笑みでそう言った。
タツミは何も言えなくなった。
幽香の言葉が何を意図しているのか、まるでわからないのだ。
彼はそのまま硬直してしまうが、ナジェンダが我慢ならない様子で言葉を挟んだ。
「幽香。いい加減にしろ。お前は一体何が言いたいんだ?」
静かながらも、怒気を強めていい放つ。
彼女の目は鋭く、威圧感が伴っている。
幽香の言葉が聞き捨てならなかったのだ。
明らかな侮辱の言葉。
彼女も我慢の限界であった。
「怒らないで頂戴よ。私はただ感想を言っているだけよ?」
しかし、幽香は抑揚ない口調でそう返す。
冷たい瞳だ。
何でそこまで怒るのか、本当に不思議と信じて疑わない様子である。
幽香はナジェンダが何故怒っているのかは理解している。
しかし、何故そこまで怒るのかは理解していなかった。
感情の理屈も知っている。
しかし、そう思ったことは確かであり、人の気持ちを配慮して発言するなど、彼女にそんな発想などなかっただけなのであった。
朝食は険悪な雰囲気のまま進み、幽香は食事を食べ終えると、特に気にした様子もなく「ご馳走様」というと食堂を後にしたのであった。
◆
「幽香、ああいった身内間での関係が悪化する発言は控えろ。お前の言動はいい加減目に余る」
ナイトレイドアジト、大広間。
ナジェンダ、ブラート、アカメ、レオーネ、幽香の五人が集まっており、ナジェンダが幽香を呼び出し、先の朝食での発言を注意していた。
ナジェンダは危惧していた。
これ以上幽香とメンバー同士の間に不和が生まれては任務に支障をきたす。
そう思って彼女に注意するが、
「私は感想を言っただけよ。それもダメだなんて、窮屈なところね」
「その言葉と態度が人を不愉快にさせているんだ。何故それがわからない」
「知ってるわよ、失礼ね」
幽香は腕を組んで、平然とそう答える。
全く反省した様子はない。
むしろ注意を受けたことに若干の苛立ちを見せてすらいた。
危険種と人間故の違い。
それどころか、むしろ彼女の性格に問題があった。
人の気持ちを配慮して発言する発想自体が、彼女にとって有り得なかったのだ。
不愉快になるのは知っている。
しかし、だから言わないというのはありえない。
それが幽香であった。
ナジェンダは「どうすればいいのか」と首を垂れた。
すると、
「幽香、お前は何のためにここにいる?」
アカメが突如切り出した。
突然の彼女の言葉に、「一体何だ」とナジェンダは思い、アカメに顔を向ける。
幽香は彼女の意図が解らず、訝しげな顔だ。
「私は彼女に誘われたからここにいるだけよ。目的も何もないわ」
ナジェンダを指差し、幽香は事も無げに答えた。
「お前のその余裕のある態度は人外の力を持っているが故のものだ。だが、帝国はより強大だ。そんな軽い心持ちでは敵に足を掬われるのが落ちだ」
アカメは瞳を鋭くして、幽香に厳しくいい放つ。
幽香の言葉と態度に、彼女は苛立ちと怒りを隠せなかった。
ナイトレイドというものを、帝国との戦いを、幽香は軽く見ている。
彼女にはそう見受けられたのだ。
「何の志も持たないお前が好き勝手言う資格はない」
いつ仲間が死んでもおかしくない状況で皆頑張っている。
そんな中にだ。
幽香。
彼女はどうでもよさげに居座っている。
アカメはそれが許せなかった。
幽香は彼女の言葉に、顎に指を添えて思案顔になる。
「そうね」と独り言のように呟くと、
「…こころざし、ね。それを言うなら自分達の行いを正義とも言い切れない貴女達はどうなのかしら?」
幽香はそういい放った。
「正義も掲げられない貴女達に、帝国を変えるなんて大それたことができるとは思えないわよ?」
無表情でありながらも、言葉を続ける。
「人殺しを正義とも言い切れないそんな精神だから、いつまでもチマチマとした仕事しか出来ないのよ。こそこそとゴキブリみたいなことをいつまで続けるつもりなのかしら」
レオーネは幽香の言葉が我慢ならず、
「好き勝手に言いやがって」と呟くと、ドスを利かせた声で厳かに言い放った。
「…おいアンタ、強いからっていつまでも調子乗るんじゃねえぞ。」
レオーネは光彩の欠けた瞳で続ける。
「殺しは殺しだ、何べんも言わせんな。そこに正義なんてある訳ねえだろ」
彼女の言葉に続けるようにブラートも口にする。
「幽香、俺達は腐った帝国を変えるためとは言え、殺し屋だ。いつか報いを受ける。そんな俺達が正義だなんてご大層に言えるはずがねぇんだ」
帝国を変える理念で動いてはいる。
しかし、人殺しを正義だなんて認めたら、仲間から調子付く者が現れて殺しがエスカレートする危険もあった。
ナイトレイドはあくまでも革命軍を陰から支える組織である。
暗殺部隊が表に立って、新しく平等を誇る帝国へと変えるというのは好ましくなかった。
力を力でねじ伏せる。
それではこれまでの帝国と変わらないのだ。
故に、ナイトレイドが正義を表沙汰に掲げることはできなかった。
しかし、
幽香は呆れたような顔であった。
「殺しに正義も何もないのは当たり前じゃない。だから、そこに正義と悪を意味付けるのが貴女達人間の仕事でしょうに」
その言葉はどこか見下したように感じとれるものだ。
幽香は淡々と続ける。
「報いがどうとか知らないけど、ただ仕返しが怖くてビクビクしてるだけとしか感じ取れないわ。自分達のやってることを正義とも言い切れない貴女達に誰がついていくの?」
「人殺しは悪だ。我々はその人殺しで帝国を変えようとしている!腐った帝国と同じことをしているんだぞ!そんな我々が正義などと言えるはずがないだろうが!」
ナジェンダが怒りを抑えられず、怒鳴って口を挟んだ。
「目に目を、歯には歯をだ。悪には悪で潰すしかない」
厳かに、威圧をこめた瞳だ。
他のメンバーも気圧されるほどに。
しかし、幽香はどこ吹く風といった様子だ。
「何を言ってるのかしら。罪と罰の裁量なんてどうでもいいわよ。…悪には正義に決まってるでしょう」
幽香は無表情ながらも、馬鹿をみるような顔だ。
他のメンバーは、ナジェンダの威圧を物ともしない幽香に内心驚愕を隠せない。
幽香は平然と言ってのける。
「今更何で正義を否定しているのかわからないわ。力があるなら正義だと示せばいいのに」
ナイトレイドの名は貴族を殺すという意味で有名だ。
それに対して革命軍は何の功績も見られなかった。
また、現状、一般的にナイトレイドと革命軍の関係性があやふやな中、革命軍は影が薄く、革命軍に入る者も少ないのであった。
「力と正義を示せない者には誰もついていかないわ」
力は正義。
力無い者に正義は語れないのが現状だ。
故に今は帝国が正義であった。
ナジェンダは憎々しげに幽香に顔を向ける。
しかし、何も言えない。
帝国の圧政と貧富の格差、暴虐。
帝国が無くなったとしても、貧富の格差と暴虐は続く。
政権が変わってもすぐには変わらないのだ。
圧政への不満は解消されたとしても、またすぐに不満はたまるだろう。
力を示していない革命軍に、そんな民衆がついていくかは疑問が残るものだった。
「人殺しを正義と認めた者が上に立つなど、そんなものは今の帝国と変わらん」
ナジェンダはそう言って意見を述べる。
たとえ幽香の見解を聞いたとしても、彼女の考えは変わらない。
理想のために人殺しが大々的に認められるなど、彼女は求めていないのだ。
「あら?貴女が上に立つんじゃなかったの?」
「私は軍略家だ。帝国を潰した後に帝国をまとめるのは私だけではない。」
ナジェンダはあくまで軍略家。
政治家ではない。
帝国をまとめるのは彼女だけでなく、大勢の力が必要なのだ。
また彼女は王政を否定している。
民主制。
国は一人ではなく皆がまとめるべきと、ナジェンダは考える。
故に、人殺しを正義と認めた帝国のままでは、またいつ腐敗するかわからないのであった。
「そんな正義では、またいつ人殺しがのさばるかわからん。だからこそ、我々が正義などを掲げるわけにはいかんのだ」
ナジェンダはそう締めくくる。
幽香はハァとため息をはく。
「難しいのね」
「そうだ、わかったらもう、人を怒らせるようなことは口にするな」
ナジェンダは深いため息をはいて、顔に手を当てた。
呆れと苛立ちがこもっている。
幽香も納得したのか、「そう、わかったわ」と答えた。
しかし、
「でも、報いが恐いから正義と言わないなんて、やっぱり程度がしれているわね。それとも…仲間が死んだときの言い訳に使えるからかしら?」
─ドガッ
轟音とともに破壊音が伴って建物が揺れる。
幽香がいない。
しかし、
見れば、床には引きずったような跡と焦げ臭い臭いが立ちこもり、幽香は防御した姿勢で離れた壁に激突していた。
レオーネが蹴り飛ばしたのだ。
帝具を発動し、獣化を済ましている。
突然の出来事と脅威の破壊力によるその光景に、他のメンバーは唖然とした。
「いきなり酷いじゃない。怪我をしたらどうするのよ」
間延びした声。
その脅威の破壊力に晒されたはずの幽香は、平然とこちらに歩んでくる。
その様子を、レオーネは鋭い眼光で睨み付けた。
瞳に光彩は放っておらず、酷く冷めている。
「アンタが余裕ぶってんのも今の内だ」
彼女は冷めた調子でそう答える。
限界だった。
人殺しに正義はない。
いつか報いを受ける時がくる。
その言葉は、自身が死と隣り合わせであることを戒めるためであり、いつか凄惨な死を迎えることを覚悟したものであるはずだった。
なのに。
仲間の死を言い訳するために使えるから、などと言われたのだ。
これまでも何人もの仲間の死を見てきた故に、彼女はもはや許せなかった。
「アタシらの志がどの程度なのか、身をもって教えてやるよ。化物女」
レオーネの瞳は幽香への殺意で満ちていた。
幽香は常識は知ってるのです。
人が死んだから悲しむといった感情の動きも知ってるのです。
でも、常識の通りに実行するとは限らないし、幽香には空気を読むという発想自体がありません。
そんな性格です。