「てっ、てめえ!こんなことしてタダで済むと思ってんのか!!」
「…安っぽい喧嘩文句ね」
憤慨しているが、明らかに動揺と焦りが入った傭兵の言葉に、幽香は冷めた顔で受け流す。
イヲカルを護衛する傭兵達は突然の事態に驚愕していた。
護衛対象のイヲカルが死んだのだ。
それも一人の女性によって。
眼前には肉塊となったイヲカルとその血を浴びる一人の女性。
傭兵達は眼前の惨状から目が離せない。
それは突然だった。
イヲカルと共に彼女を部屋に連れ、これから慰みものにしてやろう、という時にだ、
彼女が突如「痛いから離しなさい」と苛立ちの言葉を口にしたと思うと、
乱暴に握るイヲカルの腕を握り返し、横凪にして壁へとぶちまけたのだ。
壁と床にはトマトの様に弾けた、元イヲカルである肉塊が転がる。
「………」
彼らは血の気が引いた。
信じられない、あの細腕の何処にこんな怪力が宿っているのか。
血を浴びてなお平然と佇む女性を見て、
「…きっ、キャアアアアアアア!!!!!」
騒然。
その場に居合わせた、イヲカルに拉致された女性達が一斉に悲鳴を上げてバタバタと逃げ去る。
「お、おい待てっ」
慌てて逃げる女性達に待てと制止をかけるも、すぐに止めた。
眼前の女性へ構えをとり警戒する。
この惨状を作り上げた女から意識を逸らしてはならない。
長年に渡って培われた直感がそう告げていた。
「てめえっ、生きて帰れると思うなよ」
都合のいい後援者を殺されたことに苛立ちがとまらず、彼らの瞳には憤怒の色が燃え上がる。
しかし同時に額に脂汗が沸きだった。
並みならない気配。
眼前の女は過去に経験がしたことがない程の怖気を放っていた。
「あら、非があるのはそっちなのに逆ギレなんて、道理が分からない猿は困ったものね」
彼女は無感情な表情とともに彼らをそう見下した。
口調に抑揚はないが、明らかに馬鹿にした言葉。
それを聞き、気の短い一人の傭兵は
「んだとっ、コラァ!!」
青筋を浮かばせ、怒号と共に俊足の足をもって彼女に特攻する。
特攻をかける彼の背中と共に彼女の瞳が視界に入り、
その冷たい瞳に、ゾクリと本能が警鈴を鳴らす。
やられる。他の傭兵は瞬時にそう察した。
だが突貫した彼は頭に血がのぼったためにそれがわからない。
「お、おい!!止め…」
そう言って、待ったを掛けて止めようとする、
しかし遅かった。
俊足の足運びで間合いに入る。
「ぶっ殺してやらぁああ!!」
怒号を伴って達人級の拳を振り切る彼。
しかし、彼女は何一つ反応した素振りはなく、事も無げに横凪ぎの一閃。
─グシャッ
彼の上半身は消し飛んだ。
──ッ!!!
一瞬のことだ。
傭兵達は一連の光景に愕然とする。
何が起こった、上半身の無くなった彼を見て全員がそう思った。
そして横に目を向けると転がる彼の首と弾け飛んだ上半身が映る。
音速を思わせる速度を乗せた彼の拳は、人外な怪力に任せた横凪ぎで消し飛んだのだ。
「…あいつが、一瞬…だと」
傭兵達の中でも師範代並みの強さをもつ傭兵は、認めがたい光景につい言葉を漏らした。
理不尽。脳内はその一言で埋まった。
彼らは帝国一の拳法寺『皇拳寺』で武術を修めた武人である。
それも皆達人級。
徒手空拳で彼らに敵うものはどれだけいるであろうか。
特攻した彼もそうだ、師範代とはいかなくても達人であることには間違いない。
彼は強かったと断言できる。
だが、この女性はそんな彼を叩き潰した。
研鑽と努力を重ねた力と技術を嘲笑うように、絶対的な暴力でねじ伏せたのだ。
彼らは恐怖に膝が笑いだした。
─コツコツ
「ひっ!?」
彼女が彼らに向かって歩みだす。
無感情のままにこびりつく血を振り払う様に、彼らは怯えるばかりだ。
もはや彼らに戦意など残っていなかった。
歯がカチカチと鳴り出す。
「ようやく分際を知ったかしら?」
怯えだす彼らを目にして彼女はそう尋ねる。
抑揚のない口調、無感情な声が耳に届き、彼女の一挙手一投足に恐怖を感じた。
気配が、圧迫感すら伴う捕食者の気配が、実際にこの目に見えてるのではないか、と錯覚すらしてしまう。
勝てるはずがない。
覆せない絶対的な力量差に、彼らの思考は逃げる算段のみに全力を注いだ。
彼らは逃げるタイミングを見計った。
無闇に背を向けたら真っ先にその者が標的にされるだろうと直感したのだ。
故に、
(先にコイツらが逃げた時がチャンスだ)
仲間を見捨てる。
彼らは仲間の誰かが先んじて動くのを待った。
自身が少しでも生き延びる確立を上げるために。
─コツコツ
彼女は変わらない歩調でさらに近づく。
彼らの胸中には尋常でない焦燥が渦巻いた。
このままでは逃げる前に近づかれて殺されるのではないか、ともはや仲間より先に足が出そうになる。
そして、彼らはこの時、焦燥と恐怖に苛む中、生涯をかけた一歩に出るのであった。
◆
「なに!?幽香がイヲカルに連れ去られただと!?」
ナジェンダは幽香の監視をしていたラバックの報告を聞いて驚愕する。
報告する彼もワタワタと焦っており、同様に聞いていた他のナイトレイドメンバーも驚きを隠せない様子だ。
「ラバック、お前それは見間違えじゃねえよな?」
ブラートは信じられないといった顔で確認するが、ラバックは首を横に降って応える。
報告した彼も信じられず、むしろ何故流血沙汰にならなかったのか、と不思議に思ったほどだ。
「実際見た俺自身も信じらんねえよ。だけどマジなんだって、幽香の奴大人しくついてったんだよ」
一体どうなってるのか、とナジェンダは目頭を揉んだ。
幽香が連れ去られる。
怪物のごとき戦闘力を有する彼女が、抵抗できない一般人のような行動をとる筈がない。
むしろ、そのような真似を受けたら連れ去る相手を消し飛ばしていてもおかしくなかった。
しかし、現実に彼女は連れ去られたのだ。
「た、助けないと!」
幽香を心配してタツミはそう提案する。
彼女の実力は知っている。
しかし、多少なりともこの中で彼女と付き合いが長い彼としては、そんなことは抜きに心配していた。
彼の言葉に、そうだな、とナジェンダは同意しようとする。
だが、
「ハッ、だから何だっての。別に放っとけばいいじゃない、あんな奴。どうせ気紛れか何かよ」
吐き捨てるようにマインは言った。
シェーレを傷つけられた怒りは未だ燻っており、彼女を助けるなど、断固反対であった。
いや、それだけではない。
彼女が入隊して以来の振舞いそのものも勘に障っていたのであった。
そこにいたの?気付かなかったわ、とまるで相手をしない彼女の態度が、自身の存在そのものを否定しているように感じさせた。
そんな幽香の振舞いを思いだし、苛立ちに歯をギリッと食い縛った。
しかし、彼女の言葉にナジェンダは首を振った。
「それはできん。その連れ去ったイヲカルという奴はオネスト大臣の遠縁でな。次の任務の暗殺対象だったんだ」
「まさか暗殺する奴に連れ去られるとはな、おかしなもんだ」
ナジェンダの言葉にレオーネは苦笑する。ナジェンダは彼女の言葉に、全くだ、と思わずにはいられなかった。
イヲカルはオネスト大臣の遠縁であり、大臣の名を利用し女性を拉致しては死ぬまで暴行するといった悪行を繰り返していた。
女性にこんな悪逆非道な真似をする貴族をナジェンダは許せなかった。故に、この情報を掴み次第、無念に死んでいった女性達のためにも暗殺を計画したが、
まさか幽香がここで拉致まがいなことになるとは。
彼女は歯を食い縛った。
幽香の心配はしていなかった。あの怪物さである、掠り傷も受けないたろう。
しかし、彼女は懸念した。暗殺すべき対象はイヲカルだけではないからである。彼を護衛する傭兵達、彼らもまたイヲカルからおこぼれをもらい彼と同じく女性達を犯した、暗殺すべき対象である。
故に、状況からして、イヲカルを抹殺することはあっても、護衛の傭兵達まで抹殺するかはわからなかった。
人間に何一つ興味がない彼女のことだ、逃げる者までわざわさ追い掛けたりしないであろう。
彼女がどう動くかわからず、暗殺対象が全員抹殺されるかわからない現状、一刻も早くナイトレイドも出撃する必要があった。
ナジェンダは立ち上がり、机をバンッと叩くとその場の全員に告げた。
「全員、速やかに出撃準備に入れ。このような外道を見逃してはならない。暗殺対象は一人も残らず抹殺しろ」
◆
「さっさと死になさいよ!!」
マインの怒号と共に銃口から光線が放たれるが、狙った相手はサッと避ける。
狙いが外れたことに彼女はチッと舌打ちをし、苛立ちを隠さない。
これで何度目か。
彼女のイライラは作戦が始まって以降に上がりっぱなしだ。
その原因は眼前の敵三人、イヲカルの元護衛傭兵達は先程から彼女の精密な射撃をことごとく避けているからだ。
予想以上の手強さに苛立ちよりも焦りが大きくなってくる。
「しつこいわね!!しつこい男は嫌われるわよ!!」
銃口から光線を飛ばし、近く敵3人を払いのけるように愛銃を振り払う。
弾ではなく光線が出続ける銃であるからこその、彼女なりの近接戦闘であった。
「ふんっ、お前がさっさと死ねばそれで終わるんだよ」
軽々と光線の一閃を避けると、マインの挑発を冷めた声で傭兵は返し、追撃しようと接近する。
「アンタが死ね!!」
敵の言葉に怒声でそう吐き捨てると、近寄らせまいと威嚇射撃を放つ。
思うように戦えないため即座に体制を整えようと、彼女は距離を置こうとその場を逃げるが、
「!?」
強烈な悪寒に次いで聞こえる風切り音。
いつの間に移動したのか、見ると真横から一足で距離を詰めた別の傭兵が、速度の乗った剛拳を抜き放っていた。
死を直感させる拳が顔面に迫る。
避けられない。
そう思い目を瞑ると、
キンッと何かを弾く音が聞こえた。
「大丈夫か!!マイン!!」
同時に幽香とは別の気に入らない声。
見るとタツミが割って入り、剣を盾に傭兵の剛拳を防いでいた。
そして敵の胴に目掛けて前蹴り。悠々と避けられるが距離を取ることに成功し、チラリと彼女に目をやった。
マインは彼の助けに驚くも、死を免れたことにホッと小さく息をつく。
助かった、そう思うのも束の間、彼女はすぐに顔を怒らせ、
「おっそいわよタツミ!!さっさと助けに来なさいよ!護衛の癖に!」
怒濤の剣幕で彼を罵った。
しかしその剣幕は直ぐに鳴りを潜め、フッと不敵な笑みを彼に向ける。
「いいっ!?わ、悪かったよ」
タツミはばつが悪そうにして身を引かせるが、向けられた不敵の笑みに二ッと笑い返す。
そして再び敵3人に剣を構え向け、
「さっきはよくもやってくれたな外道ども!さっきのお礼たっぷり返してやるよ‼」
威勢よく威嚇する。
彼は今、敵を討たんと戦意に満ちていた。
同時にマインも死の間際に彼が助けに来てくれたことに対する安堵と、仲間が来てくれたことへの頼もしさを感じていた。
しかし、二人はしらなかった。
眼前に立つ敵三人は、手も足も出ない絶対的な力を目にして、命からがら逃げてきたばかりであることを。
その恐怖から解放されることによる精神安定、絶対的強者を目にしたばかりによる慢心の消失。
そんな彼らが今現在、他の追随を許さぬ程の集中力を備えた極限状態にあることを、
彼ら二人に知る術はなかったのであった。
◆
作戦開始時、館から逃げるイヲカル元護衛の傭兵三人を
彼らの逃走ルートの都合上、正面から迎え撃つことになった。
射撃の天才と自称するマイン。
位置関係として正面から来る徒手空拳の輩など、大きいだけの的でしかなく、彼女にとって大きなアドバンテージをもった状況になっていた。
同時に、新参で気に入らないタツミが護衛としていたため、自身の実力を見せつけてやろう、と考えていた。
しかし彼女はプロの暗殺者、油断はしない。
愛銃を構えると目付きを変えて狙いを定めて、これで終わりだ、と引き金を引いた。
しかし、終わらなかった。
確かに狙いに定めた筈なのに、敵は姿勢を屈めるのみで軽々と避けて見せたのだ。
正面からの銃撃であるのにも関わらずにだ。
チッと舌打ちをするが、冷静さは崩さない。いくら射撃に自信があるからといって外れないわけではないのだ。
速やかに再び狙い撃つ。
しかし当たらない。
もう一度撃つ。しかしハズれる。
段々と射撃がハズれる度に焦燥が大きくなり、距離もドンドン詰められる。
そしてとうとう距離が10メートルと差し掛かったところで焦りを隠せず、彼女は顔を驚愕に染める。
「嘘!!なんで当たらないの!!」
おかしい。
正面から迎え撃っている筈なのに何故ここまで当たらないのか。
敵である的はドンドン大きくなっている、しかし当たらない。
射撃に対し、実積に裏打ちされた自信をもつ彼女の銃撃が紙一重で避けられ続けていた。
彼女は目の前の状況が理解できなかった。
「なあ、マイン、どうする?このままここで迎え撃つのか?」
銃撃が全く当たる様子のない様子にタツミもさすがに怪訝となった。
彼女は戦闘スタイル的に接近戦が不得意だ。
このままでは彼女を守りながら戦うことになる。
護衛であるから当然ではあるが、彼女の射撃をひたすら避け続けて接近する実力者達を相手取るのはさすがにきびしかった。
また数の利も向こうにある。
素人目でも勝率がかなり低いことは明らかであった。
「馬鹿言わないでよ!!ムカつくけど逃げるわよ!他の場所で待ち伏せしてた皆がもうすぐこっちに来るし、時間を稼ぐわ」
タツミの問いかけにマインは苦虫を噛み潰したような顔でそう吐き捨てる。
屈辱であった。
そこらの帝国兵に毛が生えた程度であろうと思っていたばかりに余計にだ。
彼女は確かにプロであり敵に対し油断はしてなかったが、プライドの高さ故に敵を見下すことが多かった。
そのため、してないと思いながらも高をくくってる節はあったのである。
最近は雑魚ばっかだったから腕が鈍ったのか、と舌打ち
し、逃げるわよ!と怒声を彼に掛けようとするが
「逃げろ!!マイン!!」
彼の声と同時、体を突き飛ばされ盛大によろける。
「ちょっ!なにすん…」
─ガキンッ
金属音へと振り向けば、剛拳の一撃を剣越しに耐えるタツミ。
その姿に何も言えなくなり、さらに彼へと迫る影に目を見開き、
「タツミ!!横よ!!」
声は虚しく、迫り来るもう一人の傭兵に不意打ち気味に剛拳をくらい、横腹をえぐりこまれる。
耳に聞こえる程の打撲音、その音に比例した衝撃をもろに受け、彼は草藪へと突き飛ばされた。
「タツミ!!」
敵の傭兵3人が瞬時にこちらへと顔を向け標的と定めた。
まずい。
これじゃあタツミを助けに行くことはできない。
しかし、敵全員は標的を自身に定めてることを、これ幸いに思いタツミの救助は断念。
タツミの安全のためにも彼女は即座にその場を離れることにした。
以降、彼女は銃口から放たれる光線を剣のようにふり回すといった近接戦闘を繰り広げ、奇跡的に時間を稼いだのであった。
◆
「ほらっ、タツミ!男なんだからシャキッとしなさいよ」
「はぁはぁ、あ、あぁ…」
マインは疲れながらも、今にも倒れそうなタツミに叱咤激励を行う。
タツミは幾たびもの苛烈な拳打への防御に消耗し、意識が皮一枚つながった状態であった。
威勢よく啖呵を切ったはいいものの早々上手くはいかないな、と内心で自身に対して呆れる。
タツミとマインは再び合流し、傭兵3人と死闘を繰り広げた。
しかし戦況は変わらず劣勢。
敵三人にはいまだ決定打を与えておらず、対して二人は剛拳と剛蹴の猛攻に激しく消耗していた。
気を抜けば最期、二人は鍛え抜かれた皇拳法の餌食となるであろう。
しかし、状況は二人の増援で急変した。
一瞬の刹那、異形の鎧と金髪の獣が視界を掠めたと思った時、敵三人全員を巻き込むほどの俊足の剛蹴が共に放たれ、
敵三人は両腕による防御に間に合うも、その衝撃に耐えきれず遥か先へと吹っ飛んでいった。
「二人共!!待たせたな!!」
「タツミ!!マイン!!よく頑張ったね、あとはアタシらに任せな!」
「ブラート、レオーネ!来てくれたのね!」
颯爽と登場し、快活な声をかけるブラートとレオーネに安堵の喜びをあげるマイン。
タツミも意識が切れかけてぼやける視界の中で、良かった、と安心すると、
ブラートとレオーネは敵三人へと振り返り、獰猛な笑みを向ける。
その顔は仲間を傷つけたことへの怒りと闘志に溢れていた。
「ここからは俺が相手だ!!覚悟しろよテメェら!!」
「久々に骨がありそうじゃん、楽しませてくれよぉ」
「ちっ、まだ仲間がいやがったか、こっちはさっさとトンズラしてえってのに」
ブラートとレオーネの殺気を受けて、ペッと唾をはき悪態をつく傭兵。他の二人の傭兵も忌々しげに見つめ返す。
そして、異形の鎧と金髪の獣の雄叫びの伴う猛攻と共に、二幕目の闘いが幕を開けたのであった。