繁華街の遊廓施設区域では麻薬販売と使用者の乱用が日常と化している。
遊女達に給与の代わりとして麻薬を配布したことが事の発端だ。
結果、麻薬はその中毒性を発揮し瞬く間に広がった。
現在では麻薬中毒者及び廃人とかした遊女が次々相次いでいる。
「で、その大元の取締役をしめようって訳ね」
「…ああ、そうだよ」
屋根裏では幽香、レオーネ、タツミの三人が息をひそめている。
幽香とともにいることが気に食わないのか、レオーネはやや不機嫌だ。
「ははは……」
気まずい空気がでており、タツミはつい苦笑い。
どうしたものか、と悩んでいると、
「来たわね」
暗殺対象とその側近の男二人が部屋に入ってきた。
畳の部屋では五十人はくだらない遊女達でひしめいている。
甘ったるい麻薬の匂いが蔓延しており、屋根裏まで匂ってきた。
「もっと稼えだら薬回してやるよ!」
「はーい‼」
元気に従順な返事をする中、一人の遊女が倒れている。
「へひひ…」
虚ろな目で空しく笑う。
何も考えられない、末期に近い症状。
「コイツはもう使えねえな」
何もできない人間など、ただの人形。
利用価値もないのだ。
軽蔑の目を向けて側近の男がその遊女をぶん殴った。
「…あのクソ野郎!」
薬漬けにした上に女性を殴るなど、タツミには許せなかった。
怒りに任せて飛び出しそうになる。
レオーネも瞳から光が抜けた。
許せないのは彼女も同じ。
静かな怒気をはらんだ声で告げる。
「…タツミ、幽香、手筈通りいくぞ」
レオーネの合図とともに、打ち合わせ通りバッと部屋へと飛び降りる。
「な、なんだお前らッ!」
「侵入者だ‼殺せ!!」
男の掛け声とともに多くの黒スーツ姿の護衛達がなだれ込むが、
「地獄に落ちろ」
タツミは冷静に側近の男を切り捨てる。
計画通り速やかに決められた相手を殺すその手際。
まさに暗殺者であった。
護衛達が銃器を構えて乱射。
「…服が穴だらけになるじゃないの」
しかし、幽香は撃たれるのも構わず、腕を振り回し次々と護衛達を一撃で引き裂いていく。
暗殺対象の男はレオーネに首を締め上げられる。
「な、何が目的だ、金か、薬か!?」
バタバタと抵抗しても彼女は微動だにしない。
「いらないな。欲しいのはお前の命だけだ」
「カハッ!!」
腹部への強烈な一撃。
男は突き飛ばされ壁に凄まじい衝突音が鳴り響いた。
人外の一撃をもろに受け、内蔵が破裂。
そのまま彼は死亡した。
「終わったのかしら?」
全ての護衛達を始末した幽香がよってくる。
返り血を派手に浴びているが、ちっとも気にした様子はない。
「…お、おう」
レオーネとタツミは軽く引いた。
「じゃあ、アタシらはさっさとおさらばするか」
作戦は終了。
ここにいる遊女達は革命軍達が連れていく手筈になっている。
帰るよと、レオーネは手を振って屋根裏に戻ろうとする。
タツミもそれに続いていくが
「まだよ」
幽香が静かに言い放った。
「は?」「え」
と二人は振り向くとピカッと光の収束が目に入る。
爆発。
凄まじい黒煙があたりを振り撒いた。
「…………」
二人は唖然として固まる。
先ほどまでいた遊女達全員が消し飛び、焼きただれた死体へと変貌していた。
人が焼ける悪臭がたちこもる。
「………なっ…あ…」
レオーネの肩がワナワナと震える。
「テメエッ!! 何んてことしやがる!!!自分が何したのかわかってんのか!!!」
「………」
凄まじい形相と怒声をあげるレオーネ。
幽香の非道が彼女は許せなかった。
焼き殺した遊女達は薬の被害者だ。
彼女らを助けるためにきたというのにそれを殺すなどあっていいはずがない。
「幽香さん!!アンタ一体何のつもりでこんなひどいことを!」
タツミも掴みかからんとするほどの勢いで迫った。
彼女は冷たい人だが、他人に無闇に非道な真似をする人ではない。
彼はそれを知っている故に、目の前の惨状が信じられなかった。
先ほど殴られた女性も黒焦げで原型がわからない。
幽香の所業を彼は許すことができなかった。
「……………」
彼女はただ薄暗く微笑んでいた。
◆
ナイトレイドアジト。
任務を終えレオーネとタツミは幽香の非道を報告した。
「何だと‼」
ナジェンダとその他のメンバーは驚愕に顔を染めた。
「幽香!一体どういうつもりだ!私は暗殺対象とそれを邪魔する者だけを始末するようにいったはずだぞ‼」
ナジェンダが机をバンッと叩いて怒鳴り上げる。
彼女は内心怒りが沸き上がると同時に頭を抱えた。
幽香は任務に対して特に問題を起こしたことはない。
軽い気持ちであたっている節はあれど、彼女程の戦力を考えれば許容範囲内だ。
しかし今回は違った。
殺す必要などない一般人を大量に殺したのだ。
周りのメンバーも剣呑な視線を幽香に向ける
「幽香さん、さすがに今回は俺もあなたを許せそうにない」
タツミが幽香の隣で怒りを示す。
「俺もだ、言い訳次第じゃお前をぶちのめさねえと気がすまねぇ」
ブラートが静かな怒気をたぎらせる。
「……幽香、答えてくれ」
ナジェンダが鋭い視線を突きつけた。
罪のない遊女達。
彼女らは麻薬の被害者たちなのだ。
何故彼女らも殺したのか。
「あら、簡単なことよ。貴方達の目的を果たすのに必要だと思ったからよ」
何でもないように幽香は淡々と言ってのける。
「必要だと?誰があんな非道な真似をしろと言った。元締めを殺すだけの任務を言い渡したはずだぞ」
「それじゃ足りないわ。麻薬の蔓延をとめたいのでしょう?」
冷たい目がナジェンダを射ぬく。
「頂点を潰しても組織なんだからまたすぐに代わりができるわ。とめたいなら麻薬の栽培場所自体を燃やしつくすぐらいしないと」
「そんなことは分かっている!!だからその手始めにトップを叩いたんだ。栽培場所だって特定しだい燃やすつもりだった!!」
すぐに首をふった。
「いや、そんなことどうでもいい‼」
彼女が聞きたいのはこんなことではないのだ。
「質問の答えになってない‼私は何故被害者の彼女らを殺したと聞いているんだ!!」
さらに怒りを募らせて机を叩くナジェンダ。
しかし、幽香は肩を竦めるだけで全くこたえた様子はない。
「人を殺して麻薬を止めるなら、麻薬を作っている人、売っている人……そして使っている彼女らも殺さないと麻薬の蔓延は止まらないわ」
「極論過ぎだ」
ナジェンダが咄嗟に怒声をあげる。
極端すぎた。
麻薬の蔓延は止めたい。
だがだからといってあの遊女達のような、被害者達まで殺すなど、ナイトレイドの理念から大きく逸脱している。
苦しんでいる人達を、被害者を殺すなどあってはならない。
「知ってるでしょう?麻薬の中毒性くらい」
「だからそれを治すためにこっちは腕利きの医者を用意したんだろうが、ああ?」
レオーネが光のない瞳でドスをきかせる。
「あら、薬で壊れた体なんて治らないわよ。スラムで生きてきたんでしょう、貴方。薬物中毒者が治ったところなんて見たことがあるのかしら」
「だとしても我々が罪のない、苦しんでいる市民を殺してどうするんだ‼」
ナジェンダが幽香の襟を締め上げる。
「スラムの医者なんて高が知れてるわ。物品も施設もまともに用意できない上に、人手だって足りないはずよ」
なされるがままに、幽香は淡々も続ける。
「丸投げされるほうもいい迷惑じゃない。儲けになるのかもわからないことに付き合わされるなんて」
「それくらいこっちだって考慮してる!資金だって渡している‼それをお前はッ!」
「その被害者が一体どれだけいると思ってるのかしら。それにその治療だって時間がかかるし、治るまで面倒もみないといけないのよ?いっそ殺したほうがいいと思わないかしら」
「人の命を何だと思ってやがる!! 軽くなんかねぇんだぞ!!」
ナジェンダから奪いとるように、レオーネは幽香を壁へと叩きつけて彼女の襟を締め上げる。
「アイツらが治る見込みがないことなんて知ってらァ!!私だって放っとくしかないと思ってたさ!だけどな、何でわざわざ殺す必要があるんだ‼」
レオーネは嫌だった。
権力と暴力をもって調子にのっている奴等に好き勝手なぶられるのが。
その挙げ句、その苦しんでいる人達が自分達の都合で殺されるなどもっての他だ。
「軽くなんて見てないわ。ただ無駄だと思っただけよ。そんなことに資金を使う余裕なんてないでしょうに。それにこれはね、彼女たちのためでもあるのよ?」
「アイツらのためだと?どこがアイツらのためなんだよ!」
「薬の快感を知った彼女達から薬をとったら一体何が残るのかしら? 何も残らないわよ」
幽香は締め上げられながらも平然とした顔だ。
何も感慨がない。
「ただひたすら禁断症状に苦しむだけよ。仮に苦しみ抜いた先に何があるのかしら?」
「だから殺すと?」
レオーネの後ろから、ナジェンダがドスきかせて睨みつける。
「そうよ」
「傲慢だ、そんな考えで罪のない人の人生を奪うなど、お前にそんな権利はない」
重力が増したような圧迫感。
ナジェンダの厳かな声が響いた。
ナイトレイドが殺すのは人を畜生としか思っていない悪逆非道な奴等だけだ。
自分達の勝手な解釈で苦しんでいる人達を殺すなど断じてあってはならない。
「あら、皮膚はボロボロで発疹だらけ、痩せこけた上にろくな思考も言葉も使えない。そんな廃人になって生きる価値なんてあるのかしら?」
「その価値はお前が決めるんじゃない。人の人生はその人自身が決める」
「人も時間も馬鹿みたいにかかるし、誰も幸せになんかなれないわ。すっぱり消したほうが手っ取り早いと思うわよ。貴方達の目指す帝国にとっても明らかに邪魔じゃない」
「……だとしても、それは我々の理念に反する」
ナジェンダはそう言って話を締めた。
「……そう、難しいわね」
幽香は変わらない表情で納得の態度を示した。
「けっ!」
話が一段落し、レオーネが吐き捨てるように悪態をつくと幽香を締め上げていた手を放した。
重い空気。
「……今回は不問にする」
ナジェンダは厳かにそう告げるが
「ボス、何言ってるの!!こんなやつナイトレイドに相応しくないわよ‼とっとと追い出すべきじゃない‼」
マインが声をあげて不満を訴える。
しかし、そうはいかなかった。
彼女ほどの戦力が野放しするのは危険。
最高戦力のブラートですら倒されたのだ。
また性格からして事と事情によれば帝国についてもおかしくない。
彼女の手配書が回っているが、彼女であればあの大臣は喜んで迎え入れるだろう。
彼女をここに留めてめておくことは革命軍の総意でもあるのだ。
ナジェンダは幽香の処遇に悩み、歯を食い締める。
「わかった」
不満が上がる声の中、彼女は静かに言い放つ。
幽香を手放すことはできないが、仲間の間の不和を和らげる必要もある。
「幽香、お前には罰として少しの間革命軍側の手伝いをしてもらおう」
ナジェンダは幽香に新たな任務を言い渡した。
◆
吹雪。
石造りの城の中、雪がふぶく様子をは窓から見ている幽香。
「ずいぶん寒いところね、全く」
幽香は北の異民地へと来ていた。
彼女がここにいるのはナジェンダの任務が起因としている。
革命軍は密かに北の異民族と関わりを持っていた。
今回北の異民族は帝国への侵略を決定。
革命軍は主に物資の調達を援助することになっていた。
そんな時にナジェンダは彼女を革命軍本部へと連れていったのだ。
革命軍の彼らは一計を図った。
彼女は危険種。
しかしその危険度、力量はナジェンダの口伝えでしか聞いてない。
故に、革命軍は戦力援助という名目で幽香を北の異民地へと送り、危険種として力を見定めることにしたのだ。
「貴様が革命軍からの助っ人か」
突如後ろから声を掛けられ振り向く。
青いマントに銀の鎧を着た男が立っていた。
ヌマ・セイカ。北の勇者であり、正統な王子。
秀でた槍術の使い手であり、軍略家でもある。
その実力と頭脳で民からの信頼は絶大である。
「ふん、女か。戦力援助と聞いていたが貴様一人とは期待ハズレもいいところだな」
値踏みするような視線を浴びせると「フンッ」と横目で睨む。
「それとも帝具使いだから一人で十分とでも言いたいのか貴様は?」
「いいえ、私は帝具は使わないわ」
「何だそれは、貴様の一体どこが戦力になるんだ、全く」
彼は正直ガッカリしていた。
戦力援助と聞いてみれば、何の鍛えた様子もないただの女性。
しかも一人だけだ。
帝具使いですらない。
もはや邪魔にしかならない。
「ええ、端的に闘えって言われてるけど、貴方の命令にも従うように言われているわ」
窓から彼へと歩みより、彼女は淡々と告げる。
「私は取り合えず戦えばいいのかしら?」
「はんっ、邪魔だから下がっていろ。いきなり戦力援助などと言われても俺は貴様を使うことはできん。貴様に何ができて何が出来ないのかも知らんのだ。
侵略の進め方も決定した。既に部下達にも周知させている。そこに新たに余計な情報をいれて部下達に混乱させるのはこちらの本意ではない」
彼は元々革命軍の戦力援助など使う気はなかった。
既に帝国軍を圧倒する兵力は揃っている。
武器、食料も揃え、補給ルートも確保した。
地の利は完全にこちらにある。
今さら、計画に不安分子など入れたくなかったのだ。
「そうね。今の私に信用なんてないもの。実力もわからない。使えないのは当然だわ」
高慢な口調で話すヌマであるが、幽香は特に気にした様子はない。
無表情で彼の話を聞き入れるのみ。
「貴様に期待などしていない。邪魔にならんように隅に引っ込んで俺らの勝利報告を待っているがいい」
そう言い捨てると彼は部屋から去っていった。
◆
侵略開始日。
革命軍の諜報員が幽香へと訪れた。
「エスデス?」
「はい、今回の戦争、帝国からはエスデス将軍が率いる北方征伐部隊が投入されております」
「…それで、そんなことを私に伝えてどうするのよ?私は引っ込んでいろって勇者様直々に言われているのだけど」
ハァとため息をつき興味なさげに幽香は言葉を返す。
彼女としては寒い故にあまり動きたくないのが本音であった。
諜報員は彼女の態度にやや動揺する。
「え、エスデス将軍が直接くる以上、この戦争、異民族側はかなりの高確率で敗北するでしょう。北の異民族とは同盟関係にあり、革命軍としては北の異民がこのたびの戦争で戦力ダウンされるのは望ましくないのです」
無表情な彼女の顔に気圧されながらも、何とか説得しようと諜報員は頑張って続ける。
「エスデスも人間です。動ける範囲は限られている。帝国兵を削れば兵の全滅を危惧して向こうも不用意には進軍しないでしょう。異民族の撤退戦を貴方に支援して頂きたい」
「…………」
「そして厚かましいですが、貴方が革命軍最高戦力、ブラートと匹敵すると聞いてのお願いがあります。 ヌマ・セイカの戦死をどうにかして防いでもらいたい。彼ほどの頭脳と戦力をここで失うわけにはいかないのです」
諜報員は申し訳なさげに話して頭を下げる。
彼は怯えていた。
今伝えたことは革命軍本部の言葉。
しかし、彼女は危険種である。
それは彼も知っていた。
故に、危険種の彼女がなにかしらの拍子で機嫌を悪くし自身を殺す可能性があるのだ。
人間の道理など本来通じない相手。
彼は緊張な面持ちで返事を待つ。
そして、
「そう。そこまで頭を下げるのなら行ってあげてもいいわ。分際を弁えた貴方の礼儀に免じてね」