特級人型危険種『風見幽香』   作:歩く好奇心

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すいません、帝具で原作とは異なる設定を追加しました。ご了承ください。

追記、サブタイトル変えました


次は勝てるわ

真夜中の帝都の街中、首斬りザンク、彼は彼女から逃げていた。

 

追われる恐怖に普段は上にひきつった口端も、今は下に引き下がっていた。

 

彼女は後方からだんだんと近づいてくる。

 

(…まずい、もうここまで距離を……ッ!)

 

追われる恐怖に駆り立てられ振り返ってみれば、彼女ははるか後方でこちらに向かって走っている。

 

否、気付けば目と鼻の先だ。

 

顔面に狙いを定めて大きく拳を振りかぶる。

 

「ヒいいぃぃいいいい!!!!」

 

凄まじい粉砕音と衝撃。

 

紙一重に首をそらして避けるが、彼の背にあった壁が木っ端微塵にはじけとぶ。

 

(な、なんて怪力だ……この女、一体?)

 

全身に冷や汗がブワッと流れ、ズルズルと尻餅をついた。

 

あんぐりと口を開けて彼女の顔を確認するが、壁の粉砕で発生した土埃で彼女の表情はうかがえない。

 

(……危なかった。…帝具で先読みしてなければ死んでいた)

 

額に装着した眼球の帝具、スペクテッド。

彼は能力の内の一つ、『未来視』を行使した。

 

そして、元々備わっていた彼の回避反応の高さ。

その両方があってこその紙一重の回避だった。

 

「あら、貴方、中々やるわね」

 

土煙が晴れて、その姿があらわになる。

 

「今の一撃で仕留めたつもりだったのだけれど……」

 

冷たい眼光を放ちながら、ショートボブの緑髪を揺らしている。

 

彼女は無表情ながらも微笑みをたたえていた。

 

 

 

 

突如男の悲鳴が響き、彼女はハッとする。

 

「あら?」

 

同時に幽香の眼前にいたはずの女性が姿を消した。

 

「……霊夢?」

 

困惑して、しきりに首を振って周りを確認するが、つい先ほどいたはずの彼女の姿は見当たらない。

 

「……………」

 

呆然とした表情で立ち尽くした。

 

彼女は?決着は? 思考がグルグルと巡るも、彼女の表情は次第に落ち着きを取り戻していった。

 

「……一杯食わされたわね。……これが帝具の力ってやつなのかしら」

 

幻覚。その一言で説明がついた。

 

「……全く、私も馬鹿ね…」

 

事前に知らされていた標的の帝具の盗難。加えて、シェーレの突然の不可解な行動がある。

 

思い返せば、彼女のアレは幻覚を見ていたと考えられるではないか。

 

顔に手をやって覆うとハァと息をつく。

 

自身の馬鹿さ加減に彼女は辟易する。

 

「……もういるはずがないのに、何で期待したのかしらね、私ったら」

 

巫女服の女性。

 

彼女の求めていた存在など、とっくの昔に死んでいた。

 

「…ホント…憎たらしいわね、勝ち逃げなんかしといて私の前に現れるなんて…」

 

生身の人間でありながら、彼女が一度として勝利することができなかった存在だ。 

しかし、そんな存在も寿命で尽き果ててしまった。

 

「……………」

 

拳をギリッと握るも、それも僅かな間、彼女はこぶしをほどくとともにフッと微笑んだ。

 

「本当……幻覚でも相変わらずなんだから…」

 

悲鳴の発生源へと視線を向けると、逃げ惑う男の姿を視界にとらえる。

 

きっとこの元凶は彼なのであろう。

 

「…こんな素敵なものを見せてくれたんだから…彼にはお礼をしなきゃね…」

 

高ぶった高揚がまだおさまらないのか、彼女は壮絶な笑みを浮かべた。

 

しかし、それも一瞬のこと、次の瞬間には無表情のそれである。

 

そして、素敵な幻覚を見せてくれた彼にお礼をすべく、彼女は足を踏み出した。

 

 

 

頭上から迫りくる踵落としに、尻餅をついたザンクは目を見張って仰天した。

 

「おわッ!!」 

 

「……驚いたわね、これも避けるなんて。貴方ホントに面白いわね」

 

剛脚による上方からの叩きつけを、横っ飛びにゴロゴロと転がって回避する。

 

幽香は無表情で驚く。

 

「それも……帝具の力なのかしら」

 

顎に手をやって考える幽香。

 

(…出会い…憤怒と感謝、喜び……わからない。しかし、少なくとも僕を殺そうとしているのは間違いない)

 

ザンクは恐怖で震える足をつかんで立ちあがり、彼女を睨みつける。

 

帝具の能力である『洞視』を発動するが、彼女の心は見えても、理解が及ばなかった。

 

同時に謝って赦しを乞うことも考えたが、それは無駄であることも理解した。

 

「貴方、いいわ。……もっと楽しませて頂戴」

 

「な、どういう……ッ」

 

面白いものを見つけた、とでも言いたげ口調でそう言ったのも束の間。

おぞましい寒気とともに強烈な飛び蹴りが放たれる。

 

神速の一撃を予知した彼は瞬時に防御の姿勢に入った。

 

双剣で防御の構えをとると同時、クロスに重ねた双剣に甲高い衝撃音が走った。

 

「カハッ!」

 

彼は踏みとどまることができず、後方へと吹き飛ばされる。

壁への衝突に肺の空気が全て吐き出された。

 

「…な、何…だと」

 

二メートル近い自身が数十メートルも吹きとばされたことに彼は驚愕した。

 

「あら、休んでる暇はないわよ」

 

彼は痛みに呻くも、視界にはいった彼女の追撃に目を見開く。

 

彼女はもはや眼前でその剛腕を振り上げていた。

 

「…え」

 

一瞬の刹那、彼女は振り抜いた拳を止めた。

 

それは確実な隙であり、その隙をついて跳躍。彼はその場から転がり出て体勢を立て直し双剣を構え直した。

 

(…もう、この手は使えない…)

 

肩を大きく揺らして疲れを隠せない彼。

 

思考を巡らせ逃げの一手を考える。

 

見ると、彼女は不思議そうな顔をするが、すぐに「ああ」と納得して顔をこちらに向けた。

 

「へえ、こんな目にあってもまだ小細工を図るのね、感心したわ」

 

感心したような口調でそう言うが、顔は何の感慨もない様子だ。

 

彼女はゆったりとした動作で近づき彼と向かい合った。

 

スペクテッドの能力の内の一つ、『幻視』 攻撃の瞬間、相手と同じ姿をとることで一瞬の動揺を誘ったのだ。

 

「油断したわ……一回それに騙されたものだから、もうきかないと踏んでいたんだけど……慢心ってのは怖いわねぇ」

 

「は、は……ラッキーですね僕は…」

 

蛇に絡まれるような睨み付けに彼は冷や汗を垂らす。

 

次はない。ギラリとした彼女の眼光はそう告げている。

 

「もうラッキーはないわよ?仕事で来てるのよ。私はこれでも、言われたことはやる質なの」

 

仕事を全うせんと、ゆっくり近づく彼女。

 

一瞬の動作も見逃さないと、彼は睨みながらジリジリと下がる。

 

「貴方も公務員さんだったんですってね。なら私の気持ち分かるわよね、首斬り役人さん」

 

「…仕事熱心なことで、素晴らしいですね」

 

会話を会わせようと苦笑いするも、返ってくる言葉は淡々としていて、向こうはすこしも笑わない。

 

会話で時間を稼ごうと考えるもあまり期待できないことに、内心歯噛みした。

 

「…!」

 

そこで、あることに気付く。自身が冷静に思考していることにだ。

 

奴らの怨嗟が聞こえない。

 

「…………はは」

 

こんな状況になって聞こえなくなるとは。

ある意味皮肉であった。

 

奴らは怨嗟を呟くことがなくなった、つまり、

 

「…僕もここまで…ということかな?…」

 

「あら、何をブツブツ言ってるのかしら?」

 

人外であり、圧倒的な強者。

彼にとっての死の権化がそう問いかける。

 

「いえ、年貢の納め時だなと思いましてね……」

 

彼は彼女との会話に粘るが、それも徒労に終わる。

 

「うおッ!」

 

初動も目で追えない右ストレート。

咄嗟に軌道をそらすことには成功するも、頬にやけどの傷が残る。

 

「わかってるじゃない、さすが公務員さんね」

 

初撃の一撃では終わらず、人外の剛腕が嵐のように放たれる。

 

大振りな四肢の凪ぎ払いや振り払い、大雑把なストレート。

単純な動作ながらもその速度は凄まじい。

 

「貴方、すごい直感ね。家系に巫女でもいるのかし

ら?」

 

ザンクは彼女の猛攻を紙一重で捌き続ける。

 

剣先でそらして、そらして、そらして、そらす。

未来視だけでない。

頭で鳴り響く警鈴にしたがって体を動かし、致命傷を避け続ける。

 

(…しかし…これではジリ貧だ)

 

刃こぼれも激しい。

手に持つ双剣はもはや剣として役に立つのかも怪しいほどだ。

 

焦りと疲労もピークに達し、剣捌きの動作も鈍くなる。

 

「…あら、疲れたのかしら?だったらそろそろ終わりにしようかしらね」

 

その言葉に「何ッ」と目を見開くが、その刹那、彼女の姿が消えた。

 

否、彼の後ろに回り込み、その命を刈り取るべく、幽香はその剛脚を首に目掛けて横凪ぎに凪ぎ払った。

 

 

ふと気付いたら、シェーレは幻覚から正気に戻った。

 

幽香とはぐれたことに彼女は戸惑った。

 

故に、仲間と合流するべく帝都から一時離れようとするが、一人の警備隊と遭遇した。

 

「手配書と一致、ナイトレイドと断定。……悪を断罪する!」

 

セリュー。

悪鬼の凶相で怒りを宿した宣言が放たれる。

シェーレは彼女との戦闘を強いられることとなった。

 

 

「邪魔です!」

 

姿勢を傾斜に、あっと言う間にセリューへと接近。

 

下段から腹を捌くように大型鋏による両断を繰り出すシェーレ。

ガチンと両刃が両断する。

 

「甘いッ!」

 

セリューの一喝とともに、閉じた両刃が一時的に開いた。

 

「えっ!?」

 

両断の直前、彼女は鋏の両刃を殴ることで一時的に両断を止めたのだ。

 

「そんな馬鹿な!」

 

驚愕の表情で慌てて両断するも、セリューは既に跳躍して回避。

 

「断ッ罪ッ!」

 

風圧を発生させるほどの縦回転をかけた踵落としがシェーレに迫る。

 

「うそッ!」

 

凄まじい回転速度だ。

人間離れしたその体捌きに目を見開く。

 

「ぐぅッ!」

 

鋏を盾に頭への直撃を回避するが、予想以上の衝撃に歯を食い縛る。

 

「チッ、悪がァ、誰が罪を逃れることを許したァ!」

 

悪魔のようにつり上がった目付きで怒声をとばす。

 

蹴りの反動を利用し、路上から屋根へと飛び移る。

 

「…なんて脚力。屋根まで跳ぶなんて」

 

セリューの跳躍に愕然とする。

彼女の身体能力は見るからに人間のそれではなかった。

 

(レオーネと同型の帝具の可能性がある)

 

悪鬼の凶相を睨み付け、新たな帝具使いと予期する。

彼女は冷や汗を垂らした。

 

「それに、あの腕は一体」

 

シェーレの帝具が誇る万物両断。

それは両刃で挟んだときのみ発揮する。

しかし一瞬とはいえ、その帝具の刃をはじいてみせたあの腕は少なくとも人の腕ではない。

 

「…厄介ですね」

 

彼女は更なる不安要素に体を強張らせる。

 

しかし、

 

「こんな時期に活動してるナイトレイドォ、あの辻切りと協同してるに違いなァい‼この害悪共がァ!!」

 

興奮が治まらないのか、頭をぐしゃぐしゃと抱えて怒鳴り散らす。

その声音には憎悪がこもっていた。

 

元々、心中が穏やかでないときに戦闘したためか、彼女は更に興奮して怒声をあげる。

 

「市民の安全と安心は私が守る。それ脅かす悪共には正義の鉄槌をォオ!!!!!」

 

機械仕掛けの両腕からミサイル弾が展開されて発射される。

 

「…な!」

 

シェーレは驚きの声を隠せない。

 

(…ここは街中だというのに)

 

回避も許さない速度で四発のミサイル弾が標的へと突き抜ける。

 

咄嗟に大型鋏を眼前に立て掛けて盾とするが、ミサイルは着弾の瞬間破裂音をあげて広範囲に煙を巻いた。

 

(これは‼)

 

目眩まし。

 

「がぁはッ!」

 

予想外の煙に意識を向けていると、横合いから強烈な飛蹴りが横腹を抉った。

耐えきれずにそのまま吹っ飛びゴロゴロと転がる。

 

涙でぼやけた視界で彼女は自身を蹴り飛ばした敵を睨み付ける。

 

視線の先にはセリューが立っていた。

 

蹴り飛ばしたのは彼女。

 

そしてミサイルに続き、次はガトリングガンを思わせる銃器が両腕から展開されている。

 

「正義執行ォオ!!!」

 

凄まじい連射音が鳴り響き、無数の銃弾がシェーレを襲った。

 

しかし当たる直前、苛烈な金属音が鳴り響く。

 

「大丈夫か」

 

アカメだった。

彼女はシェーレに降り注ぐ全ての銃弾を弾き返した。

 

「よかった」

 

シェーレの顔を見て安堵する。致命傷を負った様子はない。

 

「あ、アカメ」

 

逆にまたシェーレも仲間の救援に安堵した。

 

しかし、

 

「うっ」

 

アカメの足元に血がポタポタと垂れる。

銃弾を全て弾き返したわけではなかった。

脇腹を押さえて、顔を歪める。

 

「アカメッ!」

 

もはやアカメがまともに動けるのかも怪しい。

 

シェーレはハッとしてセリューを見ると、彼女は凶相の笑みを張り付けていた。

 

「貴様はナイトレイドのアカメと断定する!! 悪はここで、断ッ罪ッ!!」

 

狂気の声をあげて宣言をあげると、さらに銃器の乱射劇が始まった。

 

被弾によりアカメは十分な体捌きが行えず、さらに次々と被弾する。

 

「オラオラオラオラオラオラァアアア!!!!!!!!」

 

狂喜の凶相でさらに銃撃のうねりをあげる。

 

シェーレも応戦しようと立ち上がる。

 

「…しまった!」

 

しかし、吹き飛ばされた時に帝具を離してしまっていた。

何も出来ないない自身に歯噛みする。

 

「先に逃げろ!!」

 

アカメは何とか致命傷を避けながら防戦して、シェーレへとそう叫ぶ。

 

でも、それではアカメが。

シェーレは彼女を心配して躊躇う。

 

しかしそれも一瞬のこと。

 

「わかりました!」

 

足を引っ張っているのは自分であると理解した。

 

彼女は闇の街へと去っていく。

 

アカメは防戦の中、彼女の後ろ姿を確認するとフッと微笑むが、

 

「悪は逃がすかァア!!!!」

 

セリューは憤怒の表情でそう叫ぶと、片腕のガトリングガンの照準をシェーレへと向けた。

 

「させん」

 

銃撃が弱まった。

その隙をついてアカメは高速で銃弾を掻いくぐって接近し、胴に一閃した。

 

「ハッ、舐めるなッ‼」

 

嘲りの笑み。裂けた口端がさらにつり上がる。

 

膝をあげ、セリューは彼女の斬撃を防いだ。

 

「義肢だと!?」

 

目を見張って驚愕する。

 

セリューの足は機械へと変貌している。 

否、足だけでない。手も胴も頭も、全てが機械化していた。

 

悪の断罪、ただそれだけを求めて、彼女は力を欲したのだ。

 

「終わりだァ!」

 

瞬時にガトリングガンが腕から脱落すると同時、手首が換装されて剣が飛び出す。

 

そのままアカメの首に目掛けて一閃。

 

─しまった。

 

アカメは死を覚悟した。

 

「ガァッ‼」

 

横腹への衝撃でセリューは横へとふっとんでいく。

 

突然の横合いからの不意打ちに反応できず、そのまま無抵抗に転がった。

 

アカメは目をパチクリさせる。

首への致命傷もない。

 

「アカメ!!無事か!?」

 

セリューの横合いから強襲しアカメを助けたのはレオーネであった。

 

「レオーネ」

 

レオーネの登場にアカメはホッとする。

 

しかし、数発もの銃弾をうけたため、立っているのは限界だった。

 

フラッと前のめりに倒れる。

 

「アカメ!おい、しっかりしろ‼」

 

倒れる直前にアカメに肩を貸して彼女を支える。

 

心配の声をかけるが、彼女に触れて手にへばりついた血液とポタポタと流れる血を見てハッとする。

 

急がなければ出血死は免れない。

 

ピーッと笛の音が鳴り響く。耳をすませば複数の声と足音がこちらに向かっている。

 

「くっそ、警備隊か」

 

傷の手当てを優先したいがここでは難しい。

 

また彼女をここまで傷つけたセリューに対し、止めを刺したい気持ちもある。

 

首をふった。

状況的にそんなことをしてる場合ではない。

 

「アカメ、少し我慢してくれよ。」

 

アカメの手当てを急ぐべく、彼女を肩に担ぎあげ、シェーレの帝具も拾うとレオーネは急いでこの場を去った。

 

 

警備隊がボロボロのセリューを発見する。

大量の吐血と多数の骨折。

明らかに戦闘があった様子だ。

 

「セリュー殿ッ!一体何がッ!…おい、担架をもってこい‼急いで手当てを!」

 

警備隊の兵士がそう叫ぶ。

 

するとガッと手を捕まれたため、一体何だ、とそちらに視線を向けた。

 

「……ガフッ…あ、悪は…?」

 

「せ、セリュー殿ッ!今はしゃべってはなりません。安静にしてください」

 

セリューが上体を起こしてすがるように聞いてきたが、兵士は慌ててそれを止めさせる。

吐血の量が尋常じゃなかったのだ。

動いて言い訳がない。

 

「セリュー殿がどういった敵と戦闘していたか定かではありませんが、その敵は今現在捜索中です」

 

彼女の問いに答えると、彼女は悲壮な面持ちとなる。顔を歪め目に涙を浮かべる。

 

「あ、悪をッ、悪をまた、逃がして…私…」

 

彼女はむせび泣いた。

また悪を目の前で見逃してしまった。

あんなに奮闘したのにだ。

 

彼女は地面を弱々しく叩いた。

 

そして悔しさで涙を流す彼女を、警備隊はどう対応すればいいのかわからず、ただ見守ることしかできなかった。

 

 

幽香はザンクの首を横凪ぎに蹴り飛ばした。

 

ゴトッと肉体の一部が落ちる。

 

「あら、びっくりね」

 

彼女は尻餅をつき、キョトンとした顔をしている。

 

彼の首は繋がっており、蹴り飛ばせてなどいない。

 

地面に転がっているのは彼女の片足だ。

 

「………」

 

幽香に背を向けて、剣を凪ぎ払った姿勢のまま、彼はぜえぜえと肩で息をつく。

 

スヘクテッド、奥の手『多視』

彼はこの時、360度、全方位の視野を手に入れた。

故に、死角からの攻撃に対しての対応がより簡単となった。

わざわざ顔を向けて敵を確認するといった動作が必要なくなる。

一瞬の隙が命取りとなる戦闘において、この効果は絶大であった。

 

現に彼は、未来視との併用により幽香の必殺の一撃を見事切り抜けたのだ。

 

 

ピーッと警笛が鳴り響く。

 

「おい、ここにいたのか風見!!撤退だ。警備隊がく…る…」

 

屋根の上からラバックが幽香を発見し、撤退を促したが、最後まではっきり口にすることができなかった。

 

尻餅をついて怪我をした幽香の姿を見て唖然。

 

「お、おま、風見!どうしてお前がやられんだよ‼」

 

ブルブルと震えて指を指すラバック。

 

彼女の人外の力量を知っている故に、彼は戸惑いが隠せなかった。

 

「…ああ、これね…」

 

しかし、彼女は何でもないように答える。

 

「彼にやられたのよ。それだけよ」

 

あっさりとそう言ってのける彼女。

 

しかし、そんな彼女の態度と口調がラバックは信じられなかッた。

 

「おまっ、何言って……ってやばッ!」

 

慌てて反論しようとするも、バタバタと足音がこちらに向かってくる。

警備隊だ。

 

彼は慌てて糸の帝具を使い、路上にいる幽香の腰回りに糸を巻き付け、屋根の上へと引っ張りあげる。

 

「大丈夫か、風見!走れるか?」

 

焦りながらも片足がないことに彼は心配の声をかける。

 

「片足で走れると思っているなんて、可哀想な頭ね。おぶって頂戴」

 

しかし、そんな心配を台無しにするように、幽香の言葉は冷たい。

無表情な上に、やれやれといった態度までみせる始末だ。

 

「それが人に物を頼む態度かよ‼」

 

「……………」

 

そんな二人を見送るようにザンクは呆然と佇んでいる。

 

バタバタと警備隊が近づく彼を拘束しようとするが、彼は抵抗しなかった。

 

彼は自首した。

もう怨嗟の幻聴もなければ、殺しへの愉悦もないのだ。彼は肩の憑き物が落ちた気分であった。

 

そして、この首切りザンクがイェーガーズに所属し、再び帝国に奉仕することになるとは誰も知るよしはなかったのであった。

 

 

ナイトレイドアジトまでの帰り道。

 

「ちょっと、目の前に標的がいたけど殺らなくてよかったの?」

 

ラバックにおんぶされる形となった幽香は、彼にそう尋ねる。

質問しておきながら全くどうでもよさそうな感じだ。

 

「しゃあねんだって、警備隊だけならまだしも、ブドー将軍まで出張ってきたからさぁ」

 

「あら、その将軍は強いのかしら?」

 

「超強いっつの!!帝国の双璧とも言われてあのエスデスと肩を並べるほどなんだぞ‼」

 

「誰だか知らないけど、何なら私が相手してあげるわよ?」

 

彼の肩に顎をのせてとんでもないことを話す幽香に仰天した。

 

「なあにアホなこと言ってやがるッ!! いくら強くても流石に無理だって‼ おまえ、風見、ザンクにすら片足もってかれてんじゃねえか、あいつに勝てなかったお前が将軍に勝てるはずがねえだろ!!」

 

「油断しただけよ、次はいけるわ」

 

「三下の台詞をはくなッ!」

 

その言葉を言った瞬間、彼女は無言となる。

 

何だ、と思って振り向こうとするも、その前にラバックの首に彼女の腕が回された。

 

「えっ?」というも束の間、彼は首切り絞められる。

 

「ウゲッ…~ッ…ガッ…~」

 

「貴方は本当に頭が可哀想なのね。仕方ないから何度も言うけど、分際を知りなさい全く」

 

平坦な口調でそう告げる故に、彼女には全く悪意がなさそうだ。

 

息が限界だ。

 

首に回された彼女の腕を、彼は両手で必死に叩いてギブを示す。

 

おんぶしているため支えを失って彼女がずり落ちる。

 

「ちょっと、おんぶくらいちゃんとなさい。落ちちゃうじゃない」

 

「おまっ、誰のせいだと思って……」

 

理不尽すぎる彼女の言葉に、彼の額の青筋がキレかけた。

 

しかし、何とか怒りを飲み込んで、彼女をしっかり持ち直す。

 

 

 

フニャとした感触が背中を圧迫した。

 

 

目を見開きラバックの背に電撃が走った。

 

先ほどまで仕事だったため、彼は全く気にしていなかった故に、気付かなかった。

 

彼は今まさに桃源郷にいたのだ。

 

 

歩いて反動があるたびに、ムニュムニュと押し潰されたおっぱいが背中を動く。

布越しに伝わる体温と柔らかさ。

 

彼の鼻息が荒くなる。

 

肩にのせられる彼女の顎。

頬や耳元に彼女の吐息がかかり、距離の近さを意識してしまう。

あまりの顔の近さに雌の匂いもムンムンと匂ってくる。

 

下腹部がジンジンと充血した。

 

戦闘でやぶけてしまったのか、両手一杯に直につかむ柔らかいお尻。

その雌の柔らかさが、彼女が女であることをより意識させてしまった。

 

 

もっと触りたいと、つい手のひらにつかむ力が入ってしまう。

 

「あんッ!」

 

彼女の嬌声。

艶やかな女声が顔の真横で鳴かれた。

 

下腹部の怒張が痛いくらいにさらに腫れ上がる。

 

「やだ、お尻触んないでよ、スケベね」

 

嬌声をあげても全く気にした様子はなく、変わらず平坦な口調でビシッと指摘した。

 

「おまっ、変な言い掛かりマジでやめろっつうの‼怪我人にそんなことするほど落ちこぼれてねえぞ俺は!!」

 

顔を真っ赤にして怒鳴りかえすラバック。

 

「だってお尻触ってるんだから、仕方ないじゃない」

 

「さっきと手の位置変わってねえだろ!!」

 

「最初から触ってるってことじゃない。エッチね」

 

「だから違えって‼」

 

ラバックはあれこれ言って何とか誤魔化すが、終始幽香に言い負かされた。

 

帰還するまで怒鳴る声と平坦な声が続いた。

 

彼は最後まで女の匂いと胸と尻の質感に全神経を集中させた。

 

 

 




微エロ描写のつもりですけど、いざ自分で書いてみると物凄い冷めますね。官能小説書いてる人とかはもうすごいと思います。

ラバックは原作で散々みたいですから、もっと報われてもいいと思うんです。

まあ、幽香とラバックの二人は微エロでいろいろやってますけど、くっつきはしないと思いますけどね。彼はナジェンダさん一筋ですから。

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