【短編】もしも潮田渚が殺人鬼に目醒めたら。【次回投稿未定】 作:うたたね。
それとちょっと長めです。5800文字ですから。
あと、今回は渚目線以外も書いてみました!
殺せんせーは、超生物だ。生物としての枠を遥かに超えたスペックを持つ、正真正銘の
マッハ20で動き回り、高い知能を併せ持つ先生。一見弱点や隙がないように見えるけれど、探してみれば意外とあるものだ。
大きなものとして、対先生物質、脱皮直後、水、環境の変化、再生後、などなど。
まあ、弱点と言っても、先生に攻撃を加えることそのものが高難易度のわけだし、弱点を突くにはかなりの手練れ、または念入りな計画が必要だ。
だから、この状況にまで持ち込めた茅野は、念入りな計画を立てて、かなりの手練れなのだろう。
茅野と先生の周りを囲っているのは炎のリング。先生の苦手な環境変化だ。この激闘において、そのアドバンテージはかなり効いてくる。
茅野の触手の速さはマッハ20には届かないかもしれないけれど、それなりの速さを保っている。更に先生は盟約上、生徒に手を出すことが出来ないのだ。
この戦闘では、先生と茅野の実力は拮抗しているだろう。
「きゃはッ、千切っちゃった。ビチビチ動いてるっ」
「か、やのさんっ!!」
現在の様子を見る限り、茅野が先生を追い詰めている。下手な動きをして茅野に刺激を加えれば、触手に影響が出るからだろうか?
恐らくだが、茅野の生命力はほとんど触手に吸われているはず。この復讐の結末がどんな結果であれ、茅野は死んでしまうだろう。
「あのままじゃ、死ぬよね? イトナ君」
「ああ。茅野の触手を扱う技術は俺よりも遥かに高い。けれど、それは自分の命を省みていないからだ。このままだと……あいつは死ぬ」
「……」
復讐を遂げる前に死ぬ。
復讐を遂げた後に死ぬ。
茅野は復讐を遂げた後に死んでも満足なんだろうけど、それは本当に自己満足だ。
この復讐において、
殺せんせーでも、これは覆せない。先生じゃあ、今の茅野を救うことは出来ないのだから。復讐の相手に何を言われようとも、それはただの戯言でしかなくて、耳障りなだけ。
うん、そうだね。
そろそろかもしれない。
茅野の触手が、大きく唸りを上げた。
☆ ☆ ☆
その瞬間、赤羽カルマは目を見開いた。
今、自分の視界に映っている光景を、信じることが出来なかった。
茅野の触手が殺せんせーに向かって振り下ろされる。それはまるで、裁きの鉄槌のようで、これを受ければ先生は死んでしまう、そう思った。
そしてその瞬間、新緑色の触手と殺せんせーの間に、一つの影が入り込んだ。炎のせいでハッキリとした姿は見えなかったけれど、それでもそれが誰なのか分かった。
だってその少年は。
その水色の少年は。
クラスメイトの中でも、特に仲の良い自分の友人だったからだ。
潮田渚。
彼がズボンのポケットに手を当てたかと思うと──
──次の瞬間、茅野の触手が宙を舞っていた。
☆ ☆ ☆
ただただ、あいつが憎かった。
あの日、お姉ちゃんが死んだ日から、私はずっとあいつに復讐することだけを考えて生きてきた。お姉ちゃんを殺したあいつを、優しいお姉ちゃんの未来を潰したあいつを、私は復讐したくて殺したくて堪らなかった。
私の姉、雪村あぐりはとても良い人だった。良い人であり、自慢の姉であり、贔屓目無しにしても尊敬できる人だった。私はそんな姉のことが本当に大好きだった。
だから、私はお姉ちゃんの為なら何だって出来る。触手の副作用である痛みにも耐えることが出来たし、みんなを騙すことだって出来た。
そしてその復讐を遂げた時には、私はもう死ぬんだろうなぁってことぐらいは分かってた。
お姉ちゃんはそんなことは望んでないだろうけれど、それでも私は果たしたかった。もしかしたら、お姉ちゃんの元に逝きたかったのかもしれない。
この復讐は確かにお姉ちゃんの無念を晴らす為だ。けれど、それ以上に私の為でもあるんだろう。あの時、姉に対して何も出来なかった悔しさと無力感。それらを覆す為に。私はお姉ちゃんの為に何か出来たんだって言い聞かせる為だ。
結局、私はお姉ちゃんの為お姉ちゃんの為と言いながらも、思いながらも、この復讐は自分の為。本当に、私は最低だ。
でも、もう戻れない。引き返せない。
1学期、2学期と私の復讐の
もしかしたら、先生はお姉ちゃんを殺してなんかないんじゃないかって。例え殺していたとしても、何か理由があったんじゃないかって。
そんなことを考え出した頃にはもう遅くて、触手の殺意は私じゃ抑えられないほどに膨れ上がってた。
今はもう、私じゃ触手は制御出来ない。凶悪な殺意に溺れて、私の意識が霞んでいく。
死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで────
──私を、助けて
そう、思って、殺せんせーに触手を振り下ろした。多分、これで終わっちゃう。この攻撃が直撃すれば、先生は確実に絶命してしまう。それは嬉しいことである筈なのに、ちっとも嬉しくない。寧ろ、それとは逆の悲しさが溢れてくる。
この一年、私は何をしてきたのだろう。
みんなは勉強も友情も暗殺も、青春を過ごして来たというのに、私は復讐に全てを使ってしまった。
この復讐は、無価値で無意味で、本当に──むなしいだけ。
触手が先生に迫る。先生は悔しそうに表情を歪ませて、そして私の方を見て微笑んだ。
──さようなら、先生
──ごめんなさい、殺せんせー
触手が先生の心臓に──
──到着する前に、
其処には信じられない光景があった。
両手に見慣れた緑色のナイフを握り、
「渚……?」
「──うん。そうだよ、茅野。こんなむなしい復讐心は、そんな悲しい殺意は、僕が『殺してあげる』」
そう言ってニコリと笑い、そんな渚に向けて私は触手を放った。もう私の身体のようで、私の身体じゃないみたい。自分の意思とは関係なく、まるで触手に私が操作されているような、そんな不思議で嫌な感覚。
渚がナイフを握る手を少し緩めたかと思うと、次の瞬間には触手が飛び散っていた。
速い、速い。あまりにも──疾すぎる。今の私の視力は、触手の力によってかなり底上げされている。それこそ、先生のスピードに少しはついていけるぐらいには。
しかし、渚の
人間の速さの限界を極めた速さ──あるいはそういう技術。筋肉をどう動かせば、最大限の速さを出すことが出来るのか。それを渚は、知っている。
この1年間、私は爪を隠してきた。能ある鷹は爪を隠すとは違うかもしれないけれど、まあ、似たような感じだ。情報を集め、最適なタイミングをずっと見計らっていた。でも、ずっと爪を隠していたのは、私じゃなくて渚だったみたい。
こんなプロを超えるようなナイフ捌きを隠していた理由は分からない。
けれども、これだけは分かる。
最強の
「──はい、終わり」
いつの間にか背後にいた渚。
視線を動かして、ギリギリだけど背後を見る。すると、渚がスッと真顔になり、私の首元──触手を生やしている部分を斬り裂いた。
☆ ☆ ☆
ふむ。触手移植者はどんな感じなのだろうと乱入して見たものの、あんまり得られるようなモノは無かったかな。まあ、今回は暴走していたから、それはそれで仕方がないのだけど。
ただ、確認は出来たので良かった。茅野の触手は凄まじい速度とパワーを持っていたけれど、僕でも十分避けることが出来た。少なくとも、夏休みの頃の僕じゃあ避けれなかった。どうやら、僕も成長していってるようだ。
ただ、今回のことでみんなの僕に対する疑惑が少なからず出て来た筈だ。今までは目立たないように隠していたからねぇ。いきなりこんな強さを見せたら流石に怪しまれる。
特に烏間先生。この人は戦闘のプロフェッショナル。何かしら思うことがある筈だ。
流石に今回の乱入は浅はか過ぎたかな。殺人衝動と興味に身を委ねたのが間違いだったか。今度からは気をつけよう。
うん。
「ふぅ、終わりましたよ。渚君が触手の根元にダメージをいれてくれたお陰で、予想よりも早く、そして安全に処理出来ました」
「それは良かったです、先生。あんな復讐劇で命を落とすなんて、ただただむなしいだけですから」
「……君は──」
殺せんせーは何かを言いかけて、「いえ、何でもありません」と首を振った。その言葉の続きが是非とも気になるところだけれど、どうせ教えてくれないだろう。
今の僕と今の先生は、不思議な関係だ。仲間でも相棒でもないし、だからと言って顔見知りとかそんな浅い関係でもない。教師と生徒という関係は既に終わっているし──うーん、どう言えば良いのだろうか? よく分からないや。
と、思考を放棄し、僕は奥田さんの膝の上で眠っている茅野を見る。
彼女が僕に近づいたのは、僕の才能に誰よりも早く気がつき、自分の殺気を隠す隠れ蓑にする為だったのだろう。そう考えれば、辻褄が合う。別に僕と茅野は相性が良いわけでもなかったのだから。
僕の才能は人殺しの才能、殺人鬼の才能だ。この子は、気がついていたのだろうか? 僕が殺人鬼になっていることに。もしくは、その可能性があることに。
もし、気がついていたのなら、僕を殺すべきだった。僕は君の計画にとっては不穏因子になるはずだったから。現に今もこうして、君の計画を潰して殺した。
何故、なのだろうか。
「──まさか、触手移植者に触手を移植していない人間が勝ってしまうとはね。しかしながら使えない娘だ。自分の命と引き換えの復讐劇なら、もう少し頑張れると思っていたのだがね」
ヒュンッ、と風を切るような音がし、先生が頭を下げてそれを避けた。
声と狙撃音が聞こえた方向を見ると、其処には白ずくめの男、シロと黒ずくめで顔までジッパーをしている人がいた。
「大した怪物だよ。いったい一年で何人の暗殺者を退けて来ただろうか」
そう言い、シロは頭巾から何かを外し、それを地面に捨てる。そしてシロの素顔が明らかになる。
「最後は俺だ。全てを奪ったおまえに対し、命をもって償わせよう。行こう、
「………!!」
そう言ってシロとジッパーの人は去っていった。
二代目。
ジッパーに包まれた人のことをシロはそう称した。その瞬間、僕はその人物が誰なのかを理解した。パズルのピースがどんどんとはまっていくような感覚。
まだ全てははまっていない。けど、少なくとも殺せんせーとあいつの関係は分かった。
何故、あいつは自分の技術を他人の物のように言っていた? 何故、あいつは自分が殺人鬼如きに傷をつけられた時、あんなにも狼狽していた?
殺せんせーの正体。それはこの単語とあいつの言動と行動を照らし合わせれば簡単に分かった。
前言撤回だ。
先生の過去に興味が湧いてきた。殺すつもりはないというのは変わらないが、それでもだ。
「私……」
「茅野……」
茅野が目を開く。その瞳はさっきと同じように虚ろげで、けれど殺意と狂気は無かった。
「……バカだよね、私。みんなが暗殺を頑張って、楽しんできたのに……私だけ1年間ただの復讐に費やしちゃった」
「大丈夫だよ、茅野。茅野の目的が何だったとかどうでもいいさ。茅野だって、
「渚……」
「だから聞こう、一緒に。雪村先生の死の秘密を。先生の、過去を」
そう言うと、茅野は涙を流した。
らしくもないことをしてしまった。そして茅野には悪いことをしてしまった。
今の言葉には、僕の気持ちはほとんどこもっていない。ただ淡々と、文字を呟いただけ。それに気がついたのは、恐らく殺せんせーだけだ。でも、あの人は止めない。もう僕がそんなところまで堕ちているのを知っているから。
「先生、話して下さい。この茅野の復讐は、先生の過去とも、雪村先生とも、つまりは俺らとも繋がってる。もう一度言います、話して下さい。どんな過去でも、真実なら俺らは受け入れます」
先生は、暗殺が終わるまでは過去を話したくなかったのだろう。もし話せば、その時点で暗殺教室が成立しなくなる可能性があるからだ。
だから、このお話しが、とある
先生を殺すか。
先生を助けるか。
そしてこの二つの相反する意思は、激突する。分裂する、とも言うだろう。
先生は、それだけは避けたかった。今も昔も、そしてこれからも。
「『優れた殺し屋は万に通じる』。この言葉は実に的を射た言葉だと思います。知っているとは思いますが、先生は教師をするのはこのE組が初めてです。にも関わらず、ほぼ全教科を滞りなくみなさんに教える事が出来た。それはなぜだと思いますか?」
たったひとつのヒント。けど、それだけで真相には十分たどり着ける。
「……まさか」
誰かがそんな言葉を落とす。
「そう」
「二年前まで先生は──『死神』と呼ばれた殺し屋でした」
だからこそ、先生はあらゆる暗殺に対応することができた。
だからこそ、先生は僕たちに勉強を教えることが出来た。
だって彼は、最強の殺し屋だから。
「それから一つ。放っておいても来年3月に先生は死にます。1人で死ぬか、地球ごと死ぬか。暗殺によって変わる未来はそれだけです」
これから話される先生の過去は、超生物の記憶ではなくて、とある人間の記憶。そんな物語だ。
きっとそれは、悲劇的な物語。
きっとそれは、とある女性との出逢いの物語。
きっとそれは、別れの物語。
きっとそれは──
──全てに繋がる物語。
渚君が茅野を殺さなかった理由は、みんなにバレてしまうのもありますが、他にも一応理由はあります。伏線?とは言えないかもしれないけど、どこかに書いてます。すぐにわかるだろうけど。
感想、お待ちしてまーす。