GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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感想欄のタチャンカ人気に草。


11.6:Shadow Soldiers/過去の汚点

 

 

 

 

<作戦開始数時間前>

 ユーリ スペツナズ《一時復帰》

 ロシア軍某駐屯地・作戦司令部

 

 

 

 

 

 

 

「兵士諸君、これが我々が追っている獲物だ」

 

 

 諜報機関の支局長よりも叩き上げの鬼軍曹と言われた方がよっぽどしっくりくる髭面の男、ヴィクトル・レズノフの言葉を合図に、彼の背後に設置された学校の黒板ほどもある大型ディスプレイへロシア軍迷彩服姿の男の写真が映し出された。

 

 冷たい目つきに銀色の髪をオールバックにした初老の人物の肩で輝く三ツ星(大将)―これが西側なら四つ星―の階級章に、ブリーフィングに集まった実働要員のスペツナズらがにわかにざわめく。ハリウッド映画の兵隊よろしく下手な口笛を鳴らす者すら出た程だ。

 

 それはそうだろう、とスクリーンを挟んでレズノフの反対側で佇むユーリも兵士らの反応に理解を示す。

 

 レズノフは写真の人物を獲物(・・)と呼んだ。

 

 作戦内容が対象の保護なのか、捕獲なのか、はたまた排除なのかはこれから明らかになると分かっていても、大将ともなれば前線の兵隊にとってはまさに雲の上の存在に等しいわけで。

 

 かのような存在を自分達が追いかけねばならないとなれば、選び抜かれた精鋭の彼らであっても動揺してしまうのは無理もなかった。

 

 

「ロマン・バルコフ。世界の半分を焼き尽くしたかの悪名高き狂犬マカロフ亡き今、現在の我が祖国ロシアにとって最大の汚点であり恥さらしでもある男だ」

 

 

 格納庫の一画に様々な機材を設置し臨時で誂えられた作戦司令部中にレズノフの声が響き渡る。よく通るバリトンボイスには、あからさまに軽蔑の色が滲んでいた。

 

 慇懃無礼な口調で説明が続く。

 

 

「元は我が軍の大将閣下であられた訳だが、第3次大戦終結後に指揮下にあった多数の部下と配備されていた兵器と共に奴は行方をくらませた。我々FSBがGRUと合同で行方を追った結果、第3次大戦における和平条約に不満を持つ一部の兵士や傭兵のみならずマカロフの残党をも吸収し、戦力をかき集めている事が判明している」

 

「それで、脱走した大将殿とマカロフを殺った英雄殿が何の関係があるんだ?」 

 

 

 そう声を上げたのは、パイプ椅子の上でふんぞり返り太々しい態度でブリーフィングに加わっていた兵士だ。既に迷彩柄の目出し帽で顔を隠し、隣の席に大祖国戦争時代の骨董品を立てかけている。

 

 確かタチャンカとのコードネームを与えられた機関銃手だったか。

 

 

「焦るな。それを今から説明するんだ。既にご存じの者も居るようだが紹介しよう、長年に渡りマカロフの右腕として超国家主義派に潜入、正体が発覚し追われる身となってからもマカロフを追い続けたった4人で見事あの狂人の息の根を止めた部隊の生き残り、最後の4人(ラスト・フォー)の1人であるユーリ君だ。

 本来彼はオブザーバーだが、今回の作戦では実行部隊の隊長として君達の指揮を取ってもらう事になっている。喜べ諸君、偉大なる英雄の下で戦える事を誇りに思いたまえ!」

 

 

 大げさな賞賛の言葉にしかしユーリはきまり悪そうに戸惑いの表情だ。

 

 最後の4人(ラスト・フォー)とは情報公開によりタスクフォース141の活動内容を知った大衆とメディアが、WW3を終結に導き首謀者であるマカロフを暗殺した部隊のたった4人の生き残りである伊丹やユーリ達に名付けた称号である。

 

 しかし本当に称えられるべきは既に散っていった他のTF141メンバーや、指名手配後も生存者と協力し肩を並べて戦ってくれた旧体制支持派の義勇兵や支援者であるPMC、またプラハで共闘した名も無きレジスタンスやロシア大統領救出の為に自らの命を投げ出したデルタフォース隊員らであり。

 

 自分達はたまたま生き延びただけに過ぎないというのが当のユーリらの本音なのだが、どうも大衆は『部隊が壊滅しても執念で世界を股にかけて強大な黒幕を追跡し、見事任務を果たした4人だけの生き残り』という、冒険小説もかくやな点に心を惹きつけられてやまないらしい。

 

 そんなこんなで気が付けばラスト・フォーなどという綽名まで頂戴させられていたというのが、事の顛末であった。

 

 

「よろしく頼む。自分が英雄なんて大層なものだとは思ってはいないが、皆と共に戦える事は光栄に思う」

 

 

 早速本題に入る。パソコンを操作するレズノフの部下に頷きを送ると複数の画像が新たに表示。

 

 映し出されたのは片腕の男に青ジャージ、狂犬と呼ばれた人物。既にこの世に居ない、悪名高きかつての超国家主義派の指導者達。

 

 ユーリの投入を上層部が決定したその理由。

 

 

「バルコフはザカエフに軍内部から商品(兵器)を供給していた最大手だ。ザカエフが死ぬと地盤を受け継いだマカロフともバルコフは取引を続けた。

 武器、装甲車、ヘリ、あらゆる兵器がザカエフとマカロフの手を経て超国家主義派とその取引相手だった武装勢力に引き渡された」

 

「そして核も、か?」

 

 

 カプカンが口を挟む。彼の言葉に一瞬ユーリは呼吸を忘れ、動揺を押し殺そうと肺に残った空気をゆっくりと絞り出してから肯定を示した。

 

 

「――そうだ。核も、だ」

 

 

 衛星画像。宇宙からでも確認出来た都市を飲み込むキノコ雲。

 

 

「調査の結果、中東で3万人の米兵を街ごと消し去った核弾頭もバルコフの横流しによって現地の独裁者の手に渡った物であった事が判明している」

 

 

 今でも夢に見る。あまりに眩い閃光を伴いながら目の前で立ち上ったあの爆発の瞬間を。

 

 その日、その瞬間、ユーリはマカロフと一緒にその場で全てを見届けた。部下に命じて核を起爆させたのはマカロフだった。

 

 それは間違いなく狂気の沙汰で。 

 

 あの日、あの光景の光景をきっかけに、ユーリとマカロフの道は違え始めた。

 

 

「だがバルコフの専門は化学兵器だ。占領下に置いた国々の人々を弾圧する為にバルコフは躊躇いもなく毒ガスを使った。かつて駐留部隊の指揮官として中東のウルジクスタンに居た頃は『住民に偽装したゲリラの排除』という名目で一つの都市をそこに住む民間人ごと巨大なガス室に変えた事もあるほどだ」

 

 

 次いで表示されたのは端的に言えば地獄の光景そのものだ。

 

 目を見開き、吐瀉物や血で汚れた口を大きく開いた苦悶の表情で息絶えた、明らかに民間人と分かる服装の死体が、子供も、年寄りも、男も女も関係なしに黄色の煙に覆われた街のあちこちに転がされ、あるいはゴミのように山積みにされている画像。

 

 ブリーフィングに参加していた兵士達の表情が、目出し帽で顔を隠していても変化が読み取れるほどハッキリと嫌悪に歪んだ。

 

 ――ああ、安心した。こんな顔になれるのならば、彼らは正しい感性を持った信頼に値する兵士に違いない。

 

 

「塩素ガスね。それも極めて高濃度の」

 

 

 女の呟きが聞こえた。化学兵器のエキスパートであるフィンカの声だ。ガスの色と死体の特徴からどのような兵器が用いられたのか即座に見抜いた傷顔(スカーフェイス)の女兵士もその表情は極めて険しい。

 

 

「その通りだ。どうやらかの大将殿はこの種類のガスがお気に入りらしいな」

 

「ロシア軍による欧州侵攻の前段階としてEU各主要都市と軍事施設を狙った化学攻撃も、攻撃自体は直接バルコフが指揮したものではないが、少なくとも彼がマカロフに何らかの形で加担した事は間違いない。毒ガスと歩兵部隊を併用しての市街地占領はバルコフが指揮する部隊の十八番だったからな」

 

 

 対化学戦装備を持たぬ民間人や通常装備の兵士では軍用クラスの化学兵器を浴びてしまってはひとたまりもない。

 

 実際、専門機関による死傷者の算定調査は未だ終わりを迎えていないが、それによれば欧州全土で使用された毒ガスによる死者の規模は本格侵攻してきたロシア軍部隊の手にかかった犠牲者よりも上だとされていた。

 

 

「理解出来ただろう兵士諸君。このような唾棄すべき最悪の屑を放っておくわけにはいかない。身内の恥は身内で処理せねばならないのだ。今回の任務は栄えある一歩目である!」

 

 

 今度は新たな衛星画像に加え、一気に高度を落としより鮮明に地上の様子を記録した無人偵察機による航空写真を拡大したものが隣り合わせに表示された。

 

 人口密集地から遠く離れた山脈の中の森林地帯を切り開いて建造された工場と思しき建造物。列車から荷物を直接やり取りする為の操車場と線路まで備えた本格的な施設だ。

 

 

「数日前、バルコフ指揮下の部隊が運用しWW3終結後、彼の失踪と人的損害による人手不足から閉鎖されたカストビア国内の軍事施設が再稼動しているのを偵察衛星が発見。偵察機を送り込んだ結果複数の武装した兵士の存在も確認された」

 

「バルコフもそこに潜んでいると?」

 

「残念ながらその可能性は低いだろう。だがこの施設では化学兵器の製造が行われていた。しかもそれらは既に完成し今日にでも出荷されようとしている。またバルコフやマカロフの残党の手に渡れば間違いなくロクな事には使われまい」

 

 

 作戦目標は2つ。化学兵器製造と搬出の阻止、工場からバルコフ追跡の手がかりとなる情報の入手だ。

 

 

 

 

「作戦中は爆装した無人機が諸君らを空から護ってくれる。母国の名誉は諸君らの肩にかかっているのだ。同志戦友諸君、幸運を祈る!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<現在>

 

 

 

 

 

 

 明らかに人工的な轟音が夜明け前の空を切り裂いた直後、降り注いだ流星群が軍事施設を瓦礫と火の海に変えた。

 

 一拍遅れて連続した炸裂音と衝撃波がユーリとスペツナズが潜む斜面へと到達し、豊かな緑葉に覆われた木々と空気をビリビリと震わせ震わせた。

 

 何が起きたのかは明白だった。クラスター爆弾による爆撃。ユーリ達が要請したものではない。ロシア軍以外の誰か(・・・・・・・・・)

 

 

猟犬(ユーリ)1より調教師(レズノフ)へ! 目標に何者かによる爆撃が行われた!」

 

『こちら調教師。無人機からの映像でこちらも確認済みだ。どうやらアメリカ人(アメリカーニェツ)に先んじられたようだな』

 

「空爆だけで終わりとは思えない。アメリカ側も我々同様歩兵戦力を投入している筈だ。このまま作戦を継続すれば交戦の可能性が高くなるが、そちらの判断を請う」

 

『猟犬1へ、降下前にそちらに伝えた通りだ。出来る限りこちら側からの攻撃は控えた上で、アメリカ側の兵から撃ってきたのであれば容赦なく反撃してかまわん』

 

「……了解だ調教師」

 

『とはいえ、存在が確認されたのであればこちらとしても手はある。すまないが私は少しこの場を外す。そちらは任せたぞ』

 

「作戦続行だ。このまま進むぞ。爆撃で施設の警備が混乱している内に可能な限り排除するんだ。グラズは高台から俺達の援護を頼む」

 

「了解だ」

 

 

 作戦開始前に衛星画像と地図を分析して予め当たりを付けておいた狙撃ポジションへと向かう狙撃兵と分かれたユーリ達は炎上する施設へと接近を開始。

 

 侵入ルートは集中的に爆撃を受けた正面ゲート周辺から外れた列車輸送用の線路を辿り操車場方面から施設内へ、というもの。

 

 突然の爆撃を受け甚大な被害を負った施設に詰めていた兵士達―その生き残り―が混乱する様子が、森の中のユーリ達にもハッキリと感じ取れる。

 

 経緯はどうあれ、各所で火が爆ぜる音と緊急事態を知らせるサイレンが細かな足音や気配を掻き消してくれる今がユーリ達にとってもチャンスなのは間違いない。

 

 

「何処の国でもアメリカ人は派手好きだ」

 

「お前だって人の事を言えないだろうフューズ」

 

「シッ、気を付けろ」

 

 

 数分と歩かない内に、正面に敵の姿を捉える。

 

 数は複数、だが多くは爆撃で生じた火災の消火や負傷者を救助しに工場敷地内へと向かい、最終的にほんの数名が侵入者の警戒に残った。指揮を執る傭兵がロシア語でサイレンに負けじと声を張り上げている。

 

 

『警戒しろ! 侵入者が来るとしたら今まさにこの瞬間だろうからな!』

 

「指揮官は俺がやる。合わせろ」

 

 

 読みは正しいが既に遅い。

 

 AK12に取り付けた光学照準器の中央部に浮かぶ光点を指揮官役の頭部に合わせ、ほんのわずかに息を吐き出してからすぐに止める。呼吸に併せて僅かに揺れていた光点がピタリと制止した瞬間に発砲。

 

 部下達もユーリが発砲したタイミングに合わせサイレンサーを取り付けたアサルトライフルとサブマシンガン、軽機関銃の短連射を行う。

 

 ロシアの兵士が同じロシアの兵士を殺すという矛盾。

 

 しかしユーリも彼の指揮下の兵も躊躇う事無く引き金を絞る。インドでも、チェコでも、シベリアでも、アラビア半島でも日本でも何百人ものロシア人を屠ってきたユーリにとっては今更でしかない。

 

 スペツナズの隊員らからしてみれば、核の横流しすら行った元将軍に従っている警備兵は最早同胞ではない。反逆者であり敵でありこちらに銃を向けてくる以上情けをかける必要もない。

 

 急所を撃ち抜かれた見張りはバタバタとその場に倒れる。映画のような無音同然の音量には程遠いが、バッフル構造により効果的に拡散された銃声は甲高いサイレンに容易く掻き消されたので、彼らは自分の命を奪った銃弾が何処から放たれたのかも分からないまま死んだ筈だ。

 

 

「クリア、進むぞ。グラズ、俺達は線路沿いから敷地内に侵入する。誤射に注意」

 

『俺は敵と仲間を見間違えたりはしない』

 

「頼むぞ。こちらの背後から迫る敵が現れたら援護を頼む」

 

 

 

 

 

 

 施設に近づけば近づく程混沌と喧騒の気配が強さを増す。同時に敵兵の数もだ。

 

 その多くはユーリ達に背を向け消火器を手に火災が起きている現場を目指しているが、やはり火を消す代わりに火を噴く鋼鉄製の銃器を構えて持ち場に残る者も少なからずいた。

 

 それらを素早く的確に排除。工場を焼く火が消えるよりも先に敵兵の命の灯が消えていく。

 

 

「見ろよこいつら、ASh-12.7なんてもんまで持ってやがる。どこから手に入れたんだ?」

 

 

 12.7ミリもの特殊なライフル弾を使用する最新型のプルパップ式アサルトライフルを抱えた警備兵を目にしてタチャンカが呆れ声を漏らした。

 

 ちなみにユーリが今回使っているAK12の使用弾薬は5.45ミリ。弾頭直径だけで倍以上の差である。特殊弾薬を用いた銃は旧ソ連時代からの十八番だがASh-12.7は最新鋭の極北と言っても過言ではあるまい。

 

 

「腐っても元大将だ。それだけのコネをまだ手元に残していても不思議はない」

 

 

 不意の遭遇に警戒しつつ遮蔽物の陰から陰への短距離走を繰り返しながら、着実に施設の中心部を目指す。

 

 すると突然、重々しい銃声が鳴り響いた。

 

 咄嗟に弾丸を防ぐ盾となりそうな列車の車体や信号機といった設備に兵士達は身を隠した。銃声は瞬く間に勢いと数を増していく。

 

 全身の五感で状況を探ろうとしてユーリは気付いた――この銃声は自分達に向けられたものではない。音速で飛翔する銃弾の衝撃波や周囲に着弾した時の鋭い音も感じない。

 

 そっと音の出所を探る。もっと前方の工場や列車の車庫周辺に目を向けてみれば、建物の各所で明らかなマズルフラッシュが大量に瞬き、サーチライトから放たれる強力な光条が線路沿いに位置する半壊した小屋を集中的に照らしているのが見えた。

 

 もっと目を凝らせば、小屋の中にも数名の兵士が居た。物陰からほんの短い時間姿を晒してはすぐに引っ込むを繰り返している。その度に工場側からの銃火はその数を減らしていった。

 

 小屋側の兵士もユーリ達同様サイレンサーを装着した銃を使っているのだ。これまで斃した敵兵の武器は全てサイレンサーが取り付けられていない。その時点で敵兵が仲間割れをしている可能性は消える。

 

 練度も小屋に陣取る兵士の方が圧倒的に高い。

 

 サイレンサー付きのアサルトライフルだろう。音を抑制された銃弾がサーチライトを粉砕し、舞台上の主役よろしく煌々と照らしていた光が消え去るや少数の―ユーリ達と同規模かそれよりも少ない―兵士達が小屋の残骸から飛び出し、行く手を阻む敵兵を機械のように撃ち倒して工場方面へと消えていった。

 

 

「今のは?」

 

「アメリカ側の潜入部隊だ。こちらには気付かなかったようだな」

 

「奴らを撃たなくて良かったのか、隊長さんよ?」

 

「……連中はこちらの目標じゃない。それよりも少し待っていろ。カプカン、俺に付いて来て警戒を頼む」

 

 

 援護役を伴いユーリは身を低くしながらの速足で半壊した小屋へ向かった。

 

 小屋の内部には3体の死体が転がっていた。少し離れたところに転がる2体の警備兵の死体は無視して線路側の鉄扉近くに倒れていた死体に屈みこむ。

 

 生き残った電灯に照らし出されたその死体は明らかに警備兵ではない。サイレンサー付きのM4カスタムライフルに西側のメーカーのタクティカルベスト。背中のバックパックには扉を無理矢理こじ開ける為のフーリガン(エントリー)ツール。

 

 そして肩には所属を示すワッペン。星と菱形に囲まれた髑髏の紋章。

 

 

「コイツはアメリカの海兵隊特殊部隊(マリーンレイダーズ)か」

 

 

 カプカンの呟き。大口径の機銃で射貫かれた海兵隊員の胴体に穿たれた穴から漏れ出す血は未だ温かかった。

 

 アメリカ人らしいというべきか、その海兵隊員は秘密作戦にもかかわらず野球帽を前後反対に被るというファッションで戦闘に参加していたその死体からお目当ての物を回収する。

 

 ユーリの目的は着込んだベストのポーチに収まるデジタル無線機。野球帽の上から装着していたヘッドセットも一緒に回収すると残りの部下を呼び寄せる。

 

 自前の無線用ヘッドセットを外して死体から入手した物を耳に当てれば、サイレンサー独特の銃声と荒い息遣いの狭間から英語でのやりとりがユーリの耳朶を打った。

 

 

『奴らを捕らえろ!』

 

『倉庫に入るつもりだ!』

 

「よし、アメリカ人は倉庫に向かってる。敵が連中に引き付けられている間に先回りして荷物を調べるぞ」

 

「それは良いアイディアね」

 

 

 という訳で、倉庫内部を探りながら突っ切っているであろうアメリカ人に対し、スペツナズは倉庫の外から回り込む事となった。

 

 急がば回れ。目指すは鉄道用とは別に倉庫と隣接する四輪車両用の荷下ろし場だ。

 

 拾った無線は強烈な炭酸飲料の蓋を開けた時のような押し殺した銃声と英語の悪態、加えて時折ロシア語で短い断末魔の悲鳴を先程から拾い続けている。

 

 察するに電気を落とされ暗闇に包まれた倉庫内でアメリカ人は苦戦している様子。その間に更に数名の敵兵を射殺したユーリ達は、狙い通り先んじて荷下ろし場へ辿り着く事に成功した。

 

 やがて前半分を建物の外にはみ出させ、後ろ半分の荷台部分を建物内へめり込ませる形で停まっている大型トラックを発見。

 

 荷下ろし場も電源が落ちているのでかなり暗い。銃に装着したフラッシュライトを点灯、警戒は絶やさず駆け寄る。

 

 倉庫と荷下ろし場を分断する巨大なシャッター越しに聞こえる銃声に背を押されながら、ユーリは後部へ回り込んでトラックの荷台を覗き込んだ。

 

 反射的にロシア語の悪態が口を吐いた。

 

 

「何てこった、このトラックは空だ(・・・・・・・・・)!」

 

「マジかよ」

 

「マズいぞこれは。発送票でも何でもいい、化学兵器の在処の手掛かりになりそうな物を探すんだ!」

 

 

 

 

 

 

 その時、電源が復活し荷下ろし場が光に包まれた。

 

 同時にシャッターが動き出し、その直後には銃を構えたアメリカ人が倉庫から雪崩れ込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『2頭の熊は同じ巣穴では暮らせない』 ――ロシアのことわざ

 

 

 




執筆の励みとなる感想をお待ちしております。

それから低評価入れる読者の方はアドバイス頂けるのであれば前向きに参考にさせて頂きます。
律儀にここまで目を通しているかは知りませんがねHAHAHA!

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