GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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エピローグ:Legend Is Born

 

 

 

 

 

<30分後>

 伊丹耀司

 ファルマート大陸・ロルドム渓谷

 

 

 

 

 

 伊丹はヘリに乗って現れた第1戦闘団指揮官の加茂一佐から脱走後にアルヌスで起きた出来事の詳細を聞かされた

 

 何でも伊丹達が炎龍退治に赴いた直後、アルヌスではエルベ藩王国国境を通過する目途が正式に立ったのをきっかけに押っ取り刀で炎龍を撃破可能な戦力が編成され、急遽第1戦闘団を中心とした討伐部隊を派遣したのだという。

 

 尤もそれはプライスの神業的な狙撃、そして新たに出現した新生龍も伊丹が仕掛けた命懸けの誘導作戦による10名足らずの歩兵戦力での討伐成功という、衝撃的な結末によって無駄足に終わる事となったのだが。

 

 語り終えた加茂は、混在する落胆と欲求不満と安堵を隠そうとして中途半端に成功した、そんな何とも言えない複雑な表情をしていた。

 

 意気揚々と大部隊を引き連れて出向いたはいいが肩透かしに終わった事へのやるせなさを抱きつつも、同時に部下の命を危険に晒さずに済んだ事に安心した――そんな内心が垣間見える顔色だった。

 

 

「それで、彼女の……その、アレは一体どういう事なんだ?」

 

 

 加茂は古強者然とした岩石を思わせる容貌に戸惑いを浮かべ、やや離れた場所で膝を抱えて佇むジゼルを見やった。

 

 ポンチョを羽織った上で、隠れて変な真似が出来ないよう合わせ目の間から縛られた両手を覗かせるジゼルの傍らでは、愛用の得物に加え没収したジゼルの武器である大鎌も握り長柄二刀流状態のロゥリィが監視に就いていた。

 

 完全に目が死んだ状態でブツブツと呟き続けるジゼルに近付こうとする隊員は居なかった。

 

 彼女が炎龍をけしかけ多大な被害を与えた主犯であると伊丹らにより周知され、また彼女の体に導爆線を巻き付ける事で抵抗を封じていると聞かされたからだ。あと裸ポンチョ+SMプレイじみた縄化粧姿のジゼルが放つ暗い雰囲気そのものが非常に近付き難いのも大きい。

 

 一応警戒すべき危険人物(危険神物?)として、64式小銃を何時でも撃てる状態で所持した第1戦闘団の隊員が複数、遠巻きにジゼルを包囲し監視と警戒に就いている。

 

 

「彼女は何と言っていいのやら……どうもお灸が効き過ぎちゃったみたいで」

 

「まあ話を聞くにこの度の炎龍騒動の主犯格という事だそうだからこのままアルヌスに護送して取調べという流れで大丈夫だろうが……

 彼女も黒ゴスの子と同じ亜神なんだよな? 人間を遥かに越える馬鹿力と聞いているが拘束手段は大丈夫なのか? ヘリでの輸送となるだろうが機内で暴れられたら最悪乗員ごと墜落させられかねんぞ」

 

「そこは同じ亜神のロゥリィ頼みになりますけど、あの様子ならまー何とかなるでしょ、多分」

 

「英雄にしては適当過ぎる答えだな」

 

「俺は自分が英雄だなんてこれっぽっちも思っちゃいませんよ。それに今の俺らは命令違反した脱走兵ですし」

 

「機甲部隊が必要な規模の強敵と判定されたドラゴンをたった10人足らずの歩兵戦力で3頭も撃破しておいてか?」

 

 

 大いに呆れたと言いたげな表情の加茂が親指で指し示した先では、第1戦闘団のCH-47(大型輸送ヘリ)に吊って輸送する為の固定具を地上の隊員が新生龍の死骸に括り付ける作業の真っ最中だ。

 

 別の場所でもジゼルと新生龍の奇襲によって亡くなったダークエルフの死体、そして谷間に墜落した炎龍の屍も既に航空自衛隊が発見済みであり、そちらでも渓谷からの回収作業が行われている。

 

 ただし炎龍の方は眼球と頭蓋内の一部を除きほぼ無傷な状態が逆に足枷となり、大型輸送機クラスの巨体という滅多に無い大荷物を引きずり出さなければならないとあって、人員と機材の追加が必要なレベルで作業は難航しているそうだ。

 

 

「なあ伊丹よ、お前さんのその自分に対する評価の低さは何処から出てくるんだ? 今やお前は自衛隊、いや世界中の兵士を代表しても許される、そんなレベルの英雄なんだぞ」

 

「いやそれは流石に大げさなんじゃ」

 

「大げさなもんか! まったく、柳田二尉や檜垣三佐が苦労する訳だ」

 

 

 言いながら首を振り、加茂は今後についての話題へ話を切り替える。

 

 

「脱柵(脱走の意)については柳田二尉が一応の体裁を整えてはいたが決定を下すのは狭間陸将ら司令部の幕僚だ。流石にいきなり懲戒免職(不名誉除隊)はされないだろうが、それなりの処分は覚悟はしておいた方がいいぞ」

 

「ですよねー……あの2人の扱いはどうなってました?」

 

 

 忙しなく自衛隊員が現場検証やドラゴンの死体の回収作業に励む中、堂々と葉巻を嗜む老兵と水筒を呷るロシア人を見やりながら伊丹は尋ねた。

 

 

「それがだな、お前さん達が出て行ってすぐに駐在武官用のパソコンが故障してしまったそうだ。そのせいで脱走の件を本国に報告するよりも彼らが戻ってくるのが先かもしれない――そう残った駐在武官殿が笑いながら言っていたぞ。

 狭間陸将も検疫の問題上新しいパソコンを取り寄せるのに時間がかかってしまい申し訳ないと言っておられた……良い戦友と司令官を持ったな、伊丹二尉」

 

「……ええ。2人には頭が上がりませんよ」

 

 

 言葉を交わす伊丹と加茂の顔に、自然と誇らしげな笑みが浮かぶのであった。

 

 

 

 

 

 加茂との会話を終えると伊丹はへたり込むにしてその場に座り込んだ。

 

 自衛隊の援軍と合流して気が抜けたのもあり、いい加減限界だった。

 

 今回の激戦で最も心身を、そして生命すらも磨り減らしたのは間違いなく伊丹だ。何せ即死クラスのダメージを最低でも1度、もしかすると数回受けており、ロゥリィの加護によって再生はしても味わった苦痛と心身の消耗までは回復してくれないのだから。

 

 輸送ヘリのエンジンが墓場の死人すら叩き起こさんばかりの大音量で喚いているにもかかわらず、唐突な眠気に襲われた伊丹の意識が一瞬飛び、気が付いた時には勝手に上半身が後ろへと傾いていた。

 

 このまま寝転がってしまおうか、と伊丹がぼんやりと考えた刹那、硬い地面に触れる筈の背中に女性特有の高めの体温と柔らかい肉の感触が触れた。

 

 

「お疲れ様、お父さん」

 

 

 上下逆さになったテュカの顔。膝枕をされているのだと数秒遅れて悟る。

 

 金髪エルフの細い指先が激闘で汚れに汚れた頬を撫でるのを伊丹は抵抗する事なく受け入れる。

 

 

「テュカもお疲れ様」

 

「ううん、私はただお父さん達の後をくっついて回ってただけだから、皆ほど疲れてはいないわ」

 

 

 伊丹を見下ろしていたテュカの青い瞳がおもむろに体育座りのジゼルと2頭の新生龍の躯へと向く。

 

 

「これで本当に終わったのよね」

 

「え?」

 

お父さん(ホドリュー)と村の皆の仇討ち」

 

「そうだな、やっつけたな……だからもう俺をお父さんなんて呼ぶなよ?」

 

 

 そう伊丹が釘を刺すが、テュカが返した答えは伊丹の望んでいたものではなかった。

 

 

「嫌」

 

「何でだよ」

 

「言い慣れちゃったもの」

 

「言い慣れちゃったって言われてもだな……大体テュカの方が俺より年上だろ」

 

「細かい事は気にしないの。それともお父さん(伊丹)は私の事が嫌い?」

 

「別に嫌いじゃないさ。そもそも嫌いな相手の為にわざわざ脱柵してまでドラゴン退治に出向く程のお人好しのつもりもないし。ただ俺みたいな人間に父親なんて――」

 

 

 そこまで言ってからおもむろに黙り込む。

 

 独り抱え続けてきた暗い秘密を思わず漏らしそうになり、口に出す寸前で呑み込もうと試みたかのように。

 

 危うく口が滑りかけた原因はきっと疲れ果てているからだ。伊丹はそう結論付ける。

 

 

「お父さん?」

 

 

 不意に黙り込んでしまった伊丹を心配するテュカの声で我に返る。

 

 

「いや何でもない。何でもないんだ……」

 

 

 曖昧な笑みで誤魔化しながら、 漏らすまいと呑み込んだ言葉を胸の内で消化する。

 

 

(父親なんてもんが務まる筈が無い)

 

 

 伊丹の父親は典型的なDV夫だった。今はもうこの世にはいない。

 

 伊丹の母親は人殺しだった。家庭内暴力に耐えかね、伊丹が中学生の時に夫を包丁で刺殺した。

 

 夫を殺した母親の行いは正当防衛と判断され罪には問われなかったものの、彼女自身は己を責め、伊丹を含む彼女を心配する人々の言葉も聞き入れず、やがて精神を壊し、挙句の果てに焼身自殺を図った。

 

 現在は精神病院に収監されている。それが伊丹が高校生の頃だから、もう20年近く前の話だ。自衛隊に入隊後、特に隊員にも厳重な機密保持が求められる特戦群に配属されて以降のここ数年、面会に行っていない。

 

 幼少期に虐待や育児放棄など家庭内に問題を抱えて過ごした子供は成長すると過去に親から受けた虐待を自身の家庭で再現してしまう傾向にあるという。

 

 暴力的な父親と人殺しの母親。

 

 その間に生まれた子供である伊丹は、今や暴力に長けた立派な殺人者に育ってしまった。

 

 ただ往年の映画スターが出演作の登場人物の口から語った通り、殺した人の数が膨大過ぎたせいで英雄に祀り上げられてしまったに過ぎない。

 

 きっと2人も誇りに思うだろうさ。心の中で皮肉気に嗤う。

 

 時折伊丹は思うのだ。罪悪感のあまり現実を否定し、殺した父親の幻影に囚われた母親の方こそ、今の伊丹よりよっぽど正常なのではないかと。

 

 狂っているのははたし(・・・・・・・・・・)てどっちだ(・・・・・)

 

 ああ、こんな考えが頭の中でグルグルと回っているのもきっと疲れているからに違いない。

 

 

「お父さん!」

 

 

 さっきよりも強く発せられたテュカの声が伊丹を再び現実へ引きずり戻した。

 

 気が付くと文字通り目と鼻の先にテュカの顔があった。金色の髪が伊丹の顔を擽り、鼻が触れ合いそうな程に近い彼女の瞳が心配そうに揺れている。

 

 

「さっきからぼーっとしちゃって。やっぱりお父さん疲れてるのよ」

 

「そうだな。本当にくたくただよ」

 

「ここはもうお父さんの仲間の人達に任せて、私達はアルヌスに帰りましょ。

 レレイも、ロゥリィも、クリバヤシや一緒に付いて来てくれたお父さんの友達と一緒に帰らなきゃ。コダ村の皆やお父さんの部下の人達もきっとお父さんの帰りを待ってる筈だもの」

 

「帰る、かぁ」

 

「うん。皆と一緒に帰ろ?」

 

 

 だしぬけに、日本に戻って母親に会いに行こうと伊丹は心に決めた。

 

 唐突な思い付きに過ぎないが、殺人者として同類に堕ちた身だからこそ、今会いに行けば何かが変わるのかもしれないと思ったからだ。

 

 

「……そのー、ところでテュカさん?」

 

「なぁに?」

 

「ちょっとばかし顔が近過ぎると思うんですが」

 

 

 吐息がかかるほどの距離でテュカは表情を一転、悪戯っぽく微笑んだ。

 

 

「別に構わないでしょ? 私とお父さんの仲なんだから」

 

「いやいやいや構うからね? ってか仲ってなんだよ仲って!」

 

 

 ピンクっぽい方向での怪しい気配を放ち出したテュカから離れようとした直前、意志が体を動かすよりも早く浮遊感が体を覆ったかと思うと、伊丹の肉体が不自然にするりとテュカの膝の上から滑り抜けた。

 

 

「ああんちょっとぉ!」

 

 

 残念そうな悲鳴を上げるテュカ。

 

 奇妙な浮遊感はすぐに消え、今度こそ伊丹の背中に硬くゴツゴツした地面の感触。何時の間にか傍に来ていたレレイと栗林が、伊丹を挟み込むように立っていた。

 

 レレイが魔法で伊丹の体を浮かせて動かしたのだ。仁王立ちで見下ろす2人の目は微妙に冷たい。

 

 

「たいちょぉ~、一体テュカと何をしてたんですかぁ!」

 

「べ、別に何もやましい事はしてないぞ!?」

 

「嘘です! テュカに膝枕して貰ってた上に明らかにきき、キスまでしてましたよね!?」

 

「してねーって!」

 

 

 伊丹は気付いていない。

 

 不自然な程2人の顔が近かったのに加え、重力に引かれて垂れたテュカの長い金髪が視線を遮る幕の役目を果たしていたせいで、周囲からは伊丹にテュカが口づけを落としている風にしか映らなかった事を。

 

 その光景は当然ながら栗林やレレイのみならず、ロゥリィや周囲を行き交っていた少なくない数の隊員達もバッチリ目撃済みである事も。

 

 一方伊丹をテュカの下から物理的に奪ったレレイは、愛用の杖でテュカの頭を軽く小突いていた。

 

 

「テュカ、抜け駆けはダメ」

 

「うう、これならいっそ邪魔が入る前に本当にしちゃえば良かったかも」

 

 

 無念そうに肩を落とすエルフ娘であった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 部下と痴話喧嘩じみた口論を始めた戦友をプライスとユーリは少し離れた場所で見物していた。

 

 

「まったく、相変わらず伊丹の周りは賑やかだな」

 

 

 小さく愉快気にロシア人はくっくっくと喉を鳴らしてから隣のイギリス人に水を向ける。

 

 

「なぁプライス。龍退治を成し遂げて神話の聖人の仲間入りを果たした感想はどうだ?」

 

「キツネ狩りと変わらん。ただ狩った獲物か狐かドラゴンかの違いだけだ……いや空を飛んでいたから狐狩りではなく鴨撃ちの方か」

 

 

 英国紳士定番の嗜みを引き合いに出しプライスはぶっきらぼうに言い放つ。

 

 

「どちらにせよ俺達が成し遂げた行いなんぞ後世には伝わるまい。俺達はこの世界には存在しない筈の亡霊なんだからな」

 

 

 本国と日本の間で結ばれた政治的裏取引を背景に『門』の向こう側へと送り込まれたプライスとユーリの存在は公式に認められていない。

 

 老兵の言う通り、存在を黙認され現場の自衛官にどれだけ慕われようとも政府が公に認めない限り、2人は何時まで経っても亡霊でしかないのである。

 

 炎龍討伐の功績は自衛隊が成し遂げたものとなり、目標達成に至るまでの報告書にプライスとユーリの名前が載る事はあるまい。

 

 現場の当事者やプライスらと関わりを持つ派遣部隊の隊員には緘口令が敷かれ、他に真実を知るのはイギリスの上層部でも限られた極一部の人間に留まり、永遠に非公開か50年後か100年後にようやく機密解除される類の極秘記録としてホワイトホール(英国国防省)の金庫の奥深くで封印されるのであろう。

 

 それでいい。元より特殊部隊でドブ掃除という名の人間狩り、汚れ仕事(ウェットワーク)に勤しんできた身だ。今更そんな扱いを受けるのは慣れている。

 

 ふと気付くと自衛隊員とは明らかに違う様相の人間が新生龍の屍の前に立っていた。

 

 現地人と思しき義手義足隻眼の男性と並び、見覚えのあるダークエルフの老人が数名、呆然と立ち竦んだり俯いて落涙しているのにプライスも遅ればせながら気付いた。隠れ里で対面した部族の長達だ。彼らも遅れて駆けつけた討伐部隊と合流しここまで連れてきてもらったのだ。

 

 そしてダークエルフ達は続いてプライスとユーリの存在に気付くと、まるで主に対峙した敬虔な信徒宜しく恭しく跪き、両手を組むと2人に向かって頭を垂れたのである。

 

 

「『門』の向こう側(地球)じゃそうかもしれないが、こちら側(特地)では違うかもしれないぞ」

 

 

 

 

 

 ユーリの言葉に、傍若無人の皮肉屋な偏屈老兵にしては非常に珍しい事に、どう返すべきか思い浮かばない様子でプライスは閉口してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<数日後>

 アルヌスの丘/自衛隊駐屯地

 

 

 

 

 

 2週間の停職と1ヶ月の減俸。

 

 極秘派遣された他国の現役軍人を引き連れて大量の武器弾薬と共に無許可離隊した代償と考えればむしろかなり軽い処分ではないか、というのが檜垣から通達された際に伊丹が抱いた正直な感想である。

 

 何せ海外から帰還した直後など、マカロフとその手下から撃たれたり爆発に巻き込まれたりして負った傷の治療以上に機密保持の問題から数ヶ月間、ネットもアニメも見れないどこかの別荘(セーフハウス)で療養という名の軟禁生活を伊丹は送らされたのだ。

 

 その時の事を思えば、伊丹からしてみれば減俸はともかく2週間の停職などポッと湧いて出た休暇も同然だった。

 

 むしろ上層部もそのつもりでこのような処分を下したのではないだろうか、と伊丹はと思う。勿論柳田が伊丹離脱を正当化する為にあれこれ骨を折ってくれたのも寄与した点も理解している。

 

 でなければ処分人事の直後にわざわざ狭間陸将手ずから一級賞詞だの、炎龍の被害を受けた特地の各方面から感謝状だの褒美の品だのが贈られる筈もない。お陰で伊丹は現在山盛りの書状と贈呈品を置きに自室へ向かっている真っ最中だ。

 

 処分が伊丹個人に限定されていたのであればあっさりと気持ちを切り替え、嬉々として停職期間中の予定を頭の中で組んでいただろう。

 

 処分人事が下ったのは伊丹だけでなく、第3偵察隊の任務を放り出して上官の無許可離隊に同行した栗林もまた同様であった。

 

 せめて部下は巻き込むまいと置いてこようとしたのに結局このザマである。

 

 覚悟はしていたつもりだが、実際にすぐ隣で栗林に処分が告げられる瞬間を見せ付けられたのもあり、グニャグニャ柔らかい癖に妙に頑丈という液体金属じみた伊丹のメンタルは本人としても意外な事に、己への処罰が下った事以上のダメージを受けていた。

 

 

「悪かったな栗林。結局お前にも割を食わせちまった。本当にすまない」

 

「いえいえ私は気にしてませんから! それに停職明けの資源探査任務も御一緒出来るんですしむしろラッキーって感じです」

 

「そうかぁ? それなら良いんだけど」

 

 

 そう言う栗林の両腕にも伊丹よりは少ないがそれなりの量の感状が抱えられ、迷彩服の下から激しく突き上げる膨らみに埋もれていた。

 

 先程も述べた通り彼女も短期間の停職と減俸処分が下された身だ。帰還した直後は第3偵察隊内で特に仲の良い黒川などから勝手に伊丹に付いていった事について軽く叱られたり、それ以上に心配の言葉をかけられたりしたが、栗林は決して後悔していない。

 

 

「隊長、私は後悔してませんからね」

 

 

 栗林の方から肩が触れ合うぐらい近く距離を詰め、こてんと首を傾げると匂い付けする猫みたいに頭を伊丹の腕に擦り付ける。

 

 

「私、どこまでも隊長にお供しますから。また置いてこうとしても、諦めずに追いかけますからね」

 

「お、おお」

 

 

 伊丹は思わず生唾を呑み込んだ。寄り添い、髪を擦り付けながら上目遣いで見上げてくる栗林に、色気の欠片も無い迷彩服姿を差っ引いてもなお伊丹の胸を激しく跳ねさせる程の『女』を感じてしまったからだ。

 

 腕っ節自慢な男勝りが第一印象の栗林だからこその破壊力。ギャップ萌え万歳。

 

 あからさまな色欲にまみれた誘惑の台詞ではないのも伊丹的には高ポイント。両手が荷物で塞がっていなければ我慢出来ずに栗林の肩を抱いてしまっていたかもしれない。

 

 その時、後方から近付いてくる足音が耳に入った。顔を赤らめながら素早く離れた栗林共々振り返ると、さっき別れたばかりの檜垣が伊丹の下へ早足に追いかけてきた。

 

 

「伊丹二尉。栗林二曹。荷物を隊舎に置いてからで良いから後で正門へ向かうように!」

 

 

 何事か。伊丹と栗林は顔を見合わせた。

 

 言われた通り正門へ向かうと高機動車に乗った倉田が2人を出迎えた。

 

 倉田の運転する車に乗るのも久しぶりな気がすると思いながら伊丹は指定席の助手席へ。その後ろの席に栗林が座る。

 

 

「一体何の用なのか倉田は聞いてる?」

 

「いえ自分も加茂一佐から伊丹二尉達を連れてくるよう頼まれただけなんすよ。第1戦闘団の帰還予定日も確か今日だった筈なんで、それの絡みじゃないっすか?」

 

 

 伊丹達が連れてこられたのは駐屯地の外周部であった。

 

 向かう先には何やら人だかりが。降車して近付いてみれば何時もの3人娘にプライスとユーリにニコライ、当初の約定通り伊丹の所有物となったヤオ、他にも見覚えのある現地住民が多数集まっていた。

 

 住民の共通点、それは炎龍によって身寄りを奪われ伊丹達の下に身を寄せたコダ村の元避難民であった。

 

 

「何だ皆も呼ばれてたのか」

 

「私達もぉここに来るように伝えられたのよぉ」

 

「一体何が始まるんです?」

 

 

 ざわめく集団の耳にふと空気を叩く音が届く。その音は兵隊のみならず、避難民達もアルヌスで暮らすようになってからは最早耳に馴染んでいたので、音の正体にはすぐに気付けた。

 

 

「これって『へりこぷたー』の音?」

 

「見えた。こちらの方角」

 

 

 レレイが杖で示した方角へ集団が一斉に振り返ると、青空を背負い接近してくるヘリの編隊が見えた。

 

 距離が詰まると編隊のうち3機は機体下部に大型の物体を吊るしているのが分かった。更に機影が大きくなるにつれ、吊り下げられた物体の正体が判別出来るようになると、避難民の間で新たなざわめきが俄かに広がっていく。

 

 

「あれはまさか炎龍の首じゃないか!」

 

 

 まず炎龍の頭部を吊り下げたCH-47が少しずつ高度を落とし、パイロットは大型の輸送ヘリを繊細な操作で炎龍の頭部を伊丹達の前に接地させると、荷物(炎龍の頭)の取り扱いを担当する搭乗員がワイヤーの基部を切り離す。

 

 次いで赤と黒の新生龍の頭部を運ぶヘリも飛来すると、各機のパイロットが職人技と称すべき腕前でもって炎龍の頭へ寄り添う程近く正確に荷物を下ろし、そのまま駐機場へと飛び去って行った。

 

 元コダ村の住民らは一様に目を丸くし、声も出ない様子でにっくき仇の亡骸を前に立ち尽くすばかりだ。

 

 きっと加茂一佐は明確な形で伝えようとわざわざ集めさせたのだろう。君達の仇は取ったぞ、と。

 

 何時の間にやらドラゴンの首の投下地点(ドロップポイント)には新たな、それも当初の倍以上の人々が集結していた。しかも現代進行形で増加しつつある。

 

 大半はやはり現地住民で、全員が汗だくで息を切らせていた。アルヌスの街を訪れていた或いは新たに住み着いた住人である彼らも目的は1つ、炎龍の首だ。

 

 彼らもまたヘリの編隊を発見し、遅れてヘリが運ぶ荷物の正体に気付くとまず愕然とし、その目で確かめようと全力疾走で追いかけ……そして今に至る。

 

 それ程までに炎龍を筆頭とした古代龍は生きた災害として広く認識されており、それが討伐された―しかも3頭まとめて―なんて話はそれこそおとぎ話の中でしか聞いた事が無い。それが現実のものになったとなれば一目見ようと駆けつけるのも当然であった。

 

 

「ジエイタイが古代龍を3頭も倒しちまったぞ!」

 

 

 誰かが叫んだ。それをきっかけに、集まった人々の間で一気に歓声が上がった。老若男女、ヒトも亜人も問わずジエイタイ万歳と何度も大声で称える群衆。

 

 歓声が耳朶を打ち、ようやく目の前の炎龍の首が現実であると認識した元コダ村民らの瞳から次々と涙があふれ出した。炎龍の亡骸を最初に確認したダークエルフと同じように、炎龍に殺された家族や友人の名前を呼びながら嗚咽を漏らす。

 

 そんな現地住民らの様子を伊丹達は静かに眺めた。元コダ村の住民達は振り返ると顔を濡らす涙や鼻水を拭うのも忘れ、感謝の言葉を何度も述べてきたので、気にするなと小さく微笑んだ。

 

 伊丹の肩を誰かが叩いた。伊丹の部下、第3偵察隊の一員である笹川がデジタルカメラどころかスマホ1台で写真撮影が事足りる現在では珍しいモデルの大型カメラを手に立っていた。

 

 

「隊長、記念写真をお願いします! 隊長の戦友さん方も是非!」

 

「いやそれ別に良いけど……いややっぱダメだ爺さん達は特地に居ないって扱いなんだから写真は流石にNGだろ」

 

「大丈夫。フィルムカメラなんで機密保持も楽勝です!」

 

「そういう問題かぁ?」

 

 

 口では反対していた伊丹だったが一瞬考え込むと、判断を一転させ写真撮影にGOサインを出した。

 

 

「ソープやゴースト達が生きてた頃も部隊の皆で写真撮ったりしてたんだし、これぐらいはいいだろ」

 

 

 今はもう擦り切れた写真の中にしか居ない戦友達の笑顔をプライス達も思い出したのか、ほんの僅かに遠いまなざしを浮かべてから、無言で撮影の輪に加わる。

 

 

「皆さんドラゴンをバックにして……クリは後列だと隠れちゃうから前の列に……よーしそのまま。はい、チーズ!」

 

 

 シャッター音。

 

 そこには伊丹が映っていた。栗林が、ロゥリィが、レレイが、テュカが、ヤオが、プライスが、ユーリが、ニコライが、目を赤く腫らしたコダ村の住人達が3頭の古代龍の頭部を背景に、手の平大の写真1枚に勢揃いしていた。

 

 写真の外側では、更に多くの人々が伝説の偉業をその目に焼き付けていた。彼らが見、聞き、そして共有したものはやがて人々の口を伝い、瞬く間に大陸中へと広まる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして彼らは英雄となり、伝説になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『英雄のいない時代が不幸なのではない。英雄を必要とする時代が不幸なのだ』 ―ブレヒト

 

 

 

 




炎竜編はこれで完結。
当作の伊丹の自己評価の低さは実戦経験の多さから原作以上に家庭環境が尾を引いてるのが原因みたいな感じです。
あとクリボーが書いてる内に勝手にこんなキャラに…低身長巨乳キャラなのが悪いんや!(性癖暴露

例によって今後の更新は未定、いい加減オリジナルの続きにも手を付けたいのでこちらの更新はおそらく短めの番外編程度になります。


第2章からのみならず、また短編時代からここまで拙作にお付き合い頂き、また感想まで書いて下さいました読者の皆様、本当にありがとうございました。

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