GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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High Roller:大金を賭ける者


18:High Roller/一か八か

 

 

 

 

<30分前>

 伊丹耀司

 ファルマート大陸・エルベ藩王国/ロルドム渓谷

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんな、あのような神々の為に此の身は、同胞や部族はっ……」

 

 

 崖の上から聞こえる新生龍の咆哮をBGMに、上からは死角となる谷底の一画に潜む仲間達と合流した伊丹を出迎えたのは、這い蹲ってしまうほどに打ちひしがれさめざめと滂沱するヤオの泣き声だった。

 

 どういう訳か皆揃って頭から水を被った直後のように全身を濡らしている。不思議に思っていると、水のペットボトルを手にレレイが近寄り事情を説明した。

 

 

「プライスが水で少しでも体を洗い流すようにと。新生龍は私達の体に付いた炎龍の血の臭いを嗅ぎつけて追いかけてきたから、追われないよう臭いを落とさなくてはならない」

 

 

 追跡部隊が放った犬を振り切る為に水場を経由するのは常套手段である。

 

 言われた通りブッシュハットを脱ぎ、中身を頭に振り掛ける。行軍の間に温みを帯びた水でも爆風の後遺症と溢れたアドレナリンで熱を帯びた脳を少なからず落ち着かせるのには十分であった。

 

 クロウの返り血と火薬滓で赤黒く汚れた頬を手の甲で拭うと、残りが4分の1近くに減るまで手足に降りかけ、最後の余りを一気に呷って喉へと流し込む。

 

 伊丹が最後の一滴まで飲み終えるのを見届けてからロゥリィが問いかけた。

 

 

「それでぇ、これからどうするつもりなのぉ?」

 

「どうするもこうするも、あの2頭の新生龍をどうにかするしかないだろ」

 

「ふぅん、逃げないんだぁ」

 

 

 意地悪気に投げかけたロゥリィの言葉を伊丹はプライスそっくりの仕草で鼻で笑う。

 

 

「逃げて逃げて逃げ続ければ全てが解決するってんなら喜んでその選択肢を選ぶけどな。世の中そんなに甘くないさ。

 機動力は空が飛べる向こうが上、しかも相手はドラゴンが2頭にロゥリィの同類までいる。ドラゴンは谷底に隠れてやり過ごせても俺らと同じサイズの龍女には意味がない。

 どうせ親の仇である俺達に復讐するまで追っかけてくるのは目に見えてるし、下手すりゃまた炎龍みたいにダークエルフや関係無い民間人を襲いだして第2のテュカやヤオが量産されちまう。

 逃げても元凶が追いか(・・・・・・・・・・)け続けてくるなら元凶(・・・・・・・・・・)そのものを潰すしかな(・・・・・・・・・・)()。俺はそれを(WW3)で学んだ。

 だったらこの場で俺達が後腐れなくケリをつけるしかないさ。やるしかないんだ、今、ここで」

 

 

 躊躇いなく伊丹が言い放つと、ロゥリィの顔が歓喜と狂気が入り混じった笑みに歪む。期待通りと言いたげな、満足そうな表情でもあった。

 

 そこへ上官の一見無謀な発言に対する非難というよりは、状況確認に近い口調で栗林が口を挟んだ。

 

 

「でも隊長、持ってきたLAMやジャベリンは全部連れてきたダークエルフと一緒に上で吹っ飛んじゃいましたよ」

 

 

 連れてきたダークエルフ、の部分でヤオが肩を大きく震わせたのには気付かなかったフリをした。テュカだけが思う所があるのか、項垂れるダークエルフの肩に手を乗せ気遣う素振りを見せた。

 

 

「炎龍を墜とした時と同じ要領で対物ライフルで狙撃を――」

 

「生憎それは無理なようだ」

 

 

 ユーリの提案にしかし老兵は首を振って背負っていた対物ライフルを足元に投げ出す。

 

 精密射撃には繊細な取り扱いが求められるスコープ付きの銃をプライスほどの射手が自ら乱暴に地面へ投げ出した理由はただ1つ、最早1発も撃てない無用のガラクタと化していたからだ。

 

 弾頭が誘爆した際に飛散した鉄片が数個、スコープやライフルの機関部に突き刺さり、何より精密射撃の要たるレンズまでも砕けてしまっていた。

 

 ユーリ達はロゥリィのハルバードが、伊丹の場合はクロウの肉体が盾となって破片を食らわずに済んだが、伏せて難を逃れようとしたプライスの場合はたまたま背負っていたライフルが意図せずその役目を果たしたという訳だ。

 

 炎龍を撃墜たらしめた対物ライフルの無残な姿に、ヤオに至っては絶望の表情で顔を伏せてしまう。

 

 LAMとジャベリンと対物ライフル。ドラゴンに通用する本命手は失われた。

 

 俺達に残っている手札(・・・・・・・・・・)は何だ?(・・・・)

 

 

「全員、手元にある持ち物で何か使える物がないか考えるんだ」

 

 

 ジゼルが何時下りてきて自分達を見つけるか分からない。早急に、だが焦りで思考を狭めないよう気を付けろ。

 

 手持ちの小火器。ジゼルにならともかくドラゴンにはグレネードランチャーすら豆鉄砲以下だ。そのジゼルだってロゥリィと同レベルの戦闘力と不死身の再生能力を持ち合わせているとなれば時間稼ぎ程度にしか役立ちそうにない。

 

 手榴弾。グレネードランチャー以下の飛距離な破片手榴弾は論外。閃光手榴弾や発煙弾もせいぜいが目くらまし、既に1度ジゼル達に見せてしまったので初回以上の効果を得られるかどうかは疑問だ。

 

 唯一ドラゴンにも有効そうな火力として、専用のキャンバスバッグにC4爆薬(プラスティック爆弾)を詰め込んだ梱包爆薬(デモバッグ)を伊丹含む兵隊組が1人につき2セット、合計80キロを超える量の高性能爆薬をバックパックに収めて携行していた。

 

 専門家が適切に仕掛ければ鉄筋コンクリートのビルや陸橋も跡形無く破壊可能な威力と量である。起爆用発火装置も有線・無線両方揃っている。

 

 これらは強力ではあるが、元々は炎龍の巣に仕掛けて帰ってきた所を爆破する為に持ってきた設置用の資材だ。効果的に使うには伊丹達の存在を警戒し飛び回るドラゴンとジゼルの目を掻い潜って設置し、挙句罠まで誘導せねばならない。仮に誘導に成功しても空を飛ばれたままでは爆発の効果は半減以下まで落ちる。

 

 他にはないのか。水筒。携行糧食(レーション)。地図。コンパス。医療キット。暗視装置。無線機。バッテリー。ポンチョ。ラペリング用ロープ。

 

 炎龍の巣にもっと近付いてから臭いを誤魔化す為に使う予定だった獣脂。炎龍の死体現場から拾った炎龍の鱗。プライスが携帯していた掌大の偵察用ドローン。ユーリが採取したボトル数本分の炎龍の血液。これらは武器ですらない。

 

 いっそダークエルフの隠れ里に戻って車に置いてきた残りの武器を回収する? 論外だ。今更遠過ぎるし無関係のダークエルフまで巻き込んでしまう。これ以上の被害は出せない。

 

 

「クソッ。何か手はないのか。考えろ、考えろ考えるんだ俺……!」

 

 

 漫画やアニメなら、ハンサムな主人公は残った手札で反撃のアイデアを閃くか仲間の助けで一発逆転する場面だが、生憎これは現実である。

 

 現実は非情であり、残酷であり、冷酷だ。伊丹はこれまでの人生で、戦場で、現実の無情さを嫌という程味わってきた。

 

 そもそも愛する創作のように都合の良い展開ばかり起きるのであれば、母親が夫を殺して狂う事も、無理矢理特戦群とTF141に所属させられて何度も死にかける事も、銀座で嫌々英雄の真似事をさせられる事もない、もっと平穏でただただ趣味に耽溺出来る人生を送れていたのではないか。

 

 ……或いは子供の時分から不都合な現実を送っていたからこそ優しく甘い夢を見れる創作物にのめり込んだのか。

 

 伊丹は頭を振り、何時の間にか己の本質への自問へと逸れた思考を軌道修正する。

 

 

「やっぱり持ってきた爆薬を仕掛けてドラゴンをおびき寄せるしかないんじゃないかなぁ」

 

「だがそいつは我が物顔で空を飛び回るデカブツと龍人(ドラゴンメイド)を罠を仕掛けた場所へ引きずり降ろせればの話だ」

 

「銃は通じない、航空兵器の機銃程射程は長くないが吐き出す炎を浴びれば一撃で黒焦げ。おまけに炎龍と違って編隊を組んでる上に指揮を執る飼い主も一緒ときたもんだ。数の差が埋まる分むしろ炎龍よりも手強いかもしれないぞ」

 

「空飛ばれちゃぁ届かないんだものぉどうにもならないわぁ。ジゼルだけなら楽勝ぉなのにぃ面倒ねぇ」

 

「私の魔法も作り出した現象や礫を加速して撃ち込む通常の攻撃魔法では威力不足。爆轟の魔法は威力は通じるが代わりに一度起動式を立てたら向きを変えられないから高速で飛び回る相手には不向き。やはりどうにかして動きを止める必要がある」

 

「動きを止めるって……どうやるの?」

 

「映画でヘリを墜とすみたいに翼へロープを絡ませても止まりませんよねアレ」

 

 

 あれこれ言い合う間にも何時ドラゴンやジゼルに嗅ぎ付けられる事やら分かったものではない。

 

 真っ先にLAMとジャベリンを失ったのが痛過ぎた。アレが1つでも残っていたらと痛切に思う。

 

 いやでもあれだけの重火器でも余程当たり所が良くなければ1発当たったぐらいじゃ新生龍も死ななさそうだし、ドラゴンの機動力で空を飛び回られては無誘導のロケット弾じゃ命中率はお察しであろう。場所もタイミングも悪過ぎた。

 

 GM6・対物ライフルも肝心のスコープと機関部へ破片を食ってご臨終という有様。流石のプライスも残った小火器では威力が低過ぎて炎龍の時のような奇跡の狙撃の再現は物理的に不可能だ。

 

 栗林の言う通り、やはり頼みの綱は爆薬しかない。

 

 だがどうやって?

 

 爆薬。映画。ロープ。ドローン。炎龍の血。ロゥリィの膂力。レレイの魔法。

 

 残った手札(・・・・・)()

 

 手札を生かすには活用(・・・・・・・・・・)させられる場を用意し(・・・・・・・・・・)なくてはならない(・・・・・・・・)

 

 明確な形にはまだ至らないおぼろげな、だが伊丹の脳裏に何かが引っ掛かっているのもまた確かだった。

 

 気が付くと伊丹はロゥリィに質問していた。

 

 

「ロゥリィ。あのジゼルって奴とそれなりに付き合いが長いのか?」

 

「そうねぇ。彼女がハーディの使徒になってから100年ぐらいの付き合いになるんじゃぁないかしらぁ」

 

「なら性格もそれなりに把握出来てる、か?」

 

「何を考えてるのぉ?」

 

「……ジゼルの性格は執念深い方なのか?」

 

「執念深いとはちょっと違うけどぉ、見どころのある相手とかにはぁ気が済むまでちょっかいを出したりぃ、しつこく絡み易い気質は少なからずあると言えるわぁ」

 

 

 

 

 

 何かが。

 

 伊丹の中で嵌まり込み、1つの明確な形を取り、自然と男臭い笑みが口元に浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「成程、そいつは好都合だ」

 

 

 爆薬。映画。ロープ。ドローン。炎龍の血。ロゥリィの膂力。レレイの魔法。

 

 これは賭けだ。なけなしの手札で作った苦し紛れの屑役でしかないのかもしれない。

 

しかし場を整えれば一発逆転を狙える、そんな手でもある。

 

 

「爺さん。ドローンを飛ばしてこちらが指定する条件に合った地形が無いか大至急探してみてくれ」

 

 

 伊丹が即興で考えた作戦を周囲に披露すると案の定反対された。

 

 特にテュカや栗林が強く反対したが、後者は屁理屈と上官命令、前者は情に訴える事でどうにか説得に成功した。

 

 

「コイツは時間との勝負だ。なるべく素早く、各自配置に着いてくれ。用意が完了次第無線ですぐに連絡を頼む」

 

 

 言いながら伊丹は肩からライフルを下ろし、背負っていたショットガンも外し、個人用装備で膨らんだ幾つものポーチ、そして兵士最大の敵であると同時に銃弾や破片から守ってくれる守護神でもある重たい防弾プレート入りのタクティカルベストを脱ぎ捨てた。

 

 腰のコンバットベルトからも不必要な道具を抜いていく。右大腿のレッグホルスターはそのまま残す。

 

 最終的に空いたスペースへ新たに留めたショットガン用の弾薬ポーチ、拳銃のマガジン2本、破片・発煙・閃光の各手榴弾を1つずつ、ヘッドセットに繋げた連絡用の無線機、応急処置キット、そして銃弾を撃ち尽くした兵士にとっての最後の相棒たるコンバットナイフがベルトにぶら下げられた。

 

 武器はM4に代わりSTF12・ショットガンを持っていく。グレネードランチャー等、アクセサリ一式を取り付けたM4カービンに比べこちらの方が軽量かつ取り回しやすい。それ以外の理由も色々とある。

 

 加えて肩からたすき掛けに別のベルトを装備する。そのベルトには兵隊組からかき集めた閃光手榴弾が数珠繋ぎに並んでいた。

 

 最後に、炎龍の血液が入ったボトルを迷彩ズボンの左ポケットに突っ込んで伊丹の準備は完了。

 

 数十キロ分の各種装備品から解放された体はとても軽く感じられた。同時に、これからする事を考えるとどれだけ軽くても十分ではあるまいとも伊丹は思った。

 

 伊丹が準備を終える頃には仲間達の各々の用意を済ませていた。彼以外の全員が獣脂を塗りたくった上で表面に周囲の岩から削り取った細かな粉や破片(硬い岩石でも、ロゥリィの亜神の力とハルバードなら刃を擦りつけるだけで派手な音を立てずとも岩を削る事が可能だった)を塗したポンチョを纏っていた。溪谷地帯に溶け込む為の即席のカモフラージュスーツである。

 

 熟年の経験故真っ先に準備を終え、ドローンからの映像をチェックしていたプライスが伊丹へ操作用タブレットの画面を見せた。

 

 岬の様に地形の一部が谷へ向かって突き出、残り三方どれかになるべく人が隠れられるだけの隆起や草藪が点在する地点。

 

 最後のピースが当て嵌まった瞬間であった。

 

 

「このポイントがお前の指定した条件に合致する最も近い地形だ。ここから北西の方角になる。このポイントだと俺達の配置はここと、ここになる」

 

「よしこの場所で仕掛けよう。皆、プラン通り配置に着いてくれ――幸運を祈ってる」

 

「それはこちらの台詞。この作戦で最も危険なのは紛れもなくイタミ、あなた自身」

 

「やはり囮役は御身ではなく此の身に任せて頂くべきではありませぬか?」

 

「百も承知さ。いや好き好んでするつもりはないというかむしろ本当なら勘弁したいんだけど、囮役って言ったら相手が1番食いついてきそうな相手じゃないとダメでしょ」

 

「ならせめて此の身も御身と共に付いていけば――」

 

「それもダメ。下手にこっちの数を増やしたせいでドラゴンとジゼルがバラバラに別れられたらいざって時一網打尽に出来なくなっちまう」

 

 

 ハッキリと伊丹に言い切られ反論したヤオが黙り込むと、レレイが迷彩服の袖をクイクイと引いた。

 

 

「……イタミには命を救われた借りがある。とても大きな借り。だからこちらが借りを返し終えるまで命を落とすような真似は断じて許されない事を、イタミは肝に命じておいて欲しい」

 

「お、おう……なぁに、逃げ足には少しばかり自信があるんだ。任せておきなって」

 

 

 一切の拒否も反論も許さぬ静かな威圧感を漂う言葉を残し、レレイは浮遊魔法を使い谷の反対側へ移動した。荷物を持ったプライス、ユーリ、ヤオもレレイの魔法によって渓流を飛び越え持ち場へと向かう。

 

 残ったテュカ、ロゥリィ、栗林も指定された地点へ向かう予定となっている。

 

「幸運を祈ります」と別れ際に敬礼をした栗林が、次に後ろ髪惹かれる様子で何度も伊丹へ振り返りながらテュカがその場から離れる。

 

 ロゥリィだけ、何故かその場に残った。

 

 

「ちょっとだけいいかしらぁ?」

 

「んん? 何だロゥリィ、作戦通りにしてくれないと困るんだが――」

 

 

 それは一瞬の早業であった。

 

 伊丹の右腕を小さな手が掴んだかと、迷彩服の袖を素早くまくり上げ露わになった肌に歯を突き立てた。

 

 

「ちょっロゥリィ!?」

 

 

 伊丹よりも突然の行為そのものへの驚きに漏れた伊丹の悲鳴を無視し、皮膚を貫くほど食い込んだ歯形より滲む血を黒ゴス亜神はペロリと一舐め。

 

 

「契約完了ぉ……」

 

 

 更にロゥリィはまたも伊丹を驚愕させる行動に移る。

 

 

「それからこれはぁ個人的なお・ま・じ・な・い……ふふぅ」

 

 

 血と火薬の残滓で汚れた頬に柔らかい感触。濃密な獣脂の異臭の中で甘い体臭が一瞬、伊丹の鼻を擽った。

 

 何が、と伊丹が理解するよりも早くロゥリィは反転し飛び跳ねるような動きで栗林とテュカの後を追った。あまりにも素早い動きだったので、離れていくロゥリィが顔どころか耳まで真っ赤に紅潮していた事にも伊丹は気付けなかった。

 

 最後に独り取り残された伊丹はまず柔らかさを感じた頬に手をやり、次に右腕に刻まれた歯形をしばし見つめてから。

 

 

「…………後で考えよう」

 

 

 呟き、ロゥリィ達が消えた方とは反対側のルートから崖を登る。何だか妙に体が軽く、耳や肺の痛みといった爆発の後遺症が一気に消え去っていたのは不思議だが今は頭の片隅に置いておく。

 

 お目当ての相手は今どこを飛んでいるのやら。崖上によじ登り終えて空を見上げるが、地形に隠れているのかその姿は見えない。

 

 なので伊丹は迷彩ズボンのポケットから炎龍から採取した血入りのペットボトルを取り出した。

 

 

「せぇっ、のっ!」

 

 

 次の瞬間、伊丹はペットボトルを高々と頭上へ投じた。

 

 続けざまにレッグホルスターのグロック18を引き抜き、無造作に1発だけ空めがけ発砲。その照準は紅い中身が揺れる空中のペットボトルへと据えられていた。

 

 地球の世界各国がスパイ小説か長編映画の1つや2つ楽勝で作れそうなレベルの争奪戦を繰り広げるだけの価値を持つ炎龍の血が空中に飛散し、乾いた発砲音の反響音共々あっという間に風に流されて消えた。

 

 反応はすぐに返ってきた。

 

 獣、それも飛び切り巨大で危険な獣の咆哮が2つ、重なり合いながら次第に近付いてくる。

 

 高く隆起した地形の向こう側から、撒き散らされた炎龍の血の臭いを嗅ぎつけた赤と黒の新生龍と、2頭に挟まれる形でドラゴンの主が姿を現した。

 

 

「へへっ、見つけたぜぇイタミヨウジぃ! 自分から出てくるなんてイイ度胸してんじゃねぇか! 今度こそそのそっ首ぶった切ってやらぁ!」

 

 

 ジゼルが大鎌を振りかぶる。主に同調するかのように2頭の新生龍も高らかに嘶いた。

 

 そしてジゼルと新生龍を自ら引き寄せた伊丹は、龍娘とドラゴン2匹が己めがけまっしぐらに突っ込んでくる光景に「よし」と一つ呟き――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ俺は逃げる!」

 

 

 反転、そして脱兎。

 

 すたこらさっさと走る伊丹の背中がどんどん遠ざかる。

 

 

「ふざけんなー! このジゼル様をおちょくってんのかテメェ!」

 

「うっせーばーかばーか! 怪獣相手にまともに戦えるかってーの!」

 

「お姉さまに見染められた戦士なら戦士らしく戦えコノヤロー!」

 

「生憎俺は戦士になったつもりは1度たりともなーいっ!」 

 

 

 

 

 やってる側は大真面目な追いかけっこはこうして始まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『真の賭博者は注意・用心・腕前がものを言う賭事はあまり好まない』 ―エミール=オーギュスト・シャルティエ

 

 

 

 

 

 




次回、決着。


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