GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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遅ればせながらあけましておめでとうございます。


15.5:Sin of their/功罪の行方

 

 

 

 

<2日前/21:48>

 伊丹耀司

 ファルマート大陸・エルベ藩王国/ロルドム渓谷

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎龍撃墜さる――

 

 この知らせは無線技術の「む」の字も存在しない文明レベルである特地としては驚異的な速度でダークエルフの間に広まった。

 

 あの炎龍、生物でありながら災害と同等に扱われる古代龍を、噂に伝え聞くあの緑の人が、エムロイの使徒こと死神ロゥリィと戦闘魔法に長けたリンドンの魔術師を引き連れていたとはいえ、ほんの10名足らずの手勢で仕留めてしまったのである。

 

 龍殺しや竜騎士―それもワイバーンではなく、より格の高い飛龍や古代龍に対象が限られる―といった存在自体は、おとぎ話や吟遊詩人の定番のネタとして珍しくない。帝都の住民から辺境の部族に至るまで、設定や展開の細部は違えど似たり寄ったりな内容のおとぎ話として古くから知られている。

 

 が、しかしそれらはあくまで創作の中の代物、遥か昔に起きた出来事を脚色して生み出した架空の存在でしかなかった。

 

 だが伊丹達は実際に古代龍を撃破してしまった。目撃者もヤオが属するダークエルフの一党が複数現場を目撃している。

 

 鉄の逸物のみならず自動で飛び上がって獲物へと襲いかかる火を噴く鉄の大槍、そして極めつけに轟音を発して1リーグ(1.6キロメートル)近く離れていても撃ち落とす事が出来る魔弾を放つ鋼鉄の杖(対物ライフル)

 

 これらの武器を手に炎龍が放つ炎や、巨大な爪や牙に決して臆せず立ち向かい、生身のヒト種には決して手が届かぬ大空を舞う巨龍を見事に撃墜たらしめたのは、魔術師と魔術師すら従えるたった4名の緑の人。

 

 彼らが達成したのは、特地における新たな伝説、新たな神話の誕生も同然の偉業に他ならなかった。

 

 炎龍に棲家を追われ、荒野も同然の警告に隠れ潜まねばならなかった直接の被害者であるダークエルフが、炎龍撃墜を知り涙を流しながら驚喜したのもごくごく当然の反応であった。

 

 勿論最初はその知らせに耳を疑い、絶望の果てに生まれた甘い虚報と訝る者も少なくなかったが、そんな彼らもメッセンジャーが携えた証拠(伊丹が撃ち込んだLAMの傷から落ちた肉片付きの炎龍の鱗)を見せられ、知らせが事実であると理解させられてしまう。

 

 まず驚愕し、次に感涙する。知らせを受けた側は皆がみな最後に決まってこう尋ねた。

 

「炎龍を倒した者は何処に居るのだ?」と。

 

 勇者達の居場所を聞いたダークエルフ達の行動は共通していた。

 

 すなわち恩人たる勇者達を一目見、感謝の言葉を述べるべく一斉にロルドム渓谷を目指したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方炎龍撃破を成し遂げた緑の人こと伊丹達。

 

 彼らの下にはダークエルフが引っ切り無しに感謝の気持ちを表しに次々に押し寄せていたが、当の彼らは日が暮れてからも黙々とある作業に従事していた。

 

 横転した2台の高機動車の復帰作業、ならびに積んでいた荷物の片付けである。

 

 どちらの車両にも荷物が満載されていたのだが、炎龍が起こした暴風により見事にでんぐり返ったが為に、車内は混沌な有様と化してしまっていた。

 

 横転の衝撃でフレームが歪み、幌が破れ外にまき散らされてしまった物品も少なくない。それが食料品や通信機材などだけならまだ良かったのだが、炎龍退治用にたっぷり用意した火器類や爆薬、燃料類が含まれていたのが問題だった。

 

 当然ながら地球の文字で書かれた警告文を読めないダークエルフらに危険物の回収を任せる訳にはいかない。

 

 おまけに炎龍を討ち取る事すら可能な武器に興味津々なのか、ダークエルフの中には勝手にLAMや手榴弾を手に取って弄くり回す者が続出したものだから、伊丹達は散乱した荷物の回収や整理をアルヌスから連れてきた面子だけでこなさねばならなかったのだ。

 

 回収作業は日が暮れてからも懐中電灯片手に行われた。

 

 時折事情を知らぬダークエルフが手伝いを申し出るが、彼らが火の点いた松明を片手に近づいてきたので伊丹は慌てて追い返す。持ってきた爆薬類は信管が無ければ起爆しないプラスチック爆薬が中心だったが、もし燃料関係が漏れて揮発でもしていたら引火炎上しかねない。

 

 回収した荷物はすぐには高機動車に戻さず外に纏めておく。積み直すのは高機動車自体の損傷を調べてからだ。

 

 

「どっこいしょぉっ!」

 

 

 車両の復帰作業はロゥリィの独壇場だった。亜神の膂力、それは小娘の細腕ながらたった1人で逆さになった軍用車両を持ち上げ、車輪が下に来るよう引っ繰り返してしまう程であった。

 

 

「彼女が居ればレッカー車は要らないな」

 

 

 とはユーリの弁。

 

 レレイはこの場に居ない。一足先にテュカと一緒に谷底へ下りている。

 

 車高が高い高機動車はジャッキを必要としなくても人が簡単に潜り込めるスペースがある。ペンライトを銜えて潜り込んだ伊丹は手早く車軸や燃料タンク回りのチェックを行っていく。

 

 1台目は幌の損傷と数ヶ所の破損が認められたものの自走可能な範疇に収まっていた。

 

 問題は2台目で、横転した際に岩か亀裂にタイヤが触れたのか、変な方向から強い衝撃が加わった結果ホイールと車軸の接合部が不自然に捻じれ、タイヤの角度もおかしな具合となってしまっている。

 

 燃料とエンジンは無事なので一応自走は出来るが、硬い岩盤かつ隆起が激しく荒れたロルドム渓谷をこの状態で移動するのは止めた方が良いだろう。下手すれば崖から谷底めがけてまっさかさま、という事態にもなりかねない。

 

 月が夜空へ姿を現すまで伊丹達の作業は続いた。ようやくあらかたの物資を回収し、防水シートを被せてから念の為に『緑の人以外接触禁止』の看板を設置し終えると、ようやく彼らはダークエルフに先導されて渓谷の奥へと向かう事にした。

 

 

 

 

 

 降り注ぎ流れ落ちる雨水が永い時をかけて岩肌を削り続けた事で自然と構築されたものだろう、2~3人分の幅しかない小道を通って崖を下る一行。

 

 道中、あちこちからダークエルフのものであろう視線を感じた。

 

 服装から伊丹達が緑の人であると気付いた彼らはまず驚愕し、次いでその場に跪くと敬意の念も露わに頭を垂れる。どのダークエルフも同じ行動を取るものだから、くすぐったさのあまりブッシュハットの鍔で目元を隠し見ないフリをしてしまう伊丹である。

 

 

「だからこういう事されんのもガラじゃないんだけどなぁ」

 

 

 相変わらずらしいなぁ、と微笑む部下と亜神のクスクスという笑い声も、伊丹は聞かなかった事にした。

 

 そんな感じで抵抗(?)していた伊丹であるが、祝いの宴会の会場である川原にようやく辿り着くと、まず伊丹らを引っ張り出してきた張本人であるヤオ、次に彼女から先んじて事情や特徴を聞いていたダークエルフの長老達が。

 

 最後にヤオと長老の振る舞いから、伊丹らが炎龍を討ち取った英雄その人であると悟った残りのダークエルフ全員が一斉に傅く光景を目の当たりにするに至り、とうとう観念の溜息を吐き出した伊丹はこの境遇に身を委ねる事にした。

 

 ラノベやアニメの主人公が、抜く事に成功すれば王になれると言い伝えられてきた伝説の聖剣をうっかり抜いちゃったり、実は王族の隠し子で国における継承権1位であるとバレた時の気持ちはきっとこんな感じに違いない……とぼんやり思う。

 

 ぶっちゃけ現実逃避であった。

 

 こんな経験したくなかった、が正直な感想であった。

 

 ヤオと長老達が伊丹の前へ進み出てくる。長命種であるダークエルフの中にあって目に見えて判るほど歳を経た外見の長老らは、改めて深く頭を垂れると感謝の意を述べ始めた。

 

 

「緑の人々、ならびに聖下に申し上げます。この度は我ら部族の存亡の危機を救って頂き、深く、深く感謝の意を――」

 

「あー、あー別にそんな畏まって頭を下げる必要はありませんよ。正直に言いますとこちらはあくまで個人的な事情で炎龍を追いかけていたんであって、そちらが助かったのも結果的にそうなったってだけですし」

 

「『個人的な事情』と仰られますか」

 

 

 長老達のまとめ役らしい、代表者として話を受けていたそのダークエルフの老人は伊丹の説明に苦笑を浮かべたかと思うと、表情を真剣なものに一変させた。

 

 

「緑の人よ。貴方がたの事情はヤオから聞き及んでおります」

 

 

 大きく声を張り上げるとまではいかないものの、この場に集まった者達全員に聞こえる程の音量で長老は語る。

 

 この場を借りて観衆に伊丹達の立場や部族全体としての方針を説明し、認識を共有させようという魂胆らしい。

 

 

「曰く、緑の人達は同じく炎龍に故郷と親類を奪われ心を病んだハイエルフを救うべく、軍を勝手に飛び出した身との事。

 またハイエルフが心が病むに至ったのは我が部族が送り出した使者が炎龍退治を引き受けてもらうべく行った謀が一因であるとも伺っております。緑の人へ助けを求めに縋る身でありながら緑の人の縁者へ危害を及ぼした咎、その責は使者を送り出す事を決めた我々長にこそありまする」

 

「待って頂きたい、あれはあくまで此の身が独断で!」

 

「いいやヤオよ。言ったであろう、責を負うのに御身独りだけの身では到底足りぬ。

 ましてや緑の人達は我々部族の助勢すらなく、己が力のみで見事炎龍を討伐してみせたのだ。彼らが果たした偉業、御身独りが身を捧げる程度では到底釣り合わんよ」

 

「うう……」

 

 

 ヤオが口を挟むも、長老の言葉にぐうの音も出ないとばかりにまたすぐに閉口した。

 

 彼女だけでなく渓谷に残ったダークエルフの一部も気まずげに視線を下に落とす。伊丹達は知らないが、ヤオがアルヌスから戻ってくるまでに恋人や親類を炎龍に奪われ、行き場のない憤りを「彼らが死んだのは戻ってくるのが遅かったせいだ」とヤオに責任転嫁した者達だった。

 

 こうして長老達以外のダークエルフも伊丹ら、そしてヤオの事情を理解する事となる。

 

 ダークエルフという集団ではなく、ハイエルフの少女という個人を助ける為だけに軍を飛び出す道を選んだ緑の人と、戦友の絆と尊敬と親愛の情に従い助けに加わった亜神と魔術師を含む彼の仲間達。そして同胞の為に手を汚す事すら厭わない、哀しきダークエルフの使者。

 

 まさしく英雄譚と呼ぶに相応しい実話である。中にはこみ上げる熱情から感涙に頬を濡らす者も少なくなった。

 

 今や渓谷中から一際濃度と熱量を増した視線が一点に注がれる。熱量のあまり黒焦げに燃えてしまいそうな気分だ。伊丹としては、そのまま灰になって風に吹かれてこの場から消え去りたい気分だった。

 

 伊丹以外の面々はというと、栗林はここまで熱い視線は流石に初めてなのか照れた様子で少しモジモジ。

 

 例によって胸元が大きく突き上げられたコンバットシャツとチェストリグを組み合わせた格好だったので、体の動きに合わせて左右のベルトとポーチ部分によって強調された爆乳が重たげに震えている。

 

 ユーリは伊丹以上に居心地の悪さを感じているらしく、戸惑いが濃く滲んだ表情を。

 

 炎龍撃墜の最大の立役者であるプライスはといえば、こちらは何時も通りのしかめっ面という平常運転である。

 

 自分はただ為すべき事をしたまでに過ぎない――ブッシュハットの下で細く光る老兵の瞳は、無言でありながら雄弁にそう語っていた。

 

 驕らず、誇らず、泰然自若を体現するプライスの立ち振る舞いに、少なくない数の若いダークエルフの男達(しかし実年齢はプライスの数倍上)が憧れの眼差しを注ぐのであった。

 

 

「あのー、連れの様子を見たいので俺達はそろそろ……」

 

 

 テュカとレレイの事である。この場から逃げ出す口実に使わせてもらったが様子が気になるのも事実だ。

 

 荷物の片付けに加わらない代わりにテュカの面倒を任せていたレレイの下へ向かう一行。

 

 その途中、さっきからやけに複雑そうな表情に顔を歪めっぱなしなユーリの様子が気になった伊丹は事情を尋ねてみる事にした。

 

 

「どしたのさっきから変な顔してるけど」

 

「ああ、いやすまない。ちょっと思う所があってな。心配するような事じゃないさ」

 

「そうかぁ? いや何つーか雰囲気が妙に暗いからさ。何、なんか心配事でもあるの? 遠慮しないで話してくれよ」

 

「……また(・・)何も出来なかったと思ってな」

 

 

 小さく言葉を漏らしたユーリの顔色と声色は、先程までダークエルフから英雄として称えられていた人物が発したとは思えない程に暗い。

 

 

「主にドラゴンの相手をしたのは神官の彼女(ロゥリィ・マーキュリー)で、俺が発射したミサイルは撃墜されて損害は無し。手傷を与えたのはイタミで止めを刺したのはプライスだ。ドラゴン退治に貢献出来たと胸を張って言えるだけ働けたとは言えないよ」

 

「でも炎龍がまさかミサイルまで撃墜しちゃえるなんて私も予想出来ませんでしたし、ユーリさんがそこまで気にしなくてもいいんじゃないですかぁ?」

 

「クリの言う通り。つかユーリが撃ったジャベリンに炎龍が気を取られてくれたお陰で俺が直撃弾を撃ち込めたんだから、それもまた立派なチームプレーさ」

 

「ほら隊長だってそう言ってますし、ここの人(ダークエルフ)達も炎龍退治の為に立派に戦ってくれた一員だってちゃんとユーリさんの事も認めてくれてるんですから大丈夫ですよ」

 

 

 それでもな。ユーリはそう言い淀み、谷間から覗く夜空を見上げる。

 

 過去に思いを馳せる者特有の遠いまなざし。

 

 

「俺には到底、自分が無辜の人々から称賛されるに相応しい兵士とは思えないんだ」

 

 

 まるで罪人の悔恨の如き独白であった。

 

 ロシア人の言葉が文字通りの懺悔であると気付いたのは過去を知る伊丹とプライス、立場上主神を尊ぶ信徒らから幾度となくその手の告白に慣れ親しんできたロゥリィの3人のみ。

 

 残る栗林とヤオ、同行する他のダークエルフらは頭にハテナマークを浮かべて首を傾げるのだった。

 

 やがて焚火の灯りに浮かび上がる、膝を抱えて座る2人の少女の姿が見えてくる。

 

 

「調子はどうだ?」

 

 

 優しい声色を心がけながら伊丹が声をかけると、抱えた膝に顔を埋めていたテュカがハッと顔を上げた。

 

 彼女の瞳は不安定に揺れているがしかし、アルヌスの居住区で見せた時のような狂気はかなり薄れている。寝起き直後で意識が完全に覚醒していない時の状態に似た揺れ具合だ。

 

 伊丹がテュカのすぐ隣のレレイへ視線を転じると、ひとつ頷いた少女は伊丹達が居ない間のテュカの容態を簡潔に説明した。

 

 

「炎龍撃破前と比べ彼女の精神状態は一気に回復の傾向を見せている。ただしまだまだ不安定な面が残っており油断は禁物」

 

 

 跪き、視線の高さをテュカに合わせると、真正面から彼女の瞳を覗き込む。

 

 

「テュカ、俺の事が分かるか」

 

「お父さん……ううん、本当のお父さんじゃないって事は分かってるんだけど、気を抜いちゃうとお父さん(伊丹)が本当のお父さん(ホドリュー)とグチャグチャになっちゃいそうで……」

 

「……そっか」

 

 

 短い呟き。だが伊丹の声には万感の安堵が籠もっていた。

 

 混濁は残っているとはいえ、死んだ父親と伊丹の区別がつくようになり、かつ症状そのものを自覚出来るようになっただけでも大きな進歩であるのは間違いない。

 

 非常に遠目で直接の死亡確認もまだ済ませてはいないが、炎龍撃破を目撃させた事でテュカの精神回復という伊丹達の目的は半ば達成したと言える。

 

 だが完全ではない。炎龍の死体を確保し、直接テュカに見せて復讐は果たしたのだと真に理解させる。伊丹は改めて心に決めた。

 

 その旨をプライス達にも告げると、周りで聞いていたダークエルフ達も声を上げて同行を申し出てきた。

 

 今日初めてこの地を踏んだ伊丹達よりも、炎龍の目を掻い潜りながらロルドム渓谷で過ごしてきたダークエルフらの方が土地勘がある。道案内は必要だ。

 

 同行を許可されたダークエルフが歓喜のあまり歓声を上げると、他の仲間も連れて行ってくれと次々に伊丹へと迫る。その剣幕は伊丹が及び腰になった挙句、その場から逃走してしまう程である。

 

 

 

 

 炎龍を討った英雄達との同道を希望するダークエルフらによる暴動2歩手前の集団陳情は、騒ぎを聞いて駆け付けた長老らが一喝するまで続いたという……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人間には2種類しかない。1つは自分を罪人だと思っている善人であり、もう1つは自分を善人だと思っている罪人である』 ―ブレーズ・パスカル

 

 

 

 




中途半端に区切って申し訳ありませぬ。
あと5話前後で完結させたいところです(フラグ)

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