<14日前/深夜>
柳田明 特地方面派遣部隊幕僚・二等陸尉
ファルマート大陸・アルヌスの丘/自衛隊駐屯地・診療施設
診療施設の玄関前にあるベンチに座って煙草をふかす柳田の姿はあからさまに苛立っていた。
とっくに消灯時刻が過ぎているにも関わらず診療施設に押しかけた彼の頬には医官の処置により湿布が貼られている。
火のついた煙草を咥えていると腫れ上がった頬が疼き、口内の切り傷に紫煙がチクチクと沁みる。吸い慣れている筈の存在が酷く不味く感じた。
とうとう我慢できなくなった柳田は口元から煙草を毟り取りコンクリートの床へ投げ捨てる。足元に叩きつけたそれを何度も荒々しく踏み躙り、ようやく落ち着きを取り戻したかと思うと、次の瞬間には打ちのめされた様子で頭を項垂れさせた。
どこからどう見ても精神的に不安定な人物のそれである。我が身可愛い大概の人間は今の柳田に自ら近付こうとは普通は思うまい。
普通は、だ。
「そこを退くが良い若いの」
故に、見なかったフリをするどころか臆面もなくそう告げた人物が普通からかけ離れていたのも当然と言えた。
他者が間近まで迫っていた事に遅まきながら気付いた柳田は、月明かりに浮かぶ声の主へ目を向ける。
左目に眼帯、左手足が義肢。ガッシリとした体格を更に大きく思わせる、威風堂々とした白髪の老人だった。狭間陸相とプライスを足して割って特地流にしたらこうなるだろう、というのが柳田の感想だ。
元SASの英国紳士を思い出すと腫れた口元がまた疼いた。
不機嫌そうに無言で、しかし老人の注文通り柳田は尻をずらし、場所を空けてやった。ぎこちない動きで老人が腰を下ろす。
柳田と老人は同じベンチに並んで座り、しばし夜空を眺める。
「さて若いの。一体何に腹を立てた挙句、このような所で黄昏れておる?」
おもむろに、老人の方から水を向けてきた。
柳田は不快気に鼻で笑って返す。
「部外者の、それも初めて会った見ず知らずのアンタにわざわざこちらの事情を教えてやる理由がどこにある」
「喋りたくないなら、それでもいいじゃろ。しかし時には見ず知らずの他人が相手であるからこそ、吐き出せる事もあるとは思わぬか」
「……」
普段の柳田であれば冷笑を伴う沈黙を貫いたであろう。
しかし今の柳田の精神状態は、普段とは違う不具合を起こしていた。さっきから腹の奥底でどす黒い感情が沸き立ち続け、思考に影響を与えている。ガス抜きが必要だと柳田自身も自覚していた。
黙考した挙句、仕方なく、本当に仕方なく柳田は苛立ちの原因を老人に語ってやる事にした。勿論具体的な個人名などは省いてだ。
柳田は語り出す。
ある男が選んだ道と、頼まれた訳でもなく男の助けになるべく命も立場も投げ出す選択をした愚か者達の話を。
<数十分前>
伊丹耀司 第3偵察隊・二等陸尉/
ファルマート大陸・アルヌスの丘/居住区
しばしの間、伊丹は高機動車の運転席で呆けざるをえなかった。
何度か瞬きし、次に眉間と瞼を指で揉み、改めて目を開いてもフロントガラスの向こうに見える老若男女の集団は一向に消え失せず。さっさと下りて来いとばかりに老兵が顎をしゃくってきたものだから、伊丹はとうとう観念して車のエンジンを止めると運転席から下りた。
伊丹の行動にヤオが少し焦った口調で問いながら続いて車から出てくる。
「御身、彼らは一体」
「どーやら止めに来たわけじゃあなさそうだねぇ」
プライスもユーリも着古されてくすんだ厚手で頑丈なデニム地のシャツとコンバットパンツを組み合わせ、その上に大量の予備弾倉で膨れ、手榴弾をぶら下げたチェストリグを着込んでいた。懐かしき海外時代の戦場向けファッション。
栗林も、上がコンバットシャツなのを除けば外国人2人と同様に戦闘準備万端だ。頭には見慣れた鉄帽ではなく、これも私物であろうプライスと同じブッシュハットを被っている。
ロゥリィとレレイは普段通りの格好だが、彼女らはこれこそが戦衣装なので置いておく。
また彼らの背後には2台の高機動車。それも荷台部分にジェリ缶だのパンパンに膨らんだ幾つものバックパックだのが満載されているのが見えた。つまり彼らは揃いも揃って炎龍退治に同行する気満々なのだ。
「あー、うー、あ゛ー……」
一行の下まで歩み寄った伊丹はみっともなく見えない程度に刈った黒髪を掻き毟りながら、無意味な奇声を呻く事しばし。
やがてバツが悪そうに口元を歪めながらプライスに向き直った。
「……どうして気付いたの?」
「ニコライがな。朝武器庫で出くわしたお前さんの顔がシェパードやマカロフや殺しに向かった時の顔とそっくりだとぬかしやがった。で、事情を知ってそうなそこのお嬢さんがたや、ヤナギダとかいう
「
先程別れた時の柳田は五体満足だった辺り、電気ショックも無ければ挨拶代わりの鉛玉も無しの
その代わり、車両を含めた退治用の資材一式を伊丹の分どころか都合5人分追加で手配させられた柳田に、ほんのちょびっと同情する伊丹である。
「でも良いのか爺さん。それにユーリも。2人がアルヌスから勝手に離れちゃうのって大分拙いんじゃないの、ほら立場とかさぁ」
「元々俺もプライスも裏取引の結果特地に送られた身だ。表向きには居ない事になっている。本国への言い訳はニコライが残って誤魔化してくれるから、イタミが心配しなくても俺達は何とかなるさ」
疑問の声にユーリが答える。ニコライがこの場に居ないのは事後処理の為か。
声のトーンを落とし、伊丹は更に問いを投げかける。
「死ぬかもしれないぞ。相手は地球で散々相手にしてきた人間じゃない。本物の怪獣、爆撃機サイズの空飛ぶ戦車みたいなドラゴンだ。
ライフル程度じゃ傷もつかないし対戦車砲が直撃しても耐える、正真正銘の化け物なんだ。それでも付いてくる気か?」
「死には慣れてるし今更死ぬ事なんて恐れちゃおらん。だがな若いの、若造が自ら死にに向かうのを黙って見送る真似なんぞ、俺は御免こうむる」
「……止められたかもしれないのに何もせず見逃したせいで、死人が増えるのはもう嫌なんだ。それが一緒に戦ってきた仲間なら尚更だ。
頼むイタミ――俺をこれ以上、卑怯な臆病者にしないでくれ」
部下の死を悉く目撃してきた老兵は重々しく吐き捨てた。
第3次大戦を起こした狂犬のかつての相棒だった男の声は懇願の響きを帯びていた。
……彼らにそれ以上の言葉は必要なかった。
「――分かった。2人が付いてきてくれるんなら凄く頼もしいよ」
男臭い笑みを浮かべて戦友らの参戦を受け入れた伊丹の視線は、次に女性陣へと向いた。
……すぐに視線を外した。正確には御主人からの命令を待つ忠犬を彷彿とさせる雰囲気の栗林に意識を集中し、残る2人の存在が極力目に入らないよう意識を集中させた。
「で、クリ。どうしてお前までこの場に居ちゃってるわけ?」
「もちろん隊長にお供する為です!」
「却下」
「何でですかぁ!?」
「あのさぁ栗林、俺はお前の為を思って言ってるんだ。アレコレあったけどお前は俺の下で色々と頑張ってるし、才能も十分にある。もう何年か経験と実績を積めば幹部候補生試験を通って立派な指揮官として自分の隊を率いたり、体育学校の教官まで出世出来る筈だ。
でもな、これはダメだ。俺に付いてきたらお前も無許可離隊として処分される羽目になっちまう。だから今すぐ戻ってここで見た事は忘れるんだ。分かったか?」
「いいえ分かりません! 隊長が何て言おうと私も隊長に付いていきます!」
「じゃあ命令だ。今すぐ隊舎に戻れ」
「その命令には従えません」
打てば響くの見本のような即答であった。
先程よりも更に激しく、苛立たしげに頭を掻く伊丹。
「改めて言うぞ。俺はお前の将来を想って言ってるんだ。
俺や爺さんは汚名も悪名も、それこそどっかの誰かさんから命を狙われる位に背負ってるから、今更無許可離隊の一つや二つぐらい悪行に追加されたってどうって事ない。というかむしろ悪名がデカ過ぎるせいで手出しされずに済んでるようなもんだ。
けどお前は違う」
伊丹の胸元辺りまでしかない小柄な部下の肩に手を乗せ、我儘な子供を窘める大人のように言い聞かせる。
「俺達に付いてきてお前が得るのは脱走兵としての汚名だけだ。折角の綺麗な経歴なんだ。こんな事で失っちまうのは勿体無いだろ? だから――」
「――それでも私は、隊長に付いていきます」
チェストリグを吊るす肩のベルト部分に添えられていた伊丹の手に力が籠もる。
栗林は身振りで抵抗する様子を見せず、伊丹の手に己の手を重ねると、己の覚悟を静かに上官へと言い放った。
「レレイとロゥリィから聞きました。隊長は炎龍に殺されたお父さんの幻影に苦しむ、今のテュカの境遇に納得出来ないから、1人だけで炎龍退治に向かうって決めたんですよね」
「だったら何だよ」
「私も同じです。
空港で私は危うく殺されそうだったところを隊長やテュカに助けて貰いました。命の恩人なのに、テュカは苦しんでて、そのテュカを救う為に隊長は部隊を脱走してまで炎龍退治に向かうって決めて……
納得出来ませんよ。恩人が苦しんで、命も何もかも投げ出そうとしてるのに、自分だけ帰ってくるのを待ちぼうけるなんて真似……出来るわけないじゃないですか」
「栗林……」
「言っておきますけど、私は昔っから猪突猛進の脳筋に定評のある女ですから。1度決めたからには絶対諦めませんからね! たとえ火の中水の中ドラゴンの巣の中まで不肖栗林志乃、隊長にお供致します!」
「諦めろ若いの。
老兵のその一言がとどめとなった。
伊丹の口から諦めの吐息が漏れる。おもむろに栗林の肩に置いていた手を移動させ、彼女の頭を痛くない程度にブッシュハットの上から乱暴な手つきで鷲掴みにした。
せめてもの意趣返し。突然の上官の暴挙に、猫っぽい悲鳴が迸った。
「にゃっ!? にゃにゃにゃにゃっ!!?」
「だぁっ、もう仕方ねぇなぁ! ちゃんと命令には従うのと、それから絶対に暴走するんじゃないぞ! イタリカの時みたいな無謀な突貫は禁止だかんな!」
「……っ! はいっ! 了解ですっ!!」
にっこりと、栗林の顔に夜闇の下でも分かる位の満面の笑みが浮かんだ。
鳴き声は猫っぽいけど笑顔や雰囲気はイヌ科だよなぁ、なんて益体のない感想が伊丹の脳裏を過ぎったり。
さて、思う所はまだ色々とあるが、栗林についてはここで終わらせるとして。
……問題はここからだ。戦友2人や部下相手に見せた男臭い態度とは打って変わり、恐る恐るといった体でチラ見する。
視線の先には、普段以上に感情が抜け落ちた表情でもって冷え冷えとした雰囲気を放つレレイの姿。
もう1人はどこへ? 疑問を抱いた途端、伊丹は両足に衝撃を感じた。
咄嗟に後頭部を打たないように受身は取れたものの、次の瞬間にはあっさりと仰向けに地面を転ばされていた。続けざま、今度は腹に衝撃と圧迫感。
伊丹からマウントポジションを奪ったロゥリィの姿が、月光を背に浮かび上がった。栗林とのやり取りの間に伊丹の背後へと回っていたようだ。
と、今度は耳元を掠めるようにして右、一拍遅れて伊丹の顔の左に何かが突き立つ。伊丹から見て右側にハルバードの石突が、左側にレレイの杖の先端が、豆を摘む箸のような按配で伊丹の頭部を挟んでいる。
伊丹の視界にロゥリィに続き上下反転したレレイの頭部が出現する。
2人の目も顔も完全に据わっていた。『養豚場のブタでも見るかのように冷たい目』なんてフレーズが伊丹の脳裏を過ぎる位に恐ろしい眼光であった。
「あ、あのぉ、おふたりさん?」
「「………………」」
無言である。それも、非常に居心地が悪く感じる類の。
周囲に助けを求めようと伊丹は視線を巡らせる。プライスは我関せずと煙草を吹かし、ユーリは目を合わせまいと顔を背ける始末。戦友の絆も男女関係に関しては無効であった。
栗林にも目で助けを求めるが、帰ってきたのは苦笑いしながら両手を合わせて頭を下げるジェスチャー。現実は非情であった。
「ちょっとぉ、何他の女の方を見てるワケぇ」
細い指が顎に添えられたかと思うと、凄まじい膂力によって強制的に顔の向きを正面へと戻され、破滅的な感じの音が首元で生じると同時に再び己を見下ろすロゥリィとレレイの顔が伊丹の目に映った。
「ねぇイタミぃ」
「な、何でしょうか」
反射的に敬語が飛び出すほど今のロゥリィの笑顔は恐ろしかった。
「さっきぃ別れる前に約束したわよねぇ? 炎龍退治に出る時は必ず私も誘うようにぃ、ってぇ」
「あのいやそれはですねぇ」
しどろもどろになりながら弁解しようとするがロゥリィが更に畳み掛ける。
「そして講も言った筈よぉ。『破ったら代償として私の眷属になって貰う』ってねぇ」
「それも聞いたような気がするけど、これには止むに止まれぬ事情というか個人的な事情があってですね!」
言い訳が伊丹の口から飛び出すが、次にロゥリィが見せた反応に伊丹は二の句が告げなくなった。
笑みから一転、とても寂しげに、悲しげに、儚い表情と化したロゥリィにこう言われたからだ。
「うそつき」
「うぐっ」
「私も961年も生を過ごしてる訳だしぃ、その間にぃ命乞いをしてくる輩とかぁ、私を謀ろうとする愚者からのぉ甘言とかもぉ散々経験してきた訳だけどぉ。
……イタミィだけには謀られたくなかったわぁ」
なんて手弱女じみた振る舞いを伴いながら最上級の黒ゴス少女に糾弾されてしまっては、戦場の英雄も敵わない。
約束しておきながら彼女を置いて姿を消そうとしたのは紛れもない事実なだけに、伊丹には抵抗のしようがなかった。
何よりロゥリィはそんじょそこいらの特殊部隊も軽々と鏖殺出来る亜神である。男としての意地を考慮しなければ戦力として頼もしいのも事実だ。
それは汎用性の高い魔法使いであるレレイにも言える。、こちらは未だ伊丹へと極寒の視線を注ぎ続けていた。
「あー、レレイもロゥリィと一緒だったり? というか、やっぱり怒ってらっしゃる?」
「その通り。生還率を上げるには魔法が必要。戦闘時における私の魔法の利便さも実証済み。にもかかわらず私を置いて行くのは、非常に非合理的な判断であるというのが私の感想」
無表情も度が過ぎれば逆に内心を如実に表す鏡と化す。眼光の鋭さと言葉の端々から滲む激情も相まってレレイも内心で大いにお怒りであるのが伊丹にもハッキリ感じ取れた。
こうなれば流石の伊丹も腹を括らざるを得ない。
「分かった、分かったよ」
馬乗りにされたまま両手を上げて降参を示す。
顔の両横から杖と石突が取り除かれ、腹部から圧迫感が消えると、伊丹は服に付いた埃を払い落してからレレイとロゥリィへ改めて向き直った。
「2人とも、頼む。一緒に炎龍退治に来てくれないか」
片方は相変わらずの鉄面皮のまま、もう片方は満面の笑みと共に。
2人の少女は異口同音に「「当然」」と答えるのであった。
<現在>
柳田明
具体的な名称を省いた上で事の経緯を一気に語り終えた柳田は、喉を湿らせる為に近くの自動販売機で購入した缶コーヒーを臓腑へ流し込む事で噴き出そうな激情をまとめて飲み込んだ。
無理矢理押し戻したものを少しでもガス抜きしようと、努めて冷静な口調を装い己の心境を語っていく。
「俺には全く理解出来ないんだ。そりゃ
その上でこの選択だ。ああスゲェよ、まさにおとぎ話の英雄様に相応しい選択さ。
理解出来ないのは他の奴らの事なんだ」
声が震え、手が震え、きつく加えられた握力によって缶コーヒーの容器が柳田の手の中でひしゃげた。
「何でアイツの周りに居る奴らに付いていこうとするんだよ!
頼まれてもいないのに、命令されてもいないのに、どうして自分から付いていくんだよ!
地位も、立場も投げ出して! 国益の為でも、自分の財布の為でもなし! 下手しなくても国際問題になりかねないのに!
死ぬかもしれないのに、これまで築き上げてきた努力も無駄になるかもしれないのに、どうして躊躇わずに投げ出せるんだよ! どうしてあそこまでムキになって付いていこうとするんだよ!
何でアイツらはあの馬鹿に付いていったんだよ……クソがっ!!」
とうとう堪え切れず、まだ中身の残る缶コーヒーを足元へ叩きつける柳田。まだ足りないと、長靴で缶を蹴りつけすらした。
荒れ狂う柳田を、老人は一切動じる事無くその隻眼で静かに見つめている。老人が驚きを露わにしたのは伊丹らの狙いが炎龍である事を告げた時の1度きりに過ぎない。
柳田が冷静さを取り戻すまで待った上で老人は尋ねた。
「若いの。お主は戦場で戦った事はあるか?」
「あ゛ぁ? ……いや、こちらはあくまで裏方の事務専門でね。アイツらのような最前線でのドンパチは1度もねぇよ」
「だろうな。なればこそ王宮の宮雀に似たお主には炎龍へ立ち向かう道を自ら選んだその者達を理解出来ぬのも当然であろうよ」
「……何が言いたい」
「剣も矢も飛んで来ぬ後方にて、武器ではなくペンを手に本国や王宮の担当者相手に兵員や糧食の手配を請け負わせる事務屋の存在が無くば、前線の兵達が万全の状態で敵と戦えぬのは当然の理屈。その職務を誇りとして自身の頼り所とする気持ちもよーく理解出来るとも。
だがな、直接命のやり取りがされる戦場で過ごしてきた者らにしか分からぬ理屈があるのもまた事実なのじゃよ」
老人――エルベ藩王国の主、自衛隊に殲滅された連合諸王国軍の生き残りであるデュランは、自らも長らく戦場に身を置いてきた立場として柳田に武人としての観点とでもって説いていく。
「同じ部隊に身を置き、同じ行軍をこなし、1つの焚火で暖を取り、同じ鍋のスープを啜り……同じ戦場で同じように泥に塗れ、血を流し、背中合わせに助け合いながら戦った者同士だからこそ、時には血縁よりも遥かに濃い絆で結ばれるものなのだ。
故に、どちらかが苦境に立たされ、自殺紛いの戦いに出向かねばならなくなった時、危険と分かっていながら片割れもまた全てを投げうってでも助けに駆けつける道を選ぶのじゃ」
デュランが立ち上がる。生身の右腕を柳田へ伸ばすと、握り拳を彼の胸元に押し付けた。
敗者でいながら老獅子の如き老練さと雄々しさを未だ兼ね備えた老人の手もまた、長年武器を振るい続けた武人のそれであった。
「何故か? それは友を見殺しにしてしまっては己の魂が死んでしまうからだ。
誰が為にではなく、己が魂の為に、兵士は、騎士という生き物は命を賭けるのだ。それが武人の生き方なのだ」
『友情は魂の結びつきである』 ――ヴォルテール
しばらく書いてないとやはり腕が鈍りますね。
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