GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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今話は通常よりも極端な暴力描写が多いので苦手な方は注意。

また何時もよりMWシリーズオマージュ過多です。


7:Zero Tolerance/起爆

 

 

 

 

 ――怒りとは火薬のようなものだ。

 

 

 

 

 

 

 

<15日前/0:00>

 伊丹耀司 第3偵察隊・二等陸尉

 帝都近郊・ピニャ邸宅

 

 

 

 

 

『間もなく地震が発生する恐れあり。注意されたし』

 

 

 悪所街事務所の新田原よりそのような警告が伊丹らの下へと入電されたのがほんの5分足らず前。

 

 ピニャの屋敷に滞在していた自衛官らは大急ぎで装具を身に着け、まだ起きていた菅原に警告し、既に寝床で熟睡中だったピニャ達も叩き起こして城館を飛び出した。

 

 まさに新田原の警告通り地震が襲ったのは屋敷近くの森へと逃げ込んだまさにその直後であった。

 

 震度は体感で3から4と推定。

 

 地震大国日本で生まれ育った伊丹や菅原といった日本人組は、揺れた当初は驚いたものの数秒と経たず平静を取り戻し、周囲を気遣うどころか揺れの強さを冷静に分析し合う余裕をピニャ達に見せつけた。

 

 逆にピニャ達特地の人間の狂乱具合は凄まじいものであった。

 

 地震という概念自体が特地ではほぼ認識されていないのだと日本側が知るのは後の話である。地震という未知の衝撃に心も体も文字通り震撼させられたピニャ達が、まるで世界の終わりが訪れたかのような感覚に陥ったのも当然の事と言えよう。

 

 故に数十秒続いた揺れが収まった後も伊丹から余震について説明を受けて再び震え上がったピニャは、地震に対する恐怖と日本人組が見せた頼もしさが目に焼き付いていたが為に、

 

 

「イタミ殿、お願いだ。妾のそばに付いていてもらえぬか」

 

「いや、でも不味いでしょう? 皇帝陛下の所へ我々が付いてっちゃ」

 

「よい! 妾が許す! だから妾から離れないでくれ!」

 

 

 互いの立場だとか事情だとかうっちゃったピニャは伊丹の手に縋り付き、涙ながらに懇願しちゃったのである。

 

 ――この選択を、後にピニャは心底後悔する事になるとは露とも知らず。

 

 成り行きで伊丹達は敵対国家の中枢、帝国の皇宮へとピニャに案内されるがまま踏み込む事となったのだ。

 

 混乱を通り越して静寂すら漂う皇宮内部、驚きのあまり呆けて動けずにいる廷吏と近衛兵、寝台で憔悴する帝国皇帝でありピニャの父親であるモルト・ソル・アウグスタス。

 

 そしてピニャと皇帝に同道して移動した先の謁見の間で伊丹達が目撃したのは。

 

 

「これがノリコだ。門の向こうから攫ってきた虜囚の生き残りよ」

 

 

 ピニャの兄、帝国第1皇子ゾルザルによって全裸で鎖に繋がれた姿で引きずり回される日本人女性の姿――

 

 最初自衛官らは、ゾルザルが首輪に繋いだチェーンを手に引きずってきた女達の中に混じる同胞の存在に気付く事が出来なかった。

 

 独特な特徴を持つ亜人は一目で識別出来たが、獣耳も尻尾も持たぬ普通のヒト種の現地人と比べてすぐに判別出来ぬ程に、ノリコと呼ばれた女性はボロボロな有様だったのだから。

 

 だからこそ、掠れがすれにノリコが発した「許して」という日本語の懇願を耳にして。

 

 よりにもよって同じ日本人が異世界に拉致され奴隷として扱われていたという現実をこの瞬間、ようやく知った伊丹達は――

 

 

 

 

 ――怒りとは火薬のようなものだ。

 

 些細な刺激で爆発するかと思えば、強い刺激が与えられても容易に爆発しない場合もある。

 

 伊丹耀司の場合は――

 

 

 

 

 

 

 それは謁見の間に集結した誰もが止められなかった程に素早く行われた出来事だった。

 

 

「おい、クソ野郎(・・・・)

 

 

 それが己に対して吐かれた暴言であると認識するよりも早く。

 

 反射的にゾルザルが顔を上げた次の瞬間、彼の顔面を伊丹の拳が打ち抜いていた。

 

 細身の三十路男性とは思えぬほど固められた拳がゾルザルの頬を抉る。

 

 右腕を貫く衝撃。顎の骨は無理だったが歯を数本砕いた手応え。伊丹より一回りは大きい体格のゾルザルの肉体は背中から崩れ落ち、そのまま床の上で派手に一回転した。

 

 

「貴様! この無礼者が!」

 

 

 ゾルザルが引き連れていた取り巻きが殺意も露わに一斉に剣を引き抜く。

 

 その数15名。全員が最低でも剣や槍で武装し、半数以上は楯という防御手段すら所持している。

 

 日本政府側は菅原を含めても4名。しかもゾルザルをブン殴る為に伊丹が突出している状態だ。

 

 一見、物量差は明らかだ。

 

 ……彼らは不運だった。

 

 目の前にいる人物が何者なのかを知らず、本質を見抜くだけの観察眼も備えていなかった。

 

 目の前に立つ伊丹の眼に、限りなく冷たく制御され、研ぎ澄まされた殺意が宿っているのを、帝国皇子の権力に相乗りして甘い汁を啜り続けた結果淀んだ魂の持ち主と化した彼らは見抜けなかった。

 

 突如伊丹がゾルザルを殴り倒す瞬間を目の当たりにして一瞬思考が停止したピニャが、武器を手に殺気だって伊丹の前に立ちはだかる兄の取り巻きという光景を目にして咄嗟に叫んだ言葉の真意を理解出来たのは、彼女の隣にいた皇帝ただ1人。

 

 

「ダメだ、待ってくれ(・・・・・)イタミ殿!」

 

 

 待たなかった。

 

 ピニャの叫びを伊丹は無視した。

 

 伊丹はTシャツに直接コンバットベストを着込んで愛用のM14EBRをスリングで胸元に吊るし、レッグホルスターに拳銃という完全武装。M14EBRに装填されているのは50連ドラムマガジンだ。

 

 レッグホルスターのグロック18を抜く。

 

 西部劇宜しく腰だめの片手撃ちを最も近くの敵にまず2発。どてっ腹に鉛玉を喰らった男は、何が起こったのか分からない顔で自分の血の中に倒れ込む。

 

 聞いた事のない破裂音が連続したかと思うと、仲間が腹から血を流して死んでしまった。驚いた他の取り巻きは襲い掛かろうとしていたのを忘れて硬直してしまった。

 

 殺意を露わにした伊丹を前にその行動は愚行そのものだった。

 

 親指でスライド横のセレクターを押し下げる。射撃機能をフルオートに切り替え。

 

 腕を振り回すようにして引き金を絞れば、毎分1200発で吐き出された9ミリパラベラム弾がゾルザルの取り巻きへ降り注ぐ。

 

 忘我のツケを、彼らは命で支払う羽目になった。

 

 1秒で20発放つ連射速度ともなればたかが拳銃のマガジンなど一瞬で撃ち尽くす。数名薙ぎ払った所で射撃が止まる。弾切れを示すホールドオープン。

 

 運良く腕を掠めただけに留まった取り巻きが剣を上段に構えて突撃する。

 

 再装填は間に合わないと伊丹は判断。退いて距離を取るか、M14を楯にしていなすか。

 

 伊丹が選んだのは逃げるのでもなく守るのではなく――

 

 

「死ねぃ!」

 

 

 前へ。

 

 突き出された切っ先をかいくぐってのタックル。相手の腰めがけて斜め下から突き上げると同時に両腕で相手の膝裏を抱える。

 

 体格は取り巻きが上でも、鋼鉄製のライフルと予備弾薬や防弾プレートで膨らんだコンバットベストを着用している分、最低でも十数キロ加算されている伊丹の方が有利だ。

 

 また伊丹は栗林ほど特化はしていないが自衛隊員として格闘戦の技術を学び、そして特殊部隊員として栗林を遥かに超える実戦経験を積んだ存在である。

 

 自然と銃以外の殺しのテクニックも身に沁みついている。体勢を崩した敵を転がすやり方もその1つだ。

 

 剣は振るい慣れていても、異世界産の相手を転ばすテクニックに対応する間もなく、取り巻きは受け身すら取れず背中から落ちる。

 

 後頭部を打った取り巻きが一瞬意識を飛ばしている隙に伊丹はマウントを取る。

 

 彼の右手が独立したパーツのように閃くと、スライドが後退したままのグロックはレッグホルスターに突っ込まれ、代わりに腰の鞘から抜かれた64式銃剣が握られていた。

 

 切っ先が取り巻きの喉へと突き立てられる。気管と食道を両断し頸椎まで達した手応えがした。

 

 銃剣と傷口の隙間から飛んだ紅の飛沫が伊丹の頬を汚す。

 

 

「ひ、怯むなっ! 囲んで押し潰せ!」

 

「う、わあああぁっ!」

 

 

 ゾルザルの檄に背を押されたのか。

 

 あるいはいともあっさりと死に様を晒していく仲間の姿に半狂乱となったのか、他の取り巻きが楯を身構えて伊丹を押し包もうと試みる。

 

 10名近い兵士が組んだ戦列を前にしても伊丹は動揺を見せない。

 

 冷静にM14の安全装置を外すと膝射姿勢を取り、迫る戦列へと向けた。

 

 拳銃弾を上回る轟音が謁見の間で連続した。

 

 生半可な防弾プレートも通用しない大口径ライフル弾相手に木製の楯や薄っぺらい鎧など無力も同然。

 

 伊丹のM14だけでなく、戦列を脅威と判断した栗林と富田も上官の指示を待たずに銃撃へ加わる。

 

 富田と栗林も戦闘用装備を一通り装着しての完全武装だ。

 

 富田は特地派遣部隊に於ける規定通りの装備だが、栗林は伊丹を真似てか私物のコンバットシャツ姿にチェストリグとコンバットグローブを組み合わせている。

 

 武器の方も富田のように64式ではなく、箱根で使っていたMK46軽機関銃だ。防弾チョッキを着ていないのもあってやはり箱根の時と同じく、持ち前の爆乳がチェストリグと弾薬ポーチによって強調されていた。

 

 軽機関銃は1丁でアサルトライフル10丁分と称される火力を持つ。

 

 防御陣形を組んだ残りの取り巻き全員が、その楯ごと撃ち抜かれるまでに10秒とかからなかった。

 

 わずかな間に引き連れてきた取り巻き全員が皆殺しにされる様を見せつけられたゾルザルは、ただその場で愕然と立ち尽くすのみ。

 

 伊丹が弾切れになったドラムマガジンを捨て、通常の20連マガジンから最初の1発を装填する金属質の動作音が静寂を取り戻した謁見の間に鳴り響く。

 

 それが合図だったかのように、ゾルザルの体が見えない釣り糸が切れた操り人形よろしくその場に崩れ落ちた。へっぴり腰な姿勢で震える彼の目は殺戮の口火を切った伊丹を捉えている。

 

 こちらも弾切れのままだったグロック18にも新しいマガジンを叩き込むと、死体の喉に突き立ったままの銃剣も回収する。ゆっくりと引き抜かれた銃剣の刀身は紅く濡れていた。

 

 血が滴る銃剣を手にしたまま、伊丹はへたり込んだゾルザルへ向けてゆっくりと歩みだした。

 

 帝国の皇太子を見下ろしながら伊丹は気付く。ゾルザルの表情は恐怖に引き攣っていながらも、そこに後悔や罪悪感の類が一欠けらも含まれていない事を。

 

 震える瞳の根底にあるのは一方的な怒り。

 

 何で自分がこんな目に。一体自分が何をしたというのか。自分がこんな目に遭うなど許される筈が無い……己の悪行をこれっぽっちも認めず、己の行為の責任を周囲に押し付ける事しか知らない、理不尽な憤怒。

 

 生涯に渡り周囲に当たり散らし、後始末を人に押し付けて生まれ持った地位と権力に酔うがまま、報いも受けず淫欲と暴虐を振るってきたであろう事は、ゾルザルの顔と鎖につながれた全裸の女達を見れば一目瞭然だった。

 

 これまではそれが許されたのだろう。

 

 だが伊丹は許さない。

 

 1人の男として、軍人として。

 

 非合法な任務に携わり、一時は世界から追われる身となり、それでも許されざる者への裁きを果たした存在として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒りとは火薬のようなものだ。

 

 些細な刺激で爆発するかと思えば、強い刺激が与えられても容易に爆発しない種類もある。

 

 だが爆発しにくいからといって威力まで大人しいとは限らない。

 

 むしろ現実は逆だ。ニトログリセリンは僅かな衝撃でも爆発するが、成分を調整された現代の爆薬には劣る。

 

 軍用のプラスチック爆薬は直接火に投じてもゆっくり燃えるだけで爆発を起こす事はない。だが内に秘めた威力は並大抵ではなく、条件が整えばあらゆる物体を粉砕してしまうだけの破壊力が解き放たれるのである。

 

 この世界(・・・・)の伊丹耀司はハッキリ言って後者である。

 

 それも飛び切り強力な破壊力と殺傷力、おまけに指向性まで帯びた最強クラスの危険物質だ。

 

 無関係の一般人を巻き込むような真似は出来る限り実行しない。

 

 だが一度敵と定めた相手には容赦せず、躊躇もせず。

 

 あらゆる手段を駆使して地の果てまで追い続ける。必ずやり遂げる。

 

 実際に彼は裏切りの報復に、仲間と共に秘密軍事基地を壊滅に導いた上で現役の米軍将官を殺害し。

 

 無辜の人々のみならず仲間を死に追いやった狂犬を追い回した結果、第3次世界大戦を終焉に導いた。その上で復讐も見事にやり遂げている。

 

 怒りとは火薬のようなものだ。

 

 一度臨界点を超えたが最後、封じられていたエネルギーが表に噴き出す事となる。それはまさしく火薬の概念そのものだ。

 

 

 問題はどのような形で噴き出すのかどうか。

 

 伊丹耀司の場合は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて皇子、貴方はこの女性を『門の向こうから攫ってきた生き残り』と言われましたが、それはつまり他にも攫ってきた人間が居るという事でしょうか」

 

 

 尋ねる伊丹の口調は丁寧だが、その口調とゾルザルを見下ろす眼光は氷のナイフのように冷ややかで鋭い。

 

 血に汚れた彼の顔と手にする銃剣が相まって周囲、特に伊丹の経歴を知るピニャの目には、まるで伊丹が死神の化身か処刑人に見えた。

 

 

「お願いだ兄上。イタミ殿の質問に答えてくれ!」

 

 

 曲がりなりにも血の繋がった兄を助けるべく叫ぶが、妹なりの気遣いにむしろゾルザルは逆上する。

 

 

「ふざけるなピニャ! 何故この俺が蛮族の質問に答える必要がある!」

 

「妾は兄上の事を思って言っているのです! お願いです兄上、これ以上イタミ殿を怒らせてはなりませぬ。彼は、いえ彼らニホン人は我々がこれまで相手にしてきた者達とは全く違うのです!」

 

 

 ピニャの脳裏に浮かぶは『門』の向こうで入手した第3次大戦の記録。核で焼き尽くされた都市と犠牲者、毒ガスに汚染された死の都、摩天楼を容易く火の海へと変えた鋼鉄の兵団。

 

 箱根山中から大島空港にかけて身を以って味わった戦いの記憶も生々しく蘇る。

 

 本来この場において非があるのは―日本人捕虜という要素を除外して考えた場合―問答無用で帝国の第1皇子を殴り倒した上、皇子の取り巻きをよりにもよって皇帝の前で皆殺しにするという、明らかに過剰な対応を取った日本側であろう。

 

 しかしピニャは地球側における第3次大戦の内容と伊丹が成し遂げた偉業を知っている。また偏った情報収集の結果、自衛隊もNBC(核・生物・科学)兵器を運用していると未だ勘違いしたままだ。

 

 第3次大戦の情報がなければ「捕虜の扱い程度で何故ここまで積み上げた講和交渉をぶち壊しにするのだろう?」という疑問の下、ピニャは伊丹や菅原を問い詰めていただろう。

 

 だが核や化学兵器の威力を知ってしまった今のピニャは。

 

 日本を怒らせた報復に核や化学兵器を帝都に撃ちこまれてしまうのでは……という恐怖に真っ先に襲われてしまっていた。

 

 故に、ピニャは帝国第3皇女でありながら、よりにもよって皇宮のど真ん中で父親である皇帝と第1皇子である兄の前で、思わずこう叫んでしまう。

 

 

「このまま帝国が彼らニホンによって滅ぼされても宜しいのですか!?」

 

「馬鹿をピニャ、貴様臆病風に吹かれたか!」

 

 

 口論を繰り広げる兄妹だが、伊丹には会話の内容など知ったこっちゃないとばかりに、

 

 

「今はこちらの質問に答えてもらいましょうか」

 

 

 肩を掴んでゾルザルを振り向かせる。

 

 

「煩い! 無礼者に答える口などな――」

 

 

 ない、と言い終える前に再び打ち込まれた伊丹の拳がゾルザルの口を強制的に塞いだ。

 

 大きくピニャと皇帝の居る玉座方向へとたたらを踏む。

 

 その拍子に腰に佩いた長剣がガシャリと音を立て、ようやく武器の存在を思い出したゾルザルは慌てて剣を抜こうとするも、上手く抜けない。ナイフ程度ならともかく長物は慣れていないと咄嗟に抜くのは難しいものだ。

 

 武器を抜く事すら手間取るゾルザルへ容赦なく追撃を加える伊丹。

 

 片方の手に握った銃剣を一振りし剣を提げるベルトを切り裂いてからゾルザルの手から払いのけ、もう一方の手でゾルザルの胸ぐらを掴む。

 

 引き寄せて強烈なヘッドバッド。鼻の骨が砕ける感触。

 

 

「武器もまともに抜けない軟弱野郎が、それとも無力な女にしか相手に出来ない卑怯者ですか? ねえ皇子殿下」

 

「おごご」

 

 

 文字通り鼻っ柱を砕かれたゾルザルは悶絶して伊丹の言葉に反論すら出来ない。

 

 更なる暴力がゾルザルへと襲いかかる。まず顔面を抑えて背中を丸めるゾルザルへ右のアッパーカット。

 

 真下から顎をかち上げられ、棒立ちになった所へボディブローの連撃。適確に内臓を叩かれるという初めて味わう苦しみにゾルザルの額と背中に脂汗が噴き出す。

 

 バットスイングを思わせるバックブローをまたも顔面に食らうと、とうとう立っていられなくなったゾルザルは床へ倒れ込んだ。それでも伊丹は止まらない。

 

 

「答えろ。質問は既に拷問に代わってるんだぜ!」

 

 

 叫びながら横たわるゾルザルの頬に2度3度と拳をめり込ませる。

 

 

「何故あんな真似ができた? 日本から攫ってきた残りの捕虜は一体どこにやった!」

 

「お、お゛れはじら――」

 

 

 殴打音。鶏の断末魔じみた情けない悲鳴。

 

 

「答えが違う。こちらの質問に答えるんだ!」

 

「ゆる、ゆるじで」

 

「言え! 一体、どうしたのか、言うんだ!」

 

 

 続けざまに顔面と腹部を交互に殴られ続けたゾルザルの顔は半ば原形を留めていない。

 

 己の子供、それも帝国の第1皇子である我が子が散々打擲される様を、皇帝は娘共々特等席で見せつけられる羽目となった。

 

 ゾルザルを打擲する伊丹を突き動かしているのは間違いなく憤怒には違いない。

 

 だが激しい原動力とは正反対に、ゾルザルの取り巻きを皆殺しにし今も殴打を続ける伊丹の表情と眼光、漂わせる気配は極限まで冷え冷えとしている。

 

 極限まで研ぎ澄まされ、制御された殺意というものの見本を、皇帝はこの場で目の当たりにしていた。

 

 ピニャは言っていた。『イタミを怒らせるな』と。

 

 こうも言っていた。『二ホンを怒らせたらこのまま帝国が彼らによって滅ぼされてしまう』とも。

 

 

「ピニャよ、お前は一体二ホンの何を見、何を知ったというのだ」

 

「我らの理解など遠く及ばぬ異世界の戦争の歴史を知り、帝国が滅ぼされる未来を幻視いたしました」

 

「ニホンの力とはそれほどのものなのか」

 

「陛下、いえ、父上は想像がつきますか? 民も都も等しく焼き尽くす神の炎を。人も土地も汚染する毒の煙を。イタミ殿やスガワラ殿の世界ではそれらが使われた戦争により一億人もの犠牲者が出たのです」

 

「何と、それは真か」

 

 

 玉座に腰を下ろした皇帝は惨劇の場から目を逸らすと娘の顔を見上げた。

 

 そして絶望と諦観が滲む表情を浮かべてボコボコにされ続けるゾルザルを眺めるピニャの瞳に宿る、危うい光に気付く。

 

 彼女の中に在るのは正しい狂気。己の発言と考えが正しいと心底信じ込み、だがその正しさの重圧によって狂いそうになっている。

 

 これほどまでに憔悴しきったピニャを皇帝は初めて見た。

 

 

「……そしてそのような甚大な規模の戦争を、和平に繋がる重要人物を戦争の首謀者から見事に救出するのみならず、首魁を抹殺しその身1つで戦争終結に導いた立役者こそがイタミ殿なのです」

 

 

 更なる驚きに襲われた皇帝は視線を再び伊丹へと向けた。

 

 伊丹は鉄拳の連続を止めると、最早逃げ出す気力も残っていないゾルザルの下から一旦離れて紀子を繋いでいた鎖を拾い上げ、ゾルザルの首に巻き付けて今度は窒息責めに移るところだった。

 

 取り巻きを皆殺しにした武器よりも何よりも、どこまでも冷徹な殺意を放ち、的確に暴力を行使し続ける伊丹にこそ皇帝は脅威と恐怖を覚えた。

 

 

「ごぼっ、お゛、ぶぼぉぉぉぉぉっ」

 

「攫った人達の数と、場所を、吐けって言ってるだろ!」

 

「ぶべげっ!?」

 

 

 鎖による締め付けで気道を強制的に塞がれる苦しみに悶える。口や鼻に溢れた血が逆流して詰まりそうになったら、鳩尾を殴りつけて無理矢理吐き出させる。

 

 どこまでも容赦なくゾルザルに問いと暴力を投げ加え続ける伊丹のその姿は、日本人拉致の現場に一気に思考が沸騰した菅原や富田の額と背中に恐怖の冷や汗を浮かばせる程だ。それは遅れてやって来た大臣や皇宮の近衛兵も同様だった。

 

 栗林だけは、うっとりと拳を血で染める伊丹の姿に熱い視線を注いでいたのだが。

 

 見る者全員……訂正、1人を除いてドン引きさせる程の暴力を行使し続ける伊丹。だが遂に勇敢にも彼を止めに入る者が現れた。

 

 紀子と同じく全裸でゾルザルに引きずられていた性奴隷の1人、白い兎の耳を持つ女。

 

 

「それ以上したら、殿下が死んじゃう」

 

 

 割って入ったヴォーリアバニーの女に言われた伊丹は、ゾルザルの首を締め上げていた鎖から力を抜く。

 

 女性の健気さに絆されてようやく落ち着いてくれたかとピニャは安堵する。

 

 ……が、安心するには早過ぎた。

 

 一旦ゾルザルから離れたかと思いきや次の瞬間、伊丹が放った前蹴りがゾルザルの方へと叩きつけられた。

 

 女性が止める間もなくまたも転がされたゾルザルへ再び伊丹の足が振り下ろされる。

 

 分厚くギザギザした軍用ブーツの硬い靴底がゾルザルの股間へとめり込む。特にコリコリした部分が床と靴底に強く挟まれるよう念入りに。

 

 最早悲鳴らしい悲鳴すら上げられぬほど蹂躙されたゾルザルの喉が、奇怪な音程の吐息を長々と発した。

 

 

「これが最後通告だ。他に攫ってきた人達をどうしたか喋ってもらいましょうか」

 

 

 ホルスターから抜いたグロックを突きつけて改めて尋ねる。

 

 ちっぽけなよく分からない素材製の武器がどれほどの火力を秘めているのか、その目に焼き付いていたゾルザルはガクガクと何度も頷くと、息も絶え絶えに紀子以外は奴隷市場に流したと告げる。

 

 

「そうですか。ようやく素直になってくれましたね」

 

 

 その答えにようやく満足したのか、股間に集中していた圧力が一気に消え、伊丹が背を向けるのが半分潰れ、半分真っ赤に染まったゾルザルの目に映った。

 

 だがゾルザルは見落としていた。伊丹がまだ拳銃を戻していない事に。

 

 

「――じゃあこれは銀座の犠牲者の分だ」

 

 

 振り返る伊丹。彼の手に握られた拳銃がピタリとゾルザルへ突きつけられる。

 

 

「ま、待て!」

 

「嫌だね」

 

 

 躊躇ない発砲。周囲が止める間もなかった。

 

 ガクリとゾルザルの体が崩れ落ちる。

 

 

「兄上!」

 

「殿下!」

 

 

 悲鳴を上げて駆け寄るピニャ。色めき立つ大臣や近衛達。

 

 そんな彼らに伊丹は冷徹に告げる。

 

 

「殺しちゃいませんよ。でも本当に撃たれたと思い込んでショック死した可能性はあるかな?」

 

 

 伊丹の言った通りゾルザルの肉体に弾痕は刻まれていない。放たれた銃弾は頭の近くを通り過ぎただけだ。

 

 それでもある意味止めを刺すには十分だったらしい。白目を剥いて血の泡を吐きながら気絶したゾルザルの股間から、血とは別の液体が漏れて謁見の間の床を汚していく。

 

 今度こそ満足した伊丹は菅原達の下へと戻る。

 

 いい加減頃合いだ。

 

 

「皇帝陛下。講和交渉は我が国より拉致された者をお返し頂いてからとなります。

 どのような神を信仰されているかは存じませんが、彼らが生きている事をどうぞお祈り下さい。

 ピニャ殿下。後でその者達の消息と、どのように返していただけるかを聞かせていただけるものと期待しております」

 

「分かった、出来る限り何とかする。いいや必ずその者達を探し出して保護してみせる。だから――」

 

 

 見捨てないで。

 

 滅ぼさないで。

 

 ピニャが何を懇願しようとしたのかは分からない。最後まで言う前に再び地震が発生し、彼女の言葉は悲鳴に変わってしまったからだ。

 

 余震に怯え驚きふためくピニャや皇帝、近衛兵らを横目に、伊丹達は紀子を連れて悠々と皇宮からの脱出を果たすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメン菅原さん、カッとなってやっちまった!」

 

 

 ようやく頭が冷えた伊丹が菅原に平身低頭するまであと数分……

 

 

 

 

 

 

 

『この国だ。この国があいつを怒らせた』 ――『ゴルゴタ』

 

 

 

 




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8/6:指摘された震度に関し修正

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