またCoDシリーズにおける独自解釈も含まれます。
<20日前/10:32>
伊丹耀司 第3偵察隊・二等陸尉
ファルマート大陸・アルヌスの丘/自衛隊駐屯地
診療施設を退院した伊丹をデスクに山と積まれた書類の束が出迎えた。
書類の内容は伊丹が入院中の間、ベテランの桑原曹長指揮の下で偵察任務を行っていた第3偵察隊の報告書といったあれこれである。
ラノベや2次創作の文章を読むのは好きでも、お堅い形式的な文章の羅列ばかりで構成されたこの手の報告書の類が伊丹は大の苦手であった。
それでも自衛隊という仕事柄―特に『門』のこちら側は最前線も同然―下手をすると情報の見落とし1つ、書類手続きのミス1つを命という不可逆の代償で払う羽目になりかねない。うんざりした顔になりつつも中身に目を通し、指揮官のサインが必要な書類に記入していく。
すると他の隊を指揮している幹部自衛官が伊丹の存在に気付くと彼に声をかけた。
「伊丹二尉、検問所の連中が二尉宛ての荷物を預かってるんで退院したら取りに来てくれって言ってましたよ」
この場合、単に検問所と呼称した場合は銀座と特地を繋ぐ『門』前に設置された検問所を指す。自衛隊が活動に必要な物資や隊員個人宛ての荷物は必ずここを通過する。
伊丹が指揮する偵察隊のように駐屯地外で長期の遠征任務を行う隊員は珍しくない為、受け取る当人が駐屯地を離れている場合は検問所の倉庫で預かる決まりになっていた。
これに北側の~、南側の~という枕詞が付いた場合は、駐屯地外周を取り囲む防壁の各所に設けられた物を指す形になる。こちらがチェックするのは主に駐屯地を出入りする現地の物品や住人だ。
「倉庫が圧迫されるぐらい二尉宛ての荷物が大量に届いてるとか愚痴ってたんで、早く受け取りに行ってやった方が良いんじゃないですか?」
そう言われてしまっては適当に流すわけにもいかず、書類仕事の気分転換にもなるとばかりに伊丹は『門』前の検問所へと向かう。
人員を入れ替えたのか、検問所を担当する警備の自衛官は参考人招致から戻った時に担当となった隊員とは別人だった。
その隊員は伊丹の姿を見るなり慌てて直立からの敬礼姿勢を取った。
政府が発表したTF141時代の伊丹の功績による興奮はまだ冷めていないらしい。やっぱりこういうのガラじゃねぇなぁ、とつい苦笑してしまう伊丹である。
手をプラプラと振って敬礼を解かせるとさっさと本題に入った。
「俺宛ての荷物が届いてるって聞いて受け取りに来たんだけど」
「分かりました。荷物の確認と、それから量が量ですので付いて来て頂けますか」
どうやら予想以上の量が伊丹宛に送られてきていたようだ。検問所の奥の空間、郵便局か宅配便の配送所に似た専用の倉庫へと案内される。
「……もしかしてここに置いてあるの、全部俺宛てなの?」
「はい。これら全てが伊丹二尉宛ての荷物になります」
それは山と積まれたカーキ色のケースだった。
1個1個が少し手足を曲げただけで大人が入りそうな程のサイズをしている。チェックしてみると確かにいずれの箱にも受取人欄に伊丹の名前が書かれた宅配便の伝票が貼られていた。
ご丁寧に『天地無用』『精密機器に付き取扱注意!』のステッカーまで貼ってある。流石に下積厳禁はなかった。まあいかにも頑丈なケースに入っているのであれば大抵の物が乗っても破損する事はあるまい。
「全部野本が送ってきたヤツか」
送り主の名前を見ただけで中身が分かってしまった。
官給品以外にも自前の物が欲しいからと余ってる分でいいから送ってくれ、そう頼んだのは伊丹の方だが、特地に戻ってからこうも早くしかも大量に送ってくるとは予想していなかった伊丹はどうしたもんかと頭を掻いた。
宿舎の伊丹の部屋もそう広くないので置いておけるケースはせいぜい1個か2個が限度だ。
武器庫の空いてるスペースかいっそ空き部屋にでも置いておくか。でも何かあった時危険だしなぁ……などと悩んでいた伊丹の背中に、不意に日本各地の方言とはまた違うイントネーションが特徴的な声がかけられた。
「イタミじゃないか。もう退院していたのか? 知らせないなんて水臭いじゃないか」
振り返ると、アルヌス駐屯地でたった2人しか存在しないロシア人の1人が検問所のカウンターの外から手を振っているのが見えた。
「ようニコライ。どうしたんだこんなところで」
国外勢力によるタスクフォース141の情報流出、マカロフの手下の生き残りが起こした日本国内における特地来賓ならびに自衛官拉致・空港占拠テロ。
これらの事件によって政治的爆弾と化した伊丹を含むTF141の生き残りは、日本がイギリスとロシアと秘密裏に結んだ取引により、なし崩し的に特地へ避難していた。厳重に守られた『門』の向こうの異世界なら悪名高いテロリストどもも手が出せないという考えからである。
現在元アフガン帰還兵のニコライ、ほか元スペツナズのロシア人がもう1人に元
のイギリス人がアルヌス駐屯地に滞在している。
彼らの立場は一応駐在武官という扱いだ。非公式な取引によって特地にやって来た身なので一般には公表されていない。勿論、派遣部隊の隊員らにも緘口令が敷かれている。
裏取引による保護と聞くと拘束されているに近い扱いを想像しがちだが、実際にはニコライらは意外と自由に特地での日々を過ごしていた。
見張り役の隊員の付き添いさえあれば、一部の区域を除き駐屯地内の施設は大体フリーパスで出入りできる。これはどちらかといえば第3次大戦終結に貢献した英雄としてのネームバリューの賜物であった。
「工作員としてのお仕事さ。異世界の情報を待ち侘びてるクレムリンに送る報告書を外に送りに来たんだ」
元TF141メンバーがアルヌスに滞在する条件の1つが本国、つまりロシアとイギリスにのみ特別に特地の情報を流す事だった。
現時点でニコライらが送れる特地の情報は微々たる内容に過ぎない。
だが日本が『門』を独占している現在の状況にあって、現地に駐在武官という貴重な情報源を確保出来ただけでも十分だった。異世界を巡る競争に於いてロシアとイギリスは他の海外勢力に極めて大きな差を付ける事に成功したのだ。
……ここまで聞くと日本はロシアとイギリスに大きく譲歩し過ぎているように思えるだろう。
だが今回の裏取引が行われた当時は、むしろロシアとイギリスの方が譲歩した側だったのだ。
何せその時は日本に対し、あのアメリカがマカロフ残党が起こしたテロのどさくさに紛れて直接的な裏工作を仕掛けている真っ只中であったのだから。
そしてロシアとイギリスはアメリカの暗躍を盛大にぶち壊す格好で日本に加担した。裏工作の首謀者であるホワイトハウスのお偉方は当然ながら激怒し、それぞれの国民は知る由もないが裏の事情を知るアメリカとロシア&イギリス政府の仲は急速に悪化したりしてなかったりする。
首都や経済の中心地を含む大陸の東海岸を戦火に焼かれ、またヨーロッパ派兵でも軍事的に大打撃を受けた。
にもかかわらず第3次大戦の戦場と化した国々の中でもアメリカという国は、急速にその国力を回復させていた。何だかんだで世界一の超大国は伊達ではないのである。
また第3次大戦においてもロシア軍の侵攻を真っ向から受け止め、そして見事に勝利した(というのが世間一般の認識)事で更に名声を高めている。
日本との裏取引は、そんな超大国に真っ向からケンカを売ったも同然の行為であった。
化学兵器による首都の汚染が未だ続くイギリス。超国家主義派により強引過ぎる大規模軍事侵攻を強制され大量の犠牲を出し、世界からの評価も地に落ちたロシア。
国力が格段に落ち込んでいた彼らにとってもこれは賭けだったのだ。
そして彼らは賭けに勝った。今やロシアとイギリスは第3次大戦を終結に導き、あの狂犬マカロフを見事仕留めた英雄らの出身国として国内外の世論は右肩上がりに、国民の士気も一気に上昇した事で復興速度も急速に増しつつある。
ニコライは本国へ送る報告書をEメールではなく、わざわざUSBメモリーに記録した上で郵送で送るつもりのようだ。
戦闘や航空機の操縦のみならず、ハッキングもこなせる程度にはITに精通している彼だが――いやだからこそ自衛隊が構築した情報インフラを利用しないのか。
回線は完全に日本側が掌握しているのだから、電子的な検閲や盗み見は容易だ。情報の取扱いに敏感な元スパイらしいといえばらしい警戒であろう。
まぁそれを敢えて指摘する野暮な真似を伊丹はしない。特にニコライは今や貴重なTF141生え抜きの生き残りなのだから尚更だった。
「ちょうど良かった。ちょっとこの荷物運ぶの手伝ってくんない?」
それはそれとしてめんどくさそうな事は人に手伝わせて楽をしたがるのが伊丹という人間であった。
元より便利屋気質かつ気さくで陽気な性分のニコライは伊丹のお願いを快諾してくれた。
武器庫までは距離があるし荷物の量も量なので、検問所の警衛向けに配備された73式小型トラック(広大な基地内の移動用。民生の小型四駆を自衛隊用に改造)を借りて運ぶ事に。
「これ重たいぞ、気をつけろ」
「こりゃ堪えるな。歳を感じるよ」
ケースの1つ1つは本当に大の男が入っていそうな位に重たい。
曲がりなりにも英雄として顔が売れてしまった伊丹とニコライが何やら大仰なケースをえっさほいさと運ぶ光景は、当然ながら作業中の他の隊員らの注目を集めた。中には自分の仕事を放り出して2人の手伝いに加わる若い隊員すら存在した程である。
助っ人が加わったお陰で作業はすぐに終わった。手伝ってくれた隊員ら相手に感謝の意を述べ終えると、伊丹とニコライは小型トラックに乗って武器庫へ向かった。
到着し、そこの主である武器係幹部を拝み倒して武器庫の片隅に置かせてもらう許可を見事勝ち取ると、最初の荷物を運び込む。
武器庫の奥へ荷物を運んでいると、入り口付近からは死角になっていた武器庫の一角に伊丹の見覚えのある顔がいた。
「伊丹二尉、御久しぶりです」
「えっとアンタは……」
見覚えがあると言っても特地に派遣されてから知り合った人物ではない。伊丹の記憶が正しければもっと前に顔を合わせた事のある相手だった筈だ。
「確か礼文って言ったっけ? そう、特戦群で武器係をしてた」
「覚えておられましたか。日本を誇る救国の、いえ世界を救った英雄殿に覚えて頂けて感無量であります」
具体的な所属を思い出すと同時に疑問が生じる。戦闘要員ではない後方支援の武器係とはいえ、何故特殊作戦群の人間が特地に居るのだろうか。
「もしかして特戦群も特地に派遣されたのか? こないだ箱根であいつらもエライ目に遭ったって聞いたけど大丈夫なの?」
「は、それにつきましては……」
礼文の視線が一瞬伊丹と一緒に入ってきたニコライを捉えた。そのまま続けろと手振りで促す。
「二尉のおっしゃる通り、1週間前に一個小隊が特地入りを果たしたところです。箱根での戦闘におきましては若干の負傷者が出たものの既に全員原隊に復帰済みなのでご安心を。
これ以上の内容につきましては軍機につき、幕僚本部からの許可がない限りお答えできませんので悪しからずお願いします」
(そういやクリボーが近々帝国の首都のスラムに自衛隊の拠点を置くのに偵察隊が駆り出されるかもとか言ってたなぁ)
不正規戦のエキスパートである特殊作戦群が動員されるのは納得できる話だった。伊丹自身もまたTF141時代にブラジルのスラムで任務を経験した身でもある。
「ところで伊丹二尉、その荷物は一体……もしやその中身は」
礼文の視線が今度は伊丹とニコライの運んできた大型ケースへと向く。
ゴツいカーキ色の大型ケースを見ただけで中身を察したらしい礼文の目に、ちょっと危ない感じの光が宿ったのに伊丹は気付く。
だがそもそも、武器庫に持ってくるような荷物など極々限られているのだから誤魔化しようがあるまい。ここまで運んでおいてなんだが伊丹も中身を正確に把握していなかったので、説明ついでにケースをを開ける選択をした。
中身は案の定、伊丹の予想通り大量の銃器だった。
当然ながら対応した弾薬とマガジンも保護剤に包んで押し込んである。よくもまぁ『門』を通せたもんだと呆れてしまう伊丹だったが、伊丹の私物扱いで検査を通過できるよう自衛隊のお偉いさんと防衛大臣の署名付きの許可証を書いてもらったのは当の伊丹本人なのでこれはむしろ伊丹の責任と言える。
「ほう、これはこれは素晴らしい。H&KのM27IAR、しかも複数ですか。原形となったHK416は我々特殊作戦群でも使用していますが、まさか特地でお目にかかるとはまさに行幸。
しかも付属するマガジンはシュアファイアのMAG5、それも60連発と100連発のセットときましたか。どちらもM27を採用したアメリカ海兵隊では採用されていない代物ですが設計がSTANAGマガジンに準拠しているので、89式やミニミ軽機関銃にも使用でき従来のドラム式大容量マガジンよりも汎用性に優れ弾薬も5.56ミリNATO弾であるので弾薬の供給も容易に――」
「も、もしもーし? 礼文陸曹ー?」
更に危ない感じにギラつく眼光といい、聞いてもいないのにいきなりブツブツとまくし立てる礼文の姿は明らかに近寄っちゃいけない類の人のそれであった。
ぶっちゃけ今のうちに逃げ出してしまいたい。だが荷物を持ってくるまでの労力が無駄になる。
「よし。矛先がこっちに向かない内に残りの荷物をさっさと運びこんじまおう!」
「おいおい、放っといていいのかアレ」
ロシア人に呆れられながらも黙々と新たな武器ケースを車から降ろしては積んでいく。
2個、3個、4個、更にケースが運び込まれ、小型トラックの荷台からケースの山が減っていくのに比例し、運び込む様子を見物していた武器係幹部の顔色が次第に引き攣っていった。
まだ上の空で呟き続けている礼文を刺激しないよう、少しだけケースの蓋を開けて中身を確認すれば、自衛隊も日本警察も採用していない外国製の銃器(しかも最新型)がやはりギッシリと詰まっている。
短機関銃、軽機関銃、自動小銃に散弾銃、狙撃用大口径ライフル、グレネードランチャーにロケットランチャーまであらゆる種類の銃火器を網羅していた。
弾種も通常弾から、対テロ作戦向けに貫通力を抑え代わりに目標へ与える被害を高めたホローポイントに、逆に防弾装備対策として貫通力を高めた徹甲弾、果ては散弾銃用の榴弾から装甲車やヘリまで破壊する為に開発された
小規模な銃砲店ぐらいなら開けそうな数の武器と弾薬だった。チラリと中身を覗き見た武器係幹部の血相は更に悪化した。
なお、これらも書類上は全て『伊丹の私物』として扱われる。
「伊丹二尉、アンタら戦争でも始める気か?」
思わずアクション映画のお約束的な発言が飛び出してしまった辺りに、武器係幹部の動揺具合が滲んでいた。
「残りは隊舎の俺の部屋に置くから。ゴメンね邪魔して」
荷物の大半を運び終えるとさっさと立ち去る――寸前、伊丹の肩に誰かの手が乗せられた。
ゆっくりと振り向けば、何時の間にか現世に復活した礼文が伊丹の肩に手を置いたままの姿勢で伊丹を見つめていた。
伊丹にとっては意外な事に、その時の礼文の表情は至極真面目で、目に宿した光も重度のマニア独特の狂気のそれから真摯なものに変貌していた。
「伊丹二尉、元特戦群の一員である貴方にお願いがあります」
礼文の頼みとは、伊丹の私物扱いで持ち込まれたこれらの銃火器を特戦群に使わせて欲しいという内容だった。
今後特戦群が動員される任務において隊内で運用している武器だけでは不足する事態に備え、使い勝手の良い員数外の武器も多めに用意しておきたいのだという。
礼文のこの頼みの背景には箱根での戦闘が影響していた。
特戦群は箱根で使い捨てのゴロツキ連中を囮に砲兵まで動員してきたテロリストの罠に嵌り、死者までは出なかったものの作戦続行困難となる程に現場の隊員が被害を受けた。この事を後方の武器係である礼文なりに気に病んでいたのである。
「それぐらいなら構わないぞ。偵察隊の任務中は官給品の武器を持ってくし、これだけの武器俺や爺さんらだけじゃまず使い切れないだろうからな」
「ありがとうございます。お預かりした武器は全て自分がたっぷりの愛情を篭めて整備させて頂きます。ああどんな名前を付けようか……」
「あ、あはは……」
一転してまた危ない気配を放ちながらケース内の銃を頬擦りしだした礼文の姿に、頼みを聞いた事をちょっぴり後悔する伊丹であった。
そそくさと逃げ出すようにして伊丹はニコライを連れ武器庫を離れる。
「そういえば爺さんとユーリは何してるんだ?」
「あの2人ならプライスが「体が鈍る」とかでユーリを連れて訓練施設に向かうのを見かけたな。今頃現役の頃みたいに若い連中をしごいてるのかもしれないぞ」
「俺にはあの爺さんが現役引退して隠居してる姿がちっとも思い浮かばないよ」
<同時刻>
ジョン・プライス タスクフォース141・サバイバー/在特地・英国特別観戦武官
ファルマート大陸・アルヌスの丘/自衛隊駐屯地・訓練施設
プライスが降り立つや複数の敵が目の前に出現した。
まず最も近くに位置する剣を振りかざした敵兵へ64式小銃の銃口を向ける。
特地派遣部隊のメインアームである64式小銃はSASやTF141時代に主に使用していたM4よりも長く、重く、この手の
しかし向いていないのと使えないというのとでは意味が全く違う。使える武器が限定されるというのであれば、それに応じて使う側が合わせてみせてこそ優秀な兵士と言えよう。
そしてプライスは現在進行形で飛び切り優秀な兵士だった。
本来ならとっくに前線から引退し、空調の効いたオフィスでからはるか年下の兵士らを命令書1枚で過酷な戦場へ送り込む立場に居るべき人間だ。
それだけの年齢とキャリアと功績を兼ね備えていながら、プライスは未だ最前線で銃を撃ちまくり、敵を殺す事にこだわっている。ジョン・プライスという男は根っからの兵隊なのであった。
64式小銃の射撃セレクターは『レ』――フルオートにセット済み。
引き金を絞る。セミオートの高速連射ではなく、フルオートによる短連射。反動が肩を叩き、敵をあっさりと撃ち倒す。
半世紀が過ぎても自衛隊の主力として居座る64式小銃の評判は遠く離れたイギリス軍にも伝わっていた。また戦友の伊丹からも(ほとんど銃の出来についての愚痴が占めていたものの)この銃についての感想をプライスは散々聞かされていた。
一言でまとめれば『性能そのものは良いが、それ以外の部分で前線の兵隊の事が全く考慮されていない技術者の頭でっかちな銃』というものだ。
実際にプライスも64式小銃を握ってみるとその意見が的を得ていた事を思い知らされた。
持ち運ぶだけでも部品の脱落に気を付けなければならず、不意の襲撃を受けても素早い発砲を妨げる仕組みの安全装置というのは、確かに使う側の立場からしてみれば辟易とする銃である(尤も出来の悪い主力武器に関しては、イギリスもあの悪名高いL85を開発・採用してしまった経験があるのでお互い様なのだが)。
しかし歩兵用小銃としての耐久性・扱い易さはともかく、射撃性能そのものは優れているのもまた事実だ。
約4.3キロという重量は7.62ミリNATO弾という大口径弾が発生させる反動を受け止めやすく働き、分速500発という比較的低速の発射速度は銃口の跳ね上がりを制御可能な範疇に留めている。そして肝心の命中精度に至っては半世紀前の設計とは思えない程のレベルを秘めている。
短連射を繰り返して敵を次々と射貫く。敵の姿に混じって妙に露出の多いドレスの美女だとか、獣耳を生やした美少女が混じっているがそれは非武装の一般人なので撃ってはいけない。
次の部屋へ進む。64式の弾倉1つに付き装弾数は20発。中身を半分以上消費した装着分のマガジンを捨てて新たな物に換えておく。
更に撃つ。撃つ。撃つ。古代ローマ調の兵士を模した標的が命中の衝撃を電子的に探知し、起き上がってはパタパタと倒れる。
2度目のリロード。だがマガジンポーチへ手を移した瞬間、新たな標的が出現。
「!」
マガジンチェンジよりもサイドアームを抜いた方が早い。一瞬の早業で右手を閃かせ、レッグホルスターの拳銃を引き抜く。
こちらもまたSIG・P220を日本でライセンス生産した9ミリ拳銃という自衛隊仕様の装備だった。シングルカラムなのでこちらも装弾数の少なさに気を付けねばならない。
9ミリパラベラム弾の軽く鋭い反動と銃声。胴体に2発、頭部に1発。息の根を止める時は確実に、が特殊部隊の流儀である。
拳銃を構えたまま最後の部屋へ。この部屋へ入る前に
室内に金属製の筒を転がす。光を直接見ないよう入り口のすぐ横で身構えた直後、通常の手榴弾より起爆時間が短く設定された信管が炸裂。
壁越しに伝わった轟音に軽く痺れる全身を敢えて無視して室内へ。ボウガンをこちらへ向ける敵兵の頭部にダブルタップ。
最後の1人は短剣を手に人質を取っていた。盾代わりにされた村娘、その体からはみ出した頭部へ寸分の躊躇いもなく発砲――村娘に傷一つつける事無く敵兵の額に2つの穴が穿たれた。
最後に通路を抜けてゴール地点へ駆け込む。
「新記録更新だ。歳の割にまだまだ鈍っちゃいないなプライス」
彼の頭上、天井のない全ての部屋と通路を一望できる見物用の物見台からユーリの声が降ってくると、プライスはようやく足を止め、マガジンと薬室に装填された弾丸を抜いた上でホルスターに拳銃を戻すのであった。
その訓練場は
与えられた通称の元々の意味が示す通り、アルヌス駐屯地外部に設けられた演習場の一角の地面を一定面積掘り起こし、折り返した穴の内部に骨組みと仕切りを拵えて疑似的な屋内空間を再現したのだった。
この手の訓練施設はSASではキルハウスと呼ばれ、現在の軍隊における戦闘要員の大半がこのような施設で屋内戦闘の技術を積んでいる。自衛隊も例外ではなく、在日米軍の施設を借りて合同訓練を行っていた。
広範囲に穴を掘ってその内部に訓練用の空間を設けるという手法は、アフガニスタンに派兵された米軍を参考にしたものだ。
当時派遣された米軍も何もない広大な空間に基地を1から設ける羽目になったのだが、土台を固め支柱を打ち込み、外へ流れ弾が飛びださないよう頑丈な壁を用意し……
などと手間をかけるよりも、穴を掘ってその中に訓練場を拵えた方が手間も予算もかからないし標的を貫通した弾丸も土に埋まるから危険もない。そのような経緯からこの半地下の訓練施設が考案されたという訳である。
ピットでの突入訓練を終えたプライスも物見台へ上がった。
そこにはユーリだけでなく、自衛隊特地派遣部隊の中でも最前線での戦闘を受け持つ戦闘団所属の隊員らが集まり、プライスが行った模擬突入の一部始終を見学していた。
プライスとユーリも自衛隊員らに倣い、64式や9ミリ拳銃同様に貸与された迷彩服4型姿である。
彼らも皆このピットでの突入訓練を何度も経験していたが、プライスの記録は各戦闘団の普通科隊員らのコースレコードをぶっちぎりで更新していた。
ちなみにユーリも同条件で挑戦済みであり、プライスには劣るもののやはり隊員らに差をつけての2位を記録している。
兵士というカテゴリにおいて自分達の遥か高みに位置する技量を見せつけられた隊員らの表情は、決して打ちのめされた態度を見せる事無く、熱意と向上心、何よりプライスとユーリへの尊敬の念がありありと浮かんでいた。
「これが我々なりの見本だ。貴様らの腕は最高とまでは言えんが、悪くないとは言っておこう」
妙な事になったものだ、と老兵は隊員らの顔を見回しながら思う。
ユーリを連れて訓練施設を見学しに行こうと提案したのはプライス自身だ。だがまさか異世界まで来て若い兵士らに―それも祖国イギリスではなく他国の者達を―教えを請われる事になるとは流石に予想外だったのだ。
自衛隊の迷彩服と64式小銃をぶら下げた元SASに元スペツナズという珍妙な光景が誕生したのはそういう理由からであった。
だがまあ立場が立場なので軍事基地の外を見て回る許可が与えられず、異世界特有の事象に触れる機会もなく暇を持て余していた身としてはちょうどいい退屈しのぎにはなっているのでプライスの機嫌は悪くない。
「こんなもんはあくまで的当てに過ぎん。実際の敵のように撃ち返しても来なければ爆弾を腹に抱えて捨て身の特攻を繰り出しても来ない。
しかしだ。だからこそお前達はもっと早くクリア出来にゃならん。訓練で十分成果を出せないヤツは実戦では訓練以上に味方の足を引っ張る羽目になる。
仲間を殺したくなければ早く、上手く、正確に動けるようになれ。もっと早くやれるという見本は見せてやった。追い付きたければ訓練を重ねてとにかく己を磨き続けろ――分かったか?」
『了解です、教官殿!!!』
隊員らが一斉に唱和した。その音量は別の訓練施設を使っていた他の隊員らが驚く程であった。
「さて、ここまでで何か質問はあるか」
これまた一斉に隊員らが挙手。適当に希望者を選んでは質問内容に答えていく。
「近年での戦闘では射撃精度の観点からセミオートでの射撃が主流ですが、今回フルオートによる射撃を運用していたのはどういった理由からでしょうか?」
「2発3発程度の短連射ならわざわざセミオートでなくとも射手の腕で十分制御可能だからだ。遠距離ならともかく接近戦で友軍が少数、敵戦力が物量差で押してくる場合フルオートによる弾幕は精度の高い単発よりも効果を発揮するというのが俺が得た教訓だ。次」
「64式小銃の感想をお願いします!」
「撃てて当てられるだけまだマシだが、これを作った
「突入時のタイミングについて――」
プライスとユーリによる自衛隊員らへの特別教導は結局日が暮れるまで続いたという。
……なお今回の特別訓練に参加しているのはその場に居合わせた尉官以下の下士官らばかりであり。
部隊本部で書類作業中だった各戦闘団を指揮する隊長達はこの特別ゲストの飛び入り参加を後で知り、居合わせられなかった不運に佐官クラスの幹部自衛官が揃いも揃って大いに嘆き悲しんだ事は、どうでもいい余談である。
『書物よりは見聞、地位よりも経験が第一の教育者である』――アモス・オルコット
64式小銃ファンの方御免なさい(土下座2回目)
でもやっぱり半世紀もメーカーが改良せず放置は流石に言い訳不能と思うんですよ…
あとCoD系SSでプライス大尉に自衛隊の迷彩服着させて64式小銃撃たせるなんて作品はこれぐらいでしょうね…w
※5/15:指摘を受け銃器関係の描写を修正