0:Final Stand/プロローグ
『――歴史とは勝者が記すものだ』
世界は変わった。戦争が変えた。
『いいか、ロシア語は禁止だ』
『アメリカ人は俺達を欺けると思っていたらしいが――この死体が見つかればロシア全土が戦争へと突き進むだろう』
残虐なテロを引き金とした大戦を引き起こしたのは、たった1人の男の意志。
『95号線上空に戦闘機を目視! 一体どうやって侵入したんだ!?』
『ロシア軍は我が国の防衛通信網を分断しつつある。ここで阻止しなくてはならない』
ロシア軍、北米大陸へ侵攻。
――
『シェパード将軍、君の警告に我々は耳を傾けるべきだった……アメリカ政府は君に全権を委任する』
狂った男が生み出した戦火を止めようと、人知れず奮戦する兵士らがいた。
『私の手には全軍の指揮権がある。その全てをマカロフ抹殺に注ぎ込む』
『奴の罪が明らかになれば、主導権を我々の手に取り戻せるだろう』
――だがそれすらも嘘だった。
『ローチ、応答しろ! こちらプライス! シェパードの部隊が俺達を攻撃してくる!』
『シェパードに騙されるな! 奴は敵だ!』
兵士らを死に追いやったのは司令官の裏切り。
生き残った者達に与えられたのは大逆人の汚名。
《――――最重要指名手配:ジョン・プライス、“ソープ”・マクタビッシュ、ヨウジ・イタミ》
彼らが選んだ道は――復讐の猟犬と化す事。
『それで、これからたった3人でどうしようってんです?』
『決まっている。シェパードを殺すんだ、必ず』
猟犬は復讐を果たした。
だが獲物はまだ残っている。
『またマカロフが動き始めた。俺達も表舞台に戻るとしよう』
今度の標的はヨーロッパ全土。
『6時22分、ヨーロッパで同時多発テロが発生し、主要な軍関係および諜報機関が狙われました――』
『こちらラムシュタイン! 攻撃を受けている! ……違うガスじゃない、ロシア地上軍からの攻撃だ!』
ヨーロッパ全土がロシア軍の手に落ちた。
アメリカは大部隊を派遣すると共に現地軍の残存勢力と共同戦線を構築、反撃に挑む。
そして猟犬達もまた――
『マカロフは亡霊のようなものだ――我々にも亡霊が必要だな』
『ジョン、お前は皆の厄介者リストに載ってるんだ。情報を与える訳にはいかない』
『茶化すなマック。プリピャチでの借りがあるだろう?』
猟犬達は着実に獲物を追い詰めた。
――大きな代償を払いながら。
『聞いてくれ……マカロフは、ユーリを、知っている――』
『ダメだ、ダメだダメだダメだダメだ! ソープ、死ぬんじゃない、ソープ! ソープ!』
『もうダメだよジイさん……ソープは死んだんだ』
硝煙弾雨を潜り抜け、幾多の亡骸を乗り越えて。
『さよならだ、プライス大尉』
『マカロォォォォォォォフ!!!』
そして遂に、猟犬達の牙は狂犬を引き裂いた。
『……政府は1月21日遅く、ロシア超国家主義派指導者であり第3次大戦の首謀者とされるウラジミール・R・マカロフの死亡が確認された事を正式に発表しました』
戦争は終わった。世界を炎に包んだ狂犬も死んだ。
だがそれはたった1つの戦争が終わっただけに過ぎない。
世界各地に刻まれた傷跡は深く、失われた人命はあまりに多く。戦火の名残は燻り続け、やがて新たな炎となって次の戦火を呼び込むであろう。
それでも束の間の平和がしばらくは続くと人々は信じていた――すぐに破られる事になるとは知らずに。
『こちら銀座4丁目交番、緊急事態発生!』
次の発火点は――日本・銀座。
新たな戦火をもたらしたのは国内の反政府集団でも他国からの侵略者からでもない、文字通り異なる世界から『門』を通って突如出現した異形の軍勢。
巨大な『門』から溢れ出した『帝国』を名乗る異世界の軍勢による大虐殺は後に『銀座事件』と呼ばれる事となる。
国を跨いだテロは容易に国家間の戦争を巻き起こす。異国の皇族が現地過激派に暗殺されたサラエボ事件しかり、ツインタワーが崩壊した報復に米軍が中東へ侵攻した911テロしかり、そしてWW3の引き金となったロシア・ザカエフ空港襲撃しかり。
日本政府は『銀座事件』の賠償ならびに『帝国』の責任追及を行使すべく自衛隊の派遣を決定。
その中にはマカロフ暗殺の当事者の1人であり『銀座事件』の英雄でもある伊丹耀司二等陸尉も含まれていた――
世界を跨いでも人は殺し合いを繰り返す。
だが地球の兵士らは後に思い知らされる。
『門』の向こうの異世界では、敵は人間だけではないのだと――
<決着の日>
伊丹耀司 第3偵察隊・二等陸尉/原隊離脱中
ファルマート大陸・ロルドム渓谷
諦めな、と龍の翼を持つ女は冷酷に告げた。
「ただの弱っちいヒト種の男なんぞに主上さんの奥様になろうってぇお姉さまなんぞ相応しくないんだよ」
顔を煤と己の血で汚した伊丹の返答は、笑みの形に歪めた口元だった。
「だから俺を殺すのかい?」
「その方がお姉さまにまとわりつく蟲が減って主上さんも喜んで下さるだろーからな。どちらにせよ俺が殺さなくても、トワトとモゥトがテメェを喰っちまうだろうよ」
翼の女の背後には赤と黒、2匹の新生龍が控えていた。凶暴な眼光の主は等しく怒りと憎悪も露わに伊丹を睨みつけている。
心底逃げ出したくて仕方なかった。震えそうになる両足を奥歯が軋むほど噛み締める事で押さえ込む。
今度に限っては逃げ出してはいけない。立ち向かわなくてはならない。
身の丈もある巨大な魔鋼の鎌をクルクルと弄び、やがて軽い手つきで肩に乗せた人外の女は軽い口調で言い放つ。
「どうだいおっさん。今この場で跪いて頭を擦りつけるってんなら、苦しまないように俺がそっ首落としてやってもいいぜ? 今のこいつらは相当カッカ来てっからきっと楽には殺してくれねぇぜぇ」
「うーん、まぁ貴女みたいな美人さんからのお誘いはやぶさかじゃないんですけどねぇ」
「褒めてくれてあんがとよ……で、返事は? 楽に死ぬか、苦しんで死ぬのか、どっちなんだ?」
「――そのどっちも御免だね」
右太股のホルスターから拳銃を引き抜く。
拳銃を初めて見るであろう女はしかし、鞘から剣を抜き放つのに似たその動作に伊丹の行動が意味する所を即座に理解した。
面白いと言わんばかりに背後の龍同様、縦に割れた瞳孔を持つ目元を細めて伊丹を睨みつける。
「ハッ! 俺やお姉さまみたいな亜神でもなければ空も飛べないヒト種のおっさんが、俺と新生龍2頭を相手にしようってのか!」
「ジゼルさんって言いましたっけ? アンタは知らないだろうけど、『門』の向こう側では有名な言葉にこういうのがありましてね」
スライドを引く。薬室に弾丸装填。
「―――生きているのなら、神様だって殺してみせる」
――相手が人だろうが、怪物だろうが、龍だろうが、神だろうが関係ない――
――それが打ち倒すべき敵だというのならば、等しく打ち倒すのが兵士の役目――
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