※今回の番外編ではコミカライズ版担当の竿尾先生の過去作キャラが中心です。
こちらコンビニDMZ特地駐屯地支店異常なし(上)
駐屯地にはPXと呼ばれる施設が存在する。
日本語では酒保、名が体を表す通り酒類を筆頭にタバコや菓子類といった嗜好品、のみならず日用品や駐屯地に配備される部隊をモチーフとした記念品なども販売する、要は配属された自衛隊員らを得意客とする雑貨屋の事である。
雑貨屋と侮るなかれ、元より集団生活と娯楽の制限を常とし、駐屯地外で羽を伸ばすにも各種手続きが求められる駐屯地勤めの自衛隊員らにとって、面倒なく嗜好品を入手可能なPXの存在は貴重であり。
士官以上の上層部からしてみても、嗜好品や娯楽の有無で現場の士気が左右されてきた事例は枚挙にいとまがないとあって重要視されている。特に陸上部隊の駐屯地以上に閉鎖的、かつ長期間の航海が慣例である海上部隊の軍艦に至っては必須の施設であった。
……ちなみにこのPXという名称、米軍においては売店であると同時に郵便局としての機能も持つ施設を指す。また純粋に売店のみの施設の場合は、各軍によって別個の呼び名が与えられている。
閑話休題。
云わば兵隊向けのコンビニと例えるべきPXであるが、同じ駐屯地の敷地内に民間のコンビニが設けられる事例も珍しくない。正確には各駐屯地のPXそのものが民間委託という形でコンビニに置き換えられつつある。
これまた余談だが、大規模な駐屯地ともなれば小さな町と変わりなく、コンビニのみならず床屋に銀行もある。
スケールの大きさに定評のある米軍ともなればその傾向は更に顕著で、駐屯地内部に軍人の家族向け住宅地に学校に映画館、果ては教会からファーストフードのチェーン店まで置く始末であった。
アルヌスに布陣した自衛隊特地派遣部隊の総数は25000人。
自衛官のみでこの数だ。日本国内の下手な町よりも多い規模である。
さて特地はアルヌス駐屯地の場合である。
当然の如くPXが隊員達が毎日利用する大食堂に隣接する形で設置されていたが、より正確に表現するならばPXの名を被ったコンビニと言うべき代物であった。すなわち品物も、内装も、各種対応サービスもまんま日本式のコンビニそのままなのだ。
扱いも特地の自衛隊駐屯地に民間の大手コンビニが出店しているという形である。勿論店員も自衛隊員ではなく民間人だ。
しかしそこは出店した企業も初めての異世界という事で、多くの店員の中から修羅場と不測の事態に数多く対処してきた猛者を選出して送り込んだ。その賜物か、現時点では特に問題なく順調に売り上げが上がっているという。
選び抜かれた店員達には1つの共通点があった。
彼あるいは彼女らの前任地は海外の
そのコンビニの名はコンビニDMZという――……
<帰還から数日後>
伊丹耀司 第3偵察隊・二等陸尉/タスクフォース141・サバイバー
ファルマート大陸・アルヌスの丘/自衛隊駐屯地
「そういや伊丹隊長は食堂に新しく出来たコンビニにはもう行ったんすか?」
と、伊丹が部下である倉田三等陸曹からこのような話題を振られたのは、ちょうど夕食を取ろうと食堂へ向かう道すがらたまたま出くわした倉田と同道していた時分であった。
「いんや、俺が聞いた頃には開店準備中で店開きしてなかったから……ってか、そもそもそっちが言ってるのは大食堂の方だろ。俺とは食べる場所が違うじゃないか」
「そういえばそうっしたね」
「オイオイ」
一般にはあまり知られていないが自衛隊駐屯地には隊員用の食堂が2つ存在する。
尉官以上の自衛官が利用する幹部食堂と、それ以下の階級である隊員らが利用する大食堂だ。食事の場所は階級で区分されるのだが、食事内容は幹部の方が豪華かというと特にそういう訳でもない。
肝心なのは、何だかんだで特地派遣以前の段階で二尉というそれなりの地位にある伊丹が尉官未満の隊員が利用する特地駐屯地の大食堂を利用する機会などそうそう無い訳で、自衛官なら知ってて当然のルールを倉田が忘れていた事に怒るべきか呆れるべきか、悩んでしまう伊丹である。
とはいえ元々倉田とはオタク趣味仲間であるのに加え彼の明るい気風もあり、また今の伊丹にとっては隊内では
「で、そのコンビニなんですけど、何と今『めい☆コン』とのタイアップ企画で、商品を購入すると限定グッズが貰えるキャンペーンをこっちでもやってるらしいんすよ!」
「何だとぅ!?」
『めい☆コン』とは魔法少女達が登場する伊丹お気に入りの……まぁいわゆるその手の趣味人向けの作品である。アニメ化もされており、伊丹と倉田はそらでオープニングを歌えたりする。
「どうします隊長、行きますか?」
「ああ行こうか!」
そういう事になった。
かくして普段足を向けない大食堂へと倉田を引き連れて向かう伊丹である。
夕食の時間帯とあって大食堂へ近づくにつれ次第に他の自衛隊員らの姿は増えていき、彼らは伊丹の存在に気付くや一斉に直立不動となり、伊丹の通行の邪魔にならないよう大きく飛びのいた上で敬礼を行う。
上官への敬礼と道を空ける行為自体は隊内でよく見かける光景ではある。しかしすれ違う隊員らが敬礼と共に伊丹へ送るそのまなざしは、単なる上官に向けるものにしては過剰な程の畏怖と尊敬の念を帯びていた。特に若い隊員ほど顕著だ。
彼らに共通しているのは伊丹と直接接する事が少ない他部隊の人間である点だ。
つまり政府やマスコミの報じた伊丹(ならびにTF141)の功績という一面しか知らず、普段の伊丹の姿を直接見かけた事がない人々である。要は伊丹の下に配属される前の栗林の同類であった。
これが職場と人員の配置上伊丹と接する事が多い尉官以上の隊員達の場合、仕事をサボって薄い本やネット小説に耽溺してる伊丹の姿をよく見かけているのもあり、功績は称えつつも普段の彼を知らない者達のように憧れや敬意に偏った振る舞いはあまりしない。
伊丹としても、落ちこぼれの問題児扱いされている方が落ち着くのが本音である。
そんな訳で事ある毎に下士官らが見せる、まるでその業界に身を投じた原因である超大物スターを前にした新入りが如き反応に、当の伊丹は顔には出さずともいささかウンザリ気味であった。
「さっすが世界を救った英雄、モテモテじゃないっすか」
「うっさいよ倉田。俺はね、『喰う寝る遊ぶ、その合間にほんのちょっと人生』がモットーなの。なのに通りがかる度にこうもキラキラとした目で注目されたら、落ち着いて同人誌も読めやしないじゃないか」
「うわーそこら辺は変わらないんすねぇ。ネットじゃ伊丹隊長のオタク趣味はカモフラージュなんて意見もありますけど、やっぱりそっちが素なんすね」
「単なるオタクのままで居たかったんだけどねぇ……ああヤダヤダ、人生ままならないもんだ」
話しながら歩く内に目的地の大食堂へと辿り着いた。
腹を空かせた隊員らの食事を邪魔するのも忍びないので、配膳待ちの行列の傍らを倉田と一緒にそそくさと通過してPXへと向かう。
それでも上官であり自衛隊、いや今や世界屈指の英雄である伊丹の存在に気付いて慌てて姿勢を正す曹クラスのギョッとした気配を背後から複数感じ、彼らの視線から逃げるようにPXの陳列スペースへと飛び込む伊丹と倉田である。
「ほらここっすよ」
「何々、『DMZ・PX』……?」
PXを見回した伊丹は少しばかり首を傾げる様子を見せた。
「隊長、どうかしました?」
「いや、店の名前と様相にどことなく見覚えが……」
「そりゃコンビニなんて日本じゃそこら中にありますし、中身なんて何処も似たようなもんっすよ」
などと倉田は言うがどうにも引っかかる伊丹である。
このDMZというコンビニ、企業そのものは日本のみならず世界各国にも支店を出している業界大手だ。他のコンビニチェーンに無い特徴として、情勢が不安定だがその分他の企業が尻込みするような危険地帯でも躊躇いなく営業を行う事で実績を上げているのだと、伊丹もネットの記事を読んだ事があった。
「コンビニDMZ……戦場……あれは確かえーっと……」
「あの、たいちょー?」
「ちょっと黙っててくれ倉田、もう少しで思い出せそうなんだ」
来た目的を忘れて伊丹は考え込み始めてしまう。
すると商品棚の前で悩む伊丹の様子を見かねたのか、PXの店員がわざわざレジカウンターから出て彼の下へと歩み寄った。
「お客様、何かお探しでしょうか?」
「ああいやちょっと思い出せない事があってね。ゴメン、邪魔したかな」
聞き慣れないが、同時に聞き覚えのある声が伊丹の耳朶を打った。周りの目が入らないほど思考に没頭していた伊丹は顔を上げ、声をかけてきた店員を見た。
青と黄緑と白のストライプ模様なポロシャツ仕様の制服を着た店員は女性であった。ハッキリ言ってかなりの美人である。
艶やかな黒の長髪にスラリと長い手足、むっちりとボリュームのある尻、極めつけはこれでもかと制服を押し上げる見事な爆乳。
伊丹的に分かり易く表現するなら黒川と栗林を足して割った感じで、コンビニ店員よりもグラビアアイドルと言われた方がしっくり来るだろう。駐屯地内のPXにはいささか不釣り合いな程に魅力的な女性でった。
伊丹はその女性店員をまじまじと見つめた。
別に美貌に見とれた訳でも爆乳に目を惹かれた訳でもない。女性店員の外見に既視感を覚えた伊丹は、眼球という名の顔認証システムでもって脳内データベースにスキャンにかけているのだ。
「あれ? あのお客様どこかで……?」
既視感を覚えたのはどうやら伊丹だけではなかったようだ。女性店員もこめかみに人差し指を当てて考え込む素振りを見せた。
謎の展開に置いてけぼりを食らった倉田はとりあえず両者が結論を出すまで静かに見守る事にした。片や上官、片や美人爆乳店員、今後の関係を考えると余計な茶々は入れない方が良いという判断である。
数秒後、「ああ!」という叫び声が伊丹と女性店員の双方から同時に飛び出したかと思うと2人はお互いを指差した。
「WEBコミックの中の人!」
「フィギュアの人!」
「WEBコミック? フィギュア? ってか隊長、この美人店員さんとお知り合いなんすか?」
当の伊丹はようやく腑に落ちたという表情になって部下の疑問に説明し始める。
「ちょっと海外にいた頃に彼女とは以前顔を合わせた事があるんだ。まさか向こうも覚えてるとは思わなかったけどね」
「私が以前働いてた支店にこの人がお客さんとして来店した事があるんですよ。日本人のお客さんは珍しい場所だったからこっちも印象に残ってたんです」
「へーそうなんすか……え、でも隊長の海外時代ってあっちこっちの戦場で戦ってた筈ですよね。そこにコンビニがどう関わってくるのか想像がつかないんですけど」
どういうこっちゃと倉田は首を捻った。
すると突然、伊丹の背後で新たな大声が上がった。
「ハイっ! 私もそこんところ気になります!」
「うおっ! 栗林、お前いつの間に」
「夕食を食べに来たら伊丹隊長を見かけましたので。他の皆も一緒ですよ」
棚の間からひょっこり顔を覗かせて食堂方向を見やると、栗林の言う通り富田や黒川、仁科に勝本といった第3偵察隊の面子が食事を取りつつ手を振っていた。
首を引っ込めた伊丹は改めて栗林と向き直った。ネコ科の獣を思わせる栗林の瞳が妙な光を讃えて、伊丹と女性店員の間を行ったり来たりしている。
「で、彼女との御関係はそこんところどーなんですか今すぐ教えて下さい伊丹隊長」
「さっきも言ったけど、海外に居た頃この人が働いてたコンビニで顔を合わせたのを覚えてただけなんだって。彼女の為にもハッキリ言っておくが、やましい事なんてひとっつもしてないからな!」
「なら良いんです」
「雨宮さん、どうかしたんですかー?」
「あ、ゴメン
トラブル発生かと思ったのか別のPX店員がバックヤードから出てきた。
こちらは男性で、雨宮と呼ばれた女性店員よりも小柄で童顔。伊丹や倉田に通じる独特な気配の持ち主である。
鳳石何某の顔にも伊丹は見覚えがあった。
「どーもーお久しぶり。俺の事覚えてるかな?」
「あっ、貴方は伊丹二尉!? 覚えてます覚えてます、去年ポイントチャーリー店に来てくれましたよね! サイン下さいっ!」
彼も伊丹の事を覚えてくれてはいたようだが、彼の場合は昔の客としての伊丹よりも世界を救った有名人としての伊丹の方に興味を惹かれているのが丸分かりで、つい伊丹は苦笑してしまう。
ふと気付くと、伊丹は今や食堂中から視線の集中砲火を浴びていた。
背中にむず痒さを覚えて落ち着かなくなった伊丹は、仕方なくこの場から立ち去る選択をした。当初の目的は達成出来ていないが、今の食堂は彼にとっては居心地が悪過ぎた。
「悪いけどまた落ち着いて買い物が出来る時に来る事にするよ。あ、出来たらで良いんだけど『めい☆コン』の限定グッズ、取り置き頼めるかな?」
「大丈夫ですけど、お支払いはなるべく早めにお願いします。一定期間音沙汰がない場合はキャンセルという事にさせて頂きますが宜しいでしょうか?」
「それで構わないよ。すまんね倉田、せっかく誘ってくれたけど今日は退散するわ」
そうして結局伊丹は何一つ買えぬまま、そそくさと食堂建物から立ち去ったのである。
伊丹は姿を消したが、大食堂ならびにPX内に集まった部下らにとってはここからが本番であった。
利用時間が終わったにもかかわらず大食堂は封鎖される事無く照明が灯され、中では数十人の隊員らが集まってテーブルの1つを取り囲んでいた。
エンジンの中心部に位置するテーブルには栗林と倉田、その対面に引き攣った表情の雨宮と鳳石という配置。日頃の鍛錬でどいつもこいつもガタイの良い自衛隊員らに包囲されているのだから当然と言えよう。
大食堂の一角を間借りしているPXは食堂の閉鎖に合わせて終業時刻を迎える。そこを見計らって店が閉まって2人が退勤するところを拉致、じゃなくて連行、もとい任意同行したのである。
尋問、ではなくインタビュー役に立候補した栗林がテーブルの上に身を乗り出す。
彼女と雨宮、見事な双丘の持ち主が2人向かい合って場を共にしている光景は、それだけでも騒ぎを聞きつけて集まった観客らにとって貴重な夜の自由時間を費やした甲斐があったと思わせる位には眼福であった。隊員の中には密かに携帯で2人を撮影する者まで現れる始末である。
余計な前振りは無用とばかりに栗林は本題を告げた。
「単刀直入に言うわね。雨宮さんと大鳳君でいいんだっけ? 2人には海外時代の伊丹隊長について知ってる事を教えて欲しいの」
「知ってる事……って言ってもあの人が店に来たのは1回だけですし、むしろ伊丹さんの部下である皆さんの方がよく知ってるんじゃないですか?」
「うーん、私達が知りたいのはあくまで海外で活動してた時の隊長の事なのよねぇ。ほら政府も隊長が成し遂げた偉業について色々発表したけど、やっぱり当時の伊丹隊長に直接接した人の話も聞きたい訳なのよ」
取り囲む隊員らが、一斉に栗林の言葉にうんうんと頷いた。
「あ、いけないいけない。まずは自己紹介するのが筋よね。私は栗林志乃二等陸曹、伊丹隊長の下で第3偵察隊にしています。
こっちのオタクっぽい「もう少しマシな説明にしてくださいよ」のが倉田三等陸曹。あくまで話を聞きたいだけだから、特に畏まらなくてもいいからね」
「あっそ、分かったわ。私は雨宮淳、仕事はコンビニDMZアルヌス駐屯地店の店員をしています。こっちは同僚の凰石君」
「お、凰石勝です。雨宮さんと同じくコンビニDMZで店員をしています」
「雨宮さんに凰石君っすね、了解了解。あ、これ良かったら遠慮なくどうぞ」
そう言いながら倉田がテーブルの上にペットボトル入りの生産飲料とスナックの袋を並べた。どちらも特地駐屯地内ではPXにしか置いていない品物である。
「倉田ちゃんってば用意良いじゃない」
「いやぁ、実はたった今そこで買った物なんすけどね」
と倉田が指差した方向に目を向けてみれば、
「いらっしゃいませー、ドリンクにおつまみはいかがですかー」
などと雨宮と凰石よりも年上でベテランの風格を持つ男性が集まった自衛隊員らに売っている最中ではないか。
途端に店員2人はへなへなと脱力してテーブルの天板に突っ伏してしまう。
「流石川口店長、相変わらず抜け目ない」
「で、デジャブ……」
「では改めて雨宮さんと凰石君に質問するわね。2人は何処で隊長と出会ったのかな?」
「伊丹隊長さんとの出会いかぁ……出会いって言っても、本当に以前働いていたお店で1度顔を合わせただけなんですよねぇ」
「雨宮さん、だったらまずは前に僕らが働いていた店の事を皆さんに説明した方が良いと思いますよ」
「確かにそうね。じゃあまず私と凰石君と、それから川口店長が前に働いていたコンビニDMZのポイントチャーリー店について説明していくんだけど……」
そして――
『彼女』の言葉で物語の幕は上がる。
「あれは雪の降る寒い日だった……」
「いやあの、別にその日はそれほど寒くもなかったし雪も降ってなかったんですけど」
「何いきなり意味不明なモノローグ挟んでるの倉田ちゃん」
「片羽の妖精……エ〇コンZERO懐かしいなー」
倉田の唐突なボケに次々とツッコミが入れられたのであった。
注:コンビニDMZはキャラ含めゲート漫画版でもチラッと登場済みです
興味を持った人は是非コンビニDMZをチェック!(ダイマ)