GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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いつもより短めです。


20.5:Public Broadcasting/テロ、ライブ

 

 

 

 

 

<06:00>

 栗林 志乃 第3偵察隊・二等陸曹

 大島空港

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずは身に着けていた武器と装備を全て奪われた。

 

 そしてレレイとピニャとボーゼス共々栗林を拉致した男達はしばしのフライトの後、どこかの飛行場―本土から外れた小島の空港である事はしばらく経ってから気付いた―にヘリを着陸させたかと思うと、栗林から戦闘用の装備類を奪っただけでは満足しなかったのか、彼女から衣服までも剥ぎ取ってしまった。

 

 最低限の下着(色気もへったくれもないデザインの迷彩柄)まで奪われなかったのは不幸中の幸いだった。それでも完全武装したならず者の男達に取り囲まれながらあられもない格好で連行されるという境遇は、栗林の全身を寒さとは別の理由で赤く染め、同時に微かながら全身を震えさせるには十分過ぎる体験であった。

 

 栗林は小柄な女だてらに格闘徽章を与えられるほどの猛者であり、例え徒手空拳だろうがそこいらの男の5人や10人程度なら楽に片付けてみせるだけの自負もあった……が、何事にも限界はある。

 

 まず状況が悪過ぎた。装甲車の横転により栗林は体を強く打ちつけており、事故直後に殆ど抵抗できず虜囚の憂き目となったのも主にそれが原因だった。

 

 敵のヘリに連れ込まれてからは後ろ手に強化ナイロンのハンドカフスで拘束された。屈強な大男でも腕力だけで引き千切るのはまず不可能な強度である。栗林も例外ではなかった。

 

 ある程度時間が過ぎるとダメージも抜けてきており、機内のどこか角に擦りつけて千切ろうと試みようにも敵の監視は厳重で不可能。

 

 何より仮に拘束からの解放に成功出来たとしても、機内の敵兵の数は栗林とレレイらを除いても10人近く乗っており、近くの敵から武器を奪えても残る敵兵に特地からの来賓である彼女らを人質にされる前に敵を全員排除するのは不可能であると確信出来てしまったのである。

 

 ヘリから降ろされてからも状況は変わらず、むしろ悪化の一途を辿った。空港には更に多数の敵兵や武装車両が待ち受けていたのだ。

 

 戦力比は敵が圧倒的に上、おまけに人質という足手まといがいる状況下では、流石の栗林も大人しく連行されるしかない。下手に歯向かったせいでその責任を栗林自身ではなく、護衛対象であるレレイやピニャやボーゼスが取らされる可能性もあるのだから。

 

 そうして空港内まで連れてこられ、衣類を剥かれ――今に至る。

 

 

(寒い……)

 

 

 痛切にそう思う。真冬のまだ夜が明けぬ時間帯に、空調もまともに動いていない空間で下着姿を強制されているのだから当然だ。下手をすれば凍死しかねない。寒さのあまりブラの下で豊かな膨らみの先端が硬くなり、裏地に擦れてしまっているのも彼女から落ち着きを失わせる一因だった。

 

 最終的に栗林が連れてこられたのは空港2階の搭乗待合用ロビーである。ベンチを壁際に移動させて空いた空間のど真ん中に粗末なパイプ椅子がポツンとおかれ、彼女はそれに座らされていた。

 

 ここまで栗林を運んできた兵士らは、ご丁寧に彼女の両手足をパイプ椅子のフレームにハンドカフスで括りつける形で拘束した。ナイロン製の拘束具に若干きつめに締められた手足は軽く痺れ始めており、少しでも緩まないか悪戦苦闘したせいで擦れた肌からも血が滲んでいた。

 

 壁際には同じく連れてこられたレレイ・ピニャ・ボーゼスの姿。彼女らの場合は栗林ほど厳重ではなく、機内同様後ろ手に拘束された状態で跪かされている。

 

 特にレレイは発動媒体となる杖を没収されてしまったので得意の魔法も使えず、帝国第3皇女とその部下共々屈辱と無力感に歯噛みしつつ、無力でちっぽけな1人の少女として虜囚の身に甘んじるのであった。

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、空港に連れてこられ裸同然の格好で死刑囚よろしく手足を椅子に拘束されている栗林だったが、意外にも服の没収と拘束以降は暴行らしい暴行を受けてはいない。

 

 チェックインとセキュリティを終えた乗客らが登場時刻までの余暇を過ごす為の空間は、捕虜である栗林ら女性陣を除き。本物の軍隊と見間違うばかりに武器と装備を整えた外国人男性の集団の支配下にあった。

 

 彼らはせわしなくロビーを行き来し、一部の男達は運搬用ケースから何らかの機材を取り出してはコードを繋ぐといった作業に専念している。もしくは機材に接続されたノートパソコンを操作している者もいる。準備に忙しく栗林の相手はしていられない、そんな雰囲気だった。

 

 隊内ではあまり知られていないが、栗林の妹はTVアナウンサーをしている。その関係から姉も専門職ほどではないが、放送用の機材に関しては若干の知識を有していた。また海外の軍では歩兵に相当する普通科隊員として、組織内で運用される電子機材の種類や操作方法もある程度習得している。

 

 故に、男達が設置しつつある機材の正体を見抜く事が出来た。

 

 

(中継用の放送機材、よね?)

 

 

 栗林が出した解答は現地からの中継でよく見かけるタイプのテレビカメラが三脚に据えられた状態で彼女の前に運ばれてきた事で証明された。

 

 同時に現在の己の状況……下着姿で拘束された状態でテレビカメラの前に座らされているという展開を改めて分析し、寒さで血の気が引いていた栗林の顔色はより一層白さを増した。

 

 

「うそウソ嘘、冗談じゃないわよ! こんな情けない格好記録されちゃうなんて真っ平ゴメンよ!」

 

 

 これから待ち受ける展開にとうとう耐えかねて栗林が叫んだ直後、目の前で火花が散った。頬が痛いほど熱さを帯びる。

 

 視線を戻すと兵士の1人が片手を振り抜いた状態で目の前に立っていた。頬を叩かれたのだ。

 

 手足が自由ならお返しに骨が粉砕する威力の正拳突きを鼻っ柱に叩き込んでやっていたところだが、残念ながら両腕は鉄製のパイプに固定されたままだ。相手との距離がもっと近ければ(物理的な意味で)頭を使えたのだが。

 

 せめてもの抵抗として反撃できない苛立ちと怒りを篭め、目の前の敵兵をきつく睨みつける。

 

 

「こんな事したって無駄よ。アンタらなんて所詮こうやって女子供を人質にとって嬲るのが精々の軟弱者なんだから!」

 

 

 この兵士が日本語を解せるかどうかは栗林には分からない。

 

 それでも声のトーンや激しさで侮辱されていると理解したのか、再び兵士が腕を振り上げる。やるならやれ、と視線を逸らすまいと睨み返しながら栗林も身構える。

 

 だが2度目の打擲が栗林に振るわれる事はなかった。新たに近付いてきた人物が振り上げられた兵士の腕を掴み、何事かを耳打ちしたからだった。

 

 

『アレクシィ……』

 

『その女の相手はもういい。お前はそこの赤髪と金髪の女を飛行機まで連れて行け。連れて行く時は2人の姿が空からしっかり見えるようにするんだ。それが安全を保障してくれる』

 

『了解しました。もう1人はよろしいので?』

 

放送(・・)が済み次第こちらが連れて行く。既に箱根の連中以外にも米軍の部隊が接近中だ。ヤツらが飛行機の破壊を選択する前に、人質を機内に乗せてしまえ。大事な『門』の向こう側からの客人の存在を教えてやれば、連中も手出しができなくなる』

 

 

 漏れ聞こえてきたのはロシア語だった為、自他共に認める脳筋な栗林には会話の内容は分からなかった。

 

 ただどことなく新たに現れた人物は、グータラオタクでありながらその実世界を救った最強の兵士の一員である、彼女の上官に似た声をしていた。尤もその声色に含まれた酷薄さは、栗林の知る人物から遠くかけ離れていたが。

 

 

(な、何よコイツ)

 

『こんな女が例の連中の仲間、か』

 

 

 小さく紡がれた呟きの意味も栗林には理解できない。イタリカで血生臭く熱気溢れる戦いを交わした野盗連中とは真逆の、体に直接氷柱を突き刺されたかのような極冷の視線に、栗林の背筋が寒気とは別の理由で震えた。

 

 一見細身の優男風ながら顔面には深い谷のような傷跡が刻まれており、また鋭利なデザインのシューティンググラス越しのその目は、同じ人を見る目とは思えない程冷たい眼光を放っていた。それ以外は他の兵士ら同様、弾薬ポーチ付きの防弾ベストに各種武器類と戦闘用装備に身を固めている。

 

 

『お前達、そこの赤髪と金髪を飛行機まで運ぶから連れてこい』

 

 

 栗林を叩いた男がロシア語で何やら周囲に呼びかけると、周囲の兵士らが「触るな」「ええいこの下郎」と喚くピニャとボーゼスを強制的に立たせ、ロビーから連れ出してしまった。

 

 

「待ちなさい! 彼女らをどこへ連れて行くつもりよ!」

 

 

 これは見過ごせないと、栗林は叫ぶ。手足を戒めるパイプ椅子をガチャガチャ鳴らし、無理矢理にでも連れて行かれた2人の後を追おうと試みすらした。

 

 最終的に栗林の抵抗を止めさせたのは、アレクシィが彼女の喉元に突きつけたナイフの切っ先であった。

 

 僅かながら刃が栗林の皮膚を傷つけ、血の筋が胸の谷間へ流れ落ちる。アレクシィと呼ばれた男をそれでも睨み付ける栗林だが、しかし額には真冬らしからぬ大粒の脂汗が極度の緊張によって滲んだ。

 

 

「抵抗は無意味だ。お前がどれだけ喚いても所詮は負け犬の遠吠え――苦し紛れの抵抗に過ぎない。それを自覚しろ」

 

 

 わざわざ訛りを帯びた日本語でもってアレクシィは栗林へと告げる。

 

 切っ先が喉元から下がり、心臓付近に再びちくりと鋭利な金属の感触がした。アレクシィのナイフは胸部を取り囲む肋骨を中身ごと両断できそうなぐらい刀身は分厚く、鋭い。

 

 せめてもの抵抗に恐怖の悲鳴を漏らしてなんかやるものかと、栗林が息を止めてきつく歯を食いしばったその時、レレイの声が2人の間に割り込んだ。

 

 

「もし彼女をこれ以上虐げるのであれば、こちらにも考えがある。私達をこうして生かしたまま連れ回すという事は、私達に何らかの協力を強制させたいのがそちらの目的。でもクリバヤシを虐げるというのならこちらがそちらに協力したりはしない――絶対に」

 

「レレイ……」

 

 

 レレイもまたアレクシィへ敵意に満ちた視線を浴びせながら端的に宣告する。

 

 マカロフ亡き暴力集団(インナーサークル)を率いる男はしかし、チラリと少女を横目に見ただけで、決して表情を変えなかった。

 

 

「言った筈だ、抵抗は無意味だ(・・・・・・・)と」

 

「アレクシィ、準備が整いました」

 

「よろしい――回線を繋げ」

 

 

 ノートパソコンを操作していた兵士が頷き、キーボードを叩くとPCとケーブルで接続されたテレビカメラのランプが赤い光を灯した。

 

 

 

 

 ――撮影中のランプが灯された瞬間から、下着姿で拘束された栗林の姿がネット回線経由で世界中に流れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「――我々はイムラン・ザカエフの、そしてウラジミール・マカロフの後継者である」

 

 

 日本国内では早朝とあってこの謎の中継動画の存在に気付いた国民は少数であったが、それは一般市民の話。どちらにせよ朝から騒ぐ話題探しに余念のないネット住民らによって、遅かれ早かれこの中継動画の情報は加速度的に広まっていくであろう。日本以外の国も同様である。

 

 この現在進行形で戦場と化した伊豆大島発の動画中継に最も敏感に反応したのは、悪夢のような夜を過ごしていた日本政府、そして無人偵察機や偵察衛星、日本国内に潜伏中の工作員からの報告といった情報網を駆使し経緯を見守っていた各国勢力の情報機関であろう。

 

 

 

 日本国内ではある者は口角から八方へ泡を飛ばしながら、ある者は祈るように顔の前で手を組みながら。

 

 国外においてはある者は不敵な笑みを浮かべ、ある者は気難し気な表情で、またある者はPCから流れる音声を背中で受け止めつつ、無表情を貫きながら。

 

 

「これは我々からのメッセージだ。この女は我々の指導者であったマカロフの命を卑劣な手段で奪った男達の仲間であり、それだけでも大罪に値する」

 

 

 アレクシィの演説は英語によって行われた。敢えて母国語ではなく世界標準語を用いる事で、自分達の声明を万人へ直接的に理解させようという魂胆か。

 

 

「たとえ我々の指導者の命を幾度奪おうが、彼らの遺志は我ら後継者によって引き継がれる。仮に我々が死んでも、必ず新たな後継者が現れ、我々の遺志と思想は永遠に生きるであろう」

 

 

 何故レレイら特地来賓だけでなく栗林までわざわざ生かして連れてきたのか。

 

 恐らく日本側の人員であればテロリストらは誰でも良かったのだろう。栗林が選ばれたのは、たまたま特地来賓に同行していた日本側の人間が彼女だったからに過ぎない。

 

 

「国を超えようとも、世界を超えようとも、我々の思想とかつての指導者らの遺志を完遂してみせよう」

 

 

 そう、アレクシィの言う通りだ。

 

 彼女そのものを日本政府へのメッセージとして残すべく、栗林は連れてこられたのだ。

 

 

「日本政府よ、次は貴様らが血を流す番だ――これはその第一歩だ」

 

 

 空港の外からまるで花火大会のように何種類もの破裂音が聞こえ、時折滑走路側に面する巨大なウィンドウガラスがビリビリと震えている。

 

 きっと隊長らか自衛隊が駆けつけ、テロリスト側と激戦を広げているのだ。窓側に背を向ける形で拘束されているので外の様子を目で確かめる事は出来ないが、代わりに聞こえてくる音が外部の状況を栗林に教えてくれた。

 

 だが、

 

 

(ああこれ間に合わないやつだわ)

 

 

 直感的に悟ってしまう。

 

 海を渡る必要上、救援部隊の移動手段は船か航空機に限定される。そこから船から車に乗り換えて空港に接近するか、ヘリボーンや空挺降下で直接空港に殴り込むか。

 

 どちらにせよ救助が間に合うほど部隊が空港の近くに来ているのであれば、このような演説を裕著に撮影してはいない筈だ。先程戦闘機が近くを飛んでいく音も聞こえたが、戦闘音の合間から栗林が聞き取れた航空(・・・・・・・・・・)機の音はそれだけ(・・・・・・・・)である。

 

 つまり友軍は空港間近まで接近しつつあるのだろうが、この公開処刑を阻止出来るほどの距離までは辿り着いていない――そういう事であった。

 

 

(いや、諦めるのはまだ早い。あと何秒かでも時間を稼げたら、もしかしたら!)

 

 

 危うく諦観に支配されかけた思考を現世に引き戻す事に成功した栗林は、不確定ながら貴重な時間を稼ぐべく、パイプ椅子ごと体を激しく揺さぶる事で抵抗を行う。

 

 ナイフを手に栗林の背後に回り、その細い首をカメラの前で掻き切ってやろうとした直前に抵抗を受け、アレクシィの表情が苛立たし気に歪む。

 

 栗林の予想通り、確かに救出部隊は空港の敷地ギリギリ手前でアレクシィの配下が足止めに成功しているが、目と鼻の先まで敵が接近を果たしているのもまた事実であり、実際にはあまりインナーサークル側も時間の余裕は残されていない。

 

 ネコ科の獣と形容される持ち前の全身のバネをきかせ、ハンドカフスが皮膚を裂くほど食い込むのもお構いなしにドッタンガッシャンとアレクシィの手から抵抗する栗林だったが、それも長くは続かなかった。『U』の字形をしたパイプ椅子の足部分を軍用ブーツで踏みつける事でロシア人は栗林の動きを今度こそ封じてみせたのだ。

 

 

「何度でも言うぞ。貴様の抵抗など無意味だ」

 

「くうっ!」

 

 

 女の命とも言われ、栗林なりに手入れを欠かしてこなかったショートカットの髪が乱暴に鷲掴みにされた。

 

 頭髪が無理矢理引っ張られるのに釣られ、顔も強制的に上を向かされる。自然と露わになった人体の正中線上に存在する急所の1つである頸部へと、ナイフの刃がゆっくりと近付いていく。

 

 

「――っ!!」

 

 

 そこへ遂に見かねたレレイが、小柄な体格を生かして敵兵の隙間を掻い潜り、アレクシィへと肩からぶつかった。

 

 が、相手は細身とはいえ屈強な大の男。杖がなければ頭の良さ以外はちっぽけな少女に過ぎないレレイの体は、アレクシィが栗林の頭から離した片腕1本によっていともあっさりと払いのけられてしまった。

 

 両手を腰の後ろで拘束されているせいで手で体を支える事も出来ず、バランスを崩した少女の体がカメラと栗林の間に転がる。

 

 

「レレイ!」

 

「そこで黙って見ていろ! 口でどれだけ強がろうとも、無力な貴様達は我々に従うしかないのだという事を!」

 

 

 再び頭を掴まれ固定される。無防備な喉へ突き立てようと高々と持ち上げられたナイフが、栗林とレレイの網膜に焼き付く。

 

 

 

 

 

 

 ――鮮血が、呆然と見上げるレレイの顔を真っ赤に汚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『全ての頑固派の思想というものは、社会的実践から離れており、彼らは社会という車の前に立ち、その道案内の仕事を務めることができない』 ――毛沢東

 

 




思ってたより長くなってしまったので幕間扱いで一区切り。
つまり?:MWの『予期せぬ成功』をパク…ゲフン、オマージュしてみたかった、反省はしている。

MW以降は拘束からの尋問&拷問&処刑がCoDのお約束になった感があります。


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