GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

43 / 152
20:Hound in the Sky/大島沖空中戦

 

 

 

 

<05:45>

 ニコライ タスクフォース141・サバイバー

 伊豆大島近海/Mi-24(ハインド)コクピット

 

 

 

 

 

 

 

 ニコライという男は極めて優秀な兵士であり工作員である。

 

 古くは旧ソ連のアフガニスタン侵攻に参加した事から彼のキャリアは始まる。その後、彼は工作員へ華麗なる転身を遂げ、一介の兵士にとどまらぬ様々な諜報スキルを習得していった。

 

 やがてイムラン・ザカエフを指導者としたロシア超国家主義派が台頭。核すらもテロリストやならず者国家へと売り捌くほどの権力と武力を手にしたこの一大組織へ、ニコライは潜入捜査を行うが、やがて正体が発覚、拷問まがいの尋問にかけられてしまう。

 

 危機に陥ったベテラン工作員をロシア陸軍特殊部隊との合同作戦で救出した人物こそ、当時SAS大尉として部隊を率いていたプライス、そしてその頃は若き新人であった今は亡きソープ・マクタビッシュ(当時軍曹)だった。

 

 仰ぐ国旗すら違うこの両名との、云わば腐れ縁とも呼ぶべき奇妙かつ濃密な関係が始まったのは、まさにここからであった。彼らとは戦友として同じ時間を共有し、戦場で血を流し、泥にまみれ、硝煙に燻されるほどに強固な友情を構築していく事となる。

 

 やがて数年の時を置いてここに日本の特殊部隊員であった伊丹が加わり、更に―非常に複雑な事情と紆余曲折を経て―元スペツナズにして超国家主義派の一員でもあったユーリも混じるのだが、それはともかく。

 

 ニコライは非情に多才な人物だ。兵士としての戦闘力だけでなく、ハッキングや情報収集を筆頭に諜報能力にも優れ、戦闘ヘリや飛行機だって飛ばせる。

 

 対空砲火の真っ只中に強行着陸し、操縦するヘリが撃墜されてもへこたれない強靭な精神力、極めつけに戦友が自ら死地へ赴こうが決して見捨てない、ユーモアに溢れた仲間思いの性格……まさに兵士としても1人の人間としても優れた好漢と評するに相応しいのが、このニコライという人物なのである。

 

 

 

 

 

 その彼をして、

 

 

Твою мать(チクショウ)! Пизда(クソッたれ)!」

 

 

 と、放送禁止レベルの悪態を母国語で喚き散らし、コクピット後部席で機体の操縦を担当するニコライのみならず、前側の射手(ガンナー)席で兵装を受け持っている歴戦の傭兵であるディアスも、

 

 

「オイオイふざけんな! Fuck! Shit!」

 

 

 などとFワードで罵倒してしまうほどの事態が勃発していた。

 

 では一体どのような事態が彼らに降りかかっているのかというと、ニコライが操縦席の後ろに位置する兵員輸送用スペースに乗る老兵らへ発した報告が端的に表していた。

 

 

「プライス! 連中、どうやら第3次大戦を再開出来るだけの火器を貨物船に搭載してきたみたいだ!」

 

 

 大島の北端部、そこからわずか数百メートルしか離れていない海上で停船中の貨物船から次々と飛来する対空ミサイルに無誘導のロケット弾。1発でも直撃すれば最悪空中で爆散する威力の砲弾は極めて脅威である。

 

 だが熟練の工作員と傭兵を真に鼻白ませたのは、薄闇の海上を塗り潰さんとばかりに貨物船からミサイルやロケット弾の何十倍もの規模で飛んでくる曳光弾の雨であった。日の出前で海上が暗い為、光倍増式の暗視ゴーグルを装着しながら操縦しているのもあり、貨物船から放たれる砲火は一層際立って両者の目に映った。

 

 停止中の偽装貨物船――箱根に来襲したヘリ部隊の母艦であった『ルサルカ』号はヘリ用の機材のみならず、大量の重火器で武装していた。

 

 携帯式地対空ミサイルや対戦車ロケット砲(RPG)を所持した兵士を甲板上に配置しているのみならず、重機関銃を何ヶ所にも設置してMi-24が滞空する空域へ射撃している。

 

 中には何と、甲板上の開けた空間に旧ソ連のZPU-2といった牽引式の機関砲を設置した対空陣地までも構築し、より過密な砲火をニコライら目がけて浴びせかけてきた。

 

 幸いにも狙いそのものは正確とは言い難かったが、曳光弾によって視覚化された濃密な弾幕は、ニコライらの肝を潰させるには十分であった。

 

 しかし高性能なレーダーと正確に連動する火砲を搭載した現代の軍艦と違い、貨物船からの対空砲火は個々の兵士が持つ技量と肉眼頼りの旧式な手法だ。必然的に有効射程は短くなり、正確さにも欠ける事になる。偽装貨物船がまともな艦載砲を搭載していたらMi-24はここまで接近を果たす前に撃墜されていただろう。

 

 それは敵の方も分かっているようで、命中率の低さを多数の火器を配置しての弾幕で補おうという魂胆らしい。 まるで半世紀以上昔の第2次大戦の対空ドクトリンへと逆行したかのような対策の取り方に、マカロフ亡き今のインナーサークルの限界が垣間見えなくもない。

 

 必要とあらばそれこそ兵装システムも完璧な本物の軍艦すら用意しかねない手段の選ばなさ、このようなプランを実現可能にしてしまう財力とコネクションを兼ね備えた狂犬――それがマカロフという男の恐ろしさだったのだ。

 

 だが彼は今や死者である。伊丹とプライス、ユーリが殺した。ニコライもマカロフ暗殺に手を貸した。

 

 テロや破壊工作の範疇を通り越し、最早軍事侵攻の領域に達する規模の戦力をインナーサークル側が動員したのは、『門』の向こう側から現れた来賓を拉致するという目的のみならず、指導者暗殺の実行犯である伊丹、彼の母国である日本に対する報復も兼ねていたのかもしれない。

 

 このヘリが撃墜されようものなら暗殺作戦に加わったメンバー全員が戦死する事になる。連中はそれを知ってるからこそ対空砲火に躍起になっているのではないか――そんな事を現実逃避気味に思いながら、ニコライは必死になって回避のステップを刻む。

 

 

「しっかりと捕まっていろ!」

 

 

 小刻みに機体を揺らして弾幕を掻い潜るロシア製の大型攻撃ヘリ。それでも濃密な弾雨から完全に逃れきれず、機体の表面を弾丸が叩く。

 

 巨体に比例してMi-24の防御力は非常に高い。チタニウム製のローターなどにより並みの小火器では歯が立たない耐久性を誇る……が、それらの評価はあくまで航空機にしてはの話である。

 

 生憎、『ルサルカ』号の乗員らがぶっ放してくる対空火器はどれもこれも『小』火器ではなく『重』火器ばかりだった。最低のものでも、1発1発があっさりと人体を粉砕可能な威力の重機関銃である。

 

 流石のMi-24も連続して食らい続ければ分からない。ミサイルやRPGに至っては言わずもがなだ。

 

 

「こりゃ堪らん。一旦貨物船から距離を置いて別方向から空港へ接近する!」

 

『ダメだニコライ、あの海域に陣取られたらどの方向から近付こうが対空ミサイルの射程内だ!』

 

 

 歩兵が携帯可能なクラスの対空ミサイルでも有効射程は3キロから5キロ超と非常に長い。それはロックオンさえ出来れば海上からでも大島空港一帯をカバーできる程なのだ。

 

 

『ミサイルにケツを吹き飛ばされたくなければ先に船を潰すんだ! 分かったかニコライ!』

 

「ダー、やってみるよ。何度もミサイルで撃ち落とされるのはこりごりだからな」

 

 

 飛行用ヘルメットの中でニコライは場違いな苦笑を浮かべた。ロシアで1度、ソマリアでも1度、乗っていたヘリをミサイルで撃墜された経験を持つ身である。その辛さは身をもって体験済みだ。

 

 

「マジかよ」

 

 

 乗客(プライス)からの注文にディアスが呻き声を漏らす。エルフ娘の魔法によってエンジン音が静粛されているせいで、彼の愚痴はニコライの耳にも届いた。

 

 

「海面近くまで高度を下げて向こうの死角に入ろう」

 

 

 言葉通りMi-24を降下させる。ニコライに操られた攻撃ヘリは貨物船の構造物どころか、甲板の位置よりも更に低いという、文字通り機体が海面に触れてしまいそうになるほどの超低空で一旦ホバリングさせる。

 

 あまりにも勢い良く、かつ着水寸前の高度まで急降下したのに仰天したのか、乗員用スペースから女の悲鳴が聞こえてきたがニコライは無視。わずかに機体を前のめりに傾けてから出力を上げると、前方への推進力を自ら生み出した攻撃ヘリの機影は、貨物船との距離を一気に縮めていく。

 

 ここまで低く飛ばれると、甲板や構造物に陣取った一部の敵兵には死角となってしまう。特に甲板上の対空陣地は構造上船体より下へ砲口を向ける事が出来ず、むしろ撃ち続けると船体そのものを傷つけかねない為に射撃を停止しなければならなかった。

 

 機影を見失い慌てた船上の兵士らは、火力の代償に大柄で重たい鋼鉄製の火器を抱え、手すりの近くへと集まった。

 

 エンジン音から位置を把握しようと耳を澄ませる――が、あれほどの大型ヘリが飛び回っていたにもかかわらず、どういうわけか聞き取れない。

 

 彼らが手すりを超えて下を覗き込もうとした次の瞬間、船体スレスレまで接近を果たしたMi-24をニコライは急上昇させた。

 

 集まっていた敵兵らには、目の前にいきなりMi-24が出現したように見えただろう。魔法によってエンジン音が消されているので、貨物船の乗員らは尚更驚いた筈だ。

 

 奇妙というレベルを通り過ぎ、現実離れした静粛さで出現した戦闘ヘリの機関砲が手すりに集まる敵兵らに照準を合わせる。咄嗟に武器を構えようとする者もいれば、武器を捨てて逃げ出す敵兵もいた。

 

 

「撃て!」

 

「Gun's! Gun's! Gun's!」

 

 

 機銃掃射による攻撃を意味する符牒をディアスが叫ぶ。

 

 同時に押される発射ボタン。一口にMi-24と言っても複数のタイプがあり、固定武装である機銃の種類も違ってくる。ニコライが操るこの機体の場合は12.7ミリガトリング砲が搭載されていた。

 

 機銃から放たれた弾丸の雨は、逃げようとした兵士も戦おうとした兵士も等しく粉砕した。

 

 ニコライが操縦桿を傾けペダルを蹴れば、攻撃ヘリは船体の縁をなぞるかのように空中を横滑りする。ヘリの移動に合わせてディアスが機銃の照準を修正し、貨物船からの対空砲火に負けじと吐き出される大口径弾は構造物を貫き、削り取り、軌道上に存在する敵兵を次々と撃ち倒していく。

 

 やがてMi-24は船首付近へと辿り着いた。そこにはZPU-2による対空陣地が設置されており、射撃手が必死になって目と鼻の先に浮いているニコライらのヘリに砲口を向けようとしているのが見えた。あまりに近くに出現したせいで照準が追い付かなかったのだろう。

 

 

「一気に吹っ飛ばしてやろうぜ!」

 

 

 ディアスが吠えた。言葉の意味を理解したニコライは機体を若干後退させつつ、機首を貨物船に相対させた。これから使おうとしている兵器は可動式銃塔に設置された機銃と違い、機体そのものを軸合わせしてやる必要があった。

 

 果たしてニコライの予想通り、機首下の機銃ではなくキャノピーの外側で閃光が生まれた。機体両側面の兵装架にぶら下げたロケット弾ポッドが発したものである。

 

 左右同時に放たれたロケット弾が対空陣地を直撃する。内蔵の高性能爆薬が炸裂、次いで機関砲の弾薬が誘爆を起こし、即席の陣地は消滅した。

 

 

「そうら、少し早いがクリスマスプレゼントだ!」

 

 

 ディアスに続いてニコライも陽気に歓声を上げながら、今度は貨物船の上空をまっすぐ縦断する軌道でもって機体を突撃させる。その間、発射ボタンはずっと押しっぱなしだった。

 

 空対地ロケット弾による文字通りの爆撃が偽装貨物船に襲い掛かった。

 

 ヘリを船内に格納して外の目から覆い隠すための偽装ハッチが次々と爆破され、衝撃波が船内を連続して震わせる。ハッチ周辺で対空砲火に加わっていた兵士らは爆砕された鋼鉄片に肉体を引き裂かれ、爆風に薙ぎ倒されていった。不運な者はもんどりうって手すりを乗り越えてしまい、何メートルも下の海面へ落下する羽目になった。

 

 甲板とハッチの次は船橋を筆頭とした上部構造物が標的に選ばれた。ロケット弾が突き刺さるたび爆発が起きては構造物を削っていく。弾頭の中にはガラスや扉を突き破って内側で炸裂したものもあった。その影響で船内で火災が発生し、爆発で生じた穴や別の開口部から炎と煙が漏れ出し始める。

 

 

「おっと」

 

 

 一つ呟いて、ニコライはスロットルを緩める。大型の機影は銃弾の勢いそのままに高度を上げて船橋を飛び越える事無く、蜂よろしく円を描くように再び水平に移動して上部構造物を回り込んだ。

 

 

「船尾側の甲板にも対空陣地があった筈だ。それを潰したら今度こそ空港に向かうとしよう」

 

 

 不用意に高度を上げて通過していたら船尾側に陣取る乗員らの対空砲火に晒されていたかもしれない。油断大敵、と自戒しながら機体を不規則に上下動させつつ、改めて船尾側へと機体を持って行った。

 

 上部構造物の陰から機体を覗かせた刹那、Mi-24のすぐ下を光条と煙の尾が通過した。対空陣地から放たれた曳光弾とRPGの航跡。

 

 

「おおっと、今のは危なかった」

 

「悪いロシア人め、コイツで店仕舞いだ!」

 

 

 反撃の機銃掃射が船尾甲板を舐めた。兵器と人体が区別なく蹂躙され、やがて船首の対空陣地と同様に対空砲や予備のRPGの弾薬による誘爆が起きた。

 

 すると、まるでこの攻撃がとどめとなったかのように、一際大きな爆発が船体中央で発生した。

 

 甲板を突き破りながら紅蓮のキノコ雲が立ち上り、連鎖的に貨物船の各所から爆炎が噴き出した。大爆発に巻き込まれまいとすぐさま炎上する貨物船と距離を開ける。

 

 ヘリを密かに海上輸送していた『ルサルカ』号にはヘリ用の燃料や兵装用の弾薬もその内部に抱えていた。ニコライらの攻撃が発生させた火災がそれらに達し引火、誘爆を起こしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「Yeah! こいつは派手な花火だぜ!」

 

「この船はもう気にしなくて良さそうだ。今度こそ空港へ急ぐとしよう」

 

 

 改めて大島空港を目指そうと機体を転じさせた。

 

 が、直後またも警告を示す電子音がコクピット内で鳴り始めた。今度は何だとコクピット内にぎっしりと詰まった電子機器の画面を覗き込んだり、スイッチを操作して警告の出所を探る。

 

 

「対空レーダーに反応! 2時の方角からこちらに向かって接近中!」

 

 

 ニコライから見て島の内地側から近づいてくる形だ。暗視ゴーグルごと顔をその方角へと向ける。

 

 白墨画の世界に迷い込んだかのように白と黒の濃淡がかった視界の中に、Mi-24とはまた違う特徴的な筒状の機影を捉えた。

 

 

Mi-8(ヒップ)だ!」

 

 

 箱根からレレイとピニャとボーゼスら特地からの賓客、そして伊丹の部下である栗林を連れ去るのに使われたインナーサークル側の大型ヘリ。

 

 Mi-8は分類上は輸送ヘリだが、軍用機の常として側面扉付近にドアガンが設置されていた。またニコライらのMi-24同様に機体側面の兵装架にロケット弾ポッドも搭載している。決して油断は出来ない。

 

 敵ヘリはロケット弾ポッドから次々とロケット弾を乱射しながら、一直線にMi-24へと突撃してきた。距離を詰めて格闘戦でも挑もうというのか。

 

 ロケット弾の軌道上から逃れると同時にガンナーが射撃しやすいよう機体の角度を調整する。可動式の機銃で敵機を追いかけるが、巧みに機銃の死角に入られてしまい、ガンナー席のディアスから舌打ちが漏れた。

 

 本来、搭載量重視の輸送ヘリは機動力が求められる空中戦には向いていない筈だが、どうやら向こうのパイロットは腕に自信があるらしい。

 

 回避軌道を織り交ぜながら相手の尻を取ろうとしている間に、自然に互いの側面を晒しながらグルグルと円を描いて互いを追いかけ回す構図となった。突然敵機のまさに横っ腹から一筋の光線が伸び、Mi-24を捉えた。強烈ではないが絶え間ない衝撃がニコライらを襲った。

 

 

「ありゃミニガンだぞ! 何てもん積んでやがる!」

 

『あれを食らい続けるとこの機体でも持たんぞ! 何とかしろ!』

 

「気楽に言わないでくれ!」

 

 

 後ろから聞こえたプライスの指摘は正しい。実際、ニューヨークにおけるロシア軍とアメリカ軍の戦いでは米軍の輸送ヘリであるUH-60(ブラックホーク)の乗員がミニガンによって複数のMi-24を撃墜した事例が実在した。

 

 いくら重装甲で名を馳せるロシア生まれの攻撃ヘリでも、ヘリコプター共通の弱点であるローターや吸気口にダメージが集中してしまうと空中に浮かび続ける事は不可能なので、気を付ける必要があった。

 

 勿論ニコライだってその事は分かりきっているが、やり通せるかはまたな別の話となるわけで、

 

 

(このまま無理矢理振り切って先にプライス達を空港に降ろすか?)

 

 

 Mi-24の最高速度は時速300キロ超。敵のMi-8は時速200キロ半ば。

 

 出力もハインドの方が上である。腹に乗客を抱えているとはいえ、敵機を振り切って空港にプライスらを上陸させるだけの余裕を稼げる筈――

 

 そう判断したニコライはスロットルレバーを全開に叩き込むと同時に操縦桿を押し込み、機体を勢い良く降下させて速度を稼ぐと空中戦から一転、空港目指してMi-24を飛ばした。さっきから後ろの空間で振り回されっぱなしの乗客らには悪いが気遣っていられる余裕はない。

 

 大柄なMi-24よりも機動性に劣る輸送ヘリはこの動きについていけず、両機の間隔は見る見るうちに開いていった。

 

 島の影がどんどん大きくなる。島の北側に位置する岬から始まる海岸線は木々の生い茂る高い隆起が広がっており、現在のMi-24の高度では足りない。だがこれさえ超えれば空港はもう目と鼻の先である。

 

 ニコライの両手に握られた操縦桿が今度は手前に引かれ、丘を越えられる高度まで機体を引き上げた。

 

 稜線を飛び越えた途端、薄闇の中でも認識出来るほど縦長に広く平坦な滑走路が目に飛び込んできた。あれこそが目的地の大島空港だ。

 

 その時、再度ロックオン警報が機内に響く。

 

 

「ええいまたか!」

 

 

 一瞬遅れてヘリの前方、まさに今向かおうとしている空港の滑走路で閃光が瞬く。対空ミサイルが接近。

 

 思考するよりも先にニコライの体は動いていた。操縦桿がへし折れんばかりに思い切り横へ倒すと同時にフレア射出ボタンを連打。

 

 目くらましをばら撒きながら、全長20メートルを越える機体が墜落半歩手前の体勢と機動でもって、斜め下に向かって落ちた。あまりに急激なあまり、ハインドに乗っている者全員の尻が文字通り床から浮いてしまった程である。

 

 間一髪で直撃を免れた。コクピットから弾頭の全体像が詳細に見て取れるぐらいの近さをミサイルが通過していった。突発的な回避行動によって機体は島の北西端に位置する岬近くの砂浜周辺に流れてしまう。

 

 

「今のは中々危なかったな!」

 

『ニコライぃ、このままじゃ上陸する前に俺達死んじゃいそうなんだけどぉ!』

 

「もうすぐ、もう目の前だから耐えてくれ同志イタ――」

 

 

 衝撃。先程のMi-8から受けたミニガンの銃撃に近いが、それよりもはるかに強烈な打撃に機体が震えた。

 

 機体を貫く鋭く直接的な衝撃は、ミサイルの直撃や至近爆発ではなく高硬度・高質量の砲弾によるものであるとニコライは直感的に悟った。

 

 

「クソッ、被弾した!」

 

『ちょっとぉ、それってもしかしてこの乗り物落ちちゃうって事ぉ?』

 

『落ちる!? 墜落しちゃうの!?』

 

「決め付けるにはまだ早いさ!」

 

 

 妙に緊迫感の薄いロゥリィと、彼女とは対照的に声がひっくり返るぐらい恐怖に引き攣った叫びを漏らした梨紗へ、すかさずニコライは言い返す。

 

 しかし操縦桿やラダーペダルから伝わってくる感覚は不吉な予感を抱かせるものであった。傾けたり踏み込んだ際の手応えが先程と違う。機体の重量バランスがいきなり激変したかのような感触である。

 

 ロックオン警報とも敵航空機の反応とも違う警告音が鳴り続け、機体各部の動作状態を報せるパネルの一部も赤く点滅を繰り返している。

 

 パネルのランプは一部の兵装が使用不能になった事を示していた。上半身を捻って該当の箇所を目視で確かめたいところだが地上からの砲火と追い付いてきた敵Mi-8の存在がそれを許さない。

 

 

「後ろの乗客諸君! 誰でもいいからちょっと窓から機体の様子を確かめてくれないか!」

 

 

 すぐさまユーリからの返事が返ってきた。

 

 

「不味いぞニコライ、スタブウイングに穴が開いてロケットランチャーが脱落してるぞ!」

 

「ああ通りで、どうも機体のバランスが取り辛いわけだ!」

 

 

 機体と兵装を繋ぐ兵装架がスタブウイング諸共貫かれてしまっているとの事だ。もう少し弾道がズレていたらロケット弾ポッドを直撃して誘爆していたかもしれない点を考えるとむしろ幸運と言えた。

 

 

AAガン(対空砲)を発見、11時方向の砂浜!」

 

「おいおい冗談だろう? 連中どれだけの兵力をこの平和な日本に持ち込んだんだ?」

 

 

 ガンナー席からの報告についつい呻いてしまったニコライの視線の先には、砂浜にめり込む形で停船したカーフェリーと、その周囲や砂浜近くの駐車場に固まって陣取る複数の車両を含めた武装した男達の姿。

 

 車両の荷台部分には例によって対地・対空兼用の重機関銃が搭載され、周りに立つ歩兵はRPGや携帯式対空ミサイルの発射機を肩に乗せ、現在進行形でMi-24の撃墜を試みている。

 

 フェリーの甲板や駐車場に至っては貨物船のZPU-2よりも大口径なZU-23-2、23ミリ砲弾を連射可能な対空機関砲が設置されているという有様であった。スタブウイングを撃ち抜いたのもこれに違いない。

 

 

「ディアス、対空砲をミサイルで潰してくれ!」

 

「任せろ!」

 

 

 ハインドのスタブウイングには兵装架が左右各3つずつ存在し、最も外側の兵装架には対戦車ミサイル用のランチャーポッドが搭載されていた。発射後の誘導はガンナーが無線で行う。

 

 翼端にぶら下がったチューブ型の発射機から、ロケット弾よりも一回り大きな鉄の槍が、後端部から炎を噴き出して飛び出した。ディアスの誘導の下、1発目のミサイルが捉えたのはこの場で最も大きな標的であるカーフェリーだった。

 

 サイズと飛翔速度もロケット弾以上なら、内蔵した爆薬の量もロケット弾を大きく上回る。

 

 元より対戦車ミサイルとは、その名の通り装甲の塊である主力戦車の撃破を目的とした兵器だ。殆ど手の加えられていない中古の民間船が耐え切れる筈もなかった。

 

 船体に命中後、起爆した爆薬が構造物を粉砕し、高熱の爆風が船内を蹂躙し、積まれたままだった弾薬類に襲い掛かり二次爆発を引き起こす。カーフェリーだった存在は原形も留めぬ鉄屑と化した。

 

 

「もう一丁!」

 

 

 2発目のミサイルが飛び出し、対空陣地と化した駐車場めがけて飛翔する。見事対空砲を直撃し、またも誘爆を招いた砲弾の炸裂に周囲の敵兵が巻き込まれるのが空からでもしっかりと確認できた。

 

 ミサイルを撃ち込む様子を見ていた伊丹の血相が変わる。いくら敵兵が上陸しているとはいえ伊豆大島は数千人の住民が暮らしているのだ。

 

 おまけに敵に占拠された大島空港や、対空陣地と化していた砂浜周辺にも民家が多数存在している。そこに流れ弾が落ちようものならどれだけの被害が出るやら、伊丹的には考えたくもなかった。

 

 

『ちょっと待った待った待って! きっと島の住民は避難できてないだろうから民家には絶対流れ弾を落とさないでくれ!』

 

「努力はするが、相手が撃ってくる分に関しては責任の取りようがないぞ」

 

 

 生き残っている敵兵らからの反撃をひょいと回避しつつ言い返す。

 

 

「被弾した方の翼にぶら下げてる分は発射機構が故障して使えないからミサイルはコレでカンバンだ!」

 

「ロケットと機銃は?」

 

「機銃はまだ余裕があるが、ロケットはポッドを片方落っことしちまったせいであまり余裕はないぞ――クソ、また敵が増えた!」

 

 

 警報、警報、警報。またもロックオンされ、海側からのみならず、空港方面からも新たなMi-8が接近中だ。

 

 

『イタミ、ユーリ、こうなったら俺達も空中戦に加わるぞ。ハッチを開けろ、機内から掃射を食らわせてやれ』

 

『ああもう、弾が飛び込んできて跳ね回らなきゃいいけど……!』

 

 

 冷たく湿り気を帯びた海風が機内に吹き込み、中の空気が急速に冷気を帯びていった。兵員室のハッチが開放されたのだ。

 

 余談だが自衛隊で運用されているUH-1(ヒューイ)UH-60(ブラックホーク)を筆頭とした中型多用途ヘリの側部ドアは横にスライドするタイプだが、ハインドの場合は上下2つに分かれ下半分が搭乗用のタラップ代わりになる仕組みである。

 

 そこへ片足を置き、ベルト給弾式の機関銃を抱えたユーリと野本が位置につく。ドアガンナーの2人以外にも銃を持った兵士らは全員窓を開けて銃口を機外へ突き出し、臨戦態勢を取った。

 

 歩兵の火力でも集中砲火やグレネードランチャーの直撃を与えれば通用する筈だ。このような現代戦に参加できそうにない女性陣は、彼らの邪魔にならないよう空間の端っこで縮こまっている。

 

 

「まだまだ勝負はこれからだ!」

 

 

 目前の空港に中々辿り着けない現状への焦りを振り払うかのようにニコライは鬨の声を上げた。

 

 接近しつつある敵のヘリを改めて相手取るべく機体を向け直す。

 

 

 

 

 

 

 ――そして唐突に、敵のヘリが火球と化した。

 

 

 

 

 

 

「Oh!?」

 

 

 ディアスの驚きの声が聞こえた。ニコライも彼と同じぐらい驚愕していたが、それを表に出す代わりに何か起きたらすぐさま機体を急旋回させられるよう身構えつつ、周囲の状況を目視で確認して回る。

 

 すると視界の端に、猛スピードで白い煙を吐き出しながら明け方前の空を切り裂く小さな発光体を捉えた。すぐさまその正体を見抜く。間違いなく対空ミサイルだ。

 

 突然の僚機の爆発に動揺した様子で機体を揺らめかせながらも、もう片方のMi-8のパイロットはフレアを射出する。

 

 だが間に合わない。輸送ヘリの胴体後部を直撃し、テールローターが根元から吹き飛んだ。水平方向への制御を失ったMi-8はクルクルと独楽みたいに回転しながら落下、海面に激突した。

 

 一部始終を見送った伊丹と富田の口から、民家の頭上に落ちなかった事に対する安堵の溜息が漏れた。

 

 

「援軍か!?」

 

『もしかして自衛隊か!?』

 

 

 残念ながら彼らの予想は外れる。

 

 Mi-24の航空無線、或いは兵士らが装備する携帯無線機からオープンチャンネルでもって流れ出した呼びかけは、生粋の日本人が発するそれではなく僅かな英語訛りを帯びていた。

 

 

「こちら在日米軍派遣部隊のチームリーダーを務めるチャック指揮官である。日米安保条約、ならびに日本国政府からの要請に基づき、これより誘拐されたVIPの救出作戦の援護を行う」

 

 

 

 

 無線の直後、F/A-18F・スーパーホーネットの編隊がMi-24の上空を轟音を伴いながら通過していった――

 

 

 

 

 

 

 

『最強の者が勝つ』 ――ロシア空挺軍第45独立親衛特殊任務連隊の標語

 

 

 




ハインドの全部乗せっぷりって男の子ですよね。
米軍が出張ってきた理由はまた追々描写します。

批評・感想大歓迎。

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