GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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新年あけましておめでとうございます。
新年早々こっちもリアルで色々あったり体調崩したりで遅くなりました。

作中の時期は外伝1巻頃の設定です。

感想・評価よろしくお願いいたします。


特別編:死神を待ちながら(中)

 

 

 

 

 

「げぇっプライス!?」

 

 

 ニーナらはジゼルが上げた声を聞いて驚いた。

 

 まだ陞神至らない身であれど神の一柱である事に変わりない彼女が、まるで天敵に出くわしたかのような呻きを漏らしたからだった。それどころかあのハーディの使徒が怒り心頭の親御に叱られた子供宜しく、身を縮こまらせすらしているのである。

 

 

「貴様と相席とはなジゼル」

 

 

 プライスと呼ばれた緑の人と同じまだら模様の服を着た髭面の男は、ジゼルを一瞥して小さく鼻を鳴らすとジゼルと同じ側の長椅子の端に腰を下ろした。

 

 

「エールをくれ。冷やさずにそのままでな」

 

 

 アルヌスの酒場ではエールをキンキンに冷やしてから一気に流し込むという日本から持ち込まれた飲み方が大いに流行を博していたが、プライスは常温のエールの風味をゆっくり味わうのを好む少数派だった。イギリスではこの飲み方が主流なのだ。

 

 ニーナはプライスを観察した。フラムと同年代だろう、もみあげと一体化した濃い髭と使い古された平べったい帽子(ブッシュハット)には白髪が目立つ。

 

 眼光は鷹か狼の様に鋭くも老獪な、長年戦場を生き抜いてきた古強者と一目で判る人物であった。

 

 

「失礼ながら猊下、この殿方はお知り合いでございますか?」

 

「うぇっ!? 知り合いっつうか、そうっちゃそうなんだけど説明すんのがちぃっと難しい相手でだなごにょごにょ……」

 

 

 主神様の命令で目覚めさせた炎龍と炎龍が生んだ新生龍の双子を嗾けたらお姉サマと一緒に自分ごと撃墜してくれやがった挙句アルヌスに連行してきた張本人の1人です――――と馬鹿正直に言える筈もなく。

 

 『門』崩壊の寸前で一応共同戦線を張った事はあっても、新生龍を撃墜した現場でロゥリィと同じくジゼルへの幽閉(斬首して封印)にプライスも賛成票を投じた記憶も彼女の中ではまだまだ色濃く残っており。

 

 迷った様子で口元を意味もなく動かし、深い青紫の指先で銀色の頭を掻き毟りながらしばし考え込んだジゼルはようやくこう答えた。

 

 

「そうアレだ、お姉サマの眷属のイタミの戦友なんだよこの爺さん!」

 

 

 焦りによってやや上ずったジゼルのその言葉は思いの外酒場中に響き渡ったのだった。

 

 伊丹の名前が出てきた瞬間、店のあちこちで客達の目が細まった。多くはロンデルからやってきたと思しき年若い学徒の集団や、誰もが整った顔立ちをした金髪碧眼のエルフの団体といった、アルヌスでは見かけない新顔ばかりである。

 

 そのような反応を見せたグループの中にはニーナ達も含まれていた。

 

 

「そうですか、()()イタミ卿の……」

 

 

 ボソリと呟かれた声に、少なからず負の感情が籠められているのを耳ざとく拾い上げたプライスは怪訝そうに眉を顰める。

 

 

 

 

 

 

 

 エムロイ教団に於いて、ロゥリィの眷属に選ばれた伊丹の名前は彼女に負けず劣らぬ知名度に達していた。

 

 まず第1にして最大の理由は、当然ながらあの死神ロゥリィが直々に選んだ眷属である事。

 

 900年以上眷属の契約を誰とも交わしてこなかったロゥリィがとうとう契約を交わした事―しかも相手は男―がエムロイの神殿へと知らされた時、教徒達はそれこそ驚天動地の驚きで大混乱に見舞われた。諸事情あっていくら神殿関係者がロゥリィへラブコールを送ろうとも彼女の方は教団と距離を取り続けていた事も相まってその衝撃度は生半可なものではなかった。

 

 同時に届いたのが伊丹がロゥリィ達と共に炎龍と新生龍を討ち取った報せだ。

 

 最初はエムロイ教団の人間達もその情報については半信半疑だったが、自衛隊がばら撒いたカラー写真入りのビラが複数のルートで持ち込まれるに至り真実であると認める他無かった。凄まじいインパクトの情報の連打を食らった彼女達は大いに混乱した。

 

 それから若干の期間を置いて届けられたのは第2次アルヌス攻防戦についての情報だった。たった1人の緑の人が、万を超える帝国兵へ凄惨な死を齎したという内容である。

 

 ――――もう1人の『死神』の存在が噂されるようになったのもこの時期からだ。

 

 緑の人の姿をした黒髪黒目の死神。この者を敵に回したら最後、目も鼻も顔も何もかも溶かされて人知を超えた死に様に見舞われる……そんな噂だ。

 

 当時アルヌスでの惨劇を生き延び、それどころか件の存在を直接目撃したという元帝国兵とたまたま遭遇した教団関係者が聞き出したもう1人の死神の特徴は、()()()()()()()伊丹と一致していた。

 

 そしてとどめに届いたのが皇宮強襲(キングスレイヤー)作戦に於ける、伊丹とロゥリィがタッグを組んで自衛隊の援護を受けながら皇宮を蹂躙したという一報である。

 

 しかも一部始終が皇都中で生配信されたので目撃者は貴族から悪所街の浮浪者まで万単位に及ぶおまけつきでだ。ニーナ達教団関係者が当時皇都に滞在していた者らへその時の出来事について水を向けただけで、彼ら彼女らは興奮と畏怖が入り混じった様子で自らが目撃した、伊丹とロゥリィの暴れっぷりと地を這う炎龍(改造火炎放射車両)を従えた自衛隊により皇宮中の帝国兵が悉く斃された挙句、追い詰められた皇太子ゾルザルが自衛隊と手を組んだ第3皇女ピニャ自らの手で討ち取られるまでを嬉々として語ってくれたのである。

 

 新たに女帝となったピニャは自衛隊と正式に同盟関係を結んだ事を公式に発表するだけでなく、伊丹にまつわる更なる情報を公開した。彼が『門』開通直後に銀座へ侵攻した帝国軍を少数の手勢を率いて撃退に導くだけでなく、開通以前に発生した異世界の戦争における英雄である内容だ。

 

 これによりファルマート大陸最大最強とされる帝国を退けた異世界の英雄を味方に着けたとして、即位したばかりで安定性に欠けていたピニャの評判と土台は補強された。情報公開の背景にはピニャと運命共同体となった狭間達の思惑も大きく関わっている。

 

 

 

 

 

 そのような経緯を経て今やアルヌスと皇都に関わった事がある特地住民の間でもう1人の『死神』の存在を、それが伊丹である事を疑う者は居ないと言っても良い。

 

 が、それはそれとして伊丹の存在を受け入れ難く感じている者達も存在した。その筆頭こそがニーナ達アルヌス教団の多数を占めるロゥリィ強火勢である。

 

 彼女達の言い分はこうである。

 

 

『聖下の側に立つ事を許されるなどそれだけで妬ましいのにあまつさえ『死神』の二つ名でさえも剽窃するなど不敬不敬不敬不敬(以下エンドレス)』

 

 

 一言で言えば完全な嫉妬である。

 

 例えそれが崇拝の対象であるロゥリィ当人が選び、大勢が認めるだけの功績を何度も上げた人物だったとしても、それでも感情面から受け入れ認められない者も少なからず出現してしまう。今回その少数派となったのがニーナ達であった。

 

 何とも悲しい人間の性であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこの3人は見かけない顔だが新顔か? その格好からしてロゥリィの関係者に見えるが」

 

「お、おう、その通りだぜ。お姉サマが新しく建てる神殿で働きに来たっていうエムロイ教団の連中でよぉ」

 

「ああそういえば前にイタミ達がそんな話をしていたな。だが本人達は今は任務で基地を離れているからお前にガイド役が回ってきた、そんな所か」

 

「そうそうそうなんだよ!……だから決して仕事をさぼってるって訳じゃねーんだから、そこんとこ勘違いしないでくれよ!?」

 

 

 亜神であるジゼルが古強者の風格を漂わせているとはいえ、ただのヒトだろうプライスにはこうも腰が引けた態度を見せているというのは、神々への敬意が深いニーナ達からしてみれば非常に不可思議な光景に思えた。

 

 

「もしかしてぇ、ジゼル猊下とこのお爺さんって何かあったんでしょうかぁ?」

 

「シッ不敬ですよモーイ」

 

 

 小声でモーイが囁きフラムが叱ったが、内心ではフラムもこの見習い神官と同じ感想と疑問を抱いていた。

 

 ロゥリィの眷属の身内という近そうで遠い間柄にしては只ならぬ、明らかにそれ以上の因縁がありそうな雰囲気がジゼルとプライスの間に存在している。しかもそれはジゼルの方が負い目を抱く類の内容のようだ。

 

 するとおもむろにプライスがニーナ達の方へ顔を向けた。ブッシュハットの下で光る猛禽類の眼差しは気弱な一面を持つモーイなど「ひゃぅ」と小さな悲鳴を漏らす程の迫力だった。

 

 実際にプライスが意識を向けていた先は、ニーナ達の後ろから近付いてくるエルフの一団に対してだったのだが。

 

 上は美男子から下は美少年まで、金髪エルフの集団に取り囲まれたプライスは僅かに目を瞬かせる事で驚きを示した。

 

 テュカという身近なエルフの知り合いは居るがこちらは外見年齢ティーンエイジャーの少女である。男の、しかも幅広い年齢層の分かり易い特徴丸出しな美形エルフ集団に取り囲まれるのはプライスは今回が初体験だった(この場合ダークエルフの時については別カウント)。

 

 

「失礼だが君、少しよろしいかな?」

 

「……そっちも見ない顔だな」

 

「僕達は北の果てからはるばる何十回と月と太陽が入れ替わる程の時間をかけてようやくこの街に辿り着いたばかりなんだ」

 

「我々は人を探しにこの街へやってきたのだ」

 

 

 エルフ達は初対面とは思えない遠慮のない態度で言葉を重ねていく。

 

 彼らの代表者らしいエルフが懐から折り畳んだ紙を取り出して広げた。何度も折っては開いてを繰り返しただろう紙はかなりへたれてはいたものの書かれている内容は十分見て取れた。

 

 見覚えのある内容だった。炎龍と双子の新生龍を討伐した事を特地の言語で記載した、自衛隊がアルヌスや帝都でばら撒いたビラだ。

 

 伊丹の部下が撮った記念写真とは別の物……当時(本当は現在もそうなのだが)外交関係の都合で表沙汰に出来ない立場だったプライスとユーリが抜けた上で、伊丹に栗林とロゥリィ・テュカ・レレイ・ヤオといった炎龍討伐パーティがアルヌスに輸送されてきた炎龍と新生龍×2の首をバックに並んで撮り直された写真。

 

 公式記録として後世に残されるのもこちらになるだろう。プライスもユーリもその点については特に気にしていない。

 

 エルフの指先が写真に写るテュカをトントンと叩いた。

 

 

「僕達はこの彼女、十二英傑に名を連ねるホドリュー・マルソーの娘である彼女を迎えにやって来たのだけどね」

 

 

 それからしばしあーだこーだと妙に気取った口調で続ける男性エルフの説明を、プライスは胡乱気な顔でしばし聞き流さなければならなかった。

 

 

「とどのつまりテュカが貴様らとエルフの集落に同行しない理由に名前を出したイタミの事について教えろと、そう言ってるんだな?」

 

「そう、その通りなんだ! 古代龍を討ち取ったと喧伝しているが、見てくれよこのイタミという男のパッとしない姿! どう見たって古代龍を討伐した英雄とは思えないね」

 

 

 そうだそうだ、と他のエルフ達も同意を示す。

 

 彼らの主張は実際の所正鵠を射ていた。伊丹が炎龍に対して成功したのは胸部にLAM(対戦車ロケット弾)を直撃させるまでで、決定打となったのはエルフ達の目の前であからさまに気分を損ねつつあるイギリス人による対戦車ライフルの超長距離狙撃だったのだから。

 

 伊丹の出番は翌日のジゼルが嗾けてきた双子龍との戦闘が本番だったのだが、そこまで教えてやる義理はプライスにはなかった。そこまで仲良くなった覚えも無いし、仲良くしたいとも思えなかった。

 

 エルフ達の頭の中では実際に炎龍討伐に貢献したのは精霊エルフである彼女や同行していたエムロイの使徒たるロゥリィぐらいだろうと思われているらしい。

 

 こいつら全員の顔面をテーブルに叩き付けてついでに地面の味も教えてやろうか、とプライスは思った。

 

 付け加えるなら一部の客――――元コダ村出身者やダークエルフといった炎龍から実害を受けた被害者達がエルフ達へ剣呑な視線を向けつつあるのだが、向けられた側はちっとも周囲からの視線に気付いていない様子。

 

 実行に移されなかったのは注文した品が運ばれてきたので、未だ御高説を垂れるエルフ達からプライスが興味を失ったからである。

 

 

「ご注文のエールとツマミを持ってきましたよ、プライス大尉」

 

 

 グラスになみなみと注がれたエールと細長い揚げ物の盛り合わせを持ってきたのはテューレでもなければ他のウェイトレスでもなく、調理服姿の若い日本人だった。聞き覚えのある声だった。

 

 

「何処かで聞いたような声だな。皇宮で無線に出た伊丹の部下のフルタ、だったか?」

 

「はっその通りであります。今は付き添いも兼ねてこの食堂で調理を担当してましてね。プライス大尉にはこちらの料理の評価をして貰いたいと思いこうして挨拶に出てきました」

 

 

 こなれた手つきでツマミを盛った木皿がプライスの前へ置かれると、老兵の眉が興味深そうに持ち上がった。

 

 

「フィッシュ&チップスか」

 

「この間伊丹隊長がピニャ殿下、っと今はもうピニャ女帝でしたね、その付き添いで出向いた先が海洋国家だった関係で数は少ないですけど海の魚も直接仕入れる事が出来るようになったんですよ」

 

 

 地理的に自衛隊が居を構えるアルヌスは帝国が存在するファルマート大陸の中心部に近い。

 

 近隣の海岸部までの距離は最短で1000キロほど。冷凍保存技術や高速交通手段が確立されていない帝国内で海の魚は非常に貴重だ。元の世界と分断された島国出身の自衛隊員達が求めてやまない食料品の1つでもある。

 

 今回はヘリといった自衛隊の輸送手段とレレイ達魔導師が使える氷の魔法を用いた保存法を合わせる事で、微々たる量ながら海産物や魚の加工品を仕入れる目途が立ったのだという。

 

 魚料理といえば川魚が主体の内地で、珍しい海の魚を使った料理の出現を聞きつけた周囲の客の注目がプライスと古田に集まった。古田の顔に苦笑が浮かぶ。

 

 さくりと程好く軽く揚げられた魚の切り身へフォークを突き刺し、まずは何もソースを付けずにプライスはかぶりついた。

 

 しばし咀嚼。それからグラスのエールをグビリ。油と風味を爽やかな香りとコクのあるエールで洗い流す。プライスの口から満足げな溜息が漏れる。

 

 

「……悪くない。良い揚げ具合だ。衣に使っている酒は今飲んだのと同じ品種か」

 

「御明察です。どうぞごゆっくり堪能して下さい」

 

「すまんな」

 

 

 古田の方もプライスの反応に満ち足りた笑みを浮かべながら一礼し、調理場へ戻ろうとした所で声を掛けられた。

 

 

「あら古田士長ではありませんか。お久しぶりですわね」

 

「黒川二曹? 皇宮の料理人として潜入して以来ですから確かに久しぶりですね」

 

 

 そういえば黒川も元は伊丹の部下だったな、と思い出すプライス。

 

 黒川個人とは然程面識はないが、時折これから父親になる立場としての心構えや女性関係についてのお説教を伊丹へ説こうと追いかけ回している姿を目撃していたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと君、僕達の話を聞いているのかい!?」

 

 

 苛立ちが籠もったエルフの声にプライスは渋々目の前の現実に引き戻された。

 

 このままエルフ達の相手をさせられていては折角のフィッシュ&チップスも不味くなってしまう。

 

 まともな相手をするだけの興味も最早失っていたプライスが最終的に取った手段は……

 

 

「イタミについて話が聞きたきゃこっちの2人に聞け」

 

 

 

 古田と黒川に対応をブン投げる事であった。

 

 

 

 


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