GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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エピローグ:Homecoming

 

 

 

 

 

 

 ――――幾多の戦乱を繰り返した世界は、巨大な不発弾の上で薄氷の平穏を保っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<4年後>

 野本

 東京・銀座/慰霊式典会場

 

 

 

 

 

 

 その日は晴れていた。

 

 西側の某軍事大国の儀礼服(ブルードレス)に身を包んだ野本は、大学時代からの恋人で現伴侶であるトモと共に銀座を訪れていた。

 

 見る者が見れば一目で軍人用の儀礼服と分かる野本の格好はしかし、今日この時に限っては然程目立たぬ姿である。

 

 同じく銀座に訪れた周囲の通行人はまた多くが喪服に身を包んでいたり、少なからず見受けられる妙に体格の良い外国人に至っては野本と同様の儀礼服を纏っているからだ。暗色の正装が目立つ異様な人波を集まった報道陣のカメラが追いかけている。

 

 激しく突き出した胸元が張り詰めているのを除けば落ち着いたデザインの黒いドレス姿のトモが隣を歩く野本へ声をかける。彼女の左薬指では()()()()()()()()()()()()()()が煌めきを放っていた。

 

 

「このまま会場に入るの?」

 

「いや、その前に少しだけ顔を出したい所があるんだ」

 

 

 そう言って向かった先にあったのは真新しい交番だった。入り口前で道を尋ねている通行人の応対をする制服警官の姿が目に入る。

 

 制服の上に法執行機関向けの防護チョッキを着用した丸眼鏡の男性警官は、野本達の存在に気付くと4年前と比べて精悍さを増した顔つきを綻ばせた。

 

 

「ご無沙汰してます、野本さん!」

 

「変わらず役目を務めているようだな、良」

 

 

 一方は警官、一方は傭兵。

 

 大きくかけ離れた立場の2人の間にはしかし、短くも濃密な経験を共有した戦友としての友情が確かに存在している。

 

 

 

 

 ――――機甲部隊を伴うロシア軍の脱走兵部隊により銀座という区画一帯を占拠され、奪還されるまでのたった24時間足らずの間に民間人・公務員に膨大な犠牲を出したあの日から、今日で4年が経過していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 慰霊式典の会場である銀座駐屯地に多くの出席者が参列している。

 

 上は4年前から再選を経て続投中の嘉納内閣総理大臣を始めとした現政権の重鎮に始まり、下は4年前の戦闘に参加した自衛隊員、また作戦活動中或いは同時刻に発生した特地での動乱で殉職した隊員の遺族、その他発生当日に犠牲となった公務員・民間人の被害者の関係者に至るまで。

 

 その規模は数千どころか万に達しようかという規模。それはあの日発生した一連の事件に於ける犠牲者の膨大さの表れと言えよう。

 

 第2次銀座事件と後に呼称されるロシア軍脱走兵部隊占拠及び『門』破壊事件を経た銀座は、迅速な復興によって高級商業地としての名残を残しつつも、首都中心部への電撃的軍事侵攻を教訓とした異質の軍事都市に変貌した。

 

 EMP攻撃とドローンの集団運用による空爆によって陥落し、『門』崩壊の発端を招いてしまった銀座駐屯地は、奪還戦に於いて被害を受けた周囲の商業施設を徴収・改築を行う事でその規模を飛躍的に拡大。

 

 首都の中でもオフィスビルや商業施設が集中する一角という制約上、中隊以下規模に留まっていた配置戦力もまた倍以上に膨れ上がり。

 

 敷地面積の都合から少数の装甲車両のみに限定されていた機甲戦力は10式戦車や16式機動戦闘車が複数両配備され、有事の際は商業施設内の駐車場を改築した専用格納庫から即時首都圏へ展開可能な体制が構築されている。

 

 航空戦力は地上戦力と同じくヘリポートを構築出来るだけの平坦な空間を確保可能な商業施設の屋上を改築。

 

 UH-60J(ブラックホーク)CH-47J(チヌーク)の様なヘリコプターにとどまらず、着陸面に耐熱補強を施し緊急時にはV-22(オスプレイ)や空自運用のF-35(ライトニングⅡ)といったVTOL(垂直離着陸)機まで発着陸可能だ。他にも専用の滑走路無しで発進・着陸が可能な小型偵察無人機の運用設備まで配備されている。

 

 生まれ変わった銀座駐屯地は軍事基地としての役割だけでなく、奪還作戦の完了直前に特地との繋がりが突如として絶たれてしまった『門』の研究施設しての顔も与えられた。配備された戦力の充実ぶりにはそのような理由も存在した。

 

 また銀座のみならず、化学兵器搭載ロケット弾の爆撃を受けて壊滅した防衛省庁舎を含む市ヶ谷地区も急速な再開発によって日本としては異例の防備を有する軍事施設として新たな姿に生まれ変わっている。

 

 変化は東京だけにとどまらない。北は道内南は沖縄まで、東京同様基地設備と部隊装備の充実・拡大化が急速に行われている。

 

 当面の課題は人手不足だがそれを補うべく運用人員の省力化、AIや遠隔操作技術を活用した無人機といった新型兵器の研究にもこれまでとは比べ物にならない予算が計上され、活発な研究が推奨されつつあった。

 

 所属者と支援者の大半が逮捕か失脚か行方不明となり今や青色吐息な一部の野党・平和団体・自称有識者、必要な予算額の大きさに苦言を呈した財政関係者が反対意見を唱えたが、逆に言えば彼ら以外の日本国民はかのような軍事力増強を諸手を挙げて歓迎した。

 

 

 

 

 第3次大戦、第1次銀座事件、2度の外国人武装勢力による本土騒乱――――

 

 そしてその後巻き起こった日本周辺国に於ける軍事活動を伴う様々な事変は、日本に蔓延していた軍事アレルギーを反転させ、自衛隊の更なる重武装化を国民が声高に政府へ要求するようになる程の衝撃と危機感を列島中に齎したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手荷物検査を経て野本とトモは慰霊式典会場である新生銀座駐屯地へと足を踏み入れた。

 

 正門に入ってすぐの空間には、以前の銀座駐屯地前には存在しなかった巨大な花崗岩の壁が鎮座している。そこには多くの名前が刻まれていた。

 

 慰霊碑である。

 

 ベトナム戦争戦没者慰霊碑を模したと思われるそれに刻まれているのは2度の銀座を巡る攻防、そして特地側で発生した動乱にて殉職した自衛隊員達の名前と階級だ。また基地の外には警察官と一般市民に犠牲者を悼む為の慰霊碑も別個に祀られている。

 

 市ヶ谷駐屯地にも以前から殉職者慰霊碑が設置されてはいた。あちらはあちらで化学兵器による爆撃により新たに刻まれる墓碑銘の規模があまりに膨大であったのと、異世界という極めて特異な要素が絡む事例である点から分けて祀られる形となった。

 

 

「…………」

 

 

 目を細め、そこに並ぶ名前を1つ1つ目に焼き付けながら、やがて探していた名前を見つけた野本は踵を打ち合わせ、もう此処には居ない勇敢に戦った戦士達へと最敬礼を捧げた。

 

 慰霊碑には野本が知る戦友の名も刻まれていた。

 

 

『伊丹耀司 陸上自衛隊 二等陸尉』

 

 

 『門』切断当時、特地には3000名余りの自衛隊員が存在した。

 

 政府が詳細な状況を把握出来ぬまま取り残された彼らはMIA(作戦中行方不明)に認定され、状況の特異さから特例として殉職者同様に慰霊碑へと名を刻まれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案内役を務める隊員に誘導されて故人関係者用の席へと案内された野本は不意にトモから脇を突かれた。

 

 

「ねぇ。あそこに座ってるのって伊丹さんの元奥さんじゃない?」

 

「ああ、確かに梨紗さんだ」

 

 

 梨紗も野本達の存在に気付いた様子で、パイプ椅子に座ったまま小さく会釈してきた。

 

 2人も黙礼で応じ、ズラリと縦横に並ぶパイプ椅子の列の端へ座る梨紗の隣の席を確保する。

 

 

「ご無沙汰しています梨紗さん」

 

「あーそんな畏まらなくて良いってば。こうやって顔合わせるのは結婚式以来だっけ? 野本君は相変わらず傭兵続けてるの?」

 

 

 離婚済みとはいえ、別れてからも伊丹と交友関係を続けていた相手という事で、野本とトモの結婚式には梨紗も招待されていたのだった。

 

 

「はい、そうなんです。最近は新しく知り合ったっていうCIAの人に雇われたりしてるらしくて」

 

「トモさんそれ一応機密だから守秘義務が……」

 

 

 結婚してからも傭兵稼業を継続中の野本だが、ここ最近は銀座奪還作戦で面識を持ったCIAオペレーターのアレックスから指名を受けて時折諜報機関からの()()も受ける様にしていた。

 

 無論、仕事内容は野本が貫く傭兵なりの信念と正義を侵さない範疇しか受けないようにはしているが。それはそれとして新婚は色々と物入りなのである。

 

 

「いーいトモちゃん。亭主が危ない仕事やってて心配な時はね、自分の本音を直球で伝えなきゃ駄目よ!

 波風荒立てたくないからって何も言わなかったりとか、腰の引けた言葉で遠回しにとかは絶対にちゃんと伝わらない!もの でないと散々すれ違いを繰り返した挙句に別れようって話になっちゃうから! 具体的には私と先輩みたいに!」

 

「あ、あはは、肝に銘じておきます……」

 

 

 まさしく経験者は語るの一例である。

 

 捲くし立てていた梨紗だが、言いたい事を言い終えた彼女はゆっくりと息を吐き出したかと思うと、次の瞬間にはがっくりと肩を落として項垂れた。

 

 そこに浮かんでいるのは追憶と悔恨。

 

 

「本当に、こんな事になっちゃう前に、もっとちゃんと嫁らしい事やって気持ちを伝えてれば違ったのかなぁ」

 

「梨紗さん……」

 

「ゴメンねトモちゃん、変な事捲くし立てちゃって………今頃先輩達、どうしてるんだろうね」

 

 

 お互い事情もあったのだろう。

 

 だが過ぎてしまった事は変えようがない。秘密を抱え、すれ違いを繰り返した伊丹と梨紗は離婚して、真実を知って、やがて伊丹は『門』の向こうから戻る前に特地との繋がりが断絶してしまった事でMIA認定されてしまった。

 

 政府も特地との再接続を果たせないか努力はしているのだろう。だが次元を超えた異世界への『門』を開く技術など地球上には過去に前例が存在せず、特地側から収集予定だった開通の具体的手段についての情報も集まる前に『門』は閉じてしまった。

 

 1から手探りとなる以上、野本や梨紗が生きている間に『門』の開通法の基礎理論すら解明されない可能性だって十分にある。

 

 

「でも第3次大戦も生き残っちゃった先輩なんだから、もしかすると本人はケロッと異世界ライフを満喫してたり……なんて、ね」

 

 

 おどけたように梨紗はそう付け加えたが、それが虚勢に過ぎないのは表情を見れば明らかだった。

 

 掛ける言葉も思い浮かばず、野本とトモは項垂れて一気に縮んでしまった梨紗の背中を痛ましげに見つめる事しか出来なかった。

 

 そうこうしている内に慰霊式が始まった。

 

 厳かに式辞を述べる嘉納の声を聞きながら、野本は『門』が閉じて以降の顛末について思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何らかの要因で『門』が突然閉じた直後、世界全体が比喩ではなく文字通りの意味で激しく震えた。

 

 地球に存在するあらゆる場所が同時に震度5強の地震に襲われたのだ。

 

 地震大国日本では珍しい程度の認識でしかなかったし、戦場と化した銀座も含め地震そのものによる被害は微々たるものだったが、日本よりも地震慣れしていない世界各地では多くの被害が続出した。

 

 それによって異常振動の原因は『門』ではないか? と危険視の風潮が一時期広まったが、それ以上に世界中の注目を集めたのはやはり銀座を占拠したロシア軍脱走部隊についてだった。

 

 1番の被害者は当然ながら首都の中枢を標的にされ、短期間ながら銀座を武力占領されるだけでなく防衛省を地区諸共化学兵器で汚染された事で第1次銀座事件以上の犠牲者を官民に出してしまった日本である。

 

 国防の指揮中枢が壊滅し、都心部の交通網も物理的に破壊され、そこに『門』が閉鎖された情報も重なった影響もあり、円の価値や日経株価を筆頭に経済面でも日本は大損害を被った。

 

 その次が大隊規模の兵力と新型化学兵器(ノヴァ6)を保有した将官クラス(バルコフ大将)の逃亡軍人率いる脱走兵部隊が大国の首都を蹂躙するという新たな悪名を背負わされたロシアだ。

 

 CIA(アメリカ)と共に首魁であるバルコフを追跡していた諜報機関のチームが情報提供と作戦への助力に働いていたとはいえ、脱走部隊が欧州全土に生み出した地獄を今度は日本でも生み出すのを許してしまっただけでなく、『門』の消失までも許してしまった――――その失点が、余りにも大き過ぎる。

 

 逆に労せず益を得た者が居るとすればそれはアメリカだろう。

 

 表沙汰にはされていないが箱根・大島空港での戦闘に於ける暗躍発覚によって裏側では悪化していた日米関係だったが、銀座奪還作戦に於いては表向きには在日米軍、裏では加えてCIAの実働要員が援軍に加わっている。

 

 結果、アメリカはその名声と軍事力を同盟国である日本政府に日本国民、そして世界へと改めて知らしめたのだ。

 

 世界の警察はここに在り、と。

 

 

 

 

「お、おお? 日本……だよな。ここ?」

 

 

 

 

 何故察知出来なかったのか? 何故止められなかったのか?

 

 人は、大衆は、齎された被害が大きければ大きい程責任の所在を詳らかにせずにはいられない生き物だ。

 

 日本国民の怒りはまず日本政府へと向いた。箱根と大島で超国家主義派(マカロフ配下)残党を好き勝手暴れさせたのを許したにもかかわらず、今度は首都に前回以上の規模で以って上陸と蹂躙を許したのだから当然であった。

 

 迅速に在日米軍と合同で銀座奪還と下手人の排除を実現させたのを差し引いてもその責任は大きい。『門』の消失まで許してしまったのだから尚更だ。

 

 それにより嘉納内閣は前任の本井総理に続き内閣総辞職へと追い込まれた(尤もこうして来賓として出席している通り、嘉納は再任して2度目の嘉納内閣を興すのだが)。

 

 

 

 

「銀座……っぽいけどこんな感じだったっけここ? えらい人も集まってるし……」

 

 

 

 

 日本以上に批判と責任追及を受けたのがロシアである。

 

 日本政府を責めたのは主に国内の人間だったがロシアは文字通り世界中から標的にされた。

 

 何せ前科が前科だ。今度こそロシア本土を焼き尽くしてしまえという意見が市民どころか政府の要人からも続出したぐらいだった。各国閣僚の理性があとほんの僅か足りていなかったら、今度はロシア国内に世界中の軍隊が攻め込んでのWW4が勃発していてもおかしくなかっただろう。

 

 だが後日発表された調査結果によって流れは一変する。

 

 ユーリ達が入手した中国共産党・中央軍事委員会の幹部がバルコフに協力していたという情報が世界中に公開されたのである。

 

 欧州中に散布された化学兵器の出所が中国軍のフロント企業がアフリカに設立した兵器工場である、という情報まで流れるに至り、それらが世間に与えたインパクトはそれはそれは凄まじいものと化した。

 

 

 

 

「あのーそこの人もしもーし」

 

 

 

 

 一転してやり玉に挙げられる中国。

 

 特に生産された化学兵器の直接の被害者である欧州は激しくいきり立った。

 

 とはいえこの時の薹徳愁(とう・とくしゅう)国家主席率いる中央人民政府の人々には幸運が付いていたと言えよう。

 

 裏切者である当の解放軍幹部は米露諜報部タスクフォースの作戦活動中にバルコフ配下の自爆に巻き込まれて、とうにこの世からいなくなっていたからだ。

 

 死人に口なし――――昔からの格言に共産党は倣った。

 

 アフリカの化学兵器工場運営を含むあらゆる責任を死んだ裏切者の人民軍幹部に押し付け、他に関わったと思われる者を片っ端から捕らえ終えると、各国の親中国派を動かして怒りの矛先を逸らしつつ形だけの弁明で凌ごうと試みたのである。

 

 その企みは、ある程度の効果を発揮した。

 

 中国が経済大国としての絶頂期を迎え、かつロシアや西側の主だった大国が悉く先の大戦による軍事的・経済的疲弊から立ち直れていなかったのも大きい。本位前首相の()()()で協力的な野党議員やマスコミ関係者を根こそぎ失った日本を除き、親中国派の政財界人による援護射撃を受けたお陰で中国へのバッシングは時間をかけながら少しずつ鎮火していった。

 

 ……その幸運を中国は生かし切れず、最後は台無しにしてしまうのだが。

 

 

 

 

「ちょっと今は静かに――ってえぇムグムグムグ!?」

 

「わーっタンマタンマあんまり騒がないでくれ!」

 

 

 

 

 転落のきっかけは中共の中部地方に位置するある都市を起源とした新型感染症の感染拡大(パンデミック)

 

 中国共産党はパンデミック発生を隠蔽しようと試みるも、中国国内にて急速に発達したネット網とSNSによる情報伝達速度は政府の想定を遥かに上回った。最終的にネット回線の大規模検閲態勢を整えるも、その頃にはパンデミックにまつわる情報は世界に流出してしまった。

 

 折しも第3次大戦に於いて事前に潜入していた敵国工作員の暗躍により大損害を浴びた事で、世界各国は揃って外国人の入国管理を大戦前より格段に厳重な仕組みに変えていた。

 

 中華由来の新型感染症について情報を入手した各国は新たに入国してきた中国人の即時隔離を実行。そのお陰で新型感染症陽性者の大規模流入阻止については成功したものの、それでも隔離実行以前に入国した中国人により少なくない被害が世界各国で続出する事となる。

 

 中国を襲った災難はそこから本番。

 

 新型感染症の爆心地(グラウンドゼロ)である都市にはウィルス研究所が存在した。

 

 ――――問題は、その研究所ではBC(生物・化学)兵器の研究も行っていると以前から噂されていて、おまけにその情報がネットや専門家の口を通じて一般市民にも伝わった事。そして実際に前科(化学兵器開発)もあると世界に知れ渡っていた事だ。

 

 

 

 

 それを聞いた世界中の人々がこう思った。

 

 ――――中共の連中はアフリカで化学兵器を作って、それをロシア人が手に入れたせいで欧州全土は毒の地獄に変えられた。

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 

 

 

 それが事実だったのか今となっては定かではない。

 

 隠蔽工作がウィルス研究所での研究内容にも及んでいたせいで、中国自ら反論の根拠となる筈だった資料の信頼性を損ねてしまったからである。

 

 奇しくもその一方的な認識は新型感染症すらも上回る勢いで情報的パンデミックを引き起こした。

 

 第3次大戦はロシアが世界の敵になった。

 

 今度は中国の番だった。

 

 国内ではロックダウンしても尚収まらぬ感染拡大、国外からは世界各国からの経済的制裁と一方的な貿易停止が中国を襲う。

 

 勿論、中国も必死に反論や弁明、時には恫喝も交えて事態収拾に奔走した。だが右肩上がりに増え続ける感染者への対応と急激に不信感を膨れ上がらせる国民の鎮静化に人民解放軍すら動員せざるを得ず、中国経済と治安、何より国際関係は悪化の一途を辿っている。

 

 むしろインフラ復旧と新型感染症に追われる西側の軍事力が5年以上経った今でも回復し切れていないお陰で、世論に押された西側各国が世界の敵という大義名分を掲げての中国本土攻撃という第4次大戦の引き金を引かずに我慢出来ているのが今の国際情勢だ。

 

 

 

 

 世界は巨大な不発弾の上で薄氷の平穏を保っている。

 

 あとほんの少し些細な衝撃が加わっただけで世界を巻き込む大爆発を起こすのか、それとも耐え凌げるのか、それは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ついつい物思いに浸り過ぎてしまったようだ。

 

 

「む?」

 

 

 ふと野本は慰霊式典の場が異様な沈黙に包まれているのに遅まきながら気付く。

 

 壇上の嘉納が、列席する出席者らが、果ては自衛隊員達までも直立不動を崩し、唖然とした顔で野本達の方へと顔を向けて固まっていた。

 

 腕を引っ張られる感触。驚愕の表情を浮かべたトモと目が合った。

 

 

「の、野本君アレ」

 

 

 動揺のあまり結婚前の呼び方に戻った嫁がプルプルと反対側、梨沙が座る方を指差した。

 

 

「どうしたっていうんだトモさ――」

 

 

 示された先へ振り返る。

 

 そして野本も絶句する。

 

 

 

 

「あ、あははは……久しぶり」

 

 

 

 

 ――――多数の自衛隊員と共に異世界に取り残された筈の伊丹が、梨沙の隣に出現していたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、伊丹!? どうして此処に!? 何処から現れたんだ!?」

 

「何処からって、そりゃあ特地から『門』を通ってだけど」

 

 

 ほらあれ、と立てた親指で伊丹が示した先には宙に浮かんだ鏡か水溜まりと形容すべき存在がいつの間にか出現していた。

 

 野本は実物を見るのは初めてだったが、どうやらあれが噂の『門』らしい。

 

 

「そ、そうか」

 

「ところでえんらい人が集まってるけど、何かイベントでもやってるの? ってか此処銀座なのか?」

 

「ああ。例の戦いで亡くなった兵士や民間人の慰霊式をしていたんだ。ここが銀座なのは合っているが、そっちはこの場所を指定して『門』を開いたんじゃないのか?」

 

「いや、場所というよりは目印を探して『門』を開いた先が此処だったというか」

 

「目印だって?」

 

 

 頬を指先で掻きながら伊丹は野本に解説する。

 

 

「ほらさ、『門』が閉じる少し前に野本達へ送った物あっただろ?」

 

 

 伊丹は学都ロンデルからベルナーゴ等を巡る資源探査任務に出発する直前、野本とエンリケ、モンゴメリら箱根~大島での戦いに協力してくれた傭兵達に感謝の礼としてある物を送り付けていた。

 

 

「ああ、()()()()()()()()()()か」

 

「そうそれ。あれって元々はもっとデカいサイズだったのをロゥリィに頼んで捌き易いサイズに砕いて貰った物だったんだけど」

 

「あれでまだ小さくした方だったのか……」

 

 

 呟いた野本のこめかみを汗が流れた。

 

 余談だが野本達の元に届いたダイヤモンドは極めて透明度が高い高品質の原石であり、最低でも小指大のサイズはあるそんな代物が何十個と袋に詰まっていた事をここに記しておく。

 

 出所の都合上、公の鑑定書や鑑別書を用意出来なくとも、品質・品数共にひと財産作るには十分過ぎる規模だ。

 

 

「『門』で特地と地球に繋ぎ直すにはさ、俺が持ってる分のダイヤと地球に送った分のダイヤの両方を目印にする必要があったんだよ。で、実際にこうして繋いでみたら――」

 

「繋がった先が此処(銀座)だった、という訳か」

 

 

 野本の目は自然と傍らのトモ、その左薬指に填められた結婚指輪へと引き寄せられた。

 

 驚き過ぎて会話に口を挟めずにいた彼女も、野本に目を向けられるとハッとした様子で己の手元を見つめる。

 

 

「ダイヤってもしかして、野本君とあの日作りに行った時に持ち込んだこれの事なのぉ!?」

 

「あれ言ってなかったの?」

 

「流石に異世界の宝石を貰ったと迂闊に広める訳にはいかないだろう」

 

「それもそだねぇ」

 

「他にも色々と聞きたい事はあるが……」

 

 

 野本は立ち上がると、伊丹へ色気たっぷりの敬礼を送った。

 

 

「再会出来て嬉しいぞ、戦友。よく生きて戻ってきてくれた」

 

「ああ、俺もだよ。戦友」

 

 

 伊丹もまた男臭く笑って答礼を返した時だった。

 

 SP達を置き去りにして壇上から駆け下りてきた嘉納が物凄い勢いでやってくるに伊丹が気付く。

 

 

「い~た~み~!!!」

 

「あ、嘉納さん。どうもどうもご無沙汰しまして。いやぁそれにしても少し見ない間にずいぶん老けちゃって――」

 

 

 日本の最高指揮官のこの行動が奇妙な空気に包まれたこの場を一変させる引き金となった。

 

 次の瞬間、慰霊式典の場が爆発した。それは特地への『門』が再開通した事に対する驚愕の叫びであり、混乱の悲鳴であり、特地に取り残された自衛隊員の関係者にとっては再会への歓喜の咆哮であった。

 

 嘉納を筆頭とした政府関係者や出席者が伊丹へと押し寄せて彼を吞み込んでしまう直前、慰霊式典の撮影を行っていたあるカメラマンは伊丹の存在を捉えると、反射的にシャッターを切った。

 

 所在無さげに立ち尽くしていた彼の写真は、『門』の再開通という一大ニュースと共に報道機関を経て世界中に広まる事となった。

 

 その1枚の写真はやがてこう名付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――『英雄(Hero)(is)帰還(back)』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

『家とは、貴方が帰らなければならない時に受け入れてくれる場所である』 ――ロバート・フロスト

 

 

 

 

 

 

 

 

GATE:Modern Warfare

 

END

 

 

 

 




読者の皆様、足掛け6年弱もの間お付き合いありがとうございました。

作中の帰還タイミングがちょうどリアルの今に近くなったのに気付いて時事ネタを混ぜてみた結果、閉門後の世界情勢はこのような形になりました。
……何で3巻分が1巻2巻の合計分まで膨れ上がってるの?(困惑)

原作外伝枠の帰還までの空白期については後日改めて別作品扱いでちょこちょこ書いていく予定です。


次回作の原動力となりますので、感想など読者の皆様からの反応お待ちしております。

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