<2017年秋>
ディレル・アメリカ合衆国大統領
アメリカ・ワシントンDC ホワイトハウス
銀座に発生した『門』についての報告書を流し読みしたディレル大統領はおもむろに言い放った。
「補佐官、『門』はフロンティアだ」
すると報告書を渡した補佐官は、戸惑いがちな表情になりながらもオーバルオフィスの主にクギを刺す。
「閣下。今はフロンティアの開拓よりも足元の再整備を優先すべきです」
「それは無論承知しているとも。ホワイトハウスはどうにか再建できたが、ワシントンやニューヨークはまだまだ復興からは程遠い状況である事もね」
ディレルもまた真面目腐った表情になると、補佐官に向けて大きく頷いてみせた。
鼻から深く息を吸い込むと、朝食代わりに齧っていたトーストの香ばしい匂いに混じり、ほのかなペンキの臭いも感じ取れたような気がした。ペンキの残り香が嗅ぎ取れてもおかしくないほど、アメリカ合衆国の中枢であるホワイトハウス再建が完了したのはつい最近であった。
ディレル自身が語った通り、ワシントンDCやニューヨークを筆頭としたアメリカ東海岸は突如進行してきたロシア軍により壊滅的な打撃を受けた。ほんの1年前の出来事である。
ホワイトハウスはロシア軍によって陥落し(のちに奪還)、CIAの本部にペンタゴン、キャンプ・デービッドなどの主要政府機関は次々と破壊され、世界金融の中枢であったニューヨークはウォール街を筆頭に廃墟と化し、ニューヨーク港周辺は捨て身の作戦によりロシア艦隊の墓場と化したが、水底に沈んだ大量の船の残骸は未だ放置されたまま。
おまけにロシア軍侵攻直後、ロシア本土から突如発射された核ミサイル(原因は今も不明)が東海岸上空で炸裂。大気圏外での炸裂だったため放射能汚染は免れたが、発生した
EMPによって侵攻してきたロシア軍、そして苦戦しつつあった米軍も平等に大打撃を受けた。しかしこれがなければホワイトハウスを筆頭に占領された重要施設をロシア軍から奪還できず、米軍は祖国の大地を自ら焼き尽くす焦土作戦の実行に踏み切っていたとされている。
だがEMPによって刻まれた爪痕がアメリカを苦しめ始めたのはロシア軍が撤退してからが本番であった。
考えてもみて欲しい。現代の生活において個人の暮らしから膨大な都市インフラの運営に至るまで、電子機器を必要としていないものは今や無いに等しい。
そして発生したEMPは、あらかじめ厳重な対策が施されていた極一部の重要施設を除き(なおそこには一時的に陥落したホワイトハウスも含まれる)、戦場で酷使されるのが前提で開発された数々の兵器を鉄屑に変貌させるほど強力だったのである。
兵器以上に脆弱な都市インフラなどひとたまりもなかった。
東海岸の都市機能は完全に麻痺した。各国の首都を土地ごと化学兵器で汚染された上にロシア軍の機甲部隊に蹂躙された欧州と比べればまだマシ、なんて意見も慰めにもならないほどの悪夢であった。
しかもロシア軍によるアメリカ本土ならびに欧州全土への侵攻により生じた影響は、純粋な人的被害もさることながら、金融業界もニューヨーク壊滅により財務関係者がショック死するレベルの惨状と化している。
同盟国の支援も当てにはできない。なんせ向こうも甚大な被害を受けているのである。
加害者であるロシアもロシアで、アメリカ侵攻はともかく欧州侵攻については、和平交渉に向かった当時のロシア大統領がマカロフに拉致された結果生じたわけであり、つまりロシアもたった1人の男に振り回された被害者であるというややこしい立場なわけで……
とにもかくにも今のアメリカは(そして被害を受けた各国も)無い無い尽くしの状況に置かれていた。
ただでさえインフラ整備には費用も人手も時間も必要なのだ。様々な分野でチートと称される超大国でも、ここまで大打撃を受けてしまっては限度というものがある。
この首都ワシントンDCですら、真っ先に再建されたアメリカの象徴たるホワイトハウスや国会議事堂周辺以外のインフラは、完全に再建されたとは到底言えない現状なのである。
「今の我々には何もかもが足りていないのだよ。軍には愛国者である有望な若者達が続々と志願しているとはいえ、現時点ではロシアとの戦争で失った兵の穴埋めには質も量も到底及ばない。
彼らを立派な兵士に育て上げるまでに必要な予算も膨大で、一部の議員からは軍部に回すよりもインフラの復旧に優先して予算をまわせと、私の下へひっきりなしに陳情に来ている」
大統領は苛立たしげに新調したばかりのデスクを指で叩き始めた。
「ああ、彼らの言ってる事も正しいとも。しかしだ。ロシアに散々ぶん殴られた記憶がいまだ国民の意識に鮮明に残っている現状で、軍事費用を削ろうものなら我がアメリカ国民はどう思うかね?」
泥棒に自宅を荒らし回されておきながら、家のセキュリティを厳重にするどころか、逆に安物の鍵に替えようとしているように映るであろう。
尋ねておきながら答えなど聞きたくないと言わんばかりに、ディレルは手の平でデスクを叩き、同じ言葉を繰り返した。
「今の我々には何もかもが足りていないのだ! だからこそ、今の我々にこそ『門』が必要なのだ!」
どうにかして『門』の向こう側から得られるであろう手つかずの資源、技術格差から生じる経済的優位、汚染されていない自然などが持つ価値と利益を可能な限り確保しなければならない。
そう考えているのはアメリカだけではない。同じく大打撃を受けた欧州各国。度重なる無茶な大規模侵攻により膨大な戦費を費やしてしまい、その穴埋めが必要なロシア。
米露が打撃を受けた分、相対的に大幅にその影響力を肥大化させつつある中国。そしてあいも変わらず支離滅裂な妄想をまくし立てて発言力と利益を強請る韓国。
今や多くの国々が『門』に、ひいては『門』が出現した日本へ、大いに注目している。
また同時に日本という国は、中共や半島を除いてもアメリカや欧州よりもよほどロシアの近くに位置しているにも関わらず、どういうわけか本土侵攻を受けずに見逃されたおかげで、外国に支社を持つ企業や海外に在留していた日本人を除きWW3において直接的な被害を受けていない西側陣営という、非常に稀有な存在でもあった。
そこへ加えて今度は『門』の出現である。世界規模の危機に1人難を逃れたどころか、いきなり宝の山まで手に入れてしまったわけである。
そんなわけで、アメリカを筆頭にロシアから直接的な被害を受けた西側諸国が日本へ注ぐ注目の視線には、「何でお前だけ美味しい目にばっかりあってんだふざけんな」という一種の妬み嫉みも大いに含まれているのが、現在の実情でもあった。
「ご安心下さい大統領閣下。我が国と日本とは友邦です。価値観を同じくする国であり、経済的な結びつきも強固です。『門』から得る利益は我が国の企業にも解放されるでしょう。また、そのように働きかけるべきです」
「それでは足りないのだ。全く足りないのだよ」
冷静さを取り戻したディレルは溜息を吐きつつ、補佐官の言葉に首を横に振った。
「この国の金融の中心であったニューヨークも復興しきれていない以上、軍備を整え直す為にも、東海岸を完全に復旧させる為にも、日本からの支援と『門』からもたらされる権益をもっともっと確保する必要がある。
積極的関与の手段に派兵を検討しようにも、送るべき兵に事欠いているのがこの国の現状だからな」
ここ数年における米軍が受けた被害の規模はまさに悪夢のようであった。
2011年には中東某国で発生した核爆発により、独裁者捕縛の為に送り込んだ海兵隊員3万人が消滅。その後もアフガニスタンを筆頭に中東での米兵の被害は悪化の一途を辿り、極めつけがロシア軍によるアメリカ本土東海岸ならびに欧州全土への全面侵攻に対処するための大規模派兵である。
特に中東で3万人を核攻撃で失った海兵隊と、レンジャー部隊やデルタフォースを筆頭に多数の精鋭が戦死した陸軍の消耗は甚大であった。そのため今の米軍は、特に占領政策に不可欠なとなる経験豊富な歩兵が少ないのが現状である。
そして先程ディレル自身が述べた通り、現代の軍隊における兵士の養成コストは高額なのである。
その昔、ロシアの前身であるソビエト連邦を象徴する有名なジョークとして『ソビエトでは兵は畑から取れる』というものが存在する。
だが現実には、兵士が扱う兵器は工場で量産できても、高額な兵器を使いこなせる兵士を生み出すには十分な訓練が不可欠なのだ。技術の進歩に伴い、機能や操作方法の煩雑化が増大の一途を辿る現代では尚更であった。
兵の訓練だけでも金がかかる。だが訓練のための金も大いに不足しているのが、今のアメリカの現状であった。
「報告によれば『門』の向こう側での戦闘は苛烈きわまりなかったようだね?」
「弾薬の使用量が尋常ではなかったようです。ですがここ最近は落ち着いています」
「ならまずは消耗した分の武器弾薬調達をこちらで受け持ってやるよう日本政府に申し出るとしよう。もちろん相応の代金は頂くがね」
「現段階ではその程度で良いでしょう。こちらの手間も値段交渉と兵器産業界への声かけだけで済みますからね。ロシアとの戦争が予想以上に早く終わったせいで、使う兵のいない兵器弾薬がかなりダブついているそうですから、あちらにとっても渡りに船でしょう」
ですが、と付け加える補佐官。
「『門』に送り込まれた派遣部隊が使用しているとされる兵器の殆どは世代落ちの旧式ばかりですが、少数ながら試作或いは試験評価中の新装備を『門』に持ち込んでいるとの情報もあります」
「覗き見されたくないから異世界で新型兵器の実戦テストというわけか。涙ぐましいものだが日本もやる事はやっているということだな。
とにかく今はなるべく手間をかけず、どうやって日本から金を搾り取るかの算段を考える事に専念するべきだ。ああそれから自衛隊で思い出したが……」
1度は放り出した報告書を手に取り直したディレルは、改めて中身に目を通しながら補佐官に尋ねた。
「自衛隊に復帰していたという例の部隊の生き残り、『銀座事件』で世界中に名を売ったあの日本の軍人の居場所は、やはり現在も『門』の向こう側かね?」
「その通りです。大統領閣下」
補佐官の回答にディレルは「そうか」と呟いたかと思うと、大国の指導者とは思えない程に凶悪な忌々しい表情を浮かべて舌打ちを発したのである。
<それより数日前>
自衛隊特地派遣部隊
ファルマート大陸・アルヌスの丘
空からの目が敵集団――いや、集団と呼ぶにはあまりにも多過ぎる、特地と呼称される異世界の軍勢を静かに見つめていた。
軍勢の上空に浮かぶドラゴンという名の航空戦力よりも更に数百メートルも上の高度を飛ぶ空の目の正体は、スキャンイーグルという中型の無人偵察機である。
この無人偵察機は当初、試験導入的に極少数を陸上自衛隊で運用していたに過ぎない代物であったが、2度に渡るロシア軍の大規模侵攻に脅威を抱いた時の政府によって、急遽導入数を大幅に増やしたという経緯があった。
その中でも今、異世界の夜空を飛んでいるスキャンイーグルは、かのF-2戦闘機や10式戦車を筆頭に多くの国産兵器を研究・開発してきたかの技術研究本部と、技研に比べていまいち影の薄い事務担当の装備施設本部などが統合されて新たに発足された防衛装備庁。
その開発部門が新たに遊び……ではなく弄り……でもなく、ともかく手を加えまくり、飛行速度や航続時間、耐久性の向上にエンジン音の静粛化、センサー類の増設と高性能化などなど、様々な改良が施されたできたてほやほやの新型偵察機なのである。
元々特地方面派遣部隊の装備は、地球への撤退時に放棄する事態を前提に旧式な兵器ばかりで統一されている。小銃は64式、戦車も74式という按配である。
なのになぜ最新鋭と言っても良いスキャンイーグル改(仮称)が特地に持ち込まれたのかといえば、優れた飛行可能高度と航続時間を持ちながら、発射用のカタパルトとスカイフックという回収用設備さえ用意できれば滑走路のような広く整備されたスペースを構築しなくてよいという特徴を有しているからであった。
操縦は高機動車をベースに、結構なサイズのパラボラアンテナと操作設備を備えたコンテナを搭載した専用の誘導車内にて行う。
通信衛星が存在しない異世界なので、操縦者はまさに巨大なラジコンそのままに、直接専用車のアンテナからスキャンイーグルへと電波を発信して操作するのである。
「こちらスノーウィンド。接近中の敵部隊を発見。規模は地面3分に敵が7分。繰り返す、地面が3分に敵が7分だ!」
無人機の操作員は複数並んだディスプレイのうち、機体搭載のカメラから送られてくる映像を確認するなり無線へ怒鳴りつけていた。
無人機のカメラは夜間飛行という事で、赤外線画像モードに切り替えて地上を映している。墨画のように濃淡で描写された地表では、まるで巣から一斉に溢れ出た蟻のごとく、大量の人の形をした動体が蠢いている。
これら全てが現在自衛隊特地派遣部隊と戦闘状態である敵――
異世界の軍勢が『門』周辺を確保・展開した派遣部隊へ攻めてくるのはこれで3度目である。
1回目と2回目は白昼堂々、今以上の大軍で押し寄せてきたが、いずれも自衛隊側の砲兵部隊や銃火器による一斉攻撃でことごとく、かつ一方的に粉砕されていた。
そしてこれが3回目。夜襲である。
月も出ていない夜闇に紛れれば、とあちらの指揮官は考えたのであろう。しかしこの世界の人々には、ドラゴンよりも高い空から静かに闇を見通す事ができる天空の目によって早くも察知されていた事など、知る由もなかったのである。
「最初と比べるとオークだかオーガーだかみたいな巨人の兵士がほとんど残ってないな」
操作員の背後からズームインされたカメラの映像を覗き込みながら、騒ぎを聞いて駆けつけた情報分析班の隊員がそう呟いた。
「その手の人型モンスターは真っ先に突っ込ませて、敵の動きを封じたり混乱させたりするのに使う捨て駒扱いだそうだからな。大方が最初の戦闘でやられちまったんだろう」
と別の隊員が返す。
「歩兵部隊より後方に多数の大型兵器を発見」
更に操作員からの報告。大型兵器といっても、投石器やバリスタといった、中世レベルの攻城兵器に過ぎない。しかし万が一仮に射程内まで運ばれてしまっては、隊員や兵器に被害が出るかもしれない。
同じ映像を誘導車から若干離れた地点に設置された作戦本部で見ていた、特地方面派遣部隊指揮官を務める狭間陸将は、少し考えてから重々しい声色でもって決断を下す。
「よし、野戦特科部隊に通達。ドーンハンマーの使用を許可する。装填が完了次第、こちらの合図で攻撃を開始せよ」
「了解。野戦特科部隊に通達します」
司令部からの命令を受け、陸上自衛隊では野戦特科部隊と呼称される地上攻撃専門の砲兵部隊がきびきびと活動を開始する。
普通科の主力銃器が64式、戦車が74式というように、派遣された特科部隊が運用するのは型落ちの75式自走155ミリ榴弾砲である。
しかし大砲自体は骨董品でも、装填されようとしている砲弾は最新技術を結集した新型砲弾であった。
「弾種、誘導砲弾装填!」
「誘導砲弾装てーん!」
通常弾頭との間違いを防ぐ為に、いちいち声を張り上げて装填する砲弾の種類を知らせ合いながら、75式独特のドラム式弾倉へ指定の砲弾を載せる。砲弾は機械によって砲口内へと装填されるが、砲弾を撃ち出す為の炸薬はまた人力で行わなければならないのが75式のややこしいところである。
正確無比で知られる自衛隊の特科部隊でも、月明かりも照明弾も存在しない真っ暗闇の中での砲撃は流石に厳しい。だが今回の場合、具体的な照準を行うのは撃ち手である彼らではないのだ。
「砲撃準備よーし!」
『スノーバード1、こちら司令部。目標の大型兵器へレーザー照射を開始せよ』
『了解。目標へのレーザー照射を開始する』
まず、上空を飛行中のスキャンイーグル改の下部に搭載されたレーザー目標指示装置から、誘導用レーザーが攻撃目標に指定された攻城兵器へ照射される。
もしかするとこの特地に生息するファンタジーな生物の中にはこの波長の光線を知覚可能な種族も存在するのかもしれないが、少なくとも地球の人類とほぼ変わらぬヒト種ばかりで構成された連合諸王国軍の中には、数千メートル上空から照射された誘導用レーザーを知覚できた者は誰1人としていなかった。
『目標、捕捉完了』
『司令部よりスノーバード1へ。砲弾の信管は着発に設定せよ』
『了解。信管の設定を着発にセット』
『特科部隊へ伝達。砲撃はじめ!』
「了解。砲撃はじめっ!」
砲の周囲で作業中だった特科隊員が背を背けて両耳を塞ぐと、轟音が異世界の丘で鳴り響いた。
発射された砲弾はまず飛翔しながら制御翼を展開し、次に弾頭の先端部分に内蔵されたセンサーが、スキャンイーグル改から目標へ向けて照射された誘導用レーザーの反射光を捕捉する。その反射光を目指して砲弾は制御翼を使って自ら軌道修正を行うのである。
このような誘導砲弾の利点は、まずミサイルよりも安価で数も揃え易い点に尽きる。信管と誘導翼を追加すればいいので、既存の通常砲弾を無駄なく流用できる。誘導は発射後に前線の観測員が行うので、砲弾の規格さえ合えば75式のように既存で旧式の大砲からも発射可能だ。
何より前線で目標を指定する観測員や偵察機さえいるのであれば、ただでさえ高額な運用コストや整備された滑走路が必要な戦闘機や大型の無人攻撃機をわざわざ飛ばしては兵装と燃料補給にいちいち着陸させて整備を行わなければならない分の手間とコストを、最小限に抑えられるのである。
今回の派遣において自衛隊が持ち込んだドーンハンマー誘導砲弾の誘導システムはレーザー誘導。
レーザー誘導以外にGPSを用いた誘導システムも存在する(例としてかの軍事大国アメリカが開発したエクスカリバー弾など)が、それらはGPSに必要不可欠な人工衛星が存在しない特地では役立たずである。
それゆえスキャンイーグル改やドーンハンマーのような例外を除き、特地派遣部隊が持ち込んだ兵器類はどれもデータリンクシステム全盛期の現代戦では今や骨董品の、GPSや通信衛星に頼らないタイプの旧式兵器ばかりなのであった。
ドーンハンマーを使用するのは今回の戦闘が初めてだ。しかも月のない闇夜である。
それでも技術大国日本の粋を集めて開発された誘導砲弾は、見事に指定された目標へと直撃した。
木製の攻城兵器など、はるか上空から降ってきた数キログラムの高性能爆薬相手にはひとたまりもなかった。
そして着弾の瞬間まで無人機のカメラと誘導用レーザーを目標へ向け続けていた操作員は、白黒の映像の中で攻城兵器を人力で運んでいた人々がまとめてボロ切れのように吹き飛ぶ瞬間を目撃した。
「目標命中。標的は完全に破壊された」
『こちら司令部、次の目標をマークして攻撃の誘導を続行せよ』
「スノーバード1了解」
次々と運搬中の攻城兵器に照準を合わせては砲撃の誘導を繰り返していく。
砲撃を受ける側からしてみれば、まさに悪夢である。自分達が見通すのも困難な夜闇の中から、正確に後方の攻城兵器ばかり破壊されているのだ。
あまりに突然かつ優先的に後方の部隊ばかり攻撃されている状況から、いつの間に背後に回っていた敵の大規模な伏兵による攻撃ではないか――そう判断するのも仕方のないことであった。
「敵部隊が進行速度を速めたぞ」
「後ろから追い立てられてると勘違いしたんじゃないか?」
「敵も優先的に大型兵器ばかり叩かれてるのに気づいたらしい。残りを運んでた連中も兵器を放棄して走ってるぞ」
などなどと、迷彩服姿の男達が広いとは言えない空間で肩を寄せ合いながら画面を覗き込み合う様子は、傍から見れば滑稽に見えるかもしれなくても、彼らの方は大真面目に己の職務に専念しているのである。何せ彼らの行動と選択によって、現在進行形で何人もの人間が次々と命を落としつつあるのだから。
無人機のカメラが、放棄された攻城兵器から進軍速度を増した歩兵の軍勢へと注目を移す。
1回目と2回目の侵攻だけでも推定で万単位の被害が出ているにもかかわらず、それでも地表を埋め尽くさんばかりに溢れる敵の軍勢を改めて見せつけられると、冷静沈着な思考能力が求められる無人機の操作員や情報分析班の隊員も驚嘆するやら呆れるやらであった。
そして地上部隊だけでなく、数は少ないが背中に人を乗せたドラゴンによる航空部隊も、上空より敵部隊に随伴している。
特地のドラゴンは、地球流で例えるならば戦闘機よりは武装ヘリに近い機動性能を持つ存在である。運動性は高いが戦闘機ほどの飛行速度は持たず、鱗の強度は歩兵クラスの武器では貫通が難しいが対空機関砲までは防げない。高射特科の自走対空砲さえあれば楽に撃破できるのは、先の2回の侵攻を迎撃した際に実証済みなのであった。
情報分析班の隊員はその事を知っていた。でもって先んじて榴弾砲をぶっ放していた野戦特科以外にも高射特科から普通科に至るまでとっくに戦闘配置済みだとも把握しており、余裕をもって天空からの目で地上の様子を睥睨していたその隊員は、つい調子に乗ってこんな意見を具申してしまう。
「敵地上兵器への攻撃テストは成功したんだから、敵航空戦力にも通用するか試してみないか」
「敵航空戦力――って」
操縦員が分析班の隊員の視線を追った先には、無人機の存在に気づかず飛行中のドラゴンが映っていた。
「先頃のロシアとの戦争で、アメリカさんは無人機から発射したヘルファイア空対地ミサイルやAC130対地攻撃機による砲撃で戦闘ヘリの撃墜をたびたび行ったと確認されている。ドーンハンマーもレーザー照射による終末誘導ができるんだから理論上はやれる筈だろ。実戦で実証できる良い機会だとは思わないか」
との事。随伴飛行中のドラゴンのサイズは中型の輸送ヘリより若干大きい程度であり、敵武装ヘリを想定した仮想標的としては確かにうってつけかもしれない。
もう1人の分析班隊員は「そうかもしれんが……」と乗り気ではないが、かといってハッキリと反対もせず、標的への誘導を行う張本人である操縦員は「上が許可すれば……」と上官に丸投げした。
司令部の狭間陸将はGOサインを出した。
派遣部隊の最高責任者からの許可が下りたので、スキャンイーグル改から新たな誘導用レーザーが照射された。外れないよう着弾の瞬間まで誘導を行わなければならない操縦員の腕の見せ所である。
地上部隊に合わせて飛んでいるドラゴンは飛行速度も遅く、レーザーで追尾し続けるのは容易かった。ドラゴンも背中に乗った敵兵もレーザー照射に気づいた様子は見せない。誘導用レーザークラスの波長の光はドラゴンに識別できない事がこれで判明した。
砲弾は無人機からのレーザー照射による誘導の末、見事にドラゴンの背中のど真ん中に着弾。
そして空中で爆散したドラゴンと乗り手の肉片が地上部隊の頭上へ降り注ぐまでの一部始終を、無人機は無情に捉え続けた。
「……PTSDになる無人攻撃機のオペレーターの気持ちがようやく分かったよ」
「仕方ないだろう。こいつが実戦ってやつだ」
操作員の呻き声に情報分析班の隊員が大真面目な表情で言い返す。
彼らがそうこう愚痴っている間にも地上部隊の侵攻は続いていた。
無人機からの映像が唐突に白く染まった。自衛隊側が打ち上げた照明弾が生み出す強烈な白光が、防衛ラインに到達した敵部隊を煌々と照らし出したのである。
「自衛隊からの歓迎会はここからが本番だぜ、特地の兵隊さん」
ドラゴン撃墜の言い出しっぺである分析班の隊員が呟いた直後、おそらく防衛ラインでも特に最前線寄りの小銃掩体に配置されたであろう普通科隊員が発した合図が、特地派遣部隊中の通信回線を駆け巡った。
「撃てぇ!!」
――そうして3度目の蹂躙がフィナーレを迎える。
『賢者は聞き、愚者は語る』 ――ソロモン
こんな感じで作中の日本以外の各国はヒィヒィ言いながら暗躍してたり、自衛隊も最新兵器をちょっとだけ異世界に持ち込んだりしてます。
ちょっとした比較
WW1:1914年7月28日から1918年11月11日まで
WW2:1939年9月1日から1945年9月2日まで
MW時空におけるWW3:2016年8月(ロシア軍アメリカ本土進攻)~2016年10月後半?(ロシア大統領救出直後に停戦と判断)
WW3は開戦から終結まで2カ月ちょいと格段に短いですが欧州の各首都で化学兵器ばらまいたりした分、犠牲者の規模はWW2に匹敵するのでは…(汗