GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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36:Double or Nothing/爆風消火

 

 

 

 

 

 ジョン・プライス タスクフォース141・サバイバー/在特地・英国特別観戦武官

 ファルマート大陸・アルヌスの丘/自衛隊駐屯地中心部・『門』防護ドーム屋上

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドーム内で立て続けに発生した事態の余波を、そのドームの屋根上に居たプライス達はモロに食らう羽目となった。

 

 まずバルコフの自爆によって発生した『門』の爆破。特殊鋼材と対爆仕様のコンクリートで構築された半球形の構造物自体は内側で生じた高性能爆薬数十キロ分の破壊力の解放、その大部分を受け止めながらも崩壊する事無くその威容を見事に保ってみせた。

 

 ……が、爆発の瞬間肝心の入り口が封鎖されていなかった為、出口を求めた爆風は開放されていたドーム入り口から噴き出してしまい、構造物前の空間に集まっていた自衛隊員達は少なからぬ被害と混乱を受けてしまう。

 

 襲い掛かったのは爆風だけではない。『門』を構築していた素材の殆どは大質量の石材だ。

 

 直下で瞬間的に生じた膨大な圧力に耐え切れず爆砕されてしまった『門』の破片は超音速の質量弾へと変貌した。

 

 四方そして上方へ飛散した大小様々な破片がドーム内に設置されていた機材を貫き、砕き、内壁へめり込んだ。

 

 ドーム天頂部に設けられたハッチもまた例外ではない。よりにもよってハッチの方へ飛んだ『門』の破片は石と言うよりも岩塊とでも表現すべき特に巨大で重量がある代物だった。

 

 巨大な石材の破片がハッチに激突。重量物が超音速で激突するという、より直接的な衝撃に防爆構造である筈のハッチは耐え切れなかった。

 

 ドームの外壁という名の地面が瞬間的に激しく震えたとプライス達が感じた刹那、彼らから見て背後に在ったハッチが吹っ飛んだ。

 

 その衝撃で奪還作戦時にヴォーリアバニーをラペリング降下させるのに用いた後、そのまま放置されていたロープがハッチが在った部分へと滑り落ちた。ロープの端はカラビナで金具に固定されたままだった。

 

 

「何だっ!?」

 

 

 驚きながらも各々手にしたライフルもしっかりと振り向けられたのは差はあれど各々実戦慣れした優秀な兵士の証拠だった。

 

 彼らが見たのは開閉機構ごともぎ取られ、地上数十メートルの地点から更に10メートルは真上に射出されたハッチである。

 

 限界高度に到達したハッチは風に舞う木の葉のように不規則に回転しながら、地球同様の法則で特地にも存在する重力に従い落下を開始。落下先はプライス達の頭上だ。

 

 

「避けろ!」

 

 

 プライスの警告に従うまでもなくマクミランと富田もさっさと回避行動を取っていた。

 

 英国紳士2名はドームの外周方向へ、富田は中心方向へ跳ぶ。散らばった3名の中間地点にハッチは落ち、耳障りな衝撃音を響かせた。

 

 その時だった。

 

 2つの世界を無理矢理繋ぎ合わせていた『門』が消失した反動が地揺れとなって表出したのは。

 

 不意打ちだった。

 

 初期微動もへったくれもない。特地も地球も同時に均等に均一に平等に、世界そのものを震度5強(日本基準)の揺れが襲った。

 

 耐震構造となっていない建造物なら崩落し、地震と無縁の国々で起きようものなら多大な死者を出すレベルのその揺れは、人の足元をも容易に掬う。

 

 落下物を回避した直後の体勢が不安定なタイミングでの発生ともなれば――――

 

 

「うおっ、おおっ!?」

 

 

 不運だったのは、バランスを崩した富田が倒れこんだ先は蓋を失ってぽっかりと口を開けたハッチだった事。

 

 幸運だったのは、地上まで数十メートルもの虚空が広がる穴へと転げ落ちる寸前に事態を察知したプライスが動いていた事だ。

 

 足場を失った富田の肉体が落下を始める。彼の姿が完全にドーム上から見えなくなる直前、富田は落下感に股間が締め付けられる錯覚を味わいながら、目の高さに来たハッチの枠部分へ咄嗟に両腕を叩きつけるように伸ばした。

 

 両腕がハッチの枠に掛かり、腕2本を命綱として落下が止まる。この時点で寿命が3年は縮んだ気分だった。

 

 邪魔さえ入らなければ、鍛えられた肉体を持つ富田ならその状態からでも懸垂の要領で己の体を悠々と引っ張り上げられただろう。

 

 そんな富田を嘲笑うかのように、激しい振動が大地ごと宙ぶらりんになった富田を右へ左へ上へ下へ揺さぶった。枠にしがみつく両手が勝手に引き剥がされる。超自然的な妨害によって富田の体が再びドームの中へずり落ち始めた。

 

 その時、プライスがベースへヘッドスライディングを敢行する走者宜しく飛びついた。老兵の伸ばした手が完全に屋根の縁から外れる寸前だった富田の手をしっかりと掴んだ。

 

 

キャッチしたぞ(Gotcha)!」

 

 

 だが世界は非情だ。未だ続く地面のうねりは今度は富田を助けに飛び込んだプライスごとドームの屋根から引き剥がすように、彼らの体を跳ね上げたのだ。

 

 羊毛を求めて裸にされる(ミイラ取りがミイラになる)。富田という重石に引っ張り込まれるようにして、助けに向かったプライスもまたドーム内部へ繋がる穴の中へと呑み込まれた。

 

 

「プライス!」

 

 

 マクミランが叫ぶ。元上官の視界からプライスの姿が消えた。

 

 落下の刹那、自分も落ちたのだと認識したプライスの焦点は目の前で揺れるロープを捉えた。

 

 片手を伸ばす。死の落下の中でも正確に動いた老兵の掌がロープをしっかりと掴む。

 

 落下速度に急ブレーキ。しかし片腕1本分の握力では足りず、落下自体は止まらない。あまりの摩擦に難燃性素材のコンバットグローブから煙すら生じた。

 

 

「手を離すな!」

 

「うおおおおおおおおおおおお!?」

 

 

 自由落下と懸垂降下の中間もしくは出来損ないとでも言うべき生死がかかった高速降下に、空挺課程を修めた富田も本能を抑え込めずとうとう野太い悲鳴を発した。

 

 ドーム内はバルコフの自爆と地震で生じた土煙が充満していて地面が見えない。それがまた富田の恐怖を煽っていた。

 

 落ちる。

 

 落ちる。

 

 落ちる

 

 2人の姿が砂煙の中に消える。

 

 やがて2つの世界が再分断された反動である地揺れが収まる。ドームに充満していた煙もまた解放された入り口から流れ出、少しずつ薄らいでいく。

 

 

「…………生きてるか?」

 

「な……何とか生きています」

 

 

 瓦礫らしき物体の上へ着地というよりも足から落下したような塩梅だったが、富田もプライスもどうにか五体満足で無事だった。

 

 空挺課程仕込みの五点着地も満足に取れなかったせいで足首も膝も悲鳴を上げていたが、何とか動けはするし他に命に関わるような怪我も負っていない。プライスが咄嗟に富田を支え、ロープを掴んで減速してくれなかったら今頃コンクリートの染みだったのは想像に難くない。

 

 半長靴の爪先に瓦礫がぶつかった。ちょっとした衝撃だけで足を貫く猛烈な痛みを肉体同様訓練と実戦で鍛えた精神力で声に出さず呑み込んだ富田は、降り立った地面をぐるりと見回した。

 

 天頂のハッチのすぐ下のは重厚な古代ローマ誂えの『門』が存在した――――それが跡形もなく消え去っていた。

 

 

「ここには『門』が在った筈なんだ。一体何処に行ってしまったんだ!?」

 

()()ではなく()()に転がってるのがそうなんだろうよ」

 

 

 プライスもまた握り拳大もある瓦礫を蹴飛ばした。今やドーム中に散らばる大小様々な岩石質の破片はどれも『門』に使われていた石材とそっくり……いや、まったく同じ材質をしている。

 

 最も大きな残骸に至っては富田も何度も目にしてきた『門』の誂えの一部としての原形をそのまま残していたとあっては、富田も現実を直視せざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――――『門』は完全に破壊されてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

「俺達、特地に取り残されてしまったんですね……」

 

「嫌ああああああああああああああぁぁ!!!」

 

 

 残酷な現実を前に憔悴した富田の意識を塗り潰す程の絶望を帯びた悲鳴がドーム中に反響した。

 

 煙が晴れていく。地揺れ発生の時点でドーム内には複数の隊員達が活動していた筈だからその誰かだろう、と富田は最初そう思った。

 

 やがて露わになった光景に、今度こそ富田の意識は瞬間的に漂白された。彼だけではなく、差はあれどプライスもまた似たようなものだった。

 

 

 

 

 彼らの意識を停止させたのは、泣きじゃくる栗林に抱きかかえられ、顔色を真っ青にしたヤオとユーリに声を掛けられ揺さぶられても全く反応しない伊丹の胴体を、杭のように太く長くギザギザとした鋼材の破片が串刺しにしていたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊丹耀司

 自衛隊駐屯地中心部・『門』防護ドーム内

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘でしょ、やだやだやだやだ! 目を開けてくださいよ隊長! 耀司さん!」

 

「誰か! 頼むお願いだ、イタミ殿を助けてくれ!」

 

「ダメだダメだダメだ目を覚ましてくれイタミ! お前まで俺を庇って死なないでくれ!」

 

「さっさと装備を脱がせろ! 衛生兵(メディック)はどうした!? メディーック!!」

 

「嘘、ヨウジ?」

 

「嘘嘘嘘嘘嘘でしょ!? ヨウジまで……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ああもぉうちょっと全員どきなさぁい! 皆邪魔よぉ!」

 

「ロゥリィちょっとどうするつもり!?」

 

「こうするの……よぉっ!」

 

 

 胸を貫く衝撃とも違う強烈な感覚が、伊丹の意識を現世へと引きずり戻した。

 

 

「ぐはぁっ!? おえっ、げほっ!」

 

 

 最悪の覚醒だった。勢い良く瞼が見開かれるが視界は紅に浸食されて狭まり、口の中は鉄錆の臭いと味で充満していた。込み上げる感覚に堪らず咽てえずくとかなりの量の鮮血を吐き出す形となり、伊丹は胸元を自らの吐血で派手に汚してしまう羽目になった。

 

 ひとしきり気管と食道に溢れ返っていた鉄錆色の液体を吐き出し終えると、ちょっとげっそりしつつも心なしかすっきりした表情になった伊丹はふと周囲を見回す。

 

 栗林がいた。ヤオがいた。レレイがいた。テュカがいた。ロゥリィがいた。プライスがいた。ユーリがいた。富田もいた。あと何故かヤオと同じ部族のダークエルフ達も集まっていた。

 

 女性陣は総じて涙目で、男性陣は呆然と困惑入り混じる何とも形容し辛い表情で目を瞬かせている。あのプライスですらそうなのだからよっぽどな状況だったようなのだが、その中心人物だったらしい伊丹本人はといえば何が何やらさっぱりだった。

 

 

「ど、どしたの皆して集まって。というかロゥリィ達もどうしてここに居るわけ?」

 

 

 そう言った途端、女性陣は瞳を涙で濡らしたまま、目尻を一斉に三角へと変えた。

 

 伊丹は思った――やっべ会話選択肢ミスった。

 

 かと思った次の瞬間には栗林とロゥリィの手が伊丹の胸倉を掴んでいた。その時になって伊丹は意識を失う直前まで来ていた筈の迷彩服の上着と戦闘ベストを脱がされている事に気付く。

 

 そして顔を真っ赤にした栗林にこう告げられたのだ。

 

 

「どうしたもこうしたも、()()()()()()()()()()()()()()()()んですよ!」

 

「……マジ?」

 

「マジもマジ大マジです! 爆発の瞬間に私と、ヤオと、前を進んでたユーリさんを庇って地面に引き摺り倒して。お陰で私達はちょっとだけ意識が飛んだだけで済んだんですけど、隊長の様子を確認しようと思って見てみたら――」

 

「爆発した『クルマ』の破片らしき物体がイタミ殿の胸を貫いているのを見た時の此の身とシノ殿の気持ちが分かるか? 見えない刃に貫かれて此の身らの心の臓まで止まってしまいそうな心持ちだった……」

 

 

 へたり込んだヤオの視線を追ってみれば、ロゥリィの足元に不規則に波打った形状の鋭利な破片が転がっていた。

 

 杭状の破片は大部分が鉄錆色の液体で汚れていた。胸部に当たる部分に破片のサイズと同規模の歪な三角形状に刻まれた穴を中心に赤黒く汚れた戦闘ベストと迷彩服も足元に打ち捨てられている。栗林とロゥリィに鷲掴みにされたODカラーなTシャツもまた同様の有様。

 

 破片は多分爆発した装甲車のフレームの一部だろう。長さと太さだけでも伊丹の前腕ぐらいあり、あれだけのサイズが超音速で襲いかかったとなれば、防弾ベストの胸腹部側と背部に仕込んでいた抗弾プレートごと人の胴体を貫通する威力に相当してもおかしくない。

 

 

「ヨウジはロゥリィの眷属になった。眷属の絆により、ヨウジが負った傷はどれだけ離れていようとロゥリィが肩代わりする。だから私達も『門』が位置する中心部で爆発音が聞こえた時、ヨウジの身に極めて深刻な事態が起きた事に気付いた」

 

「いきなりロゥリィの胸から血が噴き出して驚いたんだから。それで事情を聞いて、居てもたっても居られなくなって、それでつい……」

 

「こうしてヨウジィの下まで駆け付けたってわけよぉ」

 

「そうだったのか……とりあえず、心配してくれてありがとう?」

 

 ロゥリィ達は戦闘中に勝手に持ち場を離れた格好となってしまうのだが、流石にここでそれを口に出す程野暮ではない。彼女達の心配は本物だと分かっていたからだ。

 

 実際、ロゥリィの眷属としての再生能力がなければ、過去そして今日という日に戦死した仲間達の後を追っていた事は間違いなく。

 

 

「ドラゴン退治に続いてまた助けられちまったなぁ」

 

「乙女の貞操を奪っておいてぇ、1度ならず2度までもぉ乙女の柔肌に傷を刻んだんだからぁ、全てが終わったら酷い目に遭わせてあげるんだからねぇ」

 

「おお怖い怖い。おっかないねぇ特地の神様は」

 

 

 苦笑を浮かべつつ立ち上がる。ロゥリィの言う通り、事態はまだ終わっていないのだから。

 

 ドーム内どころかその外の空間まで広がった混乱と緊迫感は最高潮に達していた。

 

 当然である。『門』は完膚なきまでに破壊され唯一の帰還手段は失われてしまったのだ。その情報は既に爆発を目撃した隊員達が慌ててオープンのまま無線にがなり立てた結果、基地に残存する残りの自衛隊員や偶然耳にした避難民の間にまで急速に浸透しつつあった。

 

 其処に加えて爆発と地揺れで生じた混乱、そして基地の外には敵の本命である万単位の部隊が迫る。

 

 

 

 

 

 ――――限りなく状況は最悪。

 

 そう思っていた。

 

 最悪は更にその上を行く。

 

 

 

 

 

 

 少しずつ爆発と地震が引き起こした煙が薄れつつあるドーム内に居るのは伊丹達だけではない。

 

 爆発に巻き込まれた負傷者を搬送する者、或いは動かしたらマズいとその場で重傷者に処置を行う衛生科の隊員、崩壊した『門』を前に頭を抱えながらも他に危険物が無いか捜索を行う隊員と、爆発前よりもドーム内の人口密度は上昇している。

 

 その中に混じっていた武器科の爆発物処理班の別チーム―当初担当していた隊員達も自爆の被害を受けて後送された―が大型トラックの荷台を覗き込むなり血相を変えた。

 

 

「隊長! 化学兵器の起爆装置が作動しています!!」

 

 

 瞬間、ドーム内から音が消えた。伊丹も含めその場に集まる隊員が一斉に動きを止め、顔を上げ、真っ青な顔いっぱいに脂汗を浮かべた声の主である武器科隊員と、その背後に停まる化学兵器満載のトラックを見つめた。

 

 爆発地点に面した軍用トラックの車体側面に先程までは無かった幾つもの傷が刻まれていた。幌も複数個所引き裂かれ、露出した荷台一杯に並んだ金属製容器には円と3つの三日月(ハザードシンボル)を組み合わせたマークとN6(ノヴァ6)の刻印。

 

 伊丹もまた顔色を変えてトラックへと駆け出した。

 

 この場において最悪過ぎる事態が現実のものなのか、その目で確かめたいという心理を世間一般では野次馬根性という。これもまた万人に根付く本能のひとつなのだ。

 

 荷台を覗き込む。化学兵器の起爆装置はバルコフ側が装置自体の設置や操作がし易いよう、乗降口のすぐ近くに配置されていたから一目で解った。

 

 

 

 

 

05:10

 

05:09

 

05:08…

 

 

 

 

 

「冗談だろぉ」

 

 

 掠れた呻き声が自然と漏れた。

 

 それ以外の感想など浮かびようがなかった。

 

 伊丹の後を追って荷台の中を見たロゥリィ達は首を傾げていた。特地住民である彼女らには変化し続けるアラビア数字が表示されたタイマーとそれらに接続された山積みの容器という組み合わせ(作動中の時限爆弾)が意味する所など、見ただけでは知り様がなかった。

 

 場の空気が爆発した。ドーム内外は規律だった混沌とでも表現すべき喧騒に支配された。

 

 

「起爆装置の無力化は間に合わないのか?」

 

「ハッキリ言えばもう不可能です。余程性格の悪い奴が組んだんでしょう、この起爆装置そのものが非常に複雑な上、先程の爆発で起爆装置が損傷してします。下手に弄れば短絡(ショート)を起こしてタイマーが短くなるか、最悪その瞬間に起爆しても不思議じゃない状態です。

 むしろ化学兵器が充填されている容器自体が破損して中身が漏れなかったのが奇跡ですよ」

 

「違いない――なら次善策だ。総員ドームから退避せよ! 動ける動かせないも関係ない、負傷者も全員移動させろ!

 ドームの閉鎖処置もだ急げ! 気密構造のドーム内で爆発させれば少なくとも基地全体の汚染は防げる!」

 

「ダメです一佐、ドームの隔壁を操作する制御盤が先程の爆発で破壊されてしまっています!」

 

「だったら人力だ! 人力で隔壁を動かせ! 何なら残ってる戦車も使えばいい!」

 

「無理ですよ! 『門』が破壊された際に発生した大型の破片のせいで開閉する為の機構そのものにも損傷があるんです! これでは封鎖は不可能です!」

 

 

 隔壁以外にも天頂部のハッチもまた爆発の余波で飛来した『門』の破片で外れてしまった以上、どちらにせよ毒ガスを封鎖したドーム内に留めるなど不可能なのだ。

 

 

「…………止むを得ないか。司令部へ伝えろ。現場指揮官の判断により現時刻を以ってこの場を放棄する。

 可能な限り基地内の人間を爆心地から離れさせるよう司令部からも発令するよう提言するんだ! 急げ!」

 

 

 現場の最上位指揮官の命を受けた隊員達は雪崩を打って一斉に離脱を開始した。

 

 手当たり次第に大小問わず73式トラックや高機動車、軽装甲戦闘車に米軍から供与されたMRAPや装輪装甲車、果ては74式戦車の砲塔に生身の兵士を乗せてのタンクデサントを再現してまで足を確保した隊員達は一刻も早くドームから遠ざかろうと試みる。

 

 それでも徒歩での離脱を強いられる隊員の姿も少なくなかった。バルコフの自爆で発生した負傷者だけではない、伊丹達が医療施設から脱出させた薔薇騎士団員と医務官、他にも逃げ惑った結果『門』とドームが在る基地中心部まで運良く辿り着いて保護されていた避難民といった非戦闘員を優先して車両で避難させた結果でもあった。

 

 その中で、伊丹達は未だドームの中で立ち尽くしていた。

 

 

「ねぇっヨウジってば、どうして皆あんなに慌てて逃げ出してるの?」

 

「それはだなテュカ。あと数分で人間なんか一息吸っただけで猛烈に苦しんで死ぬ事間違いなしの毒がばら撒かれちゃうからなんだよ」

 

「だったら早く止めないとダメじゃない!?」

 

「止められないから皆逃げ出してるのさ!」

 

「ならば御身らも今すぐ皆の後を追って離れるべきではないのか!?」

 

「でも……どこへ逃げればいいんですか? さっきこの基地の外に帝国軍が大軍で迫ってるって言ってましたよね」

 

 

 恐怖や動転よりも困惑を色濃く顔に浮かべる栗林の言葉が全てだった。

 

 基地の中に居たら毒ガスの散布に巻き込まれる。基地の外に出たらまともな態勢も整えられないまま、数の差が最大限発揮されてしまう見晴らしの良い平原で帝国軍の軍勢と相対する羽目になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊丹の逃走本能は、テュカやヤオ達が言うように「さっさと彼女らを連れて逃げ出せ」とがなりたてていた。

 

 それ以上にもうひとつの伊丹の性質、兵士としての本能が伊丹の体をこの場に縫い付けて離さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()、と兵士としての伊丹が囁いていた。

 

 伊丹が知りたいのは()()の具体的な内容なのだが、肝心の内容そのものが分からずにいる。

 

 内には化学兵器爆弾。外には万相当の敵戦力。

 

 本当に手はあるのか? 考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて――――ああもうだからこういうのはガラじゃないのに!

 

 

「コイツに乗り込め! 俺達も脱出するぞ!」

 

 

 ドームに装甲車が侵入してきてロゥリィ達の前に停まった。自衛隊のではなく、鹵獲されたBTR-80だ。ドーム外に放置されていたのをプライスとユーリが拝借したのである。

 

 

「イタミもさっさと乗れ!」

 

 

 車体前方部に位置する運転席からウィンドウ代わりの防弾版を上げて顔を見せたプライスが怒鳴った。その形相と声の余裕の無さに、さしもの爺さんも流石にこれは焦るのかと振り返――――

 

 思考のピースが嵌る。脳みその歯車が然るべきところに嵌ろうとしているかのような錯覚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プライス。爆弾。迫る敵の侵攻。アメリカ東海岸を瞬く間に蹂躙していくロシア軍。

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「……皆聞いてくれ。頼みがある!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾルザル派帝国軍

 アルヌス駐屯地より南西2キロ地点

 

 

 

 

 

 

 ゾルザル勅命の下、所属と所在を偽装しての潜伏を経て侵攻を開始した数万の帝国軍もまた自衛隊と同じく地揺れに襲われる事となった。

 

 ゲリラ兵と潜入工作員の破壊工作によって、遠方からでも見て取れる程に特地派遣部隊の本拠地であるアルヌス駐屯地や麓の街から多数立ち上った炎と黒煙に、勝利は我らにありと意気揚々に移動していた兵士達だったが、その戦意は今や見る影もなく、辛うじて集団を保っているといった状態と化していた。

 

 『門』の向こうでは科学的にメカニズムが解明され一般に広く認知されている自然災害も、特地の住民からしてみれば神の怒りに等しい人知を超えた超自然的現象であり、彼らが取れる対策といえば嵐が過ぎ去るまで逃げ惑うか耐え忍ぶしかない、そういう恐ろしいものなのである。

 

 街中や険しい山岳地帯ではない、切り開かれた丘陵部だから頭上から崩れた建築物の破片が降ってくるだとか斜面が崩れて土砂に呑まれるなんて目には遭わずに済むだけまだマシ――なんて考えが思い浮かぶ者など殆どいなかった。

 

 それ程までに地面全てが揺れるという現象そのものが、帝国兵達には未知で恐怖の体験だった。

 

 勝ち戦に向かう最中の高揚感などあっさりと消し飛んだ。

 

 地震が止んでからも、万単位の屈強な兵士達は動揺のあまり武器と防具を手に半ば腰砕けで動けずにいた。股間を汚した者すら珍しくなかった。

 

 それでもこの度のアルヌス攻略部隊の事実上トップであるヘルム・フレ・マイオといった指揮官らは、自らも声と膝を震わせつつもまだ残る恐怖を誤魔化すように統率下の歩兵らを大声で叱咤し、剣や槍を振り回して地震の際に乱れに乱れた隊列を組み直すよう命じて回っていた。

 

 自衛隊の監視網に察知されないよう怪異も攻城兵器も率いない、部隊のほぼ全てが歩兵と騎兵という完全に割り切った編成とはいえ。

 

 万単位の規模となれば隊形を整え直すどころか、集団に平静さを取り戻させるだけでも相応の時間と労力が必要となるのは当然の事で。

 

 

 

 

 

 だから()()の接近に気付いたのも、接触まで十数秒とかからない距離まで詰まってようやくというタイミングだった。

 

 

 

 

 

「へ、ヘルム殿! 何やら巨大な鉄の馬車がこちらに突っ込んできます!」

 

「何だとぉ!?」

 

 

 鎧姿で馬上のヘルムが振り返ると、見覚えがあるが知らないデザインの鉄の馬車―ヘルムは銀座に出兵し、捕虜となって一時期日本に滞在していた―大型トラックが攻略部隊めがけて突撃してくるのを捉えた。部隊の陣形、その中央へ突っ込んでくる。

 

 通常の部隊編成ならトロールにオークといった盾役の大型怪異をぶつけて止めさせるところだが、歩兵と騎兵だけで4頭立ての馬車を超える巨体と重量の突撃を受け止めるなど不可能だとすぐに判断出来る程度の頭をヘルムは持っていた。

 

 それに銀座での戦いで積んだ経験、またゾルザル経由で得たピニャが集めてきた地球の兵器情報によって、所謂『じどうしゃ』というのは車輪そのものを破壊しなくても空気が入った黒い外側部分(タイヤ)が割れれば大なり小なり動けなくなるし、何より騎兵と同じでそれを操る乗り手(運転手)と倒してしまえばいいのだと学んでもいた。

 

 

「弓兵! 槍持ちでもいい! 車輪か御者を狙え、そうすればアレは止まる!」

 

 

 命令を受け兵士としての役割を思い出した帝国兵は次々とトラックへ弓を浴びせ、槍を投げ付けた。

 

 大部分は鉄の車体に弾かれ、一部が荷台の幌に刺さり、フロントガラスに突き立ち、それを貫通して運転席内部まで到達した。

 

 突然運転席側のドアが突然開いた。ヘルムが見守る前で、運転手はトラックを減速させないまま車から飛び降りた。

 

 3度4度と地面の上に転がる事で衝撃を逃がし見事に被害を軽減すると、緑のまだら模様のズボンに上は汚れた肌着という戦場に似つかわしくない格好の運転手は猛然と攻略部隊とは反対方向へ逃げていく。

 

 運転手がいなくなってもトラックは止まらない。

 

 

御者(運転手)は飛び降りて逃げたぞ!」

 

「避けろ進路から離れるんだ!」

 

 

 口々に警告が上がり、トラックの進路上に居た運の悪い兵士達は悲鳴を上げて一斉に飛びのいた。逃げ損ねた不運な兵士が何人か鋼鉄の巨体に撥ねられ、下手な子供よりも大きなタイヤに踏み潰された。

 

 果敢に矢を射掛け槍を投げ付けた一部の兵士の奮闘によって前輪のタイヤがパンクを起こすと、3メートルに達する高さの車体がぐらりと傾き、横転。やがて横滑りして、完全に停止する。

 

 ……後続は来ない。統率された反撃ではなくたまたま攻略部隊に気付いた個人が苦し紛れに抵抗を試みたのだろう。ヘルムはあざ笑うと同時に自衛隊の混乱ぶりを理解し、改めて戦意を滾らせた。

 

 

「怯むな! 分かっただろう。諸王国軍を殲滅したジエイタイもゾルザル殿下、いやゾルザル皇帝の計略により今や組織だった反撃も取れぬ最中である。

 この機を逃すな! 一刻も早く混乱しているジエイタイの砦へ辿り着き、ヤツらを蹂躙してみせようぞ!」

 

 

 若き指揮官の激励を受け、兵士達はその目に再び戦意の炎を取り戻した。口々に歓声が迸る。

 

 帝国万歳。皇帝万歳。皇帝ゾルザル万歳。

 

 

 

 

 

 

 

 血気に逸る帝国兵の中で、横転したトラック近くに居た一部の兵士はその車体の荷台に固定する形で積荷が満載されていた事に気付いた。

 

 横倒しになった衝撃で固定が外れた積荷の一部、地面に転がったそれを槍の石突で軽く叩いてみる。

 

 

「何だこりゃ。金属(かな)製の樽……?」

 

 

 それこそ剣や鎧に使うような薄い鋼で拵えた酒樽にしか見えない容器の底部からは太いケーブルが延びていて、横転しても尚外れない位しっかりと接続されたケーブルはその兵士からは見えなかったが、トラックの荷台に固定された機械装置へと続いていた。

 

 

 

 

00:03

 

00:02

 

00:01

 

 

 

 

 こちらもまた横転の衝撃にも耐え、動作を続けていた起爆装置のディスプレイにゼロが並んだ。

 

 

 

 

Детонатор(起爆)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――地獄が生まれた。

 

 

 

『運命がカードを混ぜ、我々が勝負する』 ――ショーペンハウエル

 

 

 




次回で第2次アルヌス攻防戦『は』終了です。



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