GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

134 / 152
私情的にも精神的にもゴタゴタして色々としんどいですが何とか皆さんの感想目当てに最後まで続けてく所存です。


今回演出と展開構成上視点が細かく変わります。


35:Chain Reaction/崩壊

 

 

 

『神はサイコロを振らない』 ――アインシュタイン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞台上の演者たち

 ファルマート大陸・アルヌスの丘/自衛隊駐屯地

 

 

 

 

 

 

 

 ダーに負けず劣らずの肉食獣めいた勢いで栗林に唇を貪られた伊丹であったがその時間は短いものだった。

 

 彼女の両脇に手を差し込んで押し上げる事で捕獲された猫宜しく無理矢理引っぺがしたのである。人並みの体格ならまだ梃子摺ったろうが、150センチを下回る栗林だから何とかなった。

 

 窮地に間に合ったとはいえ、ダーのみならず基地内へ侵入した敵工作員を完全に排除しきれたかはまだ定かではないのだ。戦闘モード継続中の伊丹は甘い一時に溺れないだけの強固な精神力が発揮する。

 

 それでも、勝手に安堵と愛おしさで満ちた呟きを漏らしてしまった事を誰が責められようか。

 

 

「ああ、無事で良かったぁ……」

 

 

 心からの溜息1つ、栗林の髪を梳いて額に唇を落とす。オタクで女性関係は基本受身がちな伊丹にしては珍しい、自発的な愛情表現。

 

 喜びと興奮で既に赤かった栗林の顔色がにわかに耳の先まで赤みを増した。チラ見するヤオの目は少し羨ましげだった。生存者の看護士(女性・独身)と怪我人である薔薇騎士団員の少女らは目を輝かせた。

 

 それも僅か数秒の出来事。すぐに目つきを鋭く光るものへ切り替えると、スリングでぶら下げたベネリ・M4ショットガンと各種12ゲージ弾薬を詰めた弾薬ポーチを栗林に手渡す。

 

 

「ここから味方が集まる地点へ移動するぞ。敵の襲撃で基地内は混乱していて救援が何時来るか分からないならこちらから合流しよう」

 

「待ってくれ。此処に居る生き残りの半数は自力で移動出来ない重傷者なんだぞ!」

 

「で、また籠城してさっきの焼き直しを繰り返すのかい?」

 

「むぅ、それは……」

 

 

 伊丹の提案に女性医官が反論の声を上げたが、先程までの悪戦苦闘を思い出すとすぐに萎んでしまう。

 

 

「医療施設なんだから負傷者を運ぶ為のストレッチャーなりは腐るほど置いてあるだろうし、またあんな化け物(ダー)がこの建物の中に押し寄せて来たら今度こそ逃げ場がないからな。さっきのは不意を突けたから何とかなったようなものだしね」

 

 

 こいつは何を言ってるんだろう、と伊丹の発言を聞いた医官と看護士と少女騎士らは真顔になった。

 

 栗林とヤオのフォローがあったとはいえ、目の前の男はその医療施設に押し寄せていたダーの群れをほぼ単独で殲滅した張本人である。

 

 とはいえ武器なし逃げ場なし、まともに動けるのも半数足らずというシチュエーションでダーの群れ相手に籠城しなければならかった恐怖の記憶は彼女らにとっては極めて新鮮なもので。

 

 そんな危地を救われた反動から、やがてリスクを承知で押し潰されそうな閉塞感に満ちた今の場所から脱出したいという衝動に駆られた少女騎士らが伊丹の提案に賛同を示した結果、生存者は医療施設から脱出する事と相成ったのである。

 

 

 

 

「でも隊長、味方の集結地点ってどこへ向かうんです?」

 

「『門』があるドームだよ。医療施設ともそう離れてないしあそこには特地側から銀座を奪還する為に基地内の残存戦力の大部分が集結して筈だからね。

 リスクはあるがドームまでの開けた空間を通って最短ルートで向かうぞ。屋根や壁の上からあいつらに襲われる方がよっぽどヤバいからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動ける怪我人や白衣を着た施設の職員を引き連れて医療施設から出てきた伊丹を発見したノッラは舌打ちした。

 

 ハリョの工作員であるノッラは獣人の混血だ。身軽な身体能力を活かしての刃物を使った奇襲が得手である。

 

 路地裏や屋内の物陰、或いは群衆や夜闇に紛れ、忍び寄り、射程圏内に収めた標的へ驚異的な跳躍力でもって襲いかかるのが常套手段の彼女からしてみれば、伊丹達が進むルートは接近を躊躇う程に見晴らしが良過ぎた。

 

 伊丹自身の身のこなしと警戒の仕方、何より振りまく気配がノッラが仕留めた隊員達とは格が違う。腐る程見た喧伝のチラシに書いてあった通り、炎龍殺しの英雄は伊達ではないという事か。

 

 同時に、それでもチャンスを窺うぐらい価値の高い標的でもある。ゾルザルによって伊丹の首に掛けられた賞金はそれ程までに高い。

 

 医療施設から脱出してきた一団にはノッラが潜入先として働いていた酒場で面識が出来た栗林の姿もある。

 

 いっそ堂々と助けを求めるフリをして近付き、不意を突けないものか――逡巡していたノッラの思考は不意に耳に届いた音色によって断ち切られた。

 

 その音はハリョの中でも汚れ仕事を扱う一派で訓練を積んだ者にしか認識出来ない特殊な笛が放つ合図。

 

 意味する所は敵陣地からの完全撤退。

 

 

「ふんっ、運が良かったねぇ」

 

 

 吐き捨てた言葉は相手に向けたものか、それとも己自身か。

 

 さっさとこの場から脱出しなければならない。生き意地の汚さを自負するノッラとしては逃げ遅れて味方の攻撃に巻き込まれて命を捨てるなど真っ平御免であった。

 

 

 

 

 さて、ハリョの工作員とゲリラ兵とダーで散々引っ掻き回されたジエイタイがどこまで足掻けるか、安全圏から高みの見物をさせてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激戦の地と化した翡翠宮から講和交渉団と共にヘリで脱出させられたピニャはその身柄を駐屯地本部預かりとされた。

 

 ゾルザルのクーデターにより汚名を着せられたとはいえ、帝国10位の継承権を持つ第3皇女というピニャの立場は幾らでも利用価値がある。とはいえ2つの『門』が存在するそれそれの土地で勃発した危機によって基地内におけるピニャの扱いは急速におざなりにならざるをえなかった。

 

 銀座側での事態が招いた人手不足に加え、アルヌス駐屯地襲撃という非常事態にピニャを見張らせる人員すらも惜しい状況。もしかすると帝国皇女であるピニャならば襲撃者について何らかの情報を持っているかもしれない。

 

 かのような判断から、ピニャは幕僚自衛官が頭を突き合わせて長机に並べたノートPCやタブレット端末に噛り付いてばかりの作戦指令室へ放り込まれる事となった。なってしまったのである。

 

 ちなみにボーゼスとハミルトンも一緒だ。ヴィフィータや他の薔薇騎士団幹部は動ける団員を率い、自衛隊員と合同で基地内の混乱収拾に奔走している。

 

 

「発進したスキャンイーグル(改良型UAV)との通信リンクが繋がりました!」

 

「スクリーンに映せ! 基地内外の状況を確認しろ!」

 

「UAVからの映像に隊員が着用している迷彩服のIR処理(赤外線探知偽装加工)をフィルタにかけろ。基地内の生き残っている監視カメラの顔認証システムもだ。

 我が方の隊員か現地徴用の友軍か逃げ込んだ現地住民か()()()()()の識別を行え!」

 

 

 幕僚幹部が次々と指示を飛ばし、壁のスクリーンに映像が映し出された。

 

 攻防戦が起きる前の翡翠宮で似たような視点の画像を見せられていたピニャは、それが空から見た現在のアルヌス駐屯地であるとすぐさま見抜く事が出来た。

 

 ハッキリ言って酷い有様だ。これまでピニャが知る帝国軍の砦や駐屯地よりも異質であるが故に頑強であった場所は、今やあちこちで黒煙が立ち上っている。

 

 死体もまた数多く転がっていた。無人機が搭載した高性能の光学センサーから送られる映像の彩度は死体の服装や種族まで容易に可能なレベルであった。

 

 特地の一般的な服装の死体も多数見受けられたが、割合としてはやはりというべきか緑斑の服を着た死体の方が多く感じられる。

 

 

「イタミ殿のような緑の人といえどやはり無敵ではなかったという事か」

 

 

 強力な『ジュウ』で武装しそこいらの騎士団など比較にならない練度を有する異世界の軍隊も、結局は不死身でも無敵でもないただのヒトの集まりであったのだと、ピニャは己に言い聞かせるようにかすれた独り言を漏らした。

 

 中継映像に映る躯の中には人ですらない大型の獣のものも多かった。アレが子供に擬態して暴れ回っていた例の怪異とやらか。

 

 

「基地内で現在も活動している未確認生物の規模は予想以上に減っているな」

 

「例の逃げ込んできたイギリスからの武官が伊丹の戦友とチームを組んで狙撃銃片手に片っ端から仕留めて回ってるんだったな」

 

「元はあのプライス大尉の上官をやってたらしいぞ」

 

「一線から退いても元SAS狙撃兵は伊達じゃないって事か」

 

「彼らばかりに害獣駆除を押し付けていないで現在も活動中の身確認生物の位置と予測進路を各部隊へ通達、さっさと排除と周辺確保に向かわせるんだ!」

 

 

 その時、画面を注視していた幹部自衛官が声を上げた。

 

 

「オペレーター、防壁周辺の様子を確認したい。何らかの動きが見られるように思える」

 

 

 注文通りに、基地外周部を物理的に囲む厚さ数メートルはくだらない強化鉄筋コンクリ製の防壁が大写しになった。

 

 防壁を乗り超えて、もしくは開放されたままのゲートから自衛隊基地へ逃げ込むのではなく、素早い身のこなしで基地内から外部へ脱出する人影があった。

 

 それも1人や2人程度ではない、2桁を超える規模が基地の外へと逃げていくのだ。その動きは明らかに逃げ場を求めてパニックになっている素人のそれではない。事態掌握に回る自衛隊員の動きを掻い潜りながらの、専門の訓練を積んだ者による組織だった脱出だ。

 

 ただしというか当然というべきか、それはあくまで人であって撤退していく中にダーの姿は1匹も含まれない。

 

 怪異を捨て駒にして術者は逃げるという戦術は常套手段だからピニャに驚きはなかった。

 

 問題はアルヌスを散々引っ掻き回した敵の潜入工作員がどうしてこのタイミングで撤退しているのか。

 

 統率の取れた撤退が意味するのは1つしかない。()()()()()()()()()

 

 

(ならばアルヌスに潜入して破壊工作を行ったこの者達の目的は何だったというのだ?

 麓の街を焼き、アルヌスに集まったジエイタイへ打撃を与える――本当にそれだけなのか?)

 

 

 ピニャはスクリーンを見つめる目を細めた。

 

 彼女が知る、石を積み上げて固めた城壁からかけ離れた、強化コンクリート製防壁の各所に設けられたゲートは開放されたままだ。

 

 異世界の用語混じりで分かり難い部分もあったが、この基地の長である狭間と周囲の側近(幕僚)のやり取りに耳を傾けたところによれば、大まかにまとめるとゲートの開閉を操作する装置が破壊されてしまい、応急処置で封鎖しようにも時間が必要なのだという。

 

 この24時間足らずの間に次々と襲い掛かった衝撃的事態の数々に、ただでさえ生気が失われていたピニャの顔色が次の瞬間より一際青ざめた。

 

 反射的に立ち上がり、叫ぶ。

 

 同時に狭間もまた鋭い声で指示を飛ばした。

 

 

「いけない、これは()()()だ!」

 

「オペレーター、UAVのカメラを基地外へ向けろ! 周囲一帯を索敵するんだ!」

 

 

 UAVのセンサーターレットが回転、光学センサーのレンズが防壁の外へと視線を移す。

 

 アルヌスの街や居住区から多く立ち上る黒煙の根元、建物を焼く炎の海に加え、地平線の向こうでは地上での騒乱など意に介する事無く太陽が覗く前触れとして薄命を迎えつつあったが、それを打ち消さんとばかりに帝都を覆っていたのと同種の黒雲もまたアルヌスに迫りつつあった。

 

 UAVを地上から遠隔操縦するオペレーターの操作を受け、地表に対して水平気味だった光学センサーがやや下を向いた。スクリーンの映像が地表部分を注目する形となる。

 

 そしてピニャと狭間らは()()を発見した。

 

 今度こそピニャの顔色は死人と大差無くなった。

 

 

 

 

「ああそんなやはり――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 UAVとは文字通り天と地ほど差はあるが、監視党という高所で目を光らせていたテュカもまた()()を見つけていた。

 

 ただしこちらは科学技術の賜物による最新鋭光学センサーではなく自前(Mk1)の目玉(Eyeball)によってであったが。

 

 

「ちょっと冗談でしょう!?」

 

 

 

 

 

 3番目はアルヌス駐屯地で最も高い建造物である『門』を護るドーム屋根上に布陣していた狙撃班だった。

 

 狙撃用ライフルに取り付けた高倍率スコープを覗き込んだプライスとマクミラン、観測手として目元に双眼鏡を当てていた富田の喉からそれぞれ呻き声が漏れた。英国訛りの悪態もだ。

 

 最大倍率まで絞られたレンズの焦点の中で、アリの様な小ささの人影が何十何百何千と蠢いている。

 

 古代ローマに似通った重装歩兵の軍勢が陣形を組み大挙して迫りつつあるその光景は、掲げられた旗竿が帝国国旗に統一されている点とオークやゴブリンといった怪異を矢面に立たせていない点を除けば、自衛隊派遣部隊が特地進出最初期に行われたアルヌスでの戦い、その際に彼らが直面した連合諸王国軍による侵攻の様子に極めて酷似していた。

 

 連合諸王国軍との戦いは兵の錬度と兵器が圧倒的に優れた上で事前に態勢も完璧に整えた自衛隊が圧勝した。

 

 あれから自衛隊は極めて強固な防御陣地と一体化した万単位の兵士を抱える巨大な砦を築き上げた。

 

 ……だが今は戦闘員ではない隊員を含めても基地内の残存戦力は4000足らずで、工作員の破壊工作で基地内は大混乱に陥り、物資は損耗し、強力な兵器も壊されるかそもそも使う人手が『門』の向こうへ去ってしまい使い手が居らず、おまけに城門は開け放たれてしまっている。

 

 ブッシュハット姿のイギリス人はヘッドセットへ手を伸ばすやがなり立てた。

 

 

「敵の増援――いや()()が基地に接近中! 敵の規模は複数旅団、いや師団相当! 地面が3に敵が7! 地面が3分に敵が7分だ!」

 

 

 

 

 その時、唐突に数十メートル下の地上から轟音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球と異世界を繋ぐ『門』と『門』の間に存在する異次元空間は冬の新月のシベリアよりも深い闇が広がっていた。

 

 ウラル・タイフーン装甲車のハンドルを握るユーリは、天も地も何も見えない闇の中に居るせいで早くも時間感覚を失いそうだった。ただ上も下も右も左もない空間を装甲車が走っているという現実だけがあった。

 

 果てすらも無いように思えてくる光景ではあるが、実際には終着点が存在する限られた空間であるとユーリも頭では分かっている。それが救いでもあり、同時に焦りを掻き立てる要因でもあったが。

 

 やがて大型装甲車のヘッドライトが放つ光の輪がユーリを焦燥に駆らせていた元凶を照らし出した。ユーリが運転するタイフーン装甲車を小型にしたようなティーグル装甲車、その偽装型。

 

 そのティーグルは、べろんべろんに酔っ払った飲兵衛よろしく右へ左へと車体を揺らす不安定な運転を繰り返していたが、ライトに照らされてユーリの接近に気付くや走行速度を一気に上げた。

 

 ――――あれにバルコフが乗っている!

 

 誰かもう1人同乗者が居たならばルーフに積まれた遠隔操作式の重機関銃で攻撃出来ただろうが、ユーリ1人では運転が精一杯だ。

 

 ユーリもアクセルを底まで踏み込んだ。発見時タイフーンの方がスピードに乗っていたが最高速度と加速性はタイフーンより小柄なティーグルに軍配が上がる。

 

 だが運転しているバルコフは重傷を負っており、そのせいか不安定に危なっかしいスラローム走行の出来損ないはまだ続いている分、タイフーンとの距離を開かせるだけの速度を出し切れていない。勝機があるとしたらそこだ。

 

 水平線も地平線もへったくれもない暗黒の空間へ唐突にゴールが出現した。

 

 黒一色の風景の中でそこだけ切り取られたかのように横に長い綺麗な長方形の光が、命がけのレースを行う大小の装甲車の前方に現れた。

 

 あれを通り抜けた先が特地だ。今の速度なら到達するまで10秒? 5秒?

 

 最早呑気に尻を追いかけ続ける猶予なんてなかった。

 

 その時、また前方のティーグルが大きく右へと蛇行し側面を見せながらスピードを落とす。

 

 

「これでも喰らえ!」

 

 

 シフトアップ。アクセル全開。450馬力ターボディーゼルエンジンの音色が巨獣の唸り声じみた低い重低音から泣き叫ぶ亡霊を思わせる甲高い吸気音へと転じ、20トン越えの大型装甲車が勢い良く加速した。

 

 一方でティーグルは兵装の追加分を含めても8トン弱。

 

 当然ながらひとたまりもなかった。

 

 タイフーンのフロントに溶接された楔形のブレードが時速100キロオーバーでティーグル装甲車の横っ腹へと突き刺さった。

 

 そしてティーグルの車体はブレードの傾斜に導かれあっさりと車体を掬い上げられ、空中で半回転しながら、2台のロシア製装甲車はそのまま長方形型の光の中へ突入したのである

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊丹に率いられた負傷者の集団は誰1人欠ける事無く基地の中心部へと辿り着いた。

 

 

「彼女達を頼む! 銀座とアルヌス、両方の現状について進展はある?」

 

 

 ダーや工作員に警戒して完全武装の普通科隊員らに負傷者を預け、伊丹は栗林とヤオを伴って『門』を覆う防護ドームへと向かう。

 

 

「銀座側については奪還作戦はほぼ成功したそうです! 敵に掌握された日本との通信回線も再確保に成功、ただ銀座側の通信設備が破壊された影響で官邸との回線まではまだ不通ですが、こちら側から出撃した第一戦闘団が持ち込んだ通信機材のお陰で現場とのやり取りは出来る様になりました」

 

「分かったありがとう」

 

「それから対化学戦を装備していないのであれば今は『門』に近づかない方が良いですよ。敵がこっちに持ち込んだ化学兵器の無力化がまだ完了していませんから」

 

「げ、マジか」

 

 

 化学戦用個人防護装備姿の隊員が付け足した情報に思わずドームへ視線を向け直すと、名前の通り特地派遣部隊内の後方支援を担当する後方支援隊の1つ、武器科所属の隊員が開放されたままのドーム入り口へひっきりなしに出入りしていた。

 

 緊張で顔を強張らせる彼らの胸元には共通して不発弾処理き章のワッペンが貼られている。

 

 万規模の特地派遣部隊が運用する小火器と車両の整備を担う武器科はもう1つの顔を持つ。時折発見される不発弾の解体、即ち爆発物処理班としての役割である。

 

 彼らの振りまく雰囲気からしてどうやら進捗はよろしくなさそうだ。防護ドーム内で処理を行っているのはドームが機密構造だから封鎖さえしてしまえれば万が一の事があってもアルヌスへの流出を阻止出来るからだろう。その場合今度は除染完了まで『門』が使用不能になってしまうが。

 

 ……それでもまた何時ダーが侵入してくるか分からない医療施設よりはマシだと伊丹は思う事にした。

 

 またダーが集団で襲ってきても完全武装の隊員から重機関銃搭載の装甲車まで集結している此処であれば撃退は容易だ。銀座奪還作戦での負傷者に備えて臨時の野戦病院も設けられていて、伊丹が連れてきた怪我人もそちらで面倒を見てもらっている。

 

 最悪の事態への備えとしてドーム前には多数の装甲車両に混じり、対NBC(核・化学・生物)――今は放射性物質と爆発物も含めたCBRNE災害に対応する化学科の除染車も待機している。派遣部隊どころか日本国内でも珍しい、NBC偵察車の姿もあった。いざと言う時は栗林とヤオを連れてNBC偵察車に逃げ込もうと伊丹は密かに決意。

 

 それもあってコンクリで広く整地されたドーム前の空間は対応に駆けずり回る多くの隊員の足音と車両のエンジン音、排ガスの臭いが充満している。

 

 

(爺さん達ドームの上に居るんだろうけど大丈夫なのか? ……爺さんなら大丈夫か)

 

 

 何となくどんな目に遭ってもあの偏屈な老兵だけは死ぬビジョンが思い浮かばなかったりする伊丹である。

 

 とりあえず化学科の隊員に事情を説明して3人分の防護装備を持ってきてもらうようお願いした。ガスマスクだけならすぐに持ってこれると言われたので受け取っておく。異様な外見の仮面に、ヤオが上下にひっくり返したりしながら首を傾げていた。

 

 

「ん?」

 

 

 ふと伊丹は眉を寄せて声を漏らした。

 

 場の空気が乾き切った極寒地帯の天候へ変貌したかのようにピリピリと背筋を突かれるような感覚。

 

 嫌な予感がした。

 

 トラブル、ろくでもない事、命の危機――伊丹が元来持ち合わせ、濃密な実戦経験の連続で否応なしに研ぎ澄まされ続けた、身の危険を敏感に嗅ぎつける第6感が大音量で警鐘を発していた。

 

 帝都でクーデターが起き、銀座が占拠された事を聞かされ、アルヌスが燃えているのを目の当たりにし、帰還中に翼竜の部隊に襲われダーの集団に包囲されとろくでもない事態に振り回され続けた1日だったが、それ以上の何かが起きようとしている……そんな感覚。

 

 その正体はすぐに明らかになった。

 

 ()()野外通信システムに取り付いていた通信科の隊員が顔を真っ青にして上官に報告した事から始まった。余程慌てているのか隊員の引っくり返った声は喧騒の中でも伊丹や周囲の同僚達にも届く程の音量だった。

 

 

「司令部より緊急っ! 南西方向より進軍中の複数師団規模の敵陸上戦力を無人偵察機が発見! 既にOPL(前哨監視線)を越えなおも此方へ向けて接近中ですっ!」

 

「なんd――――」

 

 

 何だと、と言おうとしたであろう上官の声はドーム内から聞こえてきた多数の群集と車両の喧騒すら塗り潰す衝撃音に呑み込まれた。

 

 ドームの中心の『門』の中から2台の装甲車両がもつれ合う様にして飛び出してくる。1台は楔形のブレードを溶接した6輪のタイフーン装甲車、もう1台はそのブレードに横っ腹を掬い上げられ横転したティーゲル装甲車。

 

 宙を舞ったティーゲルは『門』の内壁に激突し、跳ね返って今度はコンクリートで固めた地面に落下。あまりの衝撃に『門』と車両両方の破片が撒き散らされた。

 

 一般向けよりも頑丈で作られている筈の軽装甲車は『門』と地面へのバウンドで慣性の大半を喪失し、何とか原形を留めつつもボンネットやドアは接合部から外れ防弾ガラスは細かい亀裂で真っ白に染まり、ひしゃげた屋根を下にして『門』入り口真下に転がって止まる。

 

 廃車間違いなしのティーゲルは対照的に無傷同然で健在のタイフーンは『門』を抜けるや急ブレーキの摩擦音をドーム中に響き渡らせながらも、時速100キロ越えで20トンを大幅に上回る重量の車体は当然ながらあっさりと止まる筈もなく。

 

 解体作業中の化学兵器が満載された大型トラックの前を通り過ぎ、ドーム外へと飛び出して数十メートルに渡り濃密なタイヤのスリップ痕を地面に刻み付けてようやく停車した。

 

 

「動くな! 武装を解除して投降しなければ発砲する!」

 

「いや待て彼は味方だ撃つな!」

 

 

 一斉に64式小銃や9ミリ拳銃、車載の重機関銃にLAMまでタイフーンへ向けた自衛隊員達の前に伊丹は慌てて立ちはだかった。運転席に座っていたのがユーリであると気付いたからだ。

 

 そのユーリはAK12を手に並みの車両よりもずっと高い運転席から飛び降りるや飛び出してきたばかりのドームへと走り出す。

 

 

「ユーリ何があった!」

 

「イタミか! バルコフだ!」

 

「バルコフって誰だよ!?」

 

 

 事態発生当時アルヌスから遠く離れていた伊丹は銀座での事態や敵がロシア軍の脱走部隊とまでは利かされていても首謀者の名前までは報告を受けていなかったのだ。

 

 

「銀座を占拠した敵の指揮官だ! あの車に奴が乗ってる!」

 

「マジかよ」

 

 

 これには伊丹も顔色を変えてHK417を構えユーリに続く。栗林とヤオも顔を見合わせてから追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目をこじ開けると『門』へ突入する前の焼き直しじみた有様だった。

 

 横転したティーゲルの車体から歪んで外れかかったドア部分から流れ込む外気が顔に当たって、バルコフは意識を取り戻した

 

 身体の状態はもっと酷くなっていた。腹に感じていた激痛の代わりに全身が氷の刃が突き立てられているかのような寒さと脱力感に苛まれていた。失血と重傷によるショック症状だ。

 

 意識が闇の中に引きずり込まれそうになる。足が命令を受け付けないのでどうにか視線を足元へ向けてみれば両足が関節が無い筈の位置で異様な角度に折れ曲がっていた。骨の断面すら見える有様でその傷からも大量に出血していた。最早その痛みすらも伝わってこない。

 

 何とかバルコフの意を受けて動いてくれる両手で周囲を探る。

 

 指先に触れた物体、その正体を形状と感触から把握したバルコフは、手掴みで持てるサイズでありながらこの世の何物よりも重たく感じるそれを、文字通り残り僅かな生命力を振り絞って引き寄せた。

 

 それからようやく、バルコフは己の現在地に気付いた。

 

 装甲板ごと歪み、捻じれ、生じたドアの隙間から見えるコンクリートの地面。鉄骨とより強度の高い防爆コンクリートが組み合わさった半球形の壁。

 

 そして、現代的なそれらで囲まれるにはあまりに場違いな、石材を積み上げ漆喰や水晶を素材として外壁を拵え固めて作ったと見て取れる柱のような存在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バルコフは今、自分は『門』の中に居るのだと気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『警戒しろ! 敵はまだ抵抗できる状態かもしれん!』

 

 

 声が聞こえる。母国の言葉ではないが、緊迫した声色と口調のリズム、トーンから兵士が発した警戒の声だというのは瀕死であっても朧気ながら理解出来た。

 

 敵だ。声の主は敵で間違いない。独り逃亡を図ったバルコフの周囲にもう味方は誰も残っていないのだから。

 

 死にかけて己の五感も痛覚もあやふやなのに、何故か近付いてくる敵の気配やその数だけは敏感に感じ取れていた。或いは死に瀕しているからこそ、己の死神の気配を感じられるようになったのか。

 

 自分は死ぬ。これは確定事項だ。部下も何もかも置き去りにして逃げ出した時点で既に気付いていた事だ。

 

 

 

 

 

 

 だが。

 

 息絶えるまで分か秒か、どれだけ残されている時間が短くとも、虜囚の辱めだけは――――

 

 

 

 

 

 

 

「貴様らも……帰る場所を……失うが……」

 

 

 自分の血で染まり、ショック症状で震える指を引き寄せた物体――グレネードポーチベルトの破片手榴弾、その安全ピンに掛け、最期の生命力を振り絞って引き抜いた。

 

 そしてバルコフは息絶えた。何千万もの無辜の住民から故郷を奪った男もまた祖国へ戻れぬまま異世界で死んだ。

 

 だが彼は死に際に抱いた目標を完遂した。

 

 手榴弾の種類はRGD-5破片手榴弾。炸薬量はTNT110グラム、それが複数個。

 

 また横転したティーゲル装甲車は車内に格納式の対戦車ミサイル発射器を搭載した通称コルネットEMであり、8発搭載可能な内4発がまだ装填状態だった。弾頭には1発に付き4.6キロの高性能爆薬が充填されている。

 

 単純計算で計20キロを超える高性能爆薬の間近で、遅延信管に点火した手榴弾が炸裂するまで4秒。

 

 3秒。

 

 2秒。

 

 1秒。

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那の瞬間、伊丹の時間感覚は無限に引き延ばされた。

 

 まず横転した車内で閃光が走り、ただでさえ大破していたティーゲルは今度こそ防弾ガラスが粉々に砕け散り、かろうじて外れずにいた残りのドアも内側から噴き出した爆風によって何メートルも地面と平行に飛んでから地面を滑っていった。

 

 その時点で伊丹は、至近距離での爆発に対して被害を最小限に抑制する為の行動を反射的に取っていた。

 

 すなわち咄嗟にライフルを手放し両手を空けると、まず前方のユーリが着用する戦闘ベストの襟を引っ掴み、同時に体を反転させてすぐ後方に続いていた栗林とヤオの肢体を残るもう片方の腕でかき抱き、爆発した方向に対して足を向ける形で地面へ身を投げ出そうと試みたのだ。

 

 ユーリには背を向けていたので当時ユーリがどんな表情を浮かべていたのか伊丹は知らない。逆に伊丹の突然の行動に、不意を突かれて目と口をポカンと開けた栗林とヤオの顔だけは妙に目に焼き付いた。

 

 

 

 

 

 

伊丹の両足が地面から離れて接地するよりも早く、対戦車ミサイル4発分の弾頭が誘爆した。

 

 

 

 

 

 

 

 伊丹の肉体が戦友と愛する女達諸共3メートル程滑空した。

 

 伊丹達に続いて横転した車両を包囲しようとしていた自衛隊員達は1度目の爆発よりも何倍も強烈な衝撃波と破片に薙ぎ倒された。

 

 2度目の爆発はドームそのものを激しく揺さぶった。ティーゲルは今度こそ原形を留めぬ有様と化した。

 

 MRAP(対地雷防護車両)や防護ドームのような対爆構造どころか、地震すら滅多に無い特地の産物であるが故に耐震性すら考慮されていない『門』など、直下での高性能爆薬の前にはひとたまりもなかった。

 

 ――――当然のように『門』もまた崩壊、否、粉砕された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は、世界全てが揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その直前。

 

 拳大の装甲片の幾つかがドーム内に停められていた大型トラックの荷台、その積み荷の一部である電子部品を傷つけ。

 

 更に数瞬遅れて爆砕された『門』の石材の一部が防護ドームの入り口を開閉させる機構や制御盤を破壊し、歪ませた事など、その時爆風に蹂躙される真っ只中だった自衛隊員達が気付けた筈もなく。

 

 損傷した電子機器はしかし()()()()()を発動させるには支障なく、接続されていたディスプレイに火を灯すと、事前に設定されたプログラムの内容を画面へ走らせ始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ВООРУЖЕННЫЙ(起爆装置作動)

 

 

10:00

 

 

09:59

 

 

09:58…

 

 

 

 

 

 

 

 




この章書き始めた時点でこの展開はほぼ決定済みでした。
いやCoDの終盤といえば、ねぇ?(今後の展開にも関わるのでとりあえずボカすスタイル

CoDに詳しい読者ならラストも察してくれるかと思いますがとりあえずゾルザル勝者で終わる予定もありません。
もう少しだけご辛抱くださいませ。



励みになりますので評価・感想よろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。