<2時間前>
ユーリ スペツナズ《一時復帰》/米露情報機関合同非公式
東京・銀座
切り離したパラシュートが柵に引っかかっていたので、回収すると屋上の各所に張り巡らされた配管の隙間に射殺した敵兵の死体諸共押し込んで隠しておいた。
その際、敵兵が持っていた無線機と弾薬を頂戴しておく事にした。これがあれば敵の動きを逐一把握できる。無線チャンネルを変更されない限り役立ってくれるに違いない。
弾薬に関しては空挺降下という侵入方法上の制限が大きく関わる。要は重量制限というやつで、重過ぎてパラシュートでも減速し切れず激突死なんて事が起きないよう基本的に空挺降下を行う兵士は装備の軽量化が必要不可欠なのだ。予備弾薬も陸路での潜入時より減らしての持ち込みとなりやすい。
今回に至ってはたった2人だけで装甲車両を含む数百名の兵士に占拠された市街地への潜入降下だ。後から本体と合流するとはいえいざ修羅場となれば弾が幾らあっても足りはすまい。
ユーリもそれは最初から予想済みだったのでメインアームにはAK-12・アサルトライフルを持ち込んだ。幾多ものバージョンアップを重ねてきたカラシニコフことAKシリーズの最新モデル。
西側の諜報機関が運用する空飛ぶ移動基地の武器庫に何でロシアの武器が、とは驚かない。ほんの24時間前の作戦では偽装工作の一環で中国の兵器会社が作った銃も使ったのだ。この手の世界ではよくある事であった。
使用弾薬は5.45×39ミリライフル弾。祖先であるAK47に使われていた7.62×39ミリ弾から後を継いでロシア軍主要小火器の主流として使われている弾薬である。紛争地帯の多くで出回っているので鹵獲し易い。
案の定さっき倒したバルコフ隷下の兵士達も所持していた武器はAK-12だ。彼らにはもう必要ないのでありがたく頂いておく。
ドットサイトとレーザーサイト、それから装備庫で見つけて借りてきた
隠蔽と鹵獲を終えると唯一階下へ向かう非常階段からビル内部へ侵入を果たす。
扉を開けて屋根の下に入った途端、入り口横に積み上がった武器ケースが目に飛び込んだ。蓋を開けてみると中身は緩衝材に包まれた背負い式の9K333・
本来の降下予定地点から外れて降りた建物は単なる監視哨ではなく防空陣地でもあったようだ。
「爆弾を仕掛けていこう。奪還部隊が攻撃を開始するのと同時に爆発させれば屋上が封鎖されてここは対空陣地として使えなくなる」
ユーリとフロストは、量は限られるがC4爆薬と起爆装置一式を空挺バッグに入れて持ち込んでいた。
緩衝材の下に押し込む形で武器ケースに爆薬を設置。C4が起爆すればミサイルの弾頭とロケットモーターにも誘爆、その破壊力は階段を軽く崩落させるだろう。
「よし、ここからは借りてきたオモチャを使ってみるとしよう」
そう言ってユーリはAK-12の左側面に取り付けた装置を作動させた。
スマホよりやや大きいサイズのパネルを蝶番のように開くと、それこそスマホのそれによく似た画面に青色の光点が表示されていた。更に画面の中では潜水艦がソナーを打つが如く一定間隔で青点を中心に半円状の波動を放出している。
青の点が事前に装置へ登録されたユーリとフロスト、それ以外の人物は白い光点で画面に表示される。
索敵用の心拍センサーは正常に作動しているようだ。解説してくれた装備担当によればマイクロ波を放出して生命体の心肺活動で発生する体表面の些細な振動を探知云々とかなんとか。
詳しい原理は知らない。重要なのは壁や障害物に悪天候で視界が遮られるような状況下でもセンサー範囲内であれば何者かが居れば探知してくれるという点だ。
流石に光点の正体が敵兵か、それとも逃げ遅れた一般人なのかの判別までは出来ないが、それでも占領下の土地で敵の目を掻い潜るのには充分役立つ。
「民間人の誤射には気をつけてくれ」
フロストも百も承知だろうが確認のつもりで一応告げておく。
階段を下りていく。科学技術のお陰で浴びに浴びた雨はユーリとフロストが着る特殊作戦用ノーメックスーツに染み込んではこないが、その分表面を伝い落ちる水滴が階段を1段下りる度に水音を立てるものだから心臓に悪い。
下り始めてすぐにセンサーが反応を捉えた。白い光点が複数、階段にはユーリとフロスト以外に人の姿は無いのでフロアに繋がる扉の向こうに居ると判断。
「ここの連中が屋上の仲間を探しに来たら俺達の存在が発覚する。今のうちに掃討しておこう」
フロアへ通じる扉をゆっくりと開いていく。真新しいビルの扉は余計な軋みを上げる事無くスムーズに開いてくれた。
どうやら会社のオフィスのようだった。書類片手にパソコンと睨めっこする社員で埋まっていたであろう空間は、乱雑にデスクを動かして空けたスペースに武器ケースを積み上げ、書類仕事用の道具一式の代わりに軍用の端末を置く事で臨時の警備詰め所へと変貌していた。
パーティションの陰から様子を窺う。詰め所に屯する敵兵は6名、センサーの反応も6名。
このフロアに居るのはこれで全員らしい。ユーリとフロストの出現に気付いた気配は見られない。敵の1人は呑気に設置された紙コップ式自販機の前に陣取ってコーヒーが出てくるのを呑気に見物してすらいた。
「右の3人をやれ。左の3人は俺がやる。3、2、1――」
飛び出し、狙い、発砲。
敵兵が防弾チョッキを着ているという前提で頭部から鎖骨の辺りまでの防弾プレートに守られていない部分へ集中的に短連射を繰り返す。
サイレンサーで音質を改竄された銃声は経験を積まねばそれを銃声と理解して反射的に素早く動くのは難しい。
1人目の体が崩れ落ち、何が起きたか認識する前に2人目の頭部を銃弾が貫き、そこで3人目がようやく銃を構えようとするが、トリガーに指をかける前にユーリは発砲を終えていた。3人目も仲間の後を追って息絶える。
フロストもまたユーリとほぼ同時に同じ作業を終わらせていた。空挺降下では予測不幸な悪天候の突風に振り回されて着地地点をミスしてしまったとはいえ、フロストの兵士としての力量はやはりかなりのものであった。
完全に息絶えているか前進して死体をチェック。ユーリが最後に斃した自動販売機前の敵兵を確認していた時、不意に軽やかな電子音が鳴った。
コーヒーが注がれ終えた事を知らせる音だった。透明な仕切りの中で紙コップが豊かな湯気を放っている。
兵士としての第六感にも心拍センサーにも他に敵の反応は無し。
特殊作戦用ノーメックススーツは高高度の低酸素・低温環境・強風による奪体温から装着者を保護する効果を持つが完全にシャットアウトとまではいかない。
「…………」
ユーリは透過ディスプレイ兼用のバイザーを外して顔の部分を外気へ晒した。
途端に硝煙と血の臭い、それに混じってほのかなコーヒーの芳香が鼻腔を刺激した。紙コップを手に取るとノーメックススーツと同じ素材の防護手袋越しでも中身の熱が伝わってきた。
一口含めばミルクと砂糖たっぷりのコーヒーの風味が口いっぱいに広がった。もっとクリームと砂糖を足して卵黄とウォッカも入っていればロシアンコーヒーだ。
残念な事に本場のロシアンコーヒーを売っている自販機をユーリが日本で見かけた事は1度もない――祖国を追われた彼らも故郷の味を懐かしんだりしていたのだろうか?
「お前も1杯飲むか?」
必要ない、とアフリカ系アメリカ人は首を横に振った。
コーヒーが入った紙コップ片手にユーリがデスク上の軍用端末へ近付く。すると今度は端末と並べて置かれていた四半世紀前のラジカセに似た戦術無線機が呼び出し音を発した。
『カラスの巣1。こちら司令部。異常はないか?』
ロシア語での呼びかけ。一瞬、ユーリとフロストの視線が互いを見交わす。
悪天候にビル街という障害物が多い地帯の影響だろう、司令部からの通信はやや雑音が混じり声質にも歪みが混じっていた。
良好とはいえない通信状態にユーリは賭けに出た。戦術無線機の応答用マイクを掴むと、出来るだけ平坦な口調と声色を意識して通信に応える。
「こちらカラスの巣1、異常なし」
『了解。悪天候だが警戒を怠るな』
それだけ言って司令部からの通信は切れた。
上手くいって良かったと小さく息を吐き出してから、ユーリは空挺用バッグからこれまた特殊作戦用にカスタマイズされた情報端末を取り出した。
通信技術の進歩によって現代の戦場は末端の兵までも高性能の情報端末を用いるようになった。
司令部とのやりとりからGPSによる位置把握、敵地上空を飛ぶ無人機での偵察、挙句は銃火器の弾道計算まで、これまで一つ一つの目的ごとに専用の機材が必要された作業も今や手の平大の電子機器ひとつで済ませられる。
大容量高速通信を生かした友軍との綿密かつスピーディな連携を可能にする魔法の道具を、正規の訓練も支援も受けていない紛争地の民兵でも容易に入手出来てしまえるのが今の時代だ。
戦争は変わった、と戦場に持ち込める電子機器など通信機と暗視装置が精々だった頃を知る者としては時の流れを感じざるをえない。
まぁ身内に
閑話休題。
戦場における情報端末の普及は同時に新たなリスクを生み出した。
敵に情報端末が渡ってしまった結果、端末に記録された自軍の情報が敵に渡るという危険性。作戦目的から友軍の部隊構成が知れ渡るどころか、最悪ネットワークを逆に辿られ最高司令部に至る全部隊へのハッキングすら許してしまいかねない。
まさに今ユーリが行おうとしているように。
「上手くいってくれよ」
通信用ケーブルも引っ張り出して敵の端末に接続する。ユーリが持ち込んだ端末には中国での作戦でフロストが入手したバルコフ側近の端末にかけられていたプロテクトの解析結果を元に、電子戦支援担当の作戦要員が急ごしらえで作成したプロテクト破りアプリがインストールされていた。
自動起動したアプリがプロテクト解除に成功。やはり所詮は脱走兵の集団に過ぎない彼らにはたった1日で部隊全ての情報端末に新しいプロテクトをプログラミングする時間も
ユーリは自分の端末を操作して事前にアレックスが確保してくれた暗号回線に接続すると、敵の端末から拾った情報を送信するのであった。
「ここの武器も持っていこう。もうこいつらには必要ない物だからな」
オフィスだった空間は脱走兵によって持ち込まれた複数の火器によって小さな武器庫と化していた。
銀座を舞台にした戦いは確実に長丁場になるのは分かっていたし、空挺降下で持ち込めた装備だけでは装甲兵器や大部隊にまず太刀打ちできない。
そんなユーリ達には、小火器のみならずロケットランチャーなどの対物火器まで収められた武器ケースがまるで宝箱に思えた。空から接近する航空機だけでなく地上を進む奪還部隊の迎撃も受け持っていたに違いない。
やがて武器庫からユーリはGM-94グレネードランチャーを、フロストはRPG-7D対戦車ロケットランチャーを頂いていく事にする。
GM-94はグレネードランチャーの中でも屋内戦向けポンプアクション式という特異なコンセプトと設計の兵器だ。
外見は銃身とチューブ式マガジン部分が大型になったピストルグリップタイプのポンプアクションショットガンといった風情。破片を広範囲にバラまく榴弾ではなく爆圧でダメージを与える専用のサーモバリック弾を連続して敵が立て籠もる部屋に撃ち込みながら突撃するという過激な使い方が基本だが、弾種を変えれば従来のグレネードランチャーと同じようにも運用できる。
RPG-7Dは説明不要のロケットランチャー版AKと言っても過言ではない紛争地帯のベストセラー。通常と違うのは空挺部隊での運用を前提に砲身を2つに分割可能にし携行性を高めてある点だ。
身のこなしに影響が出ない程度にグレネード弾と対戦車ロケット弾を持てるだけ持ったユーリとフロストは、再び非常階段に戻って改めて下へ向かう。
1階にも歩哨が立っていたが、警戒の矛先は内側ではなくビルの外側に向けられていた。数も少なかったのであっさり排除、死体の隠蔽も忘れない。
「これだけの雨だ、ドローンによる監視は気にしなくてもいい。現地協力者との合流を急ごう」
未だ雨が降り続いていた。まだまだ勢いは強いが、事前の予想ではこれから急速に雨足が弱まり1時間も経てば雨雲も銀座上空を通過してしまう――奪還作戦が開始されるのもその頃だ。
ビルの外に出るなり、民間人の死体に出くわした。
混乱の最中で老若男女関係なく手当たり次第に銀座を襲ったバルコフの部隊に殺されたに違いない。無機質な街頭に照らされ、冷たい雨を浴びせられながら無造作に放置された死体が歩道に道路に幾つも転がっていた。
「まるでプラハの時そっくりだな」
あの日もこんな嵐の夜の潜入だった。見ていて気持ちが良くなる風景ではない。足早に街灯の光が届かない路地へと身を滑り込ませる。
0.87平方キロメートルに何百軒もの新旧様々なビルが密集する銀座という地区を、機甲兵器が主体の戦力で完全に支配下に置く事など実際には不可能だ。
図体のデカい軍用車両が通れない細い路地に建物が何軒も連なっている事など珍しくなく、運用に複数名の乗員が必要な機甲兵器主体の部隊ではむしろ貴重な歩兵戦力を投入して虱潰しに建物を捜索・制圧するにも限界がある訳で――
風雨に全身を打たれながら路地を進むユーリが構えるAK-12に取り付けた心拍センサーは複数の反応を示していた。画面を観察しているとその光点の殆どは移動せずジッとしたまま、ユーリ達の移動に伴い画面からフェードアウトしていく。
逃げ遅れ、だが敵兵からの目から逃れ、息を潜めて二重の意味で嵐が通り過ぎ去るのを振るえて待つしか出来ずにいる一般市民であった。予想はしていたがやはりかなりの数の市民が銀座に取り残されてしまっている。
時折、進行方向の路上で移動する光点が表示される事もある。その場合大体はバルコフの部隊のパトロールだ。
夜の暗さと雨はパトロールからユーリとフロストの姿を隠してくれるが、それは2人の側から見てもまた同じである。雨風にエンジン音が掻き消されてしまうせいでセンサーが捉える頃には敵装甲車が目視で見える距離まで接近していたという、危ない一幕もあった。
「ここだな。中に入ろう」
そうして辿り着いた先は、宝石店の裏口だった。
裏口のドアに手をかける。誰かが思い切り蹴りつけたらしい、軍用ブーツの足跡がクッキリと残ったドアの取っ手を動かそうと試みたが、内側から施錠されているようだった。
仕方ないので今度は扉をノックしようとして、ふとユーリは思い直すと振り上げた拳をノーメックススーツの内側に突っ込んでスマホを取り出した。
装備庫で調達した物ではなくユーリの私物である。バルコフ配下の部隊によって地区ごと占拠された銀座だが、実際のところ乱立する各通信会社の基地局アンテナが根こそぎ破壊された訳でも稼動に必要な電力供給が寸断された訳でもないので、EMPの影響を受けた銀座駐屯地近辺を除けば通信インフラは無傷も同然なのだ。
濡れた指で画面をタップ。突然作戦用の通信機ではなく私物のスマホで電話をかけ始めたのを見てフロストがこんな時に何やってんだと言いたげな視線を浴びせてくるのを感じつつ、相手が出るのを待つ。
1コール目が終わるよりも早く電話が繋がった。
『ユーリか?』
「ああ、今裏口に居る」
『すぐに開ける。待っててくれ』
そしてすぐに切れた。
そういえば、とフロストがユーリに疑問を投げかけた。合流する民間協力者は一体何者なのかと。
「個人的な友人だ。
扉越しにがちゃり、と鍵が外れる音が聞こえた。
扉が開くなり早く入れと手で示されたので素早く裏口をくぐる。数秒と経たず裏口の扉が閉められ、再度鍵がかけられた。
「久しぶりだなノモト」
「こんな時だが会えて嬉しいよ、ユーリ」
ロシア人の兵士と大学生にしか見えない日本人の傭兵は互いに男臭い笑みで相手を見交わしながら、差し出した右手を強く握り締め合うのであった。
『真の友を持てないのは全く惨めな孤独である。 友人が無ければ世界は荒野に過ぎない』 ――フランシス・ベーコン
GM-94はデザイン的にもコンセプト的にもグレランの中で特に好きです。
ショットガンみたいにぶっ放しながら突っ込んでダイナミックエントリーしようぜ!なんて発想を具現化させて採用させちゃうなんて流石ロシアそこに痺れ(ry
CoDでも実装されないかな……
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