GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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COD:Cold Warの予告編が最高なので初投稿です。


22:Trial by Fire/翡翠宮防衛戦(下)

 

 

 

 

 

<8時間前>

 薔薇騎士団・日本講和交渉団合同臨時防衛部隊

 翡翠宮/一次防衛線

 

 

 

 

 

 

 

 

『敵部隊から我が方に対する攻撃を確認! 全部隊へ反撃を許可する! 近付く敵は片っ端から撃ち倒せ!』

 

 

 

 

 

 

 

 上官からの号令に対する返答は一斉に生じた射撃音だった。中には上官が言い終えるよりも先に発砲を開始した隊員すらいた。

 

 水平射撃で放たれた大量の5.56ミリNATO弾を、最前列に構える帝国軍の重装歩兵は真正面から受け止める羽目になった。

 

 高初速・軽量弾で距離により威力減衰が起きやすい5.56ミリNATO弾だが、板切れと薄い鉄板を合わせただけという帝国軍主流の盾を貫くには充分であった。

 

 鉄板を貫通し、その下の木板を砕いて変形しながらも尚殺傷力を維持した銃弾は歩兵が身に着ける鎧すら貫いた。幼子の小指の先端ほどしかない銅と鉛の合金体に内臓を引き裂かれた歩兵がバタバタと倒れていく。

 

 加熱した銃身と機関部が不具合を起こすギリギリの長連射を繰り返すミニミと、2~3発の短連射を行ってはすぐに次の標的(帝国兵)に照準を移して正確に銃弾を送り込むM27、そこにグレネードランチャー特有の乾いた発射音が加わった。

 

 グレネードランチャーから放たれたのは照明弾である。開戦の合図となった火が着いた油壺のそれよりも格段に眩い白色の光球が、煙の尾をたなびかせながら唐突に帝国軍の頭上で炸裂した。

 

 正門への進路上を埋め尽くさんばかりに展開した帝国軍の隊列が白光の下に曝された。暗視装置無しでも視認可能な程だった。浮かび上がった帝国兵のシルエットへすかさず火線が集中され、更に多くの帝国兵が倒れていく。

 

 

「な、何だあの光は?」

 

「太陽でも昇ったとでもいうのか!?」

 

「ひ、怯むんじゃない! 弓兵、構え! 戦列、弓の援護を受けこのまま前進せよ!」

 

「進め! 進めぇッ! 皇帝モルトを弑逆たらしめた叛徒どもを皆殺しにするのだ!」

 

 

 翡翠宮への攻撃部隊を統括するゾルザル直属の兵が檄を飛ばす。彼らは共通して黒い長衣とコボルドを模した兜を装備していた。

 

 楯を構えた後続の帝国兵が仲間の死体を乗り越えて本格的な進軍を開始するのと、長々とした連射音が前触れもなく途切れるのは同時だった。

 

 ミニミに装填された1本目の弾帯を撃ち終えたのだ。装填数が多くとも1度の連射時間が長ければ長いだけ弾の消費は激しいものになる。

 

 

「装填する、手筈通り援護を!」

 

「任せな。野郎ども、お嬢さん方、お勤めの時間だぞ!」

 

 

 弓を手にした老兵と少女騎士らがバリケードの中で立ち上がり、一斉に弓を構え、もしくは石を装填したスリングを振りかぶった。

 

 弓が弾け、矢と投石が空を切り裂く音がそこかしこで生じる。それを聞きながらミニミ使いの隊員は足元の弾薬箱からベルトリンクで数珠繋ぎに並ぶ新しい5.56ミリ弾の弾帯を引っ張り出す。

 

 威力は地球世界製の銃火器に大きく劣るが、それでも人を傷つけもしくは命を奪うには充分な威力を秘めた矢と投石が帝国軍の戦列へ降り注ぐ。戦列の進行速度が一時的に緩むものの完全な停止には至らない。

 

 直後、照明弾の光を浴びてギラリと輝いた矢が、騎士団側が放った分を大きく上回る量と密度で以って重装歩兵の後方から放たれた。

 

 

「隠れろ! 盾持ちは防御体勢! 仲間を護れ!」

 

 

 盾持ちは大盾を頭上へ掲げ、盾を持たない騎士団員や自衛隊員はその下に逃げ込むか或いはバリケードの陰に体を押し付ける。他に出来る事といえば自分に当たりませんようにと祈る事ぐらいだ。

 

 頭のすぐ上で矢が盾やバリケードに刺さったり弾き返されたりする音が立て続けに生じた。

 

 運悪く盾とバリケードの隙間を通り抜けた矢が突き刺さった誰かの悲鳴がバリケードのどこかで聞こえた。バリケードからの攻撃が怯んだのを見て取った帝国兵が鬨の声(ウォークライ)を叫びながら更に進撃速度を上げる。

 

 

『イーグルズネスト、援護を行う』

 

 

 無線の直後、大口径特有のボディーブローを思わせる5.56ミリ弾よりも重さを感じさせる銃声が立て続けにバリケードの後方で轟いた。

 

 それは第1次防衛線より後方の第2防衛線より更に後ろ、翡翠宮の屋根や上階に構築した急ごしらえの射撃陣地からの援護射撃だ。

 

 最前線となる第1次及び第2次防衛線よりも下がった位置であるのを踏まえ、翡翠宮の射撃陣地に配置された自衛隊員は大口径の銃火器を与えられていた。

 

 H&K・G28にFN・SCAR20Sといった、5.56ミリ弾よりも威力・弾道・有効距離に優れた64式小銃にも使われている7.62ミリ×51ミリ・NATO弾を発射するマークスマンライフルが立て続けに火を噴く。

 

 工作機械の性能向上によって、ボルトアクション式に匹敵する射撃精度に匹敵しながら、1発ごとに手作業でボルトを動かし装填しなければならないボルトアクションでは再現できない短いスパンの連続発射を可能とするセミオートライフルは、まさに今この瞬間のような多数の標的()を短時間で射貫かなければならない状況でこそ真価を発揮する。

 

 第1防衛線のバリケードよりずっと後方から放たれたにもかかわらず、5.56ミリ弾を上回る殺傷力を維持した銃弾が重装歩兵の盾をより激しく叩き、盾を掲げた兵士諸共やはり5.56ミリ弾のそれよりも激しく人体に破壊痕を穿った。

 

 盛大なフルオートの連射音もそこに加わった。ミニミと同じベルトリンク式で7.62ミリ弾を使うFN・M240汎用機関銃もまた翡翠宮に配備されていた。

 

 ミニミの再装填が終わり、再び迎撃に加わる。5.56ミリと7.62ミリの銃声が交わり森中に轟き渡る。バリケードへ続く道には帝国兵の死体が次々と積み重なっていく。

 

 打ち上げられた照明弾が燃え尽きて、森は再び闇を取り戻す。

 

 照明弾の光が消え去っても暗視装置を装着した自衛隊員には関係ない。銃撃を続行する。

 

 光量を増幅する事で闇を見通しての視界を手に入れた彼らの目には、軽機関銃の弾帯へ5発ごとに織り交ぜられた曳光弾の弾道が地を這うようにして夜闇を切り裂く流星群のように映った。

 

 

 

 

 

 

 森を縦断して翡翠宮へと延びる進路上で死体を量産する本隊の仲間を横目に、攻撃開始前に森の中へと散った斬り込み隊を務める帝国兵約200はじわじわと第1防衛線に近付きつつあった。

 

 急に夜空に光の球(照明弾)生まれて(撃ち上がって)本隊が照らされたかと思ったら、弓矢でも魔法でもない謎の攻撃でバタバタと先頭を進んでいた重装歩兵が倒れていったのには面食らったが、攻撃の正体はともかく本隊が敵の注目を集めている間に自分達が突破口を開かねば仲間の犠牲が無駄になる。

 

 敵から悟られぬよう、ランタンや松明は使えない。ただでさえ夜闇に星明りが延びた枝葉に遮られる森の中、帝国兵は手探り足探りで進まざるをえなかった。

 

 隆起した木の根、足に絡みつく草藪、踏めばバランスを崩す程度には大きな石に足を取られそうになっては声を押し殺して悪態を吐きつつ斬り込み隊は森の中を進む。

 

 

「うわっ!」

 

 

 また1人、足を取られた帝国兵が前のめりに転んだ。

 

 すかさず近くの仲間が「声を出すな!」と警告を発しようと振り返った次の瞬間、転んだ兵士がもう1度悲鳴を発した。

 

 ただし今度の悲鳴は、明らかに苦痛を帯びた絶叫に等しかった。

 

 

「ぎゃああああ!? 目が、俺の目が!!?」

 

 

 転んだ兵士は顔面を手で押さえてのたうち回る。

 

 光源があれば彼の顔面から金属製の棒状の物――肉料理用のフォークが突然生えているのを周囲も気付けただろう。

 

 それは防具に護られていない顔に上手く刺さるよう、わざわざロープからの距離を調節した上で仕込まれた人為的な罠の1つだった。

 

 

「そいつを黙らせろ! 俺達の存在がバレちまうぞ!」

 

 

 慌てて近くの帝国兵が悲鳴の下へ駆け寄ろうと試み――

 

 ……数歩進んだところで、切り取ったキャンバス布に打ち込んで鋭利な先端を上向きに草藪に紛れる様にして設置されていた釘を踏み抜いた。帝国兵は歩兵に至るまで鉄靴を標準装備としていたが、靴底までは鉄の守りが及んでいない。

 

 なお土台の部分に木の板ではなくキャンバス布が使われているのはバリケードの材料に優先的に回されたからである。

 

 森の中で上がる悲鳴の数が増え、仲間の悲鳴は斬り込み隊の帝国兵達に動揺を及ぼす。

 

 また1人、不用意に動いた帝国兵が仲間と同じく釘に足の裏を貫かれて転げ回る。

 

 それに動揺してたじろいだ兵士が足に何かが引っ掛かる感覚と共にすっ転んだ。

 

 釘だの食器だのが突き刺さる事はなく、彼の場合は土に塗れるだけで済んだ。何て事はない、兵を殺傷させる為のフォークや食事用ナイフや釘といった材料も数が限られているので、その場を担当した自衛隊員が単に木と木の間に転ばせる為のロープを足元に張るのみで済ませただけにすぎない。

 

 

「敵の野郎、この森中に罠を仕掛けやがったな!?」

 

 

 これが日中であれば目を凝らして草木の微妙な違和感や張り巡らされたロープを見抜けたかもしれない。

 

 森の中に展開した帝国兵にとって不運だったのは今が夜で、おまけに敵に見つからないよう灯りで照らす事すら許されなかった点だ。

 

 もっと不運だったのは、(自衛隊員)が兵の頭数そのものは少ないが、代わりに兵のほぼ全員が闇夜すら見通せる暗視装置を装備している事だった。帝国兵が帝都から出撃して翡翠宮に到達するまでの間に、肉眼では自分の手すら判別出来ないぐらい暗い夜の森の中で多数の罠を仕掛けて回るという作業をこなせたのも暗視装置があったからだこそだ。

 

 無事な兵士はこれ以上罠に引っ掛かるのを恐れてその場で動きを止めた。

 

 道の方から聞こえてくる戦闘音のBGMに、誰からも助けて貰えず悶える仲間の悲鳴が加わる。

 

 助けを求める苦悶の呻き。動いたら罠にかかるかもしれない、だが動かず身を隠さずにいたせいで敵に見つかるかもしれない。或いはその逆かもしれない、そんな想像が引き起こす自家中毒。森の中の帝国兵の神経が急速に削り取られていく。

 

 もう少しだけ近くの木に体をずらせば敵陣から身を隠せる――誘惑に負けた帝国兵は剣を地雷探知機代わりに怖々と足元を探り、ロープの感触も釘が切っ先に当たる手応えも伝わってこないのを確かめると、ゆっくりと木の幹に体を預ける。安堵の溜息が自然と帝国兵の口から漏れた。

 

 彼は木の幹に沿って這わせた上で端の片側に木片を括りつけ、あえてちょっとした振動でも外れてしまう塩梅で地面から覗く木の根に引っ掛けられたロープの存在に気付けなかった。

 

 ロープのもう一端は水を入れたワインの空き瓶を重し代わりに兵士の頭よりも高い枝からぶら下げられている。ワイン瓶にはケミカルライトがビニールテープで固定されていた。

 

 ケミカルライトの発光原理は一定以上の衝撃を与え内部のガラスアンプルを割れると2種類の薬液が容器内で混じり合い反応が起きるという仕組みだ。

 

 ワイン瓶が地面に落ちて砕ける。それほどの衝撃ともなれば当然、ケミカルライト内のアンプルも同様だった。

 

 

「ああ、チクショウ」

 

 

 自分の行動が何を引き起こしたのか悟った帝国兵の口から自然と吐いて出た言葉は己への悪態か。

 

 真っ暗な森の中で水気を帯びたガラスの粉砕音が響いたかと思うと、炎よりも明るいのに炎と違って熱を感じない奇怪な色調を帯びた光が帝国兵の姿をぼんやりと照らし出した。

 

 ケミカルライトの光は反応が強いタイプで100メートル以上離れていても届く。

 

 光量を増幅する暗視装置を通せばより遠くからでも認識可能だ。

 

 ケミカルライトに照らされる中、手近な物陰に隠れられず固まっていた帝国兵の兜が頭の上半分ごと前触れもなく弾け飛んだ。

 

 翡翠宮の各所から放たれた曳光弾混じりの銃撃が次々と帝国兵が潜む森へと飛来する。

 

 中には木陰に隠れていたにもかかわらず木ごと銃弾に貫かれた兵士も少なからずいた。矢とは違って7.62ミリ弾は生半可な太さの木では防げない。

 

 遅ればせながら翡翠宮の射撃陣地からの無線を受けた第1防衛線配置の自衛隊員経由で森からの敵接近を知らされた騎士団員が放った矢が銃弾に混じって帝国兵へ襲い掛かった。暗視装置を持たない彼女らは頭数の多さと曳光弾の軌跡の先を狙うというやり方でハンデを補った。

 

 

「仕方ない。動けるヤツは全員攻撃が飛んでくる方向へ突撃だ! このまま罠に怯えて戦わずに死ぬぐらいなら、少しでも敵の攻撃を惹き付けて本隊を援護するんだ!」

 

 

 彼らは兵士としてはどこまでも愚直で、そして誇り高かった。

 

 皇帝モルトがニホンと組んだ皇女ピニャに弑され、実権を握った嫌われ者の皇太子ゾルザルとその太鼓持ち連中の命令でこんな戦場に送り出された事へ思う事はあっても、1度覚悟を決めれば戦いに命を散らす事への躊躇いなど彼らにはなかった。

 

 

「俺に続け! エムロイは我らと共に!」

 

 

 切り込み隊を取り仕切る古参兵が吶喊したのを皮切りに帝国兵が一斉に走り出した。

 

 本隊と違って弓兵などからの援護射撃もない彼らはある者は銃弾に、ある者は矢を受けて散っていく。罠にかかって転倒する者も続出したが、まだ動ける者はすぐに立ち上がって突撃を再開する。

 

 100人もの斬り込み隊はその数を半分近く減らしながら森を抜け、戦友を犠牲にした代償に庭園まであと少しという位置まで辿り着こうとしていた。

 

 ……その中の1人がロープを踏んだ。

 

 転ばせるよう固くピンと張り詰めたこれまでの罠とは違い、そのロープは途中から切れてしまったかのように勝手に緩んでしまったので、興奮した帝国兵はそのまま気にも留めず仲間の後を追って突撃を続行する。

 

 

 

 

 

 そして爆発が起きた。

 

 目の前に炎の壁が生まれた。

 

 

 

 

 

 帝国兵は知らなかった。数瞬前に帝国兵が踏んだロープはこれまでの罠とは別物だった。

 

 ロープの先端は草薮に隠された手榴弾のピンに繋がっていた。手榴弾の時限信管は作動したら従来よりも短時間で爆発するよう細工された上で中身満タンのワイン瓶数本と共にビニールテープで木の根に固定されている。

 

 ただしこちらのワイン瓶はケミカルライトを使った照明トラップとは違う特別製だ。

 

 

 

 

 中身は翡翠宮からかき集めた燃料油と石鹸のカクテル――即席のナパーム弾。

 

 

 

 

 手榴弾の爆発がナパーム弾の誘爆を引き起こす。

 

 帝国兵からしてみれば突然足元で炎龍のブレスが発生したような感覚を覚えただろう。そんな感想は全身を覆った粘つく炎の熱さ―石鹸の作用で粘度を帯びた油は専用の消火器以外では消せない―によって瞬時に燃え尽きた。

 

 1度爆発が起きると、それが引き金になったかのように同じような紅蓮の炎を伴った爆発が立て続けに発生した。

 

 森の中で爆発が起きる度にケミカルライトよりも格段に明るいオレンジ色の光が木々と帝国兵、森の外で身構えていた騎士団員を照らす。

 

 科学的な防火処理が施されていない、ただの布や鉄でできた防具しか身に着けていない帝国兵は一瞬で人の形をした松明に変貌していった。

 

 気管まで侵入した炎に肺腑を焼かれた帝国兵が音も無く悶えながら次々と崩れ落ちていく光景。

 

 急激な温度変化が生んだ気流の変化に運ばれた鼻を突く油の臭いに混じって届いた人の焼ける臭い。

 

 これが斬り込み隊の末路であった。

 

 兵士の誇りも騎士道精神の欠片も感じさせぬ煉獄の如き様相に、斬り込み隊の迎撃に回っていた薔薇騎士団の少女騎士の多くが抑え切れず嘔吐する事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりに一方的な殺戮劇が行われた結果勝利した側にも精神面での被害が生じるという展開が一部で勃発していたが、帝国軍の大部隊を真正面から迎撃する役割を与えられた者達はそれどころではない。

 

 一方的に帝国兵を撃ち倒しているように見せかけて実際はかなりギリギリの部分でどうにか押し留められている塩梅だ。

 

 自衛隊員の銃火器は強力だがやはり敵の頭数が多過ぎた。重装歩兵という肉の壁が厚いせいで後方まで火力が届いていない。弓兵のみならず攻城兵器による攻撃も勢いを増しつつある。

 

 地上のバリケードではなく翡翠宮の上階部という高所に布陣した射撃陣地からならば弓兵や攻城兵器への攻撃を加えられただろう。

 

 が、彼らは森の中から接近しつつあった帝国軍の別働隊が発見された為にそちらの排除にも手を割かざるを得なかった。その分本隊への圧力は減少してしまっている。結果や程度はどうあれ斬り込み隊の帝国兵は確かに本隊への援護に貢献していたのだ。

 

 その間に帝国軍側の弓兵は火矢による攻撃に切り替わり、攻城兵器から放たれる火炎弾の勢いが増す。

 

 

「また飛んでくるぞ!」

 

 

 火炎弾の飛来を知らせる警告。バリケードを飛び越えたり、逆に手前の地面に落ちる火炎弾の着弾地点は着実にバリケードへと近付いていた。

 

 とうとうバリケードからほんの数メートル先に着弾する火炎弾が出始める。撒き散らされた燃える油がバリケードにかかり、障害物越しでも産毛を焦がすような熱波にそれを浴びた少女騎士が悲鳴を発した。

 

 バリケードの主な材料は薔薇騎士団の盾に横倒しにした荷馬車、翡翠宮内に置かれた家具類で大半が木製である。

 

 

「火を消せ! 用意しておいた布で叩き消すんだ!」

 

「落ち着いて消せ、さっきまでの雨で湿気てるからすぐには燃え広がらん!」

 

 

 数名の古参兵が火攻め対策に用意しておいた毛布サイズの濡らした布―元は薔薇騎士団の天幕に使われていた―を抱えて燃える油を浴びた地点へ向かう。

 

 そこへ、火炎弾の灯りを目印にバリケードの裏側を狙って高角度で放たれた弓兵の斉射が襲いかかった。

 

 重力に引かれて降り注いだ鏃が布を抱えた古参兵がその直撃を食らった。それも不運にも兜と胴当ての隙間という防具に守られていない部分を貫かれる形で。

 

 彼ら以外にも、バリケードへの被弾に動揺して矢の飛来に気付くのが遅れた少女騎士にも被害が出た。

 

 

「えいせいへーい!」

 

「ダメだ、こいつはもう助からん」

 

 

 矢を食らって倒れる瞬間を目の当たりにして血相を変えた自衛隊員が反射的に叫ぶも、年配の騎士は脈を取る素振りすら見せずに首を横に振った。

 

 ほんの僅かな時間でも肩を並べて共に戦った戦友の死に、自衛隊員は迷彩グローブに包まれた拳をバリケードに叩きつける事で今の心情を露わにした。それから荒っぽく無線機の交信スイッチを押し込む。

 

 

「ランチャーで敵前列の頭越しに攻城兵器を叩く! ドローンで弾着観測をして指示してくれ!」

 

『了解。だがドローンの飛行制限時間が近付いている。そう長い時間は付き合ってられないぞ』

 

「上等だ! 片っ端から吹き飛ばしてやる!」

 

 

 背中に回していたH&K・HK69、40ミリ擲弾を発射する単発式グレネードランチャーを握り締めながら自衛隊員は吠えた。

 

 信号銃か競技用拳銃をそっくり大型化させたかのような中折れ式の砲身に40ミリ擲弾を落とし込んで装填。定規か梯子のミニチュアを思わせる折り畳み式のフリップサイトを立ち上げる。

 

 暗視装置越しの視界によって捉えた帝国軍の戦列、そこから焦点をやや後ろに移すと、装填された発射前の火炎弾という光源によって浮かび上がる攻城兵器のシルエットが見えた。

 

 発射。数秒後、攻城兵器の後方で閃光の花が咲いた。

 

 

『着弾確認。引け20。包囲そのまま』

 

 

 ドローンオペレーターの報告を聞きながら再装填、フリップサイドを覗き込んでの照準を僅かに下にずらし再び発射。

 

 2度目の閃光が起きたと認識した次の瞬間、真っ赤なキノコ雲が自衛隊員らの認識を塗り潰した。森の中に仕掛けたナパーム弾のそれよりも何倍も大きな火球が、攻城兵器とそれを操作していた怪異や多くの帝国兵を呑み込んだ。

 

 修正を受けた弾頭は攻城兵器の傍に山積みにされていた砲弾――未着火の油壷のど真ん中へ着弾。

 

 内蔵した高性能爆薬が炸裂した結果、大量の油への着火を誘発させたのだ。

 

 帝国軍にとって不運だったのは左右を森に挟まれた道で戦闘が始まった事だ。左右に広く散らばる事が不可能なせいで狭い空間に攻城兵器が固まってしまっている状態で集積されていた弾薬(油壷)に引火すればどうなるか――

 

 帝国軍戦列後方に新たな炎の花が連続して開花(誘爆)した。

 

 

「ほ、法務官殿! 攻城兵器が全滅、我々も退路を失いました!」

 

 

 翡翠宮攻撃部隊を指揮するルスルフ・ハ・ラインズ次期法務官は、コボルトをモチーフにした黒の兜とマントを装備した直属の部下が告げた報告に、黒煙混じりの炎の赤に照らされてなお見て取れるぐらいに顔から血の気を引かせた。

 

 

「ぞっ、ゾルザル殿下から預かった()は無事なのですか!?」

 

「はっ、そちらはどうにか炎に巻き込まれずに済んでおります」

 

「では生き残った怪異を集めて今すぐ盾を持たせて前に出させなさい! 怪異どもを盾に今度こそ叛徒どもを討ち取るのです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっこさん(帝国軍)ら、奥の方で何か動いてないか?」

 

 

 面倒な攻城兵器を一網打尽にしたお陰か帝国軍本隊の攻勢が一気に大人しくなりようやくひと心地つけた防御側であったが、別ヶ所の防衛戦からは未だ戦闘音が聞こえてきている。

 

 警戒を怠る事無く暗視装置を使っての監視を行っていた隊員が、本隊の変化に気付いて仲間に呼びかけた。度重なる連射によって摩耗したミニミの銃身を交換していた隊員がそれを聞きつけて顔を上げる。

 

 

「ドローンで確認してもらったらどうだ?」

 

「ドローンは電池切れでしばらく使用不能だとよ」

 

 

 HK69を背負い、戦闘ベストの弾薬ポーチに生じた隙間を新たなグレネードランチャー用の弾薬を詰め込む作業を行っていた別の隊員から教えられたミニミ使いの隊員は、目元から外していた暗視装置を装着し直すとバリケードの向こう側へと顔を向けた。

 

 数時間前の雨の名残で空気や地面はかなり湿り気を帯びている。それでもかなりの量の火炎弾が持ち込まれていたのか、帝国軍の背後で燃え盛る炎はまだまだ収まる気配が無い。

 

 

「背水ならぬ背炎の陣だなありゃ」

 

「上手い事言ったつもりかよ。そのまんまの意味で尻に火が着きかけてるとなればそれこそなりふり構わず全軍突撃してきてもおかしくないぞ」

 

 

 言い合いながらも彼らの顔と暗視装置は帝国軍本隊へ固定されている。

 

 帝国軍の隊列が目に見えて動きを見せる。2つに割れて道の両脇へ寄ったかと思うと、別れた兵士らの間から頭二つ三つ大きな体格がぞろぞろと重装歩兵の前へ姿を現した。

 

 オークにトロール――人型の怪異。

 

 体格に見合った柱のように太い棍棒や大斧を携えている。そういう()()()()はアルヌス攻防戦などでも見かけたので隊員にも驚きはなかった。

 

 問題は武器とは別の手に構えている存在の方だ。

 

 オークやトロールの巨体ですら大部分を隠せてしまう程の、盾というよりもどこかの建物から壁一面を丸ごと切り取ってきたかのような大きく分厚い巨大盾。それこそ怪異の膂力でなければ満足に運ぶ事も出来ないであろう。

 

 そんな代物に身を護られた怪異の進軍に合わせて、隊列を整え直した帝国軍もまた防衛戦への進軍を再開する。

 

 

「また攻めてくるぞ!」

 

 

 敵襲を知らせながら隊員は構えたミニミの引き金を絞った。新品の銃身に取り換えられ元の精度を取り戻したミニミから飛び出した銃弾は、狙い通りにオークとトロールへ襲いかかった。

 

 そして怪異が構える盾に受け止められ……何事も無かったように進撃は止まらない。

 

 

「デカブツどもの盾5.56を弾きやがった!?」

 

 

 仲間の銃火も加わるが、そちらも大部分がミニミと同じく5.56ミリ弾であるせいで巨大盾を貫けず弾かれてしまう。騎士団の弓矢に至っては言わずもがなだ。

 

 小口径高速弾の貫通を防ぐ程に厚い鉄板を張り付けた巨大盾。その代償に怪異クラスの腕力でなければ装備出来ない重量となってしまったが、これまで散々自分達を蹂躙してきた異世界の武器を防いでくれる安心感に帝国軍本隊の士気は急上昇しつつある。

 

 

「だったらこっちはどうだ!」

 

 

 再びHK69に切り替えた隊員がグレネードランチャーを直接照準で撃ち込んだ。命中した盾の表面で爆発が起きる。爆発した盾を手にするトロールが尻餅を突く。

 

 

「やったか!?」

 

「おいバカやめろ!?」

 

 

 殺っていない。煙を纏わりつかせ、破片に何ヶ所も体の表面を切り裂かれはしたが、擲弾を受けたトロールに命に別状はない様子だ。立ち上がると怒りの雄叫びをあげて進撃を再開した。

 

 薔薇騎士団員も援護に加わるも、銃弾すら弾く盾に弓矢や投石程度では通用しない。

 

 

「対人榴弾じゃダメだ、徹甲弾を使え!」

 

 

 アドバイスを叫びながら銃撃を繰り返す。盾が貫けないのならば盾からはみ出した肩や足、頭を狙って対抗すればいいとばかりに狙い撃つ。

 

 生身の部分に当たれば流石に通用するようで、足を砕かれて耳障りな悲鳴を上げて倒れ込んでいった。崩れ落ちて急所の胴体や頭部が丸見えになったところで銃撃を集中させ、確実に仕留めていく。

 

 その間にグレネードランチャーのリロードが完了。HK69には新たに金色と緑に色分けされた弾頭が装填されている。

 

 M433多目的徹甲榴弾だ。対戦車ロケット砲を参考にしたHEAT(成形炸薬)弾であり厚さ5センチの鉄板を貫通出来る。

 

 グレネードランチャーが発射、着弾するとメタルジェットが生み出す侵徹効果によって鉄板に穴が穿たれ、その穴から噴き出した超高熱の爆風が見事に持ち手であるトロールの息の根を断った。

 

 大盾持ちの怪異部隊も結局は自衛隊の火力の前に次々と斃れていった。

 

 しかし全て撃ち倒されるまでにオークとトロールが進んだ距離は相当なもので――それは怪異部隊のすぐ後ろに続いていた帝国軍も同様であり。

 

 

「突撃せよ!!」

 

 

 最後のオークが頭部への集中射を受け音を立てて崩れ落ちた瞬間、本命の重装歩兵数百名が盾と槍を前方へ構えつつ、鬨の声の大合唱を伴いながら一斉に走り出した。

 

 マズいタイミングだった。怪異部隊に相応の弾薬を費やさざるをえなかったせいで自衛隊員の多くが再装填を必要としている。

 

 

「IEDを使え!」

 

 

 言われて弾切れの軽機関銃を放り出した隊員がモバイル電源へと飛びついた。

 

 ケミカルライトの明かりを頼りにすぐ傍らに置いておいた電線のコンセントをモバイル電源へ接続。後は対応したスイッチを押せば電線に電気が流れる。電線は地面を這ってバリケードの向こう側へと消えている。

 

 

「もう点火していいか!?」

 

「まだだもっと引き付ける!」

 

「流れ弾とかで断線とかしてないだろうな」

 

「そうならないよう神様に祈っとけ!」

 

 

 神様仏様ロゥリィ様。自衛隊員達は真っ先に思い浮かんだ黒ゴスハルバード使いの美少女亜神へ祈りを捧げた。

 

 どんどん近付いていくる帝国兵の雄叫びと足音がプレッシャーとなってモバイル電源を手にした自衛隊員を苛む。

 

 まだか、まだか、まだか、まだか、まだなのか――

 

 

()()()()!!」

 

 

 スイッチが押し込まれ、電流が流れる。

 

 奇跡的に断線していなかった電線は土や草を被せての偽装を施された上でバリケードから100メートル程の道脇まで延びていた。終点は草藪の中に隠された人の頭ほどもありそうな壺の中である。

 

 電線の末端部は被膜が剥がされた上で壺の中心に埋め込まれた40ミリ擲弾の信管へと繋げられていた。

 

 Improvised(即席)Explosive(爆発)Device(装置)――その名の通り有り合わせで作った即興のリモコン爆弾。モバイル電源から供給された電流が擲弾を起爆させる。

 

 イチゴ大福に例えるなら擲弾はイチゴで壺本体は具を包み込む皮……そして皮とイチゴを繋げる餡に相当するのは森に仕掛けた罠にも使われたナパームだ。

 

 ひと手間加えてスプーンナイフフォーク等のカトラリー類のみならず、銃火器の弾薬数ケース分をバラして混ぜ込むというおまけつき。発射薬(ガンパウダー)が爆発力を向上させ、弾丸と薬莢は超高熱を帯びた榴散弾となって標的をズタズタに切り裂くのである。

 

 更に更に設置の仕方にも工夫を重ね、爆発すると発生した爆炎と飛散する破片が一方向へ集中的に向かうよう指向性すら与えられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 自衛隊員の工夫の集大成が、押し寄せる帝国軍の密集陣形を横合いから殴りつけた――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『火を以って、火と戦え』 ――イギリスのことわざ

 




映画に出てくる森で敵ををナパームでバーベキューする場面はエンド・オブ・ステイツの爆弾オヤジがお気に入りです。


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