GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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若干燃え尽きて筆が進まず更新が遅くなりました。



19:Evacuation Order/退却準備

 

 

 

 

 

「狭間陸将。銀座より発信コード不明のビデオ通信が入りました。どうしますか?」

 

「私が出る。繋いでくれ」

 

「了解、映像を出します」

 

『――『門』の向こう側、特地に派遣された自衛隊の諸君。聞こえているかな』

 

「特地方面派遣部隊の総指揮官を務める狭間陸将だ。この回線は陸上自衛隊及び日本政府の所有する専用回線である。そちらの身分と目的を明らかにしたまえ」

 

『私はロマン・バルコフ大将。お前達自衛隊が守っていたニホン側の『門』及び銀座の街は私の部隊の掌握下にある』

 

「っ、バルコフ大将の名前はこっち(特地)に派遣される前情報本部で働いていた頃聞いた事があります。ロシア軍による欧州侵攻時の司令官でアメリカとの停戦後は直属の部隊ごと軍を脱走したマカロフの協力者です!」

 

「……こうして我々に通信を行うという事は我々に何らかの要求を行う為と推測するが」

 

『私がお前達に行うのは要求でも要請でもない。今この時を以って36時間以内に自衛隊が特地に置いている全ての隊員の撤退を()()()

 お前達にそれ以外の選択肢は許されないし与えるつもりもない。もしお前達の中の1人でも歯向かう者がいれば――』

 

 

 

 

『――攻撃を受けた防衛省本部がある市ヶ谷は現在も警察と自衛隊により完全に封鎖されており、我々報道陣は一切立ち入る事が出来ません。

 しかし目撃者の話によりますと、武装した複数の人影が防衛省正門の警備員に攻撃を加え、ロケット弾のようなものが建物に命中したかと思うとそこから発生した黄色い煙を吸った人々が次々に倒れていくのが見え、怖くなって逃げ出した、そのようなお話が複数寄せられています。

 また規制線を張る自衛隊員のほぼ全員が化学兵器対策に用いられるガスマスクと防護服を装着しており、警察の方も同じ服装をした関係者が多数見受けられた事から、毒ガスといった何らかの化学兵器が用いられたとの推測は極めて可能性が高いと思われ……』

 

 

 

 

「なっ!?」

 

『お前達の頭は既に我々が潰したという事が理解出来たかな?』

 

「……貴殿も仮に軍人であるならばシビリアン・コントロールは理解しておられる筈だ。我々特地に派遣された自衛官の退去を決定するのは最高司令官である内閣総理大臣にある。総理からの命令がない限り我々がそちらの要求に従うわけにはいかん。その手の交渉は政府と行っていただきたい」

 

『無論ニホン政府にも伝えてあるとも――もし従えぬのならば防衛省への攻撃に使った化学兵器を国会議事堂や民間人が集まる人口密集地に対しても用いる、ともな』

 

「っ!!」

 

『私は公平な軍人だ。軍人も、政治家も、民間人も、必要であれば平等に目標を達成する為の尊い犠牲となってもらう』

 

「軍人が守るべき民間人を盾にしておいて、貴様それでも軍人か!」

 

『お前達西側の言葉を借りるならばコラテラルダメージ、目的の為の致し方ない犠牲というものだ』

 

「そのような言い草、詭弁ですらない!」

 

『そろそろ口の利き方に気をつける事だなハザマ司令官。我々は『門』を完膚なきまでに破壊し、お前達を異世界の漂流者にする事も出来るのだ。

 お前達が私の命じた通り、特地から撤退するのであればこれ以上ニホン国民が犠牲になる事もなければ、お前達が漂流者となる事もないのだからな。ああそれから――』

 

『ひ、ひぃっ! 私に何をするつもりだ止めてくれ頼む!』

 

「あれは誰だ? 特地入りする筈だった海外からの視察団のメンバーか?」

 

「データ照合、中国政府から派遣された視察団員です!」

 

『わ、私が誰か分かっているのか!? 中国政府の代表である私に手出ししたら共産党がただで――』

 

 

 銃声。鮮血。

 

 

「っ……!」

 

『お前達の最高司令官にお伺いを立てるのならば、ニホン国民以外の者達の命運も私の手に握られている事を伝えるのだな』

 

「……バルコフ大将。そちらの要求は特地に派遣された()()の隊員の撤退で相違ないか?」

 

「狭間陸将!?」

 

『その通りだ。武器・車両・兵器・食料といったあらゆる物資も放棄してもらうがな』

 

「隊員の中にはこの現地司令部から遠く離れた土地で作戦行動中の者も多くいる。彼らを含め万単位の人員を抱えている以上、召集して撤退の準備が整うまで我々も相応の手間と時間が必要である点を理解しておいて頂きたい」

 

『それはそちらの都合だ……が、大人しく従うというのであれば私も余計な手出しは控えよう。

 お前達が政治家どもとの相談事が出来るように外部との回線は繋いでおいてやろう。だがそれ以外の理由で通信を試みた場合、その代償はお前達が守るべきニホン国民の命で代償を払う事になると理解しておくのだな――』

 

「――通信が切れました」

 

「狭間陸将、本当に部隊を特地から撤退させるおつもりですか!?」

 

「……………彼が言った通りになってしまったな」

 

「陸将?」

 

 

 

 

「――これで少しは時間を稼げるだろう。今すぐ幕僚全員と戦闘団指揮官を招集しろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

<16時間前>

 栗林 菜々美

 ファルマート大陸・アルヌスの丘/自衛隊駐屯地・診療施設

 

 

 

 

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はっっっ!?」

 

「あ、よーやく戻ってきた」

 

 

 姉である栗林志乃の呆れた声が聞こえたが妹はそれどころではなかった。

 

 

「私は何処ここは誰!?」

 

「何言ってんのいい加減戻ってきなさい、っての!」

 

 

 ボケた事を抜かす妹に栗林は溜息をひとつ吐くと、読んでいた雑誌を手早く―ギチリと紙の束が軋み声をあげる程度に硬くなった―丸めたかと思うと、

 

 

 すぱぁん!!

 

 

 一見軽いようで、実際は手首のしなりを利かせた一撃で以って菜々美の頭を遠慮なしに引っ叩いた。

 

 その威力は効果音の大きさから察するべし。

 

 ちなみに栗林が目を通していた雑誌の表紙にはた〇ごクラブと書いてあったり。

 

 

「~~~~~~~~~~~~~!!!!?!?」

 

 

 頭を押さえて蹲る菜々美。

 

 しばし悶え苦しんでから再び顔を上げた菜々美の目元には涙が浮かんでいた。

 

 

「何するのよお姉ちゃん! 頭が割れたかと思ったじゃない!」

 

「いやぁ、菜々美がず~~~~~~~~~~~~~~~~っと魂をどっかに飛ばしてようやく戻ってきたかと思ったらいきなりベタな世迷いごと抜かしたもんだから、軽く叩いたら直るかなーと思ってつい」

 

「直るどころか完全に壊れるかと思ったわよ! お姉ちゃんの『軽く』は普通の人にはちっとも軽くないんだからねもう……」

 

 

 この脳筋姉め特地に派遣されてから更にゴリラっぷりに磨きがかかったのでは?

 

 ……などと目の前の姉が聞いたらニッコリ笑顔でもう1発食らいかねない―血の繋がった妹だから1発程度で済むが、これが同僚の男性隊員だったならば時間無制限組手にもれなくご招待―

 

 そんな愚痴を心の中で呟きながら叩かれた部位をさすっていた菜々美であったが、そもそもどうして自分は唖然呆然忘我してしまったのかという理由を思い出すと、改めて顔を持ち上げるやベッド上の姉に詰め寄った。

 

 そもそも菜々美が今こうして診療施設に居るのも、特地取材で本格的に忙しくなる直前の僅かな時間を使って銀座のごく短い再会以降何ヶ月も顔を合わせていなかった姉の顔を見ようと駐屯地本部に問い合わせてみたら、案内の自衛隊員から数日前から診療施設の新たな住人の仲間入りをしていると告げられたからなのである。

 

 

「それよりも本当なの!?」

 

「本当って何がよ」

 

「その……子供が出来たって話!」

 

 

 血相を変えて問い質す妹に対し、姉は色香とはまた別の意味で急速に女としての魅力を宿しつつある柔らかな微笑みを向けた。

 

 本を持つ手とは反対側の手を下腹部に添えながら。

 

 

「うん本当よ。妊娠してるの、私」

 

「うっそぉ!?」

 

「だから本当だってばぁ。嘘吐くにしてもこんなタチの悪いのは普通言わないわよ」

 

 

 姉の発言がやはり信じられなくて、菜々美は素っ頓狂な悲鳴を上げてしまう。

 

 妊娠である。懐妊である。我が姉は派兵先で、それも異世界で子作りしちゃったのである。

 

 低身長高胸囲なスタイルなせいで学生時代にキモオタにストーカー紛いの目に遭った結果軟弱なオタク嫌いになったのが、自衛隊に入ってからは何がどうこじれたのか強くて逞しくてプロフェッショナルな兵士以外とは絶対に結婚しない! と公言して憚らなかったあの姉が!

 

 と、そこまで考えた菜々美の脳裏に姉の身近に居そうな男性で条件に当て嵌まりそうな人物の顔が思い浮かんだ。

 

 銀座の英雄で、第3次大戦を終結に導いた陰の立役者でもあり、処刑寸前の栗林を助けに飛び込んだ彼女の上官――

 

 

「もしかしてそのお相手って、お姉ちゃんを助けに飛び込んだ伊丹二尉?」

 

「うん、そうよ」

 

 

 栗林は、数日前に麓の街の酒場で黒川へ語った時と同じ内容を菜々美へと告げた。

 

 菜々美も姉の決意が固い事、姉のお相手である英雄殿もちゃんと責任を取るつもりであると教えられると、まだ衝撃は冷めやらぬものの最終的には理解と納得を示した。

 

 ……ただし現地の少女らと伊丹を()()している事まではまだ教えていない。最初に懐妊し、尚且つ日本生まれで日本国籍を持つ都合上、()()()()()()()()()栗林が正妻であり少女らは内縁関係に留まるという形で一応当事者間の認識は共通している。

 

 

「言っておくけどこの事は仕事先の上司とかには絶対言わないでよね。もしバラしたら絶縁よ絶縁。子供の顔も見せてあげないんだから」

 

「わ、分かってるわよぉ」

 

 

『姉のコネ使って特ダネ引っ張ってこい!』と心労と激務のあまり目を血走らせて幽鬼もかくやな形相で発泡を飛ばしていた上司の言葉を意図的に記憶から消し去る菜々美であった。

 

 上司が幽鬼なら、目を据わらせながら釘を刺してきたその時の姉は鬼子母神そっくりで、菜々美に即断させる程度にはおっかなかったのである。

 

 

「ところでさ、さっきから外が何か騒がしくない?」

 

「そう言われてみると……」

 

 

 ふとちっさいけどおっきい(トランジスタグラマー)という点ではそっくりな姉妹は病室の外に意識を向けた。

 

 扉の向こうにある廊下を人影と気配が慌ただしく行き来している様子が病室内まで伝わってきていた。

 

 診療施設には栗林以外にも少数だが怪我や急病で入院中の特地住民も入院している。

 

 彼らに余計な不安や混乱を及ぼさないよう、本部からの通達は大々的な広域放送ではなく各医官の診療室やナースステーションの内線電話によって届けられた。それもあって入院中の栗林の下まではその知らせは未だ届いていなかったのだ。

 

 菜々美の方も、入院患者の見舞いという体裁という事で携帯の電源を切っていた。その為緊急事態発生により安全な場所へと誘導される途中の仕事仲間が菜々美に連絡を試みようとしたものの、やはり菜々美に伝わっていなかった。

 

 

「何かあったんですか?」

 

 

 ベッドから出て廊下を覗き込んだ栗林が足早に通り去ろうとしていた医官を呼び止める。

 

 奈々美がその様子を眺めていると、迷彩服の上から白衣を羽織るという一般的な病院ではまず見かけないが軍事的な診療施設内ではありふれたスタイルの医官が何やら姉に耳打ちした途端、彼女の顔色が一気に変わった。

 

 韋駄天、という単語だけを奈々美の聴覚は拾う事に成功していた。

 

 

「不味い事になったわ」

 

 

 そう呟く姉は奈々美が初めて見るレベルの焦りと緊迫感を顔に滲ませていて、あまりの急変振りに思わず腰を浮かせてしまった。

 

 

「お、お姉ちゃん。一体どうしたの? 韋駄天、ってどういう意味なの?」

 

「状況『韋駄天』――退去準備命令が発令されたわ。日本で何か起きたのかそれとも『門』に何か起きたたのかは分からないけど……」

 

 

 一旦言葉を区切ると、栗林は妹の顔をまっすぐ見つめ返す事で事態がどれだけ重大か強調した上で、重々しい口調でもって最悪の予想を告げてやった。

 

 

「……もしかすると、私達が特地に取り残されて日本に戻れなくなるような事態が起きたのかも」

 

 

 

 

 それを聞いた奈々美の反応は引っくり返った悲鳴であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

<14時間前>

 ピニャ・コ・ラーダ

 帝都・翡翠宮

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと豪奢な部屋のふかふかのベッドの中だった。

 

 

「今までのは夢………………ではない、か」

 

 

 見上げた天井がピニャ専用居館の寝室の見飽きた天井ならば、「とんでもない悪夢だった」と限りない安堵と共に笑い飛ばせただろう。

 

 しかし現在のピニャの視界に広がる天井は翡翠宮のそれであり、室内には屋敷を激しく叩く雨音のBGMが響き続け、体の芯には未だ拭いきれない冷えが残っていた。

 

 それらの情報が、この数時間の間に彼女が直面したあらゆる事態が現実のものであるとピニャに理解させた。

 

 ――いっそあのまま一生目覚めなければ残酷な現実に戻らずに済んだのに。

 

 泣きたくなるぐらい辛いのに肉体は涙も嗚咽のひとつも湧いてこない。それほどまで彼女は打ちのめされていた。

 

 寝室には他に人の姿はなかった。一度目覚めると雨の音が妙に耳について落ち着かず、ベッドから抜け出て部屋の外へ向かう。

 

 廊下に出るなり、扉のすぐ外で控えていた薔薇騎士団員の少女が飛び上がって大声を発した。

 

 

「ああピニャ様目覚められたのですね! すぐに隊長がたをお呼びいたします!」

 

 

 そこからは天幕内でピニャよりも先に倒れたかと思ったらまたも先に目覚めていたらしいボーゼスを筆頭に、翡翠宮に詰めていた薔薇騎士団員が寝室に押しかけてきたかと思うと次から次に心配と安堵の言葉をかけてきたり、これからどうなるのかと不安そうに尋ねてきたり、あまりに口々に騒ぐものだから頭にきたハミルトンとヴィフィータが一喝して隊長・副隊長クラス以外の少女らが部屋から叩き出されたり……

 

 と、一言で述べるならばてんやわんやであった。

 

 残った幹部達と改めて現状報告と認識のすり合わせを終えたピニャは今度は菅原ら講和交渉団――日本側と話し合いを行うべく、彼らが集まる部屋へと向かう。

 

 

「ニホンの皆様方、失礼する」

 

 

 入室すると、立場の垣根など関係ないという様子で持ち込んだ無線機やパソコンをズラリと並べた机を取り囲んで頭を突き合わせていた外務省職員と自衛隊員が一斉に彼女を見た。

 

 うち復活したピニャの姿を見てあからさまに安堵の感情を露わにしたのは、菅原と白百合を筆頭とした外務省組の方である。

 

 

「ピニャ殿下、御目覚めになられまして安心しました」

 

「シラユリ殿、不甲斐ない姿を晒してしまい妾としては恥じ入るばかりだ」

 

「いいえ。殿下が直面なされた事の次第の大きさを鑑みれば倒れてしまわれたのも仕方ありませんわ」

 

「……妾の部下から気を失っている間に起きた事は教えてもらいはしたのだが、ニホン側の方で何か把握している事があるのならば教えて頂けぬか?」

 

「……殿下、恥ずかしながら現在我が本国においてもでも喫緊の事態が起きている状況なのです。講和交渉団代表及び特地問題対策副大臣の権限に於いてピニャ殿下に指令『韋駄天』の情報開示を行う事をここに宣言します。皆さんよろしいわね」

 

 

 白百合は『韋駄天』が日本-特地間のやり取りに何らかの問題が発生し派遣部隊が異世界に取り残される可能性があると判断された場合に発令される退去準備命令であると説明し、講和交渉団も当然例外ではなくアルヌスに戻らねばならなくなったとピニャに語った。

 

 ……ただし『韋駄天』発令の原因が未確認の武装勢力によって日本側の『門』が占拠された為、とまでは教えない。

 

 ショックのあまり、ピニャは再び倒れそうになった。ゾルザルの魔の手から逃れる為に自衛隊と日本を頼ろうと思ったのに、当の彼らがさっさと去ろうとしているだなんて!

 

 

「どっどどどどどどういう事なのだ!? ニホンが妾を置いて去ってしまってはああ兄上は妾を、いいや妾どころか騎士団諸共大逆者として処刑されてしまう!」

 

 

 ゾルザルの手の者に捕まれば最後、間違いなく親殺し皇帝殺しの罪を押し付けられたピニャは弁解の機会など一切与えられず処刑台の露に消える未来が待っている。それどころかピニャ1人にとどまらず責は薔薇騎士団とその一族郎党に及ぶに違いない。

 

 皇帝暗殺という帝国における最悪の大罪に及ばずとも、時の皇族にとって目障りだったというだけで1つの血族が赤子に至るまで(みなごろし)にされたという話など腐るほど帝国には残っているのだから。

 

 ピニャだけでなく団長に付き添う団員の少女達の顔色も非常に悪い。薔薇騎士団員の多くを占める少女らは皆大なり小なり名家の子女なのでやはりその手の話題(お家取り潰し)には詳しいのだ。

 

 今度はピニャどころか騎士団の少女達まで卒倒しそうな有様になりつつあるのを見かねたのか、菅原が前に出て白百合に意見具申を行う。

 

 

「白百合大臣。既に多くの講和派議員がゾルザルの名を受けた主戦派によって拘束どころか処刑すらされていると諜報班から報告を受けております。そのような中でピニャ殿下らは今や主戦派の手に落ちていない数少ない協力者なのです。何より、ピニャ殿下は立派な帝国皇族の継承権所持者です」

 

「菅原君、何を言いたいのかしら?」

 

「退去準備命令が下されたとはいえ、『門』が消えて日本と帰れなくなるとまだ確定したわけではありません。継続して特地での活動が継続する事になった場合に備え保険を掛けておいても損は無いのではと思いまして」

 

「つまりピニャ殿下らを亡命者として我が方で保護すべきである――そう言いたいのね」

 

 

 例えばWW2におけるヴィシー政権から離脱したシャルル・ド・ゴールによって亡命先のイギリスで産声を上げた自由フランス。

 

 ベトナム戦争の終盤ではサイゴン陥落時に当時現地に滞在していたアメリカ人のみならず、敗者である南ベトナム政府の要人と軍関係者をアメリカ海軍の空母まで逃がすフリークエント・ウィンド作戦が実行された。

 

 これらのような前例が示す通り、自陣営にとって好ましからざる新政権に対抗する神輿として活用したり、彼らが培った現地の人脈を取り込むべく、第3国が侵略や政変などにより行き場を失った権力者や内部協力者らの安全圏への離脱に手を貸すのは地球の世界史において度々行われてきたのである。

 

 菅原の意見具申を受けて、白百合は口元に手を当ててしばし思考に浸った。自分達の進退が今ここで決まろうとしているのだと感じ取ったピニャは、固唾を呑んで成り行きを見守るばかりだ。

 

 捕らぬ狸の皮算用ではないが、菅原の発言は確かに一理あった。

 

 事態がどちらに転ぶにしろ保険は掛けておいて損はない。これまでピニャ達講和派への工作に費やしたコストもそもそもは日本国民の税金なわけで、いくら汚名を着せられてしまったとはいえあっさりと損切りしてしまうには、様々な面で惜しい人物であるのも事実ではあった。

 

 

「分かりました。私の権限においてピニャ殿下ならびに薔薇騎士団を一時的亡命希望者として受け入れます。アルヌスには殿下達を回収する分の輸送手段を用意するよう命じて下さい」

 

「感謝しますシラユリ殿! この恩は絶対忘れませぬ!」

 

 

 

 

 差し出された助けの手に、感極まったピニャは白百合への強烈なハグでもって応えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『運命というものは、人をいかなる災難にあわせても、必ず一方の戸口を開けておいて、そこから救いの手を差しのべてくれるものよ』 ――『ドン・キホーテ』

 

 

 

 

 




【速報】ピニャ殿下置いてけぼりルート回避【やったぜ】

こっからクライマックスらしく戦闘多めで巻いていきます(主人公の出番が増えるとは言ってない)


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