特殊タグ生かした演出なんかも増やしていきたいです。
もうすぐ200万UAですが記念短編書くかは未定。
16:GINZA Breakdown/天空の蜂
<24時間前>
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「閣下、ご報告したい事が」
「手短に話せ」
「はっ。例の中国人の相手をする為に現地に残った中佐からの定時連絡がありません」
「…………」
「いかがしましょう。こちらから通信を試みますか?」
「……二ホンに潜入させた部隊の準備は完了しているのだな?」
「いつでも行動に移せると報告が届いております」
「宜しい。作戦開始の予定を早めると伝えろ。各国からの視察団を入れる為にギンザの『門』が開いた瞬間に攻撃を開始せよ」
「大将閣下、それでは歩兵を乗せた船が――」
「この船にも最低限だが歩兵は乗せてある。我々と機甲部隊、そしてノヴァ6があれば『門』の確保自体は十分に可能だ。あとは『門』と視察団を盾に歩兵戦力の上陸を二ホン政府の連中が邪魔しないよう命じればよいだけの事だ。
中国か、アメリカか、
「中国人め、よりにもよってボロ船を用意しやがって」
「フン、偉大なロシアを真似て共産主義を謳ってはいるが、所詮中国人は金の亡者と盗人と嘘吐きの集まりに過ぎん。
それよりもあちらの船にどれだけ遅れが出るか問い合わせろ」
「少々お待ちを…………エンジンの不調に改善が見られない為、最低でも2日は見て欲しいと」
「修理を急がせるように伝えろ。我々の新天地はもうすぐだ――新しいロシアを、真なるロシアを、我々が異世界に建国するのだ」
<18時間前>
日本・銀座駐屯地/『門』付近
視察団を乗せたマイクロバスの車列は護衛の車両に前後を挟まれながら『門』を守る銀座駐屯地に辿り着いた。
車列が『門』そのものを通過するには更に3つのゲートを通過しなくてはならない。
まず銀座駐屯地の外縁にあたる金網のフェンスと共に設けられた従来の駐屯地や学校などでもよく見かけるスライド式の鉄門がある。
そこを潜ると、警備に配置された警察と自衛隊の車両がずらりと並ぶ駐車区域の中央を貫く形で配置されたコンクリ製の防壁による一本道を経て、コンクリと鉄板のサンドイッチで造られた第2のゲートが待ち受けている。
ゲートとその左右を守る防壁は外縁のフェンスよりも高く、また第2ゲートに至る道には米軍が中東で得た戦訓を参考に、否応無しに蛇行させる事で車両に減速を強い自爆車両の特攻攻撃を阻む時間稼ぎをする為の障害物が設置してある。
最後に待ち受けているのは『門』全体をすっぽりと外部から完全に覆い隠す強化コンクリ製のドームだ。
ドームに設けられた第3ゲートは第2ゲートよりも更に巨大で、両開き式の扉の厚みも第2ゲートを上回る。構造そのものはまさに対爆シェルターで、車両を使った自爆攻撃どころか通常爆弾による空爆すら耐えられる事を前提とした代物であった。
日本と特地を行き来する人間と車両は、この三重のゲートを経てようやく異世界への『門』へと入る事が許されるのである。
ゆっくりと第3ゲートがその巨大な口を開いていくと、やがて窓1つないドーム内の照明に照らされた『門』本体が海外からの客人らにその全貌を曝け出した。
『おおっ、あれが例の『門』か!』
最も先頭の座席に座っていた武官が思わずといった様子で感嘆の言葉と共に腰を浮かせたのを皮切りに、他の乗客も『門』をその目で詳細に観察しようと一斉に窓にへばりついた。中にはより広く視野が取れるフロントガラス前に陣取ろうと、低速だが一応走行中にもかかわらず座席を離れ車内前方へ押しかける者も続出する始末。
『危ないので予め指定した座席に戻ってくださーい!』
通訳を担当する女性自衛官が国際共通語の英語でもって絶叫すると、渋々といった体で乗客達は自分の座席に戻った。
車列が進むにつれて『門』のより詳しい様子が視察団にも見えるようになった。
古代ローマかギリシャの神殿の入り口部分をそっくりそのまま真似て作ったのか――それが視察団の多くが抱いた初見の印象だった。
材質は石材と漆喰が主体で、内壁にガラスか水晶らしき石英系が規則的に配置されている。鉄や木材、或いは異世界特有の特殊な素材が用いられているようには見えなかった。
異様なのは上下左右前後と様々な方向から照明の光が当てられているにもかかわらず、四角い『門』の内側に広がる空間は光が一切反射しない闇が広がっている点だ。あらゆる存在を呑み込む深淵がそこにあった。
各国の軍部や分析機関から選抜された海千山千の視察団メンバーは、他国の人間に弱みを見せまいと表面上は平常心を保ちつつも、実物の『門』が近付くにつれ内心の落ち着かなさを誤魔化そうと、もぞもぞと尻の位置を微調整する姿が車内のあちこちで見受けられた。
とうとう本物の異世界へ足を踏み入れるのだ――興味と不安に呑み込まれた彼らには、車列の上空に突如出現した影の存在など知る由もなかった。
時間は視察団の車列が銀座駐屯地に入る直前へと巻き戻る。
銀座の一等地に居を構える銀座駐屯地の周辺は、『門』から現れた異世界の軍勢による蹂躙を経てもなお東京有数の高級オフィス街としての地位を維持していた。
帝国軍により働いていた者達が犠牲になったり、設備に甚大な被害が出てしまった(もしくはその両方)等の理由により、『門』開通以前にオフィスビルに入っていた会社や事務所が全く別の会社に代わってしまったり、中には事故物件扱いで未だ借り手がつかないまま空きテナントになってしまっているビルも少なからず存在している。
それでも大勢の犠牲者が出た事など忘れてしまったかのように、銀座では大勢の通勤客や観光客、様々な車の行き交う騒がしい喧騒が復活していた。
そんな銀座の一画、銀座駐屯地から数百メートル離れたあるオフィスビルの屋上。
ビルの設備点検を行う会社の作業員に変装した数人のロシア人が屋上に幾つもの大型ケースを運び出すという作業に従事していた。
銀座駐屯地に近い一部の建物は国が接収し、自衛隊や警察の監視所や休憩施設として活用している。流石に建物の屋上に対空砲を配置するという、ベトナム戦争での北ベトナム軍に湾岸戦争時代のイラン軍、近年ではWW3の市街地戦で多く見られた手法は、銀座で働く一般人の感情に配慮して行っていない。
変装したロシア人が陣取ったそのビルは、直接銀座駐屯地を視界に収める事が出来ない―狙撃ポイントとしては使えない―為に、自衛隊と警察の監視網からは外れている建物だった。
大型ケースの中からロシア人が中身を数人がかりで慎重な手つきで取り出す。
数十キロものペイロードを持つ業務用の大型ドローン、それの改造品。飛行時間を犠牲に速度、積載量、静粛性、操作用電波の受信強度を向上させてある。
ドローン本体下部の荷物を懸架する為のアタッチメントに、別のケースから取り出した金属製の箱状の物体をセット。側面に取り付けてある電子装置を操作すると正常に作動した事を示すランプが点灯した。
操縦役のロシア人が今度はコントローラーの電源ボタンを押した。そのコントローラーにも外付けで別のスイッチを追加するという改造が施してあった。
小さな子供程の重量を吊り下げて運ぶ性能を持つ大型ドローンが起動。蜘蛛の足のように生えたフレーム先端のプロペラが回転を始め、やがて蜂の大群の羽音を思わせる独特の飛翔音を伴いながら宙に浮かぶ。
操縦者は搭載したカメラからの映像を元にドローンを飛ばした。地上の道沿いなら都心特有の車の行列に一定間隔ごとの信号に阻まれて何分もかかる距離も、行く手を邪魔する信号も通行人も他人の車も存在しない空なら文字通りひとっ飛びだった。
幾つものオフィスビル、道路、そして数多の通行人の頭上を通過したドローンが続いてあるビルの屋上を飛び越えると、不意に道路を幅いっぱいに塞ぐドーム状の建物が眼下に出現した。
ちょうどドームの入り口が開き、内部へマイクロバスを中心とした車列が入っていくところだった。
「
淡々と告げた男は機体の傾きを調節するコントローラーのレバーをぐいと奥へ押し込んだ。瞬時に反応したドローンが急降下。画面内のドームがあっという間に大きさを増す。
ドーム周辺を護る
操縦者は外付けした無線起爆装置のスイッチを押した。
それは、あまりにも静かな爆発だった。
一瞬のホワイトアウトを最後にドローンのカメラが暗転して何も映さなくなった。
銀座の喧騒のトーンが不意に下がった。耳の錯覚でも何でもなく、実際に喧騒の発生源であった車のエンジン音や信号のスピーカー、歩きながら話していた通行人の携帯電話が瞬時に停止したからである。
――
大規模な太陽嵐や核爆発でしか起きえない強力な規模の電磁パルスを発生させ電子機器を破壊する兵器。
ドローンに搭載していたのは核ではなく強力なコンデンサとコイルに爆薬を組み合わせたタイプだ。このタイプは有効半径が半径100メートル程と、核爆発で発生した場合のそれよりも規模で格段に劣る……
が、銀座のど真ん中という立地条件、そして周辺の建造物と銀座で働く一般市民の通勤に配慮した結果、軍事施設としては極めて小規模な立地面積である銀座駐屯地に限っては十分に通用する。
「爆弾は正常に作動した」
通信傍受を担当していた専門兵が報告した。彼が手にする傍受用の機材は正常に作動しているにもかかわらず、先程まで視察団を招き入れる為のやり取りが頻繁に交わされていた銀座駐屯地の通信チャンネルは完全に沈黙している。
効果範囲の小ささは爆心地に居たであろう自衛隊には甚大な影響を及ぼしはしても、効果が及ぶ範囲外に居るロシア人達には全く影響を与えないという利点にも転じる結果を生み出していた。
事実、ロシア人が陣取った建物前の道路からは先程と変わらず人々と車の雑踏が変わらず聞こえてくる。
呑気な彼らは銀座駐屯地で起きた異変すら未だ気付いていまい。それを前提にこの地点を選んだのだから当然だ。
現代戦は今や軍事衛星とリンクし歩兵から機甲部隊に至るあらゆる兵科間のネットワーク構築をリアルタイムで可能とする情報端末、個人で携行出来る掌大の偵察用ドローンに近代戦のお供たる無線機、挙句は銃に取り付けるアクセサリと、いち歩兵単位で精密機器を用いたハイテク装備、それらを活用し個々の戦力がスピーディに連携しながらの戦いが常套化した。
便利な代物が当たり前となった戦場で、突如としてそれらが使用不能になったら?
北米侵攻部隊の数少ない生き残りである彼らはEMP攻撃の恐ろしさを身を以って知っている。
最新鋭の戦闘機、攻撃ヘリが音もなく、敵味方問わず地上で右往左往する歩兵に降り注いでは押し潰し。
装甲車は巨大な鋼鉄製の棺桶と化し、無線機は雑音すら発しなくなり、相互の伝達手段を失った兵士は何が起きているのか、味方は何処に居るのか、壁一枚向こうに潜んでいるのが敵なのか味方なのか。
そもそも自分達は勝っているのか負けているのかすら誰にも把握出来なくなった。
そうして誰が放ったのかもわからないたった1発の核ミサイルが引き起こしたEMPによって、電撃的奇襲を成功させ東海岸を占領し優位に立っていた筈のロシア軍は瞬く間に壊走状態へと追い込まれたのである。
結局自分達は北米で負けた。欧州でも負けた。
手段を選ばず戦い続けた彼らはそのせいで帰る場所すら失った。
そしてうってつけの土地を、否、
実行に移せば最後、文字通り地球には2度と戻れない異世界への
成功させる為なら手段を選ばない。どうせ北米と欧州で実行済みの手だ、一度禁忌の壁を乗り越えてしまえば最早躊躇いも覚えなかった。
「すぐに次を飛ばすんだ!」
数メートル横で仲間の手により待機状態にあった別のドローンが新たに飛び立つ。1機目と同タイプのその大型ドローンには、EMP爆弾の代わりに太い鉄パイプに似た代物が何本も横並びにぶら下げられていた。
ビルの屋上から離陸したドローンが銀座駐屯地方向へと向かう光景は他の場所でも目撃されたが、その情報が駐屯地の人間らに伝わる事はなかった。
浮ついた雰囲気は一瞬にして塗り潰された。
EMP爆弾の起爆は人体そのものには無害も同然なので―ペースメーカーや人工呼吸器など、機械無しでは生命活動が維持できない者を除く―車内の視察団も駐屯地の隊員らも、最初は異変を知覚出来なかった。
唐突にあらゆる機械が沈黙し、暗転した。
マイクロバスのエンジンが止まってメーターやカーナビが消灯する。訝しげに運転手がキーを捻るもセルモーターそのものがうんともすんともいわなくなった。
『門』を記録しようと査察団が構えていたデジカメやスマホは画面に何も映さなくなり無用の長物と化した。車内がにわかにざわつく。
「あ、あれ? どういう事?」
通訳の女性隊員も私物のスマホを取り出し、再始動を諦めた運転手が備え付けの車両無線でそれぞれ連絡を取ろうとするが、無線機は空電音すら発さずスマホも視察団のそれと同様の有様だった。
数人の武官が不意に表情を強張らせアイコンタクトを交わす。アメリカとロシアから送り込まれた彼らの脳裏にはWW3の記憶が蘇っていた。
車外もそっくり同じ状況で似たり寄ったりな戸惑い混じりの混乱に陥りかけていた。だがドローンの飛来という前兆を目撃した隊員が複数存在していた。
「一体何が起きたか報告できる者はいるか!」
携帯無線が使えない為、警衛所を出て大声を張り上げるという原始的手段でもって部下に報告を求めた指揮官に、ドームの護衛を担当していた普通科隊員が駆け寄ると素早く敬礼、早口に報告を行う。
「突如飛来したドローンに積まれていた不審物が破裂音と共に光ったのを見ました。直後ドローンは墜落、これがその残骸です」
遅れて数名の隊員が運んできたドローンの残骸を指揮官に見せる。積み荷の破裂よりは落下の衝撃が原因で大破したそれはこの異変が人為的に引き起こされたという揺るがぬ証拠そのものだ。
指揮官の知識がEMP攻撃だ、と答えを弾き出した。WW3前半、まだ北米大陸が舞台だった時期に東海岸から文明を奪った高高度核爆発によるEMPが戦場に齎した大混乱は、最新の軍事教範として自衛隊でも活発に対応策が研究されている。
「市ヶ谷に伝達しろ。現在『門』は襲撃を受けている! 全ての警備に武器と実弾を持たせて特別警戒態勢を取らせろ。警官隊にも新たな襲撃に備えるよう伝えるんだ! 必要ならアルヌスからも
外の目がほぼ届かないドーム内外はともかく、通行人の目が届きやすい第1・第2ゲート周辺に配置された警務科の隊員の多くはビルの屋上に対空装備を設置できないのと同じ市民感情への配慮から非武装、または護身用の拳銃程度しか所持していなかった。
「しかし全ての通信機材が使用不能なんですよ!?」
地球と特地間の通信回線は光ファイバーを含む有線ケーブルが用いられていたが、ケーブルは無事でも通信端末本体がEMP攻撃によってガラクタと化していては意味がない。
対EMP処置が施されている装備も一部には存在するが、主に費用面の問題であの軍事大国の米軍ですら部隊の隅々まで対EMP処置済みの装備を行き渡らせる事が出来なかったのだ。
WW3と『銀座事件』を機に臨時予算が出たとはいっても貧乏所帯からまだまだ抜け出せない自衛隊ともなれば言わずもがなである。
「だったら伝令を走らせればいいだろう! 自前の足を使え足を!」
そこまで叫んで、敷地外から聞こえてくる車の音に気付く。記憶野の奥から核を使わないタイプのEMPは効果範囲が狭いという知識が蘇った。
「いや待て、ここの外はまだ無事だ。車でも電話でも徴用して救援要請をだな」
指揮官の聴覚が遠くで響く文明の喧騒に蜂の羽音と思わせる異音が混じったのを捉えた。
「頭上を警戒!」
警衛所内の武器庫から部下が運んできた89式小銃と弾薬を受け取り、流れるようにマガジンを挿入して槓桿を動かし5.56ミリ弾を装填。
64式よりはマシだがそれでも操作性に難のある安全装置を『レ』――連射に併せ、銃口を頭上へ向けた。他の隊員も次々に銃を受け取っては上官に倣う。
駐屯地両際のビルを飛び越えドローンが出現した。1機目と同タイプ、だが装備が違う。
飛行軌道を先読みして照準を据えるよりも先に、ドローンそのものが傾いて角度を調整するというやり方で、機体下部に懸架された鉄の筒先が地上の自衛隊員らへと向けられた。
「退避ー!」
遠隔操作で発射可能に改造された
発射の反動で機体が不安定になるが元が重量物搬送用の高パワー機であるのと姿勢保持機能が働いてすぐに安定性を取り戻す。
搭載弾頭は
火球が警衛所ごと自衛隊員を吹き飛ばした。続けて2発、3発と自衛隊員が集まっている場所へロケット弾が撃ち込む。その度に爆心地に居た自衛隊員は超高熱の爆風によって黒焦げの死体に変貌した。
警衛所周辺の主だった自衛隊員を焼き終えた武装ドローンが次に矛先を向けたのは視察団を乗せた車列だ。
まず先頭車両にロケット弾が突き刺さる。慌てて乗っていた自衛隊員が飛び出すも間に合わず、火炎を噴き出しながら全てのドアが諸共四散した。
ロケット弾で武装したドローンは1機だけではない。更に数機、ロケット弾以外にも機関銃を取り付けた改造ドローンが出現したかと思うと、第1ゲート周辺に停まっている警察と自衛隊の車両に攻撃を開始した。
血税で購入された高価な車両は、中で待機していた警官隊と自衛隊員を火葬する鉄製の棺桶として役目を終えた。命からがら脱出した者も空中からの掃射を受けて血の海に沈む。
中には幸運にもドローンの最初の奇襲から免れた上にたまたま手元に有った小銃を使ってドローンを撃墜する隊員もいた。だがこれまでの訓練の成果を発揮出来たのもそこまでで、次を撃ち落とす前に攻撃の目標にされて仲間の後を追う事になった。
その光景を、マイクロバス内の視察団と基地の敷地外を通りがかった通行人の多くは呆然と眺めていた。
マイクロバスは最初の砲撃の時点で窓という窓が爆風によって砕け散り、乗客は多くが大なり小なり修羅場を経験している武官なのもあって、全員が床に這いつくばって被害を最小限に留めてはいる。
精々降り注いだガラスの破片で掠り傷を負った程度だが、どの車両もやはりEMPで全ての機能を喪失しているので逃げようがない。マイクロバスは今や車の姿をした鉄の檻も同然だった。
いや、砕けた窓から外に逃げ出す事そのものは可能である。だが殺人ドローンが飛び回る外に出て行けば最期、外の自衛隊員達のように火葬されるか銃殺されるかのどちらかなのは目に見えていた。
唯一、視察団の中で誰よりも早く動いたイギリスからの武官だけは、開閉用の制御システムをEMPで破壊されて開放されたままのドームとその中心にある『門』から視線を外さずにいる。
一方で通行人である。
突如発生したドローンによる虐殺を目の当たりにした群衆はすぐには逃げ出さなかった。
あまりに現実離れした光景のせいで、彼らの多くが恐怖で逃げ出すよりも先に硬直してしまったからだ。
ドローンの攻撃が基地内部に集中していたせいでたまたま群衆に流れ弾による被害が出ず、結果彼らの中で正常性バイアスを生み出してしまったのも大きな理由だろう。
第3次大戦、『銀座事件』、
中には携帯のレンズを向けて記録を試みる者もそれなりに居たが、当然ながらすぐさま通報を試みるだけの冷静さと良心と把握能力を持ち合わせた者も多く存在した。
だが電話は繋がらない。携帯のカメラも使えない。彼らの携帯電話もまたEMP攻撃で破壊されていたからだ。近くのビルに駆け込んで有線電話を使おうとしても同様である。
結局通報に成功したのはEMPの範囲外に居た一般市民だったが、その分距離もあって今度は正しく何が起きているのか把握出来ていないものばかりで、彼らの通報の多くは『銀座で火事や爆発が起きている』という内容で、通報した先も救急や消防署宛てのものばかりだった。
遠巻きに攻撃を受けた銀座駐屯地を見守る少なくない規模の群衆を現実に引き戻したのは、エンジン音も高らかにフェンス前に駆け込んできたSUVの車列だった。
全車スモークガラスのSUVから出てきたのは完全武装の兵士。全員白人で明らかに自衛隊ではない。
白人の兵士達は第1ゲート前の自衛隊員を撃ち倒すと、第1ゲートの鉄扉を人力で無理矢理押し開けてしまった。見張りを残して開け放たれたゲートから次々と内部へ侵入していく。
人が人を殺す。素手や刃物による凶行と比べれば、銃による射殺はあっさりしたものなのかもしれない。
だがその光景は機械仕掛けの蜂による虐殺よりも遥かに生々しく、一種の集団的虚脱状態にあった群衆を正気に返らせるには十分で。
白人の兵隊が『門』を護る自衛隊員を大量に殺害――
その場に残っていた群衆の脳裏で複数の要素と単語が浮かび、繋がり、やがて1つの結論を導き出す
「ロシア人だ! ロシア人が日本に攻めてきたぞー!」
その叫びを皮切りに今度こそ群衆はパニックに陥りながらも一斉に逃げ出した。
彼らの結論はある面では間違っていたがある面では正しかった。
そしてこれはまだ前段階にしか過ぎない事など群衆が知る由もなかった。
「ギンザ側の『門』確保に成功しました、バルコフ大将」
『よろしい。これより部隊展開を開始する』
『飲んだら死ぬ、飲まなくても死ぬ、どうせ死ぬなら飲んで死ぬ方が良い』 ――ロシアのことわざ
漫画版3巻の銀座駐屯地の構造とか見てると、敷地内に限って防衛体制敷こうとしたらまともに部隊が布陣できるかも怪しいんですよね…
執筆の励みとなりますので感想お待ちしております。