GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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家族が急に入院したりで遅くなりました…(グッタリ

そろそろ200万PVが射程圏内…ありがたい事です。
完結までのんびり付き合っていただければ幸いです。

今話タイトルは新旧MWシリーズのオマージュになります。


14:Going Dark/狩られしもの

 

 

 

 

<8日前/01:51>

 蠢く者達

 ファルマート大陸・ベルナーゴ

 

 

 

 

 

 

 その夜は新月であった。

 

 特地において闇とは身近な存在だ。太陽が沈み夜が訪れると、長々と遅くまで起きて過ごす市井の住民は限られる。

 

 電気やガスが普及していない特地における灯りとは一般的にランプや篝火をさす。燈火用の油は安くはなく薪も意外とコストがかかる上に自前で量を揃えるには結構な手間隙が必要な為、基本特地の住人は燃料節約の為さっさと寝床に入ってしまうのだ。

 

 無論例外もある。

 

 特地に覇を唱える帝国の中枢である皇宮。あらゆる人種が流れ込む悪徳の都であるが故に、毎夜どこかしらで狂乱の宴が繰り広げられる悪所街。

 

 学問の古都ロンデルでは寝る間も惜しんで勉学に励む学徒らの部屋の灯りが街の風物詩だ。

 

 最近では『門』を護る形で設けられた自衛隊特地派遣部隊の本拠地とそこに隣接する難民キャンプ……

 

 を通り越し、今や結構な規模の商業街と化したアルヌスでは地球から持ち込まれた発電設備によって燃料ランプや篝火とは比べ物にならない光量かつ安定した電気による照明設備が利用可能となり、本来ほぼ平坦な何も無い土地でしかなかったアルヌス一帯を明るく照らしている。

 

 

 

 

 

 

 一方ベルナーゴはどうか。

 

 街の要、ハーディを祀る神殿を筆頭とした関係施設の窓に灯りは見えないが、建物の外には一定間隔で篝火が配置され、武装した白ゴス姿の神官が要所要所で警備に当たっている。逆に言うとそれ以外の店舗や家屋は一般的な街同様、最低限の灯りを除き大部分が暗闇に覆われていた。

 

 そんな中、本来まったく人が出歩かぬような時間帯にもかかわらず蠢く複数の人影があった。

 

 明らかに人目を避けるようにして裏路地を通り、気配も足音も感じさせず影から影へ素早い移動を繰り返す。

 

 最初は数人だった人影はある路地で数人、またある路地で更に数人と少しずつ増大していく。やがて目的の建物の近くまで到達した頃にはその数は20名を越すほどに膨れ上がっていた。

 

 4階建て、石造りの宿屋だ。1階が食堂であり各階の面積も広く、上客向けの最上階に至っては客が優雅に陽光を浴びながら食事を楽しめるテラスまで設けられている。

 

 中々の高級感を漂わせる宿屋はこの数日、たった数名の宿泊客をもてなす為だけに貸し切り状態にあった。

 

 貸し切り自体は貴族や大商人が利用する時にままよくある事なので驚く事ではない。肝心なのはそれを行ったのがベルナーゴ神殿である点である。

 

 それを証明する様に、宿屋の主だった出入り口には何とベルナーゴ神殿から派遣された神官が警備していた。

 

 密かに宿屋を包囲した彼らは、宿に泊まっているのが何者なのかも、宿の警備が完璧でない事も知っている。

 

 しばらく見張っていると出入り口を警備していた神官が離れていく。交代の時間だ。僅かな時間だが次の警備がやってくるまでがら空きになる事も、先んじてベルナーゴに到着しこの数日標的を見張っていた仲間のお陰で判明済みだ。

 

 数個の集団に分散すると躊躇う事無く建物へ駆け寄り、扉へ到達する。鍵はかかっていたが大した細工も無い単純な構造だったのであっさりと開錠に成功。中へと忍び込む。

 

 扉を閉め直すと侵入した男達は一斉に武器を抜いた。ローブの下に隠し持った曲刃剣や短剣や小型の弓銃といった物騒な品々が、窓から差し込む微かな星明りを浴びてぼんやりと浮かび上がった。

 

 

「標的は最上階の部屋だ。手筈通りに仕留めるぞ」

 

 

 小さく発せられた頭目格の呼び掛けに他の刺客が首肯を返す。

 

 刺客はハリョから送り込まれた者達だ。

 

 彼らの目的は最上階の宿泊客――イタミヨウジの命。

 

 もし彼らを目撃した者がいたならば、忍び寄って獲物の命を奪う事を生業とした暗殺者特有の冷たく薄い気配とは対照的に、面貌を隠すターバンの間から露出した眼光は一様に異様なギラつきを放っている事に気付いただろう。

 

 それは狂信者特有の目であった。

 

 

 

 

 

 ベルナーゴに集まった刺客達には共通点がある。

 

 神からのお告げ(・・・・・・・)

 

 馬よりもずっと速い謎の自走する鉄馬車に乗って移動する標的に翻弄されっぱなしであった刺客達は、ある晩不思議な夢を見た。

 

 

『私は冥府の神ハーディ。貴方達が捜すイタミヨウジは今我が神殿があるベルナーゴにいます』

 

 

 人間離れした美貌と雰囲気を持つ銀髪の美女は、特地有数の信奉者を持つ女神を名乗ると夢の中でそう告げたのである。

 

 ……異種族の父母の間に生まれ、どちらの種族からも受け入れられなかった混血児の寄り合いという成り立ちであるハリョ。

 

 持たざる者としての憎悪はやがて先鋭化し、過激な思想を持つ一部の者達は暴力と暗躍によって権力者としての立場の確立を企てるようになる。伊丹暗殺に派遣されたのもその一派に所属する密偵達だ。

 

 彼らの根本にあるのは被差別民としての立場に対する怒りと憎しみ……そして父方母方どちらからも存在を認められなかった出生へのコンプレックス。劣等感、とも言える。

 

 神が実在の存在として認知されている特地において、神より直々に宣託を受ける立場に浴するなど、敬虔な神殿の神官でもない者からしてみれば生涯に一度あるかないかという、極めて貴重な経験だ。

 

 まだ陞神していない亜神ではなく、肉の身体を捨て天界まで至った正神からとなれば尚更である。それだけ特地のヒトにとって神が放つ言葉の価値は重く絶大だ。

 

 父母の血族から存在を否定されたというコンプレックスを抱えたハリョの刺客達にとって、ハーディからのお告げは甘美な毒以外の何物でもなかった。

 

 彼らはこう思った――とうとう自分達は認められたのだ!

 

 混血の自分達を蔑み、否定し、追放した愚かな血族よ、ざまぁ見ろ! 主神から直々の宣託を受けた我々こそが真に正しき種族なのだ!

 

 宣託の夢を見たのが1人だけなら単なる幻想だが、伊丹暗殺の命を与えられた密偵全員が同じ夢を見たとなればそれは夢の産物ではなく、本物の神託に他ならなかった。

 

 故に、ハリョの刺客は極一部の例外を除きイタミヨウジ暗殺に邁進する狂信者と化したのである。

 

 

 

 

 

 

 宿屋内部に人の気配は無い。最上階に宿泊する標的を除き他の宿泊客が居ないのだから当然だ。

 

 ハーディのお告げを受け今や伊丹暗殺に邁進する狂信者に変貌した刺客だが、状況と戦力を分析し計画を立てるだけの理性と知性までは失っていない。

 

 だからこそ月明かりの無い新月の日を待ち、警備の間隙を調べ上げ、亜神ロゥリィ相手に数で対抗すべく戦力を一気呵成に投入するという襲撃計画を実行を移すしたのだ。

 

 同時にお告げの下にベルナーゴに集まった刺客にとって今晩は最初で最後のチャンスだった。翌朝には標的がベルナーゴを離れるという情報も届いていたからである。

 

 一部の人員を住み込みで働く店主とボーイの始末の為に1階に残し、階段を使って最上階を目指す。

 

 階段や廊下の壁に取り付けられた燭台で揺らめくほのかな燈火に、音も無く移動する刺客の姿が一瞬照らされてはすぐに影の中へと消えていく。廊下の開いた窓に近付いて万が一外から目撃されないようにも気を配る。

 

 独特の歩法で軋みひとつ立てず最上階に辿り着くと、もし部屋から逃げ出された時に備えての後詰め役を置いて標的が泊まる部屋へ忍び寄った。

 

 部屋の扉はほんの僅かに開いていて、そこから聞こえてくる室内の様子に、闇に溶け込む為黒く染色された布に隠れた刺客の口元が小さく冷酷な笑みに歪んだ。

 

 

『いいのぉ、あ、ダメ、そこ、激しっ』

 

『くっ、テュカの中も凄いぞ……!』

 

 

 便所や湯浴みもそうだが何より褥の真っ最中ほど人が無防備になる瞬間はない。部屋の中心に置かれた巨大な天蓋付きベッドのカーテンの内側から、激しく混じり合う男女の声が丸聞こえだ。

 

 これも情報通りだ。最上階に泊まる団体で唯一の男は行動を共にしている美しい女性達と毎夜ごとにお楽しみに励んでいると、前日に酒を数杯奢られて舌の動きを滑らかになった宿屋のボーイは赤ら顔で心底羨ましげに語っていた。

 

 今抱かれているのは名前からして金髪のエルフ。精霊魔法と弓に長けた種族だがロゥリィ程の脅威ではない。その日抱かれない女は同じ階の別の部屋に散らばって寝ている事も調査済み。

 

 刺客達はゆっくりと隙間を広げて室内へと滑り込んだ。音も無くベッドを取り囲む。

 

 窓は締め切られていて、カーテンの外側に置かれたサイドテーブル上のランプだけが唯一の光源だった。光の反射でカーテンの向こう側の様子は伺えないが標的とエルフの女の喘ぎ声は激しさを増すばかりで、忍び寄る敵意にちっとも気付いていないのが丸分かりだ。

 

 各自の得物を握り直すと、頭目の頷きを合図に刺客達は刃を振り上げながら、一斉にカーテンを開けた。

 

 そして瞬間、刺客達の殺意は一瞬にして困惑に塗り潰された。

 

 

「何だと?」

 

 

 ベッドには誰も居なかった。人の姿など何処にも無い。

 

 にもかかわらず男女の睦み合う嬌声だけが延々とベッドから流れ続けている。声の出所が枕元に置かれた手の平サイズの変な長方形の板(携帯端末)であると彼らが理解するまで数秒かかった。

 

 居る筈の標的が居ない部屋。

 

 標的以外の宿泊客が居ない隔離状態の宿。

 

 綻びがあると見せかけた警備体制。

 

 もし彼らが無線のような離れた仲間との連絡手段を持っていれば、従業員の始末に出向いた仲間から従業員用の寝室に誰も居ないという報告を部屋に侵入する前に受け取る事が出来たであろう。

 

 またそういう代物の存在を知った上で警戒心を研ぎ澄ませていたならば、予め想定された侵入ルートの各所に監視として目立たぬよう置かれた無線通信可能で赤外線暗視機能まで内蔵した小型カメラ(アクションカム)にも気付けていたかもしれない。

 

 そもそも刺客達の接近は宿屋上空をホバリングするこれまた暗視機能搭載の小型ドローンによって建物内に入ろうと試みた段階から発覚していた事を彼らは知る由もない。

 

 

「――罠だ!」

 

 

 自分達が嵌められた事を悟った頭目が叫んだ次の瞬間、建物の全ての階を不自然な風が通り抜け、あちこちから窓が閉まる音が聞こえてくると同時に燭台とランプの灯火が一斉に消えた。

 

 闇が刺客達を呑み込んだ。

 

 同時に黒一色に染まった寝室へと舞い降りる存在があった。

 

 

「うふふふふふふふふふふふふ。こんばんわぁ。歓迎するわよぉ、盛大にねぇ」

 

 

 

 

 ――死神が舞い降りた。

 

 狩る側と狩られる側が逆転した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同時刻>

 伊丹耀司

 1階・物置部屋

 

 

 

 

 

 

 事態は予想通りに進行していた。

 

 

 

 伊丹を狙う刺客にベルナーゴへ集まるよう夢で宣告を下したとハーディに教えられた伊丹は、迎え撃つ為にハーディとロゥリィの(名声)を借りて宿の店主と従業員には直前まで本当の事情は教えず、待ち伏せに使えそうな宿を貸切にしてもらう事にした。

 

 昼はハーディ教の神官に厳重に護衛され、夜は夜でハーディに誘導された刺客達へ偽情報が流れるようにわざと従業員に見せ付ける感じで女性陣と爛れた時間を過ごす、そんな感じでベルナーゴでの日々を送り始めて早数日。

 

 もし襲撃するなら最も夜闇が深くなる新月の今夜だと伊丹は読んでいた。ロゥリィやグレイも同意見だった。敢えて新月の翌日にはベルナーゴを離れる予定だと従業員にも言い触らした。

 

 そうして伊丹の狙いは的中する。

 

 暗闇の中で殺気が蠢いていた。

 

 氷の針で突かれるような感覚がピリピリと肌と第六感を刺激し続ける。殺意が少しずつ、着実に忍び寄ってくる。

 

 殺気にも色々な種類がある。爆発のように瞬時に膨れ上がり膨大な熱量を撒き散らすが長続きしない瞬間的な殺気。長距離を走るプロドライバーが操る車のエンジンよろしく一定の熱量を安定して維持し続ける、制御された殺気。

 

 今感じる殺気はいわば草木に紛れて這い寄る毒蛇のそれに似ていた。

 

 殺意の主は分かりきっている。仕事を命ぜられたプロの暗殺者集団。

 

 殺意の矛先も分かりきっている。彼らの目的は自分だ。

 

 だが彼らは伊丹達の待ち伏せに気付いていない。宿の内外から刺客を監視する機械の目の存在にもだ。

 

 手元の端末で確認した敵勢力はおおよそ3個分隊計24名。俺1人殺す為によくこれだけ動員したもんだと苦笑する伊丹。

 

 全員が建物内へ侵入したのを確認してカメラを切り替え、花瓶や装飾品に隠して主だった廊下や階段へ設置したアクションカムの映像を映す。モノクロだが鮮明で姿形からどんな武器で武装しているかまで識別可能だ。

 

 8名が1階に残り、宿の主人と従業員が寝泊りする部屋がある一画へと接近していく。常人では分からないだろう薄い気配が近付いてくるのを伊丹は感じた。

 

 部屋に近付くと更に2名と6名に分かれ、2名が主人用の寝室へ6名が従業員用の大部屋へ入っていく。その一部始終もまた消音設定にしたリアルタイム映像として伊丹に監視されているのに、刺客は気付かない。

 

 にわかに刺客達がここまで維持してきた隠密の偽装が薄れ、動揺している気配が伊丹の下に伝わってきた。

 

 どのベッドも空である事に気付いたようだ。今晩の夕食の後にようやく真の目的を教えられた主人と従業員は顔を真っ青にしつつも、監視の目を掻い潜りベルナーゴ神殿から派遣された神官に誘導されてとっくに避難済みだった。

 

 そろそろ頃合だ。合図を送る。

 

 

「テュカ。レレイ。明かりを落としてくれ」

 

 

 無線に囁くと、刺客に見つからないよう偽装しつつ外で待機していたテュカとレレイが発動した魔法によって突風が宿内部を襲った。

 

 一瞬だけ、だが不自然に建物内を通過していった風によって廊下を照らす燭台の光は呆気なく掻き消され、風の出入り口となった窓の戸板が見えない手で押されたかのように勢いよく閉じられる。

 

 燭台の灯火も星明かりも届かなくなった宿の中は自分の手すら見えない真っ暗闇と化した。

 

 従業員用の寝室の反対側に位置する物置部屋の扉がゆっくりと開く。可視光増幅式の暗視装置を目元へ装着し、音を極力立てない最低限の装備だけ纏った伊丹が隠れ場所から姿を現す。

 

 部屋から出るなり、振り返った刺客と目が合った。

 

 反射的に呼吸を止める伊丹。刺客の方は目前に伊丹が出現したのに気付いた素振りをまったく見せず、手にした剣を構えてしきりに視線を彷徨わせている。

 

 窓を塞いだ戸板の隙間から射し込む、ヒトの感覚器官では知覚出来ないレベルの僅かな光を増幅してくれる暗視装置を持つ伊丹だけがこの闇を見通せるのだ。

 

 伊丹は静かにサイレンサーを捻じ込んだ銃を持ち上げた。

 

 シグザウエルのMCXラトラー、炎龍退治に引き続き栗林がチョイスしたこの銃は小型かつ、サイレンサーの使用を前提に設計された.300ブラックアウト弾を使用しており屋内での掃討戦にうってつけだ。

 

 今回は排莢口に薬莢受け―文字通り、排出された空薬莢を受けて溜める袋だ―も装着してある。空薬莢ひとつまで管理しなければ気が済まない自衛隊ではお馴染みの装備だが、今回みたいに静粛性が求められる戦闘では床に落ちた薬莢の音や空薬莢を踏んだ音で敵に悟られないようにするのにも役立つ。

 

 ハンドガードに取り付けたフラッシュライトと一体化したレーザーサイトモジュールで照準を合わせる。肉眼では見えない赤外線レーザーなので、伊丹だけが見える光線に体をなぞられても刺客は全く気付けない。

 

 咳き込むような銃声。.300ブラックアウト弾が刺客の胸部に穴を穿つ。

 

 ポカンと何が起こったのか分からないといった表情で刺客が倒れた。防弾装備どころか、隠密性を最優先にした代償として胸甲すら身に着けていない彼らに耐える術など無い。

 

 寝室の刺客達が一斉に振り返る。サイレンサーとの相性が抜群の銃でも間近で鳴れば流石に気付かれるし、最初に殺した刺客の倒れる音も聞こえただろう。

 

 それでも具体的に何が起きたのかまでは分からない様子で、刺客達は混乱した表情を浮かべながらそれぞれ見当違いの方向に視線と武器を向けている。

 

 様々な種族の混血故に純粋なヒト種よりも身体能力には優れ、血生臭い汚れ仕事の経験も豊富に積んでいたハリョであっても、突然星明りすら届かない完全なる暗闇に放り込まれては冷静さを保てずにはいられないようだ。

 

 伊丹は無言でレーザーを順番に室内の刺客に当てては引き金を絞った。

 

 胴体の中心にまず短連射。次々と崩れ落ちた刺客がその時点で心臓を中心とした重要な器官を破壊されて即死か虫の息に陥っていたのだが、確実に息の根を止めろと仕込まれた伊丹は床に転がる彼らの頭部へ念入りに、丁寧にとどめの銃弾を送り込む。

 

 MCXの最初のマガジンを使い果たしたところで宿屋の主用寝室を担当した残りの刺客が異変に気付いた。部屋から出てくる気配。焦りと地球側よりも装備が洗練されていないせいで殺し切れない布擦れや装備品がぶつかり合う音。

 

 MCXを手放してレッグホルスターに収めたM45A1自動拳銃を抜く。これにもサイレンサーが取り付けてある。

 

 これも元は栗林が選んだ銃で大口径かつ亜音速の.45ACP弾はやはりサイレンサーとの相性が良い。ライフルは取り付けたスリングによって床に落ちる事無く銃口を下に伊丹の胸元へと垂れ下がる形となった。

 

 両手をまっすぐ伸ばして―反動を受け止めやすいよう左腕はほんの少し曲げ気味―大型拳銃を構えながら廊下を警戒。上半身を傾けて敵に対し露出するシルエットは最小限に。

 

 暗闇の中を手探りでどうにか寝室から出てきた残り2人に、伊丹は拳銃に装填した分の45口径弾をきっちり半分ずつお見舞いしてやった。

 

 これで8人。建物内に散らばった残りの刺客は暗闇に包まれた事で罠に嵌められた事自体は悟っているだろうが、仲間の3分の1が殺された事まではまだ気付いていまい。

 

 空になったM45A1のマガジンを引き抜くと、擦れたりぶつかり合わないようきつく締め付けた拳銃用マガジンポーチから新しいマガジンを装填した。

 

 空マガジンは取り出した分のスペースに収める。ライフルのマガジンも同じように交換する。

 

 

 

 

 

 

「栗林。カメラで残りの敵の配置は分かるか」

 

『今調べます……3階と4階の左右階段に2名ずつ』

 

 

 外でドローンと宿内に仕掛けた隠しカメラを駆使した監視に当たっている栗林からの報告を受け階段へと向かう。

 

 慎重に階段を上がっていくと、前方に広がる光景の明度が不意に上がったように感じ、伊丹の足が止まる。同時に人の気配も感じ取れた。

 

 一際ゆっくりと3階部分を覗くと、武器を持つ手とは反対側にコーヒー缶サイズの筒形をしたランタンを手にした刺客の姿。

 

 暗闇に耐え兼ね灯りを使ったようだ。同時にその行為は己の存在を宣伝する行為に他ならない。

 

 一段一段を踏みしめながら見張り役の刺客を照準に捉えるのと同時にランタンの灯りが階段の方向へとへと掲げられた。突如浮かび上がった伊丹の姿に刺客が目を見開くも即座に続けざまに撃ち倒される。

 

 落下したランタンが床にぶつかって砕け散り、燃料に引火してささやかな燈火は小さな炎へと変貌した。粉砕音は静かな殺戮地帯と化した無人の宿屋に殊更大きく聞こえた。

 

 最新式の暗視装置は自動的に光量を調整する機能を備わっているので、一昔前の映画のように急に光を覗き込んでも目が潰れたりせずに済む。

 

 だが石造りの建造物で小型な分内蔵していた燃料も少ないから大火事には発展すまいが、さっさと事を済ませて消火活動に移った方が良さそうだ。見つからない標的と闇に閉じ込められ混乱している刺客も、今ので伊丹の存在を察知していてもおかしくない。

 

 そう思いながら炎を迂回して今度は4階を目指そうとした時、不意に床を蹴る音を伊丹の耳が拾った。

 

 反射的に銃口と視線を上階段方向へ振った伊丹へ、4階から降りてきた刺客が炎を飛び越えながら襲いかかった。

 

 

「うおっ!」

 

 

 引き金が咄嗟に絞られる。宙を舞う刺客へ長大なサイレンサーから飛び出した銃弾が次々と突き刺さった。短連射を忘れた指先のせいで弾切れを起こすまで発砲し続けたMCXのボルトが後退したまま止まる。

 

 映画のように撃たれた相手が着弾の衝撃で吹き飛ぶといった事はなく、心臓や頭部を銃弾で貫かれ空中で事切れた刺客の死体は慣性の法則に従い、そのまま伊丹の下へ落ちてきた。

 

 ぶつかる寸前にバックステップで回避。だが跳びかかってきた刺客は1人だけではなかった。

 

 風切り音。咄嗟に弾切れのライフルを体の前に掲げて盾代わりに。銃に当たった投げナイフが金属音と軽い衝撃を伊丹へ伝える。

 

 2人目の刺客は続けざまに投げナイフを追加で投じ伊丹の行動を制限しつつ、1人目同様炎を飛び越えると、本命の短剣を抜いて伊丹に突き立てようとした。

 

 

「どっせい!」

 

 

 一方伊丹は弾切れで使えない銃の代わりに足を使った。

 

 今度は下がらずに一歩踏み込み思い切り前蹴りを繰り出したのだ。

 

 頑丈な半長靴の靴底がまだ空中に居た刺客の腹へ深くめり込む。銃弾よりも遥かに大質量な一撃は降ってきた人体の軌道を捻じ曲げるには十分で、蹴り飛ばされた刺客は背中から炎の中に落下する羽目になった。

 

 結果、まだ燃え尽きていなかった火の点いた燃料が科学的な防火処理を施されていない刺客の服に纏わりついた事で、一瞬にして刺客は全身を真っ赤な炎に包まれた人間大の松明へと変貌した。

 

 断末魔の絶叫が宿中に響き渡った。

 

 伊丹はM45A1を抜くと、1発だけ燃え盛る刺客の頭に撃ち込んだ。即座に断末魔が途切れ、人体が燃える音と特有の異臭だけが残った。

 

 

「こんな死に方はしたくないもんだ」

 

 

 独りごちながらMCXに再装填して4階へと到達する伊丹。

 

 4階、伊丹が泊まっていた事になっていた部屋には8名もの刺客が押し寄せた筈だが、廊下は奇妙な程に静まり返っている。

 

 その理由も大体の見当はついていたが、確認の為刺客が押し掛けた筈の部屋までやってくると、扉は開け放たれていた。中を覗き込む。

 

 一言で表すなら室内は屠殺場に一変していた。まともに人の形を留めた死体は残っておらず、首が無い死体はまだマシで手足ごと体を両断されたバラバラ死体すら転がっている始末。

 

 そんな血まみれ(ブラッドバス)の室内では唯一五体満足な黒ゴス少女、ロゥリィ・マーキュリーが開け放たれたテラスから入り込む星明りを浴びながら、恍惚の表情を浮かべて佇んでいた。

 

 その姿は、足元に広がるグロテスクな惨状さえなければ絵画か写真にして保存したくなる程に美しかった。

 

 

「そっちは終わった?」

 

「えぇ終わってるわよぉ。まともに人を斬ったのも久しぶりだからぁちょっと血の臭いに浸っちゃっただけよぉ」

 

「お、おう。そうか。怪我とかしてないならいいんだうん」

 

 

 天井裏に潜んでいたロゥリィは暗視装置を装着していない。事前の作戦会議で暗闇だろうが目を閉じて気配だけを頼りに相手取れると彼女は語ったが、宣言通り一方的に刺客を殺戮してみせたのだ。

 

 

「部屋の掃除代とか宿への賠償金が高くつきそうだ」

 

 

 飛び散った鮮血と臓腑が、壁や床やいかにもお高い天蓋付きベッドにべっとりと飛び散っている有様に思考を巡らせつつ、伊丹は死体の数をカウントしていく。四肢が取れた死体が多いので床に転がっている頭部を探して数える方が簡単だった。

 

 頭の数は計8個。侵入者は24名。伊丹が殺したのは12名なので生き残っている刺客は伊丹が利用しなかった階段側に配置された4名だ。

 

 その時階下から破壊音が聞こえた。

 

 

『隊長、敵の生存者が窓を破って逃亡……』

 

『大丈夫。私がやるわ』

 

『此の身も手伝おう』

 

 

 栗林からの報告にテュカとヤオの声が割り込んだ。弦を弾く音と矢が空気を切り裂く音が都合4回、向こう側で生じた。

 

 

『……よしっ命中。私とヤオで逃げ出した刺客を4人倒したわ』

 

「これで24人。宿を襲ってきた連中はこれで全員だな。皆御疲れさん、状況終了――と言いたいところだけど、襲撃に加わらず監視してる刺客がまだいる可能性もあるから周囲の索敵を行ってからこっちに合流してくれ」

 

『了解です!』

 

『了解』

 

『わかったわ』

 

『心得た』

 

 

 ドローンも駆使しての索敵を行った結果、宿での出来事を把握出来る範囲に不審な人影は見つからなかった。

 

 

 

 

 ベルナーゴを舞台とした自衛隊特地資源探査班と刺客の暗闘はこうして幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『敵が過ちを犯している時、その邪魔してはならない』 ――ナポレオン

 




感想よろしくお願いいたします。

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