とある科学の最終信号   作:icoi

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幕間 とある淑女の七夕祭り

 

「……短冊、ですの? わたくしたちにもこれを書けと?」

「せっかくうちの学校が立派な笹を買ってくれたんだから、白井(しらい)先輩たちもちょっと書いて吊るしておいたってバチは当たらないと思うの、ってミサカはミサカは笑顔で短冊を手渡してみたり」

「……ですが、それは柵川(さくがわ)中の生徒たちのためのイベントなのでしょう。わたくしのような年長の女には相応しくありませんわ」

 色紙を切って作られたペラペラの短冊を片手に、風紀委員(ジャッジメント)第一七七支部のリーダー白井黒子(くろこ)はつまらなそうな表情で椅子に腰掛ける。

「……白井黒子は、書かないのですか?」

「にゃあ。お姉ちゃん、リアリスト気取って澄まし顔してるヤツに構うことないし。それにしても、夢が無い女は大体早く老けるぞ白井」

「そこに直りなさい妖怪猫娘。というか、何を言われようと乗り気になれないものは仕方がありませんの。何が悲しくて高校三年生にもなって綺羅星に願ったりしなくてはならないんですの? しかもこの科学全盛学園都市で」

 今日は七月七日、七夕だ。

 言わずと知れた伝統行事で、星の恋人たちが年一度の会瀬を果たすと言われている日。

 もっとも、クリスマスだろうがバレンタインだろうがなりふり構わずセックス記念日に改造したがる日本では珍しいことに、この七夕に限っては本来の昔話に基づいた『恋人のための日』といった色が大きく目立つことは少ない。

 つまり、現時点ではコイツは専ら、子供たちのためのイベントなのだ。

 ――願い事を書き込んだ短冊を、笹の葉に吊るすと成就する。

 サンタクロースを信じる年頃の子供だって騙せないような無責任かつフワッとした言い伝えに従って、この国の小中学校では毎年せっせと数万本もの笹を切り倒して、退屈そうな目をした生徒たちに黙々と夢だの目標だのの捏造をさせるわけだ。

 当然、義務教育から解放されたオトナの淑女である白井黒子からしてみれば、心底つまらないイベントにしか思えないのであろう。

「大方、貴女(あなた)たちもこのくだらない恒例行事に付き合わされるのに耐えかねて、せめてわたくしたちを巻き込もうとなさったのでしょうけど。わたくしたち風紀委員(ジャッジメント)は夢を語るよりも先に、足を動かして治安維持に励むことが重要なんですの。そうですわよね初春(ういはる)?」

「――えっと、初春先輩はピンクが好き、でしたよね? 私、クラスの分から一枚貰ってきました」

「ありがとうございますアズミちゃんッ!! うわぁー、短冊書くのなんて何年ぶりでしょう……! ワクワクするなぁ、何お願いしようかな……やっぱりここは先週応募した『学舎の園』内の超高級スイーツフリーパス券の当選祈願を――」

「う〰〰い〰〰は〰〰る〰〰?」

「ひゃっ、ハイ!? 何ですか白井さん今取り込み中で痛たたたたただだだだだだだだだだだ!?」

 主に小学生の間で神格視されているという噂のラメ入り金ピカ折り紙(ピンク)を受け取って両目を輝かせる初春の頭に、背後に回り込んだ白井からの拳骨グリグリが炸裂する。

 髪飾りの花びらを散らせながら、抵抗する初春の抗議は次のようなものだった。

「だ、だってせっかくのイベントですよ!? 童心に返って楽しまなきゃ絶対損じゃないですか! ほら、白井さんも書きましょうよ短冊! 別に夢とかそんな大それたことじゃなくても、目標設定とか決意表明みたいなものだと思えば!」

「……はぁ。仕方ありませんわね」

 戯れる先輩二名を取り囲むように待機していた少女たちは、白井の不承不承といった様子の了解にパッと顔色を変えた。

「わーい! やっぱりこういうのはみんなでやらないと楽しくないもんね、ってミサカはミサカは万歳してはしゃいでみる!」

「……まぁ、今更書き記すような目標などにも心当たりなど無いので困り物なのですけれど。本当にどういたしましょう。参考までに、貴女がたは短冊に何を書かれたんですの?」

「私はこれです」

 初春の首に絡めた腕を外しながら訊ねる白井の眼前に、フロイラインは両手に抱き締めていた紙切れをずずいと突き出した。

 おや、と一同が覗き込んだ短冊には、硬筆の教科書みたいな丁寧すぎる字体で彼女の願いが刻まれている。

「『友達と、いつまでも一緒にいられますように』……かぁ。すごくお姉ちゃんらしい願い事っていうか、なんかこんなストレートに書かれるとこっちが照れてきちゃうぜ、ってミサカはミサカは脇を小突きつつ茶化してみたり!」

打ち止め(ラストオーダー)。脇腹は少し、くすぐったい、です」

「……わ、私、ちょっと被っちゃったかな……」

「ん? にゃあにゃあ、大体アズミは何て書いたの?」

 消え入るような声で呟いたアズミの短冊には、ささやかかつ細い筆跡で『友達みんなが平穏で幸せに暮らせますように』と綴られていた。

 まぁ願い事なんて大体みんな似たり寄ったりだよなぁ、と訳知り顔で寸評するフレメアの手から、隙を突いた打ち止め(ラストオーダー)がオレンジ色の短冊を一息で引ったくる。

「あっコラ! 大体何をしてるんだこの子供め!!」

「どうせアレだ、お子様は『願い事を他人に知られると叶わない』とかいう初詣(はつもう)でと混同されていそうな迷信を信じちゃってるタイプなんだろ! だから自分の分だけは上手いこと誤魔化してさっさと笹の葉に吊しに行こうとか思っててたんだろ! このミサカにはそんなの全部お見通しなのだふははははー! ってミサカはミサカはレッツご開帳ー!!」

「や、めろ……やめろォォォォォォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 世紀の死闘に敗れた末に目の前で大切な世界を砕かれる勇者のようなフレメアの絶叫をも意に介さず、勢いよく開かれたその短冊に記された言葉は――、

「『I want to be HERO』……外人かよッ!! ってミサカはミサカは今更すぎるツッコミを行使してみたり!」

「うっうるさい大体私は外人だしカッコつけぐらい勝手にさせろ!! いいから返せ! にゃあ!!」

 短冊を取り戻そうと暴れるフレメアは、側にいたフロイラインから「フレメア、冠詞のaが抜けてます」と親切なるダメ出しを喰らい、いよいよヤケクソ半分で目に涙を浮かべはじめていた。

「そ、それなら聞くけど! そっちの願い事は大体何なんだ!! こうなったら互いに暴露しないとフェアじゃないぞ!?」

「ふふん、ミサカはお子様みたいな中二病患者じゃないから明確な意思決定の元で願い事を決めたし、ってミサカはミサカは勝ち誇ってみる。ほら見ろ、『立派な風紀委員(ジャッジメント)になって学園都市の平和を守れますように』! ってミサカはミサカは誇らしげに見せ付けてみたり!」

「……えーっと、裏面に小さく『あの人に素直になれますように』って書いてありますね。む? ひょっとしてアホ毛ちゃん、気になるお相手がいるんですか!? ど、どうしてそれを私に教えてくれなかったんです!?」

「ぶふっ!? ななな何を後ろから見てるの初春のお姉ちゃん!! ってミサカはミサカはぎゃああああああああああああああああっ!!」

 瞬時に耳まで真っ赤になった打ち止め(ラストオーダー)が尊敬する先輩(常套句)初春飾利(かざり)の薄い胸をポカポカと叩き出したところで、しばらくその騒ぎに耳を傾けつつ短冊を書いていた白井黒子が、ふと立ち上がった。

「まったく、少しは落ち着きなさいな貴女たち。ここは遊び場ではありませんのよ? ……やれやれ、こんな単純な作業にとんだ手間を取りましたわ」

「お、おおーっ! し、白井さんが書き終わったみたいですよ!? さーて白井さんの願い事はなんなんでしょうねー!?」

 話題を思いっきり逸らそうと必死に笑顔を作る初春の思惑に釣られ、打ち止め(ラストオーダー)をはじめとする少女たちはにわかに白井黒子へと注目する。

 視線を一身に浴び、どこか拗ねるように顔を背けた彼女はそのまま、手にした紫の短冊を提示した。

「……、別に、大したことは書いていませんの。見たいのなら勝手に御覧なさい」

「……お、おお……ってミサカは、ミサカは……」

「だ、大体、白井にしてはマトモな事書いてるな。にゃあ」

「……、」

 右上がりの、硬く意思の強そうな字体を眺め、後輩の少女たちは一瞬、不覚にも水を打たれたような静寂を得る。

「『後輩たちが健やかに成長し、未来へ大きく羽ばたいていけますように』――すごく良い願い事じゃないですか、白井さん!」

「……年輩者として、子供たちの未来の幸福を祈ることなど、こんなイベントにかこつけずとも当然の責務ですの。言葉にしてしまうと、こういうものは一気に安っぽくなってしまいますの。ですから七夕など、わたくしは好みませんのよ」

「白井先輩……、ってミサカはミサカはじーんと来てみたり……!」

「さぁ、分かったらそんなものは早く吊るしてきてしまいなさいな。……いつまでもここに置いたままにしていても、願いは叶わないという話なのでしょう?」

「――うん! 了解しました! ってミサカはミサカは大切な短冊を受け取ってみる!!」

 かすかに頬を染めて語気を強める彼女の言葉に従って、満面の笑みを浮かべた打ち止め(ラストオーダー)は全員分の願い事を回収していく。

 だが。

「よしっ、笹の木は今体育館にあるんだよね、ってミサカはミサカは確認しながら出発して――」

「にゃあ! 待て待て! 忘れるところだった、大体私の短冊、冠詞が抜けたまんまだし!」

「……えー、なんかもうそれはそれで味があってよくない? 何かしらちょっと抜けてる方がお子様らしいよ、ってミサカはミサカは薄い笑みで流してみたり」

「け、喧嘩売ってんのかこの子供め!! にゃあにゃあ!!」

「うおわっ!? 何でいきなり飛びついてくるんだ! 短冊落としちゃったじゃない、ってミサカはミサカは……あれ?」

 フレメアに突撃された勢いで地面に散らばった色紙たちを拾おうとした打ち止め(ラストオーダー)が、ふと首をかしげる。先ほどまで全て長方形だったはずの短冊の中に、ひとつだけ、ハサミで半分に切る前の四角い折り紙が落ちていたのだ。

 いや、正確には、本来切り目を入れるべき真ん中の一本線には、きっちりと折り目が付いてある。

 より詳しく言えば、その色紙は紫色だった。

 もっと言えば、それは白井黒子の短冊だった。

「白井黒子の短冊は、まだ切る前の状態だったんですね」

「あら? 皆さんのは半分に切られているんですの? わたくしのは最初からただ折って糊付けされただけでしたのよ」

 口にしながらさりげなく回収しようとする白井だったが、足元にそれが落ちていたフロイラインが拾う方が早かった。

 白魚のような細い手で拾い上げ、何気なくその紙をぺらりと裏返した彼女は――本来B面に閉じ込められていたはずの、隠された『願い事』を、何の疑問も憶えずに朗読しはじめる。

「ん、裏面にも何か書いています……『わたくしの願い、他の全てを差し置いてでも叶えたい、けれどあまりに遠大な真の願い。それはわが国、いいえせめて学園都市内における同性婚、わたくしとお姉様のウエディングの解禁ですの! わたくしは学園都市の純粋培養大能力者(レベル4)ですから魔術だの禁書目録だのというものにはこれっぽっちも実感が沸きませんけれど、もし万が一、億が一この願いを叶え得るオカルトが存在するのならば、どうかこの黒子の愛を聞き届けてくださいまし。あぁわたくしのお姉様がばら色の頬をベールでお隠しになる姿は想像するだけで鼻からの出血が抑えられそうにありませんの! もちろん黒子もウエディングドレスですの。お色直しは最低四回ですのよ。純白とピンクと水色とオレンジは欠かせませんわね! ああお姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様わたくしだけのお姉様ああああああ!!!!!!』」

 

 ガシュッ!! という異音と共に。

 恐るべき高圧電流が、フロイラインが手にしている短冊のみを、丁寧に焼き切った。

 

「……、やぁ初春。七夕と聞いて呼ばれて飛び出た佐天(さてん)さんだけど、なんかちょっとタイミング悪かったみたいだねーあっはっは」

「あぁ、そうでした。短冊まだまだ余っているみたいだったので、佐天さんと御坂(みさか)さんもメールで誘っていたんですよね私」

 いつの間にか開いていたドアの方から聞こえてくるほのぼのとした会話に、耳を傾ける余裕のある者は存在しなかった。

 白井のみならず、手の中に残る燃えカスに首をかしげるフロイラインを除いた後輩女子全員が、背筋に嫌な汗を感じている。

「……噂の笹の木、ちょろっと見てきたわよ」

 空間に割り込んだその声音は相変わらず凛としたもので、それが余計に場を混乱させた。

「別にわざわざ探そうとしてたわけじゃないけど、何枚か知り合いの短冊も見つけたわね。あの馬鹿は『今年は少しでも不幸回避したいです』、あの真っ白けは願い事ってか備忘録で『クラス五教科合計平均点を年内に五〇点アップ』だったっけ。……ねぇ、私が吊るしてきた願い事、聞きたいわよね? 黒子?」

「お、おね、お姉様……」

 バチバチ鳴り響くスパーク音に顔をひきつらせる白井黒子に――学園都市第三位の超電磁砲(レールガン)、御坂美琴(みこと)のお仕置きが炸裂する。

 

「『馬鹿な後輩がこれ以上取り返しのつかない変態になりませんように』よッ!! 信用して預けてるウチの妹に何か変な影響与えちゃいないでしょうね!? 早く答えなさいこのド変態!!」

「あぁっお姉様そんな! その関節はそっちに曲げてはいけないものだとご存知でして!? あ、あああどうかそれ以上は!! 愛が、愛が痛いですのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 ……実姉による、解説もためらわれるような凄惨なプロレス技を呆然と眺めていた打ち止め(ラストオーダー)はやがて、こう口を開いた。

「……お姉様(オリジナル)と白井先輩は、久々の再会にテンションが急上昇している、ってミサカはミサカは分析してみたり。ここはお邪魔しないように、さっさと短冊吊るしに行こう、ってミサカはミサカはいち早く結論を出してみる」

「にゃあ……私も行く。ほら、大体フロイラインのお姉ちゃんもこっちにおいで」

「わ、私もいいかな……? というか、こんな場所に置いていかないでぇ……」

 合意に至った少女四人は、そのまま早足でそそくさと退室していく。

 

 風紀委員(ジャッジメント)第一七七支部のドアの窓からは、美しい天の川も霞むまばゆさの閃光がしばらく漏れ続けていたというが――当の彼女らがその恐慌を知ることは(つい)ぞ無いのであった。

 

 

 

 

 

 


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