特典持ちなのに周りが化け物ばっかでつらい件について 作:ひーまじん
退院してから数日経った頃。
父さんに言われた通り、荷物の大半は既に爺さんの家に移動させられていたようで、俺がする事はこれといってなく、復帰した初日に学校に行く事になった。
転校するとわかった時はうちの学校の先生も生徒も大騒ぎ(部活動関係が特に)。どうにもならないことを伝えると暇があれば顔を出すことを約束し、それで手打ちとなった。
「しっかし、爺さんの家に住むのはともかく、学校まで転校する意味あったのかね。自転車使えばそんなに離れてないってのに」
爺さんの家から徒歩十分。
爺さんが身体を鍛えるのとかにやたらとうるさいとはいえ、鉄下駄履かせようとした時は流石にどうかと思う。結局、なんか着ける羽目になったし。基本的に外せないようにされてるから学ランは学校では脱げなさそうだ。靴も中に何が入ってるのか、やたらと重い。
学校の規模はそれなりに大きいおかげか、俺を見ても、普通にスルーする人間が多い。小さい学校なら、一発で転校生とわかるものだが、騒ぎにならなかったのは唯一の救いか。
取り敢えず、転校初日なので職員室に行かないといけない。
周りの人間に聞くと転校生だとバレるから自力で探すか、と考えていたら、ふと肩を叩かれる。
流石に校門で立ってると挙動不審だったかなぁ。早くもバレたかと思い、肩を叩いてきたやつのほうを見ると……それは意外な人物だった。
「……どうしてお前がここにいるんだ?天城」
声をかけてきた人物はなんと織斑。
あの日以降、顔は合わせていないが、彼女の驚いた顔というのはとても珍しい気がする。
「前に父さんが言ってたろ?その転校先がここ」
「……なんとも奇妙な事だな。まさか束の仕業か……?」
「いや、それは無いんじゃないか?それなら俺に会いに来ないだろうし」
「む。それもそうか」
まあ、俺もその可能性があると一瞬だけ思ったけど。
色々と手段を選ばなさそうな篠ノ之なら、それぐらいはわけないだろうと思ったけど、それなら毎日会いにくる道理はないし、そもそも現時点の篠ノ之にそれ程までの力はない。ハッキングやらは出来ても、転校先まで指定する事はできないはずだ。
「ところで篠ノ之は?いつも一緒にいるとばかり思っていたけど」
「あいつなら来ていない。というより、ほぼ免除だ。あいつは天才だからな。それにあいつがいると授業にならん」
「ボイコットするのか?」
「それに近い。あいつは自分の世界にのめり込みやすい上に人目を憚らん。おまけに怒られても理詰めで教師を論破すると来た。結果、授業は免除というわけだ。進路も現段階で決まっているからテストの時さえくればいいと言った感じだ」
「へぇー、そいつはまた我の強い事だな」
中学時代の篠ノ之はそんな奴なのか。
となると、やはり原作時点のあれはマシなのか?より拗らせたように思えなくもないが。
「ところで織斑。物は相談なんだけどな」
「なんだ?」
「職員室まで案内してくれないか?道がわからないんだ」
織斑に職員室まで案内してもらった後は織斑と別れ、小島と呼ばれる俺の転入する担任の先生と話をしていた。
話と言っても、前の学校ではどんな事をしていたのか、部活は何に入っていたのか、成績はどの辺なのか、人と話すのは得意か、などなど今後中学生活をしていく上でごく基本的な事を聞かれ、それを答える。
今も教室に向かいながら、その話をしていた。
「そうか。天城は剣道をやっていたのか」
「はい。母の教えで昔からそれだけは得意で」
「じゃあ、剣道部に入るのか?」
「一応は」
「それはいい。うちの剣道部は少し前に入った女子が無類の強さを誇っていてな。それはもう強いが、男子は並の域を出ない。腕に自信のある人間が入ると全体的な実力の底上げにつながる。いいカンフル剤になると思うぞ」
「だといいですね」
正直、何を持って強いか弱いかを決めればいいのかがわからない。
確かに織斑は強いし、母さんは強い。
特典を使ったとはいえ、その織斑に勝った俺も強いかもしれないが、じゃあ実際のところ、俺や織斑はどの辺なのか。中学生最強なのか、はたまた関東最強なのか、県最強なのかと少しわからない。
いや、待てよ。織斑がめちゃ強いと考えると特典を駆使した俺は中学生最強だったりするかもしれない。抜きだとおそらく手も足も出ないので良くて全国ベスト16とかかな?それもこれも母さんの教えの賜物だ。
「まあ、その女子とは同じクラスだ。少しばかり気難しい奴ではあるが、真っ直ぐな奴だからな。機会があれば手合わせしてみるといい。恐ろしく強いぞ」
「はぁ……え?同じクラス?」
俺が聞き返した言葉は届かなかったのか、そのまま担任は教室に入っていく。
扉越しに聞こえてくるのは担任の説明と、転校生が男子と知って何故か歓喜する男子の声、女子は黄色い声を上げる。勘弁してくれ。別にイケメンじゃないんだぞ、俺は。後なんで男子も喜ぶ?
ひとしきり盛り上がったところで俺の名が呼ばれる。
うわー、入りたくないな。と思ったところで意味はない。
無理矢理テンションを上げて、勢い良く扉を開け、教壇の上に立つ。
「今日からこのクラスに転入する天城宗介です。趣味はゲーム。特技は剣道剣術、後は部活の助っ人です。今日から宜しくお願いします」
全員の視線を感じ、下手に緊張する前に言い切る。
全員の前で噛むのなんてとんでもない黒歴史になる。それに……。
俺の視線の先、窓際最後列で目を瞬かせる織斑と視線が合う。
世間は狭いというが、転校した学校、しかも同じクラスにまで行くとは一体どんな巡り合わせなのだろうか。
少しの時間差を置いて、教室内で拍手が起こる。
ふぅ……ミスはしなかったか。第一印象が大切だって言うしな。最初にどう思わせるかが肝心なのだ。
「天城は……そうだな。そこの空いている席に座ってくれ」
先生が指さしたのは織斑の隣……というわけではなく、何故かど真ん中にある空席。いや、なんでですか。織斑の隣空いてるじゃん。なんで転校生が教室のど真ん中なわけ?
「あの……あそこにも空席があるんですけど」
「ん?あそこは来ていない奴の席でな。名前は篠ノ之というが……まあ、殆ど会わないだろうな」
篠ノ之かーい!
いや、なんとなく予想通りだけどさ。寧ろ織斑の隣以外は頑なに嫌がりそうだけども!
「何、クラスに馴染むにはその中心にいた方が手っ取り早いだろう」
それはコミュ力が高いやつ限定なんじゃ……。下手をすれば、クラスのど真ん中で浮いてる可能性があるぞ。
と、突っ込みたいのは山々なのだが、そういうわけにもいかず、仕方なく言われた席に座る。
こ、これは辛いな。後ろからの視線と前と横からのチラ見。何はともあれ視線の嵐。これは酷すぎる。
「新しい仲間も増えたが、はしゃぎ過ぎないようにな。皆、転校生に聞きたいことも多いだろう。朝のSHRは早めに終わりにする。仲良くするように」
そう言い終えると、教師は外に出て行った。
おいおい、それだけか!?
もっとこう、誘導の仕方があるだろうに!これで俺スルーされたら泣くぞ!?
見てみろ、周りの奴らを。全員俺に目も合わすことなく、顔見合わせてばっかだぞ!
ええい、斯くなる上は自分で誘導するか?いや、もしそれで無視されたら本当に泣いてしまうかも……だが、無反応よりかはずっとマシだ。
ガタッと音を立てて席を立つと同時、ポンと肩に手を置かれた。
何奴!?とばかりにぐるんと後ろを振り向くと、そこには織斑。
おおっ、流石は織斑。俺の今の状態を見るに見かねて助け舟を……と思っていたら、その口から出てきたのは予想外の言葉だった。
「天城。お前は剣道をしていただろう。剣道部に入る気はないか?」
「はい?」
俺が間の抜けた声で訊き返したとき、今まで静寂に包まれていた教室がざわつき始めた。
「しまった。織斑さんに先を越された……!」
「だから言っただろ!こんな空気作っても織斑は全然気にも留めないって!」
「牽制が裏目に出たか!早くに打って出るべきだった!」
理解が追いつかず、俺ははてと首をかしげる。
一体何の話をしているんだ?
「お前が自己紹介で言っただろう?『特技は部活の助っ人』だとな。そうなると大体運動神経はいいわけだ。勧誘の嵐になるのは当然だろう」
「じゃあ何か?今までの無言は……」
「お前に話しかけづらい空気を作って、出方を待っていた。といったところだろう。もっとも、お前には剣道をしてもらわないと困るがな。現時点で私と互角以上に戦えるのはお前しかいない以上、最高の相手を他の部にやるわけにはいかん」
織斑がそういうと、今度は教室内がどよめき始めた。
「は?あの織斑と互角以上!?どんな化け物なんだよこいつ!?」
「ライオンすら眼力で屈服させるあの織斑と!?」
「ゴリラを二秒で瞬殺する人と戦えるなんて……!」
「「「「とんでもない奴が来たー!」」」」
そんなわけあるかーい!?
何馬鹿言ってんだ、そんな人智を超えた生命体に勝てるわけないだろ!一瞬でミンチにされるわ!?
「お、織斑。どういうことなんだよ、これ」
「はぁ……束の馬鹿のせいでな。知らんうちに変な噂が広まったのだが、無視していたら、どんどん尾ひれがついてな。偶々それに伴う能力を持っていたら、このザマだ」
「……察した」
でも、ごめん。今言われてたこと。お前なら出来るんじゃないかって、思ったよ織斑。だって固有時制御に対応しちゃうもんな。ゴリラぐらい二秒で倒して、ライオンも目だけで倒すよな。
「それで、どうする?天城を勧誘したいものいるか?」
「「「「是非、剣道部にお願いします!!」」」」
「何で俺以外の人間が答える!?」
転校初日。
僅か十分にも満たない時間で、俺の剣道部入部が決定し、そして『織斑と同等の化け物』として、畏怖を抱かれるようになった………なんでやねん。
「はぁ……初日から疲れたな……」
がくりと肩を落として、俺は溜息を吐いた。
別に悪いことをしたわけでもなし、目立つことをしたわけでもなし。
本当に特に何もしていないのに、何故かもうクラスの連中以外にもビビられていた。
軽く肩をぶつけただけで土下座して謝られ、机から物を落とした時には『これで勘弁して下さい』と財布を差し出された。これじゃカツアゲと同じだ。帰りの前のSHRも終わった途端、皆蜘蛛の子を散らすようにそそくさと出て行ってしまった。
そんな色んな意味で嵐の一日が過ぎて、俺が教室から出ようとした時。ガラガラと教室の扉が開かれる。
「まだいたようでよかった。今日はもう帰っていると思っていたぞ、天城」
「織斑か……今から帰ろうと思ってるんだよ。色々あって疲れたしな」
「そうか……ところで天城。この後暇か?」
「暇っていえば暇だけど……」
「ならいい。少し付き合ってくれ」
「付き合うって……何に?」
「リベンジ、というやつだ。負けたままというのはどうにもしょうに合わなくてな」
ニヤリと笑う織斑はとても獰猛な獣のそれだった。完全に餌は俺ですね、はい。ていうか、俺疲れてるって言いましたよね。なんで闘えってなるんだ。
……まあ、疲れって言っても精神的なものだし、ストレスを吹っ飛ばすって意味でもありといえばありか。
「わかった。但し、一試合だけな。全力で闘えるのはそれだけだ」
「十分だ。全力のお前を倒してこそ、勝利にも意味がある」
そんなわけで早速剣道場へ移動して試合。
部活動の時は外していいという許可は下りているので、渡されていた鍵で外す。因みに外したら何か特別な信号が爺さんの家に飛ぶらしい。だから勝手に外すとバレる仕組みになっている。理由があればいいんだが、恥ずかしいとかならぶっ飛ばすと言われた。
それはそれとして。
「なあ、織斑。本当にやるのか?」
「何がだ?」
「これ。剣道の試合っていうより、剣術の試合だよな」
お互いに胴着姿ではあるものの、剣道の防具をつけていない。
リベンジと言っていたので、てっきり剣道の試合と思っていたけど。
「言っただろう?全力ですると。私もどちらかといえばこちらの方が得意だ。それに余計なものがない方が、もっと面白いお前を見られる気がする」
「またそんな抽象的な………悪くはないけどさ。ルールは?」
「無い……が、寸止めだ。当たると痛いでは済まないだろう、お互いにな」
確かに。
織斑はいいかもしれないが、俺は頭をかち割られるかもしれない。なんなら、床に頭が突き刺さるかも。
あれ?それって寸止めでもダメじゃね?
「ギャラリーがいるのは……まあ許せ。場を借りる以上、隠せないのは致し方無い」
「気にしない。試合が始まればお互いしか見えないだろ?」
「くくっ、言い得て妙だ」
言葉を交わした後、お互いに竹刀を構える。
本当なら木刀の方がやりやすいんだろうが、織斑はともかく、俺は寸止めできる気がしない。仮に当ててしまった時、極力リスクは避けたい。
……っと、試合を始める前に。
「
強化するのは目と身体能力。
見えなければ勝負にならない。
見えていても、止められなければ話にならない。
だからこの二つだけを強化する。固有時制御を使いたいのは山々だが、治ってまだ日が経っていない以上、倍速でも使うのは避けたい。
「準備は済んだか?」
「ああ。それじゃあ……」
「始めるぞ!」
身を沈め、一気に踏み込んでくる。
薙ぐように振るわれた竹刀はあの時よりもずっと速い。もし強化する方を選んでいなければ、確実にやられていた。
だが、今なら……!
身体を後ろに反らしてその一撃を躱す。
そのまま勢いに任せてバク転をし、距離を置こうとするが、させまいと織斑の追撃が入る。
バシッ!
受け止めた一撃はあの時よりも重い。だが、受け止められない一撃じゃない。
「やるな。あの時はまぐれで止めたのが見え見えだったが、今のは完全に見えていたな?」
「まあな」
とはいえ、相変わらずの化け物っぷりだ。一体全盛期はどんな化け物なんだ。
竹刀を押し返し、今度はこちらから打って出る。
バシッ!バシッ!バシンッッ!
竹刀の打ち合いが剣道場内に響き渡る。
はたから見れば、きっと息を呑むような互角の戦いに見えているのかもしれない。
しかし、正直な話。ジリ貧と言える。
強化をしているとはいえ、スタミナは織斑の方が上。というか、何も使っていない状態の俺は織斑に数段劣る。
それを魔術で補っているわけだが、その魔術にも体力を使う。
となるとスタミナが切れるのはこちらが圧倒的に速い。
さっきの今でなんだが……固有時制御を使うしかないか!強化も使ってるし、多分なんとかなる!
「
打ち合いの最中、固有時制御を発動させる。
打ち合いは加速し、攻守が途端に入れ替わる。
一般人が視認できる速さはとうに超えている。周りには音が速くなったぐらいにしか伝わっていないだろう。
だが、確実に俺が押していた。
十手先、勝負が決まる。
固有時制御が切れるのが先か、織斑に竹刀が届くのが先か。
二つに一つ。
……と、お互いにそう確信していたのだが。
バギッ!
先に終わったのは俺の固有時制御でもなく、織斑の防御でもなく、竹刀の耐久力だった。
半ばから折れ、足元に転がっている。
そして武器使いが得物を壊されるのは敗北を意味する。
つまり……。
「引き分けか。呆気ないものだな」
ふうっと息を吐いて、織斑が言う。
多少の息の乱れはあるものの、俺に比べるとそれは浅いものだ。
対して俺の呼吸は荒々しい。あのままやっていて勝ったのは果たしてどちらだったか……それもわからない。
「とはいえ、やはりお前との試合は昂ぶるぞ、天城。だが次は勝つ。一度目は負けた。二度目は分けた。ならば三度目は勝つ」
「そうか。じゃあ、俺も負けないように努力する。百の努力は一の才に劣るが、それ以上なら話は別だからな」
そう。某漫画でも言っていた。
武術において努力は才能を凌駕する、と。
爺さんも言っていた。
才が無いなら努力を持ってねじ伏せろと。
才能を言い訳にして負けていいのは転生前までだ。
特典もある以上、俺は才能だけに負けていい道理がない。
俺の持つ全てを駆使して、織斑に勝つ。
負けた時はまた努力するしかない。幸い、うちには嫌と言っても鍛えようとしてくる鬼がいるわけで。
がっしりと固い握手を交わす。
好敵手というのはこういう関係のことを言うのだろう。初めての感覚だが、悪くない。寧ろ嬉しい。
なんて満足しながら終わったものの、俺に関する噂がよりすごいものになったのは言うまでもなかった。